THOMAS LANG-Editions

 もう2年半年、いや、それ以上か… このアルバムの元になった作品「カヴァーズ」のクレジットを見て、そんな感慨が漏れてしまった。

 あの「カヴァーズ」が発表されたのは94年9月。そして、ジャケットの写真撮影のために、日本で最も素晴らしいアーティスト写真を撮るカメラマン、ミッチ池田とトーマスが住むリヴァプールを訪ねたのはその年の6月だった。思えば、あの作品を企画したのはそれから遡ること、1年も前になるだろうか。トーマス・ラングがまだバンドだった頃、バンドとしての活動に限界を感じていたヴォーカリスト、トーマスのために、彼の魅力を最大限生かした作品はつくれないものかと考え出して生まれたのがあの作品だった。

 初めて彼と会ったのは、ちょうどトーマス・ラングがCBS/UKを離れた頃。当時、小規模ながらもハイセンスな広告制作でオンワード樫山(マッケンジー)の作品を手がけていた友人が、ジョン・ルーリーからニック・プリタスといったキャラクターに続くアーティストを求めていたことに端を発している。その話を聞かされて、最適なキャラクターとして頭に浮かんだのがトーマスだった。

 男性版シャーデー… 本当は「ならず者のジャズ」という意味を持つ「Scarrywag jaz」(邦題は「ジャズに抱かれて」)とタイトルの付けられたアルバムが発表された87年当時、彼のことをそう呼んだ人も多かったように記憶している。ちょっとジャズっぽいサウンドに切ない響きを持つヴォーカル… そんなサウンドが両者に通じていることが理由だろう。が、ちょうどシャーデーが、実はバンドなのにソロ・アーティストとして認識されていたように、トーマス・ラングもやはりバンドであり、ヴォーカリストだったということも両者をつなぐ接点だ。

 残念ながら、その後、トーマス・ラングが大ヒットを生むことはなかったが、「ジャズに抱かれて」から3年の後に「リトル・モスクワ」(実は、リヴァプールがイギリスではこう呼ばれている)という好アルバムを発表。ライヴでは確実に観客の心をつかみ、どこでライヴをやっても同じ客が戻って来るというカルト的なアーティストとして成長していったのだ。言ってみれば、一度聞いてしまうと手放したくはないという気持ちにさせられる数少ないアーティストのひとりがトーマス。おそらく、それは、彼のライヴを一度でも見た人には難なく理解できるだろう。

 が、レコード会社が求めていたのは確実な人気を持つアーティストではなく、大ヒットを量産する商品だった。それがトーマス・ラングというバンドに様々な形の圧力として降りかかってきたというのだ。トーマスによるとレコード会社は幾度となく彼に「ジェイソン・ドノヴァン」のような作品を出すよう、半ば脅しのように迫っていたという。あのヴォーカルで使い捨てのアイドルごっこをさせてどうなるのかとも思うのだが、実にこれが本当の話だったというから驚かされる。

 結局、それに嫌気がさして、トーマス・ラングはCBS/UKを離れ、地元リヴァプールにインディ・レーベル、ドライ・コミュニケーションズを設立。そして、92年に発表されたのが名作「ロスト・レターZ」だった。特にシングルとしてカットされた「I WILL」の素晴らしかったこと。あまりに切なくて胸が締め付けられるようなトーマスのヴェルヴェト・ヴォイスで、やはり切ない想いを歌ったラヴ・ソングが歌われるのだ。

 その「ロスト・レターZ」は彼らが初めてレコード会社の思惑から離れ、思いのままに作った作品だ。いっさいの妥協もなく、トーマス・ラングというバンドの魅力を完全に詰め込むことができたのだが、インディでの流通が災いしたのか、セールス的には満足できるものではなかったということだ。彼らが壁に突き当たったのは、このアルバムを発表して1年ほどがすぎた頃だろうか。バンドは活動を休止し、それぞれが独自のプロジェクトに着手。トーマスはソロ活動に向かうことになる。いわば、その第一弾であり、きっかけになったのが「カヴァーズ」だった。

