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「イギリスにはねぇ、"キッチン・シンク・フィルム"って映画の歴史があってね、そんな映画が大好きなんだよ」

 おそらく80年代の終わりだったと思う。ニュー・カッスルという地方都市にベースをおくキッチンウエアというちっぽけなレーベルを取材したとき、その主がレーベル名の由来に関してそんなことを話してくれたものだ。

 イギリス英語で映画は、ムーヴィではなくフィルムが主流。今は亡き石原裕次郎や淀川長治氏らが映画を語るときに、やはり「写真」という言葉を使っていたらしいんだが、ひょっとすると、映画に関する限り、日本のあの時代の雰囲気に似たものが今もイギリスにはあるのかもしれない。そして、「キッチン・シンク」とは台所の流し台。要するに、日常生活のごく当たり前の生活や風景のようなところにベースをおいた映画のことを示すのがこの言葉なんだろう。実にあのレーベル名はそんなところから生まれたんだという。

 といっても、あの時、確か彼が名前を出したのはまだモノクロだった時代の映画で『長距離ランナーの孤独(原作)』。アラン・シリトーの名作で『怒れる若者たち』が騒がれた時代を背景にした傑作だ。が、そんな伝統を持つ英国映画のニュアンスをこのレーベルのアーティストの数々、ケイン・ギャング、マーティン・スティーヴンソンやプレファブ・スプラウトが如実に映し出していた。クラシックというよりも、オールド・ファッションとも呼べる「いいメロディを持ついい歌」の伝統を大切にしながら、地味でも人間味溢れる作品を次々と送りだしていたのがこのレーベルだ。

 実は、イギリス映画を見ていて、いつも感じるのがこの「キッチン・シンク」的なもの。もちろん、数多くの鬼才がハリウッドに進出してとんでもないスケールの傑作を生みだしているのも知っているし、実はSFXを駆使した典型的なハリウッド映画が何本もイギリスをベースに制作されているという話はよく聞いている。加えて、そんな映画に出演している俳優たちにも、なぜか音楽関係の仲間を介して出会ったこともある。が、イギリスを舞台にイギリス人が制作する映画にこそ魅力を感じるのは決して筆者だけではないだろう。そこには、どうしようもない人間臭さが描かれ、ユーモアとペーソスと、ちょっとしたブラック・ジョークとが入り交じりながら、どこかでたくましく生きる人間の様が、ともすれば現実なのか映画なのかわからなくなるほどの微妙なタッチで描かれていることが多い。

 ピーター・カッタネオ監督の『フル・モンティ』を見たときもそれを感じたものだ。主人公となっているのはシェフィールドという、どこにでもあるような地方都市の、どこにでもいるような普通の人たち。おそらく、現実にイギリスに住んだことのある人だったらわかるだろう、70年代終わりから80年代と不況のどん底にあえいでいたのがイギリス。多くの労働者が『鉄の女』サッチャー首相の強引な経済政策の犠牲になって、失業にあえいでいた時期だ。思えば、あの頃、初めての全英No.1になりながら突然分裂してしまったバンド、ザ・スペシャルズの曲『ゴーストタウン』が実に象徴的に当時を描いている。

「この街がゴーストタウンのようになっていく。クラブがみんな閉鎖されて、バンドも演奏しなくなった。ダンスフロアじゃけんかばかり...」

 あの映画を見ながら、まだ物書きになる前の80年頃、友人のところに居候で住んでいた街、ブライトンの仲間の顔が浮かんできたものだ。実際、失業を苦に、自殺しようとしていた人もいた。実は、あれは、そんな時代の哀歌でもあるのだ。

 それでも、苦しい時代をたくましく生きる彼らの表情を暖かいまなざしで描いているのがカッタネオ監督。その姿勢はこの新作『ラッキー・ブレイク』でも全く変わってはいない。主人公はうだつの上がらない間抜けな泥棒コンビ。典型的なイギリスの労働者階級の二人組だ。しかも、片方がジミーでもう一方の黒人がルーディと、その名前も典型的。(笑)その彼らがどじな銀行強盗で捕まって刑務所に放り込まれ、更正プログラムの一環であるミュージカル上演のどさくさに紛れて脱獄を試みるというストーリーだ。

 といっても、(「まさがスティーヴ・マックイーンじゃあるまいに」という台詞が映画に出てくるように)『大脱走』や『ショーシャンクの空に』のようにシリアスではなく、笑いもあれば、涙もあり、どこかで『映画』という作り物ではないような微妙なイギリス的リアリティがある。もちろん、映画である限りにおいて、作り物ではあるわけだし、実際、登場するのもユニークな人物ばかりなのだが、どこかで「こんなヤツいるなぁ...」と思ってしまうほどに、どこまでもイギリス人的なイギリス人が顔を出している。

 加えて、権力を笠に着た看守を出し抜くという『反抗精神』も、実に、イギリスらしい。映画を見ていない人もいるかもしれないので、あまり詳しくは書きたくないが、これもイギリスの映画ではよく見られるもの。確か、『さらば青春の光』でもそんな光景があったように覚えている。

 そのサウンド・トラックとして発表されたのがこのアルバムのなのだが、ジャケットの背景が2トーンになっているあたりから音が聞こえてきた人はかなりのイギリス通だろう。ここに収められている音楽のほとんどは、前述のザ・スペシャルズやマッドネスといったバンドで一世風靡したスカ。といっても、こういったバンドがカヴァーしたり、あるいは、モチーフにしていたオリジナルを中心に構成された名曲のオンパレードとなっている。

