第14章 とにかく興奮! レコード・ショップ
血沸き肉躍る、とでも言えそうな興奮をいつも与えてくれるのがレコード屋だ。「なにか面白いレコードかるかなぁ……」とヴァージン・メガストアの棚を端から端までチェックすると必ずみつかるのが世にも奇妙な変形ディスク。「ひょっとしてバーゲンでもやってねぇかな」とタワー・レコードに入れば山積みされたダンボールから顔を出しているのは日本で買うより安い日本からの輸入盤だ。あるいは、「なにが今売れてんだろうな」とHMVの奥にディスプレイされているシングルの棚を見ると、日本では見たことのない2枚組シングルなんて代物がみつかるはずだ。
しかも、そんな大手のレコード屋だけではなく、街のはずれにある小さな中古屋でも事情は変わらない。いつだっけか、60年代に出たジャズのシングルをわんさか売っていた店もあったほど。いわば、宝物でも探し出しているような気分、そう、本格的なレコード・ハンティングの醍醐味を思う存分楽しめるのがこの街だ。そして、一度でもこの街で宝物を発見する快感を得ると、もういけない。どうしようもなく悪いクセが身に付いてしまうのだ。いつどこのストリートを歩いていても気になるのはレコード屋ばかり。別に欲しいレコードがあるわけでもないのに、毎日のように足を踏み入れては無数のレコードが並ぶ棚をチェック。そして、結局は、なけなしの金を出して1枚2枚と買ってしまうのだ。言ってみればここで発見するのがレコード中毒症に冒されてしまった自分。もちろん、僕もそんな中毒症にかかった幸せな人間のひとりだ。
といって、中毒症の気配がそれ以前になかったわけではない。日本を飛び出す前だって輸入盤屋へはよく出掛けていたし、旅に出ている時だってどの国でもレコード屋には必ず顔を出す。例えば、ドイツのハンブルクに行った時は、「ほぉ〜っ、日本とソックリじゃねぇか。いまだにフュージョンやウェスト・コーストが売れてんだ」と感心し、モロッコのカサブランカじゃ、「おっ、さすがアフリカ、レゲエのレコードがいっぱいあるじゃねぇか」と嬉しくなったり……。はたまた、バンコクじゃ、ストリートに軒を並べるカセット屋の前で腰をかがめ、わけもわからないタイ語でプリントされたジャケットと格闘してしまうのだ。もちろん、それはそれで僕の好奇心を充分に満たしてはくれたのだが、中毒症の芽を完全に吹き出させる強力な魔力を持っていたのはやはりロンドンだった。
まずは中毒気味の人間にしてみれば劣悪(!?)とも言える音楽環境がある。ラジオやテレビからは毎日のように興奮ものの音楽がビシバシ流れ、否応なしに耳に入ってくる。そんな援護射撃に加えて、やたら安いのがレコードの値段だ。初めてイギリスに渡った80年当時の為替レートは1ポンドが約550円。ポンドが87年現在の倍以上高かったというのに、ほとんどのレコードが3ポンド前後と、どうしても買いの衝動に走らざるを得ない環境にトップリ身を浸していたような気がするのだ。実際、プランプランと旅してただけのあの当時でさえ手に入れたカセットが数十本。あまるほどの金があるわけでもなし、荷物だって増やせるわけもないってのにこの有様たった。
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さらに、悪いのはこの国のレコードの販売システムだ。日本じゃその値段を決定するのはレコード会社で、小売店はただの代理店。ところが、ここにはそんな再販制度なんぞというやっかいなものは存在しない。だから、それぞれの店がライヴァルに負けまいと勝手気まますべに値段を決定し、時にはそれが日によって変わることもあるのだ。ということは、全てのレコード屋が毎日バーゲンをやっているようなもの。たった1枚のレコードを買うために、何軒もの店やスーパーに出掛けて値段をチェックする中毒者の悲しい性も当然のように生まれてくる。実際、なんと14枚組で発売されたフィラデルフィア・ソウルのボックス・セットを買った時のこと。店員が「これ、限定盤で最後のヤツなんだよね」と言うので払ったのが43ポンド。ところが、翌日、違う店で同じものがなんと30ポンドで売られてたこともあった。その時のショックは今も僕の心の奥に深〜い傷となって残っている。そんな失敗や経験から必然的に頭にこびり付いたのがレコード購買法の"傾向と対策"だった。まずは発見したのが新譜は極端に安く、中途半端に古い旧譜はかなり高くなること。そして、異常に古くなってしまうとバーゲンとなってまるでタダのような値段で放出されることだった。まぁ、考えてみれば当然のことで、新譜が出る時には雑誌やテレビでバンバン宣伝されるのだから、売りやすいことこのうえない。それならば薄利多売で儲けてしまえってな発想なのだろう。そして売れ残りは処分と、そのあたりの発想はアメリカと全く変わらない。
