四方山話、キャンドル、Tribu Acustica、スリーピース、KEMURI、小坂忠...

 1年の始めと言えば、いつもこうなんだけど、なにかといろいろ考えてしまう。実家に帰ったり、年賀状を書いたり... そうしているうちに、昔の仲間のことを思い出したり、時間があるものだから、あ〜でもない、こ〜でもないと、これまでのことやこれからのことも考えてみたりもするのだ。それに、自分とは全く違った業界で仕事をしている友人たちとの会話も楽しい。普通とは違った角度からの情報を得たり、生き方を学んだり... とのもかくにも、年の始めはなにかと感慨深い時期だ。

本人  と、まぁ、そんなこんなで時間をつぶしていたときに、実家で目にしたのが昔懐かしい子供の頃の写真の数々... なんと、これは、今じゃひげ面の中年男になった自分が、まだまだ多感だった中学生だった頃の写真。大阪の万国博覧会に行った時のもので1970年撮影。15歳でございます。(笑)確かこの頃は岡林信康に初めて接したり、映画『ウッドストック』とか『レット・イット・ビー』あるいは、『いちご白書』あたりを見る直前だったと思うが、自分にもこんな時期があったわけだ、ハッハッハ!

本人  若干照れくさくもないが、楽しいものよ、こうゆうのを見るのは。でも、まぁ、ところが、この2年後の写真がこれ。なんとまぁ、変化の著しいこと。ひげも生えているし、ハッキリ言って、今とあまり変わらないような... もちろん、まだ青いんだけど... この時の写真にはもう1枚あって、(それは今回スキャンしていないんだけど)なんとはっぴぃえんどの傑作アルバム『風街ろまん』のジャケットを手にしている。時代だねぇ...(笑)でも、あのアルバム、今も色あせず、素晴らしい響きを持っているというのは、どういうことなんだろうね。不思議であります。

 で、今回も例のごとく、いつものパターンで、実家の米子から学生時代を過ごした、そして、生まれ故郷でもある岡山県に向かい、倉敷の友人宅で一泊。本当は、大学時代の友人に会いたかったんだが、今回は時間の都合が合わなくて、ほとんど誰にもあってはいない。でも、倉敷の友人とちょっと話したときに話題になったのが地域通過というヤツ。これ、面白い。というか、自分自身どこかで金を信用していない節があるわけですよ。金ってぇのは要するにただの紙切れか、金属の固まりで、それがなにかしらの価値あるものという共通の認識の上に立ってみんなが生きているわけですよ。だから、逆に言えば、その共通認識に崩れが生じたり、あるいは、その意味をきちんと認識していなければ、金の意味がなくなってしまうわけだよね。

 単純な話が、お金を貯め込むことの意味。金持ちは紙切れ集めに必死になっているけど、使わなければただの紙であり、なんの意味もないわけです。それで、もし、仮りに死んでしまったら... なんのためにこういった紙切れを集めてんだい、大馬鹿者!ってことになっちまうな。ところが、世界ってぇのは、この紙切れを中心に動いているわけだ。戦争だって、結局は、背後にあるのは正義なんて代物じゃなくて、経済的な利益であって、それをあたかも正当であるかのように見せかけるために「思想」だとか「正義」だとか「宗教」だとかが持ち上げてくる。ホンマ、あほらしい。

 特に、政治的な思想というのは、完全にその幻想の上で成り立っているわけで、こんなものに右も左もあったもんじゃないと思うのね。共産主義も資本主義も「金」という幻想に成り立った富と貧困の二極構造を前提にてしか存在しない経済学上の論理。その幻想が崩れればまるで意味をなさないんですな。

 だから、そういった金の存在しない、あるいは、金が本来持っている意味を基準として考えればどうなるか... それこそが本当の経済学なんだが、そのひとつが地域通過というものではないか... と、まぁ、そんな思いを巡らしながらも、このこと、よく理解していないわけで、ちょっと勉強してみよう!と思っている今日この頃です。

candle  さてさて、昨年暮れから再び精力的にキャンドル作りにいそしんでいるんですが、その仲間となってしまったのが中目黒、エチオピア・レストラン、クイーン・シバのオーナー、ソロモン。というので、ほとんど毎日のようにあのレストランに居座って、自分の家の居間のような感覚でくつろぎながら、あ〜でもない、こ〜でもないと四方山話をしているんですが、そのなかで思いついたのが、エチオピアのアートをキャンドルの表面にくっつけたらどうなるか... これは面白いぞぉ!と、作ってしまったのがこのキャンドル。

