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ここ1年ぐらいだろうか、横浜でテレビの仕事を終えて、時に深夜の首都高速を自宅のある東京に向かうことがある。たいていは、午前1時か2時頃。1日の終わりを実感するようにグタッとシートに身体を沈め、一種の空白感を感じるのがこの時間だ。そんな時、ふと頭に浮かぶのがニックの歌だった。人々が寝静まった深夜の静寂と風景、あるいは、都市の生活に疲れ切った身体をまるで包み込むように聞こえてくるサウンド…とでも言えばいいのかもしれない。それが彼の音楽が持つイメージを語るにふさわしい言葉だ。 ちょうど、このアルバムのマスター・テープが届いた目もそうだった。担当ディレクターと信濃町にあるスタジオで待ち合わせをしたのが正午過ぎ。テープのサウンドをチェックした後、コピーを受け取って大急ぎで向かったのが横浜は桜木町にあるスタジオだ。そのテープをまともに聴く暇もなく、ビデオの編集とインタヴューの翻訳作業に入って、一息付いたのは午前0時頃。局の人に呼んでもらったタクシーで家路についた時、ウォークマンで聴いたニックの音楽に奇妙な安堵感を感じていた。おそらく、そこには疲れた身体を癒す不思議な優しさが漂っていたからだ。 同時に、今更ながらのように驚かされたのが彼の音楽が持つ独特の表情だった。まるでヌーヴェル・ヴァーグ時代の映画でも見ているようなモノトーンのタッチ。彼が『スマイルズ』でモチーフにしている60年代前半のマイルス・デイビスのように、実にクールなのだ。もちろん、それはただ“冷たい”という意味のクールではない。それよりも、あの時代のジャズや映画のように、サウンドの陰に感じる知的で洗練されたアンビアンス、空気の流れのような雰囲気。あるいは、成熟した大人の表情と言ってもいい。それが静かに強烈な存在感をかもしだしているのだ。 また、黒人たちが好んで使う言葉の“クール”も忘れてはならない。文句のつけようがないほどに決まっているとでも言えばいいのか…心ニクイまでにカッコいいのだ。今では安っぽくなってしまったオシャレなんて言葉をここで使いたいとは思わないが、それが本来持っていた意味を思い浮かべてもらえばいい。ニックの音楽が僕らをとらえて離さないのは、こんな”クール”さのせいだろう。 しかも、その”クール”がけっして作り物ではないこと、それが素晴らしいのだ。実にこのアルバムから聴こえてくるのはありのままのニック。それは彼に一度でも会った人なら容易に理解できるはずだ。例えば、音楽的な影響として真っ先に上げられるソウルやジャズ。それだって、まるで学問のようにしがみついて聴いてきたものでもなければ、無数のレコード・コレクションから生れてきたものでもない。実際、彼の家でみつかるのはほんのわずか。それもほとんどが彼の参加したもので、ジャズなんてソニー・ロリンズとマイルス・デイビスがほんの少々顔を覗かせているにしか過ぎないのだ。 が、ピアノとハモンド・オルガンの置かれたリヴィング・ルームの壁を飾っているのはビリー・ホリデイやレスター・ヤングらしきジャズ・ミュージシャンたちの写真。それもハッキリ誰と分かるような代物ではなく、テレビの画面から撮影した雰囲気ものだ。ここでも気が付くのはジャズそのものよりも、そんなアンビアンスヘの彼の愛着。すでに8台も乗り換えたという車も、1台を除いて全て60年代型で、考え事があると真夜中にロンドンの街や高速道路をクルージングして帰ってくるのだそうな。また、こよなく愛するのが60年代風のスーツ。それが流行になったのに違和感を持ちながらも、決して自分のスタイルを崩そうとはしない。つくづく思うのだ、ニックは”クール”な大人だと。 そんな彼が自信タップリに仕上げてくれたのが今回のアルバムだ。録音に費やされたのは今年の1月中旬から3月中旬までの2ヶ月間。その直前、マッケンジーの広告のためのフォト・セッションで会った彼は、このアルバムの録音に関してこう言ったものだ。 「ほとんど自分ひとりでやるつもりなんだ。もちろん、ギターとかパーカッションとか、多少は誰かに助けてもらわなけりゃいけないかもしれないけど…なぜかと言うと、僕には見えるんだよ、出来上がった曲の絵が。それだけじゃなくて、アプローチの方法も。確かに、誰かと録音すれば突拍子もないアイデアが生れてくる可能性はあるさ。でも、同時にサウンドの焦点がボケたり、オリジナリティが希薄になったり…狙った通りのサウンドを作るには決していいとは思えないんだ。」 その言葉どおり、ほぽひとりで作りあげたのがこの作品だ。彼を除けば、演奏に参加しているのはわずか、ふたり。昨年6月の来日公演に同行し、ヘブン17のBEFプロジェクト以来よく同じセッションで演奏するというティム・カンズフィールドが3曲にギターを入れ、後はプロデューサーでもあるクリフ・ブリッジデンがドラムスとコンピューターを操作しているに過ぎない。その他、全ての楽器を自分で演奏し、曲も全て彼自身の作品。この多才ぶりには、驚きを通り越して、畏敬の念さえ感じてしまうほどなのだ。 が、その経歴を見れば、これも当然のことだと納得できる。4歳で初めてピアノを演奏し、12歳で初めて買ったレコードがチャーリー・パーカーの『バード組曲』。そんなレコードや7歳年上の兄貴が聴いていたブッカーT&MG'Sをコピーしながら、独学でピアノを学んでいたのがこの頃だ。そして、すでに14歳でジャズ・トリオを結成。多少のギャラを貰ってバブで演奏するまでになっている。本格的なプロ・ミュージシャンとしての活動が始まったのは19歳の頃。