button第8章 真夜中からが本当のロンドン

---ナイトクラブは流行発信地---


 まっ昼間のこの街が面白いと思ったことはほとんどなかった。有名なピカデリィ・サーカスに顔を見せる"エロスの像"だって、東京ならさしずめ渋谷駅の忠犬ハチ公。ここは右も左もわからない観光客が待ち合わせに使う場所だし、それから北上するリージェント・ストリートからオックスフォード・ストリート界隈は銀座に匹敵する。60年代に一世を風廃したカーナビィ・ストリート(Carnaby St.)にしたって事情は変わらない。ここも今じゃ浅草の仲見世風。軒を並べているのは観光客相手にコビを売るお土産屋ばかりで、時おり見かけるのが修学旅行でフランスあたりから来ている小学生の一群だってからおそれ入る。最先端のブティックが集まるキングズ・ロードに行っても、"ロンドン通"を気取った日本人観光客ばかり。彼らが湯水のように金を使う光景に出くわすと、悪夢でも見ているような気分になってしまう。なぜなら、この街に期待するのはいつも刺激的なムーヴメントとロックを生み続けているその現場。だのに、どこへ行ってもそのカケラさえ感じることができないのだ。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  ところが、この街がガラリと表情を変えるのが真夜中に近い午後11時頃だ。ちょうど伝統的なパブが店を閉め、歩き疲れた観光客がホテルヘもどる時間。まるで眠りから目を覚ますように姿を見せ始めるのがこの街の若者たちだ。六本木を思わせるヒップなエリア、ウエス・エンド(West End)への入口、レスター・スクェア駅が彼らの洪水に襲われ、身動きが取れないほどの人に覆われる。特に金曜日ともなると、我物顔で通りを歩く彼らに閉め出されるのは稼ぎを求めてやってきたタクシーたち。昼間は退屈でしかたのなかった観光都市が、突然水を得た魚のように息を吹き返すのだ。この時発見するのが"夜行性"とも言えるロンドンの素顔。やっと求めていた興奮に身震いすることができる。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  まず目に入ってくるのが、駅のすぐ隣にあるヒッポドローム(hippodrpme)。ヨーロッパ最大規模の照明装置を持つディスコだ。ガッシリした体格のオニィサンがガードする入口では、まっ白な髪を逆立てたオネェサンが呼び込みをしている。一方、ここ1年ほどの間にすっかり有名になったライムライトはそんな毒々しさを取っ払ったちょいとハイセンスな店だ。この街を訪ねる人なら一度は顔を出してみるのがこのふたつ。いつ行っても黒やまの人だかりで、世界中に知られたディスコの面目をシッカと保っている。
ロンドン・ラジカル・ウォーク  そんなデッカイのに興味がないのなら、これはどうだ。ライムライトからトッツナム・コート・ロード駅に向かってゆくと、まるでこの世のものとは思えない異様な行列が日に入る。中世貴族風ドレスをまとった女性や黒い女性下着にコートを重ねただけのカップル、あるいはキモノ姿にハイヒールで決めた女性…… 派手に髪を染めたバンクが健康優良児に見えるような人々の群れに出くわすのだ。さらに、ド肝を抜かれるのがその行列をチェックしているエキセントリックな紳士、フィリップ・サロン。マッド・クラブ(Mud Club)なるクラブを運営し、この界隈の主とも呼ばれる彼がかように叫んでいる。

「まあ、ダーリン。なによ、その格好。ウチのクラブじゃ、そんな普通のスタイルじゃ入れないわよ。奇妙奇天烈が最低限の条件なんだから、わかっちゃないワねぇ、もう」

ロンドン・ラジカル・ウォーク  ってなもんで、そんな言葉に困惑する人間を尻目に次々とやって来る常連に挨拶とキスを続けている。中へ入ると聞こえてくるのはライヴ並の音量で鳴り響く音楽。そして、目に入るのは奇妙の極致とも言えるドレスに決めた奇人変人たちが踊り狂うダンスフロアだ。壁にはレーニンの絵が描かれ、ロシア語で書かれたメッセージらしきものも目に入る。

「あぁ、あれ? ただの飾りよ。意味あるわけないじゃない(笑)。毎週変えてんのよ。よーするに冗談。バカ騒ぎにゃいい演出でしょ」

 そう言ったのはアート・スクールに通っているバイセクシャルの青年。19歳になる彼は毎週ここへ来ては朝3時頃まで遊び、ガールフレンドかボーイフレンドのところへ帰るという。と思うと、その隣でクダを巻いている少年がこう話しかけてくる。
ロンドン・ラジカル・ウォーク 「この日のために働いてんだよ、俺たちは。金曜日にロンドンヘ出てきて、まずはここで3時までテキトーに時間潰して、あとはパンクのクラブさ。そんで、朝まで遊んで夕方までお寝ンネ。土曜日も同じことの繰り返しさ」

