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アンディ・パ−トリッジに会ったのは彼のホ−ムタウン、スゥィンドン。ロンドンから電車で約1時間半ほど西に行ったところにある小っぽけな町だった。約束の午後1時にちょっと遅れて僕の乗ったタクシ−が彼の家に到着。僕を迎えてくれたのはアンディと彼の愛犬、チャ−リィ・パ−カ−。なんでも、次の犬の名前はディジィ・ガレスピ−とすでに決め込んでいるらしく、彼が大のジャズ・ファンだというのには驚かされた。そういえばこのインタヴュ−の翌日には親父とスリム・ゲイラ−ドのコンサ−ト。ホントはそのあたりの話もしたかったね。 でも、今日のテ−マはジャズならぬサイケデリックな『25オクロック』。彼がザ・デュ−クス・オヴ・ストラトスイフィア、(成層圏伯爵とでも訳すのかしらん) なるグル−プ名でリリ−スしたアルバムが中心だ。本誌6月号で紹介されているし、輸入盤屋でも大ヒット。御存知の読者も多いと思うんだけど、スリ−ヴのギラギラなイラストを見ただけでも頭ん中が極彩色に爆発しそうなド迫力。内容なんかな〜んにもわからずに手を出してしまった僕のような人もキットいると思うんだけど、どんなものでしょう。 ともかく、あのサイケデリック・レコ−ドの生まれ故郷を話題にインタヴュ−が行われたのはかのチャ−リィ・パ−カ−氏が我がもの顔で横たわるダイニング・ル−ム。天井に作られたガラス窓から入る陽の光をサンサンと浴びながら "13オクロック・ト−ク" とあいなったわけであります。
アンディ(以下A)話せば長いんだけど、簡単に言ってしまえば、疲れたんだよ。僕は基本的に内向的な人間で、多くの人の前に立つのは好きじゃなかったしね。それに、その頃はいつもツア−って感じで、あまりにも多くの時間をツア−に使ってたって気がするんだ。かといって、それで特別に何かを得ていたとは思えなかった。逆にハッキリしてたのはそれで金を失ってたってこと。ま、そりゃあドジなマネ−ジメントのせいなんだけど、とにかく、僕にはツア−をすることが不自然に思えた。こりゃ僕の性格のせいかもしれないけど、やはりやりすぎたよ。おかげで肉体的にはガタガタ。異常に神経質になって、それが原因で身体に奇妙な痛みを感じたり・・・。最悪の状態になってたもんね。 でも、それをハッキリと意識しだしたのは『イングリッシュ・セツルメント』を録音した頃。その時に思ったよ。ライヴしなきゃならないって前提から解放されてレコ−ド作りたいって。だからあのアルバムではサウンドの可能性を最大に拡大したんだ。旅に出ても半分以上は演奏できない内容さ。そんなのが積もり積もって、もうツア−に出たくないって思うようになったんだ。それよりはスタジオにいる方がクリエイティヴだし、発見や発明をしている方が僕は好きだしね。だって旅に出ると同じことの繰り返し。毎晩同じ演奏を強要されるわけで、そんなのが楽しく思えたことはなかった。それよりももっと初めにある創造に関心があったんだ。 ---他のメンバ−はそれに満足してんのかな。 A ドラムのテリィは明らかに不満だった。だから、その決定の直後にグル−プを離れたよ。あとのふたりはずうっと僕といっしょさ。コリンはツア−狂いってタイプじゃなくて、マイ・ホ−ム型。家族といっしょにいる方がいいってタイプだ。デイヴは少し不満のようだけど、その理由は音楽じゃない。それよりは観光ってのか、いろんな国に行くチャンスを失ったことに不満があるみたい。でも、正しい判断だったと思ってるよ、あれは。実際、ツア−をやめた後だもんね、僕らにとって最良の音楽を創造できたのは。それ以前は、「絶対にこれを生で演奏しなきゃ」 って声がいつも僕の頭の中でガンガン響いてたんだもの。あれは間違ってるよ。芸術家が絵を描く時、色を限定されることなんてあり得ないもの。 ---でも、たまにライヴしたいなんて思わないのかな。 A う〜ん、ごく基本的な点では、そういう気分になることはあるね。でも、たまにサッカ−やりたいとか、ボクシングしたいってのあるじゃない。それと同じ。音楽そのものの創造にはあまり関係ないって気がするな。それよりはライヴにあった一種の恐怖感をなつかしく思うことがあるね。 ---人間ってそんなものじゃないのかな。 