Banda Bassotti、原君、少年と砂漠のカフェ

 う〜ん、嬉しいもんだなぁ。昨年暮れのスペインでのバンダ・バソッティのツアー取材で撮影した写真を彼らに送ったら、こんな写真が帰ってきた。

 なんと彼らの次のイタリア・ツアーのポスターだというんだけど、これ、ひょっとして俺が撮影した写真かなぁ... なんて思っていたら、実際、自分の作品で、これが今度の正式なツアー・ポスターとなるんだそうな。嬉しい!

Banda Bassotti  まぁ、日本でこういったことがあったら、「ちょっと使用料くださいな」ってなことになるんだろうが、前回のスペイン・ツアーの経費も食事も宿泊費も全部出してくれたからね、彼らが。実際、一銭も自分のお金を使っていないわけで、当然、写真使用料は要求はしません。それに、「次のツアーにも来いよ」なんていってくれてるし... しかも、フライト代も出すなんて言い出している。そうなったら、オフィシャルの写真家としてツアーの全貌を完全にドキュメントしてやろうなんて考えています。

 それに、力の入った原稿を書いたラティーナの最新号が手元に送られてきたんだけど、これも嬉しい。なんと6ページも取れたし、写真もかなり大きく使ってくれている。使っているカメラはオリンパスのE10というデジタル・カメラで、今回は銀塩カメラは全然使っていないんだけど、かなり大きなサイズで印刷してもいい感じで出ているってのが驚異的だなぁ。まぁ、モノクロだからというのものあるのかもしれないけど、それにしても、これはいい。実は、すでにE20という新しい機種が発表されていて、こっちの方がズームの倍率が高くて、500万画素の解像度というので、なんとか買い換えたいと思っている。実際のところ、アナログのカメラはほとんど使っていないし... レンズも含めて全部処分してみようか... と思ってみたり。

 そうだ、もし、チャンスがあったら、このラティーナって雑誌、チェックしてみてね。特にデジタルで写真を撮影しようと思っている人がいたら、これが参考になると思うから。

Banda Bassotti  さて、これがバンダ・バソッティのビデオ。ローマから持ち帰ってきたんだが、東京の事務所にあるビデオ・レコーダーが故障していて、ずいぶんと長い間見られなかったんだが、自宅に帰ってやっとチェックすることができた。なにせ、これはPALというシステムで作られたもので、通常の日本のマシンでは再生できない。自宅のビデオは仕事用に買って代物で、これを使えばPALからNTSC(日本やアメリカと同じタイプ)へ変換できるわけだ。

 ハッキリ言って、クオリティは高いとは思わない。おそらく、低予算で作られたんだろう、画面の安定性も悪いし、画質のクオリティもいいとは思わない。でも、画面の向こうからとてつもないエネルギーが押し寄せてくる。その迫力は昨年暮れのツアーどころの比じゃなくて、画面の向こうに見えるオーディエンスに心臓をわしづかみにされたような気分になる。

 そりゃぁ、そうだろう。このライヴは彼らの凱旋ライヴのようなものだ。国家権力の圧力に対して逃げるのではなく、真正面から闘うことを決意したのが6年前のフェルミン、そして、ネグ・ゴリアック。それを支持して法廷闘争のためにチャリティ・ライヴを繰り返していたのがバンダ・バソッティ。その彼らが裁判闘争に完全勝利して開かれたのがこのライヴだ。(その詳しい経過に関しては昨年最後のVOICE OUTをチェックしてください)音楽に何ができるとか、そんなことじゃなくて、自分たちの力で状況を変えようとしたのがこういったミュージシャンたち。そして、それを彼らが勝ち取り、状況を変えたという、そのセレブレーションのようなライヴがこれなんだろう。

 大声で歌うオーディエンスたち。ここには、彼らが必死になって、叫ぶようになって歌える歌がある。だからこそ、恥ずかしさもなく、照れもなく、大声で歌えるのだ。そんな光景を見ながら、涙が出てきた。彼らには、自分の気持ちを代弁してくれる歌があり、声がある。一方で、今回のアフガン問題に関しても、戦争の当事者でありながら、それを感じることもなく、そんな状況への声を代弁してくれるものもないのが日本だ。年間3万もの人たちが自殺しなくてはいけない国に住んでいて、金持ちばかりが生き残り、貧乏人はどんどん貧乏にされて、身を粉にして、人生を棒に振るようにして、奴隷のように働いてもわずかな幸せをさえ与えもしないような国に住んでいて、僕には声を大にして歌える歌がない。また、そんな気持ちを共有できるバンドもない。このむなしさってなんだろう...

