The SPECIALS-Today's Special

「ジェリー・ダマーズもテリー・ホールも抜きで、なにがスペシャルズや!」

   そう言いたい気持ちは充分に理解できる。なにせ彼らこそがオリジナル・スペシャルズの顔だ。その気持ちは痛いほどわかるし、あえてそう言いたい人たちを否定しようとは思わない。正直言って、再編成にテリーはいなくてもいいと思うけど(これは彼からスカに対する愛情を感じなかったという個人的な偏見による)、心からスカを愛し、いろんな意味で大きな役割を果たしたジェリーには特別な敬愛の念を感じるから… 不満が残る。だから、数年前に再結成スペシャルズが来日した時も、結局は会場まで足を伸ばす気にならなかった。おそらく、この気持ちは80年前後にスペシャルズを体験していた人には理解してもらえるだろう。実に、スペシャルズはそれほど大きなインパクトを残したバンドなのだ。

 私が初めて彼らを目の当たりにしたのは、まだ英国南部のブライトンに住んでいた80年頃。英仏海峡に面したトップ・ランクという、約1500人収容可能なディスコでのことだった。会場近辺にたむろしていたのはなにやら殺気のようなものを放っていたスキンヘッズ。当時、ちょうどレゲエにはまりかけた頃で、ラスタ色の毛糸の帽子をかぶっていた私を指さしながら、連中はこんなことを口にしていたもんだ。 「見てみろよ、間抜けなラスタがいるぜ!」

 なにせ、当時は経済不振から大量の失業者が生まれ、ナショナル・フロントといった脳たりん右翼が信じられないほどの勢いを持っていた時期だ。そんな社会的な潮流が人種差別を助長し、それをきっかけに全英40数都市で暴動が起こる直前でもある。あの頃、右翼が影響を及ぼしていたのは学校を出ても仕事もなく、毎日を無駄に過ごしていた子供たち。特にスキンヘッズがその影響を受け、私のようなアジア人や黒人を攻撃するという右翼的な言動に走っていたのだ。といっても、彼らだって、典型的なイギリス人。きちっと列を守り、会場に並んでいた姿がおかしくもあったけど。

   それでも、セキュリティ・ガードが入場する彼らを念入りにチェックしていたのには驚かされた。実は、その時、私がバッグに忍ばせていたのがカメラ。「やばいなぁ」と思っていたら、チェックの対象がカメラやテープ・レコーダーではなく、凶器だと知らされるのだ。

「なんだ、カメラか。ナイフは持っていないだろうな?」

 と、コンサートでさえそう問われるのが当たり前なほど緊迫した時代に生まれたのが2トーンと呼ばれるスカ・リヴァイヴァルだった。おそらく、この動きが最初に日本に紹介された時は、これがリヴァイヴァルだと思った人はそう多くなかったろう。私も含めてジャマイカ音楽に対する認識も低かったし、かなり古い年代の人ではないと、60年代半ばの日本にもスカが上陸し、ちょっとしたブームになっていたことを覚えてはいなかったようだ。あるいは、強烈なパンクっぽさのおかげで、ジャマイカのスカと切り放されたものとして2トーンが受け取られたのかもしれない。が、いずれにせよ、80年前後の2トーンはスカの第一次リヴァイヴァル。それを代表するのがスペシャルズだったのだ。

 ジ・オートマティックスと名乗っていた彼らがザ・スペシャルAKAとしてデビュー・シングル『ギャングスター』をメジャーから発表したのは79年7月。これが全英チャートの第6位にまで上昇するという大ヒットを記録し、2トーン時代の幕が切っておろされている。その特徴はパンクのエネルギーと踊りやすいスカのビート。また、それまでパンクとレゲエでオーディエンスが白人と黒人に分かれていたのをひとつにまとめることになる。実に、それこそが2トーンの意味であり、ちょうど70年代後半から成長していた、ミュージシャンを巻き込んだ音楽界初の政治圧力団体、ROCK AGAINST RACISM(人種差別に反対するロック)の成果として、スペシャルズが登場したのだ。

