VARIOUS ARTISTS-Acid Jaz & Other Illicit Grooves Vol.2

「もう、これは俺たちと奴等の戦争みたいなもんさ。そう、俺たち新しいジャズを生みだそうとしている勢力と過去の遺物にしがみついた旧世代の保守派との…… 嫌んなるぜ。だって、また同じことの繰り返しじゃないか。パンクが生まれた時、ヒッピィ革命を経験した連中がなんて言ったか知ってるかい? 真っ先にあれを否定したのが奴等さ。そして、今度は過激なフリー・ジャズに酔いしれた連中が俺たちを攻撃してるんだ。昨日の革命家は今日の反動家ってことさ。政治家と同じじゃないか! でも、奴等にソッポ向けてるのは現実に演奏をしているミュージシャンたちさ。みんな俺たちの側にいるんだよ。」

 この1月、ロンドンを訪ねた時だった。イギリスで最も親しくつきあっているジャーナリスト、ポール・ブラッドショウが語ったのがこんな言葉だった。長くNMEを中心に執筆活躍を続け、DJとしてクラブも運営。さらにはアーティストとしてレゲエのレコード・ジャケットのイラストも描いていたがこの人だ。その彼が昨年独自に創刊したのが新しいジャズ雑誌、「STRAIGHT NO CHASER」。大手の雑誌社の手も借りず、メジャーの流通にものせず、昨年秋に発表した第2号で7000部を越える実売を記録するなど、このところ急成長を見せているのがこの雑誌だ。

 そして、もちろんアシッド・ジャズをメディアの前線でサポートしているのがこのポール。かつてNMEで編集長としてパンク革命を推進したニール・スペンサーらと強力にこの新しいイギリスのジャズをプッシュしているのだ。実際、ワーキング・ウィークのサイモン・ブースとDJのジャイルズ・ピーターソンが前作、“ACID JAZZ & OTHER ILLICIT GROOVES”の録音に着手した時、真っ先にそれを知らせてくれたのも彼。単にサポートと言うよりは、彼もその重要人物としてこの闘いに参加していると言った方がいいかもしれない。そのポールが「STRAIGHT NO CHASER」に関してこんなことを語っているのが面白い。

「重要なのは自由の原則なんだ。そう、俺たちが言う、『FREEDOM PRINCIPLE』。どんな境界も飛び越えて、全て融合して進化する。そこには偏見も前提も全然なくて…… 全くの自由なんだよ。それがこの雑誌の編集方針さ。だから、ジャズにこだわることなく、世界の音楽に関してどんどん発表してゆくし、実際ジャズってのはもともとそんなところから生まれた音楽だと思うんだよ。」

 それを証明するように今月発表された最新号に登場しているのはブラジルのジャヴァンから西インド諸島のカッサヴ、さらにはパリを舞台に新しい展開をみせるポップ・ライなどなど。音楽をジャンルで区切るわけでもなく、退屈な学問で体系付けるでもなく、その底辺に横たわる人間のソウルを核にしてストレートに紹介しているのだ。そんな彼の発想や態度に完全にピッタリと重なり合うのがアシッド・ジャズ。2作目となるこのアルバムに『FREEDOM PRINCIPLE』というタイトルが与えられたのも充分に頷けるのだ。

 が、だからこそ直面しなくてはならないのが旧態依然としたジャズ・エスタブリッシュメントとの闘い。実に彼はもうずっと昔からそんな闘いの中にいたように思えるのだ。例えば、やはりポールやサイモンにDJのジャイルズやポール・マーフィたちが築き上げていったジャズ・リヴァイヴァル。80年代始めに彼らイギリスの若者がジャズを初めてダンス・ミュージックとして再発見した時、そんな過激な発想を冷たく無視したのが旧世代のジャズ・ファンたちだった。「ジャズは芸術。踊るなんてケシカラン」と非難され、「ディスコでジャズ?」と嘲笑を受けたのがこの時。残念ながら、それは日本でも全く変わらなかった。初めてこの動きが日本に飛び込んできた時、結局、これをサポートしたのは音楽誌ではなく一般誌。そこには『ジャズで踊る』という奇妙な流行の話題性もあったろうが、その重要性に注目した音楽誌は皆無に等しかったように思えるのだ。

