JTQ-Absolute Live!

「DJのジャイルズに誘われて… ロンドンでジャズ・ダンシングが盛り上がっているところへ連れていってもらった。ライヴが終わって、例のニートなロンドン・キャブに乗ってね。入口からはすごい音量で音楽が鳴り響いている。テンポの早いエキゾティックなサウンド… ラテンやアフリカン… それにジャズ。フロアでは驚異的なダンス! ターンしたり、ジャンプしたり… 僕のサンフランシスコの曲でも踊っている。そうだ、思い出した、このクラブは… そう、カムデン・タウンのディングウォールだ」

 こんなスウィング・ラップを聴かせる曲を耳にしたことがある。歌っているのは、なんとマーク・マーフィ。う〜ん、本当にあのジャズ・ヴォーカリストのマーク・マーフィなのかな。そんな疑問もあったのだが、おそらくそうだろう。そう言えば、ロンドンのジャズ・クラブの老舗、ロニー・スコッツでたまたま演奏していたロイ・エアーズが今はなくなってしまったカムデン・タウンのディングウォールズに初めて連れて行かれた時、やはり同じような体験をしたという話しも聞いたことがある。もちろん、クラブは日曜日の昼に開かれていたサンデー・ジャズ・セッションだ。クラブの中に入るやいなや、呆然と立ちつくしてしまったのがエアーズ。契約上の無理があるのを知りながら、彼はクラブのスタッフに頼み込んだというのだ。

「悪いけど、お願いだから、ここで演奏させてもらえないかな」

 そして、完全なシークレット・ギグが開かれたのが翌週の日曜日。エアーズが満面の笑みを浮かべながら、3時間も演奏し続けだというのだ。そんな話を聞かされたのは先日、久々にロンドンヘ取材に出かけた時だった。取材の中核はダンスフロアから始まったジャズ再発見のその後をフォローすることだ。筆者が初めて『ジャズで踊る』人々の現場を目撃して、目が飛び出るほど驚かされたのは85年冬。それから、もう7年が過ぎようとしている。あの時、それがただの流行やブームだと見られていたのを考えると、実に感慨深いのが昨今の動きだ。表面的には紆余曲折があったようだが、シーンは着実に成長。さまざまなフィールドで驚異的なアーティストが続々と登場しているのだ。

 いわゆる上流派とでも呼べばいいのだろうか、ジャズらしいジャズ・アーティストとして言うならば、コートニー・パインやスティーヴ・ウィリアムソンが一層の活躍を続けているし、ちょっとひねりを効かせたオーフィ・ロビンソンやジュリアン・ジョセフも素晴らしいアルバムを発表。また、今回の取材で最もよく噂を聞いたのがギタリスト、ロニー・ジョーダンだった。DJチームのドッジ・シティ・プロダクジョンズとタッグを組んで発表されたのが彼の初のリーダー・アルバム『アンティドウト』。ジャズとダンス・ミュージックを見事に融合した素晴らしいアルバムに仕上がっているのだ。さらには、まだどこのレコード会社とも契約していないアーティストだが、たまたま覗くことができたのが、カムデンのジャズ・カフェで開かれていた若手NO.1のギタリスト、トニー・レミィの初リーダー・ライヴ。ファンク・ジャズとでも言えばいいのか、驚異的な演奏を披露してくれたこの日のライヴにはクリーヴランド・ワトキズがゲストで飛び入りし、オーフィ・ロビンソンも顔を見せていた。聞くところによると、UKのブルーノートが彼など、若手ジャズ・プレイヤーを集めてショウケース的なアルバム制作も考えているとのこと。実に楽しみだ。

 その他、やはりクラブDJのパトリック・フォージらがジャズっぽいエッジを持った曲を集めたコンビレイション『ザ・リバース・オブ・クール』の続編を発表。スパイク・リーの映画『モー・ベター・ブルース』で脚光を浴びたギャング・スターの『ザ・ジャズ・シング』などを収録した前作も良かったのだが、前述のロニー・ジョーダンなども加えた今回の続編も素晴らしい。そのライナーのイントロにこんな言葉が言かれている。

「ジャズやラップやソウルが強烈なドラムとベースのスピリットに織り込まれている… ジャズ・ラップ?ストリート・ソウル?ニュー・フュージョン? わけのわからん専門用語なんて忘れちまいな。音楽には2種類しかない。それはいい音楽と悪い音楽さ」

 まさにその通りだ。ジャズを再発見したロンドンのクラブ・シーンがレア・グルーヴやラテン・ソウルからワールド・ミュージックなどを貧欲に飲み込みながら作り上げてきたのが現在の音楽シーン。一方では、今も体制派の保守的なジャズ・ファンには白い目で見られながら、斬新なイマジネーションと才能に溢れた若手のジャズ・ミュージシャンが生まれ、同時に彼らと有機的なクロス・オーヴァーをしながらヒップでグルーヴィなダンス・ミュージックが続々と生まれてきているのがロンドンだ。別にジャズにこだわることもないだろう。ジャンルやカテゴリーなんぞ無視した自由奔放さが鍵なのだ。もちろん、それこそがジャズのジャズたる由縁であったような気もするのだが。

