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パリとジャズ… いきなり、そのあたりから書いてみよう。というのも、昨年3月にMCソラーと来日し、6月に『ラップ・ジャズ・ソウル』というミニ・アルバムを発表しているスーンeMCの正式なデビュー・アルバムとなるこの作品を聴いていると、なぜかそれがキーワードとして浮かび上がってきたからだ。もちろん、これはジャズのアルバムではないが、その底辺に流れているのはパリ独特のジャズ・ノット・ジャズ的なグルーヴ。が、興味深いことに、ちょっと歴史を振り返ってみると、実は、それが今に始まったことでもないのに気がつくのだ。しかも、そこにはまるで体臭のように強烈な個性を放つパリの表情がある。 例えば、その昔、ルイ・マルが監督した不朽の名作「死刑台のエレベーター」だ。周知のように、音楽を担当しているのはマイルス・デイヴィス。なんでも音楽の必要な場面をエンドレスにつないだフィルムをくり返し映写させ、わずか4時間で終わったのがこの時のセッションだと言われている。特に好きなのは「シャンゼリゼの夜」。ド頭のハイ・トーンなペットが聞こえてくるだけで、すう〜っとモノクロのシャンゼリゼに吸い込まれるような気分になる。それはニューヨークではなく、あくまでパリ。アフリカ系アメリカ人のマイルスの演奏に、なぜバリを感じるのかよくわからないが、ジャズとパリの表情が重なっても全く違和感はない。それどころか、そんな融合がパリの最もパリらしい顔を見せてくれているような気もするのだ。 同様の作品に、ブリジット・フォンテーヌがアート・アンサンブル・オブ・シカゴと録音した『ラジオのように』がある。その録音からすでに22年が過ぎたというのに、強力なリズムで迫るタイトル・ナンバーは今聴いてもゾクッとするほど新鮮だ。ここではシャンソンとフリー・ジャズが見事に融合され、アルバムからは両者が昇華して生まれた結晶が眩しいぱかりの輝きを放っている。また、時にジャズを感じさせるのがバルバラだ。例えば、『私自身のためのシャンソン』というアルバムの巻頭を飾る「ナントに雨が降る」ではリリカルなピアノと唯一無二の表情を持つバルバラのヴォーカルが絶妙のコンビネーションを見せている。鳥肌もののこの演奏にジャズを感じるのは筆者だけだろうか。 あるいは、昨年10月に取材したミュゼットと呼ばれる音楽も忘れてはいけない。ジャンゴ・ラインハルトが圧倒的な影響を与えたこれもやはり極めてパリ的なジャズだ。今も現役で演奏を続けるジョー・プリヴァのアコーディオンやディデイ・デュプラのギターから漂うのは独特のスイング感。それは今も全く色褪せてはいない。それを申し分なく証明しているのが数々のミュージシャンを集めて制作された『パリ・ミュゼット』という2枚のアルバム。特に、珍しくサックスをメインにした2枚日の「黒い蝶」で演奏するフランソワ・コルヌルゥが群を抜いている。ノスタルジーやエキゾチズムばかりが強調されているこの音楽が、実は、ジャズ・ノット・ジャズの名の下に世界に広がるトレンドと全く同じ流れの中にいることを、この演奏がいやおうなしに思い知らせてくれるのだ。 ひょっとすると、こういった名前を列挙するだけでは、パリで生まれた彼らの音楽がスーンeMCと繋がっているようには思えないかもしれない。が、今回のデビュー・アルバムを聴いてまず思い浮かべたのはそんなレコードの数々。もし、チャンスがあれば、そのあたりのアルバムも聴いていただければ幸いだ。そうすれば、スーンeMCのこのアルバムの奥底に流れるクールなグルーヴが紛れもなくパリ的なものであることが実感できるような気がする。 さて、このアルバムの主、スーンeMCの来日は、ほとんど誰にも知られることなく終わったようだ。なによりも、あの時の主役はMCソラー。独特のクールなジャズ・ラップを完成させた彼のアルバムはすでに発表されていたが、残念ながら、スーンeMCの『ラップ・ジャズ・ソウル』はわずかに輸入盤で日本に入っていたにすぎない。が、彼の名前がこの時、すでに噂こなっていたのは確かだ。また、彼を高く評価していたのが、たまたまガリアーノと一緒に来日していたDJでトーキン・ラウド・レーベルの顔でもあるジャイルス・ピーターソン。実は、スーンeMCとのインタヴューを終えて、彼と一緒にジャイルスの泊まるホテルに訪ねていったのだが、彼らが親しげに話している様子を見ていると、ロンドンとパリがダンス・ジャズをキーワードにしっかりと結びついているのがよくわかったような気がしたものだ。 実際、MCソラーに代表されるフレンチ・ラップ、特にクールでジャジーなそれを紹介してくれたのもロンドンのシーンを支えてきた人たちだ。まずはMCソラーをチェックするようアドヴァイスをくれたのがロブ・ガリアーノ。さらに、この時点でDJのジミー・ジェイを中心とした一派、501posseを世界に紹介していたのが、もう日本では知らない人はいないだろう、ロンドンのカルト雑誌、ストレイト・ノー・チェイサーだった。その記事の中で進行中だと記されていたのがジミー・ジェイのプロジェクト『ル・クール・セッション』。