第12章 オープン・マーケットで掘り出し物探し
---カムデンマーケットはストリート文化の宝庫---
世にも怪奇な物語とでも呼んでみたいような奇妙な光景が見られるところにハノーヴァ・スクェア(Hanover Sq.)がある。ロンドンの銀座4丁目ってな趣のあるオックスフォード・サーカスからちょいと南に下ってプリンセス・ストリート(Princes St.)を入ったあたり、ちっぽけな公園を囲むエリアだ。まず奇妙なのが東京銀行やJALを筆頭にここに軒を並べる日本人観光客向けの店や会社の数々。それがなにやら遠慮がちに姿を見せているのがたまらない。印象の薄い日本語の看板といい、ヒッソリと軒を見せている店といい、なぜか人畜無害なのがこの一群。そのあたり、グッと胸を張って自己主張するチャイナ.タウンほどの迫力はないし、かといって、脂ぎった表情を見せるブリクストンの緊張もない。かたくなに人を避けているわけでもないんだけど、テキトーに愛想があって害がなく、ただそこに存在してますってな程度なのだ。勝手気ままな押しばかりがまかり通るロンドンに唐突に出.現する極めて日本的なこの一角、そのアンバランスがなにやら奇妙だ。
ところが、ここをブラブラしていると、時おり体験するのが突発的に強力な自己主張をしてしまう日本人の世界だ。その前兆はあたりの静けさを破るように、"ブシュ、ヅ"ってなエアブレーキの音と共に姿を見せる豪華な大型チャーター・バス。そのドアが開かれると同時に、完全パッケージで閉じ込められていた日本人の団体観光客の御一行がまるで洪水のように流れ出てくる。若い女性のグループはピーチクパーチク声を張り上げながら、新婚カップルは腕を組みながら、脇目もふらず目指す店に入ってゆくのだ。周りの風景を見るでもなく、そんなことにゃ興味ありませんってな表情で完壁な日本がそこに顔を出す。なにやら日本にでも瞬間移動したんじゃねぇかってな気分に襲われるのがその時だ。思うに、彼らにしてみりゃ、ここが東京であろうがロンドンであろうが知ったことじゃないんだろう。そのツラの皮の厚さはマイペースで世界を渡り歩くアメリカ人観光客にも匹敵する。
さらに、彼らの入った店がまたキッカイなのだ。ここは日本から何千キロも離れた、いわば地球の反対側にある街のド真ん中だってぇのに、看板からスタッフに至るまでがモロに日本。その雰囲気たるや、イギリス人なんぞハナっから相手にしてませんワとでも言ってそうで、全てがひたすら日本人に奉仕するためだけに作られているかのようにも思える。「まあ、あれがイイわね」あるいは、「これなんか日本と比べたらバカ安ね」ってな客がいると思うと、「そりゃあもうお安くなっておりますから」なんて言葉が店員から返ってくる。会話だけを聞いていると、東京は銀座あたりの高級店にでもいるような錯覚をしかねないのだ。
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そして、これでもかと息巻いて買いまくる彼らを目撃した時、フト思う。この人たち、いったいなにしにロンドンくんだりまで来てるのかしらんって。だって、チト考えてもみりゃあわかると思うんだけど、ここまで来るのに使ったのがン十万円。いくら日本で買うより安いからって、"安い、安い"と感動して買うほど安いのかどうか、そりゃあ疑問だよ。それに、もしホントに安けりゃぁ、ここに住んでる人間だって何人も来ていそうなもんじゃない。でも、その気配はまるでなし。さらに、その膨大な購買量と金の使い方を見てると、ハタと考え込んでしまうのが彼らの旅行の目的だ。これじゃ、まるでショッピング・ツアー。アラブ人の次に金持ちなのは日本人だって言われるようになったのも充分納得できるのだ。
それはなにも団体旅行の御一行に限ったことではない。ちょっとガイドブックで予習している人は、ハロッズ(Harrods)やリバティ(Liberty)からセルフリッジス(Selfridges)ってな一流百貨店に出掛けてってショッピング。そして、例によってそこでパッパラ金をバラ撒いてゆくのだ。しかも世界に誇ることができる完成度を持っているのが日本のガイドブック。文明の発達のせいか、あるいは日本人の好奇心が成せる技か、なかには現地に住んでいる人さえ耳にしたことのないような専門店だって丁寧に掲載されていることもある。おかげでロンドン中に日本人が出没し、金持ちニッポンの名を欲しいままにしているのだ。
