第18章 パブこそが全て
---飲んべぇたちの奇妙な生態---
けっこう理解しがたい奇妙な生態を誇るイギリス人を最もよく観察できる場所にパブ(Pub) がある。もちろん、これは日本でもお馴染みの大衆的な飲み屋のことで、その正確な呼び名はパブリック・ハウス(Public House)。 それを短くしたのがパブで、直訳すれば集会所ってことになる。その訳に多少の疑問を感じないこともないのだが、そこにバ−が付いたものを想像してもらえれば実にこれが大正解なのだ。なにせ、この国じゃどんな田舎に行ってもみつかるのがパブの2〜3軒。盛り場だけに軒を見せる日本の飲み屋と違って、これがイギリス人の生活にシッカと根をはった存在だってぇのはこの事実だけでも充分に理解できるのだ。
さらに、その根の深さを納得させられるのがその長〜い歴史だ。例えば、今まで訪ねたなかで最も古いパブが店を開けたのはなんと13世紀初頭。ケント(Kent)州はライ(Rye) という街にある "マ−メイド"(Marmaid)と呼ばれるパブで、これが7百年も同じ場所に存在しているのを想像しただけで気が遠くなるってもんだ。もちろん、今の建物はその当時のものではない。それでも、これが建てられたのは1420年で、世界史の本を紐解くと東ロ−マ帝国が滅亡するちょいと前。日本じゃ室町幕府3代将軍、足利義満が天下を握っていた時代に相当する。いくら地震がないからといって、この古さにゃ目の玉が飛び出るほども驚かされるのだ。
しかも、それが日本の寺のように歴史的な遺跡として保管されているわけでもない。今日もここで数百年前に誰かさんがやってたのと同じように人々がビ−ルを飲みながら大騒ぎを繰り返しているのだ。そして、その古さを固辞するように傾きを見せているのがその柱や天井。そこにはそんな無数の人々の歴史が刻み込まれているようにも感じるのだ。その歴史のせいか、パブの壁に自慢げに記されているのがその設立年号。新しいモノに血肉を分ける日本とは違って、ここじゃ古いものが尊ばれ、その古さが彼らの誇りとなっている。
そんな彼らの誇りを証明するのがパブにまつわるウンチクを集めた本の数々だ。御丁寧にパブの地図があると思えば、それを持ってパブ巡りをする人もいる。そこにはそれぞれのパブが売る地元のビ−ルの銘柄から味の査定に加え、料理の種類なんぞがこと細かく掲載されているのだ。
と思えば、豪華な写真を多用した写真集もある。そこでは "覗き屋、ジョ−" から "首吊り羊" なんてパブによく見られる名前の由来が説明され、独特の赴きを持った看板も紹介されているのだ。それによると、パブのル−ツはイン(Inn) と呼ばれる宿屋で、旅人たちの注目を集めるために発達したのがその看板。その絵を描く専門の職人のことから、絵だけではなく立体の看板の存在までこと細かに語られているのだ。そして、地下の樽から生ビ−ルを吸い上げるポンプのバ−に描かれている絵の歴史や職人、さらには時代によって違いを見せる建物の特徴から窓に使われるカットガラスのデザインに関してなどなど、限りないウンチクがここに完全パッケ−ジされている。もちろん、そんな看板や窓の写真を集めた専門書も存在するから楽しい。
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それほどの歴史や背景がはぐくんできたのがパブで見られる彼らの生態だ。まずはこれが集会所であるがゆえに、行きつけのパブが存在する。まるで自分ちの居間の延長線のようなこれをロ−カル(Local) と呼び、そこへ彼らは毎日同じような時間に姿を現すのだ。そして、「いよぉっ、どうだい調子は?」 とカウンタ−の向こうにいるバ−マン(Barman)にヒトコトフタコト挨拶を交し、やはり同じような時間にやってくる常連、レギュラ−(Regular) との会話が進行する。その始まりはたいてい天気についての話題だ。というのも、刻一刻と激変するのがここの天候。おかげで、「いやぁ、今日はひでぇ天気だな」 ってな言葉が常套文句として登場するのだ。
注文する飲み物だって毎日同じで、結局は同じテ−ブルにつくか、あるいは同じ場所に立って飲むか...。よくもまぁ、これほど同じことを毎日毎日繰り返せるなと思うほどにその行動パタ−ンが画一化しているのだ。 そのせいか、田舎のパブに始めて入る時にはかなりの根性が要求される。ドアを開けるなり直面しなくてはいけないのが彼らの冷たい視線。「なんだぁ、見たことねぇ奴だなぁ」 ってな表情がほんの一瞬垣間見える。でも、それがコンマ数秒の一瞬であるというのがミソで、それが過ぎると今度はまるで存在を無視されたような雰囲気が待ち構えているのだ。これが島国根性と徹底した個人主義のブレンドによってでき上がった反応だ。危害を加えない限り、他人が何をしようと全く無関係ありませんってな発想、思うに、それが完璧なシカトを決め込むことのできる彼らの原動力と見た。
また、面白いのはパブにはふたつのドアがあり、どちらから中に入るかによってその反応に微妙な違いが生じる。中産階級向けに作られたサル−ン(Saloon)ではあの反応が露骨になり、パブリック・バ−と書かれた労働者向けドアをくぐり抜けるとちょっとした好奇のまなざしに遭遇することもあるのだ。が、これはいずれも片田舎でのことで、都市部ではこのふたつのドアの意味が徐々に消滅しているそうな。ただ、その微妙な差が今もチラリと残っているのがここの不思議であることには違いない。
