2009年09月11日
Benard Ighnerも到着。
結局、入手が難しかったと思ったBenard Ighner(ベナード・アイグナー)のアナログをSound FInerで見つけて、約3500円で購入。1978年に発表されたアナログのサンプル盤で、このサイトと契約でもしているんだろう、神保町の店から送られてきたところをみると、あのあたりの大手出版社の音楽担当が処分したものではないかと想像する。
いつも通り、このアナログからデジタル化をして、iPodでも聞けるようにしているんだが、まだまだ聞き込んでいるわけではない。最初の印象は... 彼そのものよりもバックのミュージシャンやアレンジが素晴らしいということ。70年代の日本のミュージシャンたちがいい仕事をしていたことに改めて驚かされることになる。ストリングスのアレンジも豪華で、特に光るのは渡辺香津美のギターかなぁ。まだこの時点では若手ジャズ・ギタリストと呼ばれていたんじゃなかったかと思うが、同時に、ぐんぐんと頭角を現していた頃でもあったんだろう。曲によって、おそらく、彼が影響を受けたであろうギタリストの名前が頭に浮かぶのが面白い。
ベナード・アイグナーについてはいろいろと調べたんだが、この話をtwitterやfacebookに書くと仲間からいろいろな情報が寄せられてくるのが嬉しい。そんななかで面白かったのが池上比沙之のThings what I feelに書かれてあった逸話。自分は存じ上げないんだが、友人の音楽評論家の先輩のような方らしく、「そうかぁ、そんな話があったんだ」と面白く読ませていただいた。
いい時代だったんだなぁと思う。それぞれの時代に素晴らしい音楽は無限にあるんだが、若かったからかなぁ、自分の中で音楽が最もヴィヴィッドに響いたのは70年代だった。そのきっかけになったのは、単純なエンタテインメントだった歌謡曲や芸能とは一線を画した「ロック」や「フォーク」の出現で、それに触れることになったのが60年代の終わりから70年代の始め。それがジャズやソウルあたりに広がっていったのが70年代の半じゃなかったかと思う。振り返ってみれば、70年代半ばにソウルを意識し始めたのが大好きだったはっぴぃえんどの周辺で、小坂忠の『ほうろう』や吉田美奈子の『Minako』はその典型的な作品なのかもしれない。しばらく前に小坂忠のボックス・セット、『Chu’s Garden』というのを買ったんだが、このセットを買う動機となったDVDに収録された75年のライヴでこの二人がティンパンアレーをバックに歌っているのがソウルなんだということを改めて実感することになったものだ。
そして、そんな彼らのソウル指向を証明する素晴らしい演奏を記録しているのが、『The Best In The First Degree』。フィリー・ソウルを代表するスリー・ディグリーズのベスト・アルバムなんだが、これは日本編終盤。ここに細野晴臣、松本隆、鈴木茂、矢野誠、林立夫をバックに録音した「Midnight Train」という曲が入っていて、これがいいのです。一方で、彼女たちが日本語で歌う「にがい涙」は.. 微妙におかしく、和田アキ子系なのが面白いんですけどね。ちなみに、その曲も含めて、3曲でクレジットされている深町純もいい仕事をしているなぁと思う。
ソウルからジャズ・フュージョンの時代だなぁ。岡山でプロモーターをしていたときにブルースを期待して、今は亡き塩次伸二率いるグループのライヴを企画したとき、飛び出してきた音が全く違うのに驚かされたことがある。そのときには全く知らなかったリー・リトナーからラリー・カールトンあたりを意識していたんだろう、完全なフュージョンで、すごく新鮮だったのを覚えている。そうだねぇ、そういう時代だったんだなぁ。その頃だなぁ、クルセダーズにスタッフに... と、どんどん聴く音楽が広がっていったのは。
なんだろうねぇ、たった1曲からいろいろなことが思い出され、いろいろなことを見直すことができる。音楽ってぇのは、ホントに面白い。とは言いながら、ベナード・アイグナーのアナログお越しで、ついでにやっちまえと手を付けたのは日本のフォーク系。おかげで、このところ、いとうたかおから武部行正に斉藤哲夫あたりを聴いているという、珍妙な流れが出てきたのが、また、おかしいんですが。
投稿者 hanasan : 00:58 | コメント (0)
2009年09月07日
Quincy Jonesなど到着
前回書いた名曲、"Everything Must Change"のオリジナルをチェックしたくて、クインシー・ジョーンズの『Body Heat』(国内盤 / US import)を買ったんだが、購入したのはUS import。安易に生産されたアメリカ盤を買うとよくあることなんだが、当然、ブックレットはなくて、ミュージシャンのクレジットなど一切記載されてはいない。こうゆうの、とっても頭に来る。例えば、ベースがいいなぁとかヴォーカルが素晴らしいと思っても、誰がやっているのか全然わからないし、結局はネットで調べることになってしまうのだ。特に、こういったプロジェクト的なアルバムの場合、フィーチャーされているミュージシャンやヴォーカリストなどの重要性が高いわけで、それを知りたいがために、データのダウンロードではなく、CDを購入するわけだ。こんなことだったら、国内盤を買えば良かったと後悔している。特にこの作品の場合、国内盤と輸入盤の値段の差はわずかだったから、実に悔しい。っても、ネットで購入すると、そんなディテールまで教えてくれることも少なくて、仕方がないのかもしれないけど。
このとき、ついでに購入したのがジョージ・ベンソンの『Breezin'』(国内盤 / US import)。まんまとamazonの戦略にのせられて、輸入盤2枚で10%オフというのに釣られているんですが、こちらは安かったから納得できる。なにせ、データを購入するより安い890円弱。それにミュージシャンのクレジットもきちんと記載されているし... 充分に満足だ。
これはジャズ・ギタリストだったジョージ・ベンソンが自身のヴォーカル・トラックを録音したターニング・ポイント的な作品で、このあたりからジャズ・フュージョンを飛び越えて、ブラック・コンテンポラリーというよりはポップスに変化していったと見ていい思う。とはいっても、名盤だと思う。今聴くと、かなり軽いんだけど、ジャズ的なエッセンスも持ちながら、ポップでもあり... と、いいバランスの作品に仕上がっている。
このアルバムのプロデューサーが、こういった流れで最も重要な役割を果たしたトミー・リピューマで、70年代後半は彼の手がけた作品にずいぶんとはまったものだ。いわゆるジャズ・フュージョンからAORの名盤のほとんどは彼が手がけているようなもので、有名どころでは、ニック・デカロの『Italian Graffiti(イタリアン・グラフィティ)』(国内盤)やマイケル・フランクスの『The Art of Tea(アート・オブ・ティー)』(国内盤 / US import)にアル・ジャロウの『Glow(グロウ)』国内盤 / US import)あたりがあげられるんだが、彼の手による名作は数え切れない。実は、サンドラ・クロスのアルバム、『Just A Dream(ジャスト・ア・ドリーム)』や『Dreams Come True...(ドリームズ・カム・トゥルー)』を作ったときに、選曲の元ネタとなったのがこのあたりのアルバム。『Glow(グロウ)』国内盤 / US import)に収められた「おいしい水」(っても、オリジナルはボサノヴァですけど)やジョージ・ベンソンの『Breezin'』(国内盤 / US import)で大ヒットしたレオン・ラッセルの名曲、「マスカレード」はこのあたりから発想を得ている。
とはいっても、自分にとってそんななかでもベストの1枚はだみ声のドクター・ジョンが泣かせてくれる『City Lights(シティ・ライツ)』(国内盤 / US import)。いつものアーシーなサウンドはなりを潜めて、実に洗練された音へと彼が変化を見せたのがこのアルバムで、この流れが以降の彼を決めてしまったのではないかと思う。ちなみに、この中の曲、「Rain」も自分がやったプロジェクト、リヴァプールのアーティスト、トーマス・ラングのカバー・アルバムで取り上げている。
トミー・リピューマの手がけた作品についてはこちらのディスコグラフィーで網羅されているんだが、こうやってみていると、デイヴ・メイソンの一連の作品など、けっこう好きなロック系のアルバムもたくさん手がけているのがわかって面白い。が、自分にとって彼のピークは70年代の中期から後期。エンジニアのアル・シュミットやストリングス・アレンジのクラウス・オガーマンとのコンビネーションから生まれたアルバムには特に名盤が多いように思える。余裕があれば、時にはこうした『時代遅れ』ともいわれるかもしれない名盤を楽しんでいただければと思う。
投稿者 hanasan : 10:56 | コメント (0)
2009年09月03日
Everything Must Change...移りゆくすべてに
歌にのめり込む瞬間というのがある。これまでに幾度となく聴いていて、知っているはずなのに、なんとも思わなかった歌に、なにかの拍子にのめり込んでしまうとでもいえばいいのか... そんなこともある。このとき聴いていたのは希代のアーティスト、ニーナ・シモンの名盤の一枚、『Baltimore(バルティモア)』。70年代後半のジャズ・フュージョン好きを虜にしたレーベル、CTIで発表されたアルバムで、これまで最も好きだったのはタイトル・トラック。ちょっとレゲエ・タッチを持つこの曲はランディ・ニューマンの作品なんだけど、今日はそれではなく、「Everything Must Change」という曲で、「いやぁ、この曲はいいなぁ...」と息をのむことになったのだ。なぜか? 理由は全くわからない。
ひょっとすると、このところ仲間が亡くなって、ちょいとセンチメンタルな気分になっているからかも。なにせ、タイトルが意味するのは、「全ては移り変わっていく」。そのフレーズで始まる歌の続きは、「変わらないものなんてない」となる。引っかかるのはそれだけで、歌の意味を理解するにはもっときちんと聴かなければいけないんだろうが、ニーナ・シモンの情感いっぱいの声にハートをわしづかみにされたという感じかなぁ。すこ〜んとはまってしまったのだ。
すると気になる... 誰の曲だこれは? オリジナルはどんなヴァージョンなんだろう? というので、検索を始めて、深みにはまり込んでいくのだ。これもまた、音楽中毒者の性というものでしょうな。
で、検索で最初に出てきた名前は、クインシー・ジョーンズ。そうかぁ... というので、頭に浮かんだのは彼のアルバムではなくて、ジョージ・ベンソンだった。彼の大ヒット・アルバムのプロデューサーがクインシーだったことに起因しているんだろうけど、「そうだ、彼も歌っていたはずだ」と思い出したのがこのアルバム、『In Flight(イン・フライト)』。っても、どうやら、クインシー・ジョーンズがジャズからポップス... というか、プロデューサーとしての手腕を大いに発揮し始めた頃のアルバム、『Body Heat(ボディ・ヒート)』に収録されているのがオリジナルではないかと思われる。1974年に発表されたここで彼はアル・ジャロウやミニー・リパートンといったヴォーカルを起用しているんだけど、そのなかのひとりが「Everything Must Change」を作ったBernard Ighner(ベナード・アイグナー)だったんだとか。いわゆるジャズ・フュージョンからAOR的な趣を感じさせるものなんだろうが、残念ながら、このアルバムは持っていない。というので、早速注文。もうすぐ届くことになっている。
面白いのは、最近みなさん同様にはまっているTwitterにこのことを書き込むと、音楽好きの仲間からいろいろな情報が寄せられたこと。「Everything Must Change」という曲ではなくて、『Baltimore(バルティモア)』というタイトル・トラックのオリジナルが誰かを探していると勘違いした鹿児島の友人はランディ・ニューマンの『Little Criminals』に収録されているよと教えてくれたり.... でもって、Facebookでは、Randy Crawford(ランディ・クロフォード)のヴァージョンもいいよと教えてくれた音楽評論家の仲間もいた。彼女のアルバムで、自分が持っている『Best of Randy Crawford』にライヴ・ヴァージョンが入っているんだけど、76年に発表されたデビュー・アルバム、『Everything Must Change』がそれなのかもしれないと思ってみたり。
それだけではなく、調べていくと、この「Everything Must Change」はとてつもなく多くのヴォーカリストにカヴァーされているスタンダードで、うちの家でもいろいろみつかるのだ。例えば、オリータ・アダムスのデビュー・アルバム、『Circle of One』に収められているヴァージョンも素晴らしいし、『Higher Ground』というアルバムでカバーしているバーバラ・ストライザンドも、実は、いいのです。
ただ、こうやっていろいろと検索していて、みつけてしまった... というよりは、気付かされたのが、なんと吉田美奈子のセカンド・アルバム、『Minako』。大昔から聞いていたアルバムだったのに、このアルバムの巻頭を飾る「移りゆくすべてに」という曲が「Everything Must Change」のカバーだったとは... 今回はこれにぶっ飛ばされてしまったという感じかなぁ。この作品が発表されたのは1975年。当時はソウル系の音楽は全然といっていいほど聴いていなかったし、クレジットもこんなディテールまではチェックしていなかったから、これは吉田美奈子の曲だとしてしか覚えてはいなかったというのが... 知っている人からしたら、笑えるんだろうなぁ。が、これを『発見』して再び吉田美奈子のヴァージョンを聴くと、その素晴らしさに圧倒されるのだ。きわめてユニークでドラマチックな... まるでクラシックなミュージカル映画でも見ているようなイントロから始まるアレンジも完璧なら、オリジナルの歌詞を訳すというよりは、美しい日本語に昇華させている彼女の才能にまた愕然とさせられるのだ。しかも、ソウルを感じさせながらも、まるでシルクのような艶を持つ彼女のヴォーカルがその魅力を圧倒的なものにしている。よくもここまで完成された「本物ののカバー」をやってくれたものだと思う。幾度聴いても、これは素晴らしすぎる傑作だと思うのだ。
そこで気になったのが時間軸。このオリジナルのことをよく知らないんだが、おそらく、有名になったのはクインシー・ジョーンズの『Body Heat(ボディ・ヒート)』ではないかと思うんだが、これが発表されたのが1974年で、『Minako』はその翌年。おそらく、ここになにかのドラマか出会いがあったんだろうなぁと思う。チャンスがあれば、吉田美奈子さんにこのあたりのお話を聞かせていただく... というのは無理かもしれないんだが、彼女の大ファンだという友人の音楽評論家だったら、このあたりの話も知っているんだろうなぁと察する。なにせ、この曲を作ったBernard Ighner(ベナード・アイグナー)のことを調べてみると、オリジナルのアルバムとして最初に発表されたのは日本録音という1978年か79年の『Little Dreamer』。結局、インターネットでこのアルバムを探し出して、コレクターズ・アイテム化しているアナログを注文してしまうことになったんだが、このアルバムが届けば、もっと詳しいことがわかるかもしれない。
なんでもディジー・ガレスピーに見いだされて、ジェイムス・ムーディとも仕事をしていたというジャズ畑出身で、マルチ・インストゥルメンタリスト。詳しいプロフィールは彼の公式サイト、http://www.benardighner.com/でわかるんだが、なんでも最近アルバムを発表したらしい。当然、日本での入手は難しそうだが、どんどん気になってきている。
ちなみに、面白いのは... なんてタイミングなんだろうと思うんだが、中目黒のエチオピア・レストラン、クイーン・シバの店主、ソロモンが最近気に入ってよく見ているのがクインシー・ジョーンズのライヴDVD、『50 Years in Music: Live at Montreux 1996』。当然のように、ここでも「Everything Must Change」が取り上げられていて、なんとシンプリー・レッドのミック・ハックネルとチャカ・カーンがデュエットしているというのが面白い。その曲の説明をしているところで、「Everything Must Change」のオリジナルが69年だとかなんだとか語っているようなんだが、一度しかその下りを見ていないので定かではない。いずれにせよ、最近ではマイケル・ジャクソンやジャネット・ジャクソンの絡みで語られることの多いクインシー・ジョンズだが、彼の世界でこの曲が今でも大きな意味を持っているんだろうなぁということは充分に察することができた。
さてさて、ひょんなことから、数枚のアルバムを買うことになってしまったんだが、これから届くアルバムでどんな発見があるんだろう。それが楽しみだなぁ... と思うのです。
投稿者 hanasan : 02:08 | コメント (0)
2009年08月16日
アナログ盤からiTunes
この前、かおりのことを書きながら、そこに登場した中山ラビのデビュー・アルバム、『私ってこんな』を聴きたくなって、またやることになってしまったんだが、ここ1〜2年、時間ができたらやっているのがアナログ盤をデジタル化する作業だ。
要するに、便利さのせいでコンピュータで音楽を聴くことが多くなったのがここ数年。同時に、そこに入れた音楽をiPodで持ち歩きたいということから、のめり込んだのがこの作業だ。といって簡単ではなくて、以前はアナログのアルバムを持っていてもCDを買っていたんだが、当然のことながら、金がかかる。ボーナス・トラックが入っているとか、DVDがついてくるとか、そういったことをいいわけに、すでに持っているアルバムを何度買ってしまったか... 10枚や20枚では収まらないだろう。湯水のように金を持っていたら、それもできるんだろうが、毎日の生活に四苦八苦している身としては、それも難しい。加えて、好きでたまらないアルバムのなかにはCD化されていない「隠れた名作」がいっぱいあって、そうせざるを得ないという事情もあった。というので始めていったら、これが面白いのだ。
方法はというと.... 自分の場合は、ずいぶん前に購入したCDレコーダーを利用している。まずはステレオのアナログ・プレイヤーから音楽用のCD-RWに落すのが第一段階。そのデータをコンピュータで読み取って、微調整するというやり方だ。使っているソフトは、長年愛用している『Roxio Toast』シリーズに同梱されているSpin Doctor。といっても、その前段階として、友人からのアドバイスで、アナログ盤は『レイカ・バランスウォッシャー33』で入念に汚れを落とす。傷のほとんどないアナログはこの作業をすることで、見違える(聞き違える?)ほどの音となり、下手をするとこうやって落とした方が市販のCDよりもよく聞こえることがある。それは気のせいかもしれないので、保障はしませんが。といっても、それは最近のことで、最初は普通にクリーナーで綺麗にしていた程度だが、それでも音は全然悪くないのだ。
最初に手を付けたのはダブ・ポエットのマイケル・スミスによる名作で唯一のアルバム、『Mi C-Yaan Believe It(ミ・キャーン・ビリーヴ・イット)』。その世界では最も知られるリントン・クゥエシ・ジョンソンのプロデュースとデニス・ボーヴェルのバンドをバックに録音されて、アイランド・レコードから1982年に発表された作品だ。自分が知る限り、一度もCD化されたことはないと思うし、どこかで見たことがあるんだが、DJのジャイルス・ピーターソンが「CD化されていない名作」としてこのアルバムをあげていたのを覚えている。
このアーティストに関してはこちらでわずかに情報を得ることができるんだが、政治活動家でもあった彼は、その先鋭的な姿勢から、1983年8月17日のデモの最中に殺されてということだ。当時、NMEで知ったんだが、彼が最後に口にしたのは「俺は自由な人間だ。どこをどう歩こうが、俺の自由だろう!」という言葉だったという。(それからちょうど26年目にこれを書いているのが奇遇ですな)
何度かこのアルバムのCDを探そうとしたんだが、いまだに見つけたことはないし、amazonでチェックしてみると、1990年にアメリカで発売されたアナログがけっこうな値段で取引されているようだ。Wikipediaによると、このアルバムを発表した頃、ジョン・ピールのラジオ番組でセッションをしているということなので、いつかそのあたりも発表されるのかもしれないが、なによりも聴いていただきたいのはこのアルバムなのだ。
日頃からジャンルというものには全く興味のかけらもなくて、「心に響くかどうか」だけで音楽を聴いているものだから、こんなアルバムが出てきたら、あまりののギャップに「なんでやねん」と思われるかもしれない。が、これもそんな作業を始めて真っ先に手がけた『Full Moon』というアルバム。今では映画俳優として有名になってしまったクリス・クリストファーソンがリタ・クーリッジと結婚したときに録音したベタベタのデュエット・アルバムで1973年に発表されている。一時期、レゲエ・デュエットのアルバムを企画したときに参考としたものなんだが、そのプロジェクトは形にならずじまいというのが残念でならない。ロバータ・フラックとピーボ・ブライソンのデュエット作、『Born to Love』やマーヴィン・ゲイとタミー・テレルの名作、『United』に匹敵する作品で、これは大学生時代からの愛聴盤だ。探してみると、同じ二人による『Breakaway』は容易に手に入るし、値段も安いんだが、出来は『Full Moon』の方が遙かに素晴らしい。実は、今年、オースティンに出かけたときに買ったアナログが、同じシリーズの最終作、『Natural Act』。それが1978年発表で、その翌年に離婚したとのこと。『Full Moon』と同じような二人の写真がジャケットを飾っているんだが、その表情が全てを物語っているといっていいだろう。どこかで二人がよそよそしいのだ。当然、最初の作品となった『Full Moon』が格段に素晴らしい。
当然ながら、海外のアーティストばかりではなく、日本人のアーティストのものもやっているんだが、「これはCD化されることはないだろう」と思っていたのに、今調べてみると、1993年にミディから発表されているのに驚かされた。アーティストは林ヒロシといって、ちょっと線の細い友部正人的なシンガー&ソングライター。アルバムは『とりわけ10月の風は』という作品で、自分の持っているのは、もちろん、オリジナルだ。まだ、インディなんて言葉がなかった1975年に、『自主制作盤』として発表されたもので、どこでどうしてこれを買うことになったのか全く覚えてはない。が、高田渡と親しくしていたらしく、ジャケット写真は彼の作品で、バックのミュージシャンに若き日の坂本龍一の名前が見える。と、そんなことよりも、歌がいいのだ。いわゆるフォークの『隠れた名盤』と言っていいだろう、大学生の頃によく聞いた宝物の1枚だ。
たまたま、このミュージシャンはどうしているんだろうと思って調べてみると、なんと映画監督として著名な小林政広がこの人だったというのに驚かされた。今度チャンスがあったら、彼の作品も見てみよう。このアルバムに刻み込まれた音楽が、その映画の世界でどう展開しているのか... 実に興味深い。
なお、調べてみると、CD化された『とりわけ10月の風は』に関していえば、ジャケットにオリジナルの素晴らしい写真が使用されていないのが実に残念。高田渡の見つめていた風景とここに封じ込められた歌がどこかでシンクロしているので、このCDを買いたいとは思わないなぁ、正直言って。しかも、「不適切な言葉」が4カ所カットされているらしい。自分にとってそれは歴史の改ざんに等しい醜悪な所業で、そんな作品がほしいと思ったことはない。
これは札幌に行ったときに4000円ぐらいで入手することになった、昔のビクター音楽産業から発表された岡林信康のメジャー・デビュー・アルバム、『岡林信康の世界 第一集』。実を言えば、まだ子供だった頃、頭をぶん殴られたような衝撃を受けた歌が2曲あって、それが彼の「手紙」と「チューリップのアップリケ」だった。音楽や歌を初めて真正面から意識したのがこの2曲で、ある意味、自分の人生を変えることになった曲であるようにも思う。が、「手紙」はURCからの岡林信康のデビュー・アルバム、『わたしを断罪せよ』で聴くことはできるんだが、「チューリップのアップリケ」は聴くことができなかった。いずれも、貧困や被差別部落の問題に絡んだ曲で、こういった状況が続いているのは「存在しない放送禁止」のおかげなんだろうと想像する。それが収録されているのがこの『岡林信康の世界 第一集』なんだが、どんな理由があるのか、これはCD化されてはない。というので、これをデジタル化したんだが、1〜2年前にCD化された1975年発表のベスト・アルバム、『大いなる遺産』に「チューリップのアップリケ」が収録されているとのこと。amazonでの解説によると、この曲のスタジオ・ヴァージョンはこのアルバムでしか聞けないらしい。結局はこれも注文してしまったんだが、ヴァージョンを気にするほど飽食していないので、これをきちんと聴けることだけで充分に満足なんですけどね。
と、ここにあげたのはほんのわずかで、他にもいろいろあるんだが、基本的にレコードにしろ、CDにしろ、全てが限定盤だと思った方がいい。レコード会社なんぞ、採算が取れるかどうかどころか、利益でしかアルバム発売をしないもの。なにかの間違いで、とんでもなく『売れない』『名盤』が出てくることはあるんだが、そうならないことの方が多いのだ。だから、『聴きたい』のみならず、『なんだろう、これ?』と思える作品があったら、まずは手にしてしまうというのがレコード中毒者の性というもの。このところ、海外に行くと、数百円で買えるアナログをせっせと買い集めて、こうやってデジタル化しているんだが、それで発見した素晴らしい音楽は数知れない。今年はオースティンでカウボーイや、なぜかCDが手に入りにくいザ・マーシャル・タッカー・バンドのアルバムを買って、デジタル化している。おそらく、アナログ人口が少なくなったせいで、格安でアナログを買うことができるはず。もし、時間があったら、こんなことをやってみるのも手かもしれませんよ。
投稿者 hanasan : 01:28 | コメント (0)
2009年07月11日
旅で出会うミュージシャンたち
面白いことに、旅をすると、必ず、面白いミュージシャンたちに出会う... って、考えてみれば、当たり前。なにせ、旅の目的はいつだって音楽なのだ。だから、いろいろな流れでさまざまなミュージシャンたちにで出会うんだが、どこかで誰かとつながっていたり... というのが、面白いのだ。
その典型がDana Leong(ダナ・レオン)じゃないかと思う。この4月のアメリカへの旅の目的が、ここ数年、完全に惚れ込んでいるリラ・ダウンズの取材だったんだが、そのバック・ミュージシャンで唯一の東洋系が彼だった。なんでも日本人と中国系アメリカ人とのハーフらしい。彼に「この取材のあと、シカゴに行くんだよね。バスクのバンドで、友人たちがレコーディングしているから」と言うと、彼が「ひょとして、フェルミン・ムグルサって、知ってる?」と返してくるのだ。こちらからしたら、なんでメキシコ系のミュージシャンの取材で、いきなりバスクが出てくるのかと思ったら、彼がフェルミンの新しいアルバムで演奏しているというんだが、おそらく、それが『アスマティック・ライオン・サウンド・システマ』なんだろう。そんなプロセスで受け取ったのがダナ・レオンのアルバム、『Anthems Of Life 』だった。
基本的には、本人曰く、ヒップホップ・ジャズということなんだが、90年代のジャズ・ラップを進化させたものと考えるのが正しいのかなぁ。一方で、トロンボーンよりもチェロの奏者だという情報もあって、そういったクラシック的なエッセンスに、レゲエ的なものも感じさせるのがなかなか面白い秀作だ。
振り返れば、リラ・ダウンズを知ったのはバンダ・バソッティのマネージャーがくれたコピーがきっかけで、いうまでもなく、彼らと最もタイトに繋がっているアーティストがバスクのフェルミンだ。そのフェルミンと一緒に演奏している人間とこうやってヨーロッパから遙かに海を隔てたアメリカで繋がってしまうのが面白いのだ。
もちろん、なんの拍子にバスクが出てきたかというと、ベリ・チャラックがレコーディングしているシカゴに向かうことを彼に伝えたこと。いうまでもなく、「バスクのメタル系で....」というところで、そんな話しに繋がったわけだ。
さて、シカゴに到着してメトロで最寄りの駅からスタジオに行くと、メンバーがいない。なんでも「カントリー・バンド」を見るというので、タクシーに乗って指示された場所に向かったんだが、なにやら廃墟のような場所にぽつんとあるバーがその会場。入場料は無料で「気持ち」だけでいいというのが嬉しい。といっても、その時点で誰もいなかったんだが、ドアを開けると目の前にカウンターがあって、その部屋のコーナーでドラムスのセッティングしている人物がいる。奥を覗くともっと広い劇場のようなスペースがあるんだが、そっちではなく、ちっぽけなバーそのものでライヴが始まるようだ。
それから30分ほども待っただろうか。ベリ・チャラックの連中も到着して人も増えてきた頃に彼らの演奏が始まった。素人にしてはいいなぁ... なんて思いながら、演奏を楽しみ、その後、ドラマーと話をしたんだが、その時に受け取ったのが彼ら、マイナー・ジャンクションというバンドのアルバム、『Confluence』だった。これを聞いたのは帰国してからなんだが、これには驚かされた。といっても、最初に驚かされたのは音楽ではなく、CDが黒く、まるでアナログのようだったこと。っても、表がそれだというのは珍しくない。おそらく、誰もが一度はお目にかかったことがあると思うんだが、アナログ好きがよくやるのがそれ風のデザインで、これもそのひとつと思っていた。表はまるで45回転のシングル盤で、ご丁寧に溝まである。が、それをひっくり返しても、真っ黒。ん? これ、ホントにCD? と思ったのは、数年前、友人のスカフレイムスが『Realstep』というアルバムを思い出したからだ。この初期プレスでおまけとなっていたのが、なんと5インチの33回転。常識ではあり得ないことをやってのけた彼らには脱帽ですが、まさかこれもアナログじゃないよなぁ... と、おそるおそるCDプレイヤーに入れてみるときちんと再生するのです。mixiの友人たちによると、「黒いCDなら見たことがあるよ」ということなので、今振り返ると、そんなに驚くことじゃなかったのかなぁと思うけど、私には初体験なのです。
ちなみに、これがその中身の写真。どう見てもアナログでしょ? その趣味からも想像できるかと思うけど、彼らの音楽もアナログ... というか、基本的にはカントリー・ベースのオーガニックな音楽で、実をいうと、私、こういったのが好きなんですね。なかにはちょっとスイングするジャズっぽいタッチの曲も入っているし、初っぱなの曲なんぞ、いわゆるカントリー・ロックです。彼らのライヴを見たときには、もっともっとレイドバックしたカントリー系という感じだったけど、ジョニー・キャッシュあたりが大好きなんだろうなぁというのがよくわかる。実をいえば、帰宅してから彼らのことを調べてみると、どこかのフェスティヴァルでは、私の敬愛するデヴィッド・グリスマンの直前にステージに立つなど、かなり知られているような感じ。あのバーでは近所のアマチュアかと思ったんだけど、そうじゃなかったようです。
でもって、ベリ・チャラックがレコーディングしていたスタジオで、やはりレコーディングしていたのが地元のバンド、Maps And Atlasesで、彼らから直接受け取ったのがこの『You + Me + Mountain』というアルバムだった。
この時、スタジオのなかでの彼らの作業を見学させてもらったんだけど、これが珍妙だった。なんとテープのスピードを落として、ドラマーがかなりのスピードで演奏しているのだ。「なんじゃらほい?」と不思議な顔をしている自分を彼らがニコニコしながら見ている。そりゃ、当然だろう。でも、それがなぜかわかったのは、このアルバムを聴いてから。なにやらどこかで、XTCを思わせるような変態ポップス的バンドが彼らで、これががなかなか面白い。彼らのMy Spaceから、「アルバム聞いたよ」とその旨を伝えてメールしたとき、「おそらく、ジョン・ピールが生きていたら、番組で流したともうよ」書くと、「そりゃぁ、嬉しい」といったレスが返ってきた。彼らが新しい作品を発表したら、きちんと聞いてみたいと思う。いやぁ、旅は本当に楽しい。
投稿者 hanasan : 02:32 | コメント (0)
2009年06月19日
Berri Txarrak in Chicago(ベリー・チャラック)
ロスからシカゴへひとっ飛び... わずか750円で往復のフライトだった。といっても、マイレージ、25000マイルを使っての予約で、その発券手数料がその金額だったということなので、それを「安い」と言っていいのかどうかはわからない。いずれにせよ、驚かされたのは、アメリカの国内便に関して言えば、マイレージを使ってのフライト予約が簡単で、使いやすいなぁということ。国際便となると、マイレージを持っていても使えないことが多々あり、それにこだわってフライトを選ぶのもなんだか騙されているような気持ちになるのだ。
シカゴに飛んだのは4月14日で、わずか2泊。ここで大好きなバンドのひとつ、ベリ・チャラックがレコーディングしていたのが理由だ。以前もここに書き残しているんだが、彼らの仲間曰く「まるでフォークがそのままメタルになった感じ?」と形容され、エモ・メタルなんぞと呼ばれることもあるバスクのバンド。2年前の来日公演を取材して以来、めちゃくちゃ気に入っていて、マネージャーやバンドともけっこうコンスタントに連絡を取り合っている。なんでも、その彼らがヨーロッパのマーケットに関してロードランナーと契約して、新しいアルバムを録音していたので遊びに行ったという感じかな。なにせ、750円のフライトで、帰りのフライトのコネクションもいい。しかも、スタジオに泊まってもいいというので金もかからない。と、即決だった。いつものことなんだが、こうやって友人のところを転々としていると、日本にいるよりも金がかからないというのが面白い。
おそらく、秋口には発表されるだろう、ベリ・チャラックのアルバムをプロデュースしているのはスティーヴ・アルビーニ。彼のエレクトリカル・スタジオでのレコーディングというのだが、みんなに笑われるのを覚悟で書くと、この時点でも、私、この人がどれほど有名な人物かって、全く知らなかったのですな。なにせ、90年代のロック、しかも、アメリカ系となると全く聞いていないのですよ。彼の名前を知らしめることになったというニルヴァーナもピクシーズも聞いていないし、パールジャムもほとんど知りません。というので、この話をする度に笑われております。(今でも、笑えると思いますが)
そのスティーヴとはほとんど話をしていないんだが、嬉しいのは、レコード好きな自分が中古レコードの店を探していることを告げると、いろいろな店を教えてくれて、わざわざ住所を書いたメモをくれたことかな。おかげで、いろいろな店を訪ねることができたんだが、結局、レコードを買うことになったのは、以前、この町を三味線ツアーで訪ねたときに、トムズ・キャビンの麻田浩さんに連れていってもらった店、Dave's Records。この時はMIyoshi Umeki(ナンシー梅木)の『シングズ・アメリカン・ソングズ・イン・ジャパニーズ』がみつかったのには驚かされた。っても、好きでもない人には「なんじゃらほい」なんですが、自分が愛してやまないハリウッド映画の古典、『サヨナラ』で、日本人初のオスカー受賞者となったジャズ・シンガーのアルバムで、初めてこれを聴いたのは今は亡きパパ・ジョン。横浜は野毛にあるジャズと演歌の店だった。それ以来、探していたアルバムがここでみつかったことになる。
さらに、Tut Taylor(タット・テイラー)というドブロ奏者の「Dobrolic Plectral Society」とウイリー・ネルソンのレゲエ・アルバム、『Countryman』ということで、最後の1枚のは新品だったけど、他は中古。ナンシー梅木(ミヨシ・ウメキというのがアメリカでの芸名)がCDで再発されるというのを知ったのは帰国してからと... まぁ、タイミングが悪かったんだが、おそらく、そのオリジナルだろう1枚を入手できたのは嬉しい。
タット・テイラーもあまりなじみがないと思うんだが、昔からカントリーやブルーグラスが好きで、大好きなアルバム、ノーマン・ブレイクの『The Fields of November』やカントリー勢がジャズをやっている名盤、単純に演奏しているミュージシャンの名前を連ねただけの『Norman Blake / Tut Taylor / Butch Robbins / Vassar Clements / David Holland / Jethro Burns』での演奏が忘れられなくて、こんな機会に手を出してしまうのだ。
ちなみに、前者の『The Fields of November』は翌年のアルバム、『Old and New』と2 in 1の形で出ているようなんだが、注意書きにCD-Rによる製品とあるのが、買うのを躊躇させます。また、後者のNorman Blake / Tut Taylor / Butch Robbins / Vassar Clements / David Holland / Jethro Burns』は隠れた名盤で、チャンスがあったら絶対に買って欲しいと思う。以前は、アナログからデータを起こして、iTunesに入れていたんだが、実は、今回の旅のロスでまれなCDを発見。購入している。ここに収められた「(Take) 'A' Train」は絶品です。
さらに、ここで出会ったバンドのことも書きたかったんだが、それはまた次回ですな... なんか長くなりすぎたのです。
投稿者 hanasan : 03:30 | コメント (0)
2009年06月18日
Ozomatliが沖縄にやってくる!