が、見逃してはならないのが、イギリス独自とも言える奇妙な発想で作られるレコードの数々だ。例えば、発言力の強くなったアーティストが会社に要求して作るオマケ付きレコードが面白い。「だって、カセットって小さいし、レコードに比べてソンしてるように思うのよね」と言うトンプソン・ツインズは、カセットのA面にはいつもアルバム全曲を、そして、B面には12インチ・シングルとして発売された5〜6曲をオマケとして収録していた。また、そんなアーティストの影響をストレートに受けているのがレコ-ド会社。売上げの悪いカセットや値段の高いCDにはアルバム未収録の曲を収録しているものがわんさかあるのだ。そんな柔軟なレコード会社の姿勢が如実に出始めたのはやはりパンク時代、12インチ・シングルが7インチ・シングルに変わって台頭してき頃だった。最初はAB面2曲しか入ってなかったのに曲数が増え始め、しばらくすると登場したのがダンピング。"初回プレス限定"を口実に、売れ線のレコードにやたら安い値段を付けて売り始めたのだ。実を言うと日本よりもマーケットが小さいのがイギリス。ちょっと売れれば、ヒットチャートの下に顔を見せ、ラジオての放送も増える。そして、それがアルバムのセールスに結びつくからだ。
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その結果、バンバン登場してきたのが奇妙趣まりない代物の数々だった。まるでレコードとは思えない形をした変形ピクチヤー・レコードに始まって、それを飾りにするための紙製組立て式台座付き、あるいは、なんとコンサートのチケットが両面の間に挿入された透明ディスクまでが姿を見せる。と思えば、次に飛び出してきたのは1
枚と同じ値段で買えるシングルの2枚組、はたまた、なんとカセット・テープのオマケ付き7インチ・シングルからTシャツ付き、さらには愛蔵家ナンバー付きや付属ステッカ-を使って自分でジャケットを作るシングルなどなど、これでもかこれでもかと限りない創造力を使って次から次へと世にも不思議なレコードが生まれてきている。ではそれで儲かるのかとレコード会社に尋ねると、「損はしてるけど、いいの。ありゃぁプロモーションよ。アルバムで充分儲けは出るんだから」との返事。その話を耳にすると最近12インチ・シングルと同じ値段で売り出されたCDシングルの値段の不思議も充分理解できるのだ。実際、限定生産ということもあって、発売後すぐにコレクターズ・アイテムとなってしまうのがこういったレコードたち。レコード屋ではそんなファンにとっての"宝物"が飛ぶような勢いで売れてゆく。
また、アルバムだって「売れりゃぁいいじゃない」的発想で信じられないものが続々と発売されている。例えば、発売されれば必ずヒットチャートのナンバーワンになるのがレコード会社数社が持つヒット曲を集めたアルバムだ。どうやって利益を配分するのかは知らないけど、これはまだ理解できる。なんたって、特別なプロジェクトだと思えばいいんだから。ところが、CBSとWEAが組んで出したジェイムズ・テイラー究極のベスト.アルバムや4アーティストの曲を片面ずつに配分した2枚組アルバムなど、メチャメチャなものも随分出ているのだ。おそらく、日本の出版業界にある編集プロダクションのように、独自の企画をレコード会社に持ち込んでレコードの制作をする会社でもあるのだろう。そんなシステムがどうなっているのかはハッキリとはわからないが、このノリや発想は音楽中毒者には嬉しい快感。これは東南アジアで出ている海賊版コンピレーション・カセットにソックリだ。と思えば、そんな柔軟なレコード会社にまだ不満を持っているアーティストたちは、「このアルバムは4ポンド以上で売るな」と御丁寧に印刷したステッカーを付けてレコードを売る始末。「だいたい、ヴイデオ・クリップなんぞで金ばっかり使って消費者のことを全く考えてないんだから」とはその値下げ運動の筆頭に立つシンガー・ソングライター、ビリィ・ブラッグの台詞だ。実を言えば、利益率が低いからと、彼のレコードの仕入れを拒否したのが大手のチェーン店。彼らときたら、そんな心優しいビリィに値段を下げるなと抗議文を送ってきたというから頭に来る。ところが、彼が大人気となって頭を抱えたのが彼ら。結局はそんな店も最後にゃそのアルバムをベストセラーにしてしまったってんだから面白い。
そんなメジャーの店だけではなく、専門店だって負けてはいない。ジャマイカ人が多いこの国でよく見かけるレゲエ専門店では、毎日のようにジャマイカからの輸入盤が入荷され、中古レコード屋では涙もののコレクターズ・アイテムが日本の半値以下でバンバン買えるのだ。また、インディ・レーベルが強いここじゃ、ラフ・トレードなんて店にゆくとほとんど全てのインディ・レコードがみつけられる。と思っていると、年に数回武道館並の会場で中古レコード・フェアが開催され、マーケットではまだ湯気が出てるようなコンサート・ライヴの海賊盤がみつかる。さらにはアラブ人や中国人が経営するニューズ・エイジェントで見かけるのは、彼らの母国の歌謡曲カセットや、ジャケットもないシングル盤などなど。好き者がアッと驚く"宝物"が街中に溢れかえっている。そして、この街を訪ねる人々を次々に中毒にしてやろうと待ち構えているのだ。
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