 これからも失業者がどんどん増えていって、友達の会社が倒産したり、路頭に迷ったり... 生きてはいけても、まるで働くためにしか生きていけないような社会がなんで公平で幸せなのか... 僕にはそうは思えない。そんな人たちにとって歌は希望であり、慰めであり、力であり、つながりであり... でも、それまでの思いを抱ける歌は日本にはほとんどない。少なくとも、自分には見つからないでいる。悲しいもんだね、こうゆうの。

Ron Sexsmith  さてさて、13日はフジ・ロックで見ることができなかったロン・セックスミスのライヴだ。この日はオフィシャル・フォトグラファーとして全セットの撮影をしたんだが、この人の歌は、本当にいいねぇ。全然男前でもなくて、ちょっと小太りのシンガー&ソングライターで、ワーワーキャーキャー騒がれるようなタイプじゃないんだけど、そんなこと全然関係なくて、聞いている人間の心を盗んでしまうような完璧さがある。いい歌があり、いい声があり、どこまでも静かで、どこまでも優しく... 聞き惚れてしまうというタイプだ。

 以前、ニック・ロウを見たときに「この曲いいなぁ...」と思ったら、それがロンの曲で、確か「シークレット・ハート」だったと思う。これをさらりとセットの最後の方にやったんだけど、思わず写真を撮るのをやめてしまいました。いい音楽ってのは、そんなものなんだと思う。どこかで思考能力をそぎ取って呆然とさせてしまうマジックのようなものというのか... こんな音楽がどこかで戦争をやめさせてしまうんじゃないだろうか... と、「兵士に武器をおろさせるような音楽はないんだろうか」という坂本龍一の発言を思い出してしまったり... これは朝日新聞かなにかのインタヴューで読んだんですけどね。

Ron Sexsmith  そういえば、彼のライヴの後、スマッシュの大将や松村氏と話をしていたんだが、本当はこういったアーティストはスタンディングじゃなくて、じっくりと腰を下ろして見られる会場で見せてあげたいなぁ... なんて話が出ていた。皮肉なもので、大将と知り合った20年近く前はスタンディングの小屋なんて全然なくて、それを作る作業から始めていったのに、今じゃ、ほとんどがスタンディング。そういった小屋ではPAも照明も全部ワンセットになっているから比較的経費を抑えて会場を借りることができるのに、逆に座席のついた小屋になると金がかかるのが今。日本というのは、なんて極端な変化をする国なんだろうね。席のついていてものんびりとリラックスできて、お酒も飲める、しかも、値段も高くないというそういった小屋ができればいいのにねぇ。

原君  そう言えば、その翌日だったかにスリーピースの原君から連絡があり、15日にロフトでソロ・ライヴをやるというので、遊びに行ってきた。なんか写真だけを見ていると、まるでかつての吉田拓郎みたいで、(あの人、あんまり好きじゃないのね、私)びっくりしたけど、なかなか面白かった。

 といっても、いつもバックに二人いて、その3人がとっても有機的なつながりを持って演奏しているから、あるいは、完全にバックの二人を信頼しきっているから、自由奔放になった彼の魅力がストレートにでているんだろうな... なんてことを再認識したり。まぁ、初めてソロで歌うということもあり、原君が上がっていたり... 慣れていないということもあったということなんだけどね。お世辞にも素晴らしいライヴだとは言えないが、それでも、どこかに可能性も感じていた。うまくギターを演奏できないのかどうか、彼がギターから手を離して、歌だけで勝負したとき、言葉がストレートに届いて、ちょっと感動したというか....

