button第11章 情報誌はジャーナリズムだ2

---世界を反映する音楽紙---


 部屋の隅っこに置かれたスピーカー・ボックスには赤と緑と黄色のレゲエを象徴するラスタ・カラーが塗り込められ、壁にはホブ・マーリイのゴールド・ディスクが飾られていた。今はもう、それがどのアルバムだったか正確には覚えていないが、その部屋の主、当時NMEの編集長だったニール・スペンサーがあのディスクについて語った言葉は今もハッキリと記憶に残っている。

「これは俺の誇りだね。これほど素晴らしいアーティストのために貢献できたんだから。だって、考えてもみろよ。今までの歴史で彼ほど偉大な人間が他にいたかって。ジョン・レノンやディラン…… 連中だって彼には及ばないじゃないか。音楽的な意味だけじゃなく、政治的な意味でも……。今でも覚えてるよ、まだフリーで書いでた頃のこと。NMEのオフィスへ行って担当者のデスクをゲンコで叩きながら、説明したもんさ。"俺に書かせろ! 奴がどれほど重要な意味持ってるかわかってんのかよ、えっ? 少なくとも2ページ、表紙も奴だ。こいつはすんげぇ影響を与えることになるぜ"って。実際は半ページぐらいしかくれなかったんだけど(笑)」

 インタヴューと雑談でほぼ1日を彼と過ごした時、彼のそんな言葉にワクワク胸を躍らせた。なぜなら、イギリスの音楽界で最も影響力を持つメディアのひとつだったNME。その編集長の口から、伝説となったホブ・マーリイが初めてジャマイカからやってきた頃のこと、あるいはパンクが爆発した時の話などがポンポン飛び出してくるのだ。しかも、彼はその現場を身体で体験している。その言葉がまるでイギリスのロック史のドキュメンタリーのようにも思えたものだ。そして、それと同時に感じていたのはジャーナリストとして活動する自分と彼との接点。少なくとも僕らにとって音楽はただの音でも塩化ビニールでもなく、もっと重要な意味を持ったなにかであるということがここで確認できたような気がした。

「ロックに幻滅したのは71年頃だっけ。シミ・ヘンドリックスやドアーズが終って、ビートルズの解散だ。しかも、あの時ジョン・レノンが言ったのは"もうなにも信じるな"ってことだった。いつだっけか、ある朝ベッドからはい出してその3〜4年の間に起きた全てのことを頭に浮かべたことがあったんだ。その時思ったもんさ、ありゃぁサギだって。完全に裏切られたような気がしたよ。それからパンクが生まれるまでロックを聴くことがほとんどなくなったのはそのせいだと思うんだ」

 そう続けた彼にとって明らかにロックは"たかだか音楽"ではなかった。それは時には世界を変える力であり、世界を見る媒介でもあり…… さらにライフ・スタイルに決定的な影響を与える要因でもあったはずだ。だからこそ、それが自分を表現するためになくてはならない身体の一部になり、あんな言葉が出てくるんだろう。雑誌社に飛び込んで編集者とまるでケンカ腰で記事の交渉をするようになった気持も痛いほどわかる。

 なぜなら、僕自身、日本の音楽誌やジャーナリズムにいつも欲求不満を感じていた。そこには現場で演奏するミュージシャンの汗もその音に身をまかせて踊るオーディエンスの熱狂も皆目感じられないのだ。さらには彼らが存在する必然性や背景、その裏にあるドラマも見えなけりゃ、まるで沸騰するように沸き起こっているストリート・カルチャーのエネルギーの一片も伝わってこない。そして、塩化ビニールだけが切り離されてゆくのだ。そう、言葉を替えれば、そんな雑誌を読んでいる自分と音楽との接点がみつからないとでも言えばいいのかもしれない。同じ時代に生きて同じ音楽を聴いているというのに、海外に生きる同世代の人々との間に感じるのは溝ばかり。それが血も肉も持った音楽を空しい装飾品に変えてしまっているように思えるのだ。

 イギリスのメディアから見えてくるのはそんな接点だった。もちろん、音楽メディアに潜在的に存在するのがレコード会社の宣伝機関としての要素。それは否定できるわけないし、当然そこに対する批判も強い。それに、形式のことだけを言うなら、日本の雑誌がモデルにしたのは彼らのメディアだ。アルバム評やコンサート・レポートだって当然のように存在する。それでも、なにかが違うのだ。ここに垣間見えるのは、学校を16歳で出るとすぐに失業手当てを受けなけりゃならない子供たちの世界。そして、彼らに残された数少ないエンタテインメントとも呼べる音楽に与えられる限りないプレッシャーも顔を見せる。