ロスでリラ・ダウンズを取材して、その後は友人宅でお世話になりながら、ちょっとした休暇を楽しんでいた。といっても、昔からの仲間に会ったり... ということは、以前書き残している。加えて、オゾマトリのマネージャーにも会っていた。なにせ、彼らを初めて取材したのが1997年と、すでに彼らとのつきあいは12年目。四方山話をしようということになったんだが、主な目的は彼らを沖縄へ呼ぶことだった。おそらく、このブログをチェックしている人だったら知っていると思うんだが、2007年にピース・ミュージック・フェスタ!辺野古2007を取材して以来、毎回このイヴェントには顔を出していて、なんとか、オゾマトリをここへ呼べないかというのが本当の気持ち。それが無理でも彼らには沖縄へ来て、その現実を体験してほしかったのだ。
だから、彼らとは会う度にその話をしていた。彼ら以外でも、仲良くなったミュージシャンには、なぜか、「沖縄へ行ってごらん」と話しているようで... 大昔はホットハウス・フラワーズのリアムにも言ったなぁ。ちょうど、彼のお父さんが亡くなって、彼が落ち込んでいたとき。それから、どれほど過ぎた頃かなぁ... 実際に沖縄に行ったらしく、「お前の言っていたことは正しいよ。沖縄は素晴らしかった」と語ってくれたことがある。
それはともかく、オゾだ。たまたまそんな話をしていたら、マネージャーのエイミーが9月25日にシンガポールでライヴをやるというのだ。だったら、21日に予定されているピース・ミュージック・フェスタ!に出られるかもしれないと思って、交渉を始めていた。といっても、簡単なわけはない。なにせ、主催者はプロのプロモーターではなく、沖縄から米軍基地をなくそうと動いているミュージシャンや仲間たち。当然、金なんてあるわけはない。でも、嬉しかったのは、「そんなことは重要じゃない」と、この申し出を快く承諾してくれたこと。しかも、あのあと、幾度かメールでやりとりをすることになるんだが、そのなかではっきりと彼らに伝えたものだ。
「沖縄の人はアメリカ人、嫌いだよ。だって米軍基地は押しつけられるわ、米兵の犯罪は日常茶飯事だし...」
そうすると、エイミーからは「メンバーは全員、そのことを知っているし、ヴェトナムでライヴをしたこともあれば、中近東でやったこともある。だから、みんな、すごく楽しみにしている」
という返事が返ってきた。本当に嬉しいと思う。こういった連中と友達でいることが自分の... どこかで誇りなんだろうと思う。
ちなみに、ここ数年のオゾマトリの作品でベストはというと.... おそらく、『Ozomatli Live at the Fillmore』だろう。DVDが一緒になっていて、この時のライヴを見ることができるんだが、ライヴ・バンドとしての真骨頂をここで確認することができる。できれば、チェックして欲しいと思う。
ちなみに、このピース・ミュージック・フェスタ!の公式サイトはこちらで、彼らが運営しているブログがこちら。ときおりでもいいので、チェックしてくれると幸い。それに、東京や大阪ではプレ・イヴェントも開かれるようなので、なんとか足を運んでくださいませ。そうやって、お金を生み出さないと彼らも息切れしてしまうのです。宣伝もしてください。それだけじゃなくて、実際に、沖縄に行って、基地の現実を目の当たりにして欲しいと思う。今なら... というか、つい先日、これに合わせて沖縄行きのフライトを予約したんだが、なんとか3万円強で往復のフライトを押さえることができました。連休の時期なので、どんどん安いフライトが押さえられているのですよ。だから、急がないとめちゃくちゃ金がかかるのです。
さて、そんな話の他にも、オゾのマネージャーとはいろいろな話をしている。例えば、ここ数年、ラテン系のコンテンポラリーなロックとか、そういった音楽にはまっていること。すると、彼女のボーイフレンドがそういったアーティストを中心としたレーベル、Nacional Records(ナショナル・レコード)を運営しているというのだ。そこでいろいろなアルバムを受け取ることになるんだが、面白いのはヴェニス・ビーチでお世話になった友人、かつてジ・アンタッチャブルズをマネージメントしていた彼が、一時期面倒を見ていたメキシコのユニット、プラスティリーナ・モッシュのアルバム、『All U Need Is Mosh』がここから発表されていること。この偶然には驚かされたもんだ。それだけではなく、ここ数年、再来日が待望されているex-マノ・ネグラ、マヌ・チャオの『La Radiolina』から、この話を聞く一月ほど前にオースティンで取材したコロンビアはボゴタからやってきたエレクトリック・クンビアのユニット、Monareta(モナレータ)の最新作、『Picotero』もここから発表さているんだとか。繋がりというのは、本当に面白い。
さらに、今年のフジロックのラインアップを見ていたら、そのレーベルのアーティスト、Juana Molina(フアナ・モリーナ)の名前が見える。実は、『Un Dia(ウン・ディア)』と呼ばれている最新作を、このレーベルから受け取っていたのだ。世の中、本当に狭いと思うし、まるで見透かされてるように、みんながつながっているのを再発見したように思うのだ。
投稿者 hanasan : 01:33 | コメント (0)
2009年06月10日
Kenny Rankin - こよなく愛したアーティストが亡くなりました
本来ならば、前回アップしたマリワナ事情に関して書きつつあるものを先にフィニッシュしてアップすべきなんだが、つい先ほど、自分が最も敬愛するアーティストのひとり、ケニー・ランキンの訃報が入ってきた。と言っても、自分が彼をこよなく愛していることを知る友人がMixiを通じて知らせてくれたんだが、なんでもロスの病院で肺ガンのために亡くなったとのこと。享年69歳というんだが、それほどの年齢だったとは...
これまで幾度が彼のことは書いていると思うんだが、前回は名作中の名作、『Silver Morning』が初めてCD化されたときだった。その時の原稿はここでみつかるんだが、2006年の10月とある。それからしばらくの後、2008年3月には彼の代表作の多くが紙ジャケット仕様で再び日の目を見ることになっている。と言っても、それは日本でのこと。本国、アメリカではケニー・ランキン自らがhttp://cdbaby.com/を通して3枚のアルバムを再発しているに過ぎない。どうやらアメリカのレコード会社は彼にそれほどの愛情もないんだろう、他のアルバムもほとんどが廃盤のようになっているようだ。
おそらく、70年代にAORと呼ばれた音楽を好きな人じゃなかったら、彼のことなんぞほとんど知らないと思うし、すでに忘れ去られているのではないかと思うんだが、自分にとってケニー・ランキンとは「これ以上の優しい声を持つ人はいないだろう」と思わせるほどのヴォーカリスト。同時に、ギタリストでピアニストでもある。特筆すべきは、ハッとするほどの美しさを持つ声なんだが、それこそ「癒し」と呼ぶにふさわしいクオリティを持っている。どれほどイライラしているときでさえ、彼の声を聞くと心が落ち着くといってもいいだろう。まるで魔法でもかけられているように気持ちが落ち着いて、優しくなれるのだ。
初めて彼の声を聞いたのは学生時代だった。最も印象に残っているのは、友人が開いていた喫茶店で彼のアルバム、The Kenny Rankin Album(邦題 : 愛の序奏)を聴いたとき。この喫茶店は岡山市内にある運動公園を囲むように走る国道53号線沿いにあって、その窓からは日の光がさんさんと入ってくる。おそらく、秋口か冬ではなかったかと思うんだが、朝方、まだ店を開けたばかりの時間に温かいコーヒーを飲みながら、このアルバムを聴いたときの心地よさはどれほど言葉を重ねても描ききれないと思うのだ。まるで心が洗われていくような気持ちとでも言えばいいだろうか、あれ以来、なぜか日曜日の朝、なにもしなくてもいいリラックスした朝にこのアルバムを聴くのが定番になったように思う。
といっても、このアルバムをわずか3日間でフル・オーケストラをバックに生で録音したということを知ったのは、ケニー自身がこのアルバム、『The Kenny Rankin Album(邦題 : 愛の序奏)』と前作、『Silver Morning(シルヴァー・モーニング)』、そして、なぜかしら『Inside(インサイド)』という作品が一枚抜けて、そのまた前のアルバム、『Like A Seed(ライク・ア・シード)』を再発した頃。http://cdbaby.com/か、あるいは、彼の公式サイト、http://www.kennyrankin.com/で彼自身がそんな思い出を書き残していたように思う。この一連のアルバムは、全て傑作と呼ぶにふさわしいんだが、少なくとも『The Kenny Rankin Album(邦題 : 愛の序奏)』と『Silver Morning(シルヴァー・モーニング)』は聴いてもらいたいと切に願う。
彼のスタイルはちょっとジャズっぽいエッジを持ったヴォーカルがメインなんだが、その萌芽はすでに60年代終わりに発表したアルバム、『Mind Dusters(マインド・ダスターズ)』あたりから現れていた。フォーキーなんだが、どこかでジャズを感じるのだ。そのあたりの流れは、同じ時代に頭角を現してきたジョニ・ミッチェルやイギリスのジョン・マーティンにも近かったかと思う。しかも、そのアルバムに続く、『Family(ファミリー)』では、後に発表する名作、『The Kenny Rankin Album(邦題 : 愛の序奏)』でもカバーすることになるハンク・ウイリアムスの名曲「ハウス・オヴゴールド」を取り上げていたり... しかも、そのスタイルが後者を想定していたような趣で、時代を遙かに超えた、とんでもないセンスや才能を持っていたことが伺えるのだ。実をいえば、90年代初期にニューヨークに行ったときに、この2枚のアナログを見付けて購入しているんだが、それを聞いたときには、彼のそんなセンスに多いに驚かされたものだ。
それから数年後かなぁ、ブルーノートにケニー・ランキンが来日して、ベースとのデュオでライヴをやったときには、あのブラジル風のギター、(特にバーデン・パウエルの「ビリンバウ」が傑作)が本人の演奏だということを間近に目撃して、また驚かされることになる。ヴォーカリストであるばかりではなく、彼はギタリストでもあり、(その時、同じように発見するんだが)ピアニストでもあることを再認識したのがこのとき。なんでも、ボブ・ディランの『Bringing It All Back Home(ブリング・イット・バック・ホーム)』でギタリストを務めたという話を、この訃報を伝えるタワー・レコードのバウンスでチェックしたときに初めて知ったんだが、ディランとの関係なんて全く知らなかった。というか、自分にはそんなこと、些細なことなんですけど。
それはともかく、アメリカを遠く離れたアジアの端っこの日本でも、ケニー・ランキンという、スターでもなんでもないアーティストをこよなく愛した人間がいたということを書き残しておきたいと思うのですよ。もちろん、だからってなにも変わることはないんだが、本当に彼の音楽には感謝しているのです。ホントに、ホントに、安らぎの時間を与えてくれてありがとう。安らかに眠ってください。
投稿者 hanasan : 21:14 | コメント (0)
2009年05月15日
再び、岡林信康にガツーン!
本当は、もっと他に書かなければいけないことが多々あるんだが... 例えば、2月末には韓国に行って、とんでもなく面白いことを発見し、3月はオースティンでSXSW取材。4月はロス、そして、その下旬には台湾と、たまたま格安のフライト・チケットが手に入ったというので、そんな場所をふらふらしているんだが、それを飛び越えて、先日手に入れたアルバムのことを書いてしまいたいのです。それは岡林信康のCD。なぜか知らないけど、このところとんでもない勢いで、「こんなのが出るの?」と言えるほどに岡林信康のレアな音源がどんどんCD化されているんですな。と言っても、その全てを買えるわけもなく... とはいいながら、まるで清水の舞台から飛び降りるような気持ちで買うこともあるのです。なにせ、国内盤はめちゃくちゃ高い。1枚買う金で輸入盤だったら、下手をすると3〜4枚は購入可能だというので、ほとんど買う気にはならないのです。が、これは、やってしまった。
それが『岡林信康URCシングル集 +8』というコンピレーション。すでに購入されている方がamazonでいろいろな情報を書いてくれていて、それをチェックして判断したんだが、これがとんでもなく素晴らしいのだ。特に、ぶっ飛んでいるのは、はっぴいえんどと録音した数々のシングル。60年代の終わりから70年代の初めという、この時期といえば当然のように名作、『わたしを断罪せよ』から『見るまえに跳べ』、そして、『俺らいちぬけた』が、自分の中での『岡林信康三部作』といってもいい傑作の流れで、当然ながら、これは全て持っている。それだけではなく、数え切れないほど聞いてもいるのだ。おそらく、自分にとって、彼のベストの時代で、最も影響を受けた時代でもある。サウンドという、一面的な部分で言えば、見るまえに跳べ』が、おそらくベストなんだろうが、当時のシングルを集めたという、『岡林信康URCシングル集 +8』では、アルバムでは聴くことができなかった(ように思える)素晴らしいヴァージョンが収録されていることに改めて驚かされることになる。といっても、全てを聞き比べてはいないんだが、このアルバムを聴いた瞬間思ったものだ。「すげてぇ、また頭をぶん殴られたようなもんだぁ」と、驚喜したのが、このブログを書くきっかけだ。
特に素晴らしいと思うのは、やはり「岡林信康 With はっぴいえんど」とクレジットされている一連の曲。その名前で収録されているのは、おそらく、昔の岡林信康好きだったら知っていて当然の曲ばかりで、「愛する人へ」、「ラブ・ゼネレーション」、「だからここに来た」、「コペルニクス的転回のすすめ」、「家は出たけれど」、「君を待っている」、「自由への長い旅」、「今日をこえて」、「それで自由になったのかい」の10曲なんだが、特に強烈だったのは「だからここに来た」と「コペルニクス的転回のすすめ」。おそらく、前者ははっぴいえんどのボックスセットに収録されている「バッキング音源集」と同じヴァージョンだと思うのだが、「コペルニクス的転回のすすめ」はそのボックスセットは違うヴァージョンで、今回最も強烈なインパクトを与えてくれたように思う。おそらく、はっぴぃのファーストにして、名盤といわれる、通称『ゆでめん』の頃のレコーディングじゃないかと想像するんだが、バックの演奏が持つエネルギーが素晴らしい。加えて、ヴォーカルの岡林信康が抱えている「熱」がとんでもないのだ。それをまとめて聴くことができるのがこの『岡林信康URCシングル集 +8』の嬉しいところなんだろう。
とはいっても、歌はどこかで最初にインパクトを受け取ったその録音が最も決定的で、今回、CDではほとんど入手できない岡林信康の初期の曲で、「チューリップのアップリケ」を求めて、同じように再発された『岡林信康』も買ってみたんだが、なにかがどこかで面白くない。なにかが微妙に違うのだ。
なによりも自分が慣れ親しんできたもの、しかも、まだまだ子供だった頃にラジオで聞いて衝撃を受けたのは、今では入手不能となっている『岡林信康の世界 第一集』に収録されているヴァージョン。いくら待ってもこのCDが発表されないというので、結局、中古盤屋でみつけたこのアルバムのデータをコンピュータに落として、デジタル化。それをiTunesで読み込んでいるんだが、自分にはこれがベストに思えるのだ。探してみると、この曲のスタジオ録音ヴァージョンがCDで聴くことができるのは『大いなる遺産』のみだとamazonでは説明されているんだが、それが録音されたのは1975年。前述の、おそらく、これこそがオリジナルだろう、70年録音とは別もののように思える。
まぁ、こんなことを書いていると、まるで岡林信康オタクのようにも思えるんだが、今回、『岡林信康URCシングル集 +8』を「買ってしまって」そんなことを思ったというだけのこと。よほどのファンでもない限り、こういった寄せ集めを買う必要はないと思うんだが、ここに収録されているはっぴぃえんどとの録音は、久しぶりにあの時代のエネルギーを感じさせてくれたということなんだろう。
が、いずれにせよ、自分にとって彼の傑作は『わたしを断罪せよ』と『見るまえに跳べ』に『俺らいちぬけた』の三枚。そして、『岡林信康の世界 第一集』でしか聞くことができない、あの頃の「チューリップのアップリケ」ではないかと思う。
そういえば、「チューリップのアップリケ」で検索していたら、引っかかったのが笹生実久という女性のアルバム、『チューリップのアップリケ』。どうやら、岡林のこの曲のみならず、同じようにあの時代に売れた新谷のり子の「フランシーヌの場合」までカバーされていることにちょっとビックリです。なにがどうしてこうなったのか、そうして、彼女はこういった曲をどう歌っているのか... 実に気になるのであります。
投稿者 hanasan : 03:06 | コメント (0)
2009年05月01日
なんと4ヶ月ぶり...Black Joe Lewisのこと
実をいえば、忙しくて忙しくて、自分の好き勝手に書けるこのブログはずっと休眠状態です。トップページで更新素材として表示しているのもSmashing Magで書いたレヴュー原稿を移行させているだけで、新たにここに書いたものではない。が、本当に忙しいんです。
でも、これからはほんの数行でも思いついたことなどを書き残しておこうと思うのです。そのひとつが、この3月にテキサス州はオースティンで開かれたフェスティヴァル、サウス・バイ・サウスウエストに出かけたときにみつけたこのアーテイスト。Black Joe Lewis & The Honeybears(ブラック・ジョー・ルイス & ザ・ハニーベアーズ)というんだが、彼らが飛び抜けて面白かったのです。といっても、ザ・ハニーベアーズというバンドを伴って、その名義でアルバムを発表したのは最近のようで、その名義で出ているのが『Tell 'Em What Your Name Is!』というアルバムと、バンド名そのままにタイトルの付けられた10インチのアナログEPの4曲入り、『Black Joe Lewis & the Honeybears』の二枚。今回、オースティンではこのほかに、単純に『Black Joe Lewis』と付けられた2007年のアルバムも買っていて、このバンドとしての活動はここ2年ほどのものではないかと想像する。
彼らのことを知ったのは、日本で見たときよりも遙かにエキサイティングだったトニー・ジョー・ホワイトを撮影していたときのこと。オーディエンスのひとりが、その日の早く、ソニーズ・ヴィンテージという、50年代から60年代を中心とした中古品を中心として売る店で演奏していたイーライ・『ペイパーボーイ』・リードとザ・トゥルー・ラヴを撮影していた自分を覚えていたらしく、ドイツ語訛りの英語で、こう言うのだ。
『あのバンドが好きだったら、絶対に見た方がいいよ。ブラック・ジョー・ルイス。最高だから』
と、それが取材を決めた理由だ。たまたま時間もあったし... というので、その会場、ザ・パリッシュのドアの前に並んだんだが、同じ小屋でトニー・ジョーを見たときにはすんなりと入れたのに、こちらはほぼ30分ほども待たされただろうか。地元、オースティン出身ということもあるんだろうが、なにやらやたら人気があるというのはこれだけでも理解できた。会場のドアを開けたときには、すでに演奏は始まっていたし、びっしりとめいっぱいのオーディエンスで埋まってる。これもトニージョーとは大違いで驚かされることになる。おかげで、実に撮影しにくいんだが、なんとか形になる写真だけは撮れたかなぁ... という感じ?(それはもうすぐSmashing Magにアップの予定)
で、その音楽はというと、基本的にはスタックスあたりを思い出させるソウルやファンクなんだが、ヴォーカルでギターのブラック・ジョー・ルイスがユニークなのだ。ギターやヴォーカルの感触にロック的なエッジを感じさせるし、それがバックのもろ王道ソウル&ファンク路線と重なるといい味を出してくれるのだ。2007年の本人名義のアルバムでは、もっとブルース的なニュアンスの方を強く感じるんだけど、それがいい具合に進化していったんだろうなぁと思う。
歌を聴いていると、けっこうラップ世代にも通じるワイルドなタッチを持ちながらも、「働いても働いても、クソ貧乏!」的な歌詞が耳についたんだけど、おそらく、このあたりの感覚はブルースやソウルに根ざしつつも、パンクからラップ世代にもつながっていて、それがサウンドを絡まってコンテンポラリーな味を出して要るんだと思う。
もし、興味があったら、ぜひ、聴いてくださいませ。なにせ、『Tell 'Em What Your Name Is!』と『Black Joe Lewis & the Honeybears』を両方買っても、現時点で2000円ほどと安い。ちなみに、後者のアナログ10インチ、『Black Joe Lewis & the Honeybears』のジャケットにはただでMP3のファイルをダウンロードできると記されているんだが、アメリカでこのアルバムを買って、日本でダウンロードしようとしたら、「アメリカ以外ではできません」という結果になったのがショックでしたけど。まぁ、アメリカ在住の友人に依頼して、結局は入手できたんですけどね、このあたり、なんとかならないのかなぁと思いますな。
投稿者 hanasan : 20:14 | コメント (0)
2008年12月20日
誰を怨めばいいのでございましょうか - 三上寛
まるで時代が振り出しに戻ったようなもんだろう。なにやら、このところ、そんな気がしてならない。そんな貧困の時代に直面しているように思えるのだ。
終戦から10年で生まれた自分は、ガキの頃の貧困をよく覚えている。どこかでそれがトラウマになっているのかもしれないんだが、あの頃、みんな貧しかったのは確かだ。自分の経験から過去を振り返れば、権力はそんな貧乏人を喰らうようにして、豊かになっていったのであり、高度経済成長だとか、日本の経済力だとか繁栄だとか富なんぞ、そんな貧乏人の屍の上にしか成り立っていないではないかという思いを抱えている。
三上寛という希代の才能がこのアルバム、『ひらく夢などあるじゃなし - 三上寛怨歌集』を発表した頃だって、そんな情景が残っていた。都市部に住んでいる人たちなら、どこかで「繁栄」の幻想に踊らされていたのかもしれないが、田舎はそうじゃなかった。まだ、日本ではなかった沖縄から、産業のなかった東北から数多くの貧乏人達が「高度経済成長」の屍として大量に都市部に追い込まれていたのが50年代から60年代だ。そんな彼らを使い捨ての低賃金労働者と言えば、ひょとするとまだ聞こえはいいのかもしれない。が、実際のところは、「人格権さえをも奪われた」弱者の奴隷として、まるでもののように「利用」していたのが権力だった。そんな時代が再び日本を包み込んでいるこの時代、三上寛の歌の数々がとてつもないリアリティを持って迫ってくる。
オリジナル・パンク、パンク・フォーク... そんな言葉に始まって、怨歌シンガー・ソングライターと、どうやって彼のことを説明したらいいのか容易ではないんだが、ギター一本を武器に、まるで身体のなかから全てをはき出すように、叫び、絞り出すように歌う彼やその音楽を単純な言葉で説明することは出来ない。しかも、多くのミュージシャンが、どこかでディランを代表する洋楽の影響の下にシーンに飛び出してきたのに対して、三上寛の背景は明らかに異色だった。それはうらぶれた田舎の映画館で見た小林旭であったり、高倉健だった。幻想の反映に振り回されていた都市ではなく、当時、当たり前のように貧しく、はかなく、捨て去られたような田舎で流れていた演歌や歌謡曲の世界。そんな音楽にむき出しの言葉が三上寛の歌に重なっているのだ。
おそらく、曲に付けられたタイトルを見るだけでも、洋楽かぶれの嘘っぱちロックやただのええかっこしぃのバンドやアーティストもどきとは全く違った世界に彼がいるのがわかるはずだ。例えば、『ひらく夢などあるじゃなし - 三上寛怨歌集』に収録されている曲には、こんなタイトルが並べられている。
1. あなたもスターになれる / 2. ひびけ電気釜!! / 3. 痴漢になった少年 / 4. 股の下を通りすぎるとそこは紅い海だった / 5. パンティストッキングのような空 / 6. 一人の女のフィナーレ / 7. 昭和の大飢餓予告編 / 8. 誰を怨めばいいのでございましょうか / 9. 夢は夜ひらく / 10. 故郷へ帰ったら / 11. 気狂い / 12. 夜中の2時 / 13. 五所川原の日々 / 14. 青森北津軽郡東京村 / 15. 葬式
1972年に録音されたライヴ、現在では入手が困難な『コンサートライヴ零孤徒』に収められているのがそのあたりの曲の数々。まるで血を流しながら歌うような当時の三上寛がここにドキュメントされているんだが、これを聴いているとまるでナイフで心臓の真ん中をメタメタに刺されているような感覚に陥ることがある。それほどまでに三上寛の歌は聴く者のはらわたをえぐっていた。
そんな世界をそのまま、音楽的な広がりを見せたのが『Bang!』と呼ばれる傑作で、山下洋輔トリオあたりをバックにとんでもないところに行ってしまうのだが、それでも「怨念」にも似た叫びがここで渦を巻いていた。
このところ、三上寛の歌が再び自分の中で「響く」のがわかる。昔から、大好きだった「誰を怨めばいいのでございましょうか」から「青森県北津軽郡東京村」あたりの歌が、なにやら60年代終わりから70年あたりの歌ではなく、まるで今の歌のように聞こえるのだ。そして、「昭和の大飢饉予告編」がまるで平成の今を歌っているようにも思える。貧しさのせいで、自殺が相次ぎ、倒産や首切りで身体を、そして、魂を、人格さえをも売ることでしか生き延びることが出来ない、そんな時代に僕らが生きているんじゃないか? そんなことを思い起こさせるのだ。
「前を向いたら、遅すぎました。後ろを向いたら、早すぎたのです... 生まれてきたとき泣きました。落ちていくとき、泣きました。誰を怨めばいいんでございましょうか?」
21世紀のこの時代にこの歌が胸を打つ。なんて時代に俺たちは生きているんだろう...
投稿者 hanasan : 12:50 | コメント (0)
2008年12月11日
690円の密かな楽しみ
再び「こんなことを書いている場合ではない」と思う。大麻報道に見られるメディアの極端な偏向や情報操作に「ジャーナリズムの死」を感じているし、押し寄せる不況の波がなにを生み出していくかという点についても危機感を持っている。当然ながら、そこから派生する不当解雇はまず弱者の直撃だ。最初のターゲットになるのは外国人研修制度の名を借りて奴隷のように扱われる、主にアジア系の労働者やブラジルから出稼ぎに来ている人々。次に来るのは「日雇い」にも匹敵する「低コスト」の派遣労働者だというのはいうまでもないだろう。前者は蚊帳の外に置かれているように思えるのだが、このところ、毎日のようにメディアを騒がせているのが後者だ。「経費削減」のために彼らが捨てられて、続くのは社員の首切り。ほんの少し前までは「史上最大の経常利益」なんて言葉が新聞の紙面を飾っていたと思うんだが、あれはどこへ行った? おそらく、今のメディアのあり方や警察の横暴は、来るべき大衆運動に対する圧力の伏線で、同時に、弱者がより弱い弱者を作る動きが出てくるはず。忘れないで欲しいと思うのだ。ファシズムは優しく、心地よく人を飲み込んでいくということを。歴史が語りかけているのはそれじゃないですか?
と、そんなことを思いながらも、CDを買い漁って、こんなことを書く自分がいるのです。だってねぇ、信じられないほどの値段で名盤を聴くことができて... そんな喜びを少しでも誰かと共有したいと思うのですよ。例えば、このアルバム、リトル・フィートの名作『Time Loves A Hero』も、この原稿を書いている12月11日の段階でたったの690円。たまりません。アナログでしか持っていなかったこのアルバムもこれを機会にCDを購入。久しぶりにじっくりと聞いて、その素晴らしさに再び感動してしまうわけです。というので、このあたりを紹介してみたいと思ったのです。
めちゃくちゃ味のあるスライドを聴かせるローエル・ジョージ率いる... というよりは、彼そのものであったリトル・フィートの名盤として世に知られているのは、もちろん、『Dixie Chicken』。同時にコアなファンにとってみれば、『Sailin' Shoes』も絶品で、少なくとも、この2枚に加えて全盛期のライヴを収めた『Waiting for Columbus』を持っていれば彼らの魅力は充分に理解できると基本的には思う。っても、個人的にベストのベストなのはローエル・ジョージにとって唯一のソロ・アルバムとなった『Thanks I'll Eat It Here』。これがすごい。
とはいいつつ、実はほぼ全てのアルバムを持っているのだが、CDで持っていなかったというので、今回690円に釣られて購入したのが『Time Loves A Hero』だった。プロデューサーはドゥービー・ブラザーズの一連の作品で知られるテッド・テンプルマンで、このアルバムが発表されたのは77年。その前年に発表されているドゥービー・ブラザーズの『Takin' It to the Streets』と聞き比べると、また面白いのだ。これも690円だというのが嬉しいんだが、ほぼ同じ時期に同じプロデューサーが関わっていて、さらには、それぞれのミュージシャンがそれぞれの作品にゲストとして加わっているわけです。というので、まるでドゥービー・フィート(!?)じゃんと思わせる曲があったり... それでいながら、どうしてもリトル・フィートであり、どうしてもドゥービーだというあたりがさすがなんだと思う。
特に、今回、この『Time Loves A Hero』をひさびさに聴いて、スピード感のあるグルーヴやタイトなサウンドに昇天してしまうのです。ジャズからファンクの要素を飲み込んで... ライヴだったら、これで延々とジャムってしまうんだろうなぁと思うとゾクゾクします。っても、ライヴは見たことがないんですが。今回これを買ってリピートで、しかも、フルヴォリュームで聴いているのがインストの4曲目「Day At The Dog Races」。この曲でのソロの流れやタイミング... とんでもない傑作だと思う。
一方、ファンのなかで賛否両論に別れるらしいドゥービーの『Takin' It to the Streets』ですが、正直言ってしまうと、自分の中ではこれが最大の傑作です。もちろん、初期の傑作、これも今690円で購入可能の『Toulouse Street』が素晴らしいのはいうまでもないし、名曲、「Listen to the Music」や「Rockin' Down the Highway」が収録されたこれも持っていて当然。ただ、グイグイと、どこかで押しと乗りの良さだけで突っ走っていたドゥービーが、マイケル・マクドナルドの加入で微妙なリズムやジャズやソウルっぽいタッチを手に入れたのではないかと思うのですよ。その両者が絶妙のバランスの上でせめぎ合っているのが『Toulouse Street』で、それをさらに推し進めたのが77年の作品、『Livin' on the Fault Line』。そして、ポップでAOR色を異様に強くした78年の『Minute by Minute』で、実をいうと、これで「ロックなドゥービー」は幕を閉じたと思えたものです。まぁ、昔から好きだったので、後の『One Step Closer』も買ったけど、これを繰り返して聴くことはほとんどなかったというのが正直なところ。
と、まぁ、わずか690円でこのあたりのアルバムを購入できるというのが実に嬉しい。探せば、まだまだいろいろあるんですが、この値段がいつまで続くかはわかりません。これを機会に、いわゆる「名盤」を聴いていただければ嬉しと思うのですよ。まぁ、amazonの場合、1500円以上買わないと送料が無料にならないから、3枚ぐらい買う羽目になってしまうんですけどね。
ちなみに、車を運転するときの定番は『Takin' It to the Streets』。これとオールマン・ブラザーズの『Fillmore East』があれば、気分よく運転できます。おそらく、次回はここにリトル・フィートの『Time Loves A Hero』が加わることになると思いますけど。
投稿者 hanasan : 09:53 | コメント (0)
2008年11月13日
いつも通りの安物買い
こんなことを書いている場合じゃないだろう... と思う。まるで「戦前そのまま」の特高のような警察の暴力が横行し、誰だっていつでも犯罪者に「仕立て上げられる」状況を目の当たりにして、こんなことを書いていていいのか? と思う。渋谷の「麻生首相の家を見に行こう」という映像をYou Tubeで見た後、同じような「警察の横暴」や「まるでやくざ」か、それ以上に「まんまやくざ」な警察の実態から、職務質問の名を借りた嫌がらせに「暴力」を記録した映像を次から次へと見てしまうと、日本のどこに民主主義があるねん! と思うのだ。それほどに「危険な時代に」自分が生きていることを感じているときに、こんなことを書いていて... という。自己嫌悪を感じならが、それでも、音楽が好きだというアホさ加減にあきれてください。(同時に、You Tubeで探してみてください、こういった映像を。それがけっして、特別なことじゃないのがわかるから。今日、明日にでも「自分だって捕まるかもしれない」ことを現実に認識してしまうと、ゾッとしますから)
例によって、amazonとのアフィリエイトのおかげで、頻繁にチェックしているんですけど、ときおり、「なんでこんな値段で...」と思えるアルバムを見かけることがあるんですね。実は、これを書く直前にもマイルス・デイヴィスのこんなボックス・セット、『Workin', Relaxin', Steamin'』をみつけてしまいました。ジャズの名門、プレスティッジからコロムビアに移籍するにあたって、契約分を「消化する」必要から2日間でアルバム4枚分のレコーディングを一気にやっているんですが、そのうちの3枚を収めているのがこのボックス・セット。なんで『Cookin'』1枚が抜けているのか、全然理解できないんですが、それにしても、他の3枚が一緒に入っていて、なんと(今日の段階で)869円。まるで冗談のような値段で売られています。
と、そんな「安物」として買ってしまったもので、傑作や掘り出し物がいっぱいあるんですけど、その1枚がデイヴ・ブルーベックの『Jazz Impressions of Japan』。ジャケットからして「なんでジャズ?」って思えるんですが、1曲目からにんまりしてしまって、今じゃ、愛聴盤です。
まぁ、これが録音されたのは東京オリンピックの頃らしいんですが、あの直前に初来日したデイヴ・ブルーベックがそのときの印象をまとめたらしいんだけど、これは面白い。ってぇか、細野晴臣が、例のエキゾチカ三部作(『トロピカルダンディー』、『泰安洋行』、『はらいそ』)を録音したときのネタ元の一枚じゃないかなぁと思ってしまいました。一般的にマーティン・デニーの『The Exotic Sounds』がベースにあるというのは有名な話なんですけど、このデイヴ・ブルーベックも「来てる」なぁ。曲のタイトルだってTokyo Traffic(トーキョー・トラフィック)からOsaka Bluesオーサカ・ブルース)、Fujiyama(フジヤマ)にKoto Song(コト・ソング)という流れが、「東京ラッシュ」「ジャパニーズ・ルンバ」「香港ブルース」とかに似ていません? オリジナルじゃなくても、そうであっても、なんかがどこかで微妙に似ているのです。もちろん、その日本人であって日本人でない「異人の目」で世界を見つめながら、「空想」のアジアを旅している感じがするのが細野の作品群で、当然、こういった視線が核になっているんでしょうけど。それはともかく、今回のこのアルバム、『Jazz Impressions of Japan』は大当たり。ちょっと高めの886円でしたけど。円高が続いているので、もっともと安くなっていくんでしょうかね。
でもって、なぜか突然サンタナなんですけど、昔のアルバムをチェックしていたら初期のもので持っていないのがあるなぁ... とは思っていたんですね。もちろん、セカンドの『Abraxas(邦題 : 天の守護神)』が絶対の名作で、その他、名作と言えば『Caravanserai(キャラバンサライ)』や『Borboletta(不死蝶)』あたりがあるんでしょうけど、当然のようにそういったアルバムは持っているんです。でも、これも800円ぐらいでアメ盤が売られているので、これをきっかけに『Festival(フェスティヴァル)』とWelcome(ウェルカム)』に、名ライヴと言われている『Carlos Santana & Buddy Miles! Live!(ライヴ!)』や超絶ギタリスト、ジョン・マクラフリンとの『Love Devotion Surrender( 魂の兄弟たち)』まで、全部買ってしまいました。もちろん、不満は全然なし。特に、『Carlos Santana & Buddy Miles! Live!』なんぞ、さすがですもの。まぁ、ちりも積もってなんとやら。結局、けっこうな金を使っているんだけど、子供の頃、お小遣いを貯めて、メシ代も使わないで空腹に耐えて少しずつしか買えなかったそのあたりのアルバムをむさぼるように買い漁って聴き漁っているという感じなのです。
それに、Jガイルズ・バンドのライヴ、『Showtime』も776円で購入。かなり前になるんですが、ピーター・ウルフが来日したときに圧倒されたのがそのライヴ。なにせ3時間ぐらいもぶっ続けで演奏して、「俺たちの最長記録は3時間20分の休憩なしだから、全然平気だよ」なんて言っていたのを思いだします。その頃、正直言って、ヒット曲ぐらいは聴いたことがあっても、アルバムなんぞ持ってなかったというのが、彼がフロントになっていたJガイルズ・バンドのアルバム。というので、これをきっかけに買ったわけです。なんでもアメリカのストーンズとか呼ばれていたらしいけど、楽しい、楽しいアルバムですな。
あとは、前日ちらりと書いたアレサ・フランクリンの超名盤『I Never Loved a Man the Way I Love You』に、大昔に聴いてあまり覚えていないというので、超絶テクニックで誰もが目を剥いたというギタリスト、アル・ディメオラの『Elegant Gypsy(エレガント・ジプシー)』や『Casino(カジノ)』も買いました。実は、その伏線として、ジョン・マクラフリンに、また、はまっていたんですけどね。ひさびさに棚から取り出してiTunesに吸い込んだのがMahavishnu Orchestra(マハビシュヌ・オーケストラ)の名作『Birds of Fire(火の鳥)』やShakti(シャクティ)の『Natural Elements』。おそらく、昨日のロドリゴ・イ・ガブリエラのライヴが始まる前に流れていたのは、このあたりの曲ではないかと思うんですが、ジョン・マクラフリン率いる両バンドの名前を決定的にしたのが上述のアルバムで... 他のアルバムも聴いてみたいなぁと思っていたわけです。というので、同じく800円ほどの価格で手に入れたのは、マハビシュヌ・オーケストラの『Visions of the Emerald Beyond(エメラルドの幻影)』で、これもよかったなぁ。その他、マハビシュヌ・オーケストラ名義の『Apocalypse(黙示録)』やジョン・マクラフリンの名で出た『Electric Guitarist(エレクトリック・ギタリスト)』あたりもチェックした。それに、アル・ディメオラとジョン・マクラフリンにパコ・デ・ルシアというとんでもないギタリストが集まって作ったスーパー・ギター・トリオの『Passion, Grace & Fire(パッション,グレイス&ファイア~情炎)』とか... まぁ行き過ぎというか、飛びすぎというか... いずれにせよ、超絶ギタリスト三昧で聴きまくっております。なにやら、昼飯1回分で1枚のアルバムを購入するというのは、学生の頃となにも変わっていないようですけど。
こうやってみていくとジャズ系のアルバムをかなり買っているのはよくわかるんですが、ウェザーリポートの『Mr. Gone(ミスター・ゴーン)』にフレディ・ハバードの『Straight Life(ストレート・ライフ)』も買ったなぁ。なぜかCTIレーベルの傑作がこのあたりの価格帯で再発されているのが多くて、最近ではないですが、いわゆる名盤をそういった安値で買い集めていったこともあります。例えば、チェット・ベイカーの『She Was Too Good to Me(シー・ワズ・トゥー・グッド・トゥ・ミー)』。昔は2曲だけ収録されている彼のヴォーカルが聴きたいだけの理由でこれを買ったんですが、他の曲も全然悪くない。ちょっと軽い、いわゆるスムーズ・ジャズって言うのかなぁ、このあたり。CTIはフュージョンの先駆け的なレーベルで、微妙な名盤が多いのですよ。ジム・ホールの『Concierto(アランフェス協奏曲)』とか、デオダートの『Prelude( ツァラトゥストラはかく語りき)』もそんな値段で今でも入手可能です。
と、相も変わらず、音楽中毒。こんな人間の書くことをまともに受け取ってくれるのかどうか全然知りませんけど、今回のド頭に書いていることは、これからの日本を考えたときにとてつもなく重要な意味を持っているんですけど、こんな日本でいいですかねぇ?