 さて、そんな自由の原則を謳って生まれたのが… いや、デッチ上げられたのがアシッド・ジャズだった。時は87年〜88年、ライヴの源流となるアシッド・ハウスが全英を席巻していた頃に朔る。雑多な音楽がアナーキーに融合されたハウスのブームに乗って、アシッドという言葉をパクッたにすぎない。しかるに、これを定義するなど不可能なのだが、ジャズ的なべースにグルーヴィでファンキーな黒っぽいサウンドが加わったものと思えばいいだろう。JBズあたりのファンキーなサウンドからラロ・シフリンやボブ・ジェイムズあたりの初期のフュージョン、さらにはアイザック・ヘイズやカーティス・メイフイールドなどが活躍した黒人映画の世界… そんなものがごった煮となったダンス・ミュージックとでも言えばいいのか。

 その当時、そんな動きの中核にいたのが、このアルバムの主人公、ジェームス・テイラー・クァルテットだった。バンドの核はジェームスとデイヴィッドのテイラー兄弟。87年にインディからデビューし、メジャーのポリドールと契約したのが88年だ。そのアルバム『ウェイタ・ミニット』からカットされたシングル『スタスキー&ハッチのテーマ』が大ヒットを記録。すでにこの時、彼らはクラブ・シーンを中心に強力な人気を誇っていた。さらに89年にはスタイル・カウンシルのスティーヴ・ホワイトが参加して、2枚目の『ゲット・オーガナイズド』を発表。確か、その頃に初の来日公演を実現させている。

「要するにバンクで育ったロンドンの下町の子供がスェッティでファンキーなオルガンのジャズに惚れ込んだってのか… 昔の音楽のコピーだとか、いろいろ言われたりもしているけど、どう転んだって僕らがジミー・スミスにはなれないからね。ロンドン的な、あるいはパンク的なものが出てくると思うんだ」

 あの時のインタヴューでジェイムズ・テイラーはそんな言葉を発していたものだ。が、昔と同じことをしているという批判は気にしていたのだろう。2枚目ではクリーヴランド・ワトキスをヴォーカリストにフィーチュアして初の歌ものを録音。また、90年発表の『ドゥ・ユア・オウン・シング』ではマッコイ・ファミリーをフィーチュアしてラップや打ち込みを使うなど、新たな展開も見せていた。クァルテットといいながら、メンバーとして表記されていたのはテイラー兄弟とサックスのジョン・ウィルモットの3人。結局はテイラー兄弟を中心としたユニット的な色彩を強めて行ったのだろう。

 そして、届いたのが今回の新作だ。ポリドール傘下のアーバン・レーベルを離れ、ビッグ・ライフと契約。正式なバンドのメンバーとなっているのかどうか定かではないが、アルバムには前述のメンバー3人に加え、5人のミュージシャンの名前が記されている。その中の1人がアシッド・ジャズ・レーベルからアルバムを発表しているパーカッショニスト、スノウボウイだ。また、ゲストとして、やはりアシッド・ジャズ・レーベルからシングルを発表している女性ヴォーカリスト、ローズ・ウィンドロスや『ザ・リバース・オブ・クール』にも曲を提供しているノエル・マッコイも参加。残念ながら、録音データなどは一切記載されておらず、情報もない。が、前作とは違って、ルーツに戻ったようなホット&スェッティな白熱ライヴが収録されている。なかには曲終わりに作為的なフェイド・アウトを感じたり、観客の歓声に多少の不自然さを感じたりもするのだが、が、まあ、いいか。オルガンをキーにしたサウンドにはやはりどうしようもない魅力があるから。

 収録曲目は、いずれも今までのアルバムには収録されていないものばかりだ。ビックリしたのはCTlジャズのデオダートのヴァージョンでポップス・ファンにひろく知られることになったDの『ツァラトゥストラはかく語りき』が収録されていたことかな。デオダートの方が壮厳なクラシックっぽさにファンキーなフュージョン色を感じたのだが、こちらはあくまでビートを強調したB級路線。そんな下世話さが魅力なのだろう。

 さて、意味不明のデッチ上げで生まれたアシッド・ジャズだが、最近、どうもひとり歩きを始めたようで、いろんな場所で活躍するようになっている。そのものズバリのアシッド・ジャズ・レーベルからはブラン・ニュー・ヘヴィーズが大ヒットを記録し、アメリカはロサンゼルスではドレッド・フリムストーン&ザ・モダン・トーン・エイジ・ファミリーなるプロジェクトがレゲエとアシッド・ジャズを合体させたサウンドに挑戦。と思えば、この2月に来日したロサンゼルスのスカ・バンド、ジャンプ・ウィズ・ジョーイがスカのジャズ的な部分を強力に押し出したサウンドを聴かせてくれたのだが、彼らが最も気にしているのがアシッド・ジャズだとも語っていた。また、ア・マン・コールド・アダムもビッグ・ライフ・レーベルからデビューしている。さらにはアシッド・ジャズのアクトとして初めて来日したプッシュも(なんと、この時リード・ヴォーカルだったのが今や大スターのシールだ)再び活動を始めてロンドンで人気を獲得。これから、彼らがどんな動きを見せ、アシッド・ジャズがどんな音楽を生み出してゆくのか… なかなか興味のつきることはない。

1992年3月9日執筆

To the Top page