 これは、FOR SALEのセクションに新たに登場した円柱型XLサイズ2をベースにしているんですが、どうしているかというと、おそらく、山羊か牛の皮に描かれているんだろう、エチオピアのアートをソロモンから借りてきて、それをまずはスキャン。そして、それを透明なフィルムに印刷して、キャンドルの表面に貼り付けた... というだけの代物。直径が短いキャンドルだったら、周囲が簡単に溶けてしまうので得策じゃないんだが、このキャンドルの場合、けっこう直径があって、真ん中が減っていってもなかなか周囲は崩れていかないというので、けっこういい感じに仕上げることができるわけです。

candle  さらにでっかい円柱型XXLサイズのものを使って実験してみたのが、こっちなんだけど、これに至っては、周辺が溶けることはまずあり得ない。しかも、どちらも、最初から火のつく部分を一段低くしているので、火を付けるとまるで提灯のようになかの光がロウの壁を通して漏れ出てくるわけです。それがエチオピアン・アート浮き上がらせるという仕掛けだ。しかも、このキャンドルは内部をブルーにしていて、トップの近くは白いんだけど、下の方は多少ブルーがかっている。これが美しいのさ。

 それだけじゃなくて、実は、Tシャツにアイロンでくっつけるものがあるんだけど、あっちもトライしている。まぁ、こちらは実に面倒なんだけどね。というのは、もともと、あれは非常に薄っぺらなフィルム(あるいは、ビニール?)のようなものなわけですよ。それがロウ紙にくっつけられていて、印刷するのはその部分。で、そのロウが実を裏からかなりの温度の熱を持ったアイロンで押しつけて、ロウ紙からはがして、同時にその熱でフィルム(ビニール?)を布にくっつけるわけです。ということは、これをTシャツ気分でそのままキャンドルに押しつけても、両方共にロウだから、うまくいかないんですな。

 というので、試行錯誤を繰り返したのが私とソロモン。まずは熱した鉄板の上に印刷したこのシールのような紙をのせて、おそらくは数ミクロンという薄さの表面部分を慎重にはがしてしまうんですよ。で、それをキャンドルの表面にうまく重ねて、その上に今度は新聞紙をのせて固定させます。で、それを今度は再びキャンドルごと熱した鉄板に押しつけながら、キャンドルの表面に絵を固定させる... そうすれば、なんとかなることがわかったわけです。といっても、この温度調節が難しくて、手間がかかることこの上ない。おそらく、家庭で焼き肉を楽しむ電気を使ったなんとかボードというのを使えば可能ではないかと思うのだが、そんな実験をする経済的な余裕はない。というので、これからもこれを作るかどうかは未定ですな。

キャンドル  と、はまりにはまっているキャンドル作りですが、またまた開きます、キャンドル教室。次回は1月20日の日曜日。場所はいつも通りの中目黒、クイーンシバ。午後1時からで、参加料は、初めての人が7000円で、2回目以降の人が6000円。仲間を連れてきてくれたら、1名につき1000円値引きです。ちょっとネズミ講のようでもあるが、まぁ、コミッションだな。たくさん人が集まれば楽しいし、友達も増える。それにできるだけ安くしてあげたい... と、そういう発想なわけです。

 持ってくるものはなにも必要ありません。できれば、汚れてもいいような服装で来てもらって、火を使うので化繊の服は着ない方がいいよ... というアドバイスはしておいた方がいいけど、ともかく、この料金で最低3本のキャンドルを作ることができます。最近はまたまた鋳型を増やしているので、たいていの人は5本ぐらい作って帰るので、一見高そうな参加料も、お店でキャンドルを買うことを考えたら安いと思いますよ。しかも、キャンドルは世界に1本しかないオリジナルで、アロマ・エッセンスもいろいろ用意しているし... リピーターが多いのも、みんな納得しているからだと思います。

 参加を希望される方はメールで御連絡下さいませ。あんまり人が増えすぎても対応に問題が出てくるし... 前もって人数を確認しておきたいので。あと、キャンドルを作り終えたら、いつも飲み会に入っていくんですが、こちらの参加費は3000円。飲み会のみの参加でも大丈夫です。セット・メニューでご飯を食べて、後は飲み放題。けっこう、安いと思います。

 ちなみに、これから、おそらく、5月まで毎月第3日曜日にここでキャンドル教室をやっていきます。定期的なものにしているので、みんな、予定を立てやすくなったんじゃないかな。まぁ、残念なことに、この1月20日はピースウォークの日に重なって... あっちに顔を出せなくなっちゃったけど。もし、向こうに行く人がいたら、その後にでも遊びに来れば? どんな感じだったかいろいろ教えてください。

satta  さて、前回の更新で少しお知らせした、ローマのレゲエ・バンド、Tirbu Acusticaのプロジェクトなんですが、プロデューサーがこの人、Satta。ごらんのように、かなり行っちゃってます。なにせ、友人で、Radici Nel Cementoという、ローマで最も人気のあるレゲエ・バンドのドラマー、ジョヴァンニに「紹介するけど、けっこう目が丸くなるタイプだから... それだけは前もって言っとくね」なんて前振りされてたから、それほど驚かなかったけど、やっぱ、飛んでます、この人。

