Taxi Kreol

「みんなそう言うんだよ。 今度来る時はもっと長くいたい。 って。でも、気をつけた方がいいよ。そうやって、島から離れられなくなった人がいっぱいいるから。(笑)」

 初めてマルティニークを訪れた時、島で会った人に、よくこう言われたものだ。今からちょうど1年前。あの時は "熱帯のパリ" と呼ばれる島の中心、フォール・ドゥ・フランスに3日間滞在しただけだ。が、島に魅入られるにはそのわずかな時間で充分だった。島を包み込んでいたのは眩しいばかりに降り注ぐ太陽の光やそれを照り返すように輝く原色の数々。しかも、その熱帯特有の風景に微妙なヨーロッパさが独特の表情を作りだしている。それに島の人々・・・ 特にフランス系の白人とその昔アフリカから奴隷として連れてこられた黒人との混血、クリオールの歴史が生みだしたのだろう、女性の美しさには圧倒されたものだ。

『ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)やゴーギャン、コクトー、そしてアンドレ・ブルトンといったアーティストたちがこよなく愛したのがこの島だ』

 とは、マルティニークを紹介する度に書いてきたフレーズだ。が、島に一歩足を踏み入れると直感するのがその理由。そして、ここを知れば知るほど、島に魅入られてゆくとでも言えばいいのだろうか。音楽ばかりではなく、小説や詩に絵画・・・ 島は限りない魅力で溢れている。昨年5月に初めてマルティニークを訪ねてから1年の間に2度も島に渡ることになったのは、結局、そんな魅力に勝てなかったからだろう。まさしく、島の人たちに言われた通りだった。

 初めての訪問で取材したのは日本でも随分人気を獲得した島の宝とでも呼ぶべきマラヴォワだった。ヴァイオリンを中心としたストリングス・セッションを要に島の伝統音楽、ビギンやマズルカを現代に純粋培養したかのようなサウンドから感じるのは華麗さと逞しさだ。強靭なリズムを持ちながら、それでも際立った美しさを見せるのがそのメロディ。それはすでに日本で発表されている2枚のアルバムや来日公演で充分に証明されている。

 そして、2度目に島を訪ねたのは過去30年で最大のハリケーン、 ヒューゴ がカリブ海を襲った昨年9月。マラヴォワに『僕らの弟のようなアーティストだ』と言わせたバンジョー奏者、カリの取材が目的だった。こちらもシンプルながら奥の深い島の伝統音楽をさらりと聞かせるアルバム『ラシーヌ』を発表している。シンセサイザーなどのモダンな楽器を使いながらも、そのサウンドから感じるのは昔の島への郷愁。60年前の島を題材にした映画、 マルティニークの少年 の一場面をジャケットに使用したのは大正解だった。

 そのレコードを作っているのがイビュスキュス(英語読みでハイビスカス)レコード。カリ以外にも彼の叔父でもあるマックス・ランジィーやユージン・モナ、それにマックス・シラーなど、伝統的な音楽を演奏するアーティストのアルバムを次々に発表しているレーベルだ。その主、プロデューサーのジャン・ミッシェル・モリエロ氏にタクシー・クリオールを紹介されたのはカリの取材を終え、ハリケーンのおかげで島に釘付になっていた時だった。

 アメリカのブラック・コンテンポラリィからジャズ、フュージョン的なニュアンスも感じさせるのが彼らのサウンド。伝統的な音楽と並行するように、それとは全く違う洗練さを聞かせるズークも発表していたのがこのレーベルだ。モリエロ氏によると、島のスタジオ・ミュージシャンが集まって作ったのがこのバンド。実際、ここから発表されているレコードをチェックすると必ず登場するのがこのバンドのメンバーの名前だ。輸入盤屋でかなりヒットしているZAZAやザッカリを始めとして先述の伝統音楽アルバムなど・・・ すでにフレンチ・カリビアンの音楽ニアンテナを向けているファンにはよく知られたアーティストを影でサポートしているのがタクシー・クリオールの面々だ。

 さて、そのリーダー的な存在となっているのがギターのフランク・ドナティアン。イビュスキュスのレコーディング・スタジオの設計からデザインにも参加した、このレーベルの重要人物の一人だ。

