Billy Bragg-Talking With The Taxman About Poetry

「どうやら奇妙なことで合意したのがエレクトラとビリー・ブラッグ。双方ともにこの英国のシンガー・ソングライターが並の、そう、典型的なメジャー・レーベルのスターでないことを完全に認め合っているのだ。なにせ、ブラッグの歌はやたら政治指向で、その上完壁にロンドン靴りのコックニィ。しかも、バンドと演奏する気は全くなく、ヴィジュアルなイメージは全く弱い(要するにハンサムでもカッコ良くもないってことだな)。さらに、ヴィデオも作らないときている。」

 そんな記事がアメリカン・ミュージックを代表する音楽業界誌ビルボード誌に掲載されたのが今年の1月下旬。しかも、そこにビリーのこんな言葉が続くのだ。

「僕らが必要なのは単にメディアと機械へのアクセスさ。いつだって音楽に内容のあるものを求めてる人はいるし、アメリカの(“少なくとも“とここに加えてると思うんだけど、)人間は信頼してるからね。レコードを作る時、商売ってのを考えなきゃいけないけど、最も重要なのは歌の内容さ。メジャーの会社と仕事する限りアメリカの多国籍レーペルにあるビジネス上の慣習を多少は受け入れざるを得ないけど、ま、エレクトラってのは、“製品よりはアーティスト”にまだ謙虚な関心を寄せられるほど小さいってことだろうな。」

 エレクトラと言えば、アメリカのメジャー・レーペルのひとつ。並のアーティストには鼻も引っかけない。そんなレーペルと契約してこの台詞を吐くあたり、実にビリーらしい。しかも、面白いのは同じ号に載っていたカレッジ・チャート。いわぱ、新しい音楽界の動向を示し、ホンモノの人気のバロメーターとも呼ばれるこのアルバム・チャートでニュー・オーダーやビースティ・ポーイズなとを抑え、第5位につけているのが、今回のこのアルバムだ。こんなのを見ていると、ビリーのデビュー時に彼を80年代のディラソと呼んだ英国のメディアの予言が徐々に現実になってきているような気もするのだ。

 思えば、それと同じようなことを前作のライナーで書いたのが僕。それはそのアルバムが発売された84年10月、ロンドンのヴィクトリア・パレス劇場て初めて見た彼のライヴが、あまりに強力だったからだ。ソールド・アウトとなったそのギグで彼は、ひとりエレキギターをかき鳴らして叫ぴ続ける。そして、1曲目からアンコールまでいっしょに歌い続ける若者たち…… その模様はあのライナーに詳しいが、今もあの観衆たちの目の輝きが頭の中に焼きついて離れないでいるのだ。

 それから今まで、あまりに多くのことがあった。まずは彼がたったの3日問で、しかもライヴて録音したデビュー作“Life Is A Riot With Spy vs Spy”が150ポンド、当時4万5000円の宣伝でなんと5万枚(現在は15万枚)を売り、12週問連続インディ・チャートのトップを記録。さらに名プロデューサー、スティーヴ・リリーホワイトのワイフ、カースティ・マコールが歌ったその1曲“New England”はヒット・チャートの第7位に顔を見せている。そして、85年3月には“Jobs and Industr”ツアー。それは史上最長となった炭鉱スト支援と若者にまるて奴隷を強要するような職業訓練法に反対するためのものだった。また、そのストを続ける労働者を支援する彼らの主婦に捧げるEP“Between the Wars”を発表。それがなんとヒット・チャートに入り、売れっ子スター中心のBBCの人気TV番組“トッブ・オヴ・ザ・ポッブ”にも出演しているのだ。

