button第2章 「A to Z」を持って街にでる

---地下鉄、バスからタクシーまで---


 みんな、一体どうやって家に帰るんだろなと、いつも疑問を感じるのがライヴを見た後だ。というのも、通常のコンサート会場がドアを開けるのがたいてい夜の8時前後。おそらく、ここじゃ夜の遊びは夕食後なんだってな発想でもあるんだろう。それでもまだ早い方で、これが御立派な劇場じゃなくてクラブやディスコとなると9時や10時開場ってのも珍しくない。となると、もちろん、ライヴが終るのだってやたら遅く、"あ〜ぁ、気持良かった"と時計を見るとたいていは真夜中過ぎ。そんな時ムクムクと頭に浮かんでくるのがこの疑問だ。そりゃ、地下鉄やバスの最終に間に合えばいいけど、たいていは終電ギリギリ。乗り遅れることだって多いし、そんな都合とは全然無関係に進行されるイヴェントだって星の数ほどもある。だのに、いつも平気な顔で踊り続けているのがこの国の人たち。いつだっけか、その不思議の謎を解くために彼らに尋ねてみたことがある。

ロンドン・ラジカル・ウォーク 「しゃぁねえやなぁ、そうゆうの。歩くっきゃないんじゃないの。まあ、1時間も歩きゃ家にたどり着くと思うんだけどなあ。えっ、タクシー? そんな金あるわけないし、こんな時間に簡単にみつかるわけないじゃん」

 こん時には正直言って開いた口がふさがらなかった。なんたって1時間。どうゆう神経してんだろうと思ったね。とはいうものの、自分の好きなことには常識はずれのパワーを発揮するのがこの国の若者たち。理解できないこともない。それに、便利ずくめの日本じゃ珍しくても、ここでは30分ぐらい歩くのは当然のこと。また、パッパラ金を使ってタクシーに乗るのは金持ちのやることで、"労働者階級"を自負する彼らのプライドがそれを許さないというか、経済的な意味でそれを許せる状況にないんじゃないかと思えるのだ。が、ともかく1時間も喜んで歩いていられるかどうかは別にしても、所詮この世は地続きだ。歩いてゆけば必ず目的地にたどり着くことができるわけで、いわば、最もチープで確実、そして便利なのが足。そのせいか、この街にいるとやたら歩くようになってしまうのだ。特に都心のまん中なんて、車が多くてタクシーやバスより歩く方が早いこともあるし、地下鉄だってプラットホームにたどり着くまでにひどく時間を取られる。それならばと、よく世話になるのが最も原始的な交通手段、足となるわけだ。

 それに、ここにはこの足を助ける強力な武器も存在する。それがこの街の必需品、『LONDON A to Z』(通称"A to Z")と呼ばれる地図本であり、住所表示のシステムだ。どれほど細い通路でも、どれほど長い通りでも必ず付けられているのが名前。ストリート(Street)やロード(Road)って慣れ親しんでいるものから、円形を暗示するサークル(Circle)や半円形のクレッセント(Crescent)、はたまた公園を囲むのはパーク(Park)やスクェア(Square)ってな具合だ。もちろん、ここはデッカイ都市なんだから同じストリート名だってある。が、それはエリア・コードをチェックすればこと足りる。NW1は北西-番で、WC2は西中2番。それを索引でみつけて、現在位置と照らし合わせりゃ、どこへだって簡単に行けるじゃねえか。そ、実にこの街は西洋的な合理性に立って出来上がっているのだ。


