都市伝統音楽の現実を映し出すパリ・ミュゼット
ププロデューサー、Patrick Tandin氏に訊く...
簡単に言えば、一目惚れならぬ、一聴惚れというヤツだろう。今から2年ほど前、ジャケットのアーティなモノクロ写真に釣られて手にしたのが「パリ・ミュゼット」の輸入盤だった。レコード中毒患者らしく、アルバムの中身は想像のみ。正直なところ、あの時はミュゼットがなにかも知らなかったものだ。ただ、あの写真から思い浮かべたのはパリの下町のカフェで演奏されるジプシー音楽。ジャンゴ・ラインハルトの亜流だろう...... 期待していたのはそれだけだった。
実際、CDから音が流れでたとたんに思い浮かべたのは、今から10数年前に初体験したパリの印象だ。しかも、観光名所ではなく、下町の路地裏やカフェにたむろして派手な身振り手振りで騒ぎ立てる人々の顔...... アルバムからはパリの体臭がぶんぶん匂ってくる。想像通り、ルーツはジャンゴやそれから遡る伝統音楽。アコーディオン中心のレトロなサウンドだ。が、古臭さは微塵もなく、彼らが創造したパリの大衆音楽の原石が磨き抜かれてさん然と輝いている。
また、あの時は、よくもこんな素晴らしいアルパムを作る粋狂な人間がいたものだとも思えていた。なにせ、現代のポップスからは遥か彼方の音楽。しかも、なかには実験的なジャズ・チューンも含まれている。むろん、それがこれを類稀な秀作にしているのだが、どんな頑固者がこれを作ったのか...... 会ってみたいものだと思っていたら、それが実現したのがこの10月下旬。いかにもフランス的なパリの17区に事務所を構えるリシェール・レーベルを訪ね、プロデューサーのふたりとインタヴューと相成った。
まず顔を合わせたのはパトリック・タンダン。今回の通訳を買って出てくれた、本誌でもお馴染みの木立玲子さんの友人で、15年にわたってラジオ・フランスで働いた人物だ。昔からのサーカス好きで、ジャズやシャンソンにインスパイアされた大衆音楽には目がないと語る彼の表情からは、いかにもパリの下町育ちだというのが見てとれる。
そして、もうひとりは知性溢れるジャズ評論家、フランク・ぺルジュ。これは後で知るのだが、かなりの上流階級出身で、私財をなげうって音楽界に貢献している人物だ。現在はル・モンド発行の「ジャズ・マン」という雑誌の副編集長でもある。そのふたりが、なぜこれほど粋なアルバムを作ることになったのか...... 話はそこから始まっていた。
「本当はワルツのアルバムを作りたかったんですよ。ところが、突然ワルツじゃね...... 他の要素も出さなきゃって、フランクに相談して、全権委任。昔の曲を調べたり、今も現役でやっている人を捜しだして...... 同時に今の、若い人にも聴かせて、なにかを発見してほしいって感じね。それが結果として『パリ・ミュゼット』になってしまったんですよ」
とバトリック。すると、フランクはそこにこうつけ加えている。
「彼はパリの下町生まれで、子供の頃からこんな音楽に親しんでるってのも重要ですね。でも、私はパリ生まれじゃないし、家庭で聴かせてもらったこともなかった。ただ、60年代に英米で伝統音楽の再評価があって...... フランス人にはこれだって思えたんですよ。イメージとしては古臭い年寄り向きって感じでしたけど、よく聴くと実にフランス的でパリ的な伝統音楽だってのがわかるんですよ」
そして、ミュゼットとはなにか...... その説明が延々と続くことになるのだ。
「正確に話すと、とても長い説明が必要ですけど、なによりもミュゼットは混合音楽なんです。その要素ですが、まずオーヴェルニュ地方の音楽があり、北フランスやイタリアの要素が加わり、マヌーシュって、ジプシーの影響も受けていくんですよ」
そのあたりを簡単に説明すると、元来、ミュゼットとはオーヴェルニュ地方で使われていたバグパイプ、キャブレに与えられていた名前だったという。彼らが19世紀半ばに大量にパリに流れ込み、続いて加わったのがイタリア人。その時もたらされたアコーディオンが徐々にキャブレにとって代わり、ジプシーのギターやバンジョーが加わって創造されたものと考えていい。