 そして、反核団体CNDへの資金作りを目的に毎年開催されるグラストンバリィのピース・フェスのメイン・ステージで演奏。7万人を集めたこのフェスて唯一アンコールを受けたのがビリーだった。初来日となったその8月は日本の反核運動体、アトミック・カフェが主催するフェスに参加。さらに帰国したビリーはミュージシャンを中心とした政治圧力団体、レッドウェッジを結成している。参加しているのはスタイル・カウンシルやコミュナーズら。彼らと精力的な活動を続け、いわば、英国中て最も信頼されるミュージシャンとなったとでも言えばいいのかもしれない。事実、ボール・ウェラーに、「今最も注目しているアーティストはピリー。なぜなら、彼は音楽がいかにポジティヴな力となり得るかということを証明しているからだ。」と書わせたのだから、彼の評価がいかに高いものかは充分に想像できようというものだ。

 でも、その評価は単に彼の政治的な過激さから生まれたものではなかった。それは一度会ったら、好きにならざるを得ないその人柄のせいなのだ。実際、政治的な彼の動きにしたって、慈悲や正義や理想のためじゃなかった。ただ他人の悲しみや怒りや苦しみをまるで自分のもののように感じてしまうからに過ぎないのだ。かといって、それは喜びだって同じこと。他人が喜んでくれる時は自分も嬉しいのだろう、笑ってくれれば百万回だって同じジョークを飛ばしかねない。来日した時も、その楽しし被害に違った人が何人いたことか。ステージで突然、フランクチキンズに教えてもらったという『エイトマン』のテーマを歌い、お気に入りのキン肉マン人形で、すぐに子供とお友達になる。と思うと、いっしよに広島に行った時は、原爆資料館で被爆者の描いた絵を見つめながら涙を流しているのだ。この原稿を書く前に会ったワーキング・ウィークのサイモン・ブースだって、「今日ジャム・セッションやるんだ、遊びに来てよ。えっ、ピリーのアルバムのライナー書くの?相手がビリーじゃ無理は言えないな。」もちろん、彼もレッドウェッジのメンバーだ。

 しかも、今も昔のそのままなのだ。というのも、英国ではアルバムを出せば必ずヒット・チャートの上位に放り込み、ライヴをすれぱ必ずソールド・アウト。いわば、スターと言ってもいい存在だ。実のところ、最近ではドイツやオランダといったヨーロッパ各国でもやたら人気が出て、ニューヨークじゃ、リッツだってソールド・アウトにしてしまう。だのに、「どこへでも出て行って歌うんだ。ストリートだって、ヘヴィメタルの前座だって。」と言ってたデビュー当時と同じことを、今も繰り返しているのだ。それが昨年の東ドイツ、ソヴィエト・ツアーだった。しかも、真剣にニカラグア・ツアーも考えているのだから、どこにそれだけのパワーがあるのか不思議でしかたない。そして、おそらくは今日もどこかて例の安物のギターを手にしてライヴをしているはずなのだ。

 それと絶対に忘れてはならないのが彼の音楽に対する評価の高さだ。実にポール・ヤングもビリーの曲をカヴァ。彼はインタヴューでこう言っているのだ。「ビリーの歌はすごく好きで、よく聞いているよ。特に彼のラヴ・ソングにはたまらない魅力があるんだよ。」と。その2ndアルバムのカセットに収録されたのがlstアルバムに収録されていた“The Man in the iron Mask”だった。また、彼の音楽への貧欲なまでの研究熱しさはこの人の発言がいいだろう。全米て大ヒットを飛ばした数少ないイギリスの黒人ソウル・スター、ジュニアだ。「ビリーはホント、良く音楽聴いてるよ。耳にしたこともないゴスペルのレコードなんか持ってんだよね、彼の家に行くと。それも、盗んでしまいたくなるぐらいすんごいの。」そんな彼のセンスに気が付いた日本人もきっといるはずだ。ライヴで必ず1曲は演奏するのが昔の名曲。初来日で披露したのはスモーキー・ロピンソン&ミラクルズの“ザ・トラックス・オヴ・マイ・ティアーズ”で、最近はマーヴィン・ゲイの“ワッツ・ゴーイング・オン”。さらに、レッドウェッジ・コンサートで彼を中心に全員で歌うのはカーティス・メイフィールドの“ムーヴ・オン・アッフ”だ。それだけではなく、素晴らしい曲をどこかから発見してくるのも彼。EPに収録されている“Which Side Are You On”はアメリカて大規模な炭鉱ストがあった時に書かれたやたら古い曲で、前回の来日のアンコールにヴォーカルだけで歌った“Chili,Your Water Runs Red in Soweto”はロンドンのマイナーなアカペラ・グループに歌われている曲だ。以前レコード屋につとめていた時、店にあるレコードを片っ端から聴きまくった彼のセンスには並々ならぬものがあるのだ。

