button第22章 街を揺さぶる移民のカーニヴァル

---ノッティングヒル・カーニヴァルの光と陰


ロンドン・ラジカル・ウォーク  まるで街そのものが踊っている、そのド真ん中に突然放り込まれたようなものだった。地面を揺り動かすようにヘヴィなダブ・サウンドが聞こえてくる方向へ足を向けると、突然顔を出すのは高さ2メ−トルもあるような巨大なスピ−カ−の群。そして、それを見下ろすように作られたサウンド・システム(Sound System)の奥から、レゲエ好きを絵に描いたようなDJの顔が見える。長く伸びたドレッドロックをラスタ・カラ−のヘア−・バンドで束ねている人や彼らにはお馴染みの巨大な帽子、タムズ(Tams)をちょいと斜めにかぶりサングラスで決めた人...。そんなDJたちがマイクを握りしめ、レゲエ独特のあのゆったりとしたリズムに身をまかせながら、強烈なジャマイカ訛りの英語、パトゥワ(Patois)でトウスティング(Toasting)を披露しているのだ。

 もちろん、スピ−カ−の前でそんなDJの言葉に返事でもするかのように叫び声を上げ、ホィッスルを鳴らせながら踊り狂っているのは原色が似合う黒人の若者たち。でも、そんな騒ぎさえも掻き消す大音量で迫ってくるのがあのダブ・サウンドだ。なにせ、スピ−カ−の前に立つと感じるのは身体ばかりか空気や地面までに伝わるベ−スの振動。しかも、そんなサウンド・システムが数メ−トルおきに通りの端から端まで続いているのだ。これが毎年8月最後のウィ−クエンド、ポ−トベロ・ロ−ド界隈で開催されるノッティングヒル・カ−ニヴァル。ジャマイカなど西インド諸島から移民してきた人々を中心に開催されるお祭で見られる光景だ。
ロンドン・ラジカル・ウォーク  といっても、これはその会場の一角での出来事にしか過ぎない。そんなストリ−トの向こうでは荷台を改造したトラックにスティ−ル・ドラムの楽団を乗せた一群が御機嫌なカリプソを演奏しながらゆっくりと移動し、それに続いて無数とも思える人々が踊りながらストリ−トを練り歩いているのだ。しかも、その一団をリ−ドするのはギンギンのコスチュ−ムに決めた子供たち。学芸会用にでも作ったかのような王冠を頭に乗せてシンデレラ風のドレスをまとった女の子やちょいとアラブっぽい民族衣裳に決めたアベックなどが、自慢気にその衣裳を見せつけながら喜々としてあのリズムに腰を浮かせている。その雰囲気たるやまるでリオのカ−ニヴァル。それが突然ロンドンに出現したような騒ぎなのだ。ただ、向こうがサンバで腰を揺らしているのなら、こっちはカリプソやレゲエ。そんな楽団が次から次へとストリ−トに流れ出てきては、リズムの洪水で街を埋めつくしてゆくのだ。出身地の名を書いたプラカ−ドを掲げた楽団もいれば、輝くような原色を使った旗を揺らせている楽団もいる。そんな光景を見ていると、いつもはここに八百屋や雑貨屋がマ−ケットを作っているのが信じられなくもなるのだ。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  と思うと、ぷ〜んと漂ってくるのは香辛料の臭い。熱帯地方特有の辛〜い料理を満載した屋台がペイヴメントに溢れ、踊りで空腹になった人たちの胃袋を満たそうと待ち構えている。コショウをピリッと効かせた魚のフライや肉まんのジャマイカン・ヴァ−ジョンのようなあげパンなどなど、この日ばかりは純英国的なフィッシュ&チップスよりもこんなトロピカル・フ−ドの方が幅を効かせているのだ。その他にもジャマイカの空と海を思い浮かべてしまいそうなフル−ツも山のように積まれている。そして、強烈にアルコ−ル度の高いスペシャル・ブリュ−と呼ばれるビ−ルを片手に道を歌いながら歩く人たちもいるのだ。その光景たるや、まるでジャマイカの首都、キングストン。実際、カンカン照りの天気なんぞに恵まれると、なにやらロンドンから灼熱のジャマイカにでも飛んで来たような錯覚さえ起こさせるのだ。
ロンドン・ラジカル・ウォーク ロンドン・ラジカル・ウォーク  さらに、ポ−トベロ・ロ−ドの北の端、ちょうど地下鉄、メトロポリタン・ライン(Metropolitan Line) が交差するあたり、ヒップなファッション・グッズを集めたポ−トベロ・グリ−ン(Portbello Green) 隣の広場にはステ−ジが特設され、そこで演奏を続けるのはレゲエ・バンドたち。もちろん、チケット不要のフリィ・コンサ−トで、そこで待ち受けているのはストリ−トのサウンド・システムを越える熱狂だ。それをストレ−トに伝えていたのが、ちょうどこのあたりで育ったバンド、アズワッドが出したライヴ・アルバム、"ライヴ&ダイレクト" だった。録音されたのは83年のカ−ニヴァルでのステ−ジ。ここ集まった人々の興奮を証明するかのようなホィッスルと声援の渦をバックに、そのアルバムからはヘヴィなル−ツ・レゲエが飛び出してくるのだ。しかも、ただでさえライヴには定評のある彼らが、ここで聞かせてくれるのはいつもにも増して迫力のある演奏で、特に面白いのは途中で突然演奏を始めるソカ・ナンバ−。ドラムカンを改造して作ったスティ−ル・ドラムによって奏でられるカリプソにソウルの味をブレンドしたスタイルの音楽、ソカを演奏した時の観客たちの騒ぎ方は並たいていものじゃない。そんな興奮がこの街全体を包み込んでいるとでも思ってくれれば、このカ−ニヴァルの全容をほぼ完全に捕えられると思うのだ。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  もちろん、ここに溢れているのは赤、黄、緑のラスタ・カラ−。ボブ・マ−リィの成功を通してイギリスの黒人たちに急速に広まった宗教、ラスタファリズムのシンボル・カラ−だ。通りをまたぐように建物の間にかけられたロ−プにはそんなカラ−を組合わせた小旗が取り付けられ、スティ−ル・ドラムの楽団にひるがえっているのもデッカイ3色旗。かといって、ここに集まった人々のマジョリティが必ずしもその信者じゃないってのが面白い。アフリカで唯一黒人の王となったエチオピア皇帝、ハイレ・セラシエを現人神としてその地へ回帰するのがラスタの基調なら、それが新しい展開を見せたのがイギリス。アフリカ回帰思想がここに住む人たちに与えたのは文化的な意味でのアイデンティティで、それは人種差別に対する彼らの不屈の闘争へとつながっていったのだ。そして、レゲエの人気と共に強くなっていったのがそれをイギリスを故郷とする黒人たちの精神的な基盤とする作業だった。そんな黒人たちが強大な人種差別と闘いながら確立させたのがこのカ−ニヴァル。それがあの原色の飾りになってここに顔を出しているのだ。