音楽雑誌やファッション誌に何度も紹介されているキングズ・ロードのブティックの数々や面白めの店が集まったケンジントン・マーケット(Kensington Market)、それにハイパー・ハイパー(Hyper Hyper)…… オシャレな人間が集まるこんなファッションのメッカも似たようなもんだ。「アタシャ、ロンドン通ヨ」ってな顔した女の子たちがかの団体旅行の御一行よろしくパッバラ金を使ってる光景はやはり不気味だ。そのあたり、所詮ロンドンも東京と同じだって気がするな。ハノーヴァ・スクェアからオックスフォード・ストリートが銀座なら、このあたりはさしずめ渋谷、原宿、六本木だ。ここで見かけるのもガイドブック片手に、「あった、あった。これ欲しかったのよぉ」と叫んでいる日本人たち。ガイドブックの復習程度で喜んでられる観光客の多いことに今さらのように驚かされてしまうのだ。
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だからなんだろうか、最近ショッピングに行くのは決まってオープン・マーケット(Open Market)だ。なんの変哲もない通りや広場に、ある日ある時突然できあがる昔ながらの市。プロの商人は格安の品物を揃え、アマチュアは不要になったものをタダ同然で売りさばく。しかも、そんなガラクタから目の玉が飛び出るようなアンティックまでがアナーキーに顔を見せる。その方が断然興奮できるのだ。もちろん、ハイパー・ハイパーやケンジントン・マーケットが面白くないってわけじゃない。ヘンテコなデザインのアンダー・パンツから革ジャンまで珍妙なものが山ほども積まれているんだから。「え〜っ、これすんごいのぉ〜」ってな具合にテキトーな新しモノをみつけるのには充分楽しい。でも、もひとつ欠けているのが遊びの感覚だ。ただ、モノを買いに来たってんじゃなく、1日そこにいて暇を潰したって飽きない生活のワンダーランドってえのかな、そんな雰囲気があるのがオープン・マーケット。ショッピングの楽しさと遊びの精神を見事にドッキングさせている。
なかでも最もエキサイティングなのがカムデン・マーケット(Camden Marlet)だ。地下鉄ノーザン・ライン(Northern Line)を北上してカムデン・タウンで降りたあたり、毎週土曜と日曜に開かれる。駅のそばからカムデン・ハイ・ストリート(Camden High St.)とチョーク・ファーム・ロード(Chalk Farm Rd.)沿いに続くのは数々の出店。ちょいと北にある運河をはさんだカムデン・ロック(CAmden Lock)って一角には、わずか数平方メードル規模の店がひしめき合っているのだ。もちろん、それ以上にひしめき合っているのが人の波で、ここの混雑だけは東京並と言ってもいい。
売ってるものと言えば、アクセサリーから古着、流行のジャケットなどなど、あらゆるものが揃っている。デザイナーの卵たちがオリジナルな感覚で勝負するTシャツも面白いし、社会主義ファンの若者が多いこの国らしく、レーニンやマルクスのデッカイ顔が強力な自己主張をするまっ赤なTシャツやバッジの数々も極めっきだ。それに、アールデコ風の食器やブローチは言うに及ばず、ギッラギラのカラーで色付けられたハンド・ペインティング(!?)のバスケット・シューズなんてのもある。
あるいは、まだ発売間もない新譜レコード。どこでも音楽評論家ってぇのは貧しいらしく、レコード会社にもらったサンプル盤をここで店を出す中古レコード屋で処分しているというのだ。そこにはタダ同然の値段が付けられたハンパ物から、プレミア付きの限定盤などなど…… 時には1箱いくらで売ってるものまである。と思うと、海賊盤テープが顔を出す。といっても、87年6月の総選挙で保守党が勝つと同時に行われたのが警察の一斉手入れ。ほとんどの業者がパクられたので、数はぐっと減ってしまった。ただ、ある筋からの情報では、そのボスとも呼べる人物は難を逃れたらしく、それで海賊盤が消えてしまうことはまずないはずだ。なにせ、そのオッサン、スタジオでレコーディングされたマスターテープをダビングしたものを始め、なんと4000本ものテープを自宅のスタジオに隠してるってから信じられない。
