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2006年11月11日

腰痛日記(続編)

腰痛は怒りである とりあえず、この本『腰痛は怒りである』は読んだ。基本的なコンセプトは、まず第一に「腰痛の常識」とされている嘘を暴くことから始まっている。そして、その呪縛から解放されなさいと説く。具体的なデータをあげながら、椎間板ヘルニアなどのMRIやレントゲンなどによる脊髄内の突出部分の大小が症状に比例しないことなどを症例から実証して、それが原因であるとは確定できないと示す。同時に、常識的に言われ続けている「年齢のせい」、「腰痛は人間であるから必然だ」「身体のゆがみ」といったこともことごとく否定。そのデータ的な部分について私達には確認できないから、これを鵜呑みにしていいのかどうかはわからないが、おそらくそうなんだろう。実際、自分のMRIの結果についても「通常ではそんなに痛くはない」と医者に言われている。が、痛いのだ。一時期は、あるいは、ある時間帯なのか、ある姿勢に依存するのか、めちゃくちゃ痛かったし、今も痛い。それはもう、ぶった切ってやりたくなるほど痛い。だから、そういった指摘についてはかなり納得できたように思う。

 加えて、従来の治療法についての問題を指摘。ブロック注射から腰ベルトに腰を引っ張るといった療法に関して、よい結果が確証されているものではないというのだ。それもある程度理解できた。要するに、そうして治った人もいれば、治らない人もいる。その意味で言えば、確実に有効であるとは断言できないと言うわけだ。そうだろう、確かにそうだ。原因が明確ではないのに、対処する方法がわかるという方が論理的におかしい。

 そして、登場するのがサーノ博士による『サーノ博士のヒーリング・バックペイン』に登場するTMS理論。Tension Myositis Syndromeの略で、緊張性筋炎症候群というもの。簡単に言ってしまえば、心的なストレスが問題だと指摘している。精神的な問題から自分の身を守るために防衛本能、あるいは、防衛機能として自律神経に働きかけ、その問題から意識をそらせるために肉体的な苦痛を与えて、意識をそこに向かわせるというわけだ。だから、そのストレスに真正面から対峙して、それを解決しなければ痛みはなくならない... という発想なんだと思う。簡単に言えば、病は気から。気持ちがすっきりしなければ治らない。だから、そこに目を向けようというのだ。

 それもどこかで正しいんだろうと思う。自分の場合を見つめ直して、ストレスがないといえば嘘になる。生活なんぞ、ストレスで溢れている。ただ、その説明だと、どこかで納得できないのは、「それならば、なぜ同じ時期に(私の場合は毎年9月ぐらい)痛みが出るのか?」という点だ。今回はそれがひどくなって例年とは違う痛みを感じているんだが、それにしても、そこになにかの因果関係を想定してしまうのだ。とはいっても、例年の場合、1ヶ月もすれば忘れてしまうほどになるのに、今回、それが長引いているのは、おそらく、その心因性のストレスによるところがあるのではないかとは想像できる。いやぁ、いろいろ思い当たる節がある。

 そう言えば、今、fujirockers.orgにやってきたスパム・メールの削除作業をしているんだが、8月から昨日までの数は18000。といっても、それはここに送られたものではなく、送ってもないメールが行方しれずで戻ってくるというもので、サーバーの管理者だったらチェックせざるを得ない、しかも、削除できないアカウントにこれが積もっている。その容量だけで110MBもあった。なんとか、今日削除できたのが12000通。受け取りを拒否できる設定をみつけたので、これからはこんなことはないと思うが、それにしても、仕事の関係で管理しなければいけないアカウントが多すぎる。だから、このところスパムだけで1日に7〜800通は受け取っている。それに加えて、スタッフ関連のメールの数も多いし... これがストレスにならないでどうする。

 おっと、話がそれてしまったが、この本はそういったストレスを列記して、それに向かい合うところから始めようと語りかけている。特に完全主義者でいい人はこういったことになりやすいとか。それって鬱病なんかも同じように思える。あれも、心的なストレスが自律神経を痛めていって身体に異常をきたしていくはずだ。ただ、いい人であるのを攻められる感覚って、なんか、嫌ね。まぁ、友人によく言われるんだが、あんたは人が良すぎるって。だったら、悪い人になれるかといえば、そりゃ、無理でしょ。

 ともかく、こういったことを自覚して、普通に生活することがいいと語りかけているんだが、ちょっと宗教じみているなぁ。西洋医学を否定しているわけではないといいながら、どこかで信仰にもに近い気持ちにならなければいけないとしたら... まぁ、それが「無意識的にも信じる」ってことなんだろうけど。そして、瞑想をしたりしながら... と書かれているが、どうもうまく理解していないんだろ。

 と、もう一度読んでみようと思っているが、一通り読んだ結果として、自分がやっているのは、とりあえず、適度な運動。っても、1日に1時間以上も歩くのがそうなのかはわからない。ただし、いつも家でコンピュータに向かい合っているだけの毎日なので、それほどおかしくもないだろうし、普通だろう。実際、一昨日は自宅から原宿、そこから新宿、そして、代々木と歩いて、そこから電車で恵比寿に移動して、歩いて帰宅した。昨日は自宅から明治通りを渋谷に向かい、そこから池尻大橋に出て、中目黒の友人の店でちょっと休憩して恵比寿経由で歩いて帰宅。ただ、歩くことは全然苦痛ではないし、どんどん楽しくなっている。このまま行けば走り出しそうで、そうなったらそれでまたいいだろう。

 おかげで、確かに体調は良くなっているような気がする。もちろん、そういった運動に伴ってタンパク質を補給することや健康な食事をすることも心がけ始めているし。ただ、そうやって筋力を付けても、(たかだか1週間ほどで変わるとは思いませんが)痛みはそれほど変わってはいない。机に向かって仕事をしているときはほとんど感じないのだが起き上がった時、寝る時などはかなり痛い。どうやら、筋肉がつったときのような痛みで、時に刺すような痛みにも感じる。

 というので、始めたのがストレッチだ。この参考にしているのは『腰痛は絶対治る!』という本。なんでも阪神タイガーズのコーチもしていたという中川 卓爾という人が書いたもの。症状によってどういったストレッチが必要なのかを丁寧に説明している。といっても、その例というのは7パターンぐらいなんだが、なんとなく、これがいいような気がしてきているから不思議。まぁ、これもまだ始めたばかり。これからどうなるか、まぁ、それは身体が教えてくれるだろう。



投稿者 hanasan : 2006年11月11日 17:00

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