button第7章 ライヴは"生きた音楽"だ

---開演前から思いきり楽しむ---


 なんだよ、えっ? これじゃ、まるでお通夜じゃねぇか。と、日本でライヴを見る時に味わうのはいつもそんな気分だ。これから白熱のライヴが始まるってぇのに、シーンと静まりかえっているのが会場の中。セキすりゃ、それが隅々にまで響き渡り、笑い話でもしようものなら周りの連中に奇妙な顔をされかねない。クラシックでも聴こうってんならいいけど、ロックにそりゃあないぜ。もちろん、時にはなにやら音楽らしきものが流れてくることもあるけど、それだってたかだか申し訳程度のBGMだ。そんなの聴きながら冷たい壁に囲まれてると、なんだか映画館にでもいるような気持になるじゃないか。でも、これから繰り広げられるのはスクリーンに映った絵じゃなくてライヴ、そう、"生きた音楽"だ。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  さらにウンザリするのはライヴが始まってからだ。アーティストはステージで必死に客を興奮させようとしてるのに、いい気分になって踊り出した客を止めに入るのが警備員。もちろん、高い入場料払ってやって来た客が期待しているのはワクワクする興奮だ。ところが、その代償に味あわされるのは嫌ってほどの欲求不満で、それが大爆発するのがコンサート終了間際。彼らがドッとステージ前に押し寄せて事故になりかけたことだって幾度もあったはずだ。そして、一度事故が起きると、今度は警察の圧力が加わる。あげくの果てには、"席立つな、踊るな、通路に出るな"。はたまた、"節度を持ってお楽しみ下さい"なんてバ〜カみたいな注意が登場する。そして、一生に一度しか見られないかもしれないアーティストのライヴを欲求不満のままで見なきゃならないハメに陥るのだ。これじゃ、完全な悪循環。いつまでたっても"生きた"ライヴを楽しむ環境なんて生まれてくるわけがない。

「だからなんだよね、どんなに好きなバンドが来たって、日本じゃライヴ見たくないのは」

 いつだってそう言う友人の言葉が痛いほど理解できるのだ。もちろん、彼もかつてイギリスでプラプラしていた人間だ。思うに、日本とは逆に"生きた"音楽をそのままナマで聴き、楽しむことができるのがこの国のスタイル。そこには一度経験したら忘れることのできない魅力がギッシリ詰まっている。言ってみれば、それはまるで麻薬のように危険な魅力。"生.きた音楽"が本来そのなかに秘めていたマジックがここには脈々と息づいているのだ。
ロンドン・ラジカル・ウォーク  まず驚かされるのはドアを開けた瞬間だ。まるで、もうライヴが始まってるかのようなデッカイ音で耳に飛び込んでくるのがホットな音楽。もちろん、これから演奏するアーティストを盛り上げるのにピッタリの選曲で、そのためにDJを雇うこともある。それだけでもう思わず、嬉しくなってしまうじゃないか。

 そして、ちょっと際どいアーティストのライヴになると必ず直面するのがセキュリティ・ガードによるボディチェックだ。初めてライヴに行った時なんぞ、リュックにカメラとテレコを持っていったもんだから、てっきり没収されるのかと思ったらこれが大違い。「なんだ、ナイフかと思ったら、ただのカメラじゃねえか」とドキドキしてる僕に笑いかけてくんだからマイッタね。もちろん、法律的には写真撮影やライヴを録音するのはヤバイげと、彼らにとってもっとヤバイのは興奮したオーディエンスによって起こされる事故。それを防ごうと、危険な刃物等の持込みをチェックしているのだ。"アーティストの肖像権"なんていう、些細なことにはかまっちゃいられないって表情で彼らはその作業を続けている。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  さらに、なかに人ると目につくのがバー。みんな慣れたもんで、ステージ前に走ってく奴なんてほとんどいない。まず客はそこへ流れるのだ。そして、ふつうのバブよりはチト高めのビールなんぞを飲みながら、仲間と無駄話。これは別にロックに限らずクラシックであろうが、数百年前に建てられた由緒ある劇場であろうが変わらない。彼らにしてみれば、音楽とはエンタテインメントであり、その会場は憩いと社交の場。そのために必要なものを排除するなんて野暮はしないってわけだ。タバコだって同じで、会場の中であろうがロビーであろうが吸ってもいいってことになっている。まぁ、こちらの方は"嫌煙運動"の成果もあって、この頃高級な劇場ではダメになってきたし、やたら危険なイメージをもつアーティストのライヴじゃ、さすがにアルコール類の販売を規制するようにもなったけどね。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  彼らの考え方はコンサートの時間にも色濃く反映されている。日本で常識となっているのは夕方6時開場で開演6時半、そして終るのが9時前。音楽、特にポップ・ミュージックなんてガキの遊びだと信じ込まれてる国じゃそれでもいいんだろうけど、ここじゃそんなもん通用するわけがない。"働いてる人間を無視するんじゃねぇよ"ってな感じで、ライヴが始まるのは日本の終演時間に近い。そのせいもあって、ロックのライヴでも観客の年齢層は10代から40代近くまで。音楽人口がグッと豊かなのもそんな背景があるからだ。