 が、これこそがアシッド・ジャズと名付けられた新しいイギリスのジャズが生まれるキッカケだった。それまでインテリのBGMだったジャズに生命を吹き込み、不当に過小評価されていたソウルフルでダンサブルなジャズに再評価を与えたのが彼ら。グルーヴィなオルガン主導型のソウルフルなジャズやパーカッションを多用したラテン・ジャズがクラブを中心にヒットを記録し、若いジャズ・ミュージシャンに活動の場を与えたのがこの革命だ。コートニィ・パインがデビューし、彼を中心にして結成されたのがジャズ・ウォリアーズ。そのなかにはこのアルバムにも参加しているオーフィ・ロビンソンやフィリップ・ベントにクリーヴランド・ワトキスらがいた。さらにはアズワッドのホーン・セクションのマイケル・ローズやワーキング・ウィークのリード・ヴォーカルだったジュリィ・ロバーツ…… ロックからファンク、レゲエやヒップホップなどを背景に育ってきたミュージシャンがジャズを核にどんどんと新しいサウンドを開拓し始めたのがこの頃だ。

 しかも、彼らが演奏する場となったのはクラブ。ここで求められるのはよりヒップでダイナミックなサウンドだ。ズート・スーツに身を包んだシュヴアリエ・ブラザーズやレント・パーティなどがジャイヴをべーズにしたサウンドでエキサイティングなステージを見せ、60年代初期のアート・ブレイキーやジミー・スミスを意識したトミー・チェイスやジェームス・テイラーらが御機嫌なライヴを見せる。やれ、『昔の繰り返しだ』、あるいは、『レトロ趣味の流行だ』など、そんな御託を並べていたのは頭デッカチなジャズ評論家たち。でも、ライヴを通じて彼らは次々と新しいオーディエンスを獲得していったのだ。

 さらに、以前とは全く違った新しい発想で生まれたのがイギリスのジャズ。だからなのだろう、アート・ブレイキーがジャズのダンサー、IDJやラッパー、ジャラールと共演するライヴが開かれたり、天下のウェイン・ショーターがWAGなんてクラブで演奏できたりもするのだ。くわえて、ジャズで踊ることから派生した過去の音楽に対する再発見や再評価が与えられているのは微妙な影響。初期R&Bからラテン、そして60年代のラテン・ソウルに70年代のレア・グルーヴからアフリカからカリブ海にかけてのリズム…… また、ジャズ・サーキットとは全く違ったところで育っていたヒップホップそやハウスからレゲエなどなどが、自由奔放にこの新しいジャズの血となり肉となっていったのだ。それがアシッド・ジャズの要であり、いみじくもこのアルバムに記載されているポール・ブラッドショウのライナーにはこう書かれている。

「今日でも多くの人たちがアシッド・ジャズとは一体なんなのか知ろうとしている。が、その答えに音楽の定義はない。それよりも重要なのはその態度である。」

 これは幾度も会ううちに友人になったサイモン・ブースも口にしていたことだ。

「想像もできなかった斬新で自由な発想から生まれた音楽の坩堝。しかも、イギリスの今を象徴する音楽がアシッド・ジャズだ」

 そんな背景から生まれてきたのが前作だった。産業ロックにしか目を向けないレコード会社を尻目に着実な成長を遂げていたのが数多くの若手ジャズ・ミュージシャン。メジャーならシングル1枚分にも足らない予算で制作されたのがあのアルバムだ。ところが、ホリドールUKと配給契約を結び、発表されるやいなや、アッという間に売ったのが約3万枚。残念ながらヒット・チャートの上位には入らなかったものの、音楽産業に相手にもされなかったアーティストたちのアルバムが与えたインパクトには強力なものがあった。

「批判は当然あった。70年代のレア・グルーヴの焼き直しだとか、こんなものジャズじゃないとか…… 確かにソウルやファンクに近いサウンドが主流を占めていたことは認めるけど、だからあれがジャズじゃないと切り捨てるのは絶対に間違っている。ただ、今度のアルバムを聴けばわかるよ、アシッド・ジャズってのがホントはどんなものなのか。ハッキリした形があるわけじゃないけど、より明確に僕らのジャズを形にしていると思うんだ。」

