生きているTrex神話

T.Rextasy  ん? これは...

 と、写真を目にしてそんな反応を見せた人は、おそらく、70年代半ばに青春のまっただ中にいたロック・ファンだろう。

 今ならそれほど奇異には感じないかもしれないが、当時、一世を風靡したのがグラム・ファッション。男性がまるで女性のように化粧をしてきらびやかなコスチュームに身を包むというものだ。そのきっかけを作ったのがマーク・ボラン率いる… というより、ボランそのものだったTレックス。この写真はどう見てもそのTレックスなのだ。

 なんで今さら当時の写真を… と疑問に思ったり、それにしては相棒のミッキー・フィンが長髪でもないし、派手な衣装も身につけていないと思いを巡らした人もいるかもしれない。はたまた、マダム・タッソーの蝋人形館からボランが飛び出してきたのか… おそらく、いろんな思いが交錯しているだろう。が、この写真が撮影されたのは97年9月30日。大学の街として有名な英国のケンブリッジにある、コーンエクスチェンジと呼ばれるコンサート会場でのことだ。

T.Rextasy  実は、この日はマーク・ボランの生誕50周年記念日。同時に、「30歳を越えるまで生きたくはない」と口にしていた言葉を現実にしたかのように彼が悲劇的な交通事故で他界したのが20年前の9月16日と、いわば、Tレックス・ファンにとって97年は節目の年でもある。というので、この日、ボランの功績をたたえるトリビュート・コンサートが開かれていたのだ。

 トリビュートとは本来「捧げる」とか「賛辞する」という意味で、このコンサートを主催していたのはかつてTレックスのローディだった人物。彼がこの会場のマネージャーとして働いていたことから昔の仲間に声をかけてこれが実現している。それが理由だろう。ファンには伝説となっているマークの相棒、ミッキー・フィンやマークゆかりの人々がこの日、続々と集まってきたのだ。

 が、問題は中心になって演奏している人物。どう見てもマーク・ボランなのだ。実は彼こそがここ数年ロンドンを中心に流行っているトリビュート・バンド!?(簡単にいえば、本物そっくりの偽物)のひとつ、Tレックスタシーの中心人物、ダニエルズ。マークうりふたつで身長や体重に足のサイズまで同じという究極のそっくりさんで、当然、熱狂的なボラン・ファンでもある。もちろん、姿形が似ているだけではただのしゃれにすぎないのだが、その声からステージングまでが本物そっくり。亡きボランの妻や兄が彼の演奏を見て亡霊が甦ったかのような錯覚にとらわれたというのも充分頷ける。

 しかも、未発表曲を「マークが生きていたらこうしただろう」と思えるほど完全な形に完成させたり、独特の感触を持つあのサウンドを生かして「実は、Tレックスの未発表曲が発見されたんだ」と嘘をついても誰も疑わないような「新曲」を録音したりもしている。いわば、本物(!?)の偽物なのだ。

T.Rextasy  そのダニエルズがボランと同じくTレックスの顔だったミッキー・フィンとふたりでステージに立ったときの光景といったら… いくら彼が偽物だといっても、ファンには夢が現実になったようなもの。この日会場が大いに盛り上がったことは容易に想像できるだろう。しかも、シークレット・ゲストとして英国の聴衆の前で初めて歌ったのがボランがこの世に残した一粒種のローラン。彼がちょうど母親の胎内にいたときに録音されたという曲を親父そっくりのダニエルズと一緒に歌った光景を見て涙を流したファンもいたほどだ。

 その中にわざわざ日本から会場に駆けつけた熱狂的なファンもいる。なんでもTレックスのアルバム売り上げで世界最大のマーケットが日本。イエロー・モンキーといった人気アーティストが世界初のTレックスのトリビュート・アルバムを作ってもいるのだ。加えて、そのプロジェクトの中心人物、秋間経夫氏にいたっては、同じステージで演奏も経験。そんな光景を見て天国のマーク・ボランがなにを思ったか… それだけは本物に尋ねるしかない。

1997年11月朝日グラフに掲載

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