 そして、彼らの成功に触発されるように、数々のバンドが頭角を現してくる。彼らと同じく、コヴェントリーで生まれたのがセレクター。そして、隣町のバーミンガム(というよりは、コヴェントリーがこの街の郊外といった趣があるのだが)からはビートが登場し、北ロンドンではマッドネスが産声を上げている。その他、バッド・マナーズやボディスナッチャーズも忘れてはならないが、彼らが怒涛のようにヒット・チャートを荒らしまくったのが80年前後。その勢いたるや、まるで超大型の線香花火のようなものだった。

 奇妙な結末だったが、そんな2トーン勢でセールス的に最も成功したのは、結局は白人だけのバンド、マッドネス。が、最も鮮烈な印象を残したのは、彼らではなく、スペシャルズだったというのが注目すべき点なのだ。特筆すべきは彼らにとって初の全英チャートNO.1、同時にラスト・シングルとなった『ゴースト・タウン』。後に第三次(?)スカ・リヴァイヴァルの中心人物、DJのギャズ・メイオールに教えてもらうことになったのだが、プリンス・バスターのシングル『7ワンダーズ・オブ・ザ・ワールド』にベースをおいたこの曲こそが、80年前後のイギリスを見事に象徴していたからだ。

「街がゴースト・タウンのようになってゆく
クラブも店じまいして
バンドも演奏できなくなった
ダンスフロアじゃ喧嘩ばかり
ゴーストタウンになる前の
古き良き時代を覚えているかい…」

 といった具合に歌われるこの曲は… 奇妙な対比かもしれないが、アメリカの終焉を歌ったイーグルスの『ホテル・カルフォルニア』にも匹敵するインパクトを持っていた。だからこそ、ジェリーもテリーもいて、おまけに最年長だった(そして、ずいぶん若かった伝説のトロンボーン奏者)リコ・ロドリゲスもいる、あのスペシャルズでなければいけないといった気持ちが起きるのだ。

 ずいぶんと前置きが長くなったが、そんな強烈な印象を残したが故に、逆に、日本やアメリカでちょっとしたスカ・リヴァイヴァルが起こると、それにあやかって一儲けしようといった思惑が見え隠れするバンドの再結成には若干の疑問を持っていた。ここ数年で再結成されたと伝えられている2トーン系バンドにはセレクター、バッド・マナーズ、マッドネス、スペシャル・ビート(再編成スペシャルズの前身)から、噂ではジェネラル・パブリック(ビートが進化したもの)まで、ほぼ全てが含まれている。そんな噂が入ってきた時、私が複雑な思いかられたのも無理はないだろう。

 が、あの怒涛のブームからもう15年以上が過ぎ去っている。もしかりに、短絡的な金儲けが再結成の理由だという思惑が正しかったとしても、彼らの音楽が今も多くの人々に支持されていることは、素直に喜ぶべきじゃないだろうか。そして、そのプロセスで彼らが帰ってきてもいいじゃないかと、最近は思えるようになってきた。もちろん、ただの金儲けのための即席バンドや再結成じゃ、御免被りたいが、音楽に愛情を持って演奏しているのなら、つまらない文句を言う筋合いはないとも思うのだ。

 前述のように、そのスペシャルズが再結成されたのは新しいニュースでもなんでもない。来日公演もしているし、デスモンド・デッカーと一緒に録音したアルバムも発表している。タイトルは『キング・オブ・キングス/スペシャルズMEETSデスモンド・デッカー』(クアトロQTCY2038)。このコンビネーションは嬉しかったが、これは彼らがデスモンド・デッカーのバックを勤めているという作品で、スペシャルズのアルバムではない。もちろん、アルバムの内容は悪くないし、ところどころにちらりとスペシャルズらしいタッチが顔を覗かせているが、求められているのは、やはりスペシャルズが自分たちのために作った彼ら自身のアルバム。それを聞いて初めて彼らの再結成に納得できるような気がしていたのだ。

