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日本を離れる前(70年代のこと)、特に大学時代は、ジャズって言うのは、真剣に物音も立てないでじっくり聞くものだと思っていた。まぁ、当時にありがちな(今でもそうかもしれないけど)、頭でっかちのジャズ好きだったわけだ。ちょっとインテリっぽいおしゃれさの臭う4ビートのジャズや、それに輪をかけたインテリ臭さを醸し出すフリー・ジャズとか、まぁ、そのあたりを聞いていたわけだ。 たとえば、ジョン・コルトレインだったら、みんなの大好きな『ジャイアント・ステップス』や『マイ・フェイヴァリット・シングス』を出すのではなく、『トランジション』とか『アセンション』とかを持ち上げたり... あるいは、フリーの代名詞のようになったアルバート・アイラーも本当は、スタンダードからフリーへの過渡期だった『マイ・ネーム・イズ・アルバート・アイラー』(これ、超名作ですが)が一番好きだったのに、それよりも『ベルズ』や『ゴースト』を持ち出してきたり... その後に、ECMへと流れが変わって、キース・ジャレットの初期やラルフ・タウナー、ヤン・ガルバレクあたりに傾倒するんですが、まぁ、どこかで格好を付けていたわけです。誰でもそうなんだとは思うけど。
まぁ、そんな流れのなかで出会ったのがジャズ・ディフェクターズやIDJ(I DANCE JAZZ)。彼らのダンスには圧倒されました。90年代の終わりになって、日本でもダンス・カルチャーといったようなものが大きくなっているけど、彼らほどに独創的で驚異的なストリート・ダンサーってのには、いまだにぶつかったことがない。昨年、ロンドンのジャズ・カフェで開かれているハイハットという(SnowboyがメインDJ)クラブに行ったときも素晴らしいダンサーがいっぱいいたけど、結局彼らの基盤になっているのは当時のJDsやIDJといった人たち。その時会ったイエール大学のプロフェッサー、ロバート・トンプソン氏が言っていたけど、こんな動きはいまだにアメリカでもないらしく、彼らのことを賞賛していたものだ。 イギリスの面白さは、どこかでこうなってしまうところなんじゃないかと思う。本当は、オリジナルなものはアメリカから来ているのに、それを型にはまらない発想と姿勢で独自なものに作り上げてしまう。こと、ポップ・カルチャーに関する限り、これはビートルズの頃から変わっていないように思えるのだ。 2001年3月11日記す。
こと音楽やファッションに関する限り、突然変異が日常茶飯事になっているのがロンドンだ。奇抜なスタイルに決めたパンクから、男が女のように化粧したニュ−・ロマンティシズム。並の神経じゃ理解できないものが続々と誕生し、伝染病のように広がってゆく。「常識?それ、なんなのよ?」 と、突拍子もないものが普通だってな顔で幅を効かすのがこの町なのだ。 ところが、そんなロンドンが腰を抜かしたのがここ1〜2年のジャズ・ブ−ム。といっても、日本のジャズ喫茶店風ネクラ音楽観賞大会は全くお呼びじゃなくて、な、なんと10代の若者たちがキャ−キャ−騒ぎながら30年ほども昔のジャズでダンス。しかもジャズ・ディスコまで存在するってぇから、信じられない。 そのジャズで踊る現象が始まったのがやはりナイトクラブだ。今じゃスタ−並の人気になったDJ、ポ−ル・マ−フィが主催する "ジャズ・ル−ム" ってのがオ−プンしたのが約2年前。その頃は好き者が勝手に遊んでいたって感じなのに、今じゃ入りきれない人が毎日百人以上。彼も週5日はイギリス中をツア−(!?)してのクラブ出演と、大忙しの毎日を送っている。
「普通のディスコって、いつもバ−ン、バ−ンって感じでしょ。そ、無理やりベ−ス・ドラムの音を押しつけられて踊るワケ。でも、ジャズはもっと自然に身体をスイングさせんだよね。それに、僕らはベ−スじゃなくてフル−トのソロでも踊るし・・・ まぁ、ダンスはジャズのアドリブだな。自由に感じたまま踊るのが面白いんだよ。」 思うに、彼らは聴くのが絶対不可能なジャズを作り上げてしまったようだ。 |