 実際、楽しいお祭り騒ぎであるはずのこのカ−ニヴァルでもヘドが出るほどの嫌悪感を感じる現実に直面しなければいけない時だってある。例えば、地下鉄のノッティングヒル・ゲイト駅からポ−トベロ・ロ−ドを北上するに従って見えてくる家々や商店の窓に打ちつけられているぶ厚い板切れだ。まるで暴動でも予期しているかのように見えるこれはこのあたりに住んでいる人たちの防衛手段とも言える。というのも、このカ−ニヴァルに毎年のようにやって来るのが徹底的な人種差別主義を主張して悪名をとどろかせているナショナル・フロントやブリティッシュ・ム−ヴメント(British Movement)といった右翼の連中。彼らがこれを妨害して必ずといっていいほどトラブルを引き起こすからだ。そのせいか、会場のメインにある建物の2階にはビデオ・カメラを持った黒人たちが待機。そんな妨害に備えて常に目を光らせていた時期もあったという。
ロンドン・ラジカル・ウォーク  ただし、そんな妨害やプレッシャ−をのり越えて成長したのがこのカ−ニヴァル。会場に足を運ぶと、この国がかつて白人の国だったってのが信じられないほどの盛り上がりを見せてくれるのだ。もちろん、その背後にあるのは黒人コミュニティ−を中心とした人たちの闘いであり、それをサポ−トしたリベラルなメディアや人々。さらには、労働党が与党となっていた大ロンドン市、GLC(Greater London Council)の経済的な援助も忘れてはならない。かつてケン・リヴィングストン市長をヘッドにその政策の一環として毎年平和や反核、反人種差別をアピ−ルするために大規模なコンサ−トやイヴェントを企画していたのがGLC。その全面的なバックアップがこのカ−ニヴァルには寄せられていたのだ。が、残念なことに、そのGLCを目の上のタンコブだとばかりに叩き潰したのがサッチャ−保守党政権。ロンドンの文化や社会保障を担当していたこの特殊な地方自治体の制度そのものを廃止に持ち込んだのだ。もちろん、住民の多くはそれに反対し、これを法廷にまで持ち込んだ抵抗運動も起きてはいるのだが、86年3月、遂にGLCがロンドンから消えている。

 それでも生き残ったのがその軌跡のひとつとも呼べるこのカ−ニヴァルだった。この日になると、イギリスのマイノリティである黒人たちがその音楽と祭、そして文化をこんな形で謳歌するのだ。まるで仙人のような格好をしたラスタマンが通りで子供と戯れ、パントマイマ−やジャグラ−、そんな大道芸人までが街中に出没。この街が彼らのために解放され、日本じゃまるで夢のようなカ−ニヴァルが進行する。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  さらに、ストリ−トから時おり漂ってくるのはガンジャ、ラスタの言葉で言うマリワナの臭い。彼らの多くにとってマリワナは神聖な草であり、そこには宗教的な意味合いさえもあるのだ。それに加えて身体にはなんの害もないマリワナを解放するための運動体まで存在するのがイギリスだ。多少の気使いは見せているのだろうが、警察官のそばでそれを吹かしている連中がいるのは驚きだった。といっても、警察官だってこの日ばかりはそんなことにはほとんどおどがめナシ。実際、そんな連中を相手にしていたら、それだけで日が暮てしまうほどの普及率を見せているのがこのガンジャと言える。