 イギリスの映画なのになぜジャマイカ音楽が?と、疑問に思われる向きもあるだろうが、実は、スカや、それから発展したレゲエが大きく花開いたのがイギリスだったという事情がある。その理由は50年代後半、好景気から数多くの移民を受け入れようとした政府の方針で、当時の植民地から数多くの人々がイギリスに向かったことにある。その中心がカリブ海の島々、特に、ジャマイカの人々であり、彼らが住むようになったのは労働者階級が集まる貧しいエリア。そこで彼らは故郷、ジャマイカの音楽を大きなスピーカーを使ったサウンド・システムでがんがんに流していたという。

 実をいえば、2トーンが生まれたのも、それが背景にあるし、今やイギリスで最もビッグなレゲエ・グループになってしまったUB40も、そんな貧しい人たちが住むバーミンガムのハンズワースというエリアの出身だ。

「子供の頃、聞いていたのはジャマイカ音楽ばかりだったからね」

 数年後にアメリカで大ヒットを記録することになる『レッド・レッド・ワイン』を収録した『レイバー・オヴ・ラヴ』(これもスカやレゲエのクラシックをカバーした作品)というアルバムを発表した83年、彼らのツアーに同行取材しているのだが、ドラムスのジミーがそう話してくれたものだ。それに、2トーンが生まれた町、コヴェントリーもその郊外。おそらく、イギリスの労働者階級の人々が主人公となるこの映画を演出するのに最適なものとしてそんな音楽が思い浮かんだんだろう。

 といっても、必ずしも映画で使われている曲だけが収められているのではなく、「映画にインスパイアされた」というスカやレゲエの名曲をちりばめた、ジャマイカ音楽入門編的な要素を持っているのがこの作品。加えて、このアルバムの選曲した人がどれだけ意識していたのかはわからないが、収録曲やイメージが、やはりサウンド・トラックとして大ヒットした『ハーダー・ゼイ・カム』に似ている。あれもジャマイカのスラムに住む青年を主人公(ジミー・クリフが主演)にした作品で、あれがきっかけになってレゲエやスカが世界的な脚光を浴びるようになったといってもいい。

 さて、そんなニュアンスを持つこのアルバムの巻頭に収められているのは、ジミーとルーディが刑務所に向かうところで使われているトゥーツ&ザ・メイタルズの『54-46(was my number)』。後にアスワドなど数多くのバンドによってカヴァーされた定番で、この数字は囚人番号のこと。本当はえん罪で刑務所に入れられたと歌われるのだが、これが映画に完全にマッチしている。

 そして、映画の終幕に使われているのがザ・スペシャルズもカヴァーしていた『Enjoy Yourself』。まんまと脱走に成功した元囚人のみならず、監督からのメッセージであるようにも思えるこれを歌っているのは、キング・オヴ・スカと呼ばれるプリンス・バスターで、同じく彼の『Al Capone』やこのバンドなくしてスカは語れないというスキャタライツの『Guns Of Navarone』など、スカ・ファンには嬉しい選曲だ。

 そのほか、前述の『ハーダー・ゼイ・カム』に収録されていたのがジミー・クリフによるタイトル・トラックとデスモンド・デッカーによる『007/シャンティ・タウン』。それに、レゲエ映画として忘れてはいけない『ロッカーズ』でも使用されていたのがジュニア・マーヴィンの『Police and Thieves』。これは77年に発表された同タイトルのアルバムに収められている。

 その『ロッカーズ』で観光客を相手にしたぼったくりの修理屋役で出ていたのがセクシーなレゲエを歌わせたら右に出る人のいないグレゴリー・アイザックス。82年に発表された彼の名アルバム『ナイト・ナース』のタイトル・トラックもここには収められている。

 そして、これはジャマイカ音楽ではないが、映画の最後の最後に、うだつの上がらない中年男を演じるティモシー・スポールがピアノの弾き語りで聞かせてくれるのが名曲『Sunny』。すでにスタンダードとなっているこの曲のオリジナル・ヴァージョンがここに収められているものだ。

 そういった名曲の間にすんなりと収録されているのは、スカやレゲエとは全く無縁のように思えるアート・オヴ・ノイズというバンドで活動していたアン・ダドリーのペンによる作品の数々。80年代半ばのイギリスで実験的なサウンドを全面的に出して脚光を浴びたこのユニットの中心人物の名前がこんなところで見られるとは思っても見なかった。が、当時から優れた作曲家であり、編曲家であったと呼ばれる彼女が映画の世界で活躍しているというのもうなずける。カッタネオ監督とは『フル・モンティ』でも仕事をしていたようで、その彼女がレゲエ・ベースの『The Bank Job』といった曲を書いているのが興味深い。

 さて、この映画を見た人の中にどれほどのジャマイカ音楽ファンがいるかはわからないが、このサウンド・トラックがその素晴らしい世界への扉となってもらえれば幸いだ。特にクラシックなスカやレゲエには数え切れない名曲があり、映画になるようなストーリーもふんだんにある。同時に、こういった音楽や文化がイギリスの中にすっかり根を下ろしているという興味深い事実を知っていただければ、また、イギリス映画の面白さをもっともっと理解していただけるような気がする。


2002年4月28日

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