「昔は音楽にそれほど重要性はなかったさ。でも、今は違う。もっと大切で…… 若者たちが素直に自己同一化できる唯一の手段さ。それに、社会的にももっと影響力を持ってるだろ」

 そう続けたニールの言葉を如実に証明するのがここの雑誌や新聞。特に面白かったのが彼の編集していたNMEだった。

 といっても、端っからそんなものを期待して読んでいたわけではなかった。雑誌や新聞を買っていた理由は至極単純で、単にライヴの情報が欲しかったからだ。なにせ、ここでは毎日どこかでちょいと面白めのバンドのライヴがあり、人気のあるバンドのギグになるとチケットは発表直後にソールド・アウト。時にはどこからともなく情報が漏れ、なんと正式な発表前にチケットが売り切れることもあるのだ。いわば、そんな情報を的確にチェックするためにタブロイド版の音楽新聞に目を通していたに過ぎない。おそちく、月刊の雑誌より週刊で出るそんな新聞の方がここでは遥かにポピュラーなのはそんなところにも理由があるのだろう。最も長い歴史を持つメロディ・メイカーからNMEにサウンズ(Sounds)、黒人音楽を中心に構成されたエコーズ(Echoes)など人気のあるものは全て新聞だ。まだイギリスヘ来たばかりの頃、毎週発売日になると必ずニューズ・エイジェントに顔を出し、そんな新聞の最初に登場するニュース欄を全てチェック。そして、気に入ったアーティストのツアー情報をみつけてはチケットを入手していたものだ。

 ところが、しばらくすると発見したのがそのニュース欄そのものの面白さだった。そこを飾っていたのは単なるツアー情報やスキャンダルではなく、ジャーナリスティックな視点を持ったニュースの数々だった。例えば、レコードやヴィデオが放送禁止や発売禁止になると、即座に顔を見せるのが現場の担当者への取材に基づいたレポート。誰がなにを目的に決定し、それに対して関係者はどう応えているのか…… と、そんな記事が掲載される。海賊放送局が警察の手入れを受けると、それを運営する人たちのこんな発言も登場。「じゃ、メジャーの放送局がなにしてくれたってんだい。俺たち黒人の音楽なんて無視されてばっかりじゃねぇか」と、メディアに存在する人種差別を指摘するのだ。さらに、過激な政治活動のためにライヴから締め出されたバンドやチャリティ・ギグを計画しているアーティストたちのことが続く。ここで重要視されているのはミュージシャンのスター性よりも、明らかに社会的影響力の問題だ。だからこそ、そこには必ず現場の人たちの肉声があり、事実の裏に隠されている背景までが姿を見せてくるのだ。

 しかも、話題が音楽に限定されることもない。ちょうど音楽がミュージシャンやそれを聴く人々の世界を反映するのと同じように、音楽をキーに彼らの世界を映し出すのがニュースや誌面だ。時には冷たい壁の向こうで極端な政治的圧力を受けている東側のアーティストの情報も掲載され、慢性的な不況と膨大な失業増加の下で若者を対象に生まれた奴隷制度のような職業訓練法が報道される。実に、政治や経済がストレートにターゲットとなることもあるのだ。要するに、読者の大半を占める10〜20代の人々に関する広範囲な話題が全てここに顔を見せていると思えばいい。総選挙が実施された83年と87年には保守党の現政権を痛烈に非難する特集が続き、ミュージシャンたちと顔を並べるように登場したのが労働党の党首、ニール・キノックのインタヴュー。しかも、なんと彼が表紙を飾ったこともある。さらには、82年前後に急成長を見せた反核運動体、CNDのデモや史上最長となった炭鉱労働者ストの現場からのレポート、81年と85年に続発した暴動のことなど、そんな事件までが彼ら独自の切り口で描かれてゆく。それだけをピックアッブすればまるで政治的な雑誌でも読んでいるような気分になるのだ。

 が、そこにはなんの違和感もなく、チラリと感じるのは音楽誌で働く人たちのジャーナリストとしてのプライドだ。おそらく、政治的に過激なミュージシャンがイギリスに多いのはそんなところにも原因があるのだろう。

「だいたいミュージシャンなんて政治のことなんかな〜んも知らんもんよ。女にモテたいとか目立ちたいとか、そんな奴がほとんどだかんネ。それが政治的なこと言いだしたのはアンタたちジャーナリストのせいさ(笑)。そんなことぱっか尋ねんだもん」