投稿者 hanasan : 08:55 | コメント (0)
2008年11月05日
Change Is Gonna Come - いいニュースじゃないか!
他の国の大統領選挙だというのに、テレビに釘付けになっった11月5日。ドキドキしながら、選挙結果を見つめ、マーチン・ルーサー・キング牧師の語った「夢の一端」がやっと形になった歴史的な瞬間を祝福していた。実を言えば、その選挙の始まったときに書いていたのが前回のブログ。そこに記した「期待」が現実となったわけだ。
そのニュースを聞いて、(あるいは、見て)当然のように思い浮かんだのは、そして、「聞いた」のは名曲、「Change Is Gonna Come(チェインジ・イズ・ゴナ・カム)」。なにせ、彼らが求めてやむことのなかった「変化が来た」のだ。言うまでもなく、オリジナルはサム・クック。『Ain't That Good News(いい知らせじゃないか)』と、実にタイムリーなタイトルのアルバムに収録されていて、このヴァージョンが素晴らしいのは言うまでもない。なにせ、ボブ・ディランの名曲で、名盤、『The Freewheelin' Bob Dylan』に収録されている「風に吹かれて」を聞いて、「これこそ私たち、黒人が作らなければいけない曲だった」と生まれた曲だ。日本では一般的に「政治的」な部分が見落とされがちなサム・クックなんだが、彼がどれほど政治的な存在だったかは以前見たDVD、『Legend』でも語られていたように思う。これについてはこちらにレヴューを残しているので、興味のある方はチェックいただければと思う。なにせ、この曲があまりに危険だと思われたのかどうか、彼が暗殺されたという説があるほど。それほどにこの曲が大きな政治的インパクトを持っていたわけだ。
実を言うと、勝利宣言をしたオバマのスピーチを聞いた時のこと、どうも彼がこの曲のことを意識していたのではないかと思えたんだが、考えすぎだろうか。「Change」というフレーズを選挙運動でずっと使っていたわけだから、当然といえば当然なんだが、彼が「A Chnage Has Come」とかなんとかというフレーズを口にしたとき、サム・クックのことが頭をよぎったのではないかと思うし、あの場にいた、そして、世界でそれを見つめていた多くの音楽ファンの脳裏でこの曲が鳴っていたのではないかと思う。
といっても、おそらく、この歌を知らないと話は始まらないわけで、まずは彼のMy Spaceを訪ねてくれたら、この不朽の名曲を聴くことができる。簡単に歌の意味を書けば、こんな感じになるんだろう。
「俺は川のそば、テントの中で生まれた。ちょうどその川が流れるように、漂い続けてきた。そうずっと... でも、いつか変化は訪れる。そうに違いない。つらい人生だった。でも、死ぬ勇気さえないんだ。空の向こうになにがあるのかなんて、わからないじゃないか。(中略)もうダメだと思ったことが幾度もあった。もう生き残れないと。でも、また、歩き続けられるようになった。長い、長い時間がかかるかもしれない。が、わかるんだ。必ず、変化が生まれるということが」
文字にして起こせば、どれほどのリアリティも感じられないかもしれないが、これをあの素晴らしい声で聞くと、どうしようもなく胸を締め付けられるのだ。それが歌の持つ力なんだろう。当然ながら、この歌が示しているのは彼個人の人生のことではなく、ここに照らし出されているのはアフリカから奴隷としてアメリカ大陸に拉致されてきたアフリカ人、アフリカ系アメリカ人の歴史だろう。その痛みや苦しみをサム・クックの歌から感じることができる。同時に、それでもけっして前を向いて歩くことを止めなかった彼らの(だけではなく、全ての虐げられた人々の)気持ちが、どこかで自分とつながるのを感じるのだ。
あまりにも素晴らしい曲だからなんだろう。この曲は数え切れないほどの人たちにカバーされていて、オバマ大統領誕生をきっかけに、iTunesで自分のコンピュータを検索して次々と聞いていったんだが、サム・クック同様に頭をぶん殴られるほどのインパクをともっているのがオーティス・レディング。名作中の名作『Otis Blue』というアルバムに収録されているもので、しばらく前に、デラックス・エディションというのが発表されたのをきっかけに購入している。とはいっても、この曲は、その昔入手した、黒人音楽の「レベル(プロテスト)・ソング」を集めたコンピレーション、『Movin' On Up』で幾度も聴いていたもの。やはり、さすがにオーティス。素晴らしいのだ。
そして、先日、やたらに安い値段で売っているからと入手したアレサ・フランクリンのアルバム、『I Never Loved A Man The Way I Loved You』にもこの曲が入っていた。正直言うと、これまでベスト・アルバムしか持っていなかったんだが、名盤だと言われているこのアルバムが900円弱で買えるというので、つい(大喜びして)買ってしまった。なにせ、子供の頃、ロックやフォークを中心に聞いてきた自分にはソウルまで手を伸ばせなかったこともあって、大人になってから必死になってこのあたりを聞き漁りながら、勉強しているわけだ。それにしても、よくもこんな名作アルバムを聞き逃していたんだろうとあきれかえっているんですけど。
そんな自分がずっと愛聴していたのがザ・バンドの『Moondog Matinee』に収録されたヴァージョン。以前、このリマスター・ヴァージョンのCD再発がボーナス・トラック付きの廉価版で出た頃に何度目かのCD購入となっているんだが、このヴァージョンも泣ける。ずっと長い間、リチャード・マニュエルがヴォーカルだったと思いこんでいたんだが、どうやらリック・ダンコらしく... これが、また素晴らしい。正直言って、ザ・バンドがカバー・アルバムとして作ったこのアルバム自体は、それほどいいと思ったことはないんだが、この曲だけは飛び抜けて素晴らしく、後に、『Island』に登場するカバー、「Georgia on My Mind」と並んでザ・バンドによるカバーの傑作だと思っている。(もちろん、ディランのカバー、「I Shall Be Released」もすごいのは言うまでもないんですが)
そして、前回のブログにも登場したザ・ネヴィル・ブラザーズの傑作、『Yellow Moon』に収録されているヴァージョン。ヴォーカルは、当然のようにアーロン・ネヴィルで、彼は後にソロで発表した『Bring It on Home... The Soul Classics』でもこの曲を取り上げている。これでもかという名曲のオンパレードとなっているこのアルバムは、どこかでソウル入門編的な要素もあるけど、とてつもないエネルギーを感じさせる『Yellow Moon』のヴァージョンの方が、正直、遙かに好きですな。
その他、自分のiTunesのリストには、珍しいビリー・ブラッグのヴァージョンがあって、これは以前買ったボックス・セット、『Volume I』に入っていたものなんだが、単体では『The Internationale/Live and Dubious』に収録されている。それに昔から持っているアルバムで、British Electric Foundationという、ヘヴン17が中心となって制作したカバー企画アルバム、『Music Of Quality And Distinction Volume Two』にはティナ・ターナーのヴァージョンが入っていた。
とはいっても、カバーは数限りない。試しにと思って、You Tubeでチェックしてみたら、あるわ、あるわ... ソウル界の、いわゆる大物で言えば、まずは、Al Green(アル・グリーン)にPatti Labelle(パティ・ラベル)、Luther Vandross(ルーサー・ヴァンドロス)、Tina Turner(ティナ・ターナー)あたりがみつかるし、初めて聞いたのでぶっ飛ばされたのは、なんとPrince Buster(プリンス・バスター)とKen Parker(ケン・パーカー)のスカ・ヴァージョン。脱帽です。全然知りませんでした。ごめんなさい。っても、映像はなくて写真しか写ってませんけど。音楽だけで充分完璧です。ちょいと若い世代ではSolo(ソロ)というのがみつかった。誰なんだろう。これも素晴らしい。それに、自分にとってはやたらと懐かしいTerence Trent d Arby(テレンス・トレント・ダービー)。デビューした頃にインタヴューした彼がこの曲を歌っていたのって... 知らなかったなぁ。それにしても、この映像を見ていれば、歌の意味が実によくわかる。あと、おそらく、大統領選のタイミングを見て発表されたんだろう、Seal(シール)のヴァージョンもなかなかいい。まだ彼が無名の頃、プッシュというグループの臨時ヴォーカリストとして来日していて、成田からの車のなかで彼にいろいろと音楽を聞かせてあげたことを思い出す。また、Gavin DeGraw(ギャヴィン・デグロウ)の映像を見ていると、「黒人解放運動」のシンボルであったこの曲がもっと大きな意味を持ってどんどん成長しているのがよくわかる。
同時に、こうやって検索していると気付くのだが、おそらく、無数の人々がこの曲と今回の大統領選挙を結びつけて、独自にビデオを編集制作してアップしていったんだろう。オリジナルをバックにしたこのヴァージョンやザ・シュープリームスを使ったこのヴァージョンなんぞその典型で、それ以外にも、無数のミュージシャンがこの曲を歌い、演奏して「変化」を生み出そうとしていたことに驚かされるのだ。たまたまこの検索で見つけたBeth Hartなんてゾクゾクさせるし、探せばいろいろなものが出てくるんだろう。
いずれにせよ、今回の大統領選挙で再び音楽の持つ計り知れない力を再認識したように思える。もちろん、これで全てが「好転する」なんぞという妄想は持ってはいない。が、少なくとも、彼ら無数の人々が「歴史」を作ったのは確かであり、逆に、歴史からなにも学ぶことなく戦前を美化する危険な人物が軍隊のトップに、そして、政府のトップに立ている日本の救いようのない危うさに驚愕するのだ。こういった動きに対して、それぞれの個人が動かないといけないと思う。アメリカの人々が口にしていたように、「我々にはできる」のです。選挙に行き、政権を変える。まずは、自公政権を倒さないといけないと思う。もちろん、日本の民主党に一片の期待もしていないし、彼らは自民党と同じ穴のむじなだとしか思えませんが。それよりも第三極を大きくしないといけないと思う。
というので、このブログの締めはBob Dylan(ボブ・ディラン)だろうな。ここでも司会の男性に語られているように、彼の「風に吹かれて」がサム・クックを触発して生まれたのがこの名曲、「Change Is Gonna Come(チェンジ・イズ・ゴナ・カム)」。それをここでディランが歌っていることに感無量となってしまうのだ。そして、おそらく、そのサム・クックに応えるようにディランが歌ったのが「The Times They Are A Changin'(ザ・タイムズ、ゼイ・アー・ア・チェインジン)」ではありますまいか。全てが繋がり、転がり、変化していく。つくづくとそう思います。
投稿者 hanasan : 20:00 | コメント (0)
2008年11月01日
Wattstaxの夢が現実になるとき(後編)
今では信じられないかもしれないが、わずか45年ほど前までアメリカでは有色人種に、人間にとって当然の投票する権利が与えられてはいなかった。要するに、「民主主義の国」「平等の権利のある国」という看板を掲げ、他の国を軍事力で「解放してきた」とされるアメリカには「差別が合法的なもの」とする、まるで南アフリカのアパルトヘイトと同じような野蛮きわまりない体制が当たり前のように存在していたのだ。そのひとつが南部を中心に施行されていた人種隔離法だった。公共交通機関の列車やバス、学校から病院、ホテルに公衆便所にレストラン... どこでも白人が優先され、目を覆いたくなるような「差別」が公然と幅をきかせていたわけだ。
それが最もひどかったのがかつて黒人を奴隷として扱っていた南部で、ある事件をきっかけに注目されることになったのがアラバマ州だった。実は、アメリカの時代を揺るがし、変革することになった「公民権運動」(有色人種の市民権を獲得する運動)の始まりは、この州のモンゴメリーに住んでいた42歳の女性、ローザ・パークスから始まっている。ご多分に漏れず、あの当時肌の色によってエリアを分けられていたのがバスの座席。しかも、白人乗客が増えると黒人は席を白人に譲らなければいけないとされていたのだが、1955年の12月1日、それを拒否したのがローザ。その結果として、彼女は逮捕され、それをきっかけにその地に住んでいた若者の牧師、マーティン・ルーサー・キングを中心とした黒人解放運動が全米に広がっていくことになる。そのローザのことを歌ったのが来日したばかりのネヴィル・ブラザーズの名作、『Yellow Moon』に収められている「シスター・ローザ」で、彼女の人生を映画化した作品で、現在、入手可能なのが『Rosa Parks Story』という作品だ。
結局、彼女の動きに感銘を受けた地元の人たちによる1年にも及ぶバス・ボイコット運動が実り、全米からのサポートが加えられることによって、最終的に人種隔離法がアメリカの憲法に違反しているという決定につながっていくのだ。それによって、公民権運動、要するに黒人(有色人種)であっても選挙に投票できるようにする、人間にとって当然の権利を獲得する運動が拡大していくという流れなんだが、数行でこんな歴史を書けるものでじゃないのは明らかだ。なにせ最底辺に住んでいる多くの有色人種にとって公共交通機関は生活の足であり、それをボイコットするということは、現代に住む人間からいえば「あり得ない距離」を毎日のように歩かなければいけないことになる。今の我々にそんなことが可能かといえば、正直言って、不可能だろう。が、それをやってのけたのが彼らなのだ。
そんな彼らを支え、闘う仲間の絆を深めていったのが歌だった。苦しみと絶望のなかから生まれ、自らに言い聞かせるように、そして、互いを励ますように歌われたのはゴスペルやブルース。その歌や音楽が放つエネルギーや影響は絶大だった。すでに音楽が商品としてしか認識されていないような時代や場所に生きている我々にはとうてい想像できないだろう。『ワッツタックス』にも姿を見せているザ・ステイプル・シンガーズや、インプレッションズにサム・クックといったゴスペルからソウル界にフォーク界ではプロテスト・ソングが脚光を浴び、PPMからジョーン・バエズ、そして、ボブ・ディランらが「民の声」を代弁していくようになるのだ。
その運動の象徴的な出来事こそが、20万人を全米から集めた1963年8月28日のワシントン大行進であり、そこで行われたマーチン・ルーサー・キング牧師の演説、I Have A Dreamだった。もし、少しでも時間があれば、このリンクをクリックして、彼の演説を聞いて欲しいと思う。この演説がどれほどの意味を持ち、インパクトを与えたか... ブラック・ミュージックのみならず、リベラルだとされるアメリカ音楽を好きな人には、感じることができるはずだ。その後のジャズ、ブルース、ソウルの曲やアルバム・タイトルなどに幾度となく姿を見せるのがこの演説で聞こえてくるフレーズ。というよりは、この演説そのものが音楽的であり、歌であり、訴えなのだとさえも思うこともある。それほどに、この演説は素晴らしかった。
面白いことに、これを初めて意識したのはスティーヴィー・ワンダーの名曲、「ハッピー・バースデイ」(ボブ・マーリーの影響を多分に受けて生まれたという『Hotter Than July』に収録)という12インチだった。キング牧師の誕生日をアメリカの祝日にしようというアピールを持って、これが発売された当時、B面に収録されていたのが彼の演説の数々。自らの死を予言したことで知られる「プロミスト・ランド」もここに含まれていたのだが、なによりも胸を打ったのはこのI Have A Dreamだった。今、きちんとワーディングされたものを見てみると、思っていたこと以上のことが語られているんだが、それでも、頭の中にこびりつくことになったのはこの下りだ。
『いつかかつての奴隷の息子達と奴隷所有者の息子達が、兄弟愛というテーブルにつけることを。 私の4人の子ども達がある日、肌の色ではなく人物の内容によって判断される国に住むことを。』
そんな夢を「私は抱いている」と語っているのだが、今、アメリカの大統領選挙の日に、ひょっとすると、そんなキング牧師の夢の片鱗が形になろうとしているのではないかと期待してしまう自分がいる。もちろん、正直言って、アメリカの大統領にこれまでいかなる期待も希望も持ったことはなかった。民主党であれ、共和党であれ、鬼を選ぶか、悪魔を選ぶか... というのが大統領選挙だと思っているからだ。が、どこかで今回の選挙にはかない期待を持っているのを否定できない。これで、ひょっとすれば、アメリカに変化が訪れるのではないか...と、そんなはかない期待を胸に、あの選挙の結果を見つめていようと思う。
投稿者 hanasan : 14:53 | コメント (0)
2008年10月20日
Tete Montoliu - カタロニアの燃える炎、テテ・モントリュー
そうかぁ、この人はカタロニア人だったんだ... と、ジャズ・ピアニスト、テテ・モントリューのこのアルバム、『Catalonian Fire』のタイトルを見て、初めてわかった。といっても、無理もないことで、70年代半ばから終わりにかけて、テテ・モントリューのアルバムを聴いていたときはカタロニアもバスクも全く未知の世界だった。あの当時、(そして、今も、おそらくは)一般的に言われていたように、盲目のスペイン人ジャズ・ピアニスト程度の認識しかなかったのも無理はないだろう。もちろん、当時の大学生なら当たり前のように、スペイン市民戦争の話を耳にしていたり、ジョージ・オーウェルのカタロニア讃歌』やピカソの名画、『ゲルニカ』の存在は知っていた。が、それほど気にしたことも、掘り下げたこともなかったのだ。
が、実際にバスクの地を訪れたり、カタロニア(カタルーニャ)に足を踏み入れ、その「国」に住む人たちと接することでなにかが微妙に変わってくる。特に、バスクでフェルミン・ムグルサとやったときのインタヴューは強烈で、フランコ独裁時代のバスク人に対する辛辣な抑圧をリアリティを持って知ったのはこのときが初めてだった。と、そのあたりの話もじっくりと書くべきなんだろうが、それはまたの機会にやるとして、今回はそんなことを思ったことがきっかけで買ってしまったこのアルバム、『Catalonian Fire』だ。おそらく、『カタロニアの燃える炎』とでも訳せばいいんだろうが、そんなタイトルが付けられているこのアルバムを買ったのは偶然だった。たまたま、いつものようにamazonをチェックしていたら、これが目に入ってきたというもので、値段も安いから、昔好きだったアーティストの、聴いたことのないアルバムを聞いてみようかと思ったにすぎない。そうして入手したんだが、こんなに素晴らしいアルバムをきちんと聴いていなかったのが実に悔やまれる。傑作なのだ。
大学の頃、毎日のように通っていたジャズ喫茶(と言っていいのかなぁ、お客がいなくなるとロッド・スチュワートなんかも聴いてましたけど)、岡山文化センターのそばにあった「イリミテ」で知ることになったのがECMやSteeple Chase(スティープル・チェイス)といったヨーロッパのレーベルに録音された作品の数々。店ではラルフ・タウナー(『Solstice - Sound And Shadows』や『Solstice』をよく聞いたなぁ)やヤン・ガルバレク、ゲイリー・バートンにキース・ジャレット(なにはともあれ、『My Song』と『ケルン・コンサート』ですね)あたりがよく流れていたように記憶しているんだが、ECMにはまったのはこの店の影響だ。うちにはその当時に買ったアナログがかなりあって、今もよく聞いているのがあの頃の作品群。例えば、エグベルト・ジスモンチの『Dança Das Cabeças(邦題 : 輝く水)』やキース・ジャレットの『ケルン・コンサート』のA面は静かな夜に心を落ち着かせる定番で、容量わずか16GBだというので限られた好物のアルバムしか入れることができないiPod Touchにはパット・メセニー・グループのデビュー作(だと思います)『Pat Metheny Group(邦題 : 想い出のサン・ロレンツォ)』も入っている。
そのECMと並んでよく聞いたのがデンマークのレーベル、スティープル・チェイスの作品だった。おそらく、当時、誰もがそうだっただろう、ロック好きが最初に衝撃を受けたジャズ・アルバムとして記憶されることが多いのがピアニスト、ケニー・ドリューの『Dirk Beauty』。これについては以前、こちらに書き残しているんだが、この1曲目の「Run Away』なんぞ、いつ聴いてもゾクゾクするぐらいにかっこいい、実は、ロックンロールのような演奏だ。これを聴くと、自然に身体が動き出して、とっぷりとアルバムにはまりこんでしまうのだが、中心となっているケニー・ドリューのピアノよりも、ひょっとしてバックのベース、ニールス・ヘニング・オルステッド・ペデルセンとドラムスのアルバート・ヒースに惹かれているのではないかと思うことがよくある。というか、このコンビネーションがいいんですな。地をはうような趣で響くベースのペデルセンを初めて知ったのは、生涯で最も好きな... というよりは、頭をぶん殴られたかのようなアルバム、アルバート・アイラーの『My Name Is Albert Ayler』。このアルバムでその名前を知って、『Dirk Beauty』で完全に惚れ込んだベーシストで、同時にドラムスのアルバート・ヒースにはこのアルバムではまったという感じかなぁ。誰かから聞いたんだが、ドラムスのチューニングがやたら低いらしく、それが理由でソロをとっているときなど、「パタパタパタ」というニュアンスでドラムの音が聞こえることがよくある。これなんぞ、嫌っている人も多いようなんだが、私、大好きなんですな。(その一方で、大好きな映画、『グレン・ミラー物語』に登場しているシーンで覚えてしまった、真逆のジーン・クルーパも好きなんですけどね。カンカンカンカンといった張り詰めた音のする彼のドラムスはぴんぴんに張ってチューニングしているのではないかと想像するんだが、ドラムスをさわったこともないのド素人の憶測なので信用しないで、くださいね)
実を言うと、このレーベルでのテテ・モントリューの代表作とも言えるもう一枚、『Tete』でもバックのコンビは同じこの二人。今回買った『Catalonian Fire』も同じトリオ編成で、このコンビネーションは、ホントに文句なしですな。実は、『Tete』については、アナログで持っていたはずなんだが、それを探しても見あたらないというので、これをきっかけに、これともう一枚、『Tete A Tete』も買ってしまったという次第。どれをとっても甲乙付けがたい、いいアルバムだなぁと思うんだが、やっぱ、テテにとっての一番の名作というと『Tete』なんだろう。巻頭に収められている名曲、「ジャイアント・ステップ」が飛び出してくると、いきなり超速リリカル・ピアノの世界に引きずり込まれてしまいますもの。とはいっても、実をいうと、それをしても、今回の一気買いの発端となった『Catalonian Fire』を聴いていなかったことが悔やまれるぐらいに素晴らしい。このブログを読んでいる人がどれほどジャズを聴いているのかどうか知りませんが、一度聴いてみては如何ですかな。
おっと、とはいっても、自分はそれほどジャズを聴き倒しているジャズ・ファンじゃないので、責任は持ちませんけどね。なにせ、スティープル・チェイスで名盤中の名盤といわれるデューク・ジョーダンの『Flight To Denmark』も持っていない人ですから。まぁ、今回のテテ聴きまくりで、再びスティープル・チェイスにはまっているので、おそらく、買ってしまうんでしょうけど。それに、ケニー・ドリューとペデルセンの『Duo』も欲しいなぁ。いくら金があっても足りませんけど、聴きたくてたまらなくなっているのであります。やっぱ、病気ですな。
投稿者 hanasan : 08:49 | コメント (0)
2008年10月19日
Lucinda Williams再び。新譜もいいねぇ。
ずいぶんと出遅れてしまった感じで、とりつかれたルシンダ・ウイリアムスなんですが、14日に発売となった新譜、『Little Honey』が到着。ご多分に漏れず、はまりまくっています。
確か、彼女のMy Spaceがどこかで読んだのではないかと思うんですが、「今度はロックよ」みたいなことを彼女が口にしていたんじゃなかったっけ? 確か、そうだと思うんだが、初っぱなの曲「Real Love」で「その通り!」と思いましたなぁ。ぐぁん〜っといったギターで始まるレイドバックしたロックンロールなんですけど、ルシンダはシャウトするでもなく、いつものちょいと風邪でも引いたときのようなこもった感じの声で押さえて(それでもソウルを込めて... というのがミソですけど)歌っているんですな。そのバランスがいい。そんなロック的という部分で言えば、もう1曲あって、それが5曲目の「Honey Bee」。ここで思い出したのはクロスビー・スティルス・ナッシュ・アンド・ヤングの名作中の名作、『4 Way Street』(国内盤 / US import)なんですが、ギターのカッティングとか、リード・ギターの一部が、まるでこの作品のロック・サイドを「感じさせる」ように演奏されていたのが気になりました。というか、好きなんでしょうな。
とはいっても、この2曲の「ロック的な」のを除けば、基本的にはいつも通りのちょいと「暗い」感じのルシンダ。「暗い」という言葉が本当に的を射ているとはいいにくいんだが、どこかで鼻声のようにも聞こえるドスのきいた声と曲調に、やっぱりやられてしまうのです。あの「Real Love」の後、いきなりアカペラで始まって... ウエットなタッチのカントリー・ナンバーと続いて、それでもってブルージーな「Tears of Joy(随喜の涙)」といった流れがいい... ここまで来たら、もう離れられません。
おそらく、一般的に話題になるのは8曲目の「Jailhouse Tears(刑務所の涙)」って曲だろうと思う。なんとここでデュエットしているのはエルヴィス・コステロ。このコンビネーションがいい。個人的にはこの人は好きではないんですけどね。それまでも高慢ちきな態度が嫌いだったんだが、それを決定的にしたのが、前回か、その前かのアラン・トゥーサンのライヴに彼が飛び入りしたとき。アランのライヴを楽しみにしていたのに、4曲から6曲か覚えてはいないんだが、延々と歌って「出しゃばりすぎだよ、このおたんこなす!」と思ったんですな。とはいっても、ルシンダとのデュエットでの圧倒的な存在感は否定できないです。その一方で、コステロがずいぶんと気張って歌っているのが感じられるのは、「ルシンダには負けられない」という気負いの表れか...あるいは、ルシンダには勝負できないことを知った上での「努力」ではないかと思うんですけど、いかがなものでしょう。
素晴らしい曲がそろえられた入魂のアルバムなんだろうなぁ、この『Little Honey』。最後の曲「It's A Long Way To The Top」なんて、泣いちゃいますよ。奇妙な話かもしれないけど、これを聞いていて、ピンクフロイドの「Comfortably Numb」を思い出してしたった、私って、やっぱ、変かもしれません。
当然のように、このアルバムも届いて以来聞きまくり状態なんですが、以前彼女のことを書いてしばらくして、結局、2枚組のライヴ・アルバム『Live @ the Fillmore』も注文。国内で買うと値段が高いので、amazon経由の海外の業者から買っているんでが、買って良かったなぁとつくづく思うほどの素晴らしいできばえです。当然、これもはまりまくりです。大きく彼女がブレイクした『World Without Tears』という名作を発表後のライヴを収録したこの作品が悪いわけがないわけです。それまでに録音したベストの曲が集められていて、大好きな曲がぎっしりと詰め込まれているしね。それに、観客の叫ぶ声や
雰囲気をうまくつかんでいるという点で、確かにライヴならではの臨場感はあるんだけど、録音自体はどこかでスタジオ・アルバムと変わらない感じがしないでもない。それを退屈と見るかどうかなんだけど、私、好きですね、こうゆうの。というか、今回の『Little Honey』にしても、ほとんどライヴ的な録音が行われているのではないかと思うんですよ。アルバムを聴いていると、彼女の笑い声が入っていたり、イントロの部分で演奏をし直しているところまで残しているし... 最近のレコーディングといえば、いいところだけをつぎはぎしてやるってパターンが多いんだけど、それと全く逆行するかのようなこの味やタッチにたまらなく人間の魅力を感じるのです。私って、古い人間ですかねぇ。
投稿者 hanasan : 09:02 | コメント (0)
2008年10月08日
Kitty, Daisy & Lewis - SPの魅力は音楽の魅力か?
このところ、昔からのスカ仲間の来日が相次いでいる。その流れの最初は8月15日。確か、84年にアスワドのバックで初来日したときに仲良くなったトランペッターのタンタンがやってきて、クール・ワイズ・メンとライヴ。20数年にもわたる知己である、そのタンタンが今度はスカ・クバーノのメンバーとして来日したのが数週間後だ。そのときのレポートをSmashing Magにやとっとアップしたんだが、その数日後には、入れ違いのように、クラブ・スカ20周年記念イヴェントにDJのギャズ・メイオールがひさびさにトロージャンズを率いてやってきて、ザ・スキャタライツもやってきた。ギャズと最初の出会いは85年の10月だったと思うから、彼も20数年来の友人だ。さらには、ギャズが居残りして朝霧にDJとして出演して、彼らのクラブで幾度も演奏しているキティ・デイジー&ルイスも登場しているわけです。まぁ、彼らとは知り合いではないんだけど、今年のサウスバイ・サウスウエストで撮影をしているし、どこかでつながっているんだろうなぁと思う。そのおかげでこのところ撮影しまくりで、自分のレポート作成に遅れが出ているし、このブログの更新もできない状態が続いているんだが、それはさておき、ここに登場したみんながギャズのクラブ、ギャズズ・ロッキン・ブルースの仲間だというのが面白い。
そんなひとり、スカ・クバーノのヴォーカル、ナッティと東京でのライヴの後、一緒に飲みに出かけていろいろなことを話した。彼も、当然のように、ギャズの仲間でDJでもある。彼と知り合ってからも、もう10数年だと思うんだが、そんな流れで「飲みに行こうぜ」ということになったのだ。このときに教えてもらったのがキティ・デイジー&ルイスが脚光を浴びるようになった背景の話。これがめちゃくちゃ面白いし、実に納得できる。今年春、オースティンで見て以来、彼らの魅力にはまりまくっていたんだが、こんなに面白くてエキサイティングなバンドが飛び出してきた背景にはこんな動きがあったわけだ。
といっても、そのままでは話がわからないと思うんだが、これがそのときに撮影した写真で、そのときのレポートがこちら。それを読んでいただければ、だいたいのことはわかるんだが、要するに彼らが演奏している音楽は、「古い」のだ。そう、全く新しくない。そのあたり、自分が初めてイギリスのクラブ・シーンを取材した23年前にギャズのクラブで、あるいは、ジャズでみんなを踊らせていたポール・マーフィーというDJがやっていたクラブで体験したのと同じで、今の音楽産業の流れのなかでいえば、全く商売にならない古典的な... 20年代から50年代の音楽を演奏しているわけだ。
それだけだったら、まぁ、アメリカのJanet Kleinあたりにも近いのかもしれないんだが、ジャネットがあくまでレトロなタッチを大切にしながら、ほんわかしたムードを作り出しているのに対して、キティ・デイジー&ルイスに感じるのはざらついた感覚。なにやら、どこかで「ロック」しているというか、ぎとぎとにワイルドな衝撃を与えてくれるのが嬉しいし、興奮させられるのだ。それが面白い。しかも、すでに78回転のSP盤でシングルなどを発表していた彼らがやっと発表したデビュー・アルバム『キティ・デイジー・ルイス』(国内盤 / UK import / UK import + '10 analog)をチェックしてみたら、amazonには載っていないのかもしれないんだが、78回転のSP盤によるボックス・セットがでているというのだ。今時、誰がこんなものを買うんだぁ? と、そう思っても不思議ではないと思うのだ。(ひょっとして、最後のUK import + '10 analogがそれに当たるのかもしれないけど)
その理由を説明してくれたのがナッティなんだが、なんでも、今、ロンドンのクラブではSP盤がちょっとしたブームになっているんだそうな。実際、ナッティだけではなく、キティ・デイジー&ルイスの男の子、ルイスもSP盤を使ってDJをしているというし、SP盤しか使わないクラブも出てきているとのこと。なんでまた? と思うのだが、音がまるっきり違うというのだ。おそらく、ギャズ・メイオール周辺の音楽が好きだったら、(それだけじゃなくて、ルーツ系のレゲエやスカ・ファンも同じだと思うが)彼らがこだわっているのは、当然のようにCDではなく、アナログ。しかも、12インチではなく、7インチの45回転なのだ。それも、ジャマイカ産で、これを使うと音が全く違うというのだ。要するに、分厚くてびしびし感じて、生々しいというか... ナッティの話によると、SP盤、78回転のものになると、その魅力が倍増するんだそうな。
実際のところ、SP盤で音楽を聴いたことはないし、再生する装置もない。だから、それがどれほどの違いを聞かせてくれるのか、自分には全然わからないんだが、ジョー・ストラマーが亡くなった2002年、グラストンバリー・フェスティヴァルにそういった場所があって、彼がそこで一日中SP盤を聞いていたという話も聞いている。おそらく、あのときは、蓄音機と呼ばれるものでの再生ではなかったかと思うんだが、それほどの魅力があるんだろう。それがPAを通して再生されたら、どんな音になるのか、実に興味深い。実際、20数年前にギャズのクラブを初めて訪ねて、クラシックなブルースやR&Bをバシバシのノイズ入り45回転ででっかい音で聴いたときの衝撃はでかかった。ちんまりと小さいプレイヤーで聞くのと、身体全体で大音量で聞くのとは大違いで、この体験によって音楽そのものの見方や聴き方が完全に変わってしまったという体験をしている身としては、SP盤の魅力も充分に想像できるのだ。さらに加えれば、「だからこそ」キティ・デイジー&ルイスといったバンドが登場してくるんだろう。
さて、そのバンドと再会したのが先の朝霧ジャム。いやぁ、素晴らしかった。会場でアルバムを売っている人たちの話によると、ライヴ終了後にいきなり彼らのアルバムが売れ出したということだし、彼らの演奏を見たGラヴが、「来年のアメリカ・ツアーを一緒にやってくれないか」なんてアプローチもしたほどだ。一番下のキティが15歳で、お兄ちゃんのルイスが18歳で、おねぇちゃんのデイジーが20歳。おかぁちゃんのベースは、その昔レインコーツという、女の子ばかりのパンク・バンドのメンバーで、うちの家にも彼らのアルバムがあるはずだ。リズム・ギターを担当するお父さんは70年代終わりから80年代のある時期までアイランド・レコードのマスタリング・エンジニアとして仕事をしていたとのこと。なんてぇ家族なんだと思うけど、こういった要素が全部詰め込まれているのが彼らの音楽だというのがよくわかる。
面白いことに、そのお父さんと朝霧で話し込んで、とても仲良くなったんだけど、アイランド・レコード時代の話なんて、めちゃくちゃ面白かった。リハーサル・ルームでボブ・マーリーとウェイラーズを見たときには文字通り、鳥肌が立ったとか... それに、最近の音楽やCDやデジタル系に対する考え方や見方、感じ方が、自分とうり二つなのだ。といっても、彼の場合には、まるでコレクターのように昔の楽器からオーディオ機器、録音機器を集めるようなところがあって、今回発表した彼らのアルバムも、そんな自宅に作ったスタジオで録音したんだとか。しかも、カッティングも自分でやっているようで、そのこだわりには驚きを隠せないのだ。
これから、あのときのライヴのレポートを作成するんだが、彼らの楽器を見ていても同じことが言えるのが面白い。親父さんの演奏しているギターはボロボロの年代物。日本でのたった1日だけの演奏だというので、楽器の一部をレンタルで手配したらしいんだが、「新しすぎて、いい音が出ない」と文句を言っていたんだそうな。そんなこだわりのある音楽で真っ向勝負をしているバンドがキティ・デイジー&ルイス。早くアルバムを聴かなければ... と思うんだが、SP盤を入手しても、さすがに、聞くための装置がない... と、ちょいと頭を抱えているところです。
投稿者 hanasan : 08:56 | コメント (0)
2008年10月03日
Lucinda Williams - 再び瓢箪から...
