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えっ、湾岸戦争からもう3年か…… マッシヴ・アタックの新しいアルバムのアドヴァンス・カセットを受け取って、まず最初に頭に浮かんだのがそれだった。なにせ、あの頃、世界がひっくり返るような衝撃を与えたのがあの事件。いまだに正確な数は発表されていないようだが、現代兵器の見本市とも呼ぱれたあの戦争で殺されたイラク人は15万にも及ぶという憶測も存在する。そのほとんどが嫌々軍人になった人や一般市民…… 味方に殺された連合国軍人も多かったあの戦争にどれほどの意味があったのか、その疑問は今も拭い去られてはいない。 同時に、世界各国で放送禁止の憂き目を見た音楽の多かったことも脳裏に焼きついている。ジョン・レノンが作った史上最高の反戦歌…… というよりは、最も美しい歌「イマジン」など、数多くの曲が戦時中を理由にメディアから締め出されていたのだ。この時、音楽の弱さを知ると同時に、その裏で逞しさをも感じていたものだ。なぜなら、その裏で明らかになったのが数兆円の金を人殺しに使える権力者がたかだか音楽を恐れていたという事実。もちろん、そんな動きを肯定するつもりは毛頭ないが、あれは音楽が抱える影響力の見事な証明だったように思える。 その時、アーティストの名が刺激的だからと、名前を変えさせられたのがDJを主体にしたユニット、ボム・ザ・ベースとこのアルバムの主人公、マッシヴ・アタックだった。前者が中心人物のDJ、ティム・シムノンの名前でシングル発表を余儀なくされ、後者が受け入れざるをえなかったのがマッシヴというユニット名。実は、マッシヴの名で発表されたアナログが手元にあるのだが、それがコレクターズ・アイテムとなっていることよりなにより、そんな現実が今日明日にでも起こりうるということを肝に銘じるためにも、これは絶対に手放さないつもりだ。この新しいアルバムそのものとどれほどの関連があるのかは不明だが、ライナーの幕開けにそれを記しておくのも悪くはないだろう。 さて、マッシヴ・アタックのようなDJを中心としたユニットの背景にあるのは、もちろん、クラブ・カルチャー。80年代半ばに日本に入ってきたものだ。実際のところ、それ以前までクラブと言われて、即座に頭に浮かぺたのは奇麗な女性に手厚い接待を受ける銀座あたりのクラブのイメージ。確か、ロンドンのクラブ・シーンを初取材した85年、原稿を書く度にその意味を説明しなければならなかったのを覚えている。クラプとは基本的にDJを中心に展開するイヴェントのようなもの。店そのものを示すこともあるが、たいていは週に1回、あるいは、不定期に開かれる簡易ディスコと思えばいい。なにより要となるのはDJの選曲で、音楽の種類は、レゲエからハウス、ジャズ、ラテンからアフリカ音楽にヘヴィメタまで無限に広がっている。 また、最近でこそクラブが騒がれるようになったものの、英国のクラブの歴史は実に古い。なんでも夜11時以降はパブが閉ざされるという奇妙な法律のせいで、「自由に酒が飲みたい」と生まれたのがクラブと言われている。おそらく、その言い訳に、あるいは、酒の肴に音楽が登場したと考えても間違ってはいないだろう。ともかく、クラブは最も庶民的でヴィヴイッドな音楽の現場であり、そこから次々と新しい動きが生まれているのだ。例えば、50年代後半から60年代前半、ソーホーのワッグがフラミンゴと呼ばれていた頃、ここでよく演奏していたのがジョージィ・フェイムとプルーフレイムス。そのあたりをきっかけに大ブームとなったのがR&Bだ。また、かのビートルズもリヴァプールのキャヴアーンというクラブで演奏していたという逸話もある。それに、70年代半ばのセックス・ピストルズやパンク革命もまずはクラブで火がつき、全英に広がっていったのだ。 が、クラブDJの重要性が指摘され始めたのは、ここ1O数年だろう。特にレゲエのサウンド・システムが勢力を持ち始めた70年代からだ。ただディスクを回すだけではなく、逆回転させたり、エフェクターを入れたり…… また、MCを入れたりと、いわば、ディスクをダシにして遊ぶスタイルがタプを生み、リミックスという新世界を創造するのだ。実際、レゲエなくしてヴァージョン違いなんて音楽の楽しみ方は生まれてこなかったし、ラップやスクラッチもその延長線か、同様の発想で誕生しているはずだ。そして、それがハウスに発展し、DJ中心のユニットによる新しいスタイルの音楽として80年代後半から90年代に大勢力を作ってゆくのだ。その先陣を切るように大ヒットを飛ぱしたのが、言うまでもなくソウルソウル。かつてレゲエのサウンド・システムでならしていたDJ、ジャジー・Bやネリー・フーパーが中心となったこのユニットがポップス…… あるいは、ダンス・ミュージックにどれほどの影響を与えたか。以来、コールド・カットからボム・ザ・ベイスに、このアルバムの主人公、マッシヴ・アタックなどが大活躍をはじめ、かつてバンドだったルース・エンズまでもがカール・マッキントッシュを中心とした同様のユニットヘと変化してしまうのだ。 さて、そのマッシヴ・アタックの前身、ワイルド・バンチが初めて日本を訪れたのは86年。ギャス・メイオールとポール・マーフィがDJとして初来日し、ジャズ・ディフェクターズ(JDズ)もやって来た頃ではなかったろうか。