あとがき
ふぅ〜っ、やっと一段落。これが今の正直な感想だ。
初めてイギリスの土を踏んだのが80年の4月。それから、な〜んもせずにプラプラしていた2年間に蓄積したのが書きたいという衝動だった。ヒッチで旅したり、ブライトンの友人のところに転がり込んだり... な〜んも考えずに、ただ時間を潰していたこの頃に経験したものが、結局は今の自分を決めたことになる。この時出会ったのが60年代を引きずるヒッピーや革命を信じていたパンク、あるいは人種差別に闘い続ける黒人たち... 82年秋に帰国するやいなや、東京の友人宅に居候を決め込んで物書きを始めたのは当然と言えば当然。あの国には書かなければいけないことが山ほどあったからだ。
それからだった、金を貯めては渡英し、取材を始めるようになったのは。そして、行くたびに発見していったのが日本のメディアにはなかなか伝わってこなかったストリートでの出来事だ。時には名もないクラブで沸騰する新しい文化であり、10代の子供たちによって動かされる政治の現場でもあった。それが彼らのライフ・スタイルだったこともあれば、伝統だったこともある。とにかく、"最新情報"なんて言葉では語れないロンドンの現実を伝えたかったと言えばいい。それをまとめたのがこの本だ。
かといって、これで全てを語れたわけではないし、ここに書いたものが完全だとも言い難い。なにせ、何度行っても、新しい疑問を感じさせてくれるのがこの国だ。極端な新しさと古さが共存し、右と左がいつも激しくぶつかり合う。ここに異常なほどの愛情を感じることもあれば、嫌悪感をあらわにしたこともある。ただ、確実なのはここがいつも奇妙な刺激を与え続けているということ。その刺激がこの本を通じて少しでも読者に伝わってくれればと思うのだ。
もちろん、時代はつねに変わり続けている。本文を書き上げた後に入ってきたのは、来年の開催が危ぶまれているというグラストンバリィCNDフェステイヴァルのニュース。なんでも、周辺に住む人たちが住民投票をした結果、開催拒否派が多数を占めだというのだ。会場のある片田舎の村に毎年やって来るのが約10万の人々。近所迷惑なことも多いだろうことは容易に想像できる。なんでも、主催者のマイケルは88年の開催を断念、この1年を住民への説得と89年の開催に向けての準備期間としたというのだ。これがいったいどんな結果を生むのか。それだけではなく、イギリスがこれからどう変わってゆくのか。これからもそれをずっと見届けて、その接点を自分の身体のなかで醗酵させてゆきたいと思うのだ。
尚、この本を書くにあたって、忍耐強くサポートを続けていただいた刈部謙一氏を始め、K&K事務所の皆様、さらに新潮文庫のみなさん、ありがとうございました。また、読み捨てられる運命にある雑誌で僕の原稿を読んでくれていた読者の皆様も、ありがとう。書く励みになるのは、いつもあなたたちです。
(1987年11月17日)
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