A ま、僕は今とっても幸福なんだけどね。例えばさ、壁に頭をぶつけるなんてことでもいいや。そんなことを5年間もしてきて突然止めたとするじゃない。そんなバカなことでも、しばらくしたらあれがどんな感じだったんだろうって思ったりするんだよね、それさ。 ---じゃ、もう二度とライヴはしないの? A とは言えないな。考えてることもあるし。特に日本は僕がとっても行きたい場所のひとつだしね。前に行った時は時間がなくて、ほとんど何も見られなかったから。チャンスがあればって思う。やはり地球の反対側だから興味はつきないもんね。ま、時々夢でライヴしてるのを見たりすることもあるから。 ---普通は何してんの、それじゃあ。A ごく最近したのはラフトレ−ドのウドゥン・トップってグル−プのプロデュ−ス。っても、シングルを数枚やっただけで、彼らが名前を出さないでくれってんで、アニマル・ジ−ザスって名でクレジットされてるけどね。 あとは『25オクロック』の制作。他に趣味のモデル・ア−ミ−作りや曲を書いたりってところ。それにパパ。ちょうど子供ができたところなんだよ。
![]() ---ところで、例の『25オクロック』なんだけど、録音はいつだったの? A 録音は去年の11〜12月にかけて行なわれて、クリスマス前には完了。本当は1月にはリリ−スされる予定だったんだけど、ちょうどあの頃ニ−ルって奴がヒッピ−をコケにした冗談レコ−ドをヒットさせてたんだよね。あんなのといっしょにされたくないからってリリ−スを遅らせたんだ。で、出たのは3月頃だったかな。 ---最高のジャケット・スリ−ヴだね。 A 『Disreali Gears』のパロディみたいなものさ。ってのも、僕にしてみればあれがこそが究極的なサイケデリック・スリ−ヴだし、だからあれと同じイメ−ジを与えたかったんだ。可能な限り似たものになるようにトライしたよ。後で思い出したんだけど、横尾忠則の雰囲気にも似てるよね。ま、「Wonder Land」のシングルを出してから彼の本をみつけたんだけど、もしその前だったら彼の作品をジャケットに使ったかもしれないね。特に彼の持っている色だよ。なんてのか、キラキラしてるじゃない。 ---で、このアルバムのアイデアなんだけど、またなんでこれを作っちゃったのかな。 A 直接的な動機とは言えないんだけど、漠然としたアイデアに関する限り、もう何年間も持ち続けてきたんだ。ま、一番初めに何考えたかってぇと、ヴァ−ジンン・レ−ベルのサンプラ−・レコ−ドを作ることだったんだよね。有名なグル−プに似せてXTCが一曲ごとに全く違ったを演奏するって感じ。もちろん名前は隠して。でも、それはやっぱり実現不可能で・・・。ただ、サイケデリックに関しては諦められなかった。だって、自分で稼いだ金で初めて買ったレコ−ドはサイケデリックで、それで僕が大人になったって感じだから。ホント、10代の頃は「Strawberry Field Forever」なんてのが宝物。すんごい影響受けたし、サイケデリックは自分自身のものなんだって思ってたほどさ。ちっぽけなレコ−ド・プレ−ヤ−でレコ−ドがすりへって演奏できなくなるまで聴いたしね。例えばスト−ンズの『Their Satanic Majesties Request』 「ウワォ−、すんげぇや。どうやってあんなサウンド作ったんだろ」 ってな感じ。今にしてみればそんなの簡単なんだけど、あの頃僕はギタ−も弾けなかったしね。 ---そのサイケデリックへの想いが形になったんだ。 A そ、年が過ぎるにつれて、あるアイデアがどんどんふくらんでいったんだ。ちょうど67年頃のサイケデリック・グル−プに実際になってしまうっての。でも、それをXTCとしてはしたくなかった。ってのも、そんなことをしたら、またみんな言うじゃない。「え〜、これがXTCの新しいプロジェクトなんだ。」ってな具合に。そうじゃなくて、僕のしたかったのは一種のパロディ。でも、冗談やひやかしじゃなくて、愛情いっぱいの。ま、愛情がなけりゃ本物のパロディなんてできないとは思うけどね。 ---でも、どうなんだろ、作業は難しくはなかったのかな。 A 僕らあのタイプの音楽が好きでたまらない連中ばかりだから、作業は比較的簡単だったんじゃないのかな。ま、それよりもなによりも、レコ−ディングが楽しくて楽しくてたまんなかったね。