「都市の伝統音楽...... そんな感じですね。いわゆる民俗音楽のようなものじゃなくて。移民のような形で世界の人々が大規模に動きだすことで初めて生まれたようなものです。ただ、いろんなものを飲み込むんですけど、構造そのものは変わりませんけどね」
そんな指摘をしてくれたのはフランクだ。
「それぞれの時代に絶頂がありました。20世紀初頭にアコーディオン中心のダンス・ミュージックという原形が完成され、ジャズが入ってきたのは30年代。でも、なによりもミュゼットはワルツで、ジャヴァなんです」
そのジャヴァに関してパトリックはこんな説明をしてくれている。
「チーク・ダンスがもっとリズミカルになってセクシーになったような...... いつも男が女のお尻を触って踊ってるような(笑)下町生まれの粗野なダンス。上品なワルツに対し、もっと大衆的な...... 女の子を引っかけるためのようなものがジャヴァですね」
その雰囲気は今のクラブだろうか。音楽がミュゼットで、ディスコがバル・ミュゼットと呼ばれるものだ。狼雑で自由で大衆的なパリのシンボル...... そんなミュゼットはドイツ占領下で抵抗音楽となり、後にスノッブなボヘミアン的要素も加わる。が、ジャズの影響でアドリブが強調され、結果として薄れたのがダンス・ミュージックの要素。さらに50〜60年代のロックの登場でノヴェルティ.ミュージック化を余儀なくされたという。
それでもミュゼットは死に絶えなかった。シャンソン・シンガーのバックで演奏しながら、独自の表現を模索し続けていたのだ。
「そんな今生きてるミュゼットを収録したかったんです。ノスタルジーなら、昔の録音でいいわけです。でも、ジャズからミュゼツトに向かった若いミュージシャンもいるし...... 伝説的な巨人も長い間自由な表現で録音できなかったんですから。まずなにより、こんな音楽の現実を、そして、ミュゼットをベースにどんな創造が可能かといったことを聴いてもらいたかったんですよ」(フランク)
実際、ここには『アフロ・ミュゼット』という曲も加えられ、斬新な作品に仕上がっている。が、ひとつ間違えば、時代錯誤的プロジェクトとも思われかねないこれはメディアでどんな反応を呼んだのだろう。
「複雑な反応でしたね。こんなこと本当にやるのって言う人もいましたし...... 特に、リシエールってのはジャズ・レーペルなのに、ぜアコーディオンなのかって」
パトリックによると、プロジェクトが動き出した時は賛否両論だったという。が、録音の終わったテープを聞かせると、誰もが納得してくれたと語るのはフランクだ。
「1曲目で不思議な顔をするんですね。なんで今…..って感じで。ところが、テープを聴けば聴くほど、そんな困惑が賞賛に変わっていくんですよ」
「南仏の村にヴァカンスに行った時、ちょうどバル・ミュゼットがあって、試しにこのテープを流してみたんですよ。そうしたら、ンドが来る前にパーティが始まってしまいしたからね」(パトリツク)
結局、『パリ・ミュゼット』はACCディスク大賞を受賞。続編が発表され、このインタヴューをした時にはすでに3作目の録音がぼ完了していたというから驚かされる。
「今回は20年代ミュゼットを中心に考えてんですけど、録音が終わってみないとどうなるかわかりませんね。ただ、そんな余裕を感じるのはこれが初めて。1枚目の時は先のとなんて考えていなかったから、全てを注ぎ込んでいます。そして、2枚目はそこで不足していたものって感じです。いずれにせよ新作には期待していてほしいですけどね」(トリック)
written in Tokyo in1993.
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プロデューサー、Patrick Tandin
: 都市伝統音楽の現実を映し出すパリ・ミュゼット (Latina)
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