 そう言って写真のポーズを取る。「どうせ、ジャーナリストってこうゆうのが好きなんだろ」と、そばにいた友人と抱き合ってキス。こうやって、インスタントとも言えるホモのキス・シーンが出来上がる。これが"夜行性"のこの街を象徴するナイトクラブ。そして、そんなクラブが数限りなく点在するのがウェスト・エンド界隈だ。

 でも、どこをどう歩いたって見当たらないのがクラブの看板。それがまたロンドンらしい。実は、ここで言うクラブとは店ではなく、一種のイヴェント。例えば、このマッド・クラブってのは毎週金曜日にバスビィズって店で開かれる、いわばパーティのようなもので、それが商売になったのがクラブだ。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  しかも、その種類も千差万別で、音楽で迫るところもあれば、映画を見せるところもある。店の人間が内容を企画したり、ヒップなサウンドを聴かせるDJを雇ってトレンディな雰囲気を演出する店もある。と思えば、好き者が毎週何曜日かを借りきっている場合も多いし、ワン・ナイトのみで企画されることもある。その会場費だって歩合で払うか、あるいは一定額か、それはケース・バイ・ケースだ。いずれにせよ、客が踊ればアルコールが売れて店が儲かる。常識はずれの音楽をプレイしようと、どれほど異常な格好に決めようと、店に客が入る限り店主はな〜んの文句も言わないのだ。さらに、午前3時半までに音を消さなきゃいけないし、役所にも届出しなきゃいけないとやうやっかいな法律のせいで、最近登場してきたのが違法クラブ。会場はたいていどこかの倉庫や地下室で、個人のパーティがクラブに変身することも多々ある。
ロンドン・ラジカル・ウォーク  ほとんどのクラブに共通しているのが、音楽とダンスフロアにアルコールだ。というのも、そんな奇想天外なクラブのルーツが今も続く化石のような法律。なんとこの国では午後11時を過ぎるとアルコールを販売するのは御法度となり、誰もがパフから放り出されるのだ。それならとぱかりに、自由にメンバーを増やせるクラブを作って自己防衛が始まったのが20年代。そして、それが30年代のジャズ・ブームで一挙に成長。以来、この国の音楽や若者文化を語る上で欠かすことのできない存在になっていった。

 まず戦後間もない50年代後半、音楽産業が10代の若者を格好のエジキにしはじめた頃だ。コマーシャルな音楽が量産される一方で、そのカウンター・カルチャーとして登場してきたのがクラブから生まれてきた音楽。ジャズにふたつの傾向が生まれ、トラッド派に対抗していたモダン派がモダーニスト(Modernist)、今も勢力を持つモッズのルーツだ。その酒場になったのが現在のワッグ。当時フラミンゴ・クラブと呼ばれていたここでは、ジョージィ・フェイムなんて人たちがジャズやR&Bといった黒っぽい音楽をギンギンに演奏していたわけだ。

 そして、彼らがメジャーに浮上し、またそれに対抗するように新しい音楽や流行が生まれてくる。その好例が70年代半ばに生まれたパンクだった。当時、メジャーを支配していたのはウェスト・コースト産のポップスで、イギリスのメジャー・アーティストのほとんどがアメリカヘ移住。「冗談じゃねぇや、失業、不景気でお先まっ暗だってぇのに、そんなもん聴けるかよ。テメェらな〜んも、わかってねぇじゃん、糞ッタレ」ってな具合に、ほとんすべど全てのクラブがパンクの波に襲われたという。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  実際、どんな音楽でも、メジャーに吸収されると面白くなくなるもんだ。売れれば売れるほど、ライヴの会場も大きくなって、オーディエンスとの接点もどんどん希薄になってゆく。ヴィデオやステージ器材などに多額な費用がかかるようになると、レコード会社が狙うのは安全パイばかり。その悪循環がまた退屈な塩化ビニールを量産し、肌で触れることのできる音楽や体験を求める若者たちはクラブを目指すようになる。そして、そこでエキセントリックな文化が発酵してゆくのだ。いわば、クラブこそが常に世界を刺激する文化の発信地であり、それがまるで針で指すように音楽シーンや流行に影響を与え続けている。
ロンドン・ラジカル・ウォーク  もちろん、パンクが生まれてもう10年以上。当時のようなブームがこれから起こる可能性は少ない。が、"好きなことを好きなようにやりゃあいいんだ"ってなパンクの発想が今も信じられないような動きを生み出している。例えば、ドクターなる人物が奇妙なデザイナー、クリスチャン・パリスと組んで始めた、アリス・イン・ワンダーランド(Alice In Wonderland)。60年代の超サイケデリックなディスクで踊っているのはタイムマシンから抜け出てきたような若者たちだ。ペイズリィ模様のジャケットにフレア・ジーンズで決めた彼らはビートルズも腰を抜かしただろうマジカル・ミステリイ・トリップ(Magical Mystery Trip)なるものを創造。ライヴがあることを除いてはなにも告げずにチケットを売るツアーを企画し、軽く2000人を集めているのだ。時には洞窟で、あるいはキャンプ場でオールナイトのサイケ・パーティ。その結果、そこでDJをしていたドクターのバンド、メディックスは全英チャートのトップにヒットを放つまでになってしまった。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  星の数ほどもあるクラブが生まれては消えてゆくこの街で最長の歴史を誇るのがギャズズ・ロッキン・ブルース(Gaz's Rockin' Blues)。ここでかかっているのはさらに遡って40〜60年代のブルースからR&B、スカやメントだ。主催しているのはギャス・メイオール。