 ライヴのスタイルだって自然そのものだ。音楽ってぇのは楽しむものなんだから、そのために何しようが知ったこっちゃない。座って聴いてても、立って踊ってても関係なし。叫ぼうがわめこうが、本人の勝手よってな雰囲気なのだ。さすがにクラシックのコンサートの演奏中にキャーキャー叫んでるめでたい人間には会ったことはないけど、トラッドをベースにしたスティーライ・スバンを見た時、頭のハゲた中年のオッサンがそのカミさんとおぼしきオバサンと通路でダンスしたのには驚いた。なにせ、一応そのホールでは座席を離れて踊っちゃいけないことになっているからだ。だのに、警備員までいっしょに喜んでんだもんね。彼らにしたって危険がなけりゃぁ、それでいいじゃねぇかとでも思ってんだろうな。
ロンドン・ラジカル・ウォーク  むろん、ホールが大きくなればなるほど、近代的で高級なものになればなるほど規制は厳しくなる。かといって、あの調子のいい英国トラッド派の夫婦からも想像できるように音楽ってぇのは身体を使って全身で楽しむもんだぁってな発想から逃れられないのがこの国の人たち。押え込んだって止められるわけがない。そのせいなのだろう、ここで最もポピュラーなのがダンスフロアのあるスタンディンク形式。いかにも劇場でございってのより、大型のディスコが彼らには好まれるのだ。実際、「.踊れもしないような会場でのライヴになんか行くもんか」ってな人も多い。だから、古くからある劇場だって、1階の座席をみ〜んな取っ払ってわざわざフロアにしたものもたくさんある。

 ただし、酒に酔払って本格的なケンカが始まったり、明らかに危険な行為が発覚すると、まるでプロレスラーのようなセキュリティ・ガードが猛烈な勢いでダッシュして来る。そして、時には容赦ない鉄拳で実力行使さえしながらそんな客を会場の外に放り出してしまうのだ。それに関しては厳しすぎるぐらい厳しい。そりゃあ、放り出された人間には多少気の毒だけど、それが個人を重視する国民性だ。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  そこまで堅く考えるこたぁないけど、基本的には限りなく自由なのが彼らのライヴ。マリワナの臭いたってプンプンしてるし、ライヴが始まる前から踊り狂ってる奴がいると思えば、演奏が始まると腰掛けて眠りこけるケシカラン奴もいる。女の子ばっか追いかけては相手にされない哀れな奴もいると思えば、そんな奴を尻目にセックスもどきのハードなキス・シーを繰り返している羨ましいカップルもいる。でも、考えてみりゃぁ、ここに揃えられているのは興奮の好材料ばかり。そうなってもな〜んら不思議じゃないし、それが目当てでライヴに行く奴の多いこと。特にオープンエアのライヴになると、気持までもがドーンとオープンになっちまう。そうなりゃぁ、もうピクニックと祭りがドッキングしたようなもんで、ハダカで抱き合ってる奴もいるし、ただそこで遊んでるだけで充分だってな雰囲気もあるのだ。

 その興奮を演出するのがディスコ並の音量で流れてくる音楽だ。狙いは、もちろん、オーディェンスの身体とハートのウォーミングアップ。アッと言う間に絶頂に達する過激なライヴヘの準備としてこれが欠かせない存在となっている。それを充分にわかってるせいか、登場を意図的に遅らせる時だってあるってのが面白い。ヘタすりゃ2〜3時間もディスコのまんま。9時過ぎたって前座も登場しないこともある。メイン・アクトがステージに姿を現わすのが11時をまわることだって珍しくもないのだ。特に夜遅いのが当然のクラブでのライヴじゃ、終りが真夜中過ぎになることがほとんど。かといって、それに対して文句を言う客はいない。「長い時間近べるんだから、それでいいじゃない」と平気なのだ。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  おかげでシリアスな立場に陥らざるを得ないのが前座のアーティストたち。なにせ相手は完壁なサウンドで録音された御機嫌なレコードでいい気分になっている観客だ。ヘタな演奏でも聴かせようものなら、トタンに「バッキヤロー、帰れぇ!」とブーイングに直面。あるいは、その演奏時間が踊り疲れた観客の休憩時間になってしまうこともある。特に過激な反応が出るのがパンク系のバンドのライヴ。グラスは飛んで来るわ、ツバは吐きかけられるわってな調子で、修羅場が展開されるのだ。いつだっけか、それがあんまりヒドイのでステージから観客の海の中に飛び込んで大ゲンカをやらかしたシンガーもいた。が、逆に演奏が充分エキサイティングだったら、「More, More!」(モー、モー)と牛でも鳴いてる感じでアンコールを求める声が続く。一発で名前が知れ渡ることもあるのだ。そりゃあ、観客が目当てにしているのはメイン・アクト。それを上回る反応を期待するのは難しいけど、それだって不可能じゃない。
ロンドン・ラジカル・ウォーク  そんな事情はメインのアーティストたちにとっても同じなのだ。特に最近はスタジオ技術や楽器性能の向上で、比較的簡単に再現できるのがレコードでのサウンド。実際、ライヴができなくてもレコードを出すのは可能だ。でも、それ以上の迫力を出せないバンドなんて一発で評判を落とし、それが、ミュージシャンにとっての致命傷になる。特にラジオもテレビのチャンネルも日本より格段に少ないイギリスでは、人気のバロメーターもメディアじゃなくてライヴだ。その内容がいいと、レコードのセールスが急上昇。ツアー開始と同時にグングンとチャートを駆け上り、終る頃にはスターになってしまう新人もいる。また、すでに地位を確立しているアーティストになると、ずっと前に出たレコードまでが再びチャートイン。日本じゃチト信じられない現象まで巻き起こるのだ。

