button第15章 映画館は大騒ぎ

---レイトナイト・ショーで盛り上がろう---


「あ〜っ、こらぁ!後だぁ、ウシロ。ヤバイじゃねぇか。何やってんだ、んにゃろ。殺されっちまうぞぉ。」

 と叫ぶ奴がいるかと思えば、

「アッハッハッハ〜、なんだよぉ、アイツ。頭悪いんじゃねぇか。自分で殺され易い場所に行きやがんの。殺られちまえ〜ぃ。」

 と大笑いしてる奴もいる。なかには "ギョェ〜" とか、"ワァオ〜" なんぞと、言葉にならない言葉を連発しながら足を踏み鳴らしてる連中もいるし、スクリ−ンに向かってポップコ−ンを投げつけてるのもいる。もう完全にその世界に浸り込んでるってな雰囲気なのだ。そりゃぁねぇ、これがサッカ−やボクシングの試合を見てる客なら、こんな状態になっちゃうのも理解できるよ。だって、あれはギンギンに身体を使って興奮させるのが命のスポ−ツだ。でも、ここは映画館。しかも、上映されてるのは "エルム街の悪夢パ−ト2〜フレディの逆襲" って恐怖映画なんだぜ。恐がってる人間なんてひっとりもいないどころか、みんな熱くなって大騒ぎしているのだからタマンナイよ。

 しかも、これに近い状態が上映前、なんと彼らがチケット売場に並んでる時から始まっているってから恐れ入る。みんな、なにやらルンルン気分で席に付き、同時にデッカイ声で仲間同志の会話が始まるのだ。すると、ぷぅ〜んと漂ってくるのがマリワナの臭い。こっちじゃ、消防法の規制で開場内禁煙ってのがないもんだから、平気で火をつけてスッパスパやっているのだ。そして、予告編が始まると、「出てこいっ、フレディ!」 とモンスタ−の名前を連呼。本チャンの映画が始まるともうタイヘンだ。なんせ、スピ−カ−から飛び出してくる音が聞こえないほどの歓声がド−ッと会場を包み込んで、まるでライヴでも見に来たような錯覚に落ち入るのだ。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  いやぁ〜、これは完全なカルチャ−・ショックだったね。その前の年だっけに、この映画の第1作目を見た時もそうだったけど、これはあれ以上。あん時は恐怖映画だってぇのに、観客が最初っから最後まで爆笑のウズになっていたことに対する驚きだった。殺され方がバカらしくて笑ったり、夢の中に登場するモンスタ−、フレディの手がニョキニョキと伸びてしまう光景だってマンガ的だ。要するにこの時はこういったスプラッタ・ム−ヴィってぇのが、そんな発想の下に作られているってのを彼らの反応から実感として確認できたってぇのかね。

 それに、そんな映画を上映している真最中に顔を見せたのがイギリス人のユ−モア。なにせ、アイスクリ−ム売りのオッサンがスクリ−ン前に突然登場してきて、両手に持った懐中電灯で自分の顔を下から照らし出すのだ。そして、「あい〜すぅ〜くりぃ〜むぅ〜」 と、オドロオドロしい声で一発。とたんに会場の中が腹を抱えて笑い出す。映画なんてそっちのけで、そんなジョ−クを楽しんでいるのだ。もちろん、それを非難する人なんてひとりもいない。はっはぁ、これがイギリス人の冗談感覚なんだなと妙に納得できたものだ。

 ところが、それから約1年後に見たその第2作目では明らかに雰囲気が違うのだ。主導権を握っているのは映画ではなく、オ−ディエンス。どうやら彼らは映画そのものよりもそれをダシにして、ランチキ騒ぎを楽しみに来ているようなのだ。といっても、それは僕らのように "映画は見るものである" という発想を持つ人間から見た印象。彼らにしてみれば、おそらく単純に映画が面白くて興奮してるだけなんだろうけど、その興奮の仕方たるや完璧に常軌を逸しているのだ。このノリたるやかつてビ−トルズの映画が日本に上陸した時にソックリ。あん時は確か興奮したファンがワ−ワ−、キャ−キャ−黄色い悲鳴を上げて大騒ぎしていたはずだ。ブッ飛んだ女の子んなると、ステ−ジに駆け昇るワ、スクリ−ンに触れて破くワ... ヒドイのになると科学の常識を無視して、フラッシュ炊いて写真を取ってる奴もいたほどだ。な〜んも映るわけないじゃねぇ〜か、バ〜カ。と、普通の人間が頭を抱え込んじゃうような異様な光景が、さも当然のように行われていたのだ。
 もちろん、あれから20年、そこまで無知な奴はさすがにいない。もっと覚めたエンタテインメントの方法として映画を楽しんでいるって感じかね。しかも、これが恐怖映画だけじゃないらしいのだ。まだ実際には行ったことがないのだけど、あれと良くに似た光景が楽しめるのが不滅の名作、"ロッキィ・ホラ−・ピクチャ−・ショ−"。これなんぞになると、映画を見るってな発想がそもそも間違ってんじゃないのかとさえ思うような事態が進行する。映画に向かって叫んだり、騒ぐってぇのは序の口で、決まった場面になるとステ−ジに立って、画面に合わせて踊り出す奴まで登場。それも学芸会並の衣裳まで用意してきて、映画に出てくるのと全く同じ場面をライヴで披露してくれるのだ。台詞は完全だし、そのステップだってウリふたつ。ビデオなんぞを見ながら予習復習の大努力を繰り返した成果がバッチリうかがえるステ−ジ・パフォ−マンスは賞賛に価するらしい。