彼のプロデュースの下、多くの若手ラッパーを集めたこのアルバムは、日本でも昨年7月に発表されている。また、ジャイルスがフランス人だということもあって、彼がロンドン同様にDJとして精力的に活動しているのがパリのクラブ。その他にも、ジャズ・ノット・ジャズを核にラジオ・ノヴァのDJ、ロイック・デュリが担当している番組も好評だと耳にしている。 さらに、残念ながら、まだ日本では陽の目を見てはいないが、パリには素晴らしいアルバムを発表している優れたラッパーも数多く存在する。ヴァージン・フランスから発表されているサリアの『ユニーク』やIAM(アイ・アム)の『ドゥ・ラ・プラネット・マース』といったプロジェクトは特に注目に値するし、ラガマフィン系のダディ・ヨッドあたりも日本で紹介されるべきアーティストだ。 が、なによりもパリのシーンをリードしているのはMCソラーだった。特に彼のメジャー・デビューとなったアルバム『MCソラー〜キ・セム・ル・ヴァン・レコルト・ル・テムポ』は、フランスの音楽界にフランス人によるラップを認知させた名作だ。おそらく、彼の成功なくしてスーンeMCが登場してくることはなかったろうし、ジミー・ジェイが脚光を浴びることもなかったろう。それでも、それを過去形で書いたのは、スーンeMCの実質的なデビュー・アルバムとなるこの作品の出来の良さのせいによる。すでに『ラップ・ジャズ・ソウル』を手にしている人には、ほぽ全曲がここで再収録されていることもあり、不満もあるかもしれないが、あのミニ・アルバムで顔を覗かせていたスーンeMCの才能がここで見事に開花している。まずはリスナーを深夜のパリの雑踏に引き込んでしまうのがアルバムの巻頭「アンテルディクトンj。そして、クールなグルーヴにのって「仲問の名にかけて」に入ってゆく。まだ21歳とは思えない渋さも感じるスーンeMCのラップに絡むのはジャジーなサックスやトランペットにギター。また、ラガっばいMCが人っているのも面白い。そのクールなタッチを保ちつつ、「ノー・マーシー」に繋がっていくという自然な曲の流れが、彼の敬愛するマーヴィン・ゲイの空気感に似ていると感じるのは筆者だけだろうか。 さて、スーンeMCの経歴だが、それは前述の『ラップ・ジャズ・ソウル』に詳細にわたって記している。ここではそれを要約して紹介してみようと思うのだが、まず、彼の本名はジャン・フランソワ・イロンガ。仲間は彼のことをジェフと呼んでいる。母親はフレンチ・カリビアンのグアダループ出身で、父親はザイール人。そのせいか、ズークやスークスが流れる家庭に育ったというのだが、なによりも影響を受けたのはソウルやラップだった。なかでもマーヴィン・ゲイの影響は絶大だったようで、このアルバムでも彼の作品がサンブリングされている。また、「リズム・ファンキー・ブールヴァード」でもラップされているように、ギャングスターのグールーにも人きな影響を受けているようだ。それはこのアルバムがグールーの『ジャズマタズ』に似たタッチを持っていることからも想像できるだろう。 MCソラーがラップとフランス文学を融合して、ラップの芸術性を強調しようとしているのに対し、あくまでストリート性に執着しているのがスーンeMC。そのあたりは彼自身の発言によるのだが、それはラップの内容を見ても明らかだ。『ラップ・ジャズ・ソウル』に収録されている「ノー・マーシー」や「謎を解け」の詩を読んでみると、それが政治や社会に対する間題意識に繁がっているのがよくわかる。実のところ、インタヴューでも言及していたのがヨーロッパで成長しつつある人種差別やファシズム。残念ながら、今同のアルバムの訳詞はまだ受け取ってはいないが、それがこのアルバムでどう発展しているのか… ジックリと読んでみたいと思っている。 サウンドの核になっているのは、文字通りの『ラップ・ジャズ・ソウル』。将来はカリブやアフリカのサウンドにもアプローチしたいと語っていたのが印象に残っているが、今回の作品では、ほとんどそんな雰開気は感じない。ただ、「501・フォー・オール」でイーディ・ブリッケル&ニュー・ボヘミアンズといった、スーンeMCとはまるで接点がないような音楽をサンプリングしているのが興味深い。手元にはほとんど資料がないのだが、録音に参加しているミュージシャンも曲者ぞろいのようだ。レジーヌという女性ヴォーカリストもソウルフルだし、ジャズっぽいソロを聴かせるサックスやギター、ピアノも大きな魅力を感じさせる。また、CDのブックレットの写真から想像すると、生楽器をふんだんにフィーチャーしているのがスーンeMCのライヴのようだ。できれば、DATにターンテーブルだけではないライヴを体験してみたいと思うのは筆者だけではないだろう。 いずれにせよ、筆者にとって、マイルスの『死刑台のエレベーター』やブリジット・フォンテーヌの『ラジオのように』あるいは、バルバラの『私自身のためのシャンソン』あたりにも匹敵する傑作がこの『ポイント・オブ・ビュー』。将来にわたって、愛聴盤になることは問違いない。素晴らしいアルバムを作ってくれたものだ。 1993年12月13日執筆 |