可能な限り昔のものを使ったし・・・。楽器や器材、それに技術も60年代のものさ。それに当時のレコ−ドを何枚も聴いたしね。彼らのスタイルやミキシングの方法をマネするために。例えば僕らがやったことのひとつが、全ての音をひとつのスピ−カ−に放り込んで、それにエコ−かけてるやつ。そうすると模擬ステレオみたいな効果が生まれて、奇妙な雰囲気が出てくるんだよね。 問題は現代の器材が進歩し過ぎたこと。そのせいであの頃の手触りのある音を出すのがすんごく難しかったね。だから、音質を意図的に悪くしたり、高い周波数の音をカットしてみたり。それに全てワン・テイクで録音さ。 ---そりゃ信じられないね。 A ラフな部分を残しておきたかったんだ。それでもまだスム−ズすぎてって感じはするけど、ま、今のスタンダ−ドに比べりゃあ当時の感じは出てると思う。ともかく、木の薫りってのか、暖かさを出すのが難しかったな。アシッドをやれば雰囲気が生まれるってもんじゃないから。(笑)
と、イントロが終って、いよいよ本論。これからだ大変だった。言葉じゃあ説明できないってんで、ジョン・ジョンズ卿( アルバムのクレジットでアンディはこう呼ばれております。)はいきなり歌い出したり、机を叩いたり。興奮気味に大解説。収録されている曲のル−ツを当てっこしてたサイケ好きのファンにその答えを聞かせてくれた。 A どの曲がどこから生まれたかってこと、じゃ順番に話そうかな。まずはタイトル・トラック、「25 O'clock」。一部はエレクトリック・プル−ンズの「I Had Too Much To Dream(Last Night)」 で、ソロのパ−トや効果音はピンク・フロイド。あとは当時の無名のアメリカン・グル−プってところかな。特に途中のコ−ラス、(と歌いだす。)あれなんかその典型だもんね。で、突然ミック・ジャガ−みたいな派手なのが入ってくる。だから、この曲に関してはプル−ンズとフロイド、それとウェスト・コ−ストのグル−プの影響だろうな。 ---で、2曲めの「Bike Ride To The Moon」。 A これはシド・バレット、あるいは彼のいた時のピンク・フロイドかな。あの頃の詞は、まあ、いろんな理由があったんだけど、「Bike」や 「Bicycle」なんてのがよく出てきたんだ。あと「Holes」 ってのも多かったけどね。で、そんなのに関してシド・バレットのキラキラした感じで曲を作ってみたかったんだ。そのために曲は短くしなけりゃいけないし、あと恐ろしくバカバカしい、それでもって話にならない内容の声をほんのちょっぴり入れなきゃいけない。とにかくできるだけシドに近づけるってのが目的だったんだ。もちろん、彼のトレ−ド・マ−クだったコズミックなスライド・ギタ−も入れたしね。あのウ〜ンって感じで空飛ぶみたいなの。 で、「My Love Explodes」 は、「Over Under Sideways Down」時代のヤ−ドバ−ズと 「Get Me To The World On Time」までのエレクトリック・プル−ンズのクロスオ−ヴァってとこだね。ま、このタイプのドラミングってみんなあの時代のヤ−ドバ−ズからじゃないのかな。で、最後に入っている声はニュ−ヨ−クのラジオ局からとったもの。この男、かなりポルノグラフィックな歌を生で唄ってんだ。で、聞いてる人から電話してもらって味のある話をするってんだけど、当然一般のアメリカ人はこれに頭きてるわけ。だからってんでもないけど、そのムカムカする声を入れたんだ。 ---それでA面が終って、これで裏。1曲目は 「What In The World??」。 A これはコリン( クレジットではザ・レッド・カ−テン。なんでも長髪時代の彼の髪がカ−テンのようだったのと、今彼は社会主義を指向しているらしく、この名になったとか。)が書いた曲で、基本的にはジョ−ジ・ハリソンだね。「Only A Northern Song」 のようにかなり夢見心地ってタイプのもの。僕はベ−スを演奏してんだけど、できるだけマッカ−トニ−らしくやってるよ。ナイロンの弦を使ったり、彼のよくやってたドゥ〜ン、ドゥ〜ンってひとつひとつの音を長めに弾くやつとかね。え〜っと、あとはテ−プを速く回転させてみたり・・・。それにメロトロンのところはマンフレッド・マンっぽいね。