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90年頃から2年近い歳月をかけて翻訳したのがこの本です。その詳しいいきさつは、ここに掲載することになった「訳者あとがき」に書かれていますが、翻訳のおもしろさと同時に、苦しさも感じたのがこの作品でした。実際、翻訳をしながら、あまりの内容に涙が出そうになったり... 特にU2が「ブラディ・サンデー」を初めて歌ったときのこと、あるいは、刑務所でハンガー・ストライキを続けたボビー・サンズが死んだときの話などなど.... 音楽の抱える力をまざまざと見せつけられたのがこの本です。 本当は、その内容も全てアップしたいんですけど、私はあくまで翻訳者でsu . 著者ではありませんから、著作権の問題もあり、それは不可能です。ただ、内容に関してはこの「訳者あとがき」を読んでもらえれば<わかると思います。 聞いた話では、結局、初版で終わってしまったのがこの本です。出版社は全然プロモーションをしてくれず、自分自身で知り合いの編集者などにお願いしてページを取っていきました。そのなかでソウル・フラワー・ユニオンの中川敬君や、今では作家活動が中心になってしまったような辻仁成君が自分の抱えているメディアを使って宣伝してくれました。が、その部数はわずか2838冊ではなかったかと記憶しています。まぁ、素晴らしいコレクターズ・アイテムと言ってしまえば、それでいいのかもしれませんが、これほど内容の濃い本がこれだけしか売れなかったのは悲しすぎます。 ただ、まだ書店で入手可能かもしれませんので、もし、気になったら、ぜひ注文してください。二段詰めで400ページの大作です。定価は本体価格が3204円。高いのは申し訳ないと思いますが、2年間の時間を費やして、この本でどれほどの収入を獲得したかは、簡単に想像できるでしょう。お金のためだけだったら、こんなことできませんよ、やっぱり。
訳者あとがき 「これ読んでみない?いい本だから」 ピリー・ブラッグにそう言われて『When The Music's Over』と題のつけられたこの本を受け取ったのは3年ほど前だった。 「この本に一番よく名前が出てくるミュージシャンがぽくなんだよね。だから、これが悪いわきゃない!(笑い)」 ビリーが冗談まじりに説明してくれたこの本には彼だけでなく、数多くの私の仲間が登場している。そのなかには60年代にロンドンのハイド・パークでローリング・ストーンズのフリー・コンサートを実現させたこともあるビリーのマネージャー、ピート・ジェナーや音楽新聞NMEの編集長時代に知り合ったニール・スペンサーもいる。あるいは、CND(核廃絶運動)への基金作りに開催されていたグラストンバリーCNDフェスティヴァルの主催者で会場となる農場の主であるマイケル・イーヴィス、さらに初めてフェスティヴァルを取材したときに顔を合わせたデイヴィッド・ルミアンもいる。ルミアンはロサンゼルスで反核運動を統けながら、当時アンタッチャブルズというバンドのマネージャーをしていた人物だ。他にもこの本には、私自身がジャーナリストとして取材をしてきたさまざまな事件や人々が顔をのぞかせていた。 が、翻訳を決意させたのは、この本に登場するそんな友人や仲間への親近感が理由ではなかった。それよりも、音楽やそれを取り巻くわれわれの文化が確実に世界を変えているという事実をこの本が語りかけていたからだ。いつの時代にも、ただの娯楽として無視されるか、あるいは脅威の対象として迫害を受けてきたのが音楽や文化だ。おそらく、その理由は人間の喜怒哀楽から生まれる音楽や文化が、規制と抑圧を強いる政治や経済、そして社会と対立せざるをえない要素をその本質に抱えているからだろう。そのあたりの構造はこの本に詳しく描かれている。が、だからこそ、認知させなければならないのが音楽の影響力ではないだろうか。じつは私自身を音楽文化を中心としたジャーナリズムの世界に放り込んだのがそれだった。おそらくこの本の著者、ロビン・デンズロウもそう感じた人間のひとりだったのだろう。ここに登場する数多くの人々や事件が、過去10年間の私の取材対象に重なっているのも充分うなずける。 もちろん、『音楽で何が変わるんだい?』といったシニカルな発想を持つ人が多いことも知っている。あるいは、音楽を政治の道具として利用していると非難する人も知っている。じつはそんな人々こそが政治に巧妙に利用されているにもかかわらずだ。また、どれほど素晴らしい感動も経済でしか置き換えることのできない残酷なビジネスの世界も知っている。が、少なくとも、音楽やそこから生まれる感動で人生を変えられたのが私自身であり、おそらく、今この本を手にしている人たちじゃないだろうか。だからこそ、私も、そして、あなたも音楽にこだわっているように思えるのだ。そんな私がこの本を紹介しなければいけないと感じたのは当然のなりゆきだった。 ロビン・デンズロウがこの本の題材としているのは、彼が学生だった60年代後半から積み上げていったインタヴューや取材の数々だ。初めて英国に渡ったボブ・ディランや彼に大きな影響を与えたイーワン.