便利になったもので、コンピュータをチェックすれば、どのアルバムを幾度聴いたのか即座にわかる。といっても、当然ながら、データが消えることもあれば、コンピュータ以外でも音楽を聴くこともある... と書いて、時代が変わったんだなぁと思う。毎日コンピュータに向き合って仕事をしている関係からか、コンピュータを通して音楽を聴くのが当たり前になってきているのだ。もちろん、コンピュータをアンプに接続してはいるものの、数年前までそんなことはなかった。いつもステレオでCDを聴いていたのに、iTunesが登場したことで、そのスタイルが大きく変わってしまったことに自分でも驚かされる。とはいっても、CDの値段が高かったり、廃盤になっていたり、あるいは、CD化されていない作品についてはアナログからデータを起こして、iTunesで読み取るといった作業もしているので、聴く音楽の幅がどんどん広がっているようにも思う。要するに、物事にはいつも両面性があって、簡単にコピーできるCDのせいで売り上げが減ったとぼやくレコード会社は、そのおかげで誰もがどこでも音楽を聴く可能性の増えたことを喜ぶべきなんですけどね。そんな新しい方法論を率先して取り入れるのではなく、問題に向き合わないで潰すことしか考えていなかったから、売り上げが落ちるんだろうと思う。
それはさておき、さて、前回ここに書き残したリラ・ダウンズのアルバム、『Shake Away』なんだが、これを購入したのが9月3日で、記録を見るとすでに30回以上このアルバムを聴いているのがわかる。ところが、それからしばらくして彼女に続くほどに聴きまくることになるのがルシンダ・ウイリアムス。特に『World Without Tears』というアルバムで、彼女にはまりまくっているのだ。その発端はというと、『Shake Away』に収録されている1曲、「I Envy The Wind」。いい曲だなぁと思って、それが誰の曲かを調べてルシンダに行き着いたわけだ。まぁ、それも音楽中毒者の性なんだろう。加えて、物書きの条件のひとつでもあるんだが、気になるととことん調べていく。そして、少しでも面白いとのめり込んでしまうのだ。これもまたインターネットやコンピュータ文化の恩恵でかなりの情報が集まってくる。それに音楽を聴けるという意味で実に便利なのがMy Spaceというので、早速、その曲のオリジナルを歌っているルシンダのMy Spaceをチェック。「こりゃぁ、素晴らしい!」とアルバム購入に走ってしまったというのがその流れだ。その結果、このアルバム、『World Without Tears』にとっぷりとはまっている。
最初に注文したのは10月14日発売となる最新作の『Little Honey』で、たまたまそのときにソロモン・バークのフォト・レポートをまとめたこともあって、彼のベスト・アルバム、『The Platinum Collection 』も注文。けっこう頻繁にamazonを使っている人ならばご存知だと思うんだが、2枚以上買うと10%オフというので、こうゆうのに弱いのです。とはいっても、その新しいアルバムが発表されるのは先のこと。しかも、リラ・ダウンズがカバーしていた曲、「I Envy The Wind」のオリジナルが収録されているのは『Essence』というので、それを注文して、上述の理由でおまけのようにもう一枚注文したのが、『World Without Tears』だった。世の中皮肉というか、よくできているというか... 結局、最初に届けられたのが後者で、これが素晴らしかった。どこかでニール・ヤングとトム・ウェイツが合体したような... というウルトラ安易な説明で申し訳ないんだが、一般的に言われているオルタナ・カントリーというよりは、実に良質なシンガー&ソングライターに出会えたというニュアンスの方が強かった。ちょいと個性のある声で、ハートにずしんと響くタイプ。けっして美しいとは言えないまでも、どこかで聴く者の心にす〜っと入ってくるような感じで、リッキー・リー・ジョーンズのコケティッシュな部分をなくして(そうしたら、彼女じゃなくなるようにも思えるが)ディープなタッチを与えてみたら... って、これも安易かなぁ。まぁ、まどろっこしい説明だが、なにせ、彼女の持つ染みる声にやられてしまうことになるのだ。
そのおかげで、結局は、最新作となる『West』も注文して、ついでに初期の作品『Sweet Old World』も買った。その二枚も『Essence』も届いたんだが、結局、最も素晴らしいのが『World Without Tears』だというのが面白い。
こうやって何枚も手にすると、アーティストの変化がよくわかるんだが、1992年に発表されたという『Sweet Old World』は明らかにカントリー歌手といった趣で、それがちょっとした変化を見せ始めるのが1998年の『Car Wheels On A Gravel Road』。でも、深みを増したシンガー&ソングライターとしての輝きを見せ始めるのが『Essence』で、それが完成したのが『World Without Tears』ではないかと思う。
いわゆる音楽雑誌なんぞ読まなくなって、かなりの時間が過ぎているから、彼女が日本でどれほどの評価を得ているのか全く知らないんだが、国内盤も確実に発表されているし、幾度もグラミー賞を獲得しているところから、おそらく、けっこうな大スターなんだと思う。だから、こういったアーティストを見つけたことを大喜びしていても、「なんで今更」と思う人がいるかもしれないんだが、結局、素晴らしいアーティストとはどこかでつながっていくという喜びを再確認できたことを素直に認めたいのだ。
記録によると、コマーシャルな意味で最も大きな成功作となったのが『World Without Tears』で、その2年後に発表されたのが2枚組のライヴ、『Live @ the Fillmore』。これはまだ聴いていないんだが、そんな成功の後に生まれたのが『West』だという。もちろん、これも素晴らしい作品で、『Essence』からの3枚のスタジオ録音は非の付け所がないほどの完成度を持っている。そのあたり、できれば、みなさんも聴いていただきたいと思う。それでも、自分に最も染みるのは『World Without Tears』。これが最高傑作で、このところ、これを聴き狂っているのです。
噂によると、かなりロック色を強めたというのが新作の『Little Honey』。来週ぐらいにはうちにこのアルバムが届くはずなんだが、さて、どうなっているんだろう。実に楽しみなのだ。それに、このはまり具合を考えると、おそらく、『Live @ the Fillmore』も買うことになるだろうし、昔のアルバムも買ってしまうんだろう。メキシコ人アーティストからこんな流れになってしまうとは... 想像もしていませんでしたけどね。
ちなみに、彼女、大統領選挙に合わせて、デジタル・オンリーで『Lu in 08』というEPを発表するんだとか。そこにはディランの名曲、『戦争の親玉』も入っているらしく、これも買ってしまうんだろうなぁ。政治的な発言はしていないらしいんだが、その意図はこのリリースだけで十分理解できません?
投稿者 hanasan : 08:54 | コメント (0)
2008年09月03日
Lila Downsの新譜で再び彼女の懐の広さに驚かされる
昨年6月にここで初めてこのメキシコ人女性、リラ・ダウンズに触れている。そのときの原稿はここで確認できるのだが、あれ以来、すでに発表されてる彼女のアルバム5枚を全て購入。幾度となく聴いてきた。これも、先日書いたジャスティン・ノヅカ同様、自分のLast FMのアカウントで確認できるのだが、ここ1年で最もよく聞いているのが彼女であり、なかでも最もはまることになったのが2年前に発表された『La Cantina』。特にちょっとレゲエの影響をうけた「Agua De Rosas(Water from Roses)」や「La Cumbia del Mole」が大好きで、もし、チャンスがあったら、聴いてみてくださいな。以前は彼女のMySpaceで試聴ができたんだが、現在は2年ぶりに新しいアルバム、『Shake Away』が発表されたこともあり、その収録曲を中心に構成されていて無理のよう。でも、iTunesに飛べばさわりぐらいは聴くことができる。
2年ぶりに新しいアルバムが発表されると聞いて即座に注文していた『Shake Away』が今日届けられたんだが、それが待てなくて買ったのがiTunesで発表されていた『Live Session』の4曲入りEP。ここでまたまた彼女に驚かされることになるのだ。その1曲が「I Would Never」。どこかで聴いたことがあるなぁ... と、いろいろと思いを巡らしたり... っても、簡単には思い出せない。というので、すでに3万曲以上をため込んでいる自分のiTunesのリストを検索して出てきたのがグラズゴーのバンド、ブルー・ナイル。20年でアルバムを4枚しか発表していないという彼らが8年ぶりの新作として2006年に発表した最新作『High』に収録されている曲だというのがわかった。彼女のMySpaceには影響を受けたアーティストとして、ジャズからロック、レゲエからブラジルなどといった、ありとあらゆるジャンルの(そもそもそんなの全然関係ないんですけどね)巨人達の名前が出ているんだが、その彼女がスコットランドのカルト的なバンドとつながるとは... 思いもよらなかった。ところが、アコーディオンもバックに、どこかでラテン的なニュアンスを感じさせながら、素晴らしいヴァージョンに仕上げている。そんなライヴを楽しむことができるのがこの『Live Session』。チェックしてみる価値は充分あると思いますよ。
その『Live Session』に収録されている曲で、もうひとつ気になったのがウッディ・ガスリーの名曲メドレー、「Pastures of Plenty / This Land Is Your Land」。よくチェックしてみると、2001年に発表された2枚目のアルバム、『Border』にも収録されているんだが、これも素晴らしい。アカペラで始まり、緩やかなレゲエタッチのリズムで歌われるのが彼女のヴァージョン。その力強い彼女の歌声が、そして、この曲を取り上げているあたり彼女の姿勢に共鳴するものを感じるのだ。
バイオによると、スコットランド人の左翼活動家の父親とメキシコ人女性の間に生まれたというのがリラ。(オッと、これがブルー・ナイルとの接点かなぁ?)ミネソタの山奥で育ったというのだが、その後、ヒッピーの仲間達と歌い出したとある。といっても、MySpaceでちょろっと書かれているだけなので、想像するしかないんだが、そういった背景からこういった曲のセレクションが生まれてきたのだろう。そのせいもあって、ひさびさに埃にまみれたウッディ・ガスリーのアルバムを引っ張り出して聞いてみたり... ちなみに、今回ここに見せているのは70年代初期に発表されたもので、『The Greatest Songs of Woody Guthrie』というアルバムなんだが、ウッディのアルバムを検索していて気になったのが99年に発表されたボックス・セットの『The Asch Recordings, Vol. 1-4』。そこには名曲「This Land Is My Land」の歌詞違いのヴァージョンが入っているらしい。かつて発表されなかったものらしく、これについては、以前どこかで読んだことがあって、今度じっくりと調べてみようと思う。
それはさておき、リラ・ダウンズの新しいアルバム、『Shake Away』が素晴らしい。アルバムを出す度に、前作を上回る傑作を作るのはけっして簡単なことではないんだが、この人はどんどん進化しているように思えるのだ。おそらく、話題になるのは前述のカバー、ブルー・ナイルの「I Would Never」が収録されていることや、サンタナで大ヒットした「Black magic Woman」が入っていることだろうと思う。いうまでもなく、『Abraxas(邦題 : 天の守護神)』からカットされて大ヒットを記録した曲で、オリジナルはフリートウッド・マックの『English Rose邦題 : 英吉利の薔薇)』。まるでマリアッチに登場するようなトランペットなんかも入れられたリラ・ダウンズのヴァージョンは、あの名曲に全く違ったアングルから新しい命を吹き込んでいるようで、これには驚かされた。それに、シンガー&ソングライター、ルシンダ・ウイリアムスのカバーも入っていて... とはいいながら、彼女のことはずっと気になってはいたんだが、まだ聴いたことはない。というので、ルシンダのMySpaceで、音楽を聴いてまた散財しそうになっている自分がいます。(笑)
そういった「話題」になるカバーがいいのはもちろんなんだが、同時にオリジナルも素晴らしい。ソウル系のアーティスト、ラウル・ミドンからフォルクローレの巨人、メルセデス・ソーサに、メキシコのカフェ・タクーバといったそうそうたるメンツをゲストにメキシコのルーツに立ちながらもアフリカ音楽からロックンロールやソウルにファンクやジャズにアイリッシュ音楽など、その全てを飲み込んで身体の中に吸収している彼女の音楽性は驚異的としかいいようがないのです。完全に脱帽。まだ、うちに届いて数時間で、繰り返して2度聴いただけなんだけど、彼女の音楽の背後にはとてつもない世界が広がっているのがよくわかる。とんでもないアルバムを作りましたな。
投稿者 hanasan : 15:51 | コメント (0)
2008年08月29日
Wattstaxの夢が現実になるとき(前編)
8月10日にソウル界の巨人、アイザック・ヘイズが亡くなったという一報が届いたときに、即座に思い浮かべたのは、ソウル映画、ドキュメンタリーの傑作、『ワッツタックス』だった。すでにこのDVDについては、3年ほど前にこのサイトでレヴューを残しているんだが、そのDVDのラスト近く、ジェシー・ジャクソン牧師の紹介でステージに登場するアイザック・ヘイズを収めたシーンの素晴らしいこと。イントロに登場するクチャクチャ、ワウワウのギターの音が、そして、あのリズムが一瞬にして会場の空気をがらりと変えてしまうところなど、あの公演から36年を経た今見ても、背筋がゾクゾクするほどのインパクトを与えてくれる。10万人のオーディエンスとの演奏や演説を通じてのコール・アンド・レスポンスや、どこかで静かに沸騰するようなエネルギーが会場に渦巻いているところから、否応なしに感じるのは異彩を放つ時代の息吹。その全てがここに封入されていると言っていいだろう。
というので、そのDVDを探したんだけど、見あたらない... いつものことなんだが、きちんと整理をしていないのか、あるいは、誰かに貸してしまってなくしてしまったのか... 結局、再び注文してしまうことになったんだが、嬉しかったのは廉価で国内盤が再発されていたこと。以前購入していたのはアメリカ盤で、それなりに理解ができるんだが、ディテールについていうならば、やはり字幕がついている方が嬉しい。すでに記憶が定かではないんだが、そのアメリカ盤にも収録されていたボーナス映像もこれでゆっくりチェックできる。あのときはチェックすることがなかった、パブリック・エナミーのチャックDとソウル史の研究家、ロブ・ボウマンによる音声解説やこのドキュメンタリーの監督、メル・スチュワートに、この映画の顔でもある、そして、つい先日亡くなったばかりのアイザック・ヘイズによる音声解説もまた、さらに新しい世界への扉を開いてくれることになるだろうと思う。
そのDVDが届いて、早速それを見ながら、これを書き始めていたんだが、どうも集中して原稿を書けない。AVセレクターからアンプにつないだスピーカーを通して音楽を聴き、流し目で画面を見ながらというのが良くないのは当然のこと。ついつい画面に引き込まれてしまうのだ。それほどまでのエネルギーがここに詰め込まれているということなんだろう。同時に、そのエネルギーが向かった先のことを考えると、夢を体験すること亡くなくなってしまったアーティスト達に同情してしまうのだ。
このDVDにボーナス・トラックとしてほぼ全編の演奏が収録されているアルバート・キングは1992年に他界し、この映画で「Respect Yourselfe - 自らを尊敬しよう....というよりは、胸を張れといった方がいいと思う」(『Bealtitude』に収録)という名曲を演奏しているザ・ステイプル・シンガーズの父、ポップス・ステイプルズは2000年にこの世を去っている。結局、ザ・ステイプル・シンガーズはそれを契機にその歴史にピリオドを打つことになり、その軌跡を継ぐように活動を続けているのが娘のメイヴィス・ステイプルズ。今も精力的に動いているようで、最近はライ・クーダーをプロデューサーに『We'll Never Turn Back』というとんでもない傑作を生み出してくれているんだが、そのアルバムで公民権運動時代を振り返り、「闘いを続け、後戻りはしない」と聴く人たちに、そして、自分にも言い聞かせているあたりに、『ワッツタックス』と同じエネルギーと今につながる彼らの「闘いの歴史」を感じるのだ。
『Do The Funky Chicken』で一世を風靡した、ちょいとコミカルなタッチも感じさせるルーファス・トーマスが亡くなったのは2001年で、『ワッツタックス』の映画での進行役を務めながら、ブラック・ジョークで時代をえぐっていたコメディアン、ブリチャード・プライヤーも2005年に他界している。この映画で歌われている名曲「If Loving You Is Wrong I Don't Want to Be Right」(『The Best of...』に収録)を残したルーサー・イングラムも昨年亡くなった。ご存知の人も多いと思うのだが、ロッド・スチュワートが『Foot Loose & Fancy Free』でカバーしたのがあの名曲だ。そして、今月、心臓発作で亡くなったのが、ブラック・パワーの時代を象徴した映画『Shaft(邦題 : 黒いジャガー)』のテーマ、そして、この『ワッツタックス』の看板と呼べる曲を歌っているアイザック・ヘイズということになる。
そんな彼らが、おそらく夢にまで見ただろう、時代がすぐそこにまで来ているような気がするのだ。このワッツタックスがLAコロシアム(二度のロサンゼルス・オリンピックの開会式で使われた会場)で開催されたのは1972年8月20日。今から36年前なんだが、この時代に、アメリカ大統領選に有色人種が登場することなど、想像もできなかっただろう。いうまでもなく、有色人種が言葉にできないほどの差別を受けていた時代の、どこかで「抵抗運動のシンボル」としてこれがあったように思うのだが、これがなぜ開かれたかを知るには1955年にまでさかのぼる公民権運動に目を向けないわけにはいかない。そのあたりのことは、後編として、数日後に書いてみようと思う。
投稿者 hanasan : 11:21 | コメント (0)
2008年08月25日
Justin Nozuka - これが一聴惚れの典型です
ちょうどフジロックが開催される直前のこと、Fuji Rock Expressの準備をしていたときのことだった。出演するアーティストのデータ作りをしていたときに目に入ったのがこのアルバム、『Holly』(US import / 国内盤 )の主、ジャスティン・ノヅカだった。どこかで耳にした名前だなぁと思って、思い出したのが今年の春先にオースティンで開催されていたサウスバイ・サウスウエストでのこと。確か、誰かが彼の名前を出して、すごくいいという噂が流れていたように思う。それに、名前からもわかるように日系人か、あるいは、ハーフかのいずれかだというので、記憶に残っていたのかもしれない。
データをチェックするときに参考にするのは当然ながら、公式サイトで、ディスコグラフィーやバイオを見ながらamazonとのリンクを作っていく。これは、このサイト同様、fujirockers.orgもFuji Rock Expressもamazonとアフィリエイトをしているというのが理由だ。加えて、最近よく使っているのが、自分自身もアカウントを作ったMy Space。それぞれのアーティストのMy Spaceで実際に音楽を聴きながら、アーティスト情報もチェックすることになる。実をいえば、そのとき、ジャスティン・ノヅカのMy Spaceで彼の歌と声に一聴惚れしたというのがこのアルバムのことを紹介しようと思ったきっかけだった、
もちろん、その時点で彼に関して詳しい情報は皆無に等しい。が、そんなことにそれほどの重要性があるとは思ってはいない。なによりも、歌を聴き、声に耳を傾け、どこかでなにかが触発されればそれで充分。このときは、My Spaceにアクセスしたとたん、そこから流れ出てくる歌に吸い込まれるように、幾度も幾度も聞き続けてしまった。
彼のMy Spaceで聴いてもらえれば、なんの説明も必要ないんだろうが、まるで壊れてしまいそうに繊細な響きを持っているのに、どこかでなににも負けないようなたくましさも感じる声に、まずは持っていかれたという感じかなぁ。どこかでヴォーカルにソウルを感じるというか... しかも、メロディ・ラインが美しい。いいメロディに美しい声... と、それだけで自分にとっては十二分に「はまる」条件を持っている。バックは基本的にアコースティックで... (だと思う)ひょっとすると、背後で軽くなにかが使われているのかもしれないが、アコースティック・ギターとピアノとストリングスと... といった生の楽器の響きを感じさせて、静かに、が、力強く歌が浮き上がるといった風情だ。
本当は、フジ・ロックで彼のステージを見に行きたかったんだが、すでにその時点で取材スケジュールが決められていて、彼のライヴを見に行くことはできなかった。彼が演奏したのは木道亭という小さなステージ。なんでこれほどの才能を持つ人がこんな場所で... と思ったんだが、どうやら、プロモーション来日していたらしく、その隙間を縫うように「つっこんでもらった」ということなんだろう。そのときの演奏はFuji Rock Expressで、スタッフが撮影していて、友人のイラストレーター、三留まゆみがこんなイラストを描いてくれている。それ以外にはなにもレポートされていないというのが悔しくてたまらないし、そのときのステージがどんな感じだったか、見た人がいたらぜひ教えてもらいたいと思う。
そんな流れのなかで早速注文したのがDVD付きの国内盤。ところが、あとになってこれがなんと9月17日の発売だということに気付くことになる。しばらくは、毎日のように彼のMy Spaceで聴いていたんだが、アルバムをきちんと聴きたいという欲求が膨れあがって、結局はUS importも注文。それが届いた時点で自分のコンピュータのiTunesに読み込んで、毎日のように聴きまくっているのだ。今、iTunesの記録をチェックしてみるとインプットしたのが8月3日。それからすでに40回以上もこのアルバムを聴いていることがわかるし、自分のLast FMをチェックしてみると、ジャスティンがこの1年で聴いたアーティストのトップ8に顔を出しているもがわかる。
なんでもフジロックに彼が出演したとき、彼はまだ19歳だったとか。そして、このアルバム『Holly』(US import / 国内盤 )のオリジナルが発表されたのが2006年... ということは、ここに収録されている曲は彼がまだ17歳になる以前に作られていたことになる。おそらくは彼の父親にも匹敵するだろう年齢の自分がこれまで惚れ込んでしまうとは... とてつもない才能が飛び出してきたものだ。
投稿者 hanasan : 02:52 | コメント (0)
2008年07月11日
相も変わらずCD三昧
いつものことなんですが、自分にとって最も幸せなときというのは素晴らしい音楽を聴いているときだったり、未知の「素晴らしい音楽」に出会ったとき。というので、なにかといいわけをしてCDにお金をつぎ込んでしまうのです。で、時には、全くなにも知らないのに、ジャケットなんかで買ってしまうということがあるんですが、最近、それではまってしまっているのがこのバンド、Eli "Paperboy" Reed & The True Loves。エリ・ペイパーボーイ・リードとザ・トゥルー・ラヴズで、アルバムは『Roll With You』。最初はジャケットに惹かれて... 最近、よく使っているMy Space(http://www.myspace.com/elipaperboyreed)で彼らをチェックして、一目(一聴)惚れでしたな。というので、速効で購入。っても、なぜかうちに届くのに時間がかかって、忘れた頃に届いたから、パッケージを開けるときには「なんだっけ、これ?」って感覚でしたけど。もちろん、ジャケットを見て思い出して、聞き始めたら、そのままヘビー・ローテーション気味になったのがこのアルバムです。
基本的には、もう、なりきりのようにサム・クックやオーティス・レディングの時代のホットでスティーミーな本格的リズム&ブルースを演奏しているという感じ? そういった古典的なソウルやファンクが大好きだったら、絶対にはまりますな、この人。今時、白人だとか、黒人だとかって話はしたくないんだけど、どこかでやっぱり驚かされるのは白人の若者だということ。しかも、どこかで懐かしい人間の温かみのあるソウルだというのが魅力なんでしょうな。ちょっとレトロなのかもしれませんけどね。そういった音楽が少なくなって、はまってしまっているのかも... と思うこともあります。
いずれにせよ、彼のことをロンドンの仲間に知らせたら、みんな、はまってしまったようで、彼のことを追いかけ始めているときいています。とはいっても、エリ・リードは7月14日からヨーロッパ・ツアー入りして、ロンドンの仲間はみんなフジ・ロックのために、その頃にはイギリスを離れているので、実際にライヴを体験することはできないと思いますが.... というので、ロンドンにいる他の仲間にお願いしてみましたけど、どうなることやら。
それにボビー・チャールズのこんなアルバムも買ってしまいました。昔から彼のことを知っている人が名盤として名前を挙げるのが、最近、1500円の廉価盤でボーナス・トラック付きの紙ジャケで再発された『Bobby Charles』。ザ・バンドの4人にジョン・サイモンからデヴィッド・サンボーン(ポール・バターフィールド・ブルース・バンドのメンバーだった頃かなぁ)、エイモス・ギャレット、ジェフ・マルダー、ドクター・ジョンと、今、チェックしてみたら、とんでもない連中がレコーディングに参加していて、それだけでも「聞くべき」作品だと思うんだろうな。でも、そんな連中がバックで彼らを支えたというのは、ボビーの才能のなせる技ではないのかなぁと思う。加えて、これは想像でしかないんだけど、きっといい人なんだろうな。だってね、そんな歌を歌っているし、だからこそいろいろな人に支えられているんだろうと思うのさ。
で、今回買ったのは「Homemade Songs」って作品なんだけど、新しい録音はわずかで昔の録音があったり... と、4年ぶりのアルバムだとはいうんだけど、なかなかそうは呼べないような感じ? それでも、やっぱいいんですよ。歌心満点で、文句ないほどにレイドバックしているし... ホントはね、こういったのが、おそらく、一番好きなんじゃないかと思うのよ。歌と生身の人間による手触り、肌触りのある演奏がねぇ、染みるんです。
でもって、最近のもう一枚のお気に入りはエイモス・ギャレットの新作、「ゲット・ウェイ・バック:トリビュート・トゥ・パーシー・メイフィールド」なんですけど、これは嬉しいことにサンプルが届けられた。前回の来日公演をレポートした流れなんだろうけど、これはめちゃくちゃ嬉しい。あのときのライヴが素晴らしかったこと、そして、このアルバムかどうかは覚えてはいないけど、パーシー・メイフィールドのことを話していたのは覚えているんですね。そして、出てきたのがこのアルバム。いつ聞いてエイモスのギターの素晴らしいこと。ほれぼれしてしまいます。
ちなみに、このアルバム、面白いんですけど... って、それほどでもないかもしれないけど、国内盤とアメリカ盤のジャケットの写真が微妙に違っていて、なかなか興味深いですな。(どうやら、収録されている曲は同じではないかと想像しますけど)
とはいっても、こういった地味で渋めの音楽の他にも、前回のブログで書いたようにメタルに開眼して... いろいろと聞き始めているのですよ。かなりは友人に借りて聞いているんだけど、トライバル・ラテン・メタルについてはかなり買いましたな。限定で廉価盤が出ていたのでセパルトゥラ の『アライズ』に『ケイオスA.D.』と『ルーツ』の3枚、そして、ソウルフライは7/23発売予定の『コンカー』を予約して、『プリミティヴ』も.. という感じで、立て続けに買っています。まぁ、はまってしまったら、突っ走ってしまう性格のなせる技なんでしょうな。このラインのメタルに関しては、しばらく続いていくようです。
ということで、最近購入しているCDの話なんだけど、あまりにも節操がないのに、自分でも驚いております。
投稿者 hanasan : 14:26 | コメント (0)
2008年06月12日
メタルにはまる - Berri TxarrakとSoziedad Alkoholika
昨日、5月頭のヨーロッパ取材旅行の素材をやっと形にできた。その結果が、Smashing Magに掲載したベルリンのバンダ・バソッティから始まるもので、取材してから一月以上かかっているのが情けない。が、どうしても多くの人が巻き込まれているスマッシング・マグやフジ・ロッカーズのスタッフが抱えているレポートの方を優先しなければいけないと思ってしまうのだ。当然ながら、それよりも優先順位が低いのが、自分のブログ。というので、こっちの更新がおろそかになる。ここに来ている人には申し訳ないけど、そりゃ、仕方がないと思う。しかも、このブログでさえ、書き始めると、どんどん話が広がってとんでもない量になるという問題もある。幾度も思ったことだけど、これからはシンプルにしてどんどん思ったことを書き残しておこう。そうじゃないと、全然先に進めないのだ。(それでもいっぱい書いてしまうのが笑えるんですけど)
というので、今回はメタル。これまでいろいろな音楽を聴いてきたけど、メタルだけは... といったら嘘になるかもしれないけど、それに限りなく近いと言ってもいいだろう、聴く気になれなかったし、聴いては来なかった。さぁて、なぜなんだろう? よくわからない。接点もなかったし、魅力も感じなかった。それだけのことなんだろうと思う。ん? 違うなぁ。あのワン・パターンな暴力的なイメージのジャケットが嫌いだったからかなぁ。それはかなりあると思う。
ところが、昨年、取材したバンドで、微妙に変化が生じる。それがバスクのバンド、Berri Txarrak(ベリ・チャラック)だ。実にシンプルなギター&ヴォーカル、ベース、ドラムスというスリーピース・バンドで、これがいい。地元の人たちによると、「フォークがメタルの音になっている感じかなぁ」というんだが、メロディがいいし、すごくタイトなリズムも好きで、エッジがあるというか... といっても、元来メタル系の音楽はほとんど知らないから、ほとんどなにも語れないんですけどね。実際、スラッシュ・メタルとか、デス・メタルとか、グラインド・メタルとか... それがなにかも知らないし、聴いても違いがわかるかどうか実に怪しいのだ。
それはともかく、彼らの作品で一番最初に入手したのは『Libre』というアルバムで、これは元ネグ・ゴリアック(フェルミン・ムグルサが完全にバスク語で歌った最初のバンド)のメンバー、カキから受け取った。
「今、バスクで面白いと言えば、これしかいないよ」
と言われたんだが、なかなか聴くチャンスがなかったというのが正直なところ。ところが、昨年3月の来日公演で、彼らのライヴを見て、こりゃ、面白いと聴き始めることになるのだ。
だから、最初に聴いたのはその来日公演で受け取った最新作... といっても、2005年の作品で『Jaio.Musika.Hil』。それに加えて、その前作『Libre』の2枚が、それからしばらくの間、うちでヘヴィーローテーションされることになる。この2枚がめちゃくちゃいい。なにがいいのか? なんだろうね。ライヴでニューオーダーの「ブルー・マンデー」あたりをカバーしていたところを見たら、おそらく、単純に一般的なメタルのイメージとは違ったところに彼らの音楽があると思うし、それが魅力なんだろうか。一方で、ジャケットを見てもわかるんだけど、メタル独特の「鋼鉄」系のニュアンスが全然ないのも面白い。実際、ビジュアル的にもベリ・チャラックの面々って、ベースを除いたら全然メタル・チックではないのです。といっても、うまく説明できないなぁ。
彼らにはまってかなりが過ぎた今年、5月3日にひさびさに彼らのライヴを見たんだが、それがスペインの中部、ラ・マンチャあたりで開かれたヴィーニャ・ロック・フェスティヴァルだった。このとき、約5万人を前に彼らが演奏していて、その後だったか、マネージャーと一緒に彼らの事務所のあるカタロニアのジェローナに行ったときに、彼らから「実は、ゴルカ(ヴォーカルで詞を書いている)の言葉がすごいんだ。詩人としてバスクでは高い評価を受けていて、いくつか賞も取っている文学者なんだよ」と言われたんだが、当然ながら、なにも理解できない。それなのに、なにかが引っかかる。いつものことなんだが、そういった直感がどこかで音楽の魅力だと思っていて、それを探っていくことで我々の常識や言葉を遙かに超えた音楽の持つとてつもない力を再発見することが多々ある。だから、今がそんな状態だと言ってもいいだろう。
ちなみに、この2枚のアルバムをあまりに気に入ってしまったからなんだろう、それ以前に録音されたアルバムも買ってしまった。といっても、このあたりの輸入盤の値段があまりに高いし、日本ではなかなか手に入らないので、渋々だけど、iTunesで購入。ジャケットの手触りが好きなので、よほどこのことがない限り、CDを購入したいんですな、ホントは。で、まずは1999年の『Ikasten』、2001年の『Eskuak, Ukabilak』を買ったんだけど、やはり、上述の2枚にはかなわない。その2枚も日本で買うと高いので、iTunesでのリンクも作っておきますが、『Libre』と『Jaio.Musika.Hil』のタイトルをクリックしてくれたら、すぐにみつかります。彼らのMySpaceでも音楽を聴くことができるので、そこをチェックしてみるのもお勧めです。さて、みなさんが彼らの音楽をどう感じるか? 興味津々です。
で、そのベリ・チャラックがヴィーニャ・ロック・フェスティヴァルで演奏したのが夕方のメタル系を中心としたステージで、メイン・ステージのヘッドライナーとして登場したのが、同じバスクのメタル・バンドでSoziedad Alkoholika(ソシエダード・アルクホリカ)。直訳したら、アルコール中毒協会って感じかしら。このバンドにも圧倒されました。ベリ・チャラックと同じマネージメントだというので、ステージ脇で彼らを見ていたんだけど、ゴリゴリなんですな。マイクを両手に持ってつぶれた声でシャウトする感じ? このときはなにを聴いても同じに聞こえたというのが正直なところ。それでも、数曲が「面白いなぁ」と思っただけだったんだけど、ステージから放たれているエネルギーのすさまじいこと。マネージャーが「こっちに来てみな」と言うので、ついていったのが隣のステージ。そこからオーディエンスが全て見晴らせるんだけど、ぶっ飛ばされました。奥の奥の方までびっしり。しかも、パンパンに膨れあがった感じのオーディエンスがものすごい勢いで揺れ動いて、バンドと一緒に歌っているんですよ、このメタル・バンドと一緒に。このゾクゾクする感じ、想像していただければと思うんだけど、並のライヴじゃなかなか味わうことはできません。
しかも、その中には、やはりバスクの旗が、カタロニアの旗がたなびいている。そんなこともあって、マネージャーに尋ねるんですね。連中はどんなことを歌っているのかなぁって。そうすると、『反人種差別、反ファシズム... 簡単に言えばレベル・ミュージックだよ』とのこと。そんなバンドがこれほどの反響で受け入れられているというのが、やはり日本ではあり得ないと思うのです。後日、このマネージメント会社のひとりと話をすることがあって、『おそらく、こういった現象は、ほとんどの国で希薄になっていると思う。これほどまでに攻撃的なレベル・ミュージックが最も受け入れられるのがスペインなんだ。おそらく、まだファシズムの記憶が生々しいからじゃないかな。』と言われたものです。実際、フランコの独裁が終わったのが70年代の終わり。80年頃に仲良くなったスペイン人の友人が口にしていた言葉を思い出します。『夜中に三人で歩いていたら捕まったのよ』と、そんな時代を生き抜いていた人々の国がスペイン。こういった傾向は理解できるし、バンダ・バソッティが本国よりもスペインでの方が支持されているというのも、それが理由なんだろう。
ちなみに、日本ではまだ入手不能なんだけど、発売されたばかりなのが、彼らの新しいアルバム、『Mala Sangre』。スペインでは発売第1週でこのアルバムが全国チャートの13位に顔を見せたとか。おそらく、ヴィーニャ・ロックでそんな彼らのピークを体験したということなんだろう。当然のように、このアルバムだけではなく、ベスト・アルバム、DVDといろんな素材を彼らから受け取ったんだけど、これ、完璧にはまっています。例によって、自分のLast fmをチェックしていただいたらわかるんだけど、自分のコンピュータで聴いている音楽のチャートでtop6に彼らの名前が出ている。簡単なことで、最初は「チェックする」ために聴いていたら、どんどん彼らの魅力にはまりこんだということ。彼らのメタルもこれまで自分が持っていたイメージとは全然違った、どこかでバンダ・バソッティあたりに通じるメロディを感じるというか... 実際、このバンドを聴いていろいろなメタル・バンドを聴き始めたんだけど、メタリカを聴いて全くぴんと来ない。それどころか、彼らと比較すると、メタリカがポップに聞こえるというか... それほどこのバンドのこのアルバム、『Mala Sangre』に魅力を感じるんですね。不思議なものです。
そのマネージメントが教えてくれたんだけど、このヴィーニャ・ロックで最も高いギャラを受け取ったのがソシエダード・アルクホリカだったとか。同じフェスティヴァルに、日本でも有名なソウルフライやセパルトゥラあたりが出演しているんだけど、そういったバンドよりも遙かに人気があるんだそうな。その一方で、自分の持っているメタルへの偏見を越えなきゃという意味もあって、「メタルの歴史を変えたのはセパルトゥラなんだ」というマネージャーの言葉に刺激されて彼らの『JChaos A.D.』と『Roots』を購入。まだ、少ししか聴いてはいないんだけど、これまで持っていたメタルへのイメージを変えないといけないなぁと、正直に思った。といっても、これが典型的なメタルなのかどうかさえ知らないんだけど、これまで想像していたものとは全く違う世界なのだ。どちらかというと、レイジ・アゲンスト・ザ・マシーンやエイジアン・ダブ・ファンデーションに近いと言ったら笑われるんだろうか。自分にはそういった感じに聞こえて仕方がない。いずれにせよ、レベル・ミュージックであることだけは理解できるのが不思議だ。
ところで、今回の取材旅行でも面白いことにいっぱい出会っている。マドリッドから車でヴィーニャ・ロックに向かったとき、空港で同行する人たちと落ち合ったんだが、そのうちのひとりが「会ったことあるよ」と言うのだ。そうしたら、なんと、ケムリというバンドと一緒にフランスをツアーしたときに同行したか、あるいは、パリであったのか... あまり記憶が定かではないんだが、そのときのレコード会社、ロード・ランナーの担当者だというのだ。今回はこのソシエダード・アルクホリカの担当者としてこのフェスティヴァルに向かっていた。地球が小さいと思うのはこんな時。いやぁ、びっくりです。
投稿者 hanasan : 08:50 | コメント (0)
2008年06月04日
嬉しいぜ、青江三奈再発
昔から大好きなアルバムで、ときおりDJのまねごとをするときに必ず使う作品に青江三奈の傑作、『The Shadow of Love』がある。これは1993年に彼女がニューヨークに行ったときに録音したもので、ムード歌謡から演歌といった、一般的な彼女のイメージからはかなりかけ離れている本格的なジャズ・アルバム。オリジナルが発売されたときに購入して、一度友人に貸して返ってこなかったというもので、廃盤になる寸前で再購入したという記憶がある。それ以降、久しく入手不能となり、中古市場では破格の値段が付けられるコレクターズ・アイテム化していたらしいんだが、昨年だったかに、インディ系のレーベルから再発されたようだ。本来これを発表したのはビクター音楽産業(現在の、ビクター・ミュージック・エンタテインメント)だったんだが、メジャーにとっては「ヒット曲満載」でなければ商品にならないということなんだろう。
この作品が発売された95年、速効でこれを買ったきっかけを作ったのが、これもDJのまねごとで必ず使う名アルバム、『レディ・ブルース ー女・無言歌ー』。これは残念ながら、今も、入手は難しいコレクターズ・アイテムで、横浜でテレビ番組をやっていた頃、番組収録や編集作業を終えてスタッフと飲みに行った、ジャズと演歌の店『パパ・ジョン』で教えてもらった作品。群を抜いて素晴らしいのが巻頭の曲、「「組曲」レディ・ブルース」で、独特のブルース・タッチを感じさせるヴァイオリンがメドレーで歌われる名曲に見事な花を咲かせている。「伊勢佐木町ブルース」から「雨のブルース」、「港が見える丘」に「白樺の小径」と「別れのブルース」なんだが、青江三奈のハスキーな声に淋しげなヴァイオリンが絡んで見事な傑作となっている。
といっても、おそらく、このイントロを聴いて誰がヴァイオリン(フィドル)を演奏しているのか当てることができる人はほとんどいないだろう。なにせ、どう考えても青江三奈とは結びつかないからだ。実際、初めてこれを聞かされたときに、敬愛するバーの親父、パパ・ジョンがそう尋ねたものだ。そんなこともあって、この曲を聴かせると決まって「このヴァイオリン、誰かわかるか?」と質問をぶつけるようになってしまった。
実をいえば、このヴァイオリンは、親父さんの店の名前にもなっているPapa John Creach(パパ・ジョン・クリーチ)。ブルース好きなら一度はこの名前を耳にしたことはあるだろうし、昔からのロック・ファンだたらJefferson Airplane(ジェファーソン・エアプレイン)からHot Tuna(ホット・ツナ)あたりで活躍していた黒人のヴァイオリン弾きのことを知っているはずだ。そのパパ・ジョンと青江三奈が絡んだのが『レディ・ブルース ー女・無言歌ー』の巻頭に収録されている曲だ。これには、やられました。完膚無きままに惚れ込んで、あの当時、なんとか探し出して買ったこのアルバムをこれまで何度聞いたことか。傑作です。
もちろん、どういったいきさつでこの二人が共演することになったのか? なんの情報もありません。日本で発売される、いわゆる歌謡曲のアルバムにはライナーノーツもなにもなくて、しょせんは「消耗品」として音楽が発売され、消化されているのを目の当たりに感じるのがこんな時なんですが、これほどまでに歴史的なセッションの背景を知ろうにも、すでに青江三奈は他界し、なにもわからないのです。チャンスがあれば、当時の関係者に話を伺うことは可能なんだろうけど... そのあたり、今回の再発に当たってこういったこともライナーで書かれていれば、実に嬉しいんだが、さてどうなんだろう。
『レディ・ブルース ー女・無言歌ー』については、中古盤ででも探すしかないんですが、再発された『The Shadow of Love』については、だまされたと思って買ってください。ジャズ・ヴォーカルが好きで、名盤と呼ばれるヘレン・メリルの『ウィズ・クリフォード・ブラウン』が好きだった、間違いなく惚れ込みますから。そう、青江三奈はヘレン・メリルに比較されても全然おかしくない... どころか、歌のレンジの広さからいえば、遙かに凌駕するヴォーカリストだというのが自分の見方です。
さて、そのヴォーカリストとしての才能を見事に証明したのが『『The Shadow of Love』で、特にぶっ飛んだのは「Bourbon Street Bluse」という名で収録されている「伊勢佐木町ブルース」と「本牧ブルース」。ちょっとファンキーなタッチのリズムで、英語で歌われているんだけど、これが素晴らしい。プロデューサーでアレンジャーとして名を連ねているのはMal Waldron(マル・ウォルドロン)。ビリー・ホリデーに捧げた傑作『Left Alone』を残したジャズ・ピアノの巨人で、すでに他界しているのは知っているだろう。その他、やはり故人となっているサックス奏者、Grover Washington, Jr.(グローヴァー・ワシントン・ジュニア)、トランペットのEddie Henderson(エディ・ヘンダーソン)、ベースにGeorge Mraz(ジョージ・ムラーツ)などの顔ぶれが見える。しかも、ナット・キング・コールの弟、フレディ・コールとのデュエットも収録されるなど、実に素晴らしい。元々ジャズ・ヴォーカリストだった青江三奈が、その本領を発揮した見事な作品だと思う。
今回はそのアルバムに加えて、同じようなコンセプトでニューヨーク録音した『Passion Mina in N.Y.』という作品もCD化されていて、今回はこれを買った。イントロはアート・ブレイキーで有名な『モーニング』のフレーズで、そのまま「伊勢佐木町ブルース」に入っている。なんでも、本当はスタジオ録音なのに、レインボー・ルームでのライヴも加えて、「疑似ライヴ」的な仕上がりにしているのがこの作品の面白さだ。(本作品のライナーを岩波洋三氏が執筆されているんだが、そのあたりの事情はそこに詳しく記されている)このアルバムで最も好きなのはビリー・ジョエルの名曲、「ニューヨーク・ステイト・オヴ・マインド」。青江三奈が並のヴォーカリストではなかったことをつくづくと思い知らされる名唄だと思っている。
その他に、このシリーズで復活したというか、できあがったのが、彼女が映画などで歌った曲を集めたアルバム、『女の警察 ~青江三奈ムーヴィートラックス』。これはまだ買っていなくて、頭を悩ませているところ。彼女だったら、いい作品には違いないんだろうが、ちょっと二の足を踏んでいるのだが、おそらく、買ってしまうんだろうなぁ。
ちなみに、今回の復刻化を手がけているプロデューサーは、いつものように高譲さん。彼とはどこかでつながっているんではないだろうかと思うほどに趣味が似ていて、これまで彼が手がけた復刻化作品を数多く購入している。そんな意味でも間違いないんだろう、きっと、この原稿を仕上げたら、きっとまたクリックしてしまうんだろうと思う。
さて、上述のジャズ・アルバムを仕上げた数年後に青江三奈はこの世を去ることになる。すい臓癌だったらしいんだが、まだまだ死ぬには早すぎたことが悔やまれる。特に、一連のジャズ作品は彼女の才能の本質を見事に言い当てていたと思うし、もっともっとやって欲しかったと思うし、ジャズをベースとしたライヴも見てみたかったと思う。調べてみると、彼女が他界したのが6年前の7月2日。59歳で亡くなったのは、はやり若すぎると思うのだ。
投稿者 hanasan : 10:24 | コメント (0)
2008年05月30日
Prenupというバンド、知ってる?