 と、冗談半分に言ってたあるミュージシャンの言葉も充分納得できるのだ。

 そんな記事の内容だけではなく、彼らの柔軟な発想から生まれるオマケの面白さも無視できない。まずは、時おり新聞の表紙にセロテープでくっ付けられているEPレコードが驚異的だ。なにせ、新聞の値段はそのままで、その数倍で売られているレコードがタダでプレゼントされるのだ。しかも、たいていは未発表のテイクで、熱心なコレクターにはノドから手でも出てきそうな代物がほとんど。なんでこんなことが可能なのか、初めてこれを見た時には信じられないって気もしたもんだ。げと、オマケで読者を増やしたいのが新聞で、レコードを効果的に宣伝したいのがレコード会社。彼らは宣伝になるからとタダ同然で音源を提供し、両者の共同歩調がこんな形になったらしいのだ。

 また、それに輪をかけたのが、雑誌が読者向けに通信販売でリリースするカセットやレコードの数々。初めてリリースされたのは81年頃で、当時メジャーを脅かすほどの勢力を持ち始めていたインディ・レーベル、ラフ・トレード(Rough Trade)のコンピレーションが1本目だった。"百読は一聴にしかず"ってな発想だったんだろう、音をそのまま紹介したのがミソ。しかも、通常よりもずっと安い値段を設定し、これが記録的な売上げだったというのだ。その成功に気を良くしたのか、次々に生まれてきたのが同じような企画だった。まずは雑誌が選んだ新人アーティストをカセットで紹介したり、編集者やミュージシャン好みの昔のソウルやレゲエ、ジャズのコンピレーション・アルバムの制作だ。といっても、基本的には好きな音楽をプッシュしたいだけなんだけど、レコード会社は倉庫で眠っている音源が陽の目を見ると大喜びし、読者は数本のカセットをレコード1枚分の値段で手に入れられる。さらに、それをキッカケに過去の偉大な音楽がブームになり、そのあたりのルーツ・ミューシックが若手のアーティストに刺激を与える。だからこそ、ソウルやジャズのエッセンスを持った新人がこの国から続々と生まれてくるのだ。

 それを考えた時、頭に浮かんでくるのがごく単純な結論だ。ひょっとすると、音楽の面白さに比例するのがジャーナリズムじゃないのかね。退屈な商品としての音楽しか売れない日本で、ジャーナリズムが未熟なのは無理もないのだろう。ただ、まだまだ諦めるには早い。少なくとも、そんなメディアに対する欲求不満をこうやって書けるんだから、まだ未来はあるようにも思えるのだ。
chapters

buttonこの本の復刻にあたって...

button第1章 さあ、ロンドンに着いた : - 空港から市内へ -
button第2章 「A to Z」を持って街にでる :- 地下鉄、バスからタクシーまで -
button第3章 高いホテルは要らない : - 泊まり方と住み方 -
button第4章 ソーホーはロンドンの縮図 : - 歓楽街、チャイナタウンからナイトクラブまで -
button第5章 イギリス料理って何だろう : - フィッシュ&チップスからケバブ屋まで -
button第6章 日本食が恋しくなったら : - 材料のそろえ方と自然食ムーヴメントについて -
button第7章 ライヴは"生きた音楽"だ : - 開演前から思いきり楽しむ -
button第8章 真夜中からが本当のロンドン : - ナイトクラブは流行発信地 -
button第9章 ラジオが刺激的 : - BBCから海賊放送局まで -
button第10章 情報誌はジャーナリズムだ1 : - タイムアウトとシティリミッツ -
button第11章 情報誌はジャーナリズムだ2 : - 世界を反映する音楽紙 -
button第12章 オープン・マーケットで掘り出し物探し :- カムデンマーケットはストリート文化の宝庫 -
button第13章 流行はストリートから : - 究極のロンドン・ファッションとは? -
button第14章 とにかく興奮! レコード・ショップ
button第15章 映画館は大騒ぎ : - レイトナイト・ショーで盛り上がろう -
button第16章 テレビも忘れずチェック : - 音楽、コメディ、報道番組の楽しみ方 -
button第17章 誰でも英語は話せる : - 本場の英語を学ぶコツ -
button第18章 パブこそが全て : - 飲んべぇたちの奇妙な生態 -
button第19章 ビ-ル作りの密かな愉しみ : - ビターからホーム・ブリューイングまで -
button第20章 パブがパンク・ムーヴメントを育てた : - トラッド・ジャズなど、パブは音楽のゆりかご -
button第21章 ストリートがステージだ! : - 街頭で演奏するバスカーたち -
button第22章 街を揺さぶる移民のカーニヴァル : - ノッティングヒル・カーニヴァルの光と陰 -
button第23章 ブリクストンの暑い夏 : - 観光客の知らないロンドン -
button第24章 反抗する音楽 : - CNDで知ったミュージシャンの政治意識 -
button「もうひとつの世界」へのアプローチ : - グラストンバリーのヒッピー・フェスティヴァル -
button解説(月刊宝島編集長、関川誠)
buttonあとがき



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