 ところが、昨年6月にヴァージン・レコードから伝えられたのが、彼らがアルバムを録音し始めたというニュース。となると、気にかかって仕方がない。というので、訪ねたのが彼らがこのアルバムを録音していたバーミンガムのDEPインターナショナル(UB40が運営するスタジオ)。そこで音を聞かされ、メンバーと話を始めると、スペシャルズに関する限り、あの憶測が間違っていたことに気がついたという次第だ。  例えば、あの時、特に気に入ったのが、このアルバムの巻頭に収められている『テイク5』。これに大喜びしていると、まだインタヴューも始まっていないのに、ギタリストのリンヴァルが嬉々とした表情でこう話し始めていたものだ。

「これは、ヴァル・ベネット(『ロシア人がやってくる』というタイトルで60年代にジャマイカでこの曲のスカ・ヴァージョンを作っている人)じゃなくて、リコのヴァージョンにベースを置いているんだ。まだ若いんだけど、うちのバンドのトロンボーンがリコの大ファンで、あのヴァイブをなんとか形にしたいというんで録音したんだ」

 このスタジオを訪ねたのは昨年7月。ちょうどその前日にリコの13年ぶりのニュー・アルバム『ワンダフル・ワールド』のカヴァーのために彼とフォト・セッションをやったこともあって、リコ談義でリンヴァルと大いに盛り上がってしまったものだ。

 そして、「まだ、全然完成していなくて、デモっぽいんだけど」と言いながら聴かせてくれたのがトゥーツ&ザ・メイタルズの『プレッシャー・ドロップ』やデスモンド・デッカーの『007(シャンティ・タウン)』といった曲のカヴァーの数々。隣に腰掛けていたリンヴァルは今回のアルバムに関してこう教えてくれたものだ。
「僕らが好きでしかたのない… っていうのか、一緒に育ってきたスカの名曲をカヴァーするって内容なんだ」

 いわば、このアルバムはUB40がメジャーで大成功するきっかけとなった『レイバー・オブ・ラヴ』のスカ・ヴァージョンと言ったらいいだろう。このところ、こういったカヴァーものが多いので、「また売線狙いの…」なんて、やっかみ半分の批判や中傷が予測されるけど、あのタイトルの意味をよ〜く考えてもらえれば、それが筋違いなものであることがわかるはずだ。文字通り、その意味は「愛しているが故に…」、そして、リンヴァルの言葉通り、「好きでたまらないから」生まれたのがこのアルバム。特にあのインタヴューで接したリンヴァルから感じたのが、彼のスカに対する汲めども尽きないほどの愛情だった。

 おそらく、感のいい人たちは気づいているだろうが、UB40やレゲエのバンドも含めて、2トーン系バンドの出身地に共通しているのは、かつて工業地帯だった地域の下町だ。急速な工業化と経済の成長で50年代に要求されたのが安価な労働力ということもあり、独立前のジャマイカから英国に流れ込んだのが大量の移民。彼らが住んでいたのは、ロンドンならトッツナムであり、バーミンガムならハンズワース、あるいは郊外のコヴェントリーといった下町であり、そこでいつも流されていたのがスカ、ロックステディ、そしてレゲエへと変遷してゆくジャマイカ音楽だった。ちょうどそんな音楽がジャマイカのゲットーで生まれたように、英国では底辺労働者が集まる街でそんなジャマイカ音楽とパンクが合体して2トーンが生まれていったのだ。いわば、こんな街で育ったのがスペシャルズやUB40のメンバーたち。彼らにとって、ジャマイカン・ミュージックこそが最も身近に感じる音楽だったのだ。それをスペシャルズ独特のテイストで再現したのがこのアルバムだ。

 前述のようにリコがかつてシングルとして発表していた『テイク5』でアルバムは幕を開け、トゥーツ&ザ・メイタルズの『プレッシャー・ドロップ』、そして、ボブ・マーリーがヘプトーンズのために書いたとされる『偽善者(原題:Hypocrite)』へとつながっている。残念ながら、私はボブ・マーリーのヴァージョンは聴いたことがないのだが、バルバドスに住むスカ・ファンのあるプロデューサーによると、マーリーが歌っている曲のタイトルは『Hypocrites』と複数形。歌が違うとのことだが、曲の違いは私にはわからない。これはなんとかレコードを入手してチェックしてみたいと思っている。ちなみに英国ではこれがファースト・シングルとしてカットされ、キャンペーン用Tシャツにはなんとジョン・メイジャー首相の写真が使われているとのことだ。このあたり、実にスペシャルズらしい。

