第19章 ビ-ル作りの密かな愉しみ
---ビターからホーム・ブリューイングまで---
トンカチでぶん殴られたってヘとも思わないような石頭に頑固、変屈、偏執狂的こだわり... と、その類の言葉をずら〜っと並べた末にやっと浮かび上がってくるのがイギリス人の特異なキャラクタ−の一面だ。世界中が右を向いたって、「だから、なんだょぉ」 と孤高を決め込み、その背後にいかなる合理性が横たわっていても自分たちの持つ不合理性を正当化する才能を持ち合わせる。車の左側通行にしたって彼らの言い分は、「俺たちが世界で唯一正しいのである。」の一点張り。実は、日本も同じ左側通行だと教えてやると、今度はそこにインスタントの兄弟愛が生まれる始末だ。
さらに、海外を旅行してどれほどうまい料理を食べる機会に恵まれようと、結局トマトとキュ−リで作ったサンドイッチかエッグ&チップスなんぞに満足するのが典型的イギリス人。保守性と紙一重のこんな頑固さを抱えた彼らがよくもまぁデモクラシィや産業革命なんぞを創造できたもんだと、彼らのキャラクタ−の不思議にはいつも驚かされてしまうのだ。そして、そんな頑固さやこだわりが露骨に顔を出すのが御多分に漏れずパブやビ−ル文化。それを見ていると、数百年の歴史を持つこれがなんと彼らの人格形成にまで影響を及ぼしているようにも思えるほどなのだ。
その筆頭が世界から完璧な孤立の浮目をみながらも、なお強力な存在感を持つイギリス独特のビ−ル、ビタ(Bitter)だ。その名にたがわず味はちょいと苦めで、色はまるで麦茶のような濃い茶色。炭酸はほとんど感じす、冷やさないで生ぬるいまま飲むというので、初めて飲む人間にゃこれがビ−ルだとはなかなか信じがたい。ところが、イギリス人にしてみりゃぁ、これこそがビ−ル。世界広しと言えども、ビタ−が飲まれているのはここだけだってぇのに、彼らはガンとしてその事実を受け入れようとはしないのだ。しかも、そこにちょいとでも疑問をはさもうとするりゃ決まってこんな言葉が飛び出してくる。
「冗談じゃねぇや。あんなもんのどこがビ−ルなんだよ。ありゃぁ、ただのガスの塊さぁ。そんなもんが飲めますかってんだ。」
と、世界がビ−ルと認めるラ−ガ−(Lager) はここではマイノリティ向けの炭酸飲料ぐらいにしか思われていないのだ。
かといって、それで話が終わるほど単純にはでき上がっていないのがここのビ−ル。パブで注文する時だって、「ビ−ルちょうだい」 なんて言おうものなら待ちうけているのは人をバカにしたような嘲笑だ。実際、ケ−キ屋に行って、「ケ−キちょうだい」 なんて言うようなオマヌケはいないだろうし、それはソバ屋やへ行って元気良く 「麺くれぃ!」 と叫ぶのにも匹敵する。言わば、ビ−ルってぇのは基本的に日本酒に近い存在で、そこには無限とも思える味や種類があるのだ。
まずはビ−ルが生かそうでないかってな問題だ。地下に貯蔵されている樽からカウンタ−にあるバ−でグイッと絞り出されるように注ぎ込まれるのがドラ−フト(Drought)、すなわち生ビ−ル。そして、そこにビンやカンに入ったものが加わる。実を言えば、彼らが好むビタ−が生ぬるい理由はここにあるのだ。醗酵に最適なのが17℃前後で、常にその温度に保たれているのがパブの奥底にある樽。しかも、昔からビタ−は生と相場が決まっていて、どうしてもその温度にならざるを得ないのだ。言ってみりゃぁ、彼らが好んで飲むのはイ−ストが生きたままのビ−ルのサシミのようなもので、ビタ−ってぇのは1週間も放っておくと腐ってしまうそうな。