ロンドン・ラジカル・ウォーク  地下鉄(UndergroundあるいはTube)も世界中どこへ行っても変わらない合理性を見せている。街の下を網の目のように突っ走っているし、都会の便利さを知ってる日本人がそれで迷うなんて話を耳にしたことはない。ただ、その歴史の古さのせいか、なかなか面白い不合理性も発見できるのだ。例えば、チケット売場。その昔、これを作った時にどれだけ人口か増えるのか簡単に予測できなかったのだろう、たいていはひとつかふたつぐらいの窓口しかみつからない。もちろん、最近は自動販売機も増えてはきた。でも、伝統を重んじる英国人気質と犯罪の多さで、その数だってまだ充分とは言えない。さらに、機械慣れしてないせいかもしれないが、チケットが出てこないと機械に殴る蹴るの暴行を加える人の多いこと。そのため故障が多く、結局は窓口の長〜いキュー(Queue=列)に並ぶハメになる。だから、利口な人はたいていトラヴェル・カード(Travel Card=定期)を買ってしまうのだ。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  さらに、まるで地獄の底にでも通じてんじゃないかと思えるほど奥深くにあるのがプラットホーム。今じゃ化石のような木製のエスカレーターが存在するのにも驚くが、その深さだって驚異だ。急ぐ人用にあけられた左側を降りるのは楽だが、上る時はホンモノの地獄。その距離を見上げただけで気力を喪失してしまう。また、リフト一(Lift)すなわちエレヴェイターも面白い。ラッシュアワーにゃどうなるんだろうかと思えるほどちっぽけなカンオケ形。でも、いくら人がいっぱい待ってでも階段を上ろうなんて思わない方がいい。体力にかなり自信のある人も、翌日には筋肉痛を起こしかねないほどの苦痛を味わうことになるからだ。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  ダブル・デッカーも昔っぽくて面白い。おそらく、労働組合が強いせいで合理化を拒否しているんだろう、ワンマンはほとんどなくてどのバスにも車掌がいる。彼らはコンピューター並の記憶力で新しく乗ってきた客を識別し、料金を集めに来る。憤れた人は、「50ピー(ペンスの略)、プリーズ」と料金でチケットを買い、観光客などが口にするのが目的地。この時イギリス人の失笑を買うのが彼らにひどく嫌われているアメリカ人観光客だ。自分たちが使っている特異な読み方や発音を棚に上げて、Leicester Sq.をスペル通り、"レセスター・スクェア"と呼ぶと、「困ったもんだ。ありゃぁ、レスターってんだ」と嬉しそうに注意。こんなところでチラリと顔を覗かせる彼らの親切さ、あるいはそのいじましいプライドに笑ってしまうこともある。

 そのダブル・デッカーの深夜便が、市の中心部から郊外の要所へ1時間1本ぐらいの割で運行されるナイト・バス(Night Bus)だ。金もない普通の子供たちにとってはこれが救いの神。だからなのだろう、数本のバスが集まってくるトラファルガー・スクェア一(Trafalgar Sq.)あたりに出掛けると、彼らの素顔を覗くことができるのだ。特にナイトクラブが閉まる午前3時頃、続々と流れ込んでくるのがゲバいスタイルに決め込んだ子供たち。疲れ果てた彼らが座り込んでバスを待っている光景こそがロンドンの実像のように思える。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  ダブル・デッカーと同じく名物となっているのはもちろんオースティンのタクシー、通称ブラック・キャブ(Black Cab)だ。まるで馬車がそのまま変形したような黒のボディと異常に小回りの効く頑丈な車体。これが世界で最も親切で安心できるタクシーと呼ばれていた代物だ。フロントガラス上部に黄色いランプをつけた空車に手を上げ、乗り込む前に行先の住所を告げる。すると、目的地のドアの前まで必ず連れて行ってくれるのだ。なにせ、ドライヴァーとなるためには現在位置から目的地までの最短コースを正確無比に答えられなきゃいけないほどで、その厳しさは世界最高。料金も明瞭で、深夜料金から土曜、日曜に加えられる割増料金までハッキリとメーターに表示され、不正なんてできないように出来ている。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  ところが、その評判も今は昔の話。伝統的なあのボディを完全に無視した新しいオースティンが登場し始めたこの頃、悪質なドライヴァーがかなり増えてきている。まず、忙しい時間帯になると止まってくれない。友人いわく、「アラブ人の前でなら止まんだけどな、だって金持ちじゃん。アイツらぁ、そんなもんよ」と嫌われまくっているのだ。止まっても、行先を行ったとたん、「俺、そっちの方へは行きたくないんだよ」とか、「いやぁ、悪い、今日はもう仕事終りなんだ」と答える始末。もうちょっとマシな言い訳者えて欲しいよ。それに、観光客と見ると遠回りする奴もいる。でも、それなんぞまだカワイイ方で、料金を尋ねると目の前にメーターがあるのにふっかけてくる野郎もいた。しかも、ツリ銭を要求すると、「冗談じゃねえや、こっちゃぁ生活かかってんだ」って返事。これにゃぁ呆れ返って、な〜んも言えなかったね。もちろん、10%ぐらいのチップは払うつもりでいたけど、その時は料金の半額以上。ツリ銭泥棒を正当化するドライヴァーが存在できるだけで驚嘆に価する。

