|
その昔、2年ほどの英国生活を終えて日本に帰ってきた頃、なにより不満だったのは生のギネスを飲めないことだった。もちろん、当時でも、ギネスというビールは買うことができたのだが、それはギネスであってギネスでないというのが、一般的なアイルランド人やイギリス人の見方。なにせ彼らにとってギネスは生でなければいけないのだ。 実に、生のギネスとは、樽からパブのカウンターにつながるポンプを伝って直接グラスに注がれ、きめの細かい泡がずいぶんと時間をたててグラスのトップにクリーム上のヘッドを作る、こくのあるまろやかな黒ビール。さらにこだわる人は「イギリスで飲んでいる生のギネスはまずいよ。だって、イギリスの水は硬水で、アイルランドは軟水なんだよね。 だから、どうしても味が違ってしまうんだ」とうんちくを述べる始末だ。そして、アイルランド産生ギネスこそが正統派(正しい!?)ギネスであると主張する。 加えて、バーマン(パブのカウンターでお酒を出してくれる人)が、グラスの上にできあがったヘッドにギネスを少しずつ注ぎながら、最後の仕上げとしてクローバーの形を描いてくれると、さすがに本物だと嬉しくて仕方がなくなるのだ。そして、たいていはグラスの半分を飲み終えたときに、次の一杯を注文する。なぜなら、例のきめの細かい泡が落ちつくまでに時間がかかるので、待つ時間を無駄にしたくはないという飲んべえの心理が、知らないうちに習慣(伝統?)のようになったというのだ。 まるでギネスの宣伝のような書き出しでライナーを書き始めてしまったが、そんな本物のギネスをここ数年で日本でも楽しめるようになったのだから嬉しい。六本木、恵比寿、新宿… と、筆者が知っているだけでも、東京に数件のアイリッシュ・パブが存在するし、そんなパブが流行っているのも面白い。世に言うアイリッシュ(ケルト)・ブームが、こんなところにも現れているようで、ギネス好きの飲んべえには嬉しくてたまらないのだ。 そんなアイリッシュ(ケルト)・ブームの中にあって、最も重要な役割を果たしているのがチーフタンズだ。天才ミュージシャン(イーリアン・パイプ及びティン・ホイッスルを担当)のパディ・モローニを中心としたグループで、かなり高齢なミュージシャンが集まっているのに、様々な音楽を伝統的なアイルランド音楽の中に吸収していこうとする前向きな姿勢には若さが溢れている。かつて中国で録音したライヴでは、中国の伝統的な曲をアイルランド風に料理してみせたり、最新アルバム「サンティアーゴ」ではリンダ・ロンシュタットからロス・ロボス、ライ・クーダーなどをゲストにスペイン北西部、ガリシアからポルトガル、大西洋を渡ってメキシコからカリブと、広範囲にわたるラテン音楽とケルト音楽との融合をはかるなど、とんでもない作品を作り続けているのだ。 といっても、それが実験ばかりではなく、貧しさ故に国を離れていったアイルランド人の歴史と、それをはるかにさかのぼる昔に起こったケルト民族の移動の歴史を音楽の中で実証しようとしているようにも思える。これほどのスケールで音楽を演奏する彼らが日本で(のみならず世界で)正当に評価され、人気を獲得しているのが嬉しくて嬉しくて… と、長い間アイルランドの音楽が好きだったファンは大喜びしているのだ。 そんな人気に支えられて、このところ毎年のように来日しては、元気な、そして、感動的なライヴを聞かせてくれているチーフタンズが、今年の来日公演にゲストとして招くことになっているのがこのアルバムの主人公、若干22歳の天才フィドル(ヴァイオリン)奏者、アシュレイ・マックアイザックだ。 といっても、実をいうと、このアーティスト、アイルランド人ではない。もちろん、この名前から想像できるようにそのルーツがアイランドやスコットランドであることは想像できるし、ケルトの血が流れているのは、このアルバムに収められている音楽を聴けば、一聴瞭然だ。アルバムを通じて感じるのは強烈なケルト色。伝統的なサウンドにとどまることなく、様々な広がりを持ちながらも、身体の中にあるケルトの芯があるのがひしひしと伝わってくる。しかも、彼が奏でているのは、イーリアン・パイプやバウローンにハープ、あるいは、ティン・ホイッスルなどと並んでアイルランド音楽を語るときに欠かすことのできないフィドル。これほどのアイリッシュ(あるいは、ケルト)っぽさを持ちながら、アイルランド人ではないというのは奇妙かもしれないが、実は、アシュレーの出身地で活動のベースとなっているのはカナダの最東端ケイプ・ブレトンという島なのだ。 ちょっと見た目に、カナダの東の端にまるでニュージーランドのような形をしたところがあるのだが、その南側は島ではなく本土と地続きのノーヴァ・スコーシア。そして、その北側に浮かんでいるのがこの島だ。