第10章 情報誌はジャーナリズムだ1
---タイムアウトとシティリミッツ---
"\の出ずる国、ニッポンのキャピタル、東京にこのタイム・アウト(Time Out)にとって姉妹のような雑誌「ぴあ」なるものがあるそうな。ところがである。いかなることか、その読者はほぼパーフェクトに16〜22歳の年齢層に限定されておるというのだ。さらに驚異なることには星の数ほどもイヴェントがあるにもかかわらず、そこにはその選択をするための評論が全くもって存在しないのである。さて、読者はなにを頼りに選択をするのであり、この雑誌はいかなる理由をもって存在できるのであろうか。う〜む、不思議なるかな!"
もう数年前のことだ。ロンドンで最も好調なセールスを記録する情報誌、タイム・アウトが過去最大規模で開催された日本芸術展を前に日本特集を組んだことがある。その時掲載された記事の冒頭は、確かこんな具合に皮肉いっぱいで始まっていたように思う。なんでも、日本人は大学を出て社会に出るとロックやポップスなんてことをスッカリ忘れて働きバチになるんだそうな。そして、娯楽の対象はカラオケなんぞに変質する。まぁ、確かにその分析は正しいんだろうな。けど、日本人の置かれている悲しい状況を知りもしないで勝手なこと書くんじゃねぇよ、とこれを読んだ時は頭にカチンときたもんだ。残業やら交際マージャンからカラオケまでをこなさないと村八分にされかねないのがニッポンのサラリーマン。過酷な競争を強要されるこの社会で生き残るにゃ、それを受け入れざるを得ないってのをもっと知ってほしかったよ。それに映画やコンサートだって、仕事を終った頃にはもう始まっちゃってんだから、行きようがないじゃねぇか。実はみ〜んな遊びたがってんだ。そのあたりまでシッカリ調べて書いて欲しいぜ。と、ブツブツ文句を言いながら、友人たちにその理由を説明したような覚えがある。
でも、正直言ってこの指摘は面白いぐらいに大アタリしてるのだ。特にロンドンの情報誌、タイム・アウトやそのライヴァル、シティ・リミッツの姿勢を東京のびあやシティロードと比較すると、その指摘の理由がハッキリする。要するに、彼らにしてみれば情報誌だって完全にジャーナリズムの一部。まるで広告の集大成のような告知板とは全く違う意味を持つのが雑誌なのだ。もちろん、"全ての情報を無機的に網羅する"というポリシーを守って成功したのがぴあ。ことセールスに関して言うなら、タイム・アウトはぴあには端っから勝負できない。でも、ぴあを全く読むところのない告知板だと言われたところで、当たらずとも遠からず。実際、認めざるを得ないような気がするのだ。
ただ、シティロードあたりになると確かに評論らしきものが掲載されてはいる。その意味で読者が面白い映画やコンサートを選択する基準にはなってるんだろうけど、ここで姿を見せるのが評論とジャーナリズムの違いだ。東京での対象となっているのはたいてい作品や人であり、感想レベルの評論に近い。が、ロンドンではその街をベースに政治から経済を始めとしてエンタテインメントまでが鋭い切り口を持つニュースとして掲載されているのだ。そして、その上で評論なるものが登場する。いわば、新聞の地方版的要素を含みながら、それとはまた違った独特の色を強調。ロンドンで明るく楽しくハッピーに生きるための生活情報が次から次へと送り出されてくるのだ。もちろん、暗いニュースだって山ほども顔を見せるが、それだって隠されるよりはまだマシだ。無知のまま人間性を奪われた盲目の新人類に仕立て上げられるよりは遥かに健康じゃないのかね。
そんなジャーナリズムの重要性が強調されているのはその紙面構成からもハッキリわかる。両誌ともインデックスに続いてまず登場するのがニュース。右翼の過激派、ナショナル・フロント(National Front)がデモを攻撃したことに触れると、"自分たちゃ政治的闘士"だと思ってるくせに抗争相手を無視するしか能がない団体だと彼らを皮肉って、その政治闘争の矛盾を衝く。と思えば、ロンドンの芸術運動に貢献して表彰されたアーティストの運営する劇場が倒産の危機に立たされていることを報じる。あるいは、人種差別主義者による襲撃事件が多発するエリアで行なわれたアジア系の若者たちのデモや、労働党が与党となっている地区なのに、彼らの青年センターを奪い去られようとしているといった、高度に政治・社会的なニュースが毎週毎週登場してくるのだ。
といっても、東京の二誌に明白な違いがあるように、ロンドンの両者にだって際立った差別化がなされている。歴史も長くポップな紙面で売行きに差をつけるタイム・アウトは、さながら知的リベラル派の雑誌。政治的には適当に左寄りではあるけど、もうひとつ過激さに欠けるのも確か。政治的なニュースとエンタテインメントのそれを比較しても、やはり比重の高いのはシティ・リミッツだ。ただし、DCブランドものから家具まで、大がかりなバーゲンセール情報も掲載され、新製品や旅行情報もある。さらに、カラー・グラビアには毎号メジャー・アーティストのインタヴューも登場し、レイアウトも今っぽい。そのセンスや物理的情報量に関して言うなら、ロンドンでこれにかなうものは他にはあり得ないのだ。