 さらに、そんな連中が毎週のように映画館にやって来ては、ハデに遊んで帰ってゆくというのだ。また、それを見るために毎週通って来る常連の客だって多い。しかも、彼らも遊ぶための小道具もひとつやふたつは用意していて、そんななかで最も愛されている必殺ものが小麦粉と生卵だ。興奮すると観客は前者で煙幕を作り、スクリ−ンの役者に向けて後者を放り投げる。もちろん、スクリ−ンをメッチャクッチャにされる映画館側には迷惑この上ないのがこの小動具。そのせいか、観客が入場する時にはボディ・チェックを怠らないというのだ。そこで見られるのが彼らのだまし合いだ。いろんな場所にその小道具を隠し、時にはスボンの奥に入れた生卵が押し潰されて泣きを見る人もいるってからケッサクだ。そして、なんでもここでバイトしてる人たちは毎回生卵の副収入にありつけるんだそうだ、ハッハッハ〜。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  ただ、こんな光景がどこの映画館でも見られるわきゃぁない。そうなりゃ面白いけど、これはあくまでレイトナイト・ショウのある映画館の、これまた限られた場所での話。そればかりを期待して映画を見に行かれても困っちまう。でも、チト面白そうな作品を上映している映画館じゃ、どこでも満員になるとけっこうな過剰反応が見られて興奮できるのは確かだ。特に人がワンサカ集まってくる花の金曜と土曜がスリリング。もちろん、8時頃からスタ−トする最終上映やその後のレイトナイト・ショウが狙いめだ。それに月曜日の夜もいい。なぜかってぇと、テレビやビデオに押されて見る影もなく斜陽しちゃったのが映画興業の世界。そのあたりの状況は日本と同じで、そのために格安の料金で映画を見られる日を設定している大手の配給会社が多いからだ。といっても、こちらじゃそれが毎週月曜。数ヶ月に一回しかそれをやってくれない日本の映画業界はそのサ−ヴィス精神を見習って欲しいもんだ。さらに、ウィ−クデ−の1回目の上映が安くなっているところも多く、突然暇になった時なんぞは映画を見ながらノンビリするのも悪くない。といっても、その料金がたったの2ポンドほどで、通常料金だって4ポンド弱と安い。普通は画面からほど良く離れたサ−クルってのが高めで、画面に近いスト−ルが安め。そう言やぁ、"ビギナ−ズ" のプレミアショウをレスタ−・スクェア劇場で見た時、アン王女が座ったのは2階最前列のド真ん中だった。こうゆうのって露骨に階級制度の産物なんだろけど、値段の差はほんのわずか。日本と比較すりゃぁ安いことこの上ないんだから、軽い気持で見られるってもんだ。

 もちろん、日本語の字幕なんてあるわきゃない。確かに台詞が理解できるかどうか、チト不安があるけど、基本的にどんな人だって痛快無比に楽しめるってのを原則に作られているのが超娯楽大作。たいていの映画なら充分面白い。まぁ、隣の客がキャッキャ笑ってる時に頭を抱え込まなきゃならない事態にだって遭遇するだろうけどそれも愛敬だ。それが悔しけりゃぁ、英語の字幕付きで日本映画を見るチャンスをものにした時に逆襲してやりゃいいじゃねぇか。実際、生まれて始めて小津安二郎の名作、"東京物語" を、なんとこの国で見ることになった時、シ−ンと静まりかえった映画館でひとりで笑ってしまったことがある。ま、それで優越感なんて代物を感じたことはなかったけど、ちょっとした気まずさと同時に発見したのは言葉の持つ微妙なニュアンスの重要さだ。簡略化された字幕の向こうにある沈黙の意味をあの時、どれだけの観客が理解していたのか。そんな発見をしたのは貴重な体験だ。

