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クス... ゴーッというエンジンの音が響く薄暗い飛行機の機内で幾度となくこんな不気味な笑い声を聞いたことがある。しかも、しばらくするとその笑い声からじょじょに恥じらいが消え、爆笑にいたってしまうのだ。実に珍妙な光景だが、おそらく、海外旅行を経験したことのある方なら、かなりの人たちがこんな光景を目(耳!?)撃しているだろう。 長時間のフライトとなれば、ぐっすり寝込むか、あるいは、機内上映される映画を見るか、本を読むか... 旅慣れている人なら、そうするのが普通だろう。たいていの人が楽しみにしているのはメイン・アトラクションとなっている映画なのだが、それも終わってしばらくすると訪れるのがちょっとした沈黙。もちろん、これはフライト会社によって違うのだろうが、その後にちょっとしたビデオが放映されることが多い。あのちょっと押さえ気味の... でも、押さえように押さえられない笑いが出てくるのは、映画のおまけのようなあるビデオが放映される時のことだ。実は、そのビデオこそが、このサウンドトラックの元となった映画「ミスター・ビーン」の、そのまた元となる英国のテレビ・シリーズ。なにせ、主要エアーラインのほとんど(全世界で60社)がこのシリーズの機内放映をしていて、薄暗い中で奇妙な笑い声が聞こえてきたら、ほとんど間違いなくビーンさんがスクリーンの上で大暴れしていると思えばいい。実に、このシリーズ、世界中で驚異的な人気を獲得しているのだ。 主人公は、どう見てもどこかが切れているとしか思えないようなビーンさん。なにをやってもドジばかりで、やることなすこと全て超おかしい。どんなにまともな人でも、どんなにシリアスな人でも、言葉のわからない人でも... 見ているものを抱腹絶倒の世界に導いてくれるのだ。主演しているのは今や英国の国民的な大スターとなったローワン・アトキンソン。90年代初めに彼の演じるビーンさんが英国のブラウン管に登場し、以降、最高視聴率が60%を越えたこともあるという圧倒的な人気を誇るシリーズだ。もちろん、この数字は英国史上最高の記録で... 感覚的にいえば、日本でいうところの大晦日の紅白歌合戦並の視聴率を毎週稼ぎ出しているということだろうか。しかも、91年にシリーズのビデオ化が始まってすでに6タイトルが発表されているのだが、英国だけですでに270万本のセールスを記録しているとか。 それだけでも驚異的な数字だ。が、このシリーズの人気が英国にとどまらず世界に広がっているところがまたまた驚異なのだ。その理由は、このミスター・ビーンがほとんど言葉を喋らないところに端を発している。体験した人ならわかるだろうが、海外ででテレビを見ていてなによりも情けなくなるのがコメディを見ているとき。そばにいる人がおなかを抱えてカッカラ笑っているのに、言葉がわからないと、やりきれなくなって、コメディが悲劇になることが多い。外国語が話せなければもちろん、話せたとしても、実は、言葉や、あるいは、文化を背景とした笑いが共有できるものではないのだ。それは様々な外国の言葉を習っている人なら容易に想像できるだろう。ところが、このミスター・ビーンはテレビのなかではほとんど話さないのだ。なぜそういったキャラクターになったかは、また後に説明するとして、言葉なんてわからなくてもな〜んの問題もない。それでもめちゃくちゃ面白く、おかしく、腹を抱えて笑ってしまうといところが魅力なんだろう。このシリーズが全世界の89カ国で放映され、世界中のエアーラインでインフライト・ビデオに採用されているのはこれが理由。おかげで、世界的な大ヒットとなってしまった。実は、日本もその例外ではなく、外資系のレコード屋さんで「ミスター・ビーン」のビデオが隠れたヒットを記録。まだまだ驚異的なヒットにはいたってはいないのだが、その兆しは十分に出ている。 もちろん、まるで「ミスター・ビーン・ゴーズ・トゥ・ハリウッド」とでもいいたげな映画版が生まれたきっかけはそんな驚異的な大ヒットのおかげだろう。なにせ、イギリスで「いやぁ、実は、今度取材でミスター・ビーンに会うんだ」なんて口にしようものなら、一般人はおろか、大ヒットを連発しているロック・ミュージシャンにだって「えっ、ホント?サインほしいなぁ」といわれてしまうほど。本来音楽畑で仕事をしている筆者と友人の写真家、ミッチ池田がこの6月にミスター・ビーンとの取材を前に業界関係者にこの話をしたら、誰もがそういって大騒ぎしていたのだから、彼の人気がどれほど驚異的かは想像できようというものだ。 さて、そのミスター・ビーンを演じているローワン・アトキンソンを筆者が初めて見たのは今から17年ほど前に遡る。当時、一世を風靡したテレビ番組「ノット・ザ・ナイン・オクロック・ニュース」のメイン・キャラクターとしてだった。ちょうど9時に(だったと思う)「今晩は、9時のニュース...じゃないよ」と始まっていたのだが、王室から政治家、芸能人などを驚異的なブラック・ユーモアでギタギタに切っていったのがあの番組。この後に世界的な人気を獲得した人形による「スピッティング・イメージ」が始まっているのだが、あの毒のあるユーモアは、おそらく、ローワン・アトキンソンが主要メンバーとして演じていたあの番組の影響を受けているに違いない。