 プロジェクトの核は、なによりも一度耳にすれば忘れられなくなるほどの魅力を持つトーマスの、ヴォーカリストとしての才能をフルに発揮したアルバムを作ること。そして、その作業の手始めは、あの切なくも美しい声にぴったりの曲を選んでいくことにあった。トーマスがこよなく愛するソウル系(特にフィリー・ソウル)の数々、あるいはビリー・ホリデーのナンバー、そして、トム・ウェイツの曲などなど… 最終的には「カヴァーズ」とタイトルが付けられることになったこのアルバムのために10曲が選ばれ、巻頭に記したように、これが94年9月に日本で発表されることになるのだ。

 その「カヴァーズ」の英国版が発表されたのが96年のはじめだっただろうか。タイトルは「ヴァージョンズ」。あのアルバムをそのまま発表するのではなく、曲を若干差し替えたり、未発表だった曲を入れるなどして、オリジナルの」カヴァーズ」とは全く違った色彩を放っていたのがあの作品だ。ジャケット写真も、「カヴァーズ」を担当したミッチ池田のヴァージョン違いを使用。デザインもがらりと変えて、いわば、アルバム・ジャケットをヴィジュアル的にリミックスしたといったニュアンスを感じさせている。そのセンスの良さはさすがにトーマス。「カヴァーズ」に関しては「ただのシンガーに徹する」ことで、その他は全て制作者側にゆだねるという形を取っていたのだが、この「ヴァージョンズ」では全てを自分自身の関与の下で仕上げたという、そんな意気込みが伝わってくるのだ。

 そして、この「エディションズ」だ。ひとつの作品が皮切りになって、どんどんとその内容が進化しているといっても良さそうな印象を受けるのだ。いわば、「カヴァーズ」プロジェクトに端を発して、トーマスの魅力にどんどん磨きをかけていった結果生まれたアルバムと考えていいだろう。

「カヴァーズ」のために録音された5曲(E〜I)を間に挟んでここに収録されているのは未発表曲や未発表ヴァージョンの数々。巻頭を飾っているのは、彼がサウンド・トラックのために録音した未発表曲「アイ・フィール・イン・ラヴ・ウィズ・ザ・ムーン」で、続く「ワイルド・ストロベリーズ」はOMDのオリジナル・メンバー、ポール・ハンフリーズ、そして、中核メンバーだったマーティン・クーパー、マルコム・ホルムスが結成したリスニング・プールのデビュー・アルバム「スティル・ライフ」にトーマスがゲスト・ヴォーカリストとして参加したときの録音だ。そして、登場する「ユーズ・ミー」(シングル・ミックス)はイギリスで発表した「ヴァージョンズ」に新たに加えられたカヴァー(本アルバムの最後に収録されているもの)にシングル用のミックスを加えたもので、両ヴァージョンとも本邦初登場となる。また、「悲しき願い」は「ロスト・レターZ」に収録されていたのだが、Dはアルバムとはちょっと違ったヴァージョンに仕上げられている。

「カヴァーズ」に収録されていた5曲に続くのは、「ロスト・レターZ」からのベスト的な選曲となる「フィール・ソー・ライト」と「アイ・ウィル」の2曲。そして、初期トーマス・ラングの傑作として知られる「ミー&ミセス・ジョーンズ」のライヴ・ヴァージョンが続くのだ。これは日本で発表されたシングル「アイ・ウィル」に加えられていたものだが、今では入手不能となっているだけに、涙を流して喜ぶファンもいるに違いない。

 そのあと、ボーナス・トラック的な扱いだと思うのだが、「悲しき願い」の「ロスト・レターZ」に収録されていたアルバム・ヴァージョンと、よほどトーマスが気に入っているのだろう、ビル・ウィザースのカヴァーで「ユーズ・ミー」の「ヴァージョンズ」でのアルバム・ヴァージョンが顔を見せて、アルバムの幕を閉じることになる。

 聞けば、最近は新しいプロジェクトを進行させていて、某有名プロデューサーとの仕事にとりかかるという噂も飛んでいる。それがどんなものになるのかは、まだ想像するしかないが、長年のトーマス・ファンとしては、このあたりでそろそろ完全に新しいアルバムで前線に復帰してきてほしいと思うのだ、どんなものだろうか。

1997年3月6日執筆

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