 そんな日本映画を始めとして世界中の映画が見られるのがロンドンだ。そのあたりはさすがに世界のエンタテイメントをリ−ドするこの街だけのことはある。公開される映画の数も多いし、日本じゃ公開されない作品の多いこと。特に政治的色彩の強いものにその傾向が強いのはなぜなんかね、深〜い疑問を感じるな。それに、かなりの話題作が東京なんかよりずっと早く見られたりもするのも好きな人間には応えられない。加えて、人間性を冒涜した検閲でボッケボケにされた画面を見せられることもない。もちろん、ポルノだってそのまんま。そうゆうスケベ映画を見たけりゃ、ソ−ホ−あたりに集中する専門映画館やポルノ・ショップに行けばいい。そして、バッチリ見えるチンコやマンコのグロテスクさと悲哀をアッケラカンと楽しむのも人生勉強だ。並の神経してりゃぁ、あんなのに時間や金を使うのがどれほどバカらしいかってのがすぐにわかるはずだ。

 かといって、規制がないわけじゃない。表現の自由を奪い取る検閲はなくても、子供たちを精神的な暴力を守るための規定は存在する。それが作品タイトルの横に必ず表示されているナンバ−や文字だ。18ってのは18歳未満は入場できない成人指定で、以下数段階に分かれた規定が続く。Uは誰でもOKで、PGが保護者同伴。15歳以下は見られないってものもある。ただ、その基準が違うのだ。性器やその周辺が画面に出りゃぁ、それでワイセツだと発想する日本のお上の非常識さやそれをボカせばコト足りると考える無知さ加減は論外としても、裸やセックスがそのままワイセツと考える意識は全くない。実際、テレビにだって平気で裸が顔を見せることがあるあるほどなのだ。が、彼らが最も神経を尖らせているのは暴力。血がドバ−ッと出てくる戦争映画やギャング映画、それに恐怖映画ってのが成人指定の典型だ。もちろん、露骨な性描写のある映画もその指定は受けているけど、18とクレジットされたタイトルを見てスケベ根性を感じるのは日本人ぐらい。"愛のコリ−ダ" がブリクストンで自主上映された時も、観客が大騒ぎしたのは性描写ではなく、問題になったのはイチモツをブッタ切るあのシ−ンだった。血が吹き出したその瞬間にギャ−と悲鳴を上げ、芸者が卵をアソコに挿入するシ−ンでケラッケラ笑う。成人指定ってのは、そんな普通の人々の素直な神経にこそ柔順であるべきだ。そして、暴力や血に慣れた子供たちの将来をこそ憂慮しなくていけないはずだ。
chapters

buttonこの本の復刻にあたって...

button第1章 さあ、ロンドンに着いた : - 空港から市内へ -
button第2章 「A to Z」を持って街にでる :- 地下鉄、バスからタクシーまで -
button第3章 高いホテルは要らない : - 泊まり方と住み方 -
button第4章 ソーホーはロンドンの縮図 : - 歓楽街、チャイナタウンからナイトクラブまで -
button第5章 イギリス料理って何だろう : - フィッシュ&チップスからケバブ屋まで -
button第6章 日本食が恋しくなったら : - 材料のそろえ方と自然食ムーヴメントについて -
button第7章 ライヴは"生きた音楽"だ : - 開演前から思いきり楽しむ -
button第8章 真夜中からが本当のロンドン : - ナイトクラブは流行発信地 -
button第9章 ラジオが刺激的 : - BBCから海賊放送局まで -
button第10章 情報誌はジャーナリズムだ1 : - タイムアウトとシティリミッツ -
button第11章 情報誌はジャーナリズムだ2 : - 世界を反映する音楽紙 -
button第12章 オープン・マーケットで掘り出し物探し :- カムデンマーケットはストリート文化の宝庫 -
button第13章 流行はストリートから : - 究極のロンドン・ファッションとは? -
button第14章 とにかく興奮! レコード・ショップ
button第15章 映画館は大騒ぎ : - レイトナイト・ショーで盛り上がろう -
button第16章 テレビも忘れずチェック : - 音楽、コメディ、報道番組の楽しみ方 -
button第17章 誰でも英語は話せる : - 本場の英語を学ぶコツ -
button第18章 パブこそが全て : - 飲んべぇたちの奇妙な生態 -
button第19章 ビ-ル作りの密かな愉しみ : - ビターからホーム・ブリューイングまで -
button第20章 パブがパンク・ムーヴメントを育てた : - トラッド・ジャズなど、パブは音楽のゆりかご -
button第21章 ストリートがステージだ! : - 街頭で演奏するバスカーたち -
button第22章 街を揺さぶる移民のカーニヴァル : - ノッティングヒル・カーニヴァルの光と陰 -
button第23章 ブリクストンの暑い夏 : - 観光客の知らないロンドン -
button第24章 反抗する音楽 : - CNDで知ったミュージシャンの政治意識 -
button「もうひとつの世界」へのアプローチ : - グラストンバリーのヒッピー・フェスティヴァル -
button解説(月刊宝島編集長、関川誠)
buttonあとがき



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