 だからかどうか、いわゆる通好みされてはいるものの、一般には全く知られていないようなアーティストを前座に使ってチャンスを与えるのも彼のクセのようなものだ。昨年僕が見たコンサートでペストと言える彼のl1月のロンドン公演には、アメリカのテッド・ホーキンスを起用。実際に演奏を見ることはできなかったのだけど、レコードは感動ものだ。サム・クックとウィルソン・ピケットをいっしょにしたようなプルース+ゴスペル+ソウル・シンガー・ソングライターとも言えるこの人の作品は絶対に聴いて欲しいと思うのだ。

 そんなピリーの才能と人柄を前作以上に出しているのが、昨年10月英国でリリースされたこのアルバムだ。クレジットにもあるようにレコーディングに参加しているのは、みんな彼の友人たち。前述のカースティ・マコールがヴォーカルに加わり、スミスのジョニー・マーがギターを演奏。いつもライヴでちょこっと1〜2曲顔を見せるデイヴ・ウッドヘッドがトランペットを、そしてコミカルなカントリィ&ウェスタンを演奏するハング・ワングフォード・バンドのポピィ・ヴァレンティーノがヴァイオリンて参加している。最も残念なのはライヴの最後に必ずいっしよにロックンロール大会をするギタリストのウィギィが入っていないこと。「そうなんだよな、ホント。」とはピリーの台詞だ。が、クレジットに「パスのストライキでダメだった」と書いているあたり、さすがに彼らしくてニヤッとしてしまうのだ。

 そんなメンバーたちをゲストに出来上がったこのアルバムで気がつくのは、以前よりもずい分とバンドっぽくなったこと。そして、それによってサウンドがポップになったことだ。でも、「まさか、バンドをつける気じゃないだろうね。」と誰もが尋ねる質間をぷつけてみると、「ドラムが入ってないだろう。そんなこと絶対にあり得ないってえの!」ひとりっきりでロックする彼の頑固な意志は絶対変わりそうにはないようだ。ただ、「バンドつけなきゃ、売れないよ。」なんてことを口にしていた評論家たちの言葉を尻目に、そんな言葉さえ通じないヨーロッパや東ブロック、さらには詩が政治的なためにラジオでのエアーブレイさえ不可能に近いアメリカで人気を得てきている彼は、これでますます自信を強めていると思うのだ。そして、それがいつか日本でも起こることを僕は信じて疑ってはいない。

 ここで前作同様ピリー自身の言葉でこのアルバムの内容について書いてみたい。 『最初のアルバムは3日で作って、前のが2週間。でも、今回は6週問かかったかな。みんな両方とも気に入ってくれてるけど、僕は不満だったんだ。だって、曲の構成とか、そういうの全然考える暇なかったんだもん。だからとっても幸せに感じるのが、このアルバムなんだ。それにこれは、ただいい歌を集めたレコードであって欲しかった。政治的な檄ばっかじゃなくて。タイトルはロシアの詩人、ウラジミール・マヤコフスキーが1926年に書いた詩から取ったんだ。