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そして、そこに加えられえるのがビ−ルそのものの種類だ。前述のビタ−やラ−ガ−、にまっ黒けのスタウト(Stout) が基本的な3種類で、ふつう注文する時に出てくる名はたいていそれだ。が、もちろん、頑固なこだわりを自負するこの国のビ−ルがそんな簡単な種類分けで割り切れるわけがない。アルコ−ル度の低いオ−ディナリィ・ビタ−(Ordinary Bitter) にちょいと高めのベスト・ビタ−(Best Bitter)。そんな生のビタ−を植民地だったインドの英国軍兵士たちへ送るために考えられたのがそれをフィルタ−で通してカンに詰め込んだライト・エイル(Light Ale) とペイル・エイル(Pale Ale)だ。さらに色が濃くなるにつれ、マイルド・エイル(Mild Ale)やブラウン・エイル(brown Ale) が登場し、それが最終的にスタウトへ到達する。そのスタウトだってチト甘めのスィ−トやギネス(Guiness) に代表されるアイリッシュ・スタウトに分かれ、イギリス人はその泡(Head)の舌触りに異常なこだわりを見せるのだ。そして、顔を見せるのはまるでワイン並のアルコ−ル度を誇るストロング・エイル(Strong Ale)やバ−リィ・ワインズ(Barley Wines)。これなんぞ、ジョッキ一杯も飲んだら、そのまま天国に行けるような代物だ。そこに加わるのが彼らの嫌いなラ−ガ−で、モルト醸造が中心のこれにも無論数々の種類が存在する。
さらに、ここに登場するのが銘柄だ。日本の地酒よろしく、ここにだって存在するのが地ビ−ルとも呼んでみたいビ−ルの数々。地方に行けば、その地方の味のする極めつけビ−ルがあり、好き者はそれを求めて旅までするそうな。そんなビ−ル趣味が波及しているのがフリィハウス(Free House)と呼ばれるパブだ。通常のパブが大手のビ−ル会社によって経営されているのに対して、ここは小さい会社のビ−ルも置いている本格派。メジャ−の企画品のようなビ−ルだけではなく、ここじゃクセのあるいろんな銘柄が顔を出す。ロンドンじゃオックスフォ−ド・ストリ−ト裏にあるアルガイル・ア−ムズ(Argyll Arms) って店が有名で、通は必ずこんなフリィハウスを目指すのだ。
こんな究極のビ−ル趣味を誇るイギリスで注文する時に出くわすのがもうひとつの頑固さだ。それが彼ら独特の度量衡。ビ−ルなどの単位はパイント(Pint)、 約 で、ここで用意されているグラスは1パイント用とハ−フ・パイント用だ。まぁ、これは1升瓶や2合トックリなんぞのノリに近いんだろうけど、未だにここじゃ尺貫法が大手を振って街を歩いていると思ってもらえばいい。フィ−ト(Feet)やインチ(Inchi) は尺と寸に匹敵する代物だし、ポンド(Pound) なんてのは貫のようなものだ。さらに、体重を言う時にはスト−ン(Stone) なんて単位まで出てくる。それは14ポンドのことで約6キロ半と、これがまた10進法じゃないってのが複雑だ。スピ−ドや距離の表示は当然マイル(Mile)で、メ−トルなんてわかってくれる人にはめったにお目にかかれない。道を尋ねたって出てくるのはマイルかヤ−ド(Yard)。 これにはとことん悩まされてしまうのだ。
そんな頑固さが波及しているのが彼らの育てたビ−ル文化の極めつけ、ドゥ−・イット・ユアセルフのビ−ル作りだ。酒税法なんぞに縛りつけられている日本人にゃちょっと信じられないけど、ここじゃ彼らが趣味に合わせて好き勝手にビ−ルを作れるのが常識。そのせいか、パブと同じようにどんな街にだってホ−ム・ブリュ−ィング・ショップ(Home Brewing Shop)、すなわち自家醸造屋があるのだ。売ってるものはってえと、ビ−ルの要、モルト(Malt)やホップ(Hop) とイ−ストに始まって、樽や醸造用温度計、醗酵温度を維持するためのサ−モスタッタ−などなど...。ドアを開けると決まって頑固を絵に描いたようなオッサンがいて、ドロ沼のような沼の極地に客を引き込もうと待ち構えているのだ。