あれ、本物のメロトロンなんだけど、67年頃ってほとんどのバンドがこれ使ってたから不思議だよ。 「Your Gold Dress」 はほぼ完全なミックスってノリかな。まず、詞なんだけど、あの頃って多くの曲が一種フェテシスト的だったんだよね。というのもベッドや服ってのが当時は大きい存在で、それ自体が新しい文化だったから。だから、それをここで出してみたんだ。ま、女の子のドレスに狂ってしまった男の話なんだけどさ。で、音の方はインド指向をした全てのバンドからのアイデアで、シタ−ルとかそんな楽器を使った曲をいただいてるよ。なかにちょっとばかりピアノのソロが聞こえてくるんだけど、それはスト−ンズの『Their Satanic Majesties Request 』に入っている「She's The Rainbow」 みたいな感じ。ニッキ−・ホプキンスが演奏してる、ほとんどハ−プシコ−ドみたいな音。あのノリね。 ラストの 「The Mole From The Ministry」はビ−トルズの『Magical Mystery Tour』がもと。で、彼らが動物を使って曲を作る時って、その動物にとてもルイス・キャロル的なものを感じるんだ。なんだかシュ−ル・リアリズムってのか、フクロウやネズミとかが人間みたいでさ。僕もそれをやってみたんだ、ずっと地下に住んでいるモグラを使って。音は極力ビ−トルズに近づけたけど。 ---あと、片面の終りかどこかに変な声が入ってたよね。 A あのヒュルヒュルルって感じで聞こえるやつでしょ。(笑) もし、あれ逆向きにレコ−ドかけたらわかるよ。(笑) あの頃ってどのレコ−ドにも入ってたんだよね、こういう秘密のメッセ−ジが。で、これなんだけど、ある曲の一部なんだ。新しいラジオ局がかけるの拒否してんだけど、タイトルが 「Go & Fuck Yourself With You Atom Bomb」。 僕らがやったのはそのコ−ラスの部分を歌って、それを1分間に縮めて逆回転。それを収録してるんだ。ってなわけで、これが僕の秘密のメッセ−ジさ。(笑)。 ---グル−プの名はどこから来たの。 A 実は僕ら75年の時点でこう呼ばれるはずだったんだ。とてもサイケデリックだし。ただXTCの方がシンプルだってんで、それを選んだんだけどね。だから、このレコ−ドはXTCのもうひとつの歴史だって気がするな。もし、あの名でいたらこの世界に入っていたってのか、サイケデリックな発想でしょ? ---そうだね。でも、なんか、めっちゃくちゃに楽しんで作ったみたいだね。 A もちろん、何千トンものお楽しみが一度にやってきたって感じ。XTCのみんなも楽しんだし、もちろん、ドラムを担当したデイヴの兄弟、イアンもね。(クレジットではE.I.E.I.OWEN) いつもスリ−ヴ・デザインやなんか全部自分でするんだけど、それも今回はぐっと楽しかったし。 ---お皿のレ−ベルがヴァ−ジンのオリジナルだったよね。 A そう、でも残念だったよね。だって、ヴァ−ジンは60年代には存在してなかったわけだから。もし、存在してたらそれを使っただろうけどね。ま、いいじゃない、それぐらい。 ---じゃ最後に、最近60年代リヴァイヴァルって感じだけど、これについてはどう思う? A 最初に起こった時点で経験していないなら、楽しいだろうね。その時生まれてなかったり、あるいは小さすぎた人たちがそれをやってるんなら、理解できるな。でも、じゃない人たちがやってるとしたら、マジに受けとめられないよ。それに、いずれにしろそれは表層でそれ以上には深くはなれないじゃない。だって、時代が持つフレイヴァ−には触れられえないし。それが最も重要なものだって思う。その背景からあの言葉やサウンドが生まれたんじゃないのかな。だから、リヴァイヴァル自体にはなんの価値もなくて、だたの楽しみ、あるいは遊びだって思うね。
その遊びと彼の子供のような好奇心の結果がこのレコ−ドだって気がする。ま、このアルバム、日本じゃリリ−スの予定はなし。それにこれが大ヒット作になるなんてことはまずないだろうけど、アンディのような趣味人には絶対の作品だね。なんてぇのか、これ一枚が60年代へのロック・パズルだって感じもするんですけど、どんなものかしらん。 85年春?ミュージック・マガジンに掲載 |