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値段はどうかってぇと、もちろんピンからキリまであって、とてもじゃないけど一口で言えるほど単純なものじゃない。数百ポンド出したって買えないアンティックからひと山いくらのブローチまで、それはここに集まっている品物と同じく千差万別。全体には安いんだろうけど、観光客への風当たりはやはり強い。特にお金持ちの日本人にはなおさらだ。まぁ、80年頃と比べりゃポンドは今じゃ半額以下。為替レートの変動で、なんでも安く思えるのも事実だ。1個たかだか数十ペンスのものを値切って買うってのも大人気ない。ただ、値段の張るものに関しては何軒か立ち寄ってみるとか、他人が買ってるのを参考にするとか、そのあたりの駆け引きはガッツと経験で勝負するしかないんじゃないのかね。
とにかくここが面白いのはまるで宝物でもみつけるような気分でショッピングできることだ。しかも、店を出してるオッサンやオバサンとの会話だって楽しい。そりゃぁ、英語がうまく話せないってのもあるかもしれないけど、売らなきゃ話にならないのが商人たち。そのせいか、カタコトだろうがブロークンだろうが、とにかくコミュニケーションだけは成り立つのだ。思うに、それがマーケット特有の楽しみじゃないのかね。ポートベロ(Portobello)やコヴェント・ガーデンだって独特の色を持ってはいるけど、そのあたりは変わらないのだ。だからこそ、ここには百年も続くマーケットだって存在できるんじゃないのかな。
そんな中でもとりわけ興奮ものなのがこのカムデンだ。集まってくる人たちの多くが若者ってこともあって、ここも流行やファッションの震源地。言ってみりゃ、ケンジントン・マーケットやハイパー・ハイパーは、ここから無駄なところをそぎ落としたようなもんだ。しかも、ここにはヒップなカフェからワイン・バーにレストランが立ち並び、ストリートではバスカーたちが演奏している。そんな自然なエンタテインメントが用意されてると思えば、広場じゃガキどもがやたら大きいテレコを持ち出してヒップホップごっこで遊んでいる。時には運河を使った芝居も登場するほどなのだ。別になにも買うものがなくても、とりあえずはやって来て、1日時問を潰すにゃもってこいの場所、それがここだ。
といっても、そんな遊び気分だけがマーケットではない。特に、職があっても週70,80ポンドほどしか稼ぎのない若者が大多数で、失業すれば週20ポンドの手当てでの生活を強要されるのが彼ら。観光客のような金の使い方なんてまるで夢物語だ。そんな彼らにとっちゃ、生活に必要なものを格安で揃えるのに不可欠なのがマーケット。毎日の食生活に必要な野菜や雑貨から家具や置物に至るまで、全てがここで手に入るのだ。逆に言えば、カムデン・マーケットをファッションや流行のメッカにしていったのはそんな若者たちだ。だからこそ、ここに感じるのはストリート・カルチャーの成果。鼻ばかりが高いスノッブな雰囲気はカケラもなく、彼らのクリェイティヴな生活感がにじみ出ている。おそらく、まだ観光客にはあまり知られていないブリック・レーン(Brick Lane)やリドリィ・ロード(Ridley Rd.)あたりにあるマーケットの将来もそうだろう。観光客やその人気のおかげでグッと値段の上がったカムデンやポートベロに比べれば、ここは昔ながらの本格派。古着屋なんぞが仕入れにやって来るところだが、しばらくするとそんな若者たちに占拠されるに違いない。そして、またここにもひとつ、刺激的な生活のワンダーランドが生まれてゆくのだ。
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