My Spaceを始めてから、昔からよく取材していたミュージシャンと連絡が取れたり、先方からコンタクトがあったりと、なかなか楽しい思いをしている。大物というか、売れっ子のミュージシャンのサイトに関しては、本人がやっているとはなかなか思えないんだが、それほどじゃないと、実際に本人が管理していることも多々あるようで、いつだったか、これをきっかけにエディ・リーダーとメールの交換をしたことがある。昔から、彼女のソロ・デビュー・アルバム『Mirmama』(UK import / US import)に収録されている「What You Do with What You've Got」という曲が大好きで、まずはフレンド・リクエスト。そうしたら、OKのレスが返ってきて、彼女がブログにエディット・ピアフのことを書いたときに、「ピアフはパンクだと思うよ」といった旨のメールを出したことがある。それがきっかけで、レスが返ってきて、この曲に初めて彼女が出会ったときの衝撃なんかを教えてくれたんだが、そういった交流ができるのが面白いのだ。
このほかにも、たまたま読んだのがリリー・アレンのブログで、向こうのメディアにぼろくそに書かれていることに対して、彼女が延々と「メディアの嘘つき」と糾弾している文章があった。それからしばらくの後、グラストンバリーのストラマーヴィルで彼女と会ったときに「あれ、ホントに自分で書いてるの?」と尋ねたら、「そうよ、もちろん!」という返事が返ってきたものだ。といっても、それ以前から彼女とは奇妙な縁でつながっていて、そのきっかけがジョー・ストラマーとフジ・ロックに来ていた親父さんのキース・アレン。イギリスでは著名な役者であるキースとは何度か会っていたし、彼女がデビューするずっと前、まだまだ子供の時に親父さんと一緒にフジ・ロックに来ていたこともあって、初来日公演の時に「あぁ、覚えてるわよ、フジ・ロックであったじゃない」と言われたこともあった。そこからグラストでのこんな会話が生まれたわけだ。
それに前回書いたボビー・ウィットロックとココ・カーメルに関しても、彼らのMy Spaceを通じて繋がりが生まれて、自分がやった彼らのライヴのレポートや写真のお礼としてわざわざアルバムを送ってくれたり... と、ミュージシャンたちとの繋がりがどんどん広がっていくのがわかる。
そのボビーのMy Spaceへ、幾度かメッセージを残したことがある。彼らのライヴを取材して楽しかったこと、それに、レポートがSmashing Magにアップされた時にもその旨を書き込んでいて、どうやらそれを見たのがホットハウス・フラワーズのフィアクナ。おそらく、彼もボビー・ウィットロックが好きなんだろうと思うし、音楽のタイプや流れを考えると共通の友人もいるんだろう。いずれにせよ、それがきっかけでが彼からこんなメールが届くことになる。
「新しいバンドをやっていて、アルバムを作ったから聞いてくれるかい?」
というので、当然ながら、「もちろん!」と応えて、届けてくれたのがこのアルバム、Prenup (プレナップと読むんだろうか)の『Hell To Pay』だった。メンバーとなってるのはフィアクナに、ホットハウス・フラワーズのメンバー(になったのかな?以前はサポートのような形で活動していたと思うんだけど)のデイヴ・クラーク、そして、ザ・ポーグスのケイト・オライアダンという三人のバンドで、このアルバムがけっこう気に入っているのだ。
曲によってはディランからストーンズといった昔の「ロック」、いわゆるオールド・スクール的なサウンドを強力に感じさせてくれて、ちょっとトム・ペティなんかを思い起こさせたりもするのが彼らの音楽。amazonのレヴューにはザ・ポーグスのケイト・オライアダンのラインからこのアルバムに手を出して「ガッカリした」というのがあったけど、彼女のファンだったら、それもあるだろうなぁ。バックコーラスでしか彼女が入っていないし、メイン・ヴォーカルとしてフロントに立つのはフィアクナだと思う。ホットハウス・フラワーズのファンとしてこのアルバムを見ている自分とは全く受け取り方が違うんだろうなと思う。
というので、最近お気に入りのこのアルバム『Hell To Pay』よく聞いているんだが、どうやら彼らがSXSWに出ていたようで、彼らのMy Spaceには昨年の3月17日のオースティンでの演奏模様がビデオで見られるようになっている。ということは、同じ日に、自分も同じ場所にいたのに、すれ違いだったわけだ。ちょっとショックですな。
投稿者 hanasan : 16:47 | コメント (0)
2008年05月26日
瓢箪から駒
ずいぶんと長い間ブログを書けなかったのは、単純に忙しかったから。ホントは、少しでもなにかを残した方がいいと思うんだが、仕事を優先しなければいけないので、こういった結果となってしまう。アクセス・ログを見ると、毎日ここを覗きに来る人は1000人ぐらい。どれほど正確なのかはわからないが、なにかを期待してここに来てくれる人に申し訳ないなぁ... なんて思ってみたりもするんだが、仕方がありません。
前回、スペインのコンバット・ロック、ボイコットのことを書いているのが2月だから、ほぼ三ヶ月ぶりの更新となる。あれから、3月の中旬にはテキサス州はオースティンのサウス・バイ・サウスウエスト・フェスティヴァルの取材に出かけているんだが、すでに雑誌なんかに書く意欲はなくて、自分が運営するウェッブ・サイトが発表媒体。というので、一銭の金にもならない。それから、4月にはバリ島で数年ぶりのお休みを取って、5月の頭にはヨーロッパに出かけて前述のボイコットの連中と再会している。そのあたりについて、現在、レポートをまとめているところ。
すでに、サウス・バイ・サウスウエストのレポートは、このブログのホンちゃんのサイト、the voice of silenceのフォト・ギャラリーにアップしているのでチェックしてくれているかもしれないが、今回も素晴らしい音楽にいっぱい出会っていて、なかでも最もよく聞いているのがボビー・ウットロックとココ・カーメルの新しいアルバム、『Lovers』。自分のLast Fmのページを見てもらえばわかるんだが、この音源を手に入れたのが帰国してからなので、わずか一ヶ月半で30回近くもこのアルバムを聴いていることになる。
そのアルバムの主、ボビーの愛妻、ココ・カーメルとは彼らのMyspaceを通じて連絡を取り合うようになって、先日、彼らからサイン入りのCDが届けられてきた。実に嬉しい。というのも、日本ではなかなか入手が難しくて、聴いていたのはiTunesで購入したモノ。実際にジャケットを手にとって、どんなミュージシャンが録音に参加していて... なんてことをチェックするのは音楽ファンの楽しみで、それがやっとかなうことになった。しかも、このアルバムのジャケットがこっていて、デジパックの観音開き+もうひとつという感じで、彼らが「アナログな感覚」を大切にしているのに感激です。それによると、このアルバムが録音されたのはウイリー・ネルソンのスタジオで、彼も録音に参加しているんだとか。クレジットによると3曲目の「トゥルー・ラヴ」と9曲目の「ディア・ヴェロニカ」(クラプトンとの共作)でリード・(アコースティック)ギターを弾いているのがウイリー・ネルソンだとか。なるほどねぇ。
ちなみに、ボビー・ウィットロックといえば、最も有名なのがエリック・クラプトンばかりが語られる歴史的な名盤、『デレク&ドミノス』での役割やデラニー&ボニーの名盤、『オン・トゥアー・ウイズ・エリック・クラプトン』の参加で、前者に収録されている名曲『レイラ』は、おそらく、ロック・ファンでなくても知っていると思う。その「レイラ」を(本人によると)一緒に作ったのがボビーで、今回のアルバム、『Lovers』でも、最も気になるのが彼のヴァージョンによる「レイラ」だろう。自分自身は素晴らしい仕上がりだと思うんだが、どうやらロック好きのなかでは賛否両論別れているとのこと。気になる方はiTunesで購入でもしてくださいませ。1曲で150円だから、試しに聴くのも悪くないでしょ?
さて、そのアルバムでギターを弾いているひとりがシンガー&ソングライターでもあるスティーヴン・ブルトン。ライヴではそれほどリードは弾いていなかったんですが、このときのライヴがあまりも素晴らしくていろいろとチェックしていた流れで購入してしまったのが、彼のアルバム、『From the Five』。これがよかったなぁ。ライヴの写真と彼自身のMyspaceでの写真を見てあまりに表情が違うので、ココに尋ねると、癌の手術をしてすっかり変わってしまったとのこと。このアルバムに込められているのはアーシーで南部的なレイドバックした感じのロックで、基本的にこのあたりが好きな自分にはたまりません。なんでも地元の小屋で、来日したこともあるザ・レゼントメンツとして定期的にライヴをしているらしく、次回チャンスがあったらぜひ見てみたいと思いましたな。
そういえば、今回のサウス・バイ・サウス・ウエスト・フェスティヴァルで、驚かされたのは本や雑誌でしか名前を聞いたことがない著名なミュージシャンたちがいろいろなところで顔を見せていたこと。ボブー・ブラムレットのバックで演奏していたおじさんたちが「めちゃくちゃうまいなぁ...」なんて思って調べてみたら、どうやらマッスル・ショーズのスティーヴ・ボイヤーがそのなかのひとりで、他にもそのあたりの顔ぶれがそろっていたらしいし... このあたりがこのフェスティヴァルの大きな魅力なんだと思いますね。しかも、音楽の都と呼ばれているのがテキサスのオースティン。アメリカ音楽好きにはたまりません。
その他にもこのフェスティヴァルをきっかけにヘヴィー・ローテーションし始めたアルバムが結構あるんですが、その一枚がひさびさに見ることになったビリー・ブラッグの新譜、『Mr. Love and Justice』。(購入したのは2枚組の方で、同じ曲をひとりで演奏しているヴァージョンのCDが追加されたもの)これも素晴らしい。久しく彼のアルバムを聴いていなかったと思うんだけど、頭をぶん殴られるほどに「聴かせる」歌を作り、「聴かせる」表現力を持つようになったビリーに頭が下がったという感じですかね。以前は、その歌詞が「政治的」で「社会的」で、それが理解できなければ「彼の魅力はわからない」という人が多かったとも思うんだけど、さて、本当にそうなの? と、疑問に思えるようになったと言っていいと思う。確かに、自分もどこかでそんなひとりだったんだが、今回のこのアルバムでそんな危惧が全くなくなった。これは傑作です。これも聴き狂っている作品。ぜひ多くの人たちに聴いてもらいたい名盤で、彼にとっての最高傑作ではないかと思う。
ちなみに、今回のサウス・バイ・サウス・ウエストで、嬉しかったことのひとつが、まるで反戦集会のような雰囲気で開催されたライヴ、ボディ・オヴ・ウォー。詳しくはそのときのレポートに記しているんだが、このときも、数曲歌っているのがビリー。しかも、最後に全員が出てきたときも、けっして出しゃばることなく、自分の役割をきちんと果たしていたのが、なんかビリーらしいなぁと思ったものだ。その一方で、自分のステージでは歌っていながら、最後に全員でウッディ・ガスリーの名曲、「我が祖国」を大合唱したときに姿を見せなかったベン・ハーパーにはどこかで失望したなぁ。そんなに自分のイメージが大切なのかなぁ。理由はよくわからないけど、あのとき、トム・モレロは彼に向かって声をかけていたし、「無理だというんだったら、いいよ」と口にしていたことから、ステージ袖に彼はいたはずなんだが... と、そんなことも思ったものです。
その他、今回の取材がきっかけで買ったのはロンドンをベースに活動するとんでもない家族バンド、キティ、デイジー&ルイス。セクシー・ダイナマイト系の姉妹が看板で、当然ながら、そっちばかりが話題になるのは仕方がないと思う。なにせ、スタイルがいいだけではなくて、めちゃくちゃ美人なのよ、この姉妹。でも、「結局、そうやってメディアで受けているだけじゃないの?」と、いう見方をあざ笑うように、彼ら全員が本物のミュージシャンだというのが面白い。バックをつとめている親父さんのリズムギターやお母さんのウッド・ベースにそれほど驚かされることはなかったんだけど、(けっして下手だという意味じゃないです、念のため)この兄弟姉妹の3人が、カントリーからリズム&ブルース(流行の方じゃなくて、ルーツの方ね)、ジャンプ、ロカビリーといった音楽に登場するほとんどの楽器を全て演奏してしまうというところがすごいのね。ドラムス、キーボード、ギターは、もちろん、ブルース・ハープにトロンボーンまで、この3人が手を変え品を買えて演奏しながら歌うんですが、これにはびっくりです。
で、早速このアルバム、『A-Z: Kitty, Daisy & Lewis - The Roots Of Rock 'n' Roll』を買ったんですが、彼らのアルバムだと思っていたのに、実は、これ、コンピレーションで、ここに収録されている彼らの演奏は1曲のみ。まぁ、内容は全然悪くなくて、彼らがよく演奏するクラブ、Gaz's Rockin' Bluesの主、ギャズ・メイオールが一番最初に作ったコンピレーション、『Gaz's Rockin' Blues』によく似ているなぁと思う。だからこそ彼らがつながっているんだろうし、そんな流れで彼らが日本に紹介される日もそんなに遠くはないと思う。
ということで、なぜ、瓢箪から駒なのか? 実は、ボビー・ウィットロックのライヴのおかげで買った『From the Five』が良かったよぉと、書きたかっただけなんだけど、文章を書いていったらこうなってしまいました。まぁ、瓢箪がフェスティヴァルで、釣られて買ったアルバムの数々が駒なのかなぁと思ってみたり。本来は、そんな意味じゃないんですけどね。
投稿者 hanasan : 16:15 | コメント (0)
2008年01月30日
Barbara(バルバラ)のこと
最も好きなシャンソニエのひとり、バルバラを初めて知ったのは、実をいうと、ライヴで聞いた友部正人の歌だった。曲の名前は覚えてはいないんだが、「バルバラのシャンソンでも聴きながら」というフレーズが入っていて、大好きな友部が聴いている音楽って、どんなものなんだろうと思ったのがきっかけだった。(それから20年以上が過ぎて彼と話をしたときに、このことを伝えると「実際に、影響があったんだ。嬉しいな」と彼が言ってくれたんだが、「影響』なんて言葉では計り知れないほどに衝撃を受けたのが友部正人。彼のデビュー・アルバム、『大阪へやってきた』からセカンドの『にんじん』は、生涯手放すことはできない傑作だと思っているし、10代の頃、彼の歌には頭をぶん殴られたかのような衝撃を受けていた。チャンスがあったら、聞いてくださいな)
その友部がきっかけで知ったバルバラのアルバムで一番最初に買ったのは1964年に発表されたという『Barbara Chante Barbara(邦題 : 私自身のためのシャンソン)』。確か大学生の時ではなかったかと思うのだが、そのアルバムに収録されている「Nantes(ナント)」という曲にいたく感動したのを覚えている。確か『ナントに雨が降る』という邦題が与えられていたように思うんだが、定かではない。か細いながらも、驚くほどの存在感を持つバルバラの声に、異様に少ない音数ながらも、まるで身体を突き刺すような、それでいて、氷のように冷たいタッチを持つピアノで彼女が弾き語るこの曲を聴いたとき、背筋がゾクゾクしたものだ。もちろん、アルバムそのものも素晴らしいんだが、この曲がどこかで自分の琴線に共鳴したんだろう、他の曲のことはほとんど覚えてはいない。それほどまでに圧倒的な響きを持ってた。とはいっても、あの友部の歌じゃないけど、「フランス語なんてわかるわけない」(って、フレーズがあったのを思い出した)。大学ではフランス語が第一専攻で、哲学科にいたからというのでもないんだが、ジョン・ポール・サルトルの著作をフランス語で読まされていたりもしたんだが、この曲でなにが歌われているかなんぞ全然知らなかった。その一方で、この曲に感じたのはどうしようもないもの悲しさや寂寥感。まるでなにもわからないのにかかわらず、この曲に魅せられてしまったわけだ。
そのバルバラにとって、おそらく最大のヒットは... というか、日本人が最も慣れ親しんでいるのは「L'aigle Noir(黒いワシ)」ではないかと思う。一時、『Barbara Chante Barbara(邦題 : 私自身のためのシャンソン)』のCDを探していたんだが、なかなかみつからず、結局、彼女のベスト・アルバム、『黒いワシ~ベスト・オブ・バルバラ』を入手しているんだが、巻頭を飾るのはこの曲。自分の持っているのはアメリカ盤で、単純にベストとなっているんだが、さすがに国内盤には「黒いワシ」という言葉が付けられている。それからも、この曲が日本でも知られていることがよくわかるのだ。
そのバルバラが亡くなったのは97年11月24日というので、昨年の暮れ、没後10年を記念して13枚組の全集ボックス・セットが発表されたということだ。なんでも、彼女の死後、彼女への再評価が高まっていって、この13枚組がフランスでは10万セットも売れたという話も伝わっている。それを3枚のCDまとめたのが左上の『Les 50 Plus Belles Chansons』。バルバラのベスト50曲をを集めたもので、これは容易に手にはいるようだ。と、そんな話を知ったのは、我が家に毎月届けられる数少ない雑誌の一冊、Latina(ラティーナ)の最新号。誰のペンネームなんだろう、向風三郎と名乗る方の連載「それでもセーヌは流れる」の第一回の原稿で取り上げられているのがバルバラだった。
詳しくは、この雑誌を手にとって読んでもらいたいと思うんだが、「実体験から生まれたのが私の歌であり、全ては歌に込められている」からと、ほとんどインタヴューなどには応えなかったのがバルバラらしい。が、その実体験が想像を絶した世界だったのがこの原稿から読み取れるのだ。1930年にユダヤ人家庭に生まれているということは、第二次世界大戦の頃、ヒットラーの恐怖と貧困の中で子供時代を育ち、加えて、父親から性的虐待を受けていたことも、後に知られることになる。一時は娼婦となりかけたこともあったという彼女の体験を誰が想像できるだろうか。
その原稿で初めて「ナント」の歌の意味をおぼろげながら、わかってしまうのだ。これは家族を捨てホームレスとなって死んでいった父親の亡骸を看取りにいった街の名前なんだそうな。その歌詞のこともこの原稿に書かれているんだが、「ナントに雨が降る、ナントの空は私を悲しくさせる...」と、そのときの心情を言葉にしたのが、そして、曲にしたのがこの歌らしい。自分を汚し、捨てた父親の亡骸を見て、彼女がなにを思ったのか... 自分には全く想像もできないんだが、その気持ちがあの歌にのり移っているんだろう、全くフランス語の理解できない自分に刻印を与えるように鳴り響くここには言葉を遙かに超えた「音楽」があったということではないかと思っている。
音楽とはとてつもない力を持っているものだと、また、確認したような気がする。言葉を遙かに超えた言葉がここにあり、そこに命を与えているのはそれを演奏する、唄う、ミュージシャンたち。その演奏によって言葉が言葉を越え、音楽が音楽を越える。このアルバムを買って約30年が過ぎて、再びバルバラを聴きながら、その素晴らしさを再認識するのだ。
投稿者 hanasan : 01:44 | コメント (0)
2008年01月24日
愛の唄、聴かせます Vol. 4 - Lorain : Linton Kwesi Johnson
とどのつまりがラヴ・ソング、愛の唄につきる。そう思うことが少なくない。誰かに恋をしているとき、愛している人がいるとき、そればかりか失ったときにだって、いつも「愛の唄」が、どこかで自分を救い出してくれたり、癒してくれたり... だから、自分にとって宝物のような愛の唄を紹介していこう... と、そう思って始めたのが完全不定期なこのシリーズ。どんなものが飛び出すか、それはこれからのお楽しみ。さて、今回は?
----------------------------------------------
いつだったか、自分がプロデュースしたサンドラ・クロスのアルバム・レヴューかなにかで、「日頃過激な発言をしている花房浩一がなんでこんなにロマンティックなアルバムを作れるんだろう....」といった趣の文章を読んだことがある。実をいえば、同じようなことをテレビで一度インタヴューすることになったネヴィル・ブラザーズに尋ねたことがあった。いつもラディカルな姿勢を保ち、そんな曲を数多く歌っているのに、なぜあれほどに甘く切ないラヴ・ソングを歌えるのか? すると、アーロン・ネヴィルの答えはこうだった。
「本当に愛することを知るからこそ、そうなるんだよ」
と、そんな意味のことを言われたように覚えている。今回取り上げるリントン・クゥエシ・ジョンソンといえば、UKレゲエの世界にあって最も過激で先鋭的な歌詞で、常に「闘争」のまっただ中にいるかのような人物。レゲエのリズムに乗せて、韻を踏んだ詩をジャマイカ人の訛り、パトワで朗読するというダブ・ポエットというスタイルを確立した人物で、それを象徴しているのがデビュー・アルバム、『Dread Beat An' Blood』だ。すでにオリジナルのジャケットでのCDは入手できないようなんだが、そこに描かれていたのは機動隊に向かって火炎瓶かなにかを投げつけようつぃている女性のイラストで、それだけでもいかに過激な作品かは想像できるだろう。(ちなみに、UK盤だとそのジャケットのものが出ているようです。また、その当時の彼をドキュメントした映像を集めたのが右上のDVD、『ドレッド・ビート・アンド・ブラッド』で、これについては、06年8月にここで書いている。興味のある方はチェックしてくださいませ)
おそらく、最も好きなアルバムはといわれれば、この『Dread Beat An' Blood』をあげるのだが、最も好きな曲はどれかと問われれば、間違いなく「Lorain」。3枚目となるアルバム、『Bass Culture』に収録されている、彼にとって唯一のラヴ・ソングだというのが面白い。
Whenever it rains I think of you, And I always remember that day in May
と始まるのがこの曲だ。著作権の問題があるので、詳しくはここで読んでもらいたいんだが、この一行はこんな感じになる。
「雨が降るといつも君のことを考える。そして、5月のあの日のことを思い出す」
簡単に気がつくと思うんだが、Lorain(ロレイン)という名前に、雨(レイン)を引っかけて韻を踏むことで、言葉のリズムを生み出している。
歌を要約すれば、
「その雨の日に、君をみつけた。なぜかは知らないけど、いつもはシャイなのに、僕は君の名前を尋ね、君はほほえんでロレインよと応えてくれた。傘に入れてもらえませんかというと、彼女は笑いながら、『なんて厚かましい、おチビさん!』って言い返してくるんだ」
この部分が、まるで語っているかのように歌われ、このあと、ふんだんに韻を踏んで続けられる部分にメロディが乗っかっている。
「僕は雨の中、むなしく突っ立っている。ねぇ、ロレイン、君に会えるかなぁと思っているんだ。涙が雨のように流れてるんだよ、ロレイン、胸が痛むんだ、頭の中で苦痛を感じるんだ、ロレイン。僕は君に振り回されっぱなしなんだ」
ここでも、むなしいという「in vain、イン・ヴェイン」が、rain(レイン)とLorain(ロレイン)に引っかけられているのがミソで、Hoping to see you againのアゲイン、痛みのペイン、頭のブレイン、You're drivin' me insaneというのは、「あなたに振り回されている」といった感じなんだが、そこで、正気じゃない様を意味するインセインも使われて、リズムを刻んでいる。
この歌はそうした言葉の遊びのように続いていくんだが、
「初めて君を見たときから、僕にはわかっていた。僕の人生に君が必要だってこと。あの時から思ってた、君を妻にしたいって」
と、語られ、再び、雨の日の情景が描き出される。
「うちに来て、コーヒーでもどう? というと、君は不機嫌な顔になって、バカなこというんじゃないわよって... 僕は恥ずかしかった、しかも、バスが来て、君が言ってしまったことも気がつかなかったほどに」
どこかで木訥とした「語り口」が魅力なんだろうか、無垢という言葉が正しいのかどうかわからないんだが、そんな青年の気持ちがいたいほどに伝わるのがここなんだろう。いつもは人種差別を糾弾し、警察や権力の暴力に対して徹底的に闘う歌を作っている彼が、こんなに心温まるラヴ・ソングを録音したことが自分にはちょっとした驚きだった。
実は、(以前書いたと思うが)『Tings An' Times』というアルバムを発表した頃、来日した彼とインタヴューをしているんだが、彼に、こんな質問をしたものだ。
「ねぇ、リントン、あの『ロレイン』って、ホントのことじゃないの? 自分の体験じゃないの?」
すると、たちまち彼が真っ赤になって応えてくれたものだ。
「バカなことをいうんじゃないよ。あれは、ロレインとレインという言葉を引っかけただけの言葉の遊びさ」
とかなんとか、言い返されたんだが、あの表情で全てがわかったように思えたものだ。あれは、間違いなく、彼の体験に基づいているはず。そうじゃなかったら、あんなに真っ赤っかにはならないと思うのだ。あの「過激だ」とされる詩人、リントン・クゥエシ・ジョンソンに、なにやらとってもウブな気持ちがあるのがわかって嬉しかったのがあのとき。あの頃からかなぁ、この歌が最も好きなレゲエのラヴ・ソングとなったのは。
投稿者 hanasan : 03:49 | コメント (0)
2008年01月23日
カンバラクニエの新しい本
昨年の正月過ぎに実家から上京する途中に立ち寄っていたのが京都。いつもここで友人のミュージシャン、スリープ・ウォーカーのサックス奏者、中村雅人(通称、マサやん)のところに世話になって飲むというのがここ数年の流れで、そのときによく出かけるというか、連れていかれるのが高瀬川沿いの料理屋、くずし割烹 枝魯枝魯だ。「ぎろぎろ」と読むのだと「覚えた」のは最近で、ネットで検索したら、けっこう有名な店らしく、いろんなところに顔を出している。まぁ、そんなことは全然知らなくて、いつも京都ではマサやんにいろいろなところに引き回されながら、楽しく飲むのだが、彼の周辺にいる興味深い人に出会うのは、たいていここか、eFishという、五条大橋のそばにあるカフェだ。そんな場所でユニークなことをやっている友達作りが広がっていくという感じかなぁ。
そのくずし割烹 枝魯枝魯で、昨年の正月に出会ったのがカンバラクニエさんというイラストレーターとつじあやのさんというシンガー・ソングライター。とはいっても、その時点で二人ともほとんど知らなかったんだが、あのあと、『カンバラクニエ作品集』という本を買って、「なるほど、なるほど、そういう絵を描くのか...」 と、納得したり、つじあやのさんの『BALANCO(バランソ)』というアルバムを買って、「うん、いい歌を書く人だなぁ」とちょっとはまってしまったり... 去年の夏はそのつじあやのさんがフジ・ロックに出るというので、オンタイムで情報を発信するFuji Rock Expressで、彼女のライヴ写真も撮影していて、それはここでチェックできる。
残念ながら、今年の正月は東京で用事があったり、6日に友人がベースを担当しているバンドのライヴがあるというので、京都には立ち寄ってはいない。というよりは、実をいえば、友人のマサやんは正月そうそうロンドンに飛んで演奏していたらしいし、カンバラクニエさんはつい先日発表した新しい作品集『ECHO』の準備で大忙しで、一緒に飲む仲間がいなかったことも理由のひとつ。ホントは、京都には面白い店がいっぱいあるし、のんびりしたい町なんだが、今年はちょいとパスしたという感じかもしれない。
さて、カンバラクニエさんの『ECHO』が発売され、今、東京で個展を開いている。詳しくは彼女の公式サイト、クニエ会をチェックしていただければいいんだが、東神田のフォイル・ギャラリーで、1月18日から2月11日まで開催されていて、先日、マサやんと一緒に初日のレセプションに出かけてきた。とはいっても、結局、マサやんと一緒にけっこうな量のワインなんぞを飲みながら、うだうだしていただけのような気がしますが。
なんでも25日にはカンバラクニエさん、つじあやのさん、そして、彼女たちの友達である大宮エリーさんと、なにやらかしましい女性がそろってトーク・イヴェントがあるようなんだけど、定員が50名ですでにパンパンになるんだそうな。それは無理にしても、もし時間があれば、彼女の個展を覗いていただければと思う。本で見るよりもでっかい実物を見ると、また違った趣があると思うし、なにやら発見があるかもしれません。
それはそうと、先日、某レコード会社に面白いバンドのプレゼンに行ったとき、たまたまそこがつじあやのさんのアルバムを発表している会社で、彼女の新しいアルバム、『Sweet,Sweet Happy Birthday』を聞かせてもらえることになった。正直言って、「愛」の連発は... 私には似合いません。でも、ステキなシンガー・ソングライターだというのには変わりなく、楽しませていただいています。
それにしても、友人のことを書くと、どうしても「さん」抜きにはできないというの... なにやら奇妙な感じがしますが、仲間の情報もなんとかお伝えしたいと思うのです。
投稿者 hanasan : 20:07 | コメント (0)
2008年01月22日
見逃すなよ、Rodrigo Y Gabriela
ここでメキシコ人のギター・デュオ、Rodrigo Y Gabriela(ロドリゴ・イ・ガブリエラ)を最初に紹介したのは2006年5月ではなかったかと思う。その前年に友人がグラストンバリーで彼らのライヴを体験して、ぶっ飛ばされたというので、彼らのアルバム、まず最初に『Live: Manchester and Dublin』を入手。「なんじゃぁ、これはぁ!」と衝撃を受けることになったというのはすでにここでお知らせした通りだ。それからしばらく後に、今回日本で発売されることになった『激情ギターラ!』(すんごい、邦題を付けたものですな)のオリジナルで、DVD付きの限定盤『Rodrigo Y Gabriela』を買っている。そりゃぁ、もう、このDVDにはお世話になったというか... 映像で彼らのライヴを見て、再び驚かされることになるのだ。
そのアルバムを日本で紹介したくて、その頃、数々のレコード会社を訪ねていた。某メジャーのある担当者は「素晴らしい作品だと思うし、なにかができればいいと思うんですが、これを担当できるセクションがないというか、うちでは手に負えないと思うんです」と、丁寧なレスが返ってきた。一方で、全く、なんの反応も示さないどころか、うんともすんともいってこないレコード会社もあったし、「いやぁ、いつもユニークなアーティストをプレゼンしてくれるのですが、ちょっとうちでは今手を出せないですね」なんて応えもあった。
それからしばらくは動きを止めていたんだが、友人がインディ系のあるレーベルで仕事を始めて、彼にプレゼンすると「なんとかやりたい」という話になった。同時に、素晴らしい仕事を続けているもうひとつのレーベルも関心を示して、マネージャーと連絡を取りながら、話を進めていったんだが、ある日「実は、インターナショナルなメジャーとの契約が実現しそうなので、この話はなかったことにしてくれ」という連絡が入る。それまでの努力が水泡に帰したのだが、最も重要なのはアーティストにとってベストの状況が生まれることであり、そう判断したのならそれでいいと思っていた。
そのロドリゴ・イ・ガブリエラのライヴを初めて体験することになったのが昨年のグラストンバリー。82年頃からほぼ毎回と言っていいほど出かけているイギリスのフェスティヴァルだった。彼らが登場したのはジャズ&ワールド・ステージ。そういったタイプのバンドが数多く出演するステージなんだが、この日、彼らの前に登場したのは、60年代から70年代と一世を風靡した... というよりは、永遠に素晴らしく鳴り響くCCR(クリーデンス・クリアー・ウォーター・リヴァイヴァル)のフロントマン、ジョン・フォガティで、数年前にはほぼオリジナル・メンバーがそろった(らしい)YESも登場しているし、単純にジャズやワールド・ミュージックに限ることなく、どこかユニークでそそられるアクトがたくさん出演するステージだ。そういえば、2002年だったか、ここに出演して「これまでで最もグラストンバリーらしいバンドだ」と褒めちぎられたのが渋さ知らズ。あの時もすごかった。
それはさておき、去年のロドリゴ・イ・ガブリエラなんだが、ぶっ飛ばされたと思っていたDVDでの映像がしぼんでしまうほどに強力だった。PAも素晴らしかったんだろうが、もちろん、それを引き出すには演奏がある。アルバムで聞くよりも、遙かにロックなのだ。単純にアコースティック・ギターを演奏しているだけといえば、それだけなんだが、まるでギターが全く違った命を授けられたかのようにロックする。ガブリエラのギター・ボディを使ったパーカッションは、メタル系のドラマーの誰よりも強力で分厚くヘヴィーなリズムをたたき出してくれるのだ。かつて彼らがメタル系のバンドで演奏していたこと、そして、「私たちはロックしている」という言葉を痛いほどに感じさせられたのがこのときのライヴ。生を聞いたら、あれほど素晴らしいアルバムでもかすんでしまうといえば、言い過ぎかもしれないが、それほどのインパクトを与えた「生ギター・デュオ」がロドリゴ・イ・ガブリエラだ。だから、彼らを見逃しては欲しくないと、切に思う。
結局、レコード会社の数々にプレゼンしていた時点から、DVD映像のおかげらしいのだが、大型輸入盤取扱店でかなりのヒットを記録したのが『Rodrigo Y Gabriela』。業界の人の話によると、輸入盤だけで16000枚を売ってしまったんだそうな。納得できますなぁ。なにせ、amazonとのアフィリエイトをやっているSmashing Magでのデータを見ると1年半で、彼らのアルバムが合計で45枚も売れているのだ。もちろん、かなりのビジターを記録しているサイトではあるけど、これほどまでに売れた作品はいまだかつて記録されてはいない。
さて、そのロドリゴ・イ・ガブリエラが、この3月に来日をして、たった1回のライヴをすることになっている。この国内盤を出すことになったのは「いつもいいものをプレゼンしてくれるんだが」と言われたレコード会社なんだが、さすがにでっかい会社だから、他のセクションがこれを気に入ったんだろうと察する。おそらくいい仕事をしてくれるとは思うんだが、その発売が3月頭だと言うことを考えれば、今回のライヴはプロモーション的なもので、かなりの業界人が招待されるんだろう。となると、一般に売られるチケットはそれほど多くはないだろうし、会場が渋谷デュオということを考えるとかなりの早さで売り切れると思う。だから、もし、このブログをチェックしている人で、彼らを生で、しかも、これほど小さな会場で「体感」したいと思うのであれば、なんとか早めにチケットを押さえて欲しいと思う。これは、自分の妄想かもしれないが、おそらく、こんな小さな会場で彼らを見られるのは、少なくとも東京に限って言えば、今後望めないと思うのですよ。
投稿者 hanasan : 02:09 | コメント (0)
2008年01月18日
不都合な真実とMarvin Gaye
iPod Touchの容量はわずか16GBと、すでに120GBほどになったコンピュータのiTunesデータを全て持ち歩くのは不可能だ。とはいっても、今のところ、160GBのiPod Classicまで買う余裕はないので、iPod Touchがメインの携帯音楽プレイヤーとなっている。だから、ここには絞りに絞って選び出した、大好きなアルバムや気に入った曲を入れていて、ときおり、友人のバーでこれを使ってDJなんぞをすることもあるんだが、基本的にはこれで充分だと思っている。
そういった携帯プレイヤーの果たした役割で最も大きかったのは、音楽を家の中から持ち出すのを可能にしたことじゃないかと思っている。初めてウォークマンが登場したのは78年か、79年ではなかったかと思うが、人気のない地下鉄の通路で聞いたマイルス・デイヴィスの『死刑台のエレベーター』にはゾクゾクさせられたのを覚えている。また、初めて日本を離れて向かったイギリスのトーキーという、観光客が集まる町の海辺のホテル街で聞いたイーグルスの『ホテル・カリフォルニア』もなぜか染みたものだ。
携帯用の音楽プレイヤーが『音楽』にもたらした功罪は、またの機会に書くことがあると思うんだが、旅の途中、電車やバスの窓の向こうに流れる景色をぼんやりと見ながら、音楽を聴くことができるようになったのは単純に嬉しいし、そんなときになにかがひらめくように自分の中にすう〜っと入り込んでくることがある。今回は米子からバズで大阪に向かっているときに聞いた「マーシー・マーシー・ミー 〜 アイ・ウォン・ユー」がそうだった。といっても、これはロバート・パーマーによるカバーで、iPod Touchに入れているのはそのシングル・ヴァージョン。おそらく、今ではそのヴァージョンは入手が難しいはずで、似たヴァージョンは彼のアルバム、『Don't Explain』で聞くことができる。といっても、かつては後半部分の『アイ・ウォンと・ユー』での彼のヴォーカルの壮絶なまでの迫力にふるえたんだが、今回は前半の『マーシー・マーシー・ミー』の言葉が引っかかった。というので、同じiPod Touchに入れているマーヴィン・ゲイのオリジナル、『What's Going on』をじっくりと聞くことになるのだ。
おそらく、この『What's Going on』を史上最高のアルバムの1枚にあげる人は自分ひとりではないだろう。特にヴェトナム戦争時代に真正面から『反戦』を歌ったこの曲の意味を知っている人にとって、さらには、このアルバムが生まれたいきさつを少しでも知っている人にとって、ことさらその意味は大きいと思うのだ。簡単に過ぎるかもしれないが、少しだけその流れを説明してみると、このアルバムが生まれる以前、スターとして彼が地位を確立したのはタミー・テレルとのデュエットで、それをまとめたのが『The Complete Duets』というアルバム。が、その一作目となる『United / You're All I Need』(これは、2枚目の『You're All I Need』を一緒にした2 in 1のCD)の時点ですでにタミーは脳腫瘍に冒されていたらしく、名曲「Ain't No Mountain High Enough」の大ヒットを受けてライヴをやっていた最中に彼女がステージで倒れるといった事態があったんだそうな。だから、2枚目の『You're All I Need』ではありものの録音にマーヴィンが彼の声を重ねたり、病床を抜け出して車椅子でレコーディングにやってきたタミーが録音したなんてこともあったという。そのあたりの事情は以前、ここに書いているので、割愛するけど、70年の3月16日に彼女は24歳の若さで他界。そのショックに加えて、ヴェトナム戦争から帰還した弟の経験を知った彼が、それまでのモータウン... どころか、ソウル界にはなかったアルバムの制作に向かっていくのだ。言うまでもなく、その結実が『What's Going on』だった。
以前のアルバムといえば、ヒット曲の寄せ集めのようなものばかりだったのに、この作品ではマーヴィン自身がプロデュースを担当し、アルバム全体を流れるコンセプトが明確に打ち出されているのだ。その1曲目はヴェトナム戦争に対して明白に「NO」と突きつけたタイトル・トラック。そのタイトルを日本語に置き換えれば、「いったい、どうなっちまったんだい?」といったニュアンスが正しいんだろう。なんでも、フレーズのひとつにマーヴィンから父へのメッセージが込められているという話もあるのだが、そうではあっても、おおきな戦争が起こる度にこの曲がラジオから流れるのは、そんな「歌の意味」に理由がある。おそらく、どこかにDJや放送関係者の良心が込められているんだろう。とはいっても、このアルバムが発表された当時、あの曲に付けられた邦題が『愛のゆくえ』だったというのが、どこかで、悲しくなってしまうのだ。もっと他に選択肢はなかったんだろうか? それではアルバムに込められた『意味』がまるで伝わらない。ひょとして、そのせいなのか、まだ、中学生から高校生となった頃の自分にとって、この曲がそれほど強烈な『思い』の込められた歌だとは思えなくて、単純にラヴ・ソングのように聞こえていたものだ。
この『What's Going on』の意味を理解できたのは80年頃だったと思う。イギリスでNMEという音楽新聞が歴史を通じたベスト・アルバムというコンセプトの元に特集を組んだとき、No.1として選ばれていたのがこのアルバム。なぜなんだろうと、きちんと聞いたことに加えて、ある程度英語を理解することができていたことが助けてくれたんだと思う。もちろん、そのときには、タイトル・トラックと並んでジ・エコロジーと副題の付けられた「マーシー・マーシー・ミー」の意味も理解していたつもりだった。ところが、それが染みるように伝わったのは今回。前述の米子から大阪へのバスの車中だった
「なにもかもが以前のようではなくなった。青い空はどこへ行ったんだろう。毒が風に乗って北から、南から、そして、東から流れてくる。廃棄物の油が大洋を汚し、それが広がる海で魚たちは救いを求めている。放射能汚染は地上から空へと広がり、土地は人であふれかえる。人類の愚行に地球はどれほど耐えることができるんだろうか...」
と、まぁ、簡単に訳してしまえばそうなるんだろうけど、あのアルバムが録音された1970年にマーヴィン・ゲイは実にシリアスな警告を私たちに発していたことに気がつくのだ。おそらく、この歌が染みてしまったのは、ここ数年、誰もが口にし始めた温暖化現象といった「地球の危機」を、少なからず自分自身がおそれているからなのではないかと思うのだ。
