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2008年06月12日
メタルにはまる - Berri TxarrakとSoziedad Alkoholika
昨日、5月頭のヨーロッパ取材旅行の素材をやっと形にできた。その結果が、Smashing Magに掲載したベルリンのバンダ・バソッティから始まるもので、取材してから一月以上かかっているのが情けない。が、どうしても多くの人が巻き込まれているスマッシング・マグやフジ・ロッカーズのスタッフが抱えているレポートの方を優先しなければいけないと思ってしまうのだ。当然ながら、それよりも優先順位が低いのが、自分のブログ。というので、こっちの更新がおろそかになる。ここに来ている人には申し訳ないけど、そりゃ、仕方がないと思う。しかも、このブログでさえ、書き始めると、どんどん話が広がってとんでもない量になるという問題もある。幾度も思ったことだけど、これからはシンプルにしてどんどん思ったことを書き残しておこう。そうじゃないと、全然先に進めないのだ。(それでもいっぱい書いてしまうのが笑えるんですけど)
というので、今回はメタル。これまでいろいろな音楽を聴いてきたけど、メタルだけは... といったら嘘になるかもしれないけど、それに限りなく近いと言ってもいいだろう、聴く気になれなかったし、聴いては来なかった。さぁて、なぜなんだろう? よくわからない。接点もなかったし、魅力も感じなかった。それだけのことなんだろうと思う。ん? 違うなぁ。あのワン・パターンな暴力的なイメージのジャケットが嫌いだったからかなぁ。それはかなりあると思う。
ところが、昨年、取材したバンドで、微妙に変化が生じる。それがバスクのバンド、Berri Txarrak(ベリ・チャラック)だ。実にシンプルなギター&ヴォーカル、ベース、ドラムスというスリーピース・バンドで、これがいい。地元の人たちによると、「フォークがメタルの音になっている感じかなぁ」というんだが、メロディがいいし、すごくタイトなリズムも好きで、エッジがあるというか... といっても、元来メタル系の音楽はほとんど知らないから、ほとんどなにも語れないんですけどね。実際、スラッシュ・メタルとか、デス・メタルとか、グラインド・メタルとか... それがなにかも知らないし、聴いても違いがわかるかどうか実に怪しいのだ。
それはともかく、彼らの作品で一番最初に入手したのは『Libre』というアルバムで、これは元ネグ・ゴリアック(フェルミン・ムグルサが完全にバスク語で歌った最初のバンド)のメンバー、カキから受け取った。
「今、バスクで面白いと言えば、これしかいないよ」
と言われたんだが、なかなか聴くチャンスがなかったというのが正直なところ。ところが、昨年3月の来日公演で、彼らのライヴを見て、こりゃ、面白いと聴き始めることになるのだ。
だから、最初に聴いたのはその来日公演で受け取った最新作... といっても、2005年の作品で『Jaio.Musika.Hil』。それに加えて、その前作『Libre』の2枚が、それからしばらくの間、うちでヘヴィーローテーションされることになる。この2枚がめちゃくちゃいい。なにがいいのか? なんだろうね。ライヴでニューオーダーの「ブルー・マンデー」あたりをカバーしていたところを見たら、おそらく、単純に一般的なメタルのイメージとは違ったところに彼らの音楽があると思うし、それが魅力なんだろうか。一方で、ジャケットを見てもわかるんだけど、メタル独特の「鋼鉄」系のニュアンスが全然ないのも面白い。実際、ビジュアル的にもベリ・チャラックの面々って、ベースを除いたら全然メタル・チックではないのです。といっても、うまく説明できないなぁ。
彼らにはまってかなりが過ぎた今年、5月3日にひさびさに彼らのライヴを見たんだが、それがスペインの中部、ラ・マンチャあたりで開かれたヴィーニャ・ロック・フェスティヴァルだった。このとき、約5万人を前に彼らが演奏していて、その後だったか、マネージャーと一緒に彼らの事務所のあるカタロニアのジェローナに行ったときに、彼らから「実は、ゴルカ(ヴォーカルで詞を書いている)の言葉がすごいんだ。詩人としてバスクでは高い評価を受けていて、いくつか賞も取っている文学者なんだよ」と言われたんだが、当然ながら、なにも理解できない。それなのに、なにかが引っかかる。いつものことなんだが、そういった直感がどこかで音楽の魅力だと思っていて、それを探っていくことで我々の常識や言葉を遙かに超えた音楽の持つとてつもない力を再発見することが多々ある。だから、今がそんな状態だと言ってもいいだろう。
ちなみに、この2枚のアルバムをあまりに気に入ってしまったからなんだろう、それ以前に録音されたアルバムも買ってしまった。といっても、このあたりの輸入盤の値段があまりに高いし、日本ではなかなか手に入らないので、渋々だけど、iTunesで購入。ジャケットの手触りが好きなので、よほどこのことがない限り、CDを購入したいんですな、ホントは。で、まずは1999年の『Ikasten』、2001年の『Eskuak, Ukabilak』を買ったんだけど、やはり、上述の2枚にはかなわない。その2枚も日本で買うと高いので、iTunesでのリンクも作っておきますが、『Libre』と『Jaio.Musika.Hil』のタイトルをクリックしてくれたら、すぐにみつかります。彼らのMySpaceでも音楽を聴くことができるので、そこをチェックしてみるのもお勧めです。さて、みなさんが彼らの音楽をどう感じるか? 興味津々です。