 思うに、これこそ"生きた音楽"の本来の姿であり、ライヴの楽しみ方だ。レコードなんてのは所詮塩化ビニールにしかすぎないし、"ゲージツ"やアートなんてものも硬くなった頭ん中で創造できるもんでもないだろう。それはもっと自由で身体と精神をビンビンに解放してこそ得られる宝物だ。その土壌をかたくなに守り続けているのがこの国のライヴ・スタイル。だからこそ、ここからドキッとするほど刺激的な音楽が生まれ、その周辺の文化が育つのだ。そして、そんな音楽と人間のヴィヴイッドな関係が、たかだか音楽を彼らの生活とは切っても切れない表現の手段にしてるように思えるのだ。おそらく、音楽文化がこの国でカウンター・カルチャーたり得るのはそのせいじゃないのかね。だって、"勝手気ままに楽しむ"自由の象徴が音楽や文化。それは人間性の最後の砦であり、だからこそそれを抑圧するものに反逆するのだ。今この国で音楽が政治的な力さえも得てきているのは、こんなところに理由の一端があるんじゃないんだろうか。
chapters

buttonこの本の復刻にあたって...

button第1章 さあ、ロンドンに着いた : - 空港から市内へ -
button第2章 「A to Z」を持って街にでる :- 地下鉄、バスからタクシーまで -
button第3章 高いホテルは要らない : - 泊まり方と住み方 -
button第4章 ソーホーはロンドンの縮図 : - 歓楽街、チャイナタウンからナイトクラブまで -
button第5章 イギリス料理って何だろう : - フィッシュ&チップスからケバブ屋まで -
button第6章 日本食が恋しくなったら : - 材料のそろえ方と自然食ムーヴメントについて -
button第7章 ライヴは"生きた音楽"だ : - 開演前から思いきり楽しむ -
button第8章 真夜中からが本当のロンドン : - ナイトクラブは流行発信地 -
button第9章 ラジオが刺激的 : - BBCから海賊放送局まで -
button第10章 情報誌はジャーナリズムだ1 : - タイムアウトとシティリミッツ -
button第11章 情報誌はジャーナリズムだ2 : - 世界を反映する音楽紙 -
button第12章 オープン・マーケットで掘り出し物探し :- カムデンマーケットはストリート文化の宝庫 -
button第13章 流行はストリートから : - 究極のロンドン・ファッションとは? -
button第14章 とにかく興奮! レコード・ショップ
button第15章 映画館は大騒ぎ : - レイトナイト・ショーで盛り上がろう -
button第16章 テレビも忘れずチェック : - 音楽、コメディ、報道番組の楽しみ方 -
button第17章 誰でも英語は話せる : - 本場の英語を学ぶコツ -
button第18章 パブこそが全て : - 飲んべぇたちの奇妙な生態 -
button第19章 ビ-ル作りの密かな愉しみ : - ビターからホーム・ブリューイングまで -
button第20章 パブがパンク・ムーヴメントを育てた : - トラッド・ジャズなど、パブは音楽のゆりかご -
button第21章 ストリートがステージだ! : - 街頭で演奏するバスカーたち -
button第22章 街を揺さぶる移民のカーニヴァル : - ノッティングヒル・カーニヴァルの光と陰 -
button第23章 ブリクストンの暑い夏 : - 観光客の知らないロンドン -
button第24章 反抗する音楽 : - CNDで知ったミュージシャンの政治意識 -
button「もうひとつの世界」へのアプローチ : - グラストンバリーのヒッピー・フェスティヴァル -
button解説(月刊宝島編集長、関川誠)
buttonあとがき



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