記憶は定かではないが、JDズのメンバーに「こいつがネリー・フーパーだ」と紹介されたような気もする。実際、当時、彼はワイルド・バンチのメンバーとして活動していたのだ。そして、ひょっとすると、彼らを招聘していたのは、現在、UF0として活動する矢部氏が絡んでいた、日本のクラブ・シーンの草分的な存在、クラブ・キングではなかったか…… そのあたり、単に憶測でしかないが、有形無形になんらかの繋りを持っているのがDJの世界。そうであっても、全く不思訟ではない。 ともかく、英国西部のブリストルで生まれたワイルド・パンチからネリーが抜け、若干のメンバー変遷の後に残ったのがグディ・G、マッシュルーム、3−Dの3人。彼らがマッシヴ・アタックの核として動き始め、ヴァージン傘下のサーカ・レーベルからデピュー・アルバム「プルー・ラインズ」を発表したのが91年4月だった。その間の紆余曲折に関しては、そのアルバムに記された鈴木しょう治氏のライナーに詳しく説明されているので、それを参考にして頂けれぱいいだろう。 あの時、アルバムのブックレットにはいかにもアートと呼ぶにふさわしい数々の作品が並べられ、彼らが極めてユニークな存在であることを思い知らされたものだ。また、ダンス・ミュージックという枠にとどまらないスケールの大きさを感じさせていたのがサウンド。しかも、大ヒットとなったシングル「アンフィニッシュド・シンパシー」ではノーカット、ワン・カメラでビデオを制作し、その発想や作品へのこだわりにその懐の広さを感じていた。 また、唯一のカヴァーとして収録されていたのがウィリアム・デ・ヴォーンの傑作「ビー・サンクフル・フォー・ワット・ユーヴ・コット」だ。実は、時を同じくして発表されたUKジャズ界屈指のヴォーカリスト、クリーヴランド・ワトキスのセカンド・アルバム「ブレッシング・イン・ディスカイズ」でもこの曲を取り上げていたのだが、甲乙付け難かったのが両者のヴァージョン。当時担当していたラジオ番組で、両者共に幾度か放送した記憶がある。もし、まだ聴いたことがなかったらぜひチェックすべきだろう。 さて、そのデピュー・アルバムで、レゲエ界の重鎮、ホレス・アンディと共にメインのヴォーカリストとしてフィーチュアされていたのがシャラ・ネルソン。マッシヴ・アタックのヒット曲のほとんどで彼女がヴォーカルを担当していたこともあったのだろう。その後、彼女はクリサリスと契約。素晴らしいソロ・アルバムを発表している。そのせいもあって、若干心配していたのがマッシヴ・アタックだった。シングルの発表もなければ、噂もなし。ひょっとして自然消滅でもしていたのだろうか…… と思っていたところに届けられたのがこのニュー・アルバム。しかも、前作同様、いや、それ以上にハイ・クオりティな作品を作りあげてくれたことに一安心しているといったところだ。 まずは鷺かされたのがアルバム巻頭に飛び出してきたヴォーカリスト、トレイシー・ソーンの声だった。言うまでもなく、ペン・ワットと共にエヴリシング・パット・ザ・ガールで活躍する彼女だ。ディープでクールな情感のこもったトレイシーのヴォーカルで始まるこの1曲で、マッシヴ・アタックが、また一段とそのサウンドの幅を広げていることに気がつく。やはり彼らはただ者ではない。 そして、ヴァージンから送られてきた資料によると、プロデューサーとしてクレジットされているのはネリー・フーパー。昔の仲間が帰ってきたことになる。また、前作同様、ホレス・アンディが2曲で歌っているのも嬉しい。彼が自らのサウンド・システムでのオープニングに長く使い続けているというドアーズの「ハートに火をつけて」や彼自身の名曲「スパイング・グラス」の強力なテクノ・タプから感じるのはマッシヴ・アタックの底辺に脈々と流れるレゲエの影響。このあたり、元来がレゲエ好きの筆者にはなによりの魅力になっている。 さらに、ナイジェリア生まれのシンガー、ニコレットが奇妙なセクシーさを披露しているのは「スリー」と「スライ」。また、トリッキーがフィーチュアされている「カーマコーマ」と「ユーロ・チャイルド」のラップ・チェーンも実にクールだ。それに、アンビアントなインストゥルメンタル「ウェザー・ストーム」に神秘的な「ヒート・マイザー」も素晴らしい魅力を感じさせている。 残念ながら、この原稿を書いている時点では、アルバム・ジャケットもCDブックレットも届いていないのだが、今度はどんなアートを見せてくれるのか、それも大さな楽しみだ。なんでも、情報によると、ホレス・アンディ、ニコレット、トリッキーに、場所によってはトレイシー・ソーンも登場する彼らの初のツアーが、このアルバムの発表にあわせて行われるというのだが、同時に、彼らのアートを展示するエキシビジョンも開催されるということだ。しかも、そのBGMとして使われるのがレゲエ界の重鎮、マッド・プロフェッサーによるこのアルバムのタブ・ヴァージョン。さらには、マッシヴ・アタックがCD−ROMを制作し、ヴァーチュアル・リアリティーのインスタレイションも考えているとか…… こんな話を聞いていると、また自分のなかで好奇心がムクムクと大きくなっているのを感じる。無理をして英国にでも飛び出していきそうな気分だが、それが実現すれば、またどこかで発表してみようと思う。そんな期待を込めて、マッシヴ・アタックの新たな傑作のライナーの幕を閉じようと思う。 1994年8月12目執筆 |