 なにせ、イタリア人だというのに、どう見ても完全なラスタです。それはまあ、レゲエが好きだったら、こういった展開は想像できるんだけど... それに、この人、英語は話すんだけど、けっこうなパトワです。例のジャマイカ英語を話すのね。しかも、イタリア語を話す時もそれっぽく話しているから、(そう聞きました)また怖い。

 それに、彼の家に入ったとたんに目に入ってくるのは無数の石。なんでも宝石の原石とか化石とか... そういったものを集めて、磨きをかけてビジネスにしているらしく、床が抜けるんじゃないか思えるほどの無数の石が、しかも、めちゃくちゃ綺麗なものが部屋中に散らばっているわけです。いやあ、すごい。

satta  と思ったら、「いやぁ、イタリアのきちんとした料理って食べたことがないんだよね、ローマに来てから」と話をすると、「任せておけ!」と連れて行ってくれたのが、いわゆるイタリアの家庭料理みたいなものを食べさせてくれるレストラン。そこに入っていくなり、このサッタがお店の人みんなに挨拶にまわっている。どう見たってレゲエとは全く関係ないような、ごくごく普通のイタリア庶民って感じのみんなが愛想よく彼に挨拶を返しているわけだ。しかも、食事を終えると店主からそのおかぁさん、スタッフまでが挨拶に来て、全員で記念撮影。これにはビックリ。

 正直な話、ここで食べたものがめちゃくちゃおいしくて「うめぇ!」と連発していたら、この店の主が自分たちで作っているというリキュールをごちしてくれたり... というか、食事代も払わないで、おごってくれたんだけど、おみやげにそのリキュールを1本もらってしまった。なんて幸せ者なんだ、俺は!

satta  もちろん、このサッタにもいろんな話を聞いたし、Tirbu Acusticaの新しいアルバムのラフ・ミックスも聞かせてもらったんだけど、これ、いいからね。もちろん、前回紹介したマックス・ロメオをフィーチュアしたアルバムはとんでもない傑作で、これが日本では400枚ぐらいしか売れていないというのが信じられない。ソロモンなんてこのアルバムが気に入って毎日のようにお店で流してるほどで、これは「買いなさい」アルバムです。

 当然、メンバーともインタヴューをしていて、この人がリーダー的な存在のアドリアーノ・ボーノ。彼もRadici Nel Cementoのメンバーなんだが、それとは別のプロジェクトとしてTirbu Acusticaを始めたらどんどん面白い展開見せだしたんだとか。で、彼とのインタヴューとかをまとめてどこかで原稿を書こうと思っているんだが、まだどの雑誌になるかは未定です。おそらく、ラティーナで書かせてくれるとは思うけど、どうなるかはわかりません。

 ちなみに、バンダ・バソッティのレポートは結局6ページになってしまいました。原稿がちょっと長くなってしまったことや写真の出来が良かったこと、それにたまたまページがとれたということらしいんだが、チャンスがあれば読んでくださいな。本人も納得のかなりいい原稿を書けたので。おそらく、今月の終わりに出てくるんじゃないかな。

The 3Peace  さて、話をイタリアから日本に戻して、実家からの帰り、大阪によった時のこと、たまたまスリーピースが演奏するというので出かけていったのがBIG CAT。このビルはかつて、友人のラジオDJ、ヒロ寺平氏が事務所と語学学校を構えていたので何度もいったことがあったのに、こんなところに小屋があったなんて全然知らなかった。もともと大阪の出なのに、もはや大阪は完全に知らない街になってしまったってぇことか...

 で、そのスリーピースですが、いつも通り。今年もいい感じで動き始めています。この日はいろんなバンドが集まってイヴェントのひとつで、あまり人がたくさんいなかったからかどうか、客席にはテーブルと椅子という感じで、原君曰く「なんかディナー・ショーみたい」だったんだけど、どんなところでも自分たちのペースできちんと演奏できるのがスリーピース。この日のセットは短かったけど、見るたびに変化して成長しているってのか、それがスリーピースの驚異的なところだね。

 年末年始は関西を中心にかなりの数のライヴをこなしていたらしく、どちらかというと東京よりも関西でいい動きを見せているようだ。なんとか、今年は彼らもブレイクしてほしいなぁと、切に願います。