「いろいろなアーティストのレコード作りを通して仲間になったスタジオ・ミュージシャンなんだ、みんな。互いに充分知りあって、マルティニークでも外に飛びだしてゆけるズ ークのバンド作らないかって、そんなところから始まったんだ。名前にタクシーを付けたのは・・・ どこの国に行ってもタクシーはタクシー。誰にもで理解できる言葉だから。それに誰に対してもオープンで・・・ でも、クリオールってバックグランドはあるんだよって、そんな意味でこの二つを一緒にしたんだ」

 まるで島の笠置シヅ子のような雰囲気を持つ陽気な女性シンガー、ザザを通訳に彼とインタヴュー。"タクシー" と聞くと、カリブ音楽ファンなら即座に思いだすのがレゲエ界のスター・プレイヤー、スライ&ロビィが作ったタクシー・プロダクションだが、それとは無関係だそうな。おそらく、スライ&ロビィも同じような発想を持っていたんじゃないかとはザザとフランクの言葉だった。

 メンバーを構成するのは10人。ヴォーカルはセクシーなスージィ・トレボにカリのバック・ヴォーカルでもあるクリスティアンヌ・グランジェノワの女性陣にジャン・リュック・ブグレンヴィーユとジャン・リュック・グァネルの男性陣が加わり、曲によって独特のカラーを出している。その他、ギターのフランクにキーボードがフィリップ・ジョセフにロナルド・トゥール。ベースはエルベ・マルティニでパーカッションがアレン・ドゥラシウとジョゼ・ゼビーナとなっている。

「ハートとボディが最良のコンディションで動くようなそんな音楽を作って行きたいね。それに偏見も破りたい。今までズークに与えられて来たのは陳腐なエキゾチズムや太陽のイメージ。でも、そんなものじゃなくて、アメリカのロックやジャマイカのレゲエが持っているような・・・ 音楽の厚みが欲しかったんだ。ことズークに関する限り、マルティニークよりグアドループの方が有名なバンドがたくさん出てるけど、彼らとは違った独特のスタイル・・・ ズークを作りだしたいんだ」

 ズークとはクリオールの言葉でパーティを意味する。それが音楽のスタイルとして使われ始めたのは80年代始め。それまでこれはハイチを源流に持つコンパやカダンスの名で知られていた。それをよりファンキィにロックっぽくしたのがズークと考えていい。が、代表的なアーティストはいずれも、マルティニークより北に約40分のフライトで着く島、グアドループ出身だ。ズーク界NO1のカッサヴや彼らのライヴァル、エクスペリアン7。そのバックアップでデビューしたズーク・マシーンやジョエル・ウルスルにタニヤ・サンヴァルも全てそこから出てきたアーティスト。マルティニークにはフレンチ・カリビアンの音楽を代表するマラヴォワがいても、ズークではグアドループには勝負できなかったのが現状だ。

 それを打破ろうとしているのがタクシー・クリオール。少なくともそのサウンドを聞く限り、それは見事に証明されているようだ。軽快なダンス・チューンで聞こえてくるのは鋭いエッジを持つ超ファンキィなリズム・ギター。バラードでは豊かな表情を持つサックスのソロがフィーチュアされ、甘いヴォーカルに色を添えている。しかも、下手をすれば画一的な響きを持つズークの世界で曲のヴァリエーションも豊かなら、メロディ・ラインも美しい。そのあたりマラヴォワなどの影響も感じるのだが、ともかくグアドループにはないタイプの新しいズークを彼らが生みだしたのは確かなようだ。

「サウンドのクオリティにしても、出来るだけいいものが欲しかったから、ミックスに関してはマルティニークじゃなくて、バルバドスでやったんだ。あそこにあるエディ・グラントのスタジオ使って」

 そんな意気込みを持って作られたのがこのアルバム。これも昨年あたりから次々と日本に伝わって来ている新世代のズークを代表する作品だろう。前述のズーク・マシーン、ジョエルやタニアといったズーク・ラヴ・・・ スィートでメロディアスなズークはより洗練されてきているし、パリを中心に活躍するサキヨが打ち出したのは強力なエレクトロ・ズーク・ファンク。また、マイアミからはフュージョンっぽいニュアンスも感じさせるスキャンダルというバンドも登場してきている。そんな中でこのアルバムが日本でどう受け入れられるか、実に興味深い。また、これからズークがどう変化してゆくか。それからも目は離せないと思うのだ。

1990年5月14日執筆

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