ロンドン・ラジカル・ウォーク  そんなブラック・キャブに愛想をつかした連中が好んで使うのが、まるで白タクみたいな、ミニ・キャブ(Mini-Cab)だ。というのも、車は普通の自家用車で、タクシーであることを証明するのは車と本部を結ぶ無線機のみ。メーターはなく、運転手だって近所のオジサン、オバサン風情なのだ。しかも、彼らのほとんどは移民を中心にした有色人種。おそらく、彼らがこの国の最底辺労働者に属する人たちなのだろう。自分たちの車を使って歩合で働いているらしい。彼らは普通のタクシーのように街を流してるわけではなく、契約しているオフィスで常に待機。利用者はそこへ出掛けるか電話で予約する。基本的に料金は距離で決定されるので、乗る前に必ずチェック。ブラック・キャブより安いことが多いけど、かなり高い値段をふっかけられることもある。そんな時はもちろん、交渉の腕次第だ。

 繁華街はもちろん、ちょっと街はずれでも、ライヴをやっているヴェニュー(Venue=小屋)の近くにたいていみつかるのがこれ。ライヴが終ると会場の人にオフィスの場所を尋ね、ホットに暖まった身体を冷やしながら歩いてゆくのだ。オフィスの壁にあるのはクルクル回りながら派手に輝くサイレンか、ミニ・キャブと書かれた看板。ラッキーだったら、その途中でブラック・キャブに出くわすこともあるだろうし、ツキのない時には数マイルのロング・ウォークだ。ある時などはたまたま『A to Z』を忘れて迷子になったこともある。でも、捨てる神ありゃ、拾う神あり。道路沿いにあったケバブ屋に入ったら、そこのオッサンがホテルまで連れて帰ってくれた。いやあ、世の中、なんとかなるもんよ。


chapters

buttonこの本の復刻にあたって...

button第1章 さあ、ロンドンに着いた : - 空港から市内へ -
button第2章 「A to Z」を持って街にでる :- 地下鉄、バスからタクシーまで -
button第3章 高いホテルは要らない : - 泊まり方と住み方 -
button第4章 ソーホーはロンドンの縮図 : - 歓楽街、チャイナタウンからナイトクラブまで -
button第5章 イギリス料理って何だろう : - フィッシュ&チップスからケバブ屋まで -
button第6章 日本食が恋しくなったら : - 材料のそろえ方と自然食ムーヴメントについて -
button第7章 ライヴは"生きた音楽"だ : - 開演前から思いきり楽しむ -
button第8章 真夜中からが本当のロンドン : - ナイトクラブは流行発信地 -
button第9章 ラジオが刺激的 : - BBCから海賊放送局まで -
button第10章 情報誌はジャーナリズムだ1 : - タイムアウトとシティリミッツ -
button第11章 情報誌はジャーナリズムだ2 : - 世界を反映する音楽紙 -
button第12章 オープン・マーケットで掘り出し物探し :- カムデンマーケットはストリート文化の宝庫 -
button第13章 流行はストリートから : - 究極のロンドン・ファッションとは? -
button第14章 とにかく興奮! レコード・ショップ
button第15章 映画館は大騒ぎ : - レイトナイト・ショーで盛り上がろう -
button第16章 テレビも忘れずチェック : - 音楽、コメディ、報道番組の楽しみ方 -
button第17章 誰でも英語は話せる : - 本場の英語を学ぶコツ -
button第18章 パブこそが全て : - 飲んべぇたちの奇妙な生態 -
button第19章 ビ-ル作りの密かな愉しみ : - ビターからホーム・ブリューイングまで -
button第20章 パブがパンク・ムーヴメントを育てた : - トラッド・ジャズなど、パブは音楽のゆりかご -
button第21章 ストリートがステージだ! : - 街頭で演奏するバスカーたち -
button第22章 街を揺さぶる移民のカーニヴァル : - ノッティングヒル・カーニヴァルの光と陰 -
button第23章 ブリクストンの暑い夏 : - 観光客の知らないロンドン -
button第24章 反抗する音楽 : - CNDで知ったミュージシャンの政治意識 -
button「もうひとつの世界」へのアプローチ : - グラストンバリーのヒッピー・フェスティヴァル -
button解説(月刊宝島編集長、関川誠)
buttonあとがき



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