それが発行部数に当然比例し、広告の多さにも跳ね返る。といっても、これはただ商品を宣伝している退屈な広告じゃない。巻末に集中して顔を見せるクラシファイト・アズ(Classified Ads)って便利な生活情報広告のことだ。特に安い航空券を扱う旅行代理店の広告は便利の極致。100ポンド前後で手に入るヨーロッパ各地への往復航空券の広告には何度もお世話になったことがある。それに日本へだって600ポンドも出せば往復できるし、それにほんの少しの金を足すだけで世界一周できることもわかるのだ。また、ケッサクなのは"恋人求めます"ってなロンリー・ハーツ(Lonely Hearts)。"当方、北ロンドンに家を持つ知的で魅力的な30代後半の男性。魅惑的な女性を求めています"なんて個人広告が所狭しと並び、これなんぞ読んでいるだけで楽しくなってしまう。その他、妊娠中絶から空手やヨガのレッスン、個人の売買広告など、なんでも揃っているのがここ。このぺ-ジだけ見ていてもロンドンの素顔が覗けたような気分になること受け合いだ。
そのタイム・アウトに対して、左翼オルタナティヴ派とも呼べそうなのがシティ・リミッツだ。政治的にはさらに過激で、かなり小さな事件にまで行きわたった取材活動を展開。巻頭のニュースでも重きを置いてるのは、娯楽ではなく政治だということからもその姿勢の違いがうかがえる。また、単なるアーティストヘのインタヴューよりも特集指向で、常に新しい流行や風俗の動きを敏感に察知したその内容にはいつも驚かされるのだ。しかも、その根底にあるのはストリート・カルチャーに対する正当な評価。メディアや資本によって作られた文化に対抗するカウンター・カルチャーを強力にバックアップするのがポリシーだ。そのせいか、シティ・リミッツを支持する人の多くがアーティストや業界人。政治的にも文化的にも進歩的な人たちに好まれているのはそこに理由がある。
その差が形になっているのが掲載されている情報の差だ。アクション(Action)という項目に収録されているのはフレンズ・オヴ・ジ・アース(Friends Of The Earth)といった環境保護団体、あるいはCNDといった反核団体の主催するチャリティ・コンサートやディスコにデモなんぞの紹介。"80年代のマルクス主義"あるいは"人種差別と移民法"といったグッとお堅い政治講演から、"ブリクストンの女性DJによるレゲエ・パーティ"や"ニカラグア・ベネフィット、サルサ・デイ"までが登場する。情報誌に政治的なイヴェントが顔を出すだけでも日本人には驚異的なのに、"サルサで踊りながらニカラグアを考える"って発想を見ていると、いよいよ日本とは違う世界にいることを実感してしまう。
映画情報にしてもこの雑誌が特に注目しているのは自主上映で、音楽にしてもロック、ジャズ、クラシックと同じように大きな扱いをされているのがナイトクラブだ。新しい流行やバンドが生まれてくるのはいつだってクラブから。それを充分に理解しているのだろう、手短かなコメントでその魅力を説明した丁寧なリストは実に使いやすい。毎週開かれるレギュラーの人気クラブに関しては言うに及ばず、一回こっきりのものからゲイやレズの人たちが集まるものなどなど、ほぼ全ての紹介がここに網羅されているのだ。ジャズで踊るクラブからノーザン・ソウルしかかけないもの、サイケデリック指向からハードコア・パンク…… ほとんどありとあらゆる音楽の名前がこのリストに登場。さらにはアッと驚くアーティストがちっぽけなクラブで演奏するのが発見できたり、アーティストがDJしながらクラブを運営しているってのもある。ロンドンのナイトライフに絶対必要なのがこの項目なのだ。
また、ヘルス(Health)ってコーナーにはメディテイションから精神病気味の人や身体障害者のための情報までがインプットされ、ゲイの人たちや子供たちへのイヴェント紹介の項目もある。ラジオ番組案内には海賊放送局の作る番組まで紹介され、"警察の手入れや事故、技術的な問題から時々電波が入らないこともあり、周波数が多少変わることもある"などといった親切な但書きが加えられている。まるで人種のルツボとでも言えるのが現在のロンドンだ。そこで生きるマイノリティたちのメディアが必要だと考える彼らは、電波の自由を得ようとする海賊放送を強力にサポートしている。こんなところにもジャーナリスティックな視点が顔を出す。ちょっと見ただけでは情報の羅列にしか過ぎない情報誌の裏で、彼らはジャーナリストとしてのプライドをかたくなに守り続けているのだ。
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