さて、こんな不思議が充満するパブでいかにしてレギュラ−となるか。その最も簡単な方法はあの判で押したような行動パタ−ンをマネすりゃそれでコト足りる。毎日が無理なら毎週決まった日の決まった時間にやって来て決まったモノを注文すればいい。そして、まずは彼らのようにカウンタ−の奥に顔を見せるバ−マンに 「いよぉう、調子はどうだい?」 なんて挨拶してりゃぁいいのだ。そうすりゃ、自然にレギュラ−のオッサン連中と天気の話ができるようになる。
ただ、ここで覚えておかなきゃいけないのがパブの仁義だ。ここでちょいと知り合いになってしまうと彼らの口から出てくるのがこんな言葉。「今日は何を飲む、えっ?」 もちろん、彼らは新しくできた友人に一杯奢ってくれる心づもりなのだ。そして、その返事を聞くと、彼らは嬉しそうな顔をしてカウンタ−へ向かう。それが何人分であろうと全く無関係。ただ一途に喜々とした表情で、なみなみとビ−ルの入ったグラスを抱えてもどってくるのだ。が、それを飲み終えて、「ハイ、さようなら」 なんて言おうものなら、トタンに冷たい視線を浴びせかけられる。実にこれは奢りではなく、平等な配当を期待しての順番なのだ。そう、一杯いただいたら、必ず一杯奢り返す。この暗黙の仁義を守らずしてレギュラ−にはなり得ないし、友人関係も成り立たないのだ。それはタバコを吸う時の彼らの奇妙な習慣にもよ〜く現れている。誰かが吸おうとすると、彼らはその箱を必ず他の仲間にさし出すのだ。そして、そのそれぞれが吸うか吸わないかを確認して火をつける。もちろん、これはパブだけではなくどこでも見られる光景で、こんな習性が知らず知らすのうちに身についてこそ彼らの生態を理解できるというのものだ。
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また、彼らのそんな生態に勝るとも劣らなず奇妙な規則を持つのがパブ。まずは法律で決められている変則開店時間だ。ウィ−クデイは午前11時から午後3時までと午後5時半から11時までと決められていて、それがちょいと縮小されるのが日曜日。正午から午後2時と午後7時から10時となっているのだ。しかも、その規則に対する厳格さが並大抵じゃないってのが面白い。閉店時間が近づくと突然聞こえてくるのがガランガランとけたたましく鳴らされるベルの音。実はこれがラストオ−ダ−のサインで、飲み足らない酒好きはここで数杯のビ−ルを大急ぎで注文する。そして、その次のベルが鳴るとドリンキングアップ・タイム(Drinking Up Time)。 目の前に何杯あろうと、それから閉店までにそれを全て飲みほさなければいけないのだ。それで客が急性アルコ−ル中毒になろうが、ひっくり返ろうが店の人間の知ったこっちゃない。グタグタしてると本当に店を放り出されてしまうのだ。おかげで全く減る気配を見せないのがアルコ−ル中毒。最近じゃ、それを打開するためにこの伝統的な開店時間を変更するという噂も耳にする。
この他にも彼らの厳格さや律儀さを示すものにビ−ルの量がある。これも法律で決まっていることで、ビ−ルはグラスいっぱいに注ぎ込まなければいけないとされているのだ。もちろん、泡はその量には含まれず、そのせいでグラスが客に渡される時に決まってこぼれ出るのがビ−ル。カウンタ−にはそのためのタオルが用意され、客はこの時奇妙な習性を持たざるを得ないようになるのだ。グラスを受け取るや否やまずは一口。こんな光景を見ていると、まるでのんべぇを量産する要素が全て取り揃えられているのがパブとも思える。
が、逆に16歳以上でないと絶対に入れないのがパブ。それも保護者同伴なら大丈夫なのだが、ひとりで注文するためには18歳になるのを待たなければいけない。これはパブと同じ時間にオ−プンする酒屋、オフライセンス(Off License) にも言えることで、18歳以下の人間にはなにがあってもアルコ−ルは売ってくれないのだ。もちろん、酒類の自動販売機なんぞが存在できる可能性は皆無。彼らにとっちゃ日本は天国のようにも見えるらしいのだ。ただ、その代りにいとも簡単に手に入るのがドラッグ。この矛盾はあの厳格さの意味をも不毛にしているように思えるのだが、どんなものかね。
とにかく、そんな奇妙な生態や習性を生むパブこそが彼らには無くてはならない存在のように思えるのだ。「いやぁ、ちょっと打ち合わせでもしようよ」 とパブに入り、「昼メシでも食おうか」 とドアを開ける。待ち合わせに誕生日パ−ティ、あるいは、「実はさぁ、隣の猫が子供を生んだんだよね。」と、飲むために理由を作ってもここへ出かけてゆく。だからこそ、学校や劇場、駅なんて場所にまで付きものになったのがパブなのだろう。しかも、それが昼であろうが夜であろうが、そんなことはおかまいなし。昼間っから赤い顔して仕事してる連中がいると思えば、講義を受けている学生もいる。実に、パブは彼らの生活の奥底にまでその根をはりめぐらしていると言えるのだ。
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