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放送禁止なんか糞食らえ!
 

 考えてみれば、音楽の世界に魅せられたのは音ではなく、本だったというのが不純なんだろう。正確なタイトルは覚えてはいないが、三橋一夫さんが書いた「プロテスト・ソングの歴史」とかなんとかいう本にいたく感動したのがきっかけでウディ・ガスリーを知り、ピート・シーガーやボブ・ディランを知った。彼らの音楽なんてきいたこともなかったのに、とてつもなく魅力のあるものに聞こえていたというのが本当のところだ。

 それがまだステレオもなかった中学生の頃。その頃、音楽を聴けるのはラジオだけで、高校の受験勉強でもっとも楽しかったのが深夜放送だった。振り返れば、それが楽しみで勉強をしていたようなもの。この時、DJをしていた不思議な人たちからどれだけ多くのことを学んだか... 加川良、金森幸介、西岡たかし、高石友也なんて人が昼間の番組やテレビでは絶対に聞くことができなかった曲を流していたものだ。

 そんななかでもっとも印象に残っているのが岡林信康の「手紙」だった。被差別部落出身という理由で結婚できなかった女性が自殺し、その遺書をもとに作られたというのだが、理不尽な差別のせいでつぶされていく人間がいることを初めて知ったのがこの時。悲しくもあり、悔しくもあり、頭に来ることもあった。そんな複雑な感情がこの1曲で吹き出したような記憶がある。特に多感な頃を過ごしたのは大阪でももっとも保守的な南部。ちょっと左翼っぽいことをいえば、「アカ」と呼ばれ、部落差別が平気で幅を利かせていた地域だ。この歌は政治や社会への入り口にもなった曲なんだろう。

 そのほか、ポジティヴな姿勢が歌われている「今日を越えて」や7分を越える大作「それで自由になったのかい」など、発表後30年近くを経ても新鮮さを全く失うことのない名曲がここに集められている。絶妙な日本語訳で強烈なメッセージを打ち出したディランの「戦争の親玉」や中川五郎も愛唱していた、心温まるラヴ・ソング、エリック・アンダーソンの「カム・トゥ・マイ・ベッドサイド」もいい。また、バックのサウンドなしで歌だけで録音されたサトウ・ハチロー作詞による反戦歌「モズが枯れ木で」や、後に森進一にカヴァーされてちょっとしたヒットを記録することになる「山谷ブルース」... おそらく、この1枚で60年代終わりの日本に、あるいは、当時の若い人たちが直面していた世界にふれることができるような気もする。

 ただ、それがノスタルジックな意味でだけ語られてはいけないし、また、そんな柔な音楽でもないことは強調しておくべきだろう。数年前、ラジオの番組をやっていたとき、このアルバムから数曲を流しているのだが、「それで自由になったのかい」は21世紀を迎えようとしている今でさえ、その意味を失っていない。また、放送禁止のうそっぱちのためにプロデューサーに放送を止められたのが「手紙」。関係団体がなにを言ってくるかわからないから放送させないというのが彼の理由だった。結局は、プロデューサーや放送局の保身が理由あり、それが「放送禁止」の常識を作っているという現実を嫌と言うほど味あわされたものだ。

 が、放送禁止とは明らかな憲法違反であり、表現の自由を侵していることは明確に記されるべきだ。かつて日本で「放送禁止」となることがアンダーグランドの勲章のように思われていた時期がある。おそらく、そんな姿勢が今の状態を生み出したのだろうが、はっきり言わせてもらえば、それは逆だろう。あの当時、徹底的に抗戦しなかったメディア、ミュージシャン、そして、ファンなど、全ての関係者が自ら首を絞めた結果が今音楽界に出ているのだと考える。

 某半官半民のような放送局の誰かさんが「ジプシー」とは差別語であると規定したおかげで、(しかも、たった一人の博識あるリスナーがそれを訴えただけで)ジプシー・キングスが放送されなくなり、その言葉が抹殺されたのはわずか数年前のこと。当のジプシーはジプシーであること、すなわち、定住することなく、どこの国に属することもなく生きることを誇りを持って語っているというのに... それがジプシーのなんたるかをご理解しているお利口さんが否定しているのだ。

 この岡林信康のアルバムに関しても、3枚組のライヴとして発表された「狂い咲き」がCD化されたとき、時間は余っているのにカットされた曲がある。たかだか駄洒落で天皇を馬鹿にした曲だが、「当時の音楽背景を知る上での貴重な音源として復刻した」という但し書きがあるのなら、なぜそのままCD化しなかったのか? そこには何らかの政治的な「配慮」があったのではないかと思うのだ。が、それを追求したミュージシャンもジャーナリストもメディアもいない。アメリカで「PARENTAL ADVISERY」という検閲のようなシステムが作られようとしたとき、フランク・ザッパやジョニ・ミッチェル、ジェロ・バイアフラたちが運動を起こしたのとは大きな違いがある。我々にはなぜそれができないのか... 自戒の意味も込めて、この業界の人々に問いかけたいと思うのだ。


1998年2月2日記す。


reviewed by hanasan
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