SIDE1

@スキンヘッドのラヴ・ソングかな(笑)要するに誰かに恋してた男がいたんだけど、それがマッチョって感じで…… 新しくみつけた恋人、ブルーネットの髪の子に宜しく言ってくれよって、また、ふてくされてビールを飲んでるってところかな。Aゼノン・デフラーって人が76年に録音した曲。B僕の結婚についての考え方かもしれむいね。ネガティヴってわけじゃないけと、…… そんな気もするし…… でも、やっぱり両親は正しかったんだって感じなんだ。Cモロ政治的な曲だけど、政治家のことを歌ったんだ。保守党であろうと、労働党であろうと、奴らはいつだって名を成すことしか目指してないって。Dこれは完全にパーソナルな曲で、リーヴァイ・スタッブスってのはフォー・トップスのリーダーなんだ。彼らの曲を聴くと、悲しかったことがもっと悲しくなる。でも、それが逆に悲しみを越えさせてくれるってのかな。E一度結婚して失敗して…… う〜ん、年上の女性に。そんな内容。

SIDE2

@そのものズバリでしょ。A以前ポスターを見たんだよね、その時このタイトルと同じ台詞が印刷されてたんだ。ただ、その後に黒人のレコードは買うなって書かれて…… 要するにロックンロールは黒人の音楽ってな感じで、完全な人種差別のスローガンだったわけ。で、前のアルバム作って何度もアメリカヘ行くようになって、いつもそれが頭の中をよぎったんだ。彼ら、今もそんなメンタリティ持ってるって感じるんだ。だから書いたんだ。でも、反アメリカの曲じゃなくてもっとポジティヴだけどね。Bジャック・ルビーってオズワルドを射殺した男なんだ。ケネディを殺したオズワルドに関しては誰もが理由を知りたがって、それが歴史にもなった。でも、そのもうひとつの側は誰にも気にもされない。そして、そんなことを考えながら、自分はなにもせずにここにいる。そんな意味だな。Cこれも結婚とか家庭とか、そういった問題をテーマにしてる。D行きづまった二人に子供ができる。そんな情景の曲さ。愛し合ってるのにいつも反目してしまう、そういうのってよくあると思うんだ。そのあたりのことなんだ。Eこれが一番ハードな曲だったんだ。何度も書き直したし…… 重要なフレーズは“孤独な子供は外を見つめ、家族という終身刑からの独立を夢見る”ってところなんだ。どうしようもない現実に対する闘いは続いてゆくってのか……』

 と、続けた今回のライナーでは詳しいビリーのバイオグラフィを書けなく残念だった。というのも、あまりに近くにいるのがピリー。当然のように伝えたいことが山のように積もり、こんなライナーになってしまったわけだ。その中には伝えたくても伝えにくいこと、例えば、昨年の南アフリカ大使館前や某米軍基地での事件もあった。もし、それがいったい体何であったのか知りたければ、ぜひ彼のコンサートに来て直接調べて欲しいと思う。また、彼のバイオグラフィに関しては前作『プリューイング・アップ・ウィズ……』を買ってチェックして欲しい。充分な情報はそこに用意されている。尚、熱心なファンのためにディスコグラフィを用意した。

A アルバム
@“Life's A Riot……”83年11月発売インディ・チャート1位
A「ブリューイング……」84年10月発売
日本盤WWS−63044LPチャート10位
B『トーキング・ウィズ…』86年10月発売
LPチャート8位 本アルバム
B EP @“Between the Wars,Which Side Are You On/World Turned Upside Down,ltsaysHere”(前から3曲はアルバム未収録ラストはライヴ・ヴァージョン)
A“Days Like These/?”
B“Levi Stubbs’Tears/Think Again,Walk Away Renee”(Side−Bはアルバム未収録、尚、12インチには”Between the Wars”の東ドイツでのライヴを収録)
C“Greetings To the New Brunette/Deporters,TheTatler”(Side−Bはアルバム未収録。尚、12インチにはJeane,There Is Power in A Unionを含む。前者はアルバム未収録で、後者はインストゥルメンタル)

その他
アメリカではデビュー作に初EPに収録された4曲を加えたアルバムを発表。さらに数枚のチャリティ・アルバムに曲を提供している。この原稿を書き終えた時点でわかったのだが、このアルバムの発売に合わせて、ビリー・ブラッグ、3回目の来日が決定しそうだ。

1987年1月30日執筆

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