 おっと、そういえば、今日は(15日)は原君が新宿ロフトで初めてのソロ演奏。彼から電話がかかってきて、「ディランみたいなスタイルだけど、ラップもやるから...」というので、これは楽しみだ。もし時間があったら、みんな、出かけていってちょうだいな。

kemuri  で、東京に帰ってきてから、11日に見に行ったのがKEMURIの新年1回目のライヴ... なんだかんだといっても、なにに驚かされたかって、これでしょ。フミオの髪! 会場入りして顔を見た時は、パーカーっぽいもののフードをかぶっていて、「新年おめでとうございます」なんて、例によって例のごとく挨拶をして... 全然気が付かなかったのね。で、しばらくして、ふらっと楽屋裏の通路に出るとなんだか子供っぽ顔をしたフミオがニコ〜っと笑って立っているわけですよ。思わず「ぎゃ〜!」って言っちゃいました。ほりゃぁ、あ〜た、驚くよ。なんか、それだけで話題がかなり持ったというか.... ショージも「いやぁ、初めて見た時には、誰かわからなかったもん。手を振ってる人がいるんだけど、誰なんだろうって感じでさぁ(笑)」なんて言ってました。

 そんなもんで、みんなで「あれでステージに立って、お客さんがどんな反応見せると思う?」話してましたから。実際、裏方とか、仲間がステージ脇でチェックしてたし... やっぱり笑ってる人いたなぁ... ハッハッハ。そりゃ、そうだろ。

kemuri  で、ライヴなんだけど、さすがに旅を重ねてきただけに、新しいアルバム"emotivation"の曲がいい感じでできあがっている。長い間つきあっているもんだから、けっこう冷静にそういうのを見たりするだけど、いいと思うよ、この展開は。いつも曲ってのは成長していくものだと思っているんだけど、KEMURIの演奏を見ていると、それをまざまざと実感できるというか... さすがにライヴで成長してきた本物のバンドだ。これは嬉しい。

 なんでもステージに出る前は、年末年始の休みをおいていたせいか、けっこうメンバーは緊張していたみたいだけど、すごく楽しそうに演奏していたのが印象に残っているな。みんなニコニコしていたし、演奏が終わった時にツダ君もそんなことを口にしていたもんだ。それに加えて、お客さんの表情もいつも通りとってもいい。Smashng Mag用に12曲目からピットで撮影し始めて、また400枚ぐらい撮ったんだけど、やはりお客さんにカメラを向けてしまうのは、それが理由。なんか見ているものを幸せにして、エネルギーを感じさせてくれるKEMURIというバンドは、やっぱり貴重な存在だと実感。おそらく、春が来れば、また全国津々浦々の小さい小屋をまわるツアーをやるとかやらないとか... そんな噂も聞いているし、そうやって着実に、血の通ったライヴでもっともっと大きくなってほしいと思う。

小坂忠  ところで、去年の暮れ、このアルバムを買った。昔から大好きだった小坂忠の最新作『People』。最初に聞いた時には「いいアルバムだけど、昔となんにも変わってないじゃないか」と、ちょっと不満だった。バックも『ほうろう』あたりと同じティンパン系でプロデュースは細野晴臣。小坂忠の場合、これまでだって同じように昔の曲を取り上げて焼き直しをしていたことがあったんだけど、ここでもそれをしていて、「やっぱいいなぁ」という気持ちと、「やっぱ昔と同じだ」という気持ちがぶつかっていたんですよ。

 でも、これは聞けば聞くほどいいと思えるアルバムだね。おそらく、サウンド的なものよりも強調されなければいけないのは、ここに収録されている彼自身の手による曲の数々。以前は、どちらかというと、けっこう人の曲を取り上げることが多くて、自分の曲の比率が少なかったように思うんだが、かなりの曲、特に詩を彼自身が書いている。その歌がいいんだ。大人というか、心を通じ合えるものがいっぱいあるというか... ラヴ・ソングもいいし... こうゆうのを惚れた女の子に聞かせたいと思ってしまうのって、あると思うのね。(実際に、やってやろう)

 一時はドラッグにはまったなんて時期もあったらしいし、それからキリスト教に向かって宣教師をしていたり、そこでゴスペルを歌っていたり... その頃のアルバムも何枚かは持っているけど、あまりに説教じみた歌に辟易していたものだ。でも、ここでは、それをもさらりと越えて落ち着いた大人の音楽を聴かせてくれているって感じかな。聞けば聞くほどに愛着がわいてきた。こんなするめのようなアルバムは大切にしないと。

Sandra Cross  そう言えば、あと、もうすぐうちのカウンターが77777になるなぁ。これを当てた人にはなにかプレゼントでもしようか... なんて考えてます。サンドラのアルバムってぇのはどうでしょうね。私が作ったアルバムのロンドンでプレスしたヤツ。よし、これをプレゼントしよう。

 だから、もし、アクセスして、この番号をドンピシャで当てたら、スクリーンショットで画面全体を撮って、そのファイルを送ってくださいな。そうしたら、上げるよ。といって、なんかヘンな予感がするんだけどね。前回の66666は自分だったし、今度も自分になってしまいそうな... これだけは意図的に避けることはできないからなぁ...

written in Odawara on the 14th Jan, 2002.

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