で、そのベリ・チャラックがヴィーニャ・ロック・フェスティヴァルで演奏したのが夕方のメタル系を中心としたステージで、メイン・ステージのヘッドライナーとして登場したのが、同じバスクのメタル・バンドでSoziedad Alkoholika(ソシエダード・アルクホリカ)。直訳したら、アルコール中毒協会って感じかしら。このバンドにも圧倒されました。ベリ・チャラックと同じマネージメントだというので、ステージ脇で彼らを見ていたんだけど、ゴリゴリなんですな。マイクを両手に持ってつぶれた声でシャウトする感じ? このときはなにを聴いても同じに聞こえたというのが正直なところ。それでも、数曲が「面白いなぁ」と思っただけだったんだけど、ステージから放たれているエネルギーのすさまじいこと。マネージャーが「こっちに来てみな」と言うので、ついていったのが隣のステージ。そこからオーディエンスが全て見晴らせるんだけど、ぶっ飛ばされました。奥の奥の方までびっしり。しかも、パンパンに膨れあがった感じのオーディエンスがものすごい勢いで揺れ動いて、バンドと一緒に歌っているんですよ、このメタル・バンドと一緒に。このゾクゾクする感じ、想像していただければと思うんだけど、並のライヴじゃなかなか味わうことはできません。
しかも、その中には、やはりバスクの旗が、カタロニアの旗がたなびいている。そんなこともあって、マネージャーに尋ねるんですね。連中はどんなことを歌っているのかなぁって。そうすると、『反人種差別、反ファシズム... 簡単に言えばレベル・ミュージックだよ』とのこと。そんなバンドがこれほどの反響で受け入れられているというのが、やはり日本ではあり得ないと思うのです。後日、このマネージメント会社のひとりと話をすることがあって、『おそらく、こういった現象は、ほとんどの国で希薄になっていると思う。これほどまでに攻撃的なレベル・ミュージックが最も受け入れられるのがスペインなんだ。おそらく、まだファシズムの記憶が生々しいからじゃないかな。』と言われたものです。実際、フランコの独裁が終わったのが70年代の終わり。80年頃に仲良くなったスペイン人の友人が口にしていた言葉を思い出します。『夜中に三人で歩いていたら捕まったのよ』と、そんな時代を生き抜いていた人々の国がスペイン。こういった傾向は理解できるし、バンダ・バソッティが本国よりもスペインでの方が支持されているというのも、それが理由なんだろう。
ちなみに、日本ではまだ入手不能なんだけど、発売されたばかりなのが、彼らの新しいアルバム、『Mala Sangre』。スペインでは発売第1週でこのアルバムが全国チャートの13位に顔を見せたとか。おそらく、ヴィーニャ・ロックでそんな彼らのピークを体験したということなんだろう。当然のように、このアルバムだけではなく、ベスト・アルバム、DVDといろんな素材を彼らから受け取ったんだけど、これ、完璧にはまっています。例によって、自分のLast fmをチェックしていただいたらわかるんだけど、自分のコンピュータで聴いている音楽のチャートでtop6に彼らの名前が出ている。簡単なことで、最初は「チェックする」ために聴いていたら、どんどん彼らの魅力にはまりこんだということ。彼らのメタルもこれまで自分が持っていたイメージとは全然違った、どこかでバンダ・バソッティあたりに通じるメロディを感じるというか... 実際、このバンドを聴いていろいろなメタル・バンドを聴き始めたんだけど、メタリカを聴いて全くぴんと来ない。それどころか、彼らと比較すると、メタリカがポップに聞こえるというか... それほどこのバンドのこのアルバム、『Mala Sangre』に魅力を感じるんですね。不思議なものです。
そのマネージメントが教えてくれたんだけど、このヴィーニャ・ロックで最も高いギャラを受け取ったのがソシエダード・アルクホリカだったとか。同じフェスティヴァルに、日本でも有名なソウルフライやセパルトゥラあたりが出演しているんだけど、そういったバンドよりも遙かに人気があるんだそうな。その一方で、自分の持っているメタルへの偏見を越えなきゃという意味もあって、「メタルの歴史を変えたのはセパルトゥラなんだ」というマネージャーの言葉に刺激されて彼らの『JChaos A.D.』と『Roots』を購入。まだ、少ししか聴いてはいないんだけど、これまで持っていたメタルへのイメージを変えないといけないなぁと、正直に思った。といっても、これが典型的なメタルなのかどうかさえ知らないんだけど、これまで想像していたものとは全く違う世界なのだ。どちらかというと、レイジ・アゲンスト・ザ・マシーンやエイジアン・ダブ・ファンデーションに近いと言ったら笑われるんだろうか。自分にはそういった感じに聞こえて仕方がない。いずれにせよ、レベル・ミュージックであることだけは理解できるのが不思議だ。
ところで、今回の取材旅行でも面白いことにいっぱい出会っている。マドリッドから車でヴィーニャ・ロックに向かったとき、空港で同行する人たちと落ち合ったんだが、そのうちのひとりが「会ったことあるよ」と言うのだ。そうしたら、なんと、ケムリというバンドと一緒にフランスをツアーしたときに同行したか、あるいは、パリであったのか... あまり記憶が定かではないんだが、そのときのレコード会社、ロード・ランナーの担当者だというのだ。今回はこのソシエダード・アルクホリカの担当者としてこのフェスティヴァルに向かっていた。地球が小さいと思うのはこんな時。いやぁ、びっくりです。
投稿者 hanasan : 2008年06月12日 08:50