そして、大阪から帰京した翌日だったか、合衆国の前大統領候補だったアル・ゴアがノーベル賞を取ることになった映画『不都合な真実』を見ることになる。直感として迫っていた『人類の終わり』を、あるいは、経験で『実感』していたそれを、実際に撮影された映像やデータで『確信』していくことになるのだ。正直言ってしまえば、そのときが近いだろうことは感じていたんだが、おそらく、それは自分がこの世を去ってからのことではないかと想定していたのが『人類の終わり』だった。が、これを見ると、おそらく、自分がそれを生きて体験することになるように思えてしまうのだ。すでにツバルからモルジブといった島国は国が海の藻屑となっていく事態に直面しているということは、たいていの人なら知っているだろう。そればかりではなく、海流の変化によって生まれる生態系の変化が我々の生活に壊滅的なダメージを与えていくはずだし、その兆候は誰もが『感じている』はずだ。こんな時に愚の骨頂である戦争をやっているバカ野郎たちがいる。また、『経済』や『繁栄』を『正義』だと思っている間抜けたちがいる。救いようのないアホどもが権力を握り、人類を死地に追いやっているのが手にとるようにわかるのだ。
この映画で繰り返している講演のなかでアル・ゴアが口にする言葉が印象的だったんだが、「今、すぐにでも実行できることをやるだけで、少なくとも1970年の状態にまでは戻すことができる」というのだ。が、その1970年とはマーヴィン・ゲイがこの名作、『What's Going on』を録音した頃。そのときでさえ、彼は「マーシー・マーシー・ミー」と助けを求めていたのではないのか? 公害やスモッグから放射能汚染... 彼がそういった危機感を感じ、認識していた時代にしかさかのぼれないのだ。
今回、この曲を聴き、そして、あの映画を見て、また思ってしまうのだ。我々はなんという愚行を繰り返しているのだろうか。取り返しの付かないことをしている自分たちの足下をきちんと見つめなければいけない。少しでも生き延びるために行動しなければいけない。そんな思いをいっそう強くすることになるのだ。
投稿者 hanasan : 17:59 | コメント (0)
2008年01月16日
There's somthing in the air...って
昔からのマック・ユーザーにとって、そして、どこかでマック・ファンであるユーザーにとって、当然気になるのがマックワールド。毎回ここで新しい製品が発表されることもあって、その時期になるとなにやらそわそわしてしまうのは無理もない。それが昨日から今日にかけて開かれていた。
前回の9月にはiPod Touchの発表があって、その素晴らしさに圧倒されたと言いますか... これは発表当日にApple Storeで注文。一般のマーケットに出る1週間前には手元に届けられた。わずか16GBという容量はかなり少ないように思えるが、ネットにつなげられたり、コンピュータのスケジュールを同期できたりと、なにかと便利。けっこう、いい感じで使っている。
さて、今年のマック・ワールドなんだが、キャッチ・コピーとして登場してきたのが"There's somthing in the air"というフレーズ。となると、昔からの音楽好きであれば、速攻で思い浮かべるのがいまだにDVD化されていない(と思う、見たことがないから)アメリカン・ニュー・シネマの傑作、『いちご白書 』(Soundtrack / 文庫)で使われたイギリスのバンド、サンダークラップ・ニューマン (『Hollywood Dream』に収録)の名曲だ。『みんな一緒にならなければいけない。なぜなら、革命が起きているから』と歌われるもので、学舎の一番高い塔のような場所にたたずむ主人公のまわりをカメラが巡りながら流されたこの曲は、同じ映画で使われたニール・ヤングの『ダウン・バイ・ザ・リバー』や『ヘルプレス』に『ザ・ローナー』といった名曲の数々と並んで、最も大きなインパクトを与えてくれた曲のひとつだ。とはいっても、このサントラ、名曲そろいで大好きなんですけどね。
おそらく、ヴェトナム反戦運動からフラワー・ムーヴメントと、旧来の価値観が突き崩されていったときのシンボルとも言っていい曲なんだろうなぁ。当時のロック・カルチャーをうまく描写してくれている映画『あの頃ペニー・レインと』 (Soundtrack / DVD)でこれがフィーチュされていた理由もよく理解できる。いつだったか、Tom Petty & the Heartbreakers (トム・ペティとハートブレイカーズ)の『Greatest Hits』を買ったときにも、おまけのような新曲(カバー)としてこれが入っていたのが嬉しかったし、おそらく、彼もその影響を受けているんだろうなと想像する。もし、チャンスがあったら、ぜひ聞いて欲しい名曲中の名曲。あの頃の気運を示すものとして、Youngbloods(ヤングブラッズ)の「Get Together」(『The Best of the Youngbloods』に収録)と並んで、ぜひ知っておいて欲しい曲だ。
ちなみに、当時の空気を伝える絶妙なコンピレーションが『Summer of Love, Vol. 1: Tune In (Good Time & Love Vibrations) 』やその続編、あるいは、『San Francisco Nights』といった作品で、気になったら聞いてみてくださいな。そういった曲がわんさ収録されているので。
いずれにせよ、アメリカのIT関連企業の人たちって、日本とは全く逆で、こういった流れの元ヒッピー的な人たちがメインになっているんだろうなぁと思う。あんなキャッチ・フレーズを持ってきたことやかつてのキャッチ・コピー、「Think Different」でジョン・レノンのベッドインの写真が使われたりと、「だからこそ」そういった発想ができるんだろうと思う。そのマック・ワールドで発表されたのが最大で厚さ1.94cmで、重さ1.36kgのMacBook Air。なかなかねぇ... いいかもねぇ、とは思うんだが、食指は動かなかった。その理由はというと、まずは中途半端なのだ。確かにデザインはいいし、フォルムもかっこいい。でも、「実務派」のジャーナリスト、ネットで仕事をしている写真家としては現場でも使える「頑丈」でタフなマシンが欲しい。だから、ぽきっと折れてしまいそうなこれからは、金に余裕のある都会派のセカンド・マシーンといったニュアンスを受けるのだ。確かに、ワイヤレスでMacBook Air SuperDriveが使えたり、Time Capsuleが使えるというのは、コンセプトとして面白いけど、そんなものをいつも一緒に持って歩くわけにもいかないし、それは想定していないだろうから、結局は、インフラが理想に近い都会でしか使えませんって。
逆に、いつも通り、マックス好きのネット情報で噂になっていた12インチの1500ドル前後というのが理想だったかなぁと思う。セカンド・マシンならそれで割り切って使えるから。それなら、それでいいんだが、そういった価格帯でないとつらいと思う。まぁ、自分の妄想ではまるで平ぺったいペン・ケースのようなものを妄想していたんですけどね。ぱかっと開けると両面共に液晶で、当然、両方ともタッチ・パネル式。通常の形で使うには手元の液晶がキーボードになって、ワイヤレスで外付けのドライヴどころかキーボードやマウスも使えるというもの。そして、その両面の液晶画面をひとつのモニタとしても使えるというアイデアなんだが、これって非現実的なのかしら。そうすれば、単純に映像や画像を楽しむときにはどこかに立てかけて使うこともできるし、デスクトップ的に使うこともできる。一方、そのまま持ち出して、町で使うときには小型ラップトップとして有効なわけです。まぁ、夢物語ですが。
まぁ、想像や妄想が渦巻いて終わったマック・ワールド。私は、次を待ちます。Mac Bookか、Proか、もうちょっと軽くて頑丈で消費電力の少ないものが出てくるのを心待ちにしております。そろそろPower Book G4がおだぶつになりそうなので、最悪の場合はMac Bookの2.2GHでも買って、次につなぐか... といったところでしょうな。
投稿者 hanasan : 18:06 | コメント (0)
2008年01月13日
辺野古は怒っている
昨年2月に沖縄に飛んでピース・ミュージック・フェスタ!辺野古2007を取材して以来、辺野古のこと、沖縄の基地問題がいつもどこかで脳裏にある。昨年10月に沖縄に行って体験することになった辺野古から復帰後最大の県民大会も、それがきっかけとなっている。あのとき、なかなか連絡の取れなかったソウル・フラワー・ユニオンのひでぼーやピース・ミュージック・フェスタ!辺野古2007の中心人物であるまさくんに、同じく、核になっていたミュージシャン、圧倒的な演奏を見せてくれたデューティ・フリーショップの知花君とも会うことができたのがどれほど嬉しかったか。本土ではそれほど知られてはいないかもしれないが、彼らの公式サイトからダウンロードできる「民のドミノ」という曲は傑作だと思う。沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落した事件に抗議する曲なんだが、デューティ・フリーショップとラッパー、カクマクシャカのコンビネーションが生み出したこれは、U2の名曲「サンデー、ブラディー・サンデー」に匹敵するほど重要な曲だと、自分は信じて疑ってはいない。(ちなみに、この曲を収録しているのが『音アシャギ』というアルバム。これは、是非買って欲しいし、自分も購入した。日本にはこういったバンドがなくてはならないと思うし、そういったことで彼らをサポートしたいと思う)
そのピース・ミュージック・フェスタ!辺野古2007での演奏をDVD化するので、ライナーを執筆して欲しいと、ソウル・フラワー・ユニオンの中川君から連絡があったのは10月ぐらいだっただろうか。Smashing Magでのレポートをベースにして、書いてくれればいいから言われたのだが、実を言うと、それがなかなか難しい。読み返してみるとわかるんだが、イントロとして書いた原稿から、まとめとして書いた総論まで、かなりの量になるし、振り返って読んでもけっこうの力作だったと思うのだ。残念ながら、多少のミスや自分の無知をさらけ出している部分もあるんだが、あのとき、自分がわかったこと、感じたことをストレートに書いたこれを越える原稿を書かないといけないなぁというのがプレッシャーとなってかなり時間がかかってしまった。とはいっても、結局、あのときのイントロ原稿にソウル・フラワー・ユニオンへの思いを込めた文章を加える形で完成させて、それを彼に渡しているんですが。
そのライヴDVDの発売がいつになるのか? 聞いてはいないんだが、そう遠くはいないと思う。年末のリキッドルームのライヴあとの打ち上げで、単純にライヴだけではなく、『辺野古』を伝えるための情報もなんらかの形で入れ込むというような話を耳にしたように思うんだが、それがなにだったか覚えてはいない。いずれにせよ、「辺野古をとぎれることなく、伝え続けなければいけない」といった趣のことを語っている彼らも日本では数少ない、伝えるべき言葉を持つバンドだ。そのあたりの彼らに対する自分の気持ちは、あのライナーに書いている。
と、そんなことがあってしばらくの後、ひでぼーから届いたのがピース・ミュージック・フェスタ!辺野古2007のドキュメンタリー。あくまでインハウス用であって、公の場では公開しないで欲しいという旨の但し書きが加えられていたんだが、なにが理由なんだろう。ミュージシャンのライヴだけではなく、このフェスティヴァルがどういったプロセスで生まれてきたのか... それが、よくわかるように、彼らのインタヴューも交えながら、いい感じで構成されているし、自分としてはできるだけ多くの人たちに見て欲しいと思うんだが、なにか複雑な事情があるのかもしれない。
さて、沖縄に住むアイリッシュ・トラッド界の重鎮がドーナル・ラニー。彼も昨年のピース・ミュージック・フェスタ!辺野古2007に出演するだけではなく、イヴェントそのものの手伝いから、後片付けまでをもソウル・フラワー・ユニオンのメンバーと一緒にやってくれたというのはあのときレポートしたとおりだ。プランクシティからムーヴィング・ハーツといったアイリッシュ・トラッドを語るときに避けては通れない最重要バンドの中心人物として、今も現役で活動を続けていて、プランクシティ時代からの盟友、アンディー・アーバインたちと結成したモザイクというバンドを結成。2005年の4月には来日して、そのときのレポートをここに残している。その彼らがつい最近、新しいアルバム、『Changing Trains』を発表しているんだが、沖縄に住んでいるドーナルは、自宅のそばにある嘉手納基地の人権を無視したやり方にぶち切れたようで、先日、抗議の手紙を司令官に送っている。とはいっても、そんなニュースを報じたのは地元の新聞(ここに)だけで、本土のメディアは完全に無視。辺野古から復帰後最大の県民大会の時もそうだったのは、以前にここで報告したとおり。アイルランドでは、ある種、国宝級のミュージシャンであるドーナルも日本では「ただの外人」としてしか受けとられていないのかもしれないが、それにしても悲しい。
その抗議の手紙の内容についてはここで、日本語訳を読むことができるんだが、このあたりのニュースは非戦音楽人会議のネットワークを通じて登録している人たちに伝えられた。もし、音楽を愛していて、反戦の意志を持っているのであれば、是非仲間に加わっていただきたい。
まるで人権を無視した、しかも、本国の米国では禁止されている米軍の軍事訓練は、嘉手納だけではなく、厚木基地などでも行われているという話を聞いたことがある。彼らにとってアジア人は「人間」ではなく、属国か植民地の「低級な人間」だとでも言うんだろうか? だからこそ、米兵が犯罪を犯しても、まともに日本の警察が相手にできないような状況ができあがっているんだろう。それに対して、ドーナルのように抗議の声を上げたミュージシャンたちがこの国にどれほどいたんだろうか... このニュースを受けて、そんなことを思ってしまった。
投稿者 hanasan : 14:29 | コメント (0)
2008年01月07日
Banda Bassotti、ニュー・アルバムとカメラの歴史
初めて手にした一眼レフは80年代初めに買ったNikon FEで、その頃から少しずつ写真を撮り始めていった。といっても、なんの知識もなかったのだが、少しずつ勉強を初めて、フリーのジャーナリストとして取材を始めた80年代半ば頃から、原稿を補足するものとして写真を撮っている。当時、自分が写真家だといった意識はなかったんだが、カメラを手にしているだけで「写真家」と呼ばれるようになり... 一時は気恥ずかしかったりもしたんだが、結局、フリーランスのジャーナリストで写真家だと名乗るようになっていた。当然ながら、写真家として、特にライヴを撮影するのに必要なレンズも買いそろえつつ、活動を続けて、今では作らなくなった名刺の肩書きとしてfreelance journalist and photographerと記していたのだ。
銀塩のカメラについては、結局、FEとFE2の2台で撮影することが多く、後に、FE2の方がダメになって、ほとんど同じようなマニュアル・タイプのFMを買ったり、一応、オート・フォーカスのカメラも必要だと思ってF401からF80へと買い換えたのだが、結局、フィルム代に現像代でとんでもなく金がかかるということから、デジタルへ移行していくことになる。一方で、インターネットのメディアとしての重要性を感じ始めたのが97年頃。当時はまだ20万画素という、今でいえば、おもちゃのようなデジカメを持って撮影するようになっていた。とはいっても、そんなカメラでまともな写真が撮れるわけもなく.... 数十枚に一枚が使えるかなぁという程度でしかなかった時代だ。作品として、世に出せるものは皆無に等しいのだが、少なくともネットで誰の拘束も受けることなく自由に情報を発信できることの方が重要で、このあたりからデジタルにのめり込んでいくことになる。
そんな流れの中でやっと、ごまかしながらも「写真」として使えるかもしれないと思える撮影ができるようになったのがオリンパスのE10というカメラが発売された頃だった。これが2000年10月で、価格は20万円前後ではなかったかと思う。このカメラで撮影したのが右上の写真。ISO(フィルムの感度に匹敵するもので、これが高ければ高いほど暗いところで撮影ができるというもの)の最大は320でF値は... すでに覚えてはいないんだが、今調べたらF2.0-2.4となっている。これはレンズの明るさのことで、この数字が小さければ小さいほどたくさん光が本体に入ってくる。だから、高いレンズはF値が小さくて、現在でもズームで最も明るいレンズがF2.8となっているからこの数字はけっして悪くはない。とはいっても、はっきり言って、ライヴの撮影となると最低でもISO800ほどでないとまともな撮影はできない。だというのに、まだまだ原始的な一眼レフ・デジカメとも言えるE10で撮影したこの写真をA全という巨大なポスターとして使ってくれたのがローマのバンド、おそらく、ここ10年で自分が最も惚れ込んでいるバンダ・バソッティだった。
それがどれほど自分を奮い立たせてくれたか... ライターとしての自分を認めてくれた人は、いろんなところで出会ってはいたし、どこかで「他の誰にもできない仕事をしてきた」という自負や自信を持っていた。が、写真は全く別もので、バンダ・バソッティがこれを使ってくれたことで、写真に対するアプローチが大きく変わっていくことになる。なにせ、彼らはライターとしてばかりではなく、写真家としても自分を評価してくれたのだ。しかも、このポスターがイタリア中に貼られたのだから、その喜びは格別だった。さらに、その翌年から「経費は出すから、イタリアに来てくれ」と依頼されるようになる。オフィシャル写真家としての仕事の始まりだ。おそらく、写真に本気で取り組みようになったのはこの頃からではなかったかと思う。
E10の後に手にしたのは、すでに生産中止になっているニコンのD100。あれが出たときには「やっとまともにデジタルで銀塩に近い写真」をとれるようになったと思っていた。当然のように、それが大間違いであることは、その後継機として発表されたD200を手にした時点で明らかになるのだが、いずれも発売当時は25万円前後もするこれを購入し、よりよい写真を撮るためにレンズもそろえていった。特に気に入っているのはNikon AF-S VR ズームニッコール ED 70-200mm F2.8Gで、これはかなり高価なのだが、髪の毛一本一本まで実にシャープに撮らせてくれる。気に入っている写真の多くはほとんどこれで撮影されているといってもいいだろう。
実をいえば、この左上の写真はそのコンビネーションで撮影したもので、今回、新しいアルバムの録音を終えたバンダ・バソッティがジャケットに使用したいと連絡してきたもの。実際にそうなるのかどうか、現時点ではわからないし、気が変わることだってあって当然だから、結果は待つしかないんだが、これも嬉しかった。ちなみに、新曲は彼らのMy Spaceでチェックできるので、気になる方は飛んでみてください。
いずれにせよ、D200と、その後に手に入れたNikon D80が撮影の主役となり、Nikon AF-S VR ズームニッコール ED 70-200mm F2.8Gの他に、広角系のNikon Ai AF-S ズームニッコール ED 17-35mm F2.8Dに標準ズームのNikon Ai AF-S ズームニッコール ED 28-70mm F2.8Dとそろえていった。さらに、簡易取材のためにNikon AF-S DX VR ズームニッコール ED18-200mm F3.5-5.6Gや、クオリティにそれほど大きな違いがないというので、トキナーの超広角ズームも手に入れている。デジタル・カメラの場合、レンズを交換するとゴミが入って写真が使い物にならなくなる。特にダストだらけのライヴ会場ではなおさらで、どうしてもズーム・レンズが主役になってしまうのだ。
よくぞここまで金をかけたと思うのだが、いい写真を撮影するために金は惜しんではいられないし、どんどん撮影しなければいけないと常々思っている。特にデジタルの場合はシャッターを押した直後に「絵を確認」できることから、撮影している現場で設定の確認からカメラ本体の露出計などの不具合なり癖が簡単にわかるのだ。特に、さまざまな方向から光が飛び出してくるステージ写真についていえば、カメラの露出計なんぞ当てにしていられない。なによりも経験と勘と「音楽を聴く」ことが要求される。だから、最初の数枚でそのあたりの修正をすることが多々ある。
加えて、リズムとミュージシャンの癖や動きのタイミングなどを全て見ていないと「音楽が聞こえる」写真が撮れないのはいうまでもない。なによりも、自分が撮影するときに心がけるのは「写真から音楽が聞こえる」こと。そうでなければ、ただなにかが映っているだけのデータの集まりになる。記事を書くためのデータであれば、それでいい。が、作品としての写真はそんなものであってはならないと思うのだ。
もっといい写真を撮りたい。と、思う。もっともっとヴィヴィッドに音楽を伝え、歌が聞こえてくる、そんな写真を撮りたい。だからなんだろう、新しいカメラが出るとない袖を振ってまた清水寺から飛び降りてしまうのだ。今回もそれだった。大嫌いなローンで手に入れたのは、おそらく、デジタル一眼レフの革命とも呼べるNikon D3。やっと銀塩写真に近づけた名機を購入してしまうことになる。amazonで購入してポイント還元を考えれば52万円という値段になるし、三ヶ月のクレジット・カードの保障も付くということで一瞬考えたんだが、さすがにこの金額を一気に口座から引き落とせる余裕なんぞない。それに、1月中旬にはマックのラップトップの新モデルが登場してくるはず。すでに年代物となっているパワーマックG4はがたが来ていて、旅での仕事を考えるとどうしても購入しなければいけないというので、こうせざるを得なかった。
が、友人の写真家たちに「絶対に後悔しない」といわれた通り。とんでもない代物だと思う。デジタル一眼レフの革命といってもいいだろうと思えるほどで、クオリティとして考えれば銀塩に限りなく近いと思う。というか、すでに銀塩とデジタルを比較することが間違っていると思うのだが、これはものすごいカメラだ。やっと「写真家」の一眼レフ・デジカメができあがったと断言してもいい。もちろん、デジタルの進化はすさまじく、おそらく、数年もたてば新しい機種が出てくるのだろう。そして、そのときにまた驚かされることになるはずだ。が、D2Xといった旧機種との違いは歴然で、はっきり言って比較する意味もないほどの進化を遂げている。ISO6400でもノイズはなく、絵のシャープさは格別。実は、これを買うか、30万円以上安いD300を購入するか、かなり悩んだのだが、これで正解だったんだろうと思う。実際に、D300に触れて撮影したわけではないので軽はずみなことは言えないし、これもD200とは比較できないほどに進化したと聞いている。ひょとして、すでに18万円ちょっとで購入可能なD300でも十分な仕事はしてくれるかもしれないんだが、Nikon D3を手にしての満足感は格別だ。逆に、おそらく、今度は自分が試されるんだと思う。こんないいカメラでまともな写真を撮れなかったら、写真家だなんて言えませんから。
ちなみに、CFカード2枚が入るこのNikon D3に合わせて大容量のカードを買ったんだが、これは最近けっこう使っているValue landという店で手に入れた。なんと16GBのCFカードでトランセンドの133倍速というものが17000円ほど。この店の値段はいつもかなり安くて、タイム・バーゲンでときおりとんでもなく安い値段で限定販売してくれるのをつかむのが正解だと思うけど、今回はそれを待てなくて購入だ。
本当は、実際に使えるかどうか不安だったんだが、今のところ問題はなし。これと、以前買った8GBのものを使えばデータ・カードを交換しなくてもライヴの撮影ができる。転送スピードに若干の心配もあるんだが、これよりは低速のはずの8GBのものもで撮影するときに一切ストレスを感じたことはない。加えて、それほど容量が大きいと、カードが痛んだ時に失う写真の量が多すぎるからと敬遠する人もいるんだが、これまでのところ、CFカードでそんな経験はない。実を言えば、SDカードを使うNikon D80で一度経験しているんだが、あのカメラはサブとして使っているので、それほど大きな損失感はなかった。(もちろん、悔しい思いはしてますけど。去年の暮れにソウル・フラワー・ユニオンを撮影したときにデータが壊れて、写真が使い物にならなかったのですよ。)ちなみに、そのとき、Nikon D80をサービス・センターで修理しているんだが、原因は不明。使用したデータ・カードも持参して全てチェックしてくれたのだが、症状が出なくて、関係する部品を全て無料で交換してくれた。だから、今も若干不安が残るのだが、修理完了以来、同じ症状は出ていない。
と、写真家というのは実に金がかかる。それなのに、まともなギャラを出さない連中の多いこと。去年も某大手出版社の雑誌が写真を使わせて欲しいと打診してきたんだが、あまりに人をバカにした値段なので、お断りした。欧米のメディアでは写真に対して十分に報酬を出してくれるのに、日本では写真に対する評価があまりに低すぎる。デジタルだから「フィルム代も現像代もかからない」というのが理由らしいが、そりゃぁ、あ〜た、世間を知らなすぎる。そんな連中にまともな編集意識が宿っているのかどうか、実に疑問なのですよ。
投稿者 hanasan : 16:06 | コメント (0)
2008年01月06日
Fermin Muguruzaの写真集付きDVD到着
ずいぶん前にフェルミン・ムグルサから連絡があって、「今度写真集を出すんで、写真を使わせてもらえないか」と依頼を受けていた。もちろん、速攻でOKの返事を出しているんだが、どんなものが出てくるんだろうと思っていたら、あれから数ヶ月を経て仕上がった作品が届いた。タイトルはシンプルに「Fermin Muguruza "Afro-Basque Fire Brigade" Tour 2007」となっていて、サイズはほぼ7インチのアナログ盤で、厚さは表紙を含めて1.5cm。約200ページに及ぶワールド・ツアーの記録が写真集として構成されていて、最後にDVDがつけられている。
このDVDは18/98と名付けられた2006年のツアーのチャプター、2007年のツアーのライヴ映像のセレクションに加えて、ロード・ムーヴィーの名の下に50分によるドキュメンタリーも収録されている。これ一冊でフェルミン・ムグルサと彼のバンドが世界中でどんな活動をしていたのかが手にとるようにわかるのが嬉しい。
自分の写真が使用されているのは今年4月にスペインの南部、バルセロナとヴァレンシアの中間あたりで開催されたヴィーニャ・ロック・フェスティヴァルで彼らと合流して向かった、フェルミンの地元、バスク・カントリーのパンプローナにあるトーテムという小屋での写真とフジ・ロックのオレンジ・コートに出演したときの作品で、わずかに4点。ひょっとしたら、表紙に使われているものの1点もそうかもしれないが、定かではない。本音を言えば、他にもいい写真はあったんだけど、これは彼のセンスなんだろう。だから、全く文句を言うつもりはない。なによりも、作品を掲載してくれたこと、そして、きちんと自分の名をクレジットしてくれているのが嬉しい。
単純に個人的なレベルでいえば、自分の友人や仲間たちがちらほら顔を覗かせているのが嬉しいのだが、大きな発見は写真集としての出来の良さと同時に、フェルミン・ムグルサという人物が我々の想像を遙かに超えて世界中で支持されていることを再認識させてくれることだろう。彼らがツアーしているのはヨーロッパはもちろん、その東の端とも言えるロシアからキューバを含む中南米にアジア。本当は、中国もツアーの地として計画されていたのだが、ドタキャンとなったという話も届いている。いずれにせよ、彼らが英米のバンドの「ワールド・ツアー」を遙かに超えるエリアを旅しているのが面白いのだ。
しかも、ライヴの会場には数万人を集めるフェスティヴァルからデモや集会までもが含まれる。そこに力ある音楽、リアリティある音楽を垣間見ることができる。彼らの音楽がどこから生まれ、どういった広がりを見せているのか... それが要だと思うのだ。
加えて、写真集には彼らの視線が見える。この写真集に掲載されているのは単純に彼らのライヴの模様だけではなく、旅の記録もあれば、それぞれの地で彼らが目にした、体験したことが含まれている。通りにたたずむホームレスや眠りこけるサラリーマン。カフェの壁に書かれたジョー・ストラマーの絵から、山のように積み上げられた中古テレビ... 何げない日常をどう見るか、なにを見るか、そこになにかを感じさせるのだ。それがなにかを雄弁に語りかけてくる。かっちりとしたライヴの写真であろうと、ちょいとピンぼけでも同じこと。それが写真であろうと、音楽であろうと、文章であろうと、変わらないと思うのだ。その視線を持つなにかに自分は共鳴しているように思える。
いろいろ検索してみたんだが、日本でこれを入手するのは、難しそうなんだが、ひょっとしたら、どこかで手にはいるかもしれません。気になる人はチェックしてみてくださいな。
投稿者 hanasan : 15:02 | コメント (0)
2007年11月16日
結局、買ってしまったHarder They Come
先日書いた『バーゲンでレゲエ三昧』という日記で、ちらりと取り上げた、レゲエ映画の大傑作『Harder They Come』のサウンドトラック、『Harder They Come』なんだが、結局、クリックしてしまった。これも音楽中毒のなせる技なんだろう。やっぱり、いつでも聞くことが出来るiTunesに入れておきたいし、CDの方がiTunesより安かったから... というので、買ってしまったのだ。
ところが、面白いのはこのCDをiTunesで吸い取った時のことだ。ジャケットが自動的に落ちてこないというので、amazonからジャケットの絵を取ってこようと検索して、最初にヒットしたのが2003年に発表されたという『Harder They Come - Deluxe Edition』。ん? 当然、頭の中で?マークが点滅し始めるのだ。けっこうな値段だから、簡単には買えないのはわかっているんだけど、これ、なに? ずいぶんと長い間、この映画の『Harder They Come』は見ていないから、ディテールを覚えてはいないんだが、そんなにたくさん音楽が使われていたかなぁ.... と、考えてしまうのだ。なにせ、この『Deluxe Edition』にはオリジナルの12曲のDisc1に対して、18曲も入っているDisc2というのがついてくるのだ。さぁて、どうだったっけ? また、レコード会社がコレクターズ意識をくすぐって、売り上げを上げようとしているだけじゃないの? なんて思ってしまうのだが、なにやら気にかかる。
と、結局、『DVD』も買わなければいけないのか? と、悩み込んでしまうのだ。といっても、もう勘弁してほしいと思うのですよ。いくらなんでも、こんなことをしていたら、経済が続かない。というので、DVDを持っていそうな友人にコンタクト。アメリカ版ならあるというのだ。当然字幕はないし、リージョン1。っても、まぁ、癖のあるジャマイカ英語だろうが、だいたいのことはわかるだろうと、彼が持っていることを確認して借りることにした。
とはいうものの、全てをきちんと見る時間はない。奇妙な話が、時間はないのに気になる。とうので、とりあえずはボーナスで収録されているインタヴューなんぞを再生しながら、横目でちらちら見て他の仕事をしているという有様だ。そのあたり、自分がアホじゃないかと思うんだが、仕事がつまっていて、まともにDVDも見られない状況なのですよ。だから、そんな詳しいことを発見できるわけがないのだ。
ところが、ボーナス映像の話を聞いているだけで、この映画どれほど重要な意味を持っていたかということを再び感じてしまうのだ。撮影は16mmのフィルムだったこととか、かなりの低バジェットだったこと、タイトルはジミー・クリフが撮影の後に録音したサウンドトラック用の曲から生まれたこと... などは理解できたんだが、横目でちらちら見ているだけなので、心許ない。が、いずれにせよ、この映画をもう一度じっくりと見る必要を感じてしまった。となったら、アメリカ版より国内版を買ってみた方がいいじゃないだろうかなぁ... なんぞを思ってしまう自分がいるのがおかしいわ。
それにしても、『Harder They Come - Deluxe Edition』が気になりますけどね。だれか、そのあたりの内容を知っている人っていないかねぇ。
投稿者 hanasan : 06:11 | コメント (0)
2007年11月12日
バーゲンでレゲエ三昧
実をいえば、ほとんど同じことを自分が編集長をやっているSmashing Magで書いているんだけど、まぁ、あれがイントロで、こちらがその続編のようなものだと思っていただければ幸い。
そのSmashing Magなんだが、すでに1日に1万人近くがやってくるウェッブ・サイトとなっている。しかも、音楽に特化したサイトを運営しているというのに、スポンサーはなし。(その努力をしていないという説もあるけど)というので、わずかな金にしかならなくても、アフィリエイトでサーバーの経費なんかを得ようとしているのは言うまでもない。それはここでも同じことで、いろいろなウェッブ・サイト用に年間10万円を超えるサーバー代を支払っていて、そういったネット関連の経費を浮かせるために、どうしてもアフィリエイトが必要となってくる。基本的にamazonが中心なんだが、それぞれのアーティストのレポートにバック・カタログのリストも加えるというので、関連するアーティストの作品を事細かく調べることになるのだ。
本当は、そこからビジターにクリックしてもらって、なにかを購入してもらうとちょっとしたコミッションが支払われるという仕組みなんだが、本来が音楽好きでたまらない人間がそんな作業をやるわけだ。だから、苦にはならないし、毎回面白い発見があって楽しいことこの上ないんだが、いつものことながら、ミイラ取りがミイラになってしまうのだ。要するに、そうやって調べていくと、面白いアルバムに出くわして、つい買ってしまうのですよ。特に、音楽中毒とも言えるほどの筆者など、その典型で、よく考えてみれば、コミッションを遙かに超える金額を費やしてアルバムを買っているのに驚かされる。今回もその作業半ばに、なんでも輸入盤の掘り出し市なんてのをやっているというのが目に入って、チェックしていったらいい作品がめちゃくちゃ安い値段でごろごろしているのを発見。というので、全リストを点検(!?)して、またまたごっそりと買ってしまいました。
トップのアルバムはそんな中の一枚で、カルチャーというレゲエ・グループの『International Herb』という作品で、昔からジャケットだけは知っていたけど、聞いたことがなかったもの。でも、いいんだなぁ、これが。わずか680円でこんな名作を入手してしまったわけです。
そうやって、買ってしまったのがSmashing Magで、紹介しているほとんどの作品なんですな。はっきり言って、今回安い値段ででているレゲエもののほとんどは、レゲエが最もレゲエらしかった70年代のアルバムの数々。だから、いいものが多いんですよ。ベースがびんびんで、ダブも面白いし、歌っていることも、ボブ・マーリーを核として「レゲエが世界を変えた」って背景もあったからだろう、ストレートに強力なメッセージを放っている。このあたりの魅力ははまると抜けられません。
カルチャーについて言えば、最も有名なのが『Two Sevens Clash』というアルバムで、これはアナログでもっているんだが、CDで持っていたのは『Too Long in Slavery』と『in Culture』の2枚。ここに名作の誉れ高い『International Herb』が加わったわけだ。実に満足だし、美味しいなぁ、このあたりのレゲエはと、つくづく思う。
で、今回は680円で名作がいっぱい出てきたので、次いでピーター・トッシュの『Mystic Man』を注文。ローリング・ストーンズのレーベルと契約して発表した『Bush Doctor』に続く作品なんだが、この頃のピーター・トッシュのパワーはとんでもない。『Bush Doctor』ではミック・ジャガーとのデュエットでやっている「(You’ve Gotta Walk) Don't Look Back」が文句なし。なんでもテンプテーションズのカバーらしいけど、私、オリジナルを知りません。と、その次の作品だからというので、悪いわけはありません。
そのアルバムを買ったことをきっかけに一連の名作『Legalize It』、『Equal Rights』から『Bush Doctor』に『Mystic Man』と、連続して聞いてみたけど、どれも傑作です。『Equal Rights』に収録されている「Stepping Razor」という曲が大好きで、映画『Rockers』なんて思い出しました。これは、間違いなくレゲエ映画の名作ですなぁ。
と、そんなことを考えていたら、『The Harder They Come』のサントラも買ってしまいたいなぁという欲求が出てくるのが怖い。このところ、気に入ったアルバムは全てiTunesでコンピュータに入れているんだが、要するに、聞きたいときに簡単に音楽を聴くことができるという利便性が理由なんですね。だから、データを中心としたiPodなんかのおかげでCDが売れなくなったとかってのが、実はよくわかっていないんですな。データでダウンロードしてもHDがクラッシュしたら一巻の終わりだけど、なくしたり傷をつけない限りはCDだったら、何度でも使えるし... それに、『The Harder They Come』のアメ盤にしても、iTunesで買うより安いのではないかなぁ。おそらく、CDが売れなくなったのは、パッケージ商品としての魅力が薄れているからじゃないですかね。どれを買っても同じようなプラスティック・ケースで、「もの」としての魅力なんて皆無ですから。一方で、昔のアナログは、まるでアート作品を買うような感触がありましたもの。それに、アメ盤に比較したら、CDの値段が高すぎるのが問題なんですよ。こういったバーゲン価格が普通だったら、もっと気安く買えるのに... と思いますね。
と、話がそれたけど、ピーター・トッシュ、カルチャーの他に手を出したのは鬼才、デニス・ボヴェールの2枚。この人は、確かに『Matumbi』というバンドの核としてUKレゲエを代表する人物とされたんだが、自分にとって見れば、LKJ(リントン・クゥエシ・ジョンソン)とワン・パッケージなのですな。70年代にアイランド・レコードと同じく、メジャー的な展開で素晴らしいレゲエのアルバムを続々とリリースしていったものに、ヴァージン系のフロント・ラインというのがあるんだけど、この中心アドバイザーとして動いていたのがリントンで、当然そこにデニスもいたのではないかと察するのだ。その二人が『Dread Beat An' Blood』で、衝撃を与えることになるんだが、このこぎれいになったジャケットは悲しいねぇ。オリジナルは子連れの黒人の女性が片手に瓶を持って機動隊に対峙していたもので、その緊迫した当時の英国の表情が音楽に全て注ぎ込まれていたものだ。
で、リントンのバックで音を作っていたのがデニスで、すでに名作と呼ばれる『Audio Active』と『I Wah Dub 』は持っているので、『Brain Damage』と2 in 1の『Ah Who Seh Go Deh?/Leggo! Ah-Fi-We-Dis』を購入。両方とも680円。安い! で、実際に聞いてみて、前者はまぁまぁかなぁ。レゲエじゃない曲も入っていて、このあたり、彼が中心となって音楽の側面を仕切ったUKレゲエ映画の傑作『バビロン』のサウンド・トラックの世界に近いようにも感じる。その一方、『Ah Who Seh Go Deh?/Leggo! Ah-Fi-We-Dis』は強力だった。基本的にThe 4th Street Orchestraというバンドのクレジットとなっていて、デニスが「Presents』と記されているので、これが彼のアルバムなんかどうかはよく知りませんが、どうも、タンタンの名作『Musical Nostalgia For Today』のバックにも絡んでいる連中がここにいるのでははないんだろうかと思ってしまいます。Steve Gregory(『Bush Fire』)やJohn Kpiaye(『Red Gold & Blues』)あたりが絡んでいるじゃないかなぁ... といっても、まだアルバムを買って2度ほど聞いただけで、ジャケットのディテールまでチェックしていないので、これからやってみます。
でもって、あとはザ・マイティ・ダイアモンズの名作『Deeper Roots』を購入。素晴らしいコーラスが売り物の、彼らの78年の作品らしいんだが、どこかのサイトでは76年と記してあった。この中に収録されている「4000 years」とか、名曲の名演奏ですな。結局、この前年に録音したとされる『Ice on Fire』も注文しちゃったけど、前者の方が遙かに出来はいい。ダブっぽくないダブのヴァージョンもなかなか魅力だし。ちなみに、後者はアラン・トゥーサンが絡んでいるということを書いている人がいて、そのあたりもきちんと調べてみようと思ってます。そういった知識は全然ないし、そうだとしたら、これは驚きです。
で、ルーツ・レゲエ系の最後の一枚として今回注文したのが『Natty Rebel』。大傑作です。やはり680円で『Version of Wisdom』も見つけましたが、こちらはすでに持っているというので、前者を買ってます。これも名作なんだというのがよくわかりますな。タイトル・トラックの『Natty Rebel』は名曲「Soul Rebel」のヴァージョンなですが、これがいいのです。一発で撃沈するぐらいにはまります。このヴァージョン、どこかで何度も聞いていたんだけど、ベストものかなにかに入っていたのかなぁなんて思いながら、いやぁ、いい買い物をしたなぁと、とっても満足なここ数日間。実際、安いじゃないですか。1枚680円ですからね。iTunesで買うより全然安くて、こういったリイシューものって、けっこうなライナーも入っていたりするし...
