優しいレベル・ミュージック、ジャズ・レゲエ

 これはレベル・ミュージックである。こう書き出せば、奇異に思われるに違いない。なにせ、アルバムの主人公はサンドラ・クロス。マッド・プロフェッサー率いるアリワ・レーベルの顔として、あるいは、ジャネット・ケイやキャロル・トンプソンに次ぐUKラヴァーズのクイーンとして知られてきた人物だ。しかも、この作品を聴いても誰もそんな感想は持たないだろう。一言でいえば、これはブラジル音楽界の巨人たちがアメリカのジャズ・ミュージシャンと作った傑作「ゲッツ・ジルベルト」のレゲエ版。自宅でのんびりとくつろぎながら聴くことのできるアルバムにそんなイメージはひとかけらもない。

 が、サンドラと並ぶ今回の主人公でプロデューサー、ジャズ・ジャマイカのギタリスト、アラン・ウィークスがアルバム録音中に飛ばしていた冗談がその意味を象徴しているのだ。

「どう転んだって、ジャズってのは、アメリカ人がアメリカのスタイルでアメリカで創ったものしか認められないんだよ」

 このアルバムはそんな現状に対する「レベル(反逆)」だ。ここ数年、筆者が実証しようとしていたのは「レゲエの源流、スカはジャズであり、ジャズが生まれたのはアメリカではなくカリブ海だ」という発想だった。その第一弾が、ロンドン最強のジャマイカ人ミュージシャンを集めたジャズ・ジャマイカがジャズの名曲をジャマイカ風に料理した「ザ・ジャマイカン・ビート(1&2)」。そして、逆方向からそれを証明しようとしたのがジャマイカ人2世のUKジャズ系ミュージシャンを集めてボブ・マーリーの名曲を独自の解釈でカヴァーした「ワン・ラヴ」だった。いわば、今回はその続編と言ってもいい。

 それはレゲエとジャズをより完成された形で融合したヴォーカル中心のアルバムを制作することだった。おそらく、こう言えば、多くのレゲエ・ファンが思い浮かべるのはジョン・ホルトの名作「1000ヴォルト」。あるいは「所詮、ジャス・スタンダードをレゲエにしただけでしょ?」と、レゲエは売れ線の曲をカヴァーする下世話な音楽といったイメージを持ち上げる人もいるかもしれない。

 もちろん、そんな一面があることは否定しない。なにせレゲエが抱えているのはそのバイタリティ。あのリズムで音楽史を塗り替えることができるほどの可能性を秘めている。それに当の本人、サンドラだってそれに近い発想をしていたかもしれないのだ。後に発見するのだが、彼女は数曲を除いて今回のアルバムに収録した曲を耳にしたことがなかったとのこと。また、それを歌っているジャズ・シンガーのレコードもほとんど聴いたことがなかったと洩らしてもいる。が、レコーディングが終わった時、彼女が興奮してこう話し出していたものだ。

「これは私にとって転機になると思うの。これまでのレコーディングといえば、私がアイデアを持ち寄って、マッド・プロフェッサーがエンジニアをしていただけのようなものだったし、ジャズなんてフィールドで活動しているミュージシャンと演奏したこともなかったもの。なにか自分の前で新しい世界が開けたような気がするのよ」

 その変化はスタジオでも如実に現れていた。スタジオに集まったミュージシャンの演奏に反応して彼女の歌い方が微妙にスイング。まるでジャズ・シンガーのような歌唱法を披露し、彼女が「おかあさんに言われたのよ。『あんたがジャズを歌えるなんて知らなかった』って」と笑みを見せていたものだ。

 それは彼女をサポートしたミュージシャンにも言えることだった。

「最初は、こういったプロジェクトって、日本でしか受けないと思っていたんだ。でも、録音中に『そうじゃない。僕らはとんでもない音楽を作り出しているんだ』って思えるようになったってのか…」

 プロデューサーのアランもそう語っている。ジャズ・ジャマイカのプロジェクトだけではなく、キャロル・トンプソンの前線復帰第一弾「フリー」でビリー・ホリデーの名唱で有名な「ラヴァー・マン」を見事なジャズ・レゲエに仕上げた彼はこうも続けていたものだ。

「ただ、あの時期にはここまでのサウンドはできなかったと思うんだ。まだ暗中模索だったから。でも、このアルバムでジャズ・レゲエが見えたってのかな」

 また、このセッションに参加したミュージシャンたちも口を揃えてその感激をあらわにしていたものだ。「このプロジェクトに参加できて、すごく幸せだよ」と語っていたのはやはりジャズ・ジャマイカのドラマー、ケンリック・ロウ。スカやレゲエにジャズも演奏する彼がその接点をつなぐ微妙なドラム奏法をここで披露してくれている。また、録音の予定がない日にもスタジオに足を運んで興奮していたミュージシャンもいた。誰もがレゲエの可能性を大きく広げることになったこのプロジェクトに心酔しているのがわかるのだ。

 基本的なリズムはレゲエ。が、ヴォーカルがスイングし、それぞれのミュージシャンたちの素晴らしいインプロヴァイゼイションが展開する。しかも、顔を覗かせているのはカリブ海を坩堝に生まれた様々な音楽。かといって、誤解のないように明言しておきたいのは、ジャズが崇高な音楽だとは誰も思っていないということだ。ただ、レゲエに向けられた敬意のなさを何とかしろということだろう。

「レゲエもジャズと同じように簡単には演奏できない音楽なんだ。あのマーカス・ミラーだって、レゲエのベース・ラインを真似できても演奏はできない。結局はレゲエもどきでしかないってことなんだ」

 今回の録音にソロで参加してくれたアルチューロ・タッピンはそう語っていたものだ。また、オルガンで参加したクリフトン・モリソンもこう話している。

「あまり知られていないけど、アート・アンサンブル・オブ・シカゴのレスター・ボウイが実は、ワレイカの丘にあったラスタのコミューンにいたことがあるらしいんだよ。彼らの音楽とカウント・オジーに接点があるのは、そんなところからも想像できるんだ」

 それが事実かどうか、確認は取れないが、多いに可能性はあるだろう。また、今は亡きドン・チェリーがリコ・ロドリゲスを絶賛していたという話を聞いたこともある。が、そんな人々がわずかながらに存在する一方で、いまだにレゲエに与えられているのは第三世界の単純なダンス・ミュージックというイメージ。だからこそ、こういったアルバムでレゲエの限りない可能性を形にしていかなくてはならないと思うのだ。そんな意味で、サンドラ・クロスのこのアルバムは明らかなレベル・ミュージック。ただ、あくまで心地よくスイングし、身体が前後に動くというレゲエでもある。おそらく、なによりも重要なのはそれを素直に楽しむことなんだろうが。

1996年10月ラティーナに掲載

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