   また、この曲などで、まるでDJの元祖的な存在、Uロイを想わせるルーツィなDJスタイルが披露されているのだが、これは地元の若手DJ。おそらく、このアルバムのクレジットに記されているケンデルという人物だろう。なんでも、スペシャルズの面々もUロイあたりの大ファンで、このところこういったルーツっぽいDJがまた脚光を浴びているということもあり、大々的にこのDJをここでフィーチュアしたようだ。

 その他、伝説のグループ、テクニクスのオリジナル・メンバーで、女性問題から拳銃自殺したとされているスリム・スミスがその直前に録音した曲『タイム・ハズ・カム』やデスモンド・デッカーの名曲でルード・ボーイ讃歌『007(シャンティ・タウン)』、ザ・ウェイラーズの大ヒット・ナンバー『シマー・ダウン』、ピーター・トッシュの『マガ・ドッグ』などが続いている。残念ながら、オリジナルがみつからなかったのがジョン・ホルト作曲と記されている『グッバイ・ガール』やベックフォールド・ベイリー作曲の『バッド・ボーイ』。また、ソカとレゲエが合体したような『恋はちょっぴり』は、なんでもモンキーズのヒット曲らしいのだが、そのレゲエ・ヴァージョンがあるのかどうか… そのあたりは、今度彼らに会った時にでも尋ねてみようと思う。

 変わったところでは、なんとクラッシュが名作『サンディニスタ!』に残した『誰かが殺された』が録音されているのだが、あのアルバムで彼らが大胆にレゲエを演奏していたことに敬意を表して録音したんじゃないだろうか。あるいは、世代的に考えれば、スペシャルズの面々がクラッシュからピストルズといったパンクに触発されてシーンに登場したというのが正しいだろう。とすれば、ただスカの名曲をカヴァーするだけではなく、彼らにとっての名曲をスカにするという意味もこのアルバムに含まれているのかもしれない。また、ボブ・ディランに大きな影響を与えたフォーク・シンガー、イーワン・マコールの名曲でポーグスにカヴァーされてヒットした『ダーティ・オールドタウン』のスカ・ヴァージョンも珍しい。彼らがこの2曲をどんないきさつで録音したのか、気になるところだ。

 さて、このアルバムの主、新生スペシャルズだが、オリジナル・メンバーはリンヴァル・ゴールディング(G)、ネヴィル・ステイプル(VO)、ホレス・パンター(B)、ロディ・バイアーズ(G)。その他、マーク・アダムス(KBD)、エイチ・ハイアット(DS)、アダム・バーク(TB/TP)の7人編成となっている。リンヴァルによると、なんでもスペシャルズのメンバーは現在もコヴェントリーに住んでいて、ジェリーが参加していないのは、「だって、彼はロンドンに住んでるから」ということだ。

 また、インタヴューに顔を出していたのはリンヴァル、ネヴィル、マークの3人。また、プロダクション面に関してもこのあたりのメンバーが中心に展開しているようだ。その彼らがこのアルバムをきっかけにどんな展開をしてゆくのか、興味は尽きないが、できれば、英国で彼らのライヴを見てみたいものだ。そして、バンドだけではなく、オーディエンスがどう変わったのかチェックしてみたい気もする。

 実のところ、80年頃よりも経済状態はずっと悪くなり、街に溢れかえっているのが若者のホームレス。そんな経済状態の英国にあって、ひょっとしたら当時と社会的な状況なんて全く変わっていないのかもしれない。そんなところにも彼らが再登場してこなければならない必然性があったとすれば… これを単なるスカ・リヴァイヴァルや2トーン・リヴァイヴァルといった言葉で彼らを短絡的に紹介することはできないような気がする。

1996年1月25日執筆

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