まずはジャマイカ人のバンドにセッションで参加し、その次が今でもカルト的なファンを持つルーカレイターでの活動だった。でも、彼らがヴァージン・レコードと契約するのとほぽ同時に彼はグループを離れている。というのは、この時レコード会社が関心を持っていたのはニックの作曲家としての才能。バンドとのギクシャクした関係に嫌気がさして、彼はセッション・ミュージシャンとしての活動を始めるのだ。 「不思議なんだけど、今までセッション・ワークを僕の方から頼んだことがないんだ。いつも、誰かが僕を探してきて演奏するようになったってのかな。別に自慢したいわけじゃないんだけど、僕にとってはそれが自然な状態になってしまったんだ。」 とはいうものの、彼がセッションをしたミュージシャンの名を上げるとキリがない。ジョニー・サンダースに始まって、ティナ・ターナーの再起一発目から、最近ではテレンス・トレント・ダービーなど、イギリスでは最も忙しいスタジオ・ミュージシャンのひとりがニックだ。その魅力がどこにあるのか、ヘヴン17のマーティン・ワイアにインタヴューした時に尋ねてみたことがある。彼はその質問に対してこう答えている。 「要するに、ニックが持っている独特のタッチなんだ。キラリと光るジャズのニュアンスにソウルっぽいハードネス…同時にポップでもある。そんなミュージシャンがどれほどこの世の中に存在するかってことだよ。」 実際、87年は毎日のようにテレンスから電話が入り、ツアーへの参加を依頼されていたという。が、彼はあくまで自分の世界を離れようとはしなかった。それはクラッシュからビッグ・オーディオ・ダイナマイト、さらにはZTTのトレヴァ・ホーンからの誘いを断わった時と全く変わっていない。前のアルバムのライナーでも書いた通り、彼は、「他人の夢を実現するための道具にはなりたくない。」というポリシーを守り続けているわけだ。 そのニックのデビュー・アルバムがリリースされたのは彼の住むイギリスから数千マイル離れたこの日本。86年の秋のことだった。タイトルは、『WHO LIKES JAZZ?』。4ビート・ジャズのエッセンスにソウルやヒップホップを巧みに融合したこのアルバムが玄人筋から熱狂的な支持を受けたのはまだ記憶に新しい。なにせ、これは70年代後半から作ってきた作品を集めた、いわばコンピレーション。なのに、彼はそれから数年先に起きたジャズ・ブームを予言し、彼がいつも新しさの最先端にいたことをここで証明してくれたのだ。 が、日本でのそんな反応にもかかわらず、このアルバムはまだイギリスでは発表されていない。ニックのファンにしてみれば悲しいニュースなのだが当の本人はまるでそれを気にもしていないようなのだ。 「この国の音楽産業っていうのはシングル・ヒット指向なんだよ。ポッと生れて、フッと消えてゆく。そんな消耗品がポップスさ。でも、僕はポップ・チャートに全く興味は感じない。それに国際的に見れば、マーケットにも変化が現われているだろ?派手なヒットがなくても、ずっと長く愛される音楽に対する欲求ってのか、それはいつの時代にもあると思うんだ。ちょうど、ジャズがそうであるように。だから、最近じゃ、レコード会社にデモテープを持ってゆくなんて考えもしなくなったよ。だいたい、今は彼らが僕の方に足を運んでくる時期だと思うんだ。」 思うに、その自信を完全に裏付けているのがこのアルバムじゃないだろうか。一時、アメリカで流行したAORのようでもあり、シャーデーやワーキング・ウィークを中心にイギリスで起きた新しいポップ・ジャズのようでもある。が、ニックと彼らの間に横たわっているのが微妙な違いだ。実際、マイケル・フランクスやアル・ジャロウ、あるいはモーズ・アリソンやチェット・ベイカー…そんな名前を出して彼の音楽を比較しても、彼から帰ってくるのはこんな返事ばかり。 「ほとんど、何も知らないよ、彼らのこと。そんな人たちから影響を受けようがないじゃないか。ただ、彼らが影響を受けた人たちに影響を受けた可能性は多分にある。接点があるとしたら、そこじゃないのかな。」 これはニックのオリジナリティを証明するに十分な発言。アルバムを聴いてゆけば、それがよりクリアに見えてくるのだ。元テンプテーションズのジミー.ラフィンが気に入ってニックの部屋で録音までしてしまった『アワ・タウン・イズ・バーニング』。ソウルフルなそれに対し、マイケル・フランクスを感じるのが『バスマンズ・ホリデイ』だ。まるで『死刑台のエレヴェイター』というフランス映画でも見ているような気分に陥る『スマイルズ』やべ一ス・ラインがヒップな『フライド・チキン』。映画のサウンド・トラックのような『リプライズ』から、スインギーでブルージィな『ディス・ナイト』に流れてゆく。ラテンやシャンソンのイメージまで思い起こさせる『イッツ・ア・ストレンジ・シング』に続くのは弾き語りのようなバラード『ワーズ・ハヴ・ビーン・スポウクン』。そして、グルーヴィなインストゥルメンタル、『ジャズ・グルーヴ・ワン』の終りにはヴォコーダーで、「WHO LIKES JAZZ?」の科白まで聴こえてくる。そして、ファンキーな『パック・ユア・バッグ』の後、アルバムを締めくくるのはドアが閉じられる音。一枚のアルバムを様々な効果音を使ってまるで映画のような構成に仕上げたこのセンスも心二クイばかりに“クール”だ。結局、音楽だけでは覗けなかった、ニックを包み込む“クール”な世界が初めて形になったのがこのアルバム。このままこの世界にトップリとつかっていたいと思うのは、けっして僕だけじゃないだろう。 1988年3月24日執筆 |