マコール、あるいはプロテスト・フォークの核として今も元気に活動しているピート・シーガーといったヴェテランから、パンク革命の中心となったクラッシュのジョー・ストラマーやセックス・ピストルズのジョン・ライドンといった新しい世代まで、ここには多岐にわたるアーティストや活動家が顔を見せている。そんな人々の声や時代の事情をじつにヴィヴイッドに描きながら、政治と音楽の結びつきがどれほどの多くの人々の人生を、また、世界を変えていったかを語っているのがこの本だ。 また、ここに紹介されているのは第二次世界大戦前の反戦運動から公民権運動、ヴェトナム反戦運動や反核運動に環境保護運動、あるいはネルソン・マンデラ解放を核にした反アパルトヘイト運動まで、多くのミュージシャンを巻き込んでいった数々の運動だ。しかも、いつも華々しい話題に揺れる西洋のポップス界に限ることなく、数年前まで西洋や日本では相手にもされなかった第三世界や旧東側の動きまでもが描かれている。それが語りかけているのは、西と東が、あるいは北と南が無数の糸で結びつき、政治や経済だけではなく、音楽的にも互いに影響を与え合っている事実だ。もちろん、極東の端っこで生きる我々日本人もけっしてその例外ではない。 事実この本を訳しながら頭に思い浮かべたのは、残念ながら、ここには登場することがなかった『世界を変えた』日本の音楽だった。もちろん、ロビン・デンズロウにこれを期待することはできないが、日本でも数々のアーティストがウッディ・ガスリーやピート・シーガーの影響の下に歌いはじめ、音楽を武器に闘った時代がある。また私が子供だった70年安保闘争時代に生まれた新宿西口フォーク・ゲリラや日本初のインディ・レーベル、URCのアーティストを中心にした運動もあった。さらにさかのぽれぱ自由民権運動の時代にヴァイオリンを片手に街角で歌っていた演歌師がいる。あるいはファシズムが支配していた戦前に敵国の文化だと禁止されたジャズやダンス・ホールの物語…… その抑圧のなかで歌ってきたミュージシャンのこともわすれてはいけないだろう。そして自由と民主主義の時代といわれる時代にどれほどの検閲が進行しているのか…… 音楽ジャーナリズムに関わる我々が、それをどれほどまでカヴァーしているのか大いに疑問に感じるところだ。 もちろん、それは我々ジャーナリストやメディアの責任であり、また、音楽をただの娯楽ではないと感じているミュージシャンやファンの責任でもある。そこから絶対に目を離してはならないだろうし、我々の文化が持つ力を認知させるために絶えることなく闘っていかなければいけないだろう。この本を何度も読み返しながら、そんな思いを強くしていったものだ。 また、この原書が発表されて以来、世界で大きな変動が立て続けに起きている。ベルリンの壁の崩壊に象徴されるように、西と東に基盤を置いた旧来の冷戦構造が消失し、現代は新秩序への過渡期だと言われる。が、どんな秩序が誕生しようと、大量虐殺が正当化されていいわけはない。湾岸戦争はその典型的な例であり、あのとき英国やアメリカで数々の曲が放送禁止の憂き目にあったことも記億に新しい。また、あれははたして海を渡ったはるか彼方の話だけだったのか…… あるいは、アパルトヘイト禁止に向かう南アフリカで後回しにされているのが民主主義の原則、国民の投票する権利だ。大多数の黒人が投票権もなく闘っているさまに大きな怒りと失望も感じるのだ。さらには、西洋だけではなく、日本でも顕著になっている人種差別の成長。天安門やバンコクの流血にアメリカの暴動騒ぎ…… そんな現実を見ていると、世界は一度として薔薇色の未来に向かった試しはなかったような悲観的な思いさえしてしまうこともある。 が、そんなときには、また、この本でも読み返してみようと思うのだ。ちょうどピーター・ゲイブリエルがここで語っているように、「政治的に関わってゆけば、我々が太平洋に落とされる水滴となることには変わりない」のだ。わずかではあっても、その力や影響力はけっして消えることはない。誰かがどこかで何かをしている限り、ほんのわずかではあっても世界をより良い方向に軌道修正していることになる。それはミュージシャンだけではなく、この地球の上に住むすべての人々の責任だろう。 さて、この本のあとがきをしめくくる前に、まずはこの本を最初に紹介してくれたビリー・ブラッグに感謝したい。いつもくじけることなく前向きな姿勢で歌い続ける彼に幾度となく助けられているのは私だけじゃないだろう。また、毎日の忙しさにかまけて、なかなか翻訳作業を終えることができなかった私を我慢強く支えてくれたセヴンデイズの菅野ヘッケル氏にも感謝したい。さらには、未熟な私を手助けしてくれたマイケル・フォーリン氏の協力なくして、この翻訳を完成することはできなかっただろう。ありがとう。そして最後に、音楽を愛する無数の人々、この本を読んでくれた読者のみんな、ありがとう。音楽のみならず、自らの力を信じる有名無名のミュージシャンやアーティストたちにも、ありがとう。世界を変えているのは、間違いなく、我々であり、あなたたちなのだ。 1992年9月15日
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