とはいっても、結局、ここには書かなかった他のも加えてみれば、10枚も注文していました。救いようのない音楽中毒だという状況は全然変わりません。ちりも積もってなんとやら。気をつけないといけません、ホントに。ただ、今回のセール、在庫がなくなれば終了するというので、この値段がいつまでも続くとは思わないようにしておいてくださいませ。これがまた、『罠』なんですけどね。困ったものです。
投稿者 hanasan : 14:42 | コメント (0)
2007年10月18日
そりゃぁ、ないだろう、ひばりさん!
って、よりもコロンビアさん! ってのが、正しいんだろうなぁ。
前回、たまたまナンシー梅木のことを書いて、amazonでいろいろな作品をチェックしていたら、こんなものがでてきやがった。『LOVE! MISORA HIBARI JAZZ & STANDARD COMPLETE COLLECTION 1955-66』というんだが、またかよぉ! と、嬉しいような悲しいような気分になっているんですな。というのも、この元になっているのは間違いなく、昔から大好きで、すでに購入して何年も過ぎた『ジャズ&スタンダード』と『ナット・キング・コールをしのんで ひばりジャズを歌う』の2枚。と思って、調べてみた。
まずは『ジャズ&スタンダード』に収録されている曲は「歩いて帰ろう」という曲を除いて全て、また、『ナット・キング・コールをしのんで ひばりジャズを歌う』についても、4曲を除いて全て、2年前に発売されたという、この『LOVE! MISORA HIBARI JAZZ & STANDARD COMPLETE COLLECTION 1955-66』に収録されているのだ。まぁ、こちらの収録曲は2枚組で全41曲なんだけど、なんか悔しいなぁ...
もちろん、現時点では録音日時が同じかどうか、ひょっとして違ったプロジェクトでの録音なのかもしれないし... とは思うけど、おそらく、同じなんだろう。調べてみないと正確なことはわからないけど、どう転んでもこういったプロジェクトを幾度も繰り返してきたとは想像できないのだ。
というので、『ジャズ&スタンダード』と『ナット・キング・コールをしのんで ひばりジャズを歌う』を引っ張り出してきて、解説かなにかをチェックしようと思ったんだが、こういった「歌謡曲の世界」のCDって、ほとんどの場合、解説も入っていなければ、録音データが入っていないものもある。なにやらレコードが消耗品のように扱われていて、いつも悲しい思いをしているのだが、それがてきめん形になっているといった感じ? 全然わからないのだ。
一方で、amazonの方を見ると、好き者が書き込みをされていて、「上海」と「アゲイン」は53年録音で16歳の時だったらしいし、55年(生まれた年だ!)に録音されたのが「A列車で行こう」なんだとか。さすがに天才なんだろうと思う。確か、この頃、彼女が大きな励みになったというか、笠置シヅ子にいじめられていた彼女を助けたのが淡谷のり子だったなんて話も聞いている。逆に、こんな話を聞いて、こういったレコーディングをチェックしたり、ナンシー梅木を聴いて、きちんと淡谷のり子を聴かなければいけないなぁと、思うのです。その理由は、また、書くとして、いずれにせよ、結果として、これでまた出費が増えるのだ。たまりません。
投稿者 hanasan : 17:37 | コメント (0)
2007年10月16日
Sayonara...ナンシー梅木様
すでに他界されてからずいぶん過ぎてしまったんだが、それがきっかけでこのアルバム、『ナンシー梅木 アーリー・デイズ1950~1954』を購入した。以前から彼女のことは気になっていたんだが、自分のなかでのナンシー梅木とは、マーロン・ブランド主演の名作映画、『Sayonara』に登場する人物。なんとかという女優がアカデミー賞にノミネートされたとき、日本人で最初にオスカーを取った女優として彼女の名前が出てきたこともあったんだが、実は、この映画を初めて見たとき、そんなことは全く知らなかった。幾度も繰り返して見てしまう大好きな映画なんだが、そういったことは自分にとって全く眼中になかったんだろう。それよりも、自分の友人の両親が、おそらく、この映画で描かれている「異端の恋」の現場にいたんだろうと想像できたことの方が興味深かったというのが正しい。(この当時、映画の舞台になっている朝鮮戦争時代、米兵は日本人女性と結婚してはいけないという法律があったんだとか)
そんな映画のなかで重要な役割をしている彼女が、実は素晴らしいジャズ・ヴォーカリストだと知ったのは、ずいぶんと後のことになるんだが、そのことは以前ここで書いたように思う。横浜桜木町駅近く、大好きなジャズ・バー、パパ・ジョンを久しぶりに訪ねたときに流されていたのが彼女のアルバム、今ではすでに入手不可能な『ナンシー梅木・シングズ・アメリカン・ソングズ・イン・ジャパニーズ』で... その時は主に映画のことを書いていたと思う。
まぁ、あの映画にはまったきっかけはというと、元々は細野晴臣の『泰安洋行』だと思う。そのアルバムが2作目となる彼のエキゾチカ・シリーズを経由して、知ったのがマーティン・デニーで、最初に買ったのが『ベリー・ベスト・オブ・マーティン・デニー』。このなかに細野晴臣がカバーしていた名曲「Japanese Farewell Song (Sayonara)」のオリジナルが入っていて、そこから映画をみつけていくのだ。(ちなみに、今、マーティン・デニーのことを調べていたら、同一ジャケットで、本当はオリジナルのデビュー作『エキゾティカ』が紙ジャケットで再発売されているのを発見してしまった。こっちには「Japanese Farewell Song (Sayonara)」は入っていないのだが、24曲入りと数が多いなぁと思っていたら、モノとステレオ・ヴァージョンが収録されているので、実質12曲入りですが、やばい! 買ってしまいそうだぁ!)
さて、そんなプロセスを経て話を振り出しに戻すんだが、『ナンシー梅木 アーリー・デイズ1950~1954』が実にいいのだ。昔懐かしいほんわかとしたジャズ。大昔のハリウッド映画を思い出すような感覚で、しかも、ジャズといえば、未だに英語で歌う人ばかりなんだが、日本語で歌っている曲も多い。その言葉の素晴らしさや奥深さにはまりまくったという感じかなぁ。それに、映画で見る野暮ったいイメージとは全く違って、かなりセクシーで大人の女を感じさせる声に入ってしまうのだ。声だけ聴いていると、主人公の絵に描いたように美しい女性のそれを感じさせるなぁ。加えて、これほどオリジナルなタッチを持った人って、それほど多くはいないと思うのだ。というか、キャッチ・コピーによると日本で初めてのジャズ・シンガーだったといった言葉も並べられていて、他の作品をもっと聞きたくなっているというところかしら。と思っていたら、このアルバムの『ナンシー梅木 アーリー・デイズ1950~1954[Delux Edition]』というのが出てくるんだそうな。悔しいなぁ、こうゆうの。
まぁ、こうやって深みにはまっていくんだろうなぁ。調べたら、ビクターからはかなり広範囲の時代をまとめた『シング・シング・シング~昭和のジャズ・ソング名唱選』といったものがでているし、コロンビアからは『日本のジャズ・ソング~戦前篇・栄光のコロムビアジャズミュージシャン』というシリーズが、けっこう低価格で昨年暮れに発表されたようだ。うずうずと「聴きたい!」という気持ちになっているのがおかしい。このあたりといえば、最近ちょいと騒がれている服部良一の作品でもチェックできるはずななんですけどね。集大成的なものとして自分が持っているのは、やはりコロンビアの『僕の音楽人生』という3枚組やビクターからでている『東京の屋根の下~僕の音楽人生1948~1954』という2枚組。おそらく、この2作品でほとんどのジャズ・ソングはカバーできるのではないかと思うけど、今年は彼の生誕100周年ということで、トリビュートは作られるわ、再発が続くわ... どれを買えばいいのか、頭を抱えてしまいますけどね。『服部良一生誕100周年記念企画 ハットリ・ジャズ&ジャイブ』なんてジャケットもかっこいいし、『服部良一生誕100周年記念企画 僕の音楽人生』は、自分が持っているものを値段を下げて再発売しているのかなぁ... これもちょっと悔しいなぁ... と思ってみたり。(いや、いいんだ、少ない金でいろな人が彼の音楽を楽しめるのであれば)
このあたりの日本語のジャズといえば、ディック・ミネの『ジャズ・ヴォーカル』というのがあったんだが、すでに廃盤のようで見つけられなかった。名作なのになぁ。まぁ、なにか大きなきっかけでもない限り、こんなアルバムだしてくれないんだろうなぁと思う。今回のナンシー梅木みたいに死んでしまったら、アルバムも出るんだろうし、『ナンシー梅木 アーリー・デイズ1950~1954[Delux Edition]』が発表されたものそれが理由だろう。死をきっかけにこういった素晴らしいアーティストを見つけてしまうって、なんか悲しいなぁと思うのであります。
Sayonara、さよなら、ナンシーさん。ずっと前に知っていたら、会いに行ってお話を伺いたかったと思います。ご冥福をお祈りします。
投稿者 hanasan : 19:27 | コメント (0)
2007年09月15日
予約しまくり... クリックしまくり....
いつも通り「病気」ですな。思い立ったら、クリック。CDを買ってしまいます。というので、最近注文した作品はというと、まずは細野晴臣(ハリー・ホソノ&ザ・ワールド・シャイネス名義ですが)の新譜『FLYING SAUCER 1947』。これには期待しています。
もともと、はっぴいえんど以来、細野晴臣は日本で最も好きなミュージシャンでアーティストなんだけど、YMO時代から彼に対する関心を失ったのが本音。おそらく、若い世代(といっても30代中心でしょうな)は、このあたりから細野に入っているようですが、自分にとって最も魅力を感じたのはその直前のエキゾチカ時代。それに関してはここで何度も書いているから繰り返しませんが、一昨年のハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァルで、そんな時代の彼を初めて生で体験しています。彼自身にとってもそういったアプローチでの演奏は20数年ぶりではなかったかと思うんだが、本人にとっても心地よかったんだろう、そこから東京シャイネスという流れが生まれたようだ。まぁ、自分にとっては、自分の大好きな「細野が帰ってきた」という感覚で、当然ながら、ハイドパークのライヴ完全版をボーナスDVDとして2枚組で発表されたDVD『東京シャイネス(初回限定盤)』を買っている。単純に演奏のクオリティだけで言えば、『東京シャイネス(通常盤)』だけで十分なんだろうが、正直言ってなにかドラマがあったのがハイドパークのライヴ。こちらの方に大きな魅力を感じている。ちょいと値がはるけど、まだ入手できるようなので、もし、これからチェックするのであれば『東京シャイネス(初回限定盤)』をお薦めしますね。それに、30年近く前のエキゾチカ・ライヴのDVDを収録した『クラウン・イヤーズ1974-1977 』も絶対の作品。めちゃくちゃレアなライヴのDVDにライヴCDをセットにして発表してくれれば文句ないんだけど、そうはイカの何とやらですな。
それはともかく、そんな流れのなかで録音されたのが今回の『FLYING SAUCER 1947』で、期待に胸を大きくふくらませて、クリックしてしまったわけです。
でもって、もう一枚は、引退した... と思っていたジョニ・ミッチェルが5年ぶりに発表することになった『Shine』という作品。森朋之という人が作品の紹介をしているんだけど、これを読んだのが買うきっかけかなぁ。なにも視聴していないけど、あの文章と曲のタイトルで、きっといいだろう... と思いこんでクリックしてしまった。
そういえば、これまで彼女の作品はなぜか『Blue』しかiTuneに起こしていなかったんだけど、これをきっかけに好きなアルバムを全て入れた。一番好きなのは『Don Juan's Reckless Daughter』で、その前の『Hejira』や『The Hissing of Summer Lawns』、あとの『Mingus』や『Dog Eat Dog』もiPodで聴くことが出来るようになる... けど、この流れで行くと、結局、『iPod Classic 160GB』も買わなければ... すでにコンピュータに入っているのは15000曲以上で、約80GB。注文してしまった『iPod Touch 16GB』はPDA的な使い方と映像が中心になる気配ですなぁ...
そのほか、新譜で言えば、ケヴィン・エアーズの15年ぶりとなる作品『Unfairground』。ロバート・ワイアットやフィル・マンザネラといった昔からの仲間や、若手ミュージシャンともコラボしているらしく、いぶし銀の『ホンモノ』がどんな『歌』を聴かせてくれるか... 実に興味津々。そういえば、ロバート・ワイアットも新譜『Comicopera』(US import / UK import)を発表するんだけど、UK盤とUS盤の違いがはっきりしないから、まだ注文はしていません。単純に値段が違うのか、なにかがあるのか.... それがわかってから注文しようかなぁと思っています。
で、大好きなダイアナ・クラールの『The Very Best of Diana Krall』(US import / 国内盤)も注文。ほぼ全てのアルバムを持っているのに、ベストなんて.... とは思うんだが、このアルバムにトム・ウェイツの『The Heart of Saturday Night』のカバーが入っているというのがクリックを決定的にした理由。これを聞かずおられますか! って感じですね。それにDVDも魅力ではある。アメリカ盤を注文したんだが、国内盤もそれほど高くはないし.... それでも、ほとんどは単純にプロモ・ヴィデオを並べているだけなんだろうけど、リスボンでのライヴが3曲収録されているのが楽しみですな。
と、そのあたりはまだ発売日前なので、内容の説明は出来ないけど、このほかにも、たまたまDVD付きで再発されたというので、The Jesus and Mary Chain の『Psychocandy』を注文。届いたら、Dual Disc(1枚のお皿の片面がCDで、もう一方がDVDだという代物)で、しかもDVDにはプロ・ヴィデオが3曲だけ...一応、リージョン・フリーだけど... これだったら、普通のにすればよかったと思う。しかも、iTunesでは1000円から1500円だし。これは失敗かなぁ。
そのほかにも買っているのはあるんだけど、その話はまた後ほど書きますかな。なにせ量が多すぎるのさ。ホント、病気ですわ。
投稿者 hanasan : 13:56 | コメント (0)
2007年08月29日
Rico Rodriguez - 「Wonderful World」-12年ぶりの再発売
今から12年前の95年、ロンドンでスタジオを借りて、初めてやったフォト・セッションの相手がリコ・ロドリゲスだった。本当は午後1時にスタジオで落ち合う約束をして、待っていたんだが、なかなか姿を現さない。どうしたんだろうと思っていたら、本人から連絡が入り、「夫婦げんかをして、家を飛び出してしまった」とか。ありゃま、どうしよう。この日は彼に「フォーマルなスーツを持ってきてくれ」とお願いしていたのに、「悪いけど、持って出られる状態じゃなかった」んだとか。
さて... と、悩むんだが、「トロンボーンは持っているか?」と尋ねると、「もちろん、楽器は手離さない」ときた。それならばと、ロンドン市内の貸衣装屋を探し出して、スーツを予約。4時ぐらいなら借りられるというので、リコがスタジオにやってくるのを待って、そこに出かけ、スタジオに戻ったときはすでに5時を過ぎていた。それからわずか1時間弱で撮影したのがこのときの写真の数々。このとき一番欲しかったのは、「リコ・ロドリゲスの肖像」というコンセプトで、正装した彼の晴れ姿って感じかねぇ。それを思い通りに撮影することができたのだ。
同時に、彼の笑顔も欲しかった。なにせ、今回のアルバムのタイトル・トラックは「ワンダフル・ワールド」。ルイ・アームストロングで知られる名曲で、「命の素晴らしさ」を歌ったもの。それは「リコの素晴らしき世界」といったものでもある。だから、彼が満面に笑みを浮かべている「幸せ」な写真を撮りたくてたまらなかったのだ。
なんでも「ポーズなんてとるものか」というのがリコ。自然体でないといけないという、信念を持っている人物なんだが、この日はシャッターを押しながら、彼と話しまくったのを覚えている。そのときの自分が滑稽でもあるんだが、夫婦げんかで気分最悪だったリコが徐々に表情を崩して、笑みを浮かべだしたときの嬉しかったこと。そんななかで生まれたのがあのとき撮影した写真の数々だ。
「俺は今まで笑っている写真はないんだよ。撮らせたこともなかった。けど、お前のせいだよ」
とは、セッションが終わってからリコにいわれた言葉。おそらく、あの頃まで誰も目にしたことはなかっただろう、満面の笑みを浮かべたリコの写真を撮影することに成功したわけだ。それをジャケットに使って発表したのが今回再発されることになったアルバムのオリジナル。95年に世界で初めて発表されたのが日本だということもあって、実は、このジャケットこそがオリジナルなのだ。同一内容の作品が海外で発表されているのは知っているけど、はっきり言って、あのジャケットは最低だと思う。アルバムの内容や意味も気にすることもなく、行き当たりばったりの写真とデザインで作られている代物で、あれを見たときには愕然としたものだ。
ところが、残念なことに、あくまで3年間のライセンス契約ということで発表されていたのがあのオリジナル。すでに入手不可能となって9年が過ぎ、あの、つまらないジャケットの輸入盤しか手に入らなくなっていたのだ。でも、やっとのことでこの作品を再発売させることができた。
しかも、今回ベースにおいているのは、、あの当時、ジャマイカでのみプレスが許されたアナログのジャケットにベースをおいたもの。それを再現しつつ、加えて、紙ジャケットで二つ折りという素晴らしい形で再発することができたのだ。さらに加えて、あのアナログでしか聞くことができなかったタイトル・トラックのフリューゲルホーン・ヴァージョンも加えている。実をいえば、これこそがリコの望んでいたヴァージョンで、表面上はボーナス・トラックとして加えているにもかかわらず、これをアルバムの曲順に当てはめて、CDで発表されていたキーボード・ヴァージョンはおまけにするという形での発表となった。
当然ながら、このアルバムはリコの作品。でも、同時に、生涯最高のポートレート写真を撮影した自分の作品でもある。だから、オリジナルを持っていても、買って欲しいと思うし、聞いて欲しいとも思う。加えて、手に取ってみて欲しいとも思う。ジャケットを開いて出てくるリコの写真の素晴らしいこと。自分の写真も素晴らしいし、プリントもいい。加えて、ライナーも加筆し、そのライナーを開くとポスターのようにリコの写真が飛び出してくる。リコのファンには絶対に手にして欲しい作品なのですよ。
投稿者 hanasan : 19:41 | コメント (0)
2007年07月01日
西岡恭蔵 : 街行き村行き
ずっと忘れられないことに、西岡恭蔵との握手がある。まだ大学生だった頃、プロモーターというのを始めて、数本目のライヴでやったのが西岡恭蔵だった。場所は岡山市内の表町商店街にあったパブだったんだが、あの握手は長谷川楽器の前ではなかっただろうか。ぐっと自分の手を力強く握りしめたゾウさんの手の感触がどこかで残っているような... そんな感じかなぁ。それでも、なぜ、あれが長谷川楽器の前だったのか... 会場ではなかったのか、全然覚えてはいないんですけど。
今回、すでにアナログで持っているこのアルバム、『街行き村行き』を買ってしまった理由は、ひとつには紙ジャケットによる再発でまだCDは持っていなかったからというのと、もうひとつは高校生の頃に自分も関わった春一番の主催者、福岡風太のライナーが入っているというから。(っても、なんか会話を落としただけの感じだったけど)なにせ、このアルバムで一番好きな曲はそのものずばり「春一番」という曲で、昨年か一昨年かのハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァルで、誰かが歌ってくれた記憶がある。ちょうどジョニ・ミッチェルが「ウドストック」を書いたように、西岡恭蔵が「春一番」を歌にしてくれた。明らかにウッドストックよりは貧弱で、規模は小さかったけど、同じような「気持ち」で「春一番」が生まれていたように思えたし、わずかながらもそこに関わりを持った自分にとってこの曲は特別なものなのだ。
注文したのが発売日前で一昨日、このアルバムがうちに届けられた。早速、これを聴いたのは当然で、実に懐かしい。いろいろな思い出が浮き上がってくるんだが、結局、行き着くところは「なんで自殺してしまったんだ」という、複雑な気持ち。奥さんのクロちゃんの三回忌の日に首をつって亡くなったということなんだけど、あの日は... 苦しくて悲しくて仕方がなかった。彼にとってのデビュー・アルバム『ディランにて』を繰り返して聞きながら、涙が止まらなかったのを覚えている。あのアルバムに入っているんですよ。「死にたいなんて言わないで... 」なんてフレーズが。「君の窓から」って曲だっけかなぁ。それなのに、なんであんなことをしちゃたんだよ! と、思いながら、自分の人生で最も大きな影響を与えてくれたディランという店や、当時知り合った仲間たちのことを思い出していたわけだ。
人生というのは... なんて語る柄でもないようにも思えるけど、半世紀も生きていると自分にとっての節目というのか、人生の流れを変える出来事があったことに気がつくんだが、おそらく、ディラン周辺が確実にそこにあったように思う。そんな意味でも、このアルバムには大きな意味があった。
あのデビュー・アルバムに続いた『街行き村行き』は、どこかでディラン・セカンドと西岡恭蔵と細野晴臣と... そんな関係をつなぐようなアルバムにも聞こえるんだけど、当時の彼の魅力を確定したのは『ろっかばいまいべいびい』じゃないかなぁ。細野晴臣がプロデュースしているらしいんだけど、世界中を旅するような歌のテーマやサウンドとか、彼のエキゾチカ三部作にも接点を持っているように思う。それに加えて、このアルバムでの鈴木茂のギターの素晴らしいこと。ほれぼれしますよ。それに、突き抜けたぐらいに明るい表情のゾウさんがここにいるんですな。だからなんだろうな、これはよく聴く作品で、一昨年のハイドパークで細野晴臣がこのアルバムのタイトル・トラックを歌ってくれたときには、歌いながら撮影をしています。その結果がこの写真なんですけど、ここでもあの歌のフレーズを書いていますね。
その他にも、このアルバムでニューオリンズに思いをはせたり、「メリケン・ジョージ」って曲が入っているんだけど、おそらく、このあたりから発想したんじゃないかなぁと思って読んだのが「めりけんじゃっぷ」って本だったり... これ、谷譲次という作家が書いた本なんだけど、この人の存在はゾウさんから知ったんじゃなかったかなぁ。谷譲次の名前でアメリカに渡った日本人の物語を書いて、林不忘の名前で丹下左膳のシリーズ、そして、牧逸馬の名前では「世界怪奇シリーズ」なんてのを書いていたように思う。なんでも本名は長谷川海太郎だというのを知ったのは、これを書いているその瞬間だというのが面白いや。
西岡恭蔵の、おそらく、このあたりの世界が矢沢永吉に気に入られたんじゃないかと思うんだけど、調べてみるとこんな曲を彼が書いているんだとか。
DON'T WANNA STOP / 気ままなロックン・ローラー / バーボン人生 / 棕櫚の影に / 黒く塗りつぶせ / トラベリン・バス / 東京ナイト / DIAMOND MOON / 逃亡者 / A DAY
っても、数万枚のアルバムを持っていても、なぜか矢沢永吉の作品は一枚も持っていなくて、このあたりから聞いてみようかなぁなんて思ってます。
さて、そのゾウさんのライヴをやったのは、『ろっかばいまいべいびい』から続く『南米旅行』の頃ではなかったかと思うんだが、小編成のバンドで来るというのでポスターに「西岡恭蔵とカリブの旋風(かぜ)」と書いたのを覚えている。勝手に作ってしまったんだが、面白いことに77年に京都の磔磔で録音したライヴ・アルバムではバンド名が「カリブの嵐」となっていた。ひょっとすると、自分にインスパイアされたんじゃないかと思うんだが、今は、それを尋ねることは出来ない。
ホントにねぇ、なんで自殺したんだよぉ! 未だにそう思う。そして、クロちゃんが病床にいるときに書いた曲を集めたという『Farewell Song』をきいて、また涙してしまうのだ。「傷つくために生まれてきたんじゃない、悲しむ為に生きているんじゃない」と歌われる「I Wish」だけじゃなくて、どの曲からも、悲しみに暮れながら、それでも、前を向いて生きようとしたゾウさんの優しいまなざしが溢れているように思う。どの曲を聴いても、何度聞いても、そんなゾウさんのあの手のぬくもりが甦ってきてしまうんですね。
さて、ゾウさんは今頃天国でクロちゃんと仲良くやってるのかなぁ... なんて、そんなことを思い出しながら、ときおり、ゾウさんのアルバムを聴いてしまいます。今回の『街行き村行き』の再発で、また、いろんなことを思いだしちゃいました。嬉しいものです。ありがとうね、ゾウさん。
PS : ちなみに、自分のmixi仲間がちょうどディラン・セカンドのことを書いていて、そのコメントのなかに『'77.9.9 京都磔磔』をほめていた... というので、これも注文してしまいました。レコ中は止められないなぁ...