 そして、今ではそんな強烈な黒人文化の賜物を見せつけるこのカ−ニヴァルが、ロンドンの夏を演出する最大の祭りとなっているのが面白いのだ。あれほど強力な個性を持つこの黒人たちのカ−ニヴァルがその特質を全くそこなうことなくロンドンの街に解け込み、それに魅了されているのが黒人ばかりじゃなく白人やアジア人、さらにはアラブ人などなど雑多な人種。ソカやカリプソで踊っている連中だってそんな人種のごった煮で、そこには人種的な偏見の片鱗もみつからないのだ。
ロンドン・ラジカル・ウォーク  しかも、あのサウンド・システムやスティ−ル・バンドの音楽は朝から晩まで鳴り響き、ストリ−トを覆いつくしているのが踊り狂う人々。その楽しみ方ときたら騒音公害なんてまるで他人事のようにも見えるのだ。そう、言ってみりゃ街がそのままディスコとコンサ−ト会場にでもなったようなのがここ。おかげで、住人たちのなかにはこのお祭りと同時にハウス・パ−ティで大騒ぎをする人も多いし、逆にこのカ−ニヴァルの開催期間中はどこかへ避難する住人もいるらしいのだ。が、だからといってこれを中止させるでもなく、結局は彼らだってこれをこの国の文化だと認めざるを得ないようになっているのだ。

 おそらくは、これが新しいイギリスの顔なのだろう。陽の沈むことのない帝国と呼ばれたこの国が衰退の一途をたどる一方で、結果として手に入れたのが世界中に広がった植民地から吸い寄せられてきた人々とその文化だ。それがイギリスにある既存の文化に吸収されるのではなく、強力な個性を保ちながら影響を与えて創造しているのがよりユニヴァ−サルな文化。その証とも呼べるのがこのカ−ニヴァルであり、この国から生まれてくる刺激的な文化の要にもなっているんじゃないのだろうか。そして、それが連想させるのは白人のカントリィやヒルビリィが黒人たちのブル−ズと火花を飛ばすような融合を経て生まれたロックンロ−ル。そんな音楽が世界の人々の価値感や文化を揺るがしたように、ここでも音楽が音と文化で街を揺るがしているように思えるのだ。
chapters

buttonこの本の復刻にあたって...

button第1章 さあ、ロンドンに着いた : - 空港から市内へ -
button第2章 「A to Z」を持って街にでる :- 地下鉄、バスからタクシーまで -
button第3章 高いホテルは要らない : - 泊まり方と住み方 -
button第4章 ソーホーはロンドンの縮図 : - 歓楽街、チャイナタウンからナイトクラブまで -
button第5章 イギリス料理って何だろう : - フィッシュ&チップスからケバブ屋まで -
button第6章 日本食が恋しくなったら : - 材料のそろえ方と自然食ムーヴメントについて -
button第7章 ライヴは"生きた音楽"だ : - 開演前から思いきり楽しむ -
button第8章 真夜中からが本当のロンドン : - ナイトクラブは流行発信地 -
button第9章 ラジオが刺激的 : - BBCから海賊放送局まで -
button第10章 情報誌はジャーナリズムだ1 : - タイムアウトとシティリミッツ -
button第11章 情報誌はジャーナリズムだ2 : - 世界を反映する音楽紙 -
button第12章 オープン・マーケットで掘り出し物探し :- カムデンマーケットはストリート文化の宝庫 -
button第13章 流行はストリートから : - 究極のロンドン・ファッションとは? -
button第14章 とにかく興奮! レコード・ショップ
button第15章 映画館は大騒ぎ : - レイトナイト・ショーで盛り上がろう -
button第16章 テレビも忘れずチェック : - 音楽、コメディ、報道番組の楽しみ方 -
button第17章 誰でも英語は話せる : - 本場の英語を学ぶコツ -
button第18章 パブこそが全て : - 飲んべぇたちの奇妙な生態 -
button第19章 ビ-ル作りの密かな愉しみ : - ビターからホーム・ブリューイングまで -
button第20章 パブがパンク・ムーヴメントを育てた : - トラッド・ジャズなど、パブは音楽のゆりかご -
button第21章 ストリートがステージだ! : - 街頭で演奏するバスカーたち -
button第22章 街を揺さぶる移民のカーニヴァル : - ノッティングヒル・カーニヴァルの光と陰 -
button第23章 ブリクストンの暑い夏 : - 観光客の知らないロンドン -
button第24章 反抗する音楽 : - CNDで知ったミュージシャンの政治意識 -
button「もうひとつの世界」へのアプローチ : - グラストンバリーのヒッピー・フェスティヴァル -
button解説(月刊宝島編集長、関川誠)
buttonあとがき



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