手元にある資料によると、実は、あのシリーズ(放映開始は78年)が彼のテレビ・デビューだったということだ。生まれは1955年12月12日。おそらく、ミスター・ビーンを見ていると、想像できないかもしれないが、この世界に入る前、彼はオックスフォード大学で電気工学を学んでいたというから驚かされる。 と本人は語っているのだが、かなりのインテリであることは、直接彼と会ってインタヴューしたときに大いに感じたものだ。また、画面上ではかなりの小男に見えるのだが、実際の身長は175cm前後。(筆者と同じぐらい)スクリーンで見るのとは大違いで、大真面目な紳士である。 その彼が「ノット・ザ・ナイン・オクロック・ニュース」で成功した後の81年、ロンドンのウエストエンドで史上最年少で文字どおりの一人芝居をするワンマン・ショーをやってのけている。実は、この当時から言葉で話すのではなく、パントマイムのようにアクションやジェスチャーで見る者を笑わせるというということに執着していたのがローワン・アトキンソン。それか「ミスター・ビーン」のキャラクターとして育っていったらしい。 そして、「ノット・ザ・ナイン・オクロック・ニュース」と同じ脚本作家、リチャード・カーティスと一緒に83年から始めたのが今でも根強い人気を持つテレビ・コメディのシリーズ「ブラックアダー」。それを経て同じスタッフ(+共作としてロビン・ドゥリスコール)とともに「ミスター・ビーン」へとつながっていくのだが、その間、彼がテレビや芝居などでエミー賞など数々の賞を受賞している。実は、それを列記するだけでもかなりの量となるので、ここでは省略させていただくのだが、人気だけではなく、役者としてローワン・アトキンソンが超大物であることだけは想像できるだろう。 さて、ミスター・ビーンがハリウッドの行くというコンセプトの下に作られているのが今回の映画だ。テレビ・シリーズと違って30分程度の長さでは終われないということもあり、テレビで見るのとはちょっと印象が違う構成となっているのだが、あのバリバリの七転八倒&抱腹絶倒のキャラクターは、もちろんそのまま。ロサンゼルスのギャラリーのオープニングに王室ナショナル・ギャラリーから最良の研究者が送られてくるはずだったのに、最悪の職員が送られてしまったというのがストーリーの始まりだ。それだけでもとんでもない事件が待ち受けていることはわかっているのに、その、最悪の男、ビーンさんがホーム・ステイして話がさらにややこしくなる。そこで繰り広げられるジョークをここで書いてしまっては面白くもないのだが、少なくとも映画の始まりから終わりまで数分間隔で、激しいときには数秒間隔で大笑いできる。サントラを先に買った人は、絶対に見逃せない映画であることだけは確かだ。 アルバムの幕開けは言葉少ないビーンさんの「おはよう、みんな!」という台詞。そして、そこに続くのがボーイゾーンがこの映画のために録音したタイトル・トラック「ピクチャー・オブ・ユー」で、英国では7月21日にシングルとして発表されている。そして、ビーンのロサンゼルス到着をイメージさせるビーチボーイズの「アイ・ゲット・アラウンド」へと流れていく。 このアルバムのために録音されたものとしては、ウェット・ウェット・ウェットによるビートルズのカヴァー「イエスタデイ」や元エターナルのルイーズが歌う「ランニング・バック・フォー・モア」やトーマス・ジュールズストック(新人)の「ザット・カインダ・ガイ」、英国で大ヒットを記録したワイルドな女の子たち、アリーシャズ・アテックによるシャングリラスのカヴァー「ヒー・イズ・ア・レベル」、スザンヌ・ホフスの「サック・イン・ザ・ミドル・ウィズ・ユー」あたりが注目だ。 また、映画の本編ではオリジナルのランディ・ニューマンによる「アイ・ラヴ・LA」が使われていたのだが、どんな事情があったのかここではOMCというユニットによるカヴァーとなって収録されている。 その他、前述のビーチボーイズや10ccの75年作品でクラシックとも呼べる「芸術こそ我が命」、さらにはカトリーナ&ザ・ウェイヴズの85年作品「ウォーキング・オン・サンシャイン」、ガブリエルの「ギヴ・ミー・ア・リトル・タイム」やブレアの「ハヴ・ファン・ゴー・マッド」、そして、コード・レッドのヴァージョンによるテヴィン・キャンベルのヒット曲「キャン・ウィ・トーク」などてんこ盛りの内容となっている。 そして、ラストを飾るのはビーン本人とブルース・ディッキンソンをフューチャーしてのアリス・クーパーのカヴァー「ビーンは大統領」。こんな人物が大統領になったらとんでもないと思うのだが、まるで子供のようなハートを持っているのがミスター・ビーン。ひょっとすると、世の中もっと平和になるのかもしれない。 資料によるとすでにこの映画は7月のオーストラリア、8月英国、10月はアメリカといった具合に公開され初め、日本では来年の春にロードショーということらしいが、それを待てない人は、まずこのサウンドトラックで楽しんでもらって、ビデオで充分爆笑した後に、映画にのぞむというのはどうだろう。いずれにせよ、笑いすぎにはくれぐれもご注意をというアドバイスを残して、このライナーを締めくくろう。 1997年8月執筆 |