「昔はだなあ、サム・クックの『トゥイスティン・ザ・ナイト・アウェイ』じゃないけど、みんな週に一度はどっかでパーッと派手に踊って遊んでたんだ。ところが、なんだよ、最近は。完全殺菌のビニールに満足しやがって。んなもんで踊れるかってんだ」と威勢がいい。ソーホーの裏通りにある地下室ディスコ、ゴシップスで開かれるこのクラブからはストレイ・キャッツやポーグスなんてクセ者アーティストたちが生まれてきている。
ロンドン・ラジカル・ウォーク  さらにはここ数年にわたってブームとなっているジャズ。ただ黙って聴くのがジャズだと思われていたのに、突然登場したのが50〜60年代のファンキィな"ジャズで踊る"クラブだった。発端は北ロンドンはカムデン・タウン(Camden Town)にある小さなクラブ。あの時代のスマートなスーツに決め込んで、"ジャズで踊る"スタイルはジワジワと若者たちの間に浸透し、雑誌に掲載されるやいなやまるで火がついたように世界に広まっていった。そして、そんな中で育ったアーティストたちがジャズっぽいホップスでヒットを飛ばし、ブームに弾みを付けていったわけだ。そんなバンドのひとつ、ワーキング・ウィークのサイモン・ブースが口にした言葉が面白かった。

ロンドン・ラジカル・ウォーク 「どうせマスコミは大騒ぎすんだよ、リヴァイヴァルだとか、なんだとか言って。でも、これは作られたブームじゃない。"ジャズで踊る"のだって最初はちっぽけなクラブから始まったわけだし、これこそが僕らを魅了し続けてきたストリート・カルチャーさ」

 そして、今も人影の消えた通りの路地裏にある地下室や倉庫でグツグツ沸騰しているのがハートにズシンと響くロンドンの素顔。誰もが寝静まった真夜中過ぎにしか体験できないこれこそが、この街のエッセンスだ。
chapters

buttonこの本の復刻にあたって...

button第1章 さあ、ロンドンに着いた : - 空港から市内へ -
button第2章 「A to Z」を持って街にでる :- 地下鉄、バスからタクシーまで -
button第3章 高いホテルは要らない : - 泊まり方と住み方 -
button第4章 ソーホーはロンドンの縮図 : - 歓楽街、チャイナタウンからナイトクラブまで -
button第5章 イギリス料理って何だろう : - フィッシュ&チップスからケバブ屋まで -
button第6章 日本食が恋しくなったら : - 材料のそろえ方と自然食ムーヴメントについて -
button第7章 ライヴは"生きた音楽"だ : - 開演前から思いきり楽しむ -
button第8章 真夜中からが本当のロンドン : - ナイトクラブは流行発信地 -
button第9章 ラジオが刺激的 : - BBCから海賊放送局まで -
button第10章 情報誌はジャーナリズムだ1 : - タイムアウトとシティリミッツ -
button第11章 情報誌はジャーナリズムだ2 : - 世界を反映する音楽紙 -
button第12章 オープン・マーケットで掘り出し物探し :- カムデンマーケットはストリート文化の宝庫 -
button第13章 流行はストリートから : - 究極のロンドン・ファッションとは? -
button第14章 とにかく興奮! レコード・ショップ
button第15章 映画館は大騒ぎ : - レイトナイト・ショーで盛り上がろう -
button第16章 テレビも忘れずチェック : - 音楽、コメディ、報道番組の楽しみ方 -
button第17章 誰でも英語は話せる : - 本場の英語を学ぶコツ -
button第18章 パブこそが全て : - 飲んべぇたちの奇妙な生態 -
button第19章 ビ-ル作りの密かな愉しみ : - ビターからホーム・ブリューイングまで -
button第20章 パブがパンク・ムーヴメントを育てた : - トラッド・ジャズなど、パブは音楽のゆりかご -
button第21章 ストリートがステージだ! : - 街頭で演奏するバスカーたち -
button第22章 街を揺さぶる移民のカーニヴァル : - ノッティングヒル・カーニヴァルの光と陰 -
button第23章 ブリクストンの暑い夏 : - 観光客の知らないロンドン -
button第24章 反抗する音楽 : - CNDで知ったミュージシャンの政治意識 -
button「もうひとつの世界」へのアプローチ : - グラストンバリーのヒッピー・フェスティヴァル -
button解説(月刊宝島編集長、関川誠)
buttonあとがき



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