 某FM番組でラジオ・インタヴューという形でワーキング・ウィークの新作を録音中のサイモンと話をした時、彼が言っていたのがこれだ。そして、それを如実に証明しているのがこのアルバムじゃないだろうか。もちろん、これほど進化したイギリスのジャズを目の前にしてこんな酷評だって想像できる。

「なんだこのピアノは。マッコイ・タイナーの焼き直しじゃないか……」

 が、“THE SHRIMP”でピアノを弾いているジェイソン・レベーロはまだ19歳だという話を聞いたこともある。それにこのアルバムに参加しているアーティストはほとんどが20歳そこそこ。ほんの1部をピックアップしてイギリスの若手ジャズ・ミュージシャンたちの作りあげたこの動きを一笑に付すのはどんなものだろうか。

 もちろん、そんな頭の固い評論家も認めざるをえない佳作が大半を占めているのがこのアルバムだ。なんとフランク・チキンズと活動を共にしているデイヴィッド・トゥープのオーフィ・ロビンソンとフィリップ・ベントとの“BLACK DAHLIA”やスロウ・フューズの演奏で感じるスピード感も驚異的なら、英国のボビィ・マクファーリンとも呼ばれるクリーヴランド・ワトキスの“SPEND SOME TIME”で聴かせるサウンドも素晴らしい。ここで彼が挑戦しているのはレゲエとジャズを融合し、そこになんとトーク・オーヴァまでくわえているのだ。これは、正直なところアメリカのジャズ・ミュージシャンにはなかなかできない芸当じゃないだろうか。しかも、今回のアルバムからシングル・カットされる予定になっているのがこの曲。さらに、そのミックスをハウス・シーンで活動しているコールド・カットが担当するというのだ。そのほか、イギリスではコートニィ・パインと並ぶサックス奏者、スティーヴ・ウィリアムスンやグルーヴィなオルガン奏者、ジェームス・テイラーが今回のアルバムでは自己のカルテットで演奏。正直なところ、彼自身のアルバム以上の演奏を聞かせてくれているのが面白い。それにアルバム全編を通じて感じるのは彼らの気迫。まるで、「聴いてくれよ、これが俺たちイギリス人が作りあげたジャズなんだ」と、そんな声が聞こえてきそうな気がするのだ。

 おそらく、このアシッド・ジャズに対しては奇妙な誤解もあるだろう。ロンドンのナイトクラブから生まれた動きにいつも使われるのが、“オシャレ”や“スノッブ”、それに“トレンディ”なんて陳腐な言葉の数々。でも、ここで明確に伝えておかなければならないのは、このライナーの冒頭に出てくるポール・ブラッドショウの言葉だ。これは旧世代のジャズ・エスタブリッシュメントに対する闘いであり、ストリートで生まれている最もヴィヴイッドなジャズ。だからこそ、これほど多くの才能ある若手ミュージシャンやジャーナリストたちがこのアシッド・ジャズに巻き込まれているのだ。

 しかも、ポリドールUKから発表されたこのアルバムだけではなく、ジャイルズ・ピーターソンはインディ・レーベル、アシッド・ジャズを設立。数々の12'シングルを発表している。プロダクション的に見れば、このアルバムほどの完成度はないかもしれないが、アシッド・ジャズが決して限られた世界の出来事ではないのはよくわかる。しかも、そのなかにはスタイル・カウンシルのポール・ウェラーがKING TRUMANと名乗って録音している12'”LIKE A GUN”も含まれているのだ。また、このアルバムが日本で発表される頃には彼らの作ったアルバム、『TOTALLY WIRED』も輸入盤屋に入荷しているだろう。さらに、その後を追うように発表されるのがヴァージンを離れたワーキング・ウィークの新作。ジャズの再評価が始まって約10年、ついにイギリスのジャズが正当な評価を得られうる時代に突入したように思えるのだ。

1989年3月8日執筆

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