 相手がひとりで、とっても静かな場所でのライヴって、実をいうと、こっちがミュージシャンを見ているように、こっちもミュージシャンからこっちが見られているように思ったりするんだよね。だから、この日は見ているのも緊張していたというか... なんか、自分自身も堅苦しかったような気もしている。

原君  本当は、このライヴでスリーピースとしては歌わない彼自身の歌をちょっと期待していたんだけど、それはナシ。結局、スリーピースの曲だけだった。原君曰く、「これがスリーピースとしての演奏や歌になにかのインスピレーションを与えてくれれば...」ということだけど、どこかでシンガー&ソングライターとしての原君の可能性をも見てみたいという気持ちがある。それを期待してしまのって間違っているかしら。

 いずれにせよ、ここ数年でたったひとりで演奏しているシンガー&ソングライターとして最も感動したのがローリー・マクロード。というので、彼にはこの人のアルバムを聴かせてあげようと思った。99年のフジ・ロックでグリーン・ステージのステージに立ち、たったひとりで(曲によっては奥さんのバウローンが使われていたけど)数千人のオーディエンスを感動させた彼の演奏力、リズム感、パフォーマンス、アイデアはいろんな人にチェックしてもらいたいから。

 そう言えば、ローリーってどうしているかなぁ。あれから、しばらくして、子供が生まれているはずだし... まさか赤ん坊と一緒に旅をしながら、まだ演奏を続けているんだろうか... 旅するミュージシャンの彼にはどこかで若かった時代のウッディ・ガスリーやピート・シーガー、ランブリング・ジャック・エリオットとかに重なるものがある。旅をすることでしかえられないなにかが彼の歌に色濃くでていたと思うんだけど、今はどうしているんだろう。

Rory McLeodRory McLeodRory McLeodRory McLeod

 手元には彼が発表した4枚のアルバムがあるんだけど、左から2番目の『Travelling Home』とか、その隣にある『Footsteps and Heatbeats』が好きかな、個人的には。このあたりを原君に聞いて欲しいなぁと思った次第。

少年と砂漠のカフェ  そう言えば、昨年の暮れ、初めてイラン映画を見ている。『少年と砂漠のカフェ』という作品で、なんでも担当者がシアターブルックのファンらしく、渋谷FMで続けている反戦ラジオ、Civil Societyをチェックしてくれていたようで、彼女からメールがやってきたわけだ。

 ストーリーとかは『少年と砂漠のカフェ』のページでチェックしてもらいたいんだけど、映画自体はたんたんとイランとアフガニスタンの国境の町にある日常的な(僕らにはおそらくとてつもなく非日常的な)世界に住む少年を描いているって感じかなぁ。そのタッチはどこかで小津安二郎とかに似ていて、すごい優しい視線を感じる。

 かといって、そこにたんたんと優しい視線で描かれているのは、逆にとてつもなく厳しい現実であったり... なにせ主人公は本当にアフガン難民の少年で、あの空爆以来行方不明になっているとのこと。素人のこの少年がなんでこんなに素晴らしい演技ができるんだろうという驚きもあったし、同時に、フィクションなのか現実なのかわからないようなタッチに奇妙なとまどいも感じたものだ。

少年と砂漠のカフェ  おそらく、監督が描きたかったのは国家や政治に翻弄されながらも、それとは全く違ったところに生まれる人間のつながりや愛じゃなかったと思う。それこそが我々が抱えている現実であり、あの戦争騒ぎや爆弾や空爆やミサイルが権力者による妄想で作られているんだということでも言いたかったんじゃないだろうか... いろんな思いが交錯したけど、見終わった後に、なにやらじ〜んとしたなぁ。どんちゃん騒ぎとうそっぱちばかりの偏見を植え付けることに必死になっているハリウッド映画なんかよりも、こういった映画の方が遙かに映画っぽいと思う僕はヘンかもしれないけど、多くの人にこういった映画を見てもらいたいと思う。(なお、この2点の映画の写真は、配給会社、ビターズ・エンド様のご厚意で使用させていただいています)

 ということで、今回はシンプルに更新ですな。もうすぐカウンターが77777。いつになるかなぁ、誰が当てるのかなぁ... なんて思う今日この頃。一方で、報復合戦を繰り返しているイスラエルのことが気になる。個人のテロ攻撃にミサイルで応える非人間的な行為をどうしたらやめさせることができるのか。アメリカのアフガニスタンに対する犯罪行為も徐々に暴かれ始めているけど、その刃をまだまだ拡大しようとしているアメリカをどうやったら止めることができるのか... でも、アメリカ国内でも徐々に冷静になり始めた人たちが動き始めている。それこそアメリカの良心であり、そこに少なからず期待しているって感じかな。明日のピースウォークもたくさんの人が集まってくれればいいんだけど。

 written in Tokyo on the 19th Jan, 2002.

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