投稿者 hanasan : 12:32 | コメント (0)
2007年06月30日
Tony Joe WhiteとAmos Garrett : ライヴが良けりゃ、買っちまうよ。
4月の16日に渋谷のクラブクアトロで開催されたトニー・ジョー・ホワイトのライヴは良かった。月並みな言い方になるけど、めちゃくちゃ良かったのだ。特に、好きでたまらない名曲、「Rainy Night In Georgia」では、あのレポートでも書いているようにシャッターを切る手が止まって、歌の世界に吸い込まれてしまったほど。写真なんて撮っている場合じゃありません。それほどまでに強力な磁場を彼が作っていたということなんだろうと思う。泣けそうになってしまったもんね。
だからというんでしょうな、止まらなくなるんですよ。あのアルバムも聴きたい、これも聴きたい... と、レコードというかCDに費やされる金額がどんどんとふくらんでいくんですね。想像できると思うけど、このライヴの直後に買ったのがスタジオ作としては最新となる『Uncovered』(US import / 国内盤)。ぎゃぁ〜、こんなにいいアルバムなの? なんで、発表された直後に買わなかったんだろうと、深く反省したものだ。このアルバムの場合、とんでもない大物のゲストのことばかりが話題になっているようだけど、正直言って、全然関係ありません。トニー・ジョー・ホワイトの存在感と、あの渋〜い声だけで昇天してしまうんですよ。
と、この作品が良かったから、もっと知りたい! という気持ちが押さえきれずに手を出してしまったのが『Swamp Music : The Complete Monument Recordings』(US import )というボックスセット。初期のアルバムを集めたものなんだけど、これはやばいですよ。いい作品をきちんと紹介し続けるライノのハンドメイドによる限定セットで、オリジナル3枚にボーナス・トラックをてんこ盛りにして、さらに1枚では弾き語りによるヴァージョンが17曲。まだまだじっくりとは聞いていないんだけど、このあたりを聞くとトニー・ジョー・ホワイトが、あの昔からどれほど偉大だったか、簡単にわかってしまうのだ。しかも、写真を見ると、まるでエルヴィスね。彼って、実は裏プレスリーだったのではないかと思うのだ。
さて、大好きなプロモーターのトムズ・キャビンが「これを聞かずに死ねるか!」というコンセプトの元に、トニー・ジョー・ホワイトに続いて呼んでくれたのがエイモス・ギャレット。これも良かったぁ! 実際、涙が出るほどのギターに声... 結局、大阪で一回、そして、東京で最終公演と2回もライヴを撮影することになったんだが、染みるんだなぁ、これも。というので、うちに埋もれている彼のアルバムを全部ひっくりがえして聞きました。その流れのなかで手を出してしまったのが、傑作の誉れ高い"Geoff Muldaur &Amos Garrett"(紙ジャケット仕様 / 通常盤)。買ったのは、紙ジャケット仕様なんですが、これがねぇ... いいのよ。もちろん、さすが名盤という内容は文句なしなんだけど、それ以上に、素晴らしい紙ジャケットなのね。昔のLPの肌触りや、音楽の暖かみを本気で好きな人が作ってくれたというのが手に取るようにわかるんですな。これも、あれ以来、聞きまくり。
ということで、ライヴに弱い自分の体質がどんどん出てきている今日この頃。いくら金があっても足りませんなぁ。それでも、こうやって素晴らしい音楽をじっくりと楽しめるんだから、これは嬉しいねぇ。こんないいライヴをきちんと見せてくれるアーティストを、これからも呼んで欲しいと思う。しかも、どこかの金儲けしか頭にないような高級クラブの高額チケットでのライヴじゃなくて、気軽に出かけていけるような値段でいられるようにして欲しいと思うのだ。はっきり言って、新聞広告で見たビルボードとか、ずっとやってるブルーノートとか... そんな場所じゃ、貧乏人にはライヴなんて見られませんよ。音楽を「金持ちの趣味」にするような連中はとっとと消えて欲しいと思うほど。ひょっとすると、こういった人たちこそが音楽のマーケットを潰しているんだと思いますよ。
投稿者 hanasan : 05:43 | コメント (0)
2007年06月28日
Lila Downsに首っ丈
ローマを離れる直前のこと、バンダ・バソッティのマネージャー、ダヴィデが「これ、聞かない?」と手渡してくれたのは、真っ白のCD-Rだった。くれるのかと思えば、そうではなくて聞いてみろという。といっても、こっちは時間がないというので、これが一体何なのかわからず、とりあえずはマックのiTunesに音を吸い込んで、日本に帰ってから初めて聞くことになる。
さて、一体、この女性は誰なんだろう。スペイン語で歌われているのはわかるし、ボレロやクンビアにレゲエあたりの音も聞こえるし、曲によってはオゾマトリにも近いものもあればちょいとサイケデリックなインド風味の曲もある。最初は「なかなかいいなぁ」と思っていただけなんだが、聞けば聞くほどにその素晴らしさに浸り込んでいった。さすがにスペイン語までは理解できないんだが、わずかばかりは聞き取れる。そのなかで出てきた言葉に「マリワナ・ケ・フメール」(英語で言うと、marihuana to smoke)というのがあって、ほぉ〜、これは毛色が変わっているというか、どこかでオルタナティヴな流れのなかに彼女がいることがわかるのだ。しかも、チェ・ゲバラの名前が出てきたり... といっても、その意味はわからないんだけど。
ということで、速攻で注文したのが『La Cantina』と、その前作、『Una Sangre (One Blood)』。まずは、後者の『Una Sangre (One Blood)』が到着して、聞き始めたんだが、どんどんはまっていくことになる。どれぐらいはまっているか... それは、やはり最近はまってしまっているhttp://www.lastfm.jp/user/koichihanafusa/
でチェックしてもらえれば一目で理解できるはずだ。『La Cantina』に収められているLa Cumbia Del MoleやAgua De Rosasなんて何度聞いたかわからないほど。とんでもない名曲だと思うし、リピートで聞きたいなんて思ってしまうほどに惚れ込んでしまった。
何が魅力なのか? さぁて、よくわからない。基本的にラテン的なメロディ、特にちょいと悲しげで物憂げなそれが日本人にアピールするということもあるんだろう。といって、そんな曲ばかりじゃないし、スペイン語と英語ヴァージョンが用意されたLa Cumbia Del Moleでは、クンビアからレゲエに繋がるようなリズムがあり、後半ではかなりヘヴィーなエレキギターのソロも聞こえてくる。カバー曲では、日本でもよく知られている「ラ・バンバ」(ラテンというよりは、ちょっとアフリカ的なルンバにも聞こえてしまうんですけど)や「ラ・クラカーチャ」なんてのが入っているのも嬉しい。
最近はまりまくっているMySpaceはこちらで、公式サイトもチェックした。ここに影響を受けたアーティストとして上げている人たちがリストアップされているんだが、彼女の音楽を聴いているとその全てがここに詰め込まれているのが嬉しい。ビリー・ホリデーにエラ・フィッツジェラルドからサラ・ヴォーンにニーナ・シモンといったジャズ・ヴォーカルに、ジョン・コルトレーンからミンガスもいるし、ディランからジョニ・ミッチェルにグレイトフル・デッドも見える。ブラジル系ではジョアン・ジルベルトにエリス・レジーナ、セリア・クルーズもいるし、マヌ・チャオからフェラ・クティ... と、自分との接点もいっぱい感じるのだ。おそらく、メキシコの音楽の核にそういった要素が全て詰め込まれた、彼女の音楽は「ワールド・ミュージック」といった閉鎖的で差別的な呼ばれ方ではなく、21世紀のポピュラー音楽なんだろうと思う。
そういった音楽のスタイルだけではなく、ヴォーカルの持つ説得力が強力なのだ。日本ではまだまだ未知。が、MySpaceや公式サイトでチェックすると、南米からアメリカ、そして、ヨーロッパと彼女がかなり広範囲な世界で大きな支持を獲得しているのが見て取れる。おそらく、これだって、自分たちが知らないだけのこと。なにせ、日本の音楽メディアなんぞ、アメリカやイギリスの受け売りさえしていればそれでいいのだ。こんなところに興味を持つこともないだろうし、探ろうとも思ってはいないんだろう。実際のところ、メジャー的な見られ方をしている音楽雑誌でさえ、売れている実数なんてわずかなもの。ちっぽけなマーケットを奪い合うビジネスの道具以外の何ものでもない。そんなところから、こんなアーティストの情報が届くわけはないと思っている。なにせ、連中には文化も音楽も全く関係ないんだろう。
そんな素晴らしいアーティストを伝えてくれたのは今回も友人や仲間たち。結局、『La Cantina』と『Una Sangre (One Blood)』の二枚に始まって、2003年の『La Sandunga』から日本で入手可能な『Tree of Life』と『Border (La Linea) 』まで5枚の作品をわずか一ヶ月でそろえることになってしまった。もし、興味があったら、チェックしてくださいませ。特に、『La Cantina』と『Una Sangre (One Blood)』は両方とも傑作。おそらく、フラコ・ヒメネスがゲストで姿を見せてくれている『La Cantina』は、だまされたと思って聞いて欲しいほどの傑作だと思う。
PS : 今、私のMySpaceにはいると、リラ・ダウンズの曲が聴けるように設定しています。興味があったら、チェックしてくださいな。
投稿者 hanasan : 22:03 | コメント (0)
2007年06月13日
SXSW効果でCD/DVDセット買いまくり...
ライヴを見たら、そして、もちろん、それに感激したら、否応なしにもっと聴いてみたいと思う。というので、CDを買ってしまうんだが、マグでいろいろなライヴを取材していると、どんどんCDに費やす金が増えてしまうのだ。なによりも、マグのスタッフは「音楽が大好き」で関わってきた人ばかり。おそらく、スタッフや定期的に寄稿してくれている人たちも同じような状態に陥っていると思うんだが、編集長も同じこと。半端じゃない数のライヴを見て、レポートを書く、あるいは、写真をレポートとして発表する時に、当然ながら、マグの唯一の収入源となっているアフィリエイトのこともあって、amazonでいろいろなアルバムをチェックすることになる。その流れで「ミイラ取りがミイラになる」わけだ。だってねぇ、やっぱ音楽が好きでたまらないんですよ。
で、その量なんだけど、これが面白いように取材に比例する。例えば、今年取材してきたなかで一気に大量のアーティストを取材することになったのがサウスバイ・サウスウエスト。この時に見たアーティストのアルバムは、かなり買ってしまいましたな。なかでも最も感動したのがリッキー・リー・ジョーンズで、取材を終えてホテルに戻ってから速攻で注文したのがこのライヴの元になったアルバム、『サーモン・オン・エクスポジション・ブルバード 』(US import / UK import with DVD / 国内盤)だった。あの時はまだDVD付きのUS盤が入手可能で、それを注文。自分が手に入れたのは限定盤の番号付きで35000枚のうちの28029番となっている。DVDはマルチ・リージョンで国内用のプレイヤーでも再生可能。アルバム制作の裏側をドキュメントしたこのDVDを見て、このアルバムはいつものリッキー・リー・ジョーンズとは全く違った作品であることが理解できるわけだ。
もちろん、DVDのおまけが付いていなくても、このアルバムでのリッキー・リー・ジョーンズの迫力がとんでもないことはすぐにわかる。まるで心の奥底をえぐられるような声がサウンドと絡まって聴く者をとらえて離さないのだ。それを「これまでのリッキー・リー・ジョーンズと違うから」と拒絶するようなことを書いている人を見かけたけど、なんか違うなぁと思う。ちょっとジャズっぽいおしゃれな音楽ってイメージが彼女にはあったことは認めるし、それだって好きだけど、ここの彼女はなにかから脱皮してとんでもない世界に足を踏み入れた感じかなぁ。これは傑作だと思うし、あの時のライヴがそれを証明していたように思う。
リッキー・リー・ジョーンズと同じようにDVD付きだというので入手したのが、ケニー・ウェイン・シェファードの『10 Days Out (Blues from the Backroads) 』。昔からこの人は気に入っていて、"Live On"(国内盤 / US impport / UK import)や"Trouble Is..."(国内盤 / US impport / UK import)でのブルースをベースにしたワイルドなロックが大好きだった。といっても、その後、けっこうつまらないヘヴィー・ロックになったような気がして、ここ数年はチェックはしていなかったんだが、トーキングヘッズのジェリー・ハリソン(プロデューサー)とコンビを組んで、現存するブルース界の巨人たちとのセッションを録音したというのが今回のアルバム。要するに、ケニー・ウェイン・シェファードが自分のルーツに立ち戻って録音したのがこの作品だ。しかも、そのドキュメンタリーをDVDとして加えているというので、当然見たいと思って、これを入手。ぶっ飛ばされるわけですな。なにせ、最高齢のブルーズマンは90何歳? で、「娘を紹介するよ」といわれて出てきたのが72歳の女性だったという笑い話も紹介されている。おそらくは、限られたブルースの世界でしか認識されていない人もここには出てきているんだろうけど、「ブルースって何なんだろう」という疑問にちょっと応えてくれそうな感じかなぁ。このDVDもリージョン・フリーで問題なく見られるから関心のある人はチェックして欲しいと思う。今は、ちょっと値段が上がってしまっているけど...
ちなみに、サウスバイ・サウスウエストでのライヴはこのアルバムにベースを置いたもので、ブルース・ファンにはたまらない内容だった。残念ながら、DVDで姿を見せているBBキングが登場してくれたら... もっとすごかったと思うけど。その彼が「この若者、なかなかやるじゃないか」なんてことをDVDのドキュメンタリーで語っているのが面白かったなぁ。ずれにせよ、ブルース・ファンでこれを持っていないとなると... ちょっと信じられないなぁ。若造のケニー・ウェイン・シェファードと同じように、自分もブルースが大好きなんだという気持ちを充分シェアーできると思いますよ。
でもって、もう一枚DVD付きで手に入れたのが、今年フジ・ロックへの出演が決まっているグレイス・ポッター。最新作の"Nothing But the Water " (US import with DVD / US import / iTunes)のUS import with DVDを入手。この人についてはなにも知らなかったんだけど、今年のフジ・ロックに出演するということに加えて、「絶対に気に入るから」と言われて見に行ったら、なかなかツボをついているというか... アーシーでレイドバックした、土臭いロック。この辺には弱いですなぁ。しかも、このグレイスというお姉さん、ハモンドを弾きながら、ワイルドにロックするんですよ。たまりません。しかも、サウンド・チェックの時も、だいたいできているのにぐだぐだしているスタッフを後目に「どうでもいいわよ、やっちまえ」と演奏を始めてたんですな。かっこいい! というか、男前よ! これは、惚れますって。
で、このDVDもリージョン・フリーでここには彼女のライヴが収録されています。ライヴ・バンドなんだろうなぁと思う、その魅力がぎっしり。いろんなレヴューでボニー・レイットとの比較が出てくるけど、おそらく、そんな「姉御」になってしまうんだろうなぁと思う。まだまだ若いはずなんだけど、どっかと地に足をつけて演奏しているという感じで、こんな女の子に、間違いなく親父ロック・ファンはころっといかれてしまうんです。まぁ、私なんぞ、その典型かもしれません。もし、少しでも自分のその気があると持ったら、これを試してくださいませ。はまること請け合いですから。特に、今年、フジ・ロックに出かける「親父ロッカー」は、この人を見逃しちゃいけませんよ。絶対に後悔するから。
ということで、DVD付きの比較的新しいアルバムの話を書きましたが、これ全部買ってしまいました。加えて、サウスバイ・サウスウエスト効果なんでしょう、日本じゃほとんど入手できないと思っていたので現地でミュージシャンから直で買ったのがカサ・デ・チワワとアンドリュー・ウィントンの作品。このあたりのアーティストだったら、あまり経費もかからないだろうし、できれば、こういった人をフジ・ロックや朝霧に呼んで欲しいと思いますね。っても、誰にも知られていないアーティストだから、これでチケットが売れるとは思わないけど、一度見たら気に入るのは目に見えてます。じゃなかったら、ライヴやっているそばからアルバムを買ったりはしませんから。
*なお、この原稿はSmashing Magのブログでのコラム音楽中毒のアルバム購入日記と同一内容です。
投稿者 hanasan : 17:07 | コメント (0)
2007年04月14日
大嫌いなアメリカの大好きなアメリカってか?
ある日のこと、例によってamazon.co.jpをプラプラしていた。なにかを買おうとか、そういったことではなく、なんか面白いものはないかと、最近のリリースなんぞをチェックするって感じでのぞき込んでいたわけだ。おそらく、一度でもamazonを使ったことがある人だったらわかると思うんだが、このサイト、実によくできている。なにかを買うと、同じようなタイプのものが、いかにもクリックされるのを待っているように顔を見せるのだ。そんななかの一枚がアメリカというバンドのこのアルバム、『Here and Now』(US import / 国内盤)だった。
なにを買ったから、これが出てきたのか、よくわからないんだが、おそらく、バーズとかポコ、バッファロー・スプリングフィールドといった流れの音楽がだろう。そのあたりは昔から好きだし、これまでにそういったところをぽろぽろ買っていたことがきっかけだと思う。
アメリカといえば、70年代の、いわゆるウエストコーストを象徴するバンドのひとつと思うんだが、日本で最初のヒットとなったのは『名前のない馬』と放題のつけられたデビュー・アルバムからの曲だった。といっても、オリジナル・タイトルは単純にバンド名そのままの『America』。しかも、彼等がデビューしたのはイギリスだったというのが面白い。アメリカ人二人とイギリス人とのトリオで、当時、圧倒的な人気を持っていたCSN&Yに対するイギリスからの回答じゃなかったかなぁ。っても、そんなことはメディアが勝手に宣伝していただけで、このアルバムのあと、しばらくして彼等はアメリカに活動拠点を移している。
といっても、CSNYと比較すると、あまりに軽くて、デビューした当時はそれほど聴いてはいなかったと思うし、ポップなバンドとしてしか見てはいなかった。が、大学生の頃になると、ウェストコーストという流れのなかで徐々に彼等に魅力を感じてきて、当時、最も気に入っていたのが『Harbor 』というアルバムだった。このジャケットの感覚が、どこかでセンチメンタル・シティ・ロマンスの最も好きなアルバム『シティ・マジック』によく似ているなぁと思うんだが、そのアルバムは一度CD化されただけで、すでに廃盤。ラッキーにも、手には入れましたけど。(ちなみに、このアメリカに近い流れの音楽をやっているのがセンチだと思いますが、現在、『ゴールデン☆ベスト』という企画ものの廉価盤で昔の音が聞けます。興味のある人は是非聞いてみてください)
おっと、話がまたそれてしまったが、あの『Harbor 』と同時期に録音された『Live』が、当時の愛聴盤で、この二枚は本当によく聴きました。その後も、彼等は二人になって順調にアルバムを発表していったと思うんだけど、自分の音楽の趣味が変わったのか、20年ぐらいご無沙汰していた。といっても、時にこの二枚を引っ張り出して聴くことはあったんですけどね。
しばらく活動を休止していたと思っていたし、噂も聞かなかったのに... というか、興味をなくして気にもしていなかったというのが本音。彼等なりになにかをしていたようで、調べるとライヴのDVDなんかも発表されているようだ。でも、そんな自分に唐突という感じで目に入ってきたのが『Here and Now』(US import / 国内盤)。なかなか面白いジャケットだし、最初にみつけたのはアメリカ盤で2枚組だというのに1900円台(今は、ちょっと高いようだけど)。というので、手を出してしまった。1枚はスタジオ録音による新作で、もう一枚はこれまでのベストの曲を集めてのライヴを収めたというもので、実にお買い得なのよ。こういったものには弱くて、つい手を出してしまうんですな。しかも、説明によると、ライアン・アダムスやベン・クウェラーに、スマッシング・パンプキンズやファウンテインズ・オブ・ウェインといったバンドのメンバーが絡んでいるという。これを最初に読んだときには頭の中が?マークりましたけど。特にポスト・パンクの人たちにはこういったものが毛嫌いされていたと思うんだな。だから、そういった若手の人たちとアメリカというバンドが全然結びつかないんですね。
それでも、これは大正解。今の人たちがどう思うかは全然わからないけど、いわゆるウエストコースト的な、ポップで軽快なサウンドに乗せて、最高のコーラスと甘い歌声で迫るというもので、気持ちいいことこの上ない。しかも、ポップスの王道だと思うんだが、素晴らしいメロディに歌詞があり、美しいギターの音色があり... 人間の温かさがある。いやぁ、このアルバムにははまりました。なんで今頃... なんだろうけど、いいものはいいのです。なにやら心が温かくなるんですな。
「Chasing The Rainbow」という曲では、どこかでカラパナを思い出したり... 70年代のサーファーに受けたハワイのバンドで、当時はこのあたりをサーフ・ロックなんて呼んでいたように思います。懐かしい! このカラパナは曲によってフュージョン的なアプローチもしていたけど、どこかでウエストコースト的だったんですな。『Kalapana2』というアルバムには「I'D Chase The Rainbow』というサブタイトルのつけられた曲が入っていて、曲のタイトルだけじゃなくて、アメリカのこの曲には、なにかニュアンスの接点を感じてしまうんですな。それに「インディアン・サマー」という曲で思い出したのは、当然、ポコの名作。『インディアン・サマー』。近いサウンドを持ったグループだけに、どうしてもこれが出てきます。ちなみに、アメリカのこの新譜の日本盤はこの『インディアン・サマー』を放題にしている。なんといい加減な!
さぁて、ここ数年脚光を浴びているサーフ系の人たちも、この頃の音楽に注目しているのではないかと、思うんですが、そんなことよりなにより、いいメロディと詩と素晴らしいコーラスと... それだけあったら、それで十分。その魅力を満載したのが今回、アメリカが発表した『Here and Now』(US import / 国内盤)。まぁ、単純にそんな音楽を聴きたかったら、これをぜひチェックして欲しいと思いますね。
PS: ほぼ同内容のものをSmashing Magのブログ、「音楽中毒のアルバム購入日記」でも書いております。あちらを知らない人のために、多少修正して、こちらにもアップしております。ご了承くださいませ。
投稿者 hanasan : 01:53 | コメント (0)
2007年02月16日
Rodrigo Y Gabrielaが動き出す
昨年の5月13日にここで紹介したのがロドリゴ・イ・ガブリエラというメキシコ出身で、現在はアイルランドのダブリンにベースを置いているユニット。ロドリゴという男性のギタリストと(リード中心)と女性のガブリエラ(リズム中心)で、イというのがスペイン語で、英語のandを示す言葉と、単純に名前を並べているだけの二人なんだが、彼らがとんでもない。ジプシー的でアコースティックな音楽にハードなロックの感覚を持ち込みながら演奏しているという感じで、そのあたりについてはSmashing Magでやったレヴューに書いている。
それが昨年の5月だったんだが、面白いことに昨年の9月ぐらいからこのアルバム、最新作となる『Rodrigo Y Gabriela』が売れ始めた。ご存じのように、ここでもSmashing Magでもamazonとのアフィリエイトをやっていて、毎日、どんなアルバムがチェックされて、どれぐらい売れているかを確認できるんだが、なにがきっかけなんだろう、動きが出てきた。加えて、両方のサイトのアクセスログも毎日のようにチェックしていて、どんな言葉を検索してサイトにやってきているのかもわかる。同じように、昨年の9月ぐらいからロドリゴ・イ・ガブリエラを検索ワードとしてビジターが増えているのだ。
嬉しいなぁと思いつつ、悔しい思いもあった。実はあの頃から日本でどこかのレコード会社が発売してくれないかなぁ... と、いろいろと動いていたのに、なかなか見つからなかったからだ。といっても、日本のメジャーは、もともとアメリカやイギリスの音源がいっぱいあって、それを発表しなければいけないというので、よほどのことがなければ相手をしてくれない。昔、まだまだCDが売れていた頃はそれぞれのレコード会社が独自の色を作るためにさまざまなアーティストをリリースしてくれたんだけど、どこも寂しい風が吹いているようで、ここ数年、こういった動きが少なくなっている。自分自身、そういった活動を積極的にしていたのは90年代半ばまでで、その頃にリリースをアレンジしたり、独自に企画したアルバムのリストはこちらで作っている。すでに国内盤はライセンス契約の時期が過ぎて入手できなくなっているものもあるし、他の会社がリリースしているものもある。それがどうであれ、世の中にはメジャーの裏で、あるいは、そういったところでは相手にされなくても素晴らしい音楽がいっぱいあって、きちんとプロモーションさえすれば売れる.... という言い方はあまり好きじゃないけど、多くの人に愛されるものがあるわけです。だから、彼らをなんとかしたかった。
そして、紆余曲折の後、なんとかめどが見えてきたのが嬉しい。まだ、どこからどういった動きとなるのかはわからないが、うまく言えば、これをきっかけに彼らとインタヴューをしたり、取材できるかなぁ.... なんて思っていたら、なんと彼らが今年のサウス・バイ・サウス・ウエストというフェスティヴァルに出演するという情報をつかんだ。たまたま、昨年は日本から三味線のアーティストを数組出演させるというので、急遽、MCをやってくれないかという依頼があって、それでこのフェスティヴァルを初体験。といっても、この三味線ツアーのためにフェスティヴァルそのものは2日間しか体験することができなかった。加えて、MCの仕事の絡みで、自分の好きなアーティストが演奏しているのに見られなかったり... と、けっこう悔しい思いをしたことから、今年は取材で出かけようということになったのだ。
で、昨日、たまたま出演者のリストを受け取ってチェックしていたら、そこにロドリゴ・イ・ガブリエラをみつけたのだ。その他、気になったアーティストはぽろぽろあったんだが、今の自分にとって彼ら以上の魅力を感じるアーティストはいない。となれば、突然、ワクワクしてきた。なにせ、アメリカでもブレイクの兆しを見せ始めていて、ライヴでの人気はかなりのものとなっているというのだ。そんな現場で彼らを体験できるのだ。すでに、『Rodrigo Y Gabriela』におまけで収録されているDVDで、ライヴの様子を見ているし、彼らのライヴ・アルバム『Live: Manchester and Dublin』も愛聴している。あの迫力を生で体験できるとなると... と、想像しただけでワクワクしてしまうのだ。
ちなみに、しばらく前まで『Rodrigo Y Gabriela』が2000円弱で売られていたらしい。amazonでは少し高いようだが、もし、どこかでこれをみつけたら、速攻で買ってください。絶対に損はさせませんから。私の仲間でメタリカ好きが、そのカバー・ヴァージョンをやっているというだけで惚れ込んでしまいました。他に、ツェッペリンもやっているし... ロックなラテンというか、ラテンなロックというか... このあたりがここ数年、めちゃくちゃ面白いですな。
投稿者 hanasan : 12:37 | コメント (0)
2007年02月13日
ニール・ヤングの4連発かぁ?
なんとはなしに... amazonをチェックしていたら、また、こんなものをみつけてしまった。ニール・ヤングの『Living With War - In The Beginning』(US import)なんだが、要するに、昨年、唐突に発表されたアルバム『Living With War(リヴィング・ウィズ・ウォー)』(国内盤 / US import)の新しいヴァージョン。今回はあのアルバムにDVDがおまけでついていて、録音の様子などがドキュメントとして収録されているらしい。結局、それだけの理由でまた購入してしまった。なんか、完全にはめられている感じなんですが、これに関しては躊躇はしなかった。
考えれば、オリジナルが出た時も、同じようなものだった。なにせ、ニール・ヤングがアメリカの対イラク政策に真っ向から異を唱え、ブッシュ体制を強烈に攻撃した... そんなことを単純に訴えたかったからなんだろう、CDの発売前からニール・ヤングのオフィシャル・サイトで全曲を聴くことができたし、今もこのLiving With War Todayで新しい情報がチェックできるようになっている。加えて、こちらでは「日本語の訳」もチェックできる。そんな意味でいえば、そもそもCDを『買う』必要性はないし、聞くだけならこれで充分ことたりる。
が、やっぱり買った。なぜか? 単純にアルバムのディテールをチェックするとか、いい音質で聞くだけではなく、なによりもこのアルバムに込められた『意志』を共有することが自分の目的だったんじゃないかと思う。一般的に考えれば、よくもまぁ、こんなことをしたものだと思う。単純にアルバムを売りたいのだったら、こんなことはあり得ない。が、ニール・ヤングは平気でそんな「無謀な」ことをやってしまったわけだ。それでも「売れる」という自信があったのか... というよりは、単純に「伝えたかった」んじゃないだろうかと想像する。
で、今回も、同じようにこの『Living With War - In The Beginning』(US import)を買ってしまった。アホと言えばアホです。おめでたいといえば、実におめでたい。なにせ、同じアルバムなんだから。で、届けられたこのアルバムを... 見た。音は、前回と同じなんだろうから、別に聞くこともないし、すでに何度も何度も聞いているから、まずはDVDを見るというのが当然だと思う。これが、なかなか面白いのだ。
最初の印象は公式サイトのLiving With War Todayと同じ。テレビ番組のCNNと新聞、Todayのパロディみたいな見てくれで映像が始まるわけです。で、いろいろな映像をかませていくんだが、ドキュメンタリー的にレコーディング風景を見せている部分それ自体は、まぁ、「そうなんだ」という程度。とりわけ面白いかどうかというと... そうでもないかなぁ。なにせ、ニール・ヤング他、出てくるみなさんは親父ばかり。そう、ロックはすでに親父たちの音楽なのだというのを否応なしに思い知らされる。っても、熱狂的なファンだったら絶対面白いだろう。ひとつの曲やアルバムができあがっていく課程が見られるわけだから。そして、それぞれの曲が生まれる瞬間を見せてくれた後に、曲を流しながら世界が抱えている問題を示す映像を映し出すという構成だ。
1曲目の「After The Garden」は環境問題で、いきなりゴアが出てくる。今、人気の「環境問題俳優」になってしまった民主党の前大統領候補だ。映像には「天気予報によると世界中で洪水が起きる」なんて記されていて、南極や北極でどんどん溶け始めている氷の映像が映し出される。そして、予測される水位の高まりでどんどん都市が消えていくと予報。そして、最後の言葉は「君になにができるんだ?」と問いかける。
どんな内容なのかをここに全て記すのがいいとは思わない。でも、どの曲だったかは覚えてはいないが、「アメリカの戦争」の歴史を列挙していたものがあって、これを見ると笑えるのだ。「正義」を標榜している国が歴史上最も多くの戦争を、ひっきりなしに仕掛けきたことがよくわかる。そして、そんな国に「同盟」だと、忠犬よろしくついて行く日本の政府首脳のあほらしさを嫌というほどに見せつけられるのだ。この国の首相が口にする「美しい国」って? 笑えます。最も醜い人間に語られるそれが「誰にとって美しい国か」って、当然ながら、それは民にとって美しいものではなく、連中にとって美しい国。そのためにまたどれほど民が苦しめられ、犠牲を強いられるのか... ごめん被りますな。と、そんなことを思ってしまった。
ともかく、いろんな意味でこの『Living With War - In The Beginning』(US import)は大きい。単純な宣伝はしたくないし、してもなんのメリットもないけど、こういったものを見て、僕らが抱えている問題に直視する必要性は、少なくと感じるのだ。
で、そのアルバムを見ていたら、今度は『 Live at the Fillmore East(ライヴ・アット・ザ・フィルモアイースト)』(国内盤 / US import / US import with DVD)が目に入ってしまった。たまたま数日前に友人と中目黒のバード・ソング・カフェで飲んでいて、久しぶりに聞いたのが『After The Gold Rush(アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ)』(国内盤 / US import)。やっぱり名作だなぁ... と話したばかりで、そのときに彼が「フィルモアのライヴはいいよぉ!」と話していたわけだ。そんなことが重なって、当然ながら、これを買ってしまった。
買ったのはUS import with DVDというヴァージョン。あまり詳しくチェックしていなかったから、これでライヴの映像が見られるのかと期待していたんだが、実際のところは、そのときに撮影された写真をスライド的に見せて構成しているというもので... どうなんだろう? よほどのファンじゃなければ、欲しいとは思わないようにも思うけど、アルバム自体は素晴らしかった。すでにバッタ屋なんかで公式に(?)売られていたものらしいし、海賊版では広く知られていた作品らしいんだが、そこまでニールを追いかけているわけではないから、このライヴのことは知らなかった。が、わずか6曲しか収録されてはいないけど、確かに強力な迫力で、特に「Down By The River」と「Cowgirl in the Snad」はとんでもない。
といって、これまでのニール・ヤングのライヴで自分にとって最も迫力を感じたのは歴史的な名盤とされる『4 Way Street(フォー・ウェイ・ストリート)』(国内盤 / US import)で、アコースティックを中心とした1枚目もよかったけど、圧巻だったのは2枚目のハードなロックで迫る「Southern Man」から「Ohio」といった流れ。このあたり、何かのマジックにでもかかったような緊迫した「音」を感じさせていた。今回、この『 Live at the Fillmore East(ライヴ・アット・ザ・フィルモアイースト)』で感じたのがこの感覚なのだ。
それも不思議ではないと思う。なにせ、この『 Live at the Fillmore East(ライヴ・アット・ザ・フィルモアイースト)』が録音されたのは70年の3月で、あの『4 Way Street(フォー・ウェイ・ストリート)』が録音されたのはその数ヶ月後となっている。あの頃のニール・ヤングこそが、おそらく、自分の最も好きなニール・ヤングなんだろうし、だから、今回も結局打ちのめされてしまったんだろうと思う。
ちなみに、ジャケットを見ると、この日同じステージに立っていたのがマイルス・デイヴィスとある。とんでもないメンツだなぁ... と思いつつ、その下にはMayallとあるけど、これってひょっとして、すでに仲良しの友達になってしまったギャズとジェイソンの親父であるジョン・メイオールなんだろうなぁと、想像をふくらませたり。その他にも、ムーディ・ブルースに、ジョー・コッカーにブライアン・オーガーと並んでいる。なんとまぁ、贅沢なこと。こんなのが毎日のように演奏していたフィルモアはやっぱ、とんでもない小屋だったんだろうなと思う。
でもって、フィルモアのライヴと並ぶように宣伝されている『 Live at Massey Hall(ライヴ・アット・マッシー・ホール)』(US import / US import DVD)も、当然のようにDVD付きの方を注文してしまった。といっても、これは3月13日に発売とされているので、もちろん手元にはないんだが、これからアーカイブ・シリーズとしてこういったものが続々と発売されていくんだそうな。困ったものだ。どこまで金が続くかわからないけど、やっぱ買ってしまうんだろうなぁ。これも、71年の1月のライヴらしく、この頃のニール・ヤングが悪いわけないから、期待に胸をふくらませて待っていようと思う。
そうそう、ちなみに、フィルモアの方の「写真の」DVDですが、リージョンに関しては1から6までOKということで、簡単に言えばリージョン・フリーのようです。なぜか、うちにある安物の国内用DVDプレイヤーが壊れてしまって、やはり安物のマルチの方しか動いていないので確認はできないんですが、ジャケットにはそう記されていました。こっちの方もそれを期待します。
ただ、『 Heart of Gold』の方は、どうやらリージョン1で、国内用のプレイヤーでは再生できないようです。っても、これはまだ見てないんですけど。なんでも、『プレイリーウィンド発売後にナッシュビルでやったライヴを記録した映画らしいんですが、さぁて、どうしよう。そんなに散財はできないし... でも、見たいし.. 困ったものです。貧乏人泣かせのニール・ヤング? ってところですかねぇ。
投稿者 hanasan : 01:56 | コメント (0)
2007年02月08日
Harry Hosono(細野晴臣)、やっと到着。
ずいぶんと待たされたような気がするけど... というのも、注文したのはこのボックス・セットが発売されるという情報を入手した直後。はっきりとは覚えてはいないけど2ヶ月ほど前ではなかったかと思う。それに、本当は1月に発売されるという話だったんだけど、結局、それが延びてしまってうちに届けられたのは2月8日となった。で、その作品とは私が愛して止まないアーティスト、細野晴臣のボックス・セットでタイトルは『Harry Hosono - Crown Years 1974 1977 -』。
中身はというと、彼がエキゾチカなんてテーマでアルバムを発表していた、ソロとしては2枚目となる『トロピカル・ダンディ』と『泰安洋行』の紙ジャケット盤(それぞれボーナス・トラック付き)に、この当時にやったライヴのCD、そして、その映像を収めたDVDの4枚でそこに(これは買う前までほとんど知らなかった)まるで本のような解説付きという豪華版。(その解説によると本人が初めてリマスターに挑んだ永久保存版だとか)
といっても、こっちは当然ながら、『トロピカル・ダンディ』と『泰安洋行』は持っている。しかも、アナログにCDと、全てそろえてきた。だから、正直言って、今回、この『Harry Hosono - Crown Years 1974 1977 -』が出るにあたって、また、同じアルバムを買わされるのかい! と、頭に来たことは確か。単品で出してもらったら、もっと多くの人が買うことになるんだろうし... とはいっても、さすがにそれだけだったら、作品として弱いと感じたんだろうなぁ... ということは察することができるけど。
ジャケット最高のライヴCDの方は43分前後収められて入るんだが、DVDの映像はというと1976年の5月8日に横浜は中華街の同發というレストランの新館で開かれたライヴから3曲(「北京ダック」、「香港ブルース」、「蝶々さん」)と鈴木茂(ティンパンとしてですが)のリハーサル風景で2曲(「砂の女」「ソバカスのある少女」)、それに、パラダイス・ツアーと称された76年6月24日の神田共立講堂での鈴木茂「ソバカスのある少女」、細野晴臣の「サヨナラ」に、こんなものがあったんだと驚かされた『泰安洋行』の宣伝用プロモーション・フィルムに加えて、75年3月の蒲田日本電子工学院講堂で収録された「ハリケーン・ドロシー」。ちなみに、最後は小坂忠+ティンパン・アレーによるファースト&ラスト・ツアーのゲネプロの模様とか。
こうやって書いていくと「盛りだくさん」といった感じなんだが、本来作品として公表されることを想定して撮影されていなかったようなものも含まれているから、「記録」として見る方が正しいと思う。そんなに素晴らしい映像が隠されているはずはないから、それはそれでいいと思っている。そうであるとしても、ファンにとっては嬉しいことこの上ない。なにせ、まだまだ「若かった」ミュージシャンの姿がここに残されているのだ。当たり前のことだけど、みんな、ホントに若い。映像のほとんどが76年だから、この時バックにいる矢野顕子なんて21歳ですぞ。ぎゃぁ〜!って感じだけど、彼女の、不朽の名作『ジャパニーズ・ガール』が発表されたのがこの年で... あの録音がその前だから、まだ二十歳だったかもしれないなぁなんて思っちゃうわけであります。その頃の彼女がここで見られるんだけど、かわいい! まだまだあどけない感じで、この頃にリトル・フィートと録音して、彼らが「あんたは素晴らしすぎる、ギャラはいらねぇ!」と言ったのも十分理解できる。欧米では、日本人、特に女の子は実際の年齢よりもずっと若く見られるわけで、おそらく、ローエル・ジョージあたりが「この子供は化け物ではないか?」と思ったように想像する。
それに細野晴臣も... YMOのずっと前のお髭がない彼の顔、しかも、髪が短かった時の顔は、ほとんど見たことがないので、これも驚きです。全然かっこよくない。(すいません)でも、あの顔でこの音楽? という、まぁ、驚きというか... って、もちろん、顔で音楽をやるをやるわけではないけど、なんか凄いものを見たような気になりました。
ライヴのCDは... え、こんなのあったの? と思ったのが、「つめたく冷やして」と「アヤのテーマ」に「Talk T'me」なんですが、どこかで聞いたことがあるとは思うんだが、思い出せない。なんだろう、これ? と思いつつ、超豪華な解説本(?)を読んでみるんだけど、よくわからない。(なにせ分厚くて、老眼だから、読むのも大変で、全てを読んだわけじゃないから、どこかに書かれているのかもしれませんが)それに、『トロピカル・ダンディ』に加えられているボーナス・トラックについては、『キャラメルママ』や『ティンパン・アレー2』から4曲と目新しさはない。でも、サウンド・トラックとして録音された「宵待草のテーマ」は... なんじゃろうなぁと思いつつ聞いていくと、知っている... これって、『トロピカル・ダンディ』に収められている「漂流記」のアレンジ違いじゃん... なんて思いましたけど。なんでも神代辰巳監督の下、当時、私のあこがれだった高橋洋子が主演している映画で74年の作品に使われたらしいんだが、まぁ、ボーナ