といっても、そのことを知っていたのではなく、アシュレーの資料をチェックし、今流行りのインターネットで彼の名前やこの地名を検索して発見したといった方が正しい。こんな時、文明の利器が生み出した新しい世界に、素直に感謝したくなるのは筆者だけではないだろう。 そんなページの数々をチェックしてわかったのは、どうやら、ここがケルト、特にスコットランドと大きな関係を持っているらしいということ。そして、数々の写真を見ると、最高級のシングル・モルトのウイスキーが生まれるスコットランドのような光景が目に入ってくる。なんでもここはカナダで最もケルト色の強い土地柄らしく、数多くの伝説的なミュージシャンが生まれ育ってきたということだ。アイルランド、スコットランド、ウェールズ、コーンウォール、ブリタニア、ガリシア… ケルト文化のあるところ、どこにでも歌があり、踊りがある。そして、そこには有名無名のミュージシャンたちがごろごろしているのだが、どうやら、アシュレーの家族もその例外ではなかったようだ。 ケイプ・ブレトンのインヴァネス・カウンティ(群)にあるCreignish(発音がわかりません)で育ったアシュレーの父親も有名なフィドル奏者だということだ。だからというのでもないだろうが、なんでも5歳の頃に見事なステップ・ダンスを披露し、父親の演奏するステージで踊って拍手喝采を浴びたとか。また、9歳になるまでにはフィドルの演奏を始め、めきめきと頭角を現してきたというのだ。そして、17歳だった92年にトラッドを集めたアルバム「クロース・トゥ・ザ・フロア」でアルバム・デビュー。93年には「ア・ケイプ・ブレトン・クリスマス」を発表し、メジャー・デビュー作となるこの作品につながっていく。 残念ながら、まだ彼のライヴは見たことがないのだが、このアルバムをのライナーを書くに当たって送られてきた分厚いプレス・コピーによると、なんとも強力のなのがそのライヴ。このアルバムでもわかるように、トラッドにしっかりと根を張りながらも、ロックからテクノまで幅広いコンテンポラリーさを抱えながら、表現力溢れるダイナミックな演奏で迫っている。これを聴いているだけでも、ステージを飛び跳ね、踊るように演奏する彼の姿が目に浮かんでくるのだ。そんなライヴを見たレコード会社各社が争奪戦を繰り広げた結果、発表されたのがこの作品だ。 また、面白いのは曲によって様々な表情を垣間みることができることだろう。サイケデリックなタッチやロック色の強い曲で、まずは思い出すのが、数年前に来日して圧倒的なライヴ・パフォーマンスでオーディエンスを熱狂させたレヴェラーズ。なんでもこういったロック色の強い(トラッド色も強い)タッチのサウンドをジグ・ロックなんぞと呼んでいる人もいるようだが、なかなか言い得て妙。アイルランドのダンス・ミュージック、ジグがロックに重なったというニュアンスが見事に反映されているじゃないか。 と思えば、カナダで大ヒットとなった2曲目「スリーピー・マギー」を聴いていると、スコットランドはエジンバラで活動するマウス・ミュージックに接点を感じることもある。曲によっては、幻想的な響きを打ち出しながらも、ライヴではゲイリック・ファンク的なサウンドでカルト的なフォロワーを獲得していた彼らもやはりケルトにこだわった素晴らしいグループだった。ちなみに、そのマウス・ミュージックはスコットランドのゲイリック語でヴォーカルを歌わせていたのだが、この「スリーピー・マギー」がスコティッシュ・ゲイリックなのか、あるいは、また違ったゲイリック語なのか… そのあたり、アシュレーがチーフタンズと来日したときにでも、インタヴューしてみたいものだ。 その一方で、トラッドとブルース、R&Bあたりが重なった曲もある。おそらく常識的には全然違った世界のバンドかもしれないが、ギャズ・メイオールがこだわっているゲイリック・スカにも接点を感じるのだ。当初、ジョニーTという黒人のフィドル奏者を起用してそんなサウンドに挑戦していた彼とそのバンド、とロージャンズがバグパイプをフィーチュアして微妙にそのサウンドを進化させていったのだが、彼らのアルバムをアシュレーに聴かせればどんな反応を見せるだろうか? 実に、興味津々だ。 なにはともあれ、魅力のつきないアルバムだ。ポール・サイモンからデヴィッド・バーン、あるいは、フィリップ・グラスまでがアシュレーにアプローチした理由も、このアルバムを聴いているだけで充分理解できる。なんでも地元カナダでは、最も期待される若手アーティストの筆頭にあげられているのがこのアシュレー・マックアイザック。チーフタンズのゲストとしての演奏も楽しみだが、彼自身のバンド、キッチン・デヴィルズを率いての来日公演も早く実現してほしい。そして、カネイディアン・ゲイリックの繊細で、豪快で、楽しく、時にはほろりとさせてくれるだろう、ライヴを味合わせてほしいものだ。 1997年3月11日執筆 |