「えっ、ビ−ル作るの初めてなの? だったら、まずはこれだね。ビ−ル・キット(Beer Kit)がいいよ。これなら、ポリバケツ持ってるだけで軽〜く40パイント分は作れるしねぇ、ホントに簡単なんだからぁ。」
と、まずはシロウトに薦めるのがまるでインスタントコ−ヒ−並のキット。モルトとホップの濃縮シロップにイ−ストがセットになった代物で、これさえありゃぁ、ホントにバカでもチョンでもビ−ルが作れるからたまらない。まずはそのカンヅメを開け、まるで昔なめられされた浅田飴のようなネッチャネチャのエキスを湯で溶かすのだ。そして、そこに醗酵の触媒となる砂糖を入れ、あとは水で規定量にしてイ−ストを放り込むだけ。2週間もすりゃぁ、第1次醗酵が終わり、今度はやはり店で売っているビ−ルビンにそれをわずかの砂糖と密封する。もちろん、栓抜きでしか開けられないビ−ルの蓋だってここで手に入るし、自分専用のラベルを作りたきゃ、それだって用意されているのだ。と、ス−パ−でも売ってるそんなキットがシロウト用だとしたら、種類の違ったモルトやホップをブレンドして自分の味を作るのがクロウト。苦さとフレイヴァ−を出すホップにまるでコ−ヒ−豆のようにロ−ストされたモルトが加えるのは薫りと色だそうな。そのあたりはこんな店や書店に売られているビ−ル作りの教科書に詳しいけど、ラ−ガ−やビタ−、スタウトなどの基本的な違いはこのロ−スト具合にある。そして、好き者は店のオッサンとあ〜でもないこ〜でもないってな井戸端会議風議論を繰り返しては自分の味を作ってゆくのだ。
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しかも、これがビ−ルだけではない。ワインがビ−ルに次いでポピュラ−で、店にはもちろん、ワイン作り用のキットもある。これだって至極簡単で、それを趣味にしている人々に家にゆくと聞こえてくるのは1ガロン・ボトルの先にあるエア−ロックから漏れてくるイ−ストの呼吸音。ポコポコと音をたてながら甘酢っぱい臭いを吐き出しているのだ。それにリンゴから作るホンモノのサイダ−なんてぇのもあって、ワイン作りの教科書にはオレンジ・ワインからレタスやトマトを材料にしたものから日本酒も登場する。そのヴァラエティは無限にあるのだ。
そんなビ−ルやワインの成果が生むのは近所迷惑なんて無関係に進行するパ−ティ。ギンギンにステレオを鳴らしてロックやレゲエで踊り騒ぐのが若年なら、白髪混じりのおじいさん、おばぁさんが主役になるパ−ティだって負けちゃぁいない。昔懐かしいビッグ・バンドのジャズやロックンロ−ルをBGMに踊り出す始末だ。そのステップの華麗さが見せつけるのは、そんな音楽が長〜い歴史を持つ西洋の素顔。そして、彼らはたった数ポンドで作ったキットから出来上がった数十パイントのビ−ルなんぞを飲みながら、パブを家の中にまで持ち込んでしまうのだ。こんな光景を見ていると、思い出すのが悪名高き酒税法のル−ツだ。実はこれが作られたのは日清戦争の資金作りが目的で、あの時国家予算の が酒から生まれた税金だったそうな。それまでは自由だった酒作りが政府に管理され、その結果、人殺しの戦争に利用されたのがその金だ。そして、その法律が今も生き残り、何千年もの歴史を持った酒作りに抑圧が加えられる。猿だって飲んでる酒は人間の最もベイシックな文化だ。そんな酒文化への抑圧が実は家庭のなかから遊び踊るといった文化を占め出していったのではないか。イギリス人のこんなパ−ティを見ていると、こんな邪推までが顔を除かせてしまうのだ。
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