[市民平和訴訟の会・東京]提訴の解説

(注)第1次提訴(1991.3.4)にあたり、弁護団長:加藤朔郎弁護士が「法と民主主義」に投稿した文です。

市民平和訴訟の提起

      弁護士 加藤 朔郎

 全国の五七一名の原告が「平和憲法を守る」「戦争に加担しない」という強い意思を表明し、政府の憲法違反の行為を差し止めるために東京地裁に提起した訴状の内容を要約して紹介する。
 請求の趣旨は「九〇億ドルの戦費支出と自衛隊機派遣の差止、原告一人当たり一万円の慰謝料の請求」であり、請求原因の構成は以下のとおりである。

1 戦費支出は憲法違反
 憲法九条は国際紛争を解決する手段として武力を行使することを永久に放棄し禁止している。米軍を中心とする多国籍軍のイラクに対する攻撃は「国際紛争を解決する手段」としての武力の行使であることは明白であり、これは憲法九条の原則とは相容れない。
 ところが、政府は米軍を中心とする多国籍軍のために戦争遂行に必要な戦費(九〇億ドル)を支出することを決定した。「湾岸戦争遂行に必要な戦費」を提供することにより、多国籍軍の「国際紛争を解決する手段としての武力の行使」が現実に継続・遂行されることになるのであって、結果的には戦争に加担したことになり政府の行為によって武力の行使が遂行されるのと何等変わりはない。日本はまさに「共犯」となっている。多国籍軍への戦費支出が恒久平和主義を宣言した日本国憲法に違反することは明白である。

2 自衛隊機海外派遣の違憲・違法性
 いまや自衛隊は、その兵力・装備とも世界有数の近代的な武装組織となり、米ソにつぐ世界第三位の軍事費となっている。このような実態を有する自衛隊が憲法九条が禁止する「戦力」に該当することは明らかである。また、政府は特例政令を定め、国際機関から要請があったときは、自衛隊機によって避難民を輸送するとしている。しかし、派遣される輸送機はその性能・装備からしても、国際法上も軍用機であり、憲法九条が保持を禁止している「戦力」を構成することは疑いない。巨額の戦費を負担し、実質上の参戦国とみられる日本からの自衛隊機の派遣は実質上武力の行使または威嚇に当たり、海外派兵の第一歩となり、武力行使の目的をもった海外派兵に道を開く。
 さらに、自衛隊機の海外派遣は自衛隊法にも違反する。同法は自衛隊の海外での軍事行動を全く予定しておらず、自衛隊の海外軍事行動を根拠づけるような規定は存在しない。
 特例政令は自衛隊法一〇〇条の五に基づいて制定したとされているが、同条は「国賓等」の輸送に関する規定であって、どのように解釈しても「避難民」を輸送する根拠とすることはできない。万一これを許すとすれば、政府は憲法・自衛隊法が禁止している事項を下位の法規である政令で定めることになり、国会を唯一の立法機関とした憲法に違反する。
 以上のように、自衛隊機と隊員を海外に派遣することは憲法及び自衛隊法に違反するものであり決して許されない。

3 戦費の負担、自衛隊機の派遣は平和的生存権等を侵害する
 憲法前文にあるように、日本国民は「政府の行為によって再び戦争が起こることのないように決意し・・・この憲法を確定」し、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ平和のうちに生存する権利を有することを確認」した。すなわち、平和のうちに生きる権利が保障されている。それに止どまらず、戦争の被害者にならない権利だけでなく、他国民に被害をもたらさない、いわば「戦争に加担しない権利」「加害者とならない権利」「殺さない権利」も保障しているところに日本国憲法の特別の意義がある。各国がこの権利を保障することによって、憲法が宣言する「全世界の国民」の「平和のうちに生存する権利」の享受と恒久平和が実現できる。
 現代の戦争が大量の兵力・ハイテク兵器を基礎とした総力戦として戦われる以上、ミサイルを発射する者とミサイルを運ぶ者に差異はない。戦費負担は「人殺し」の共犯と評価される行為と言わなければならない。戦費を負担することは戦争に直接参加することと同じく「殺さない権利」の侵害である。原告はその意に反して戦争加担国の国民とされ、その拠出する税金が戦費として使用されることにより、自らも「共犯」の一員となることに到底堪えられない。従って、原告は「平和のうちに生存する権利」「殺さない権利」の本質から当然に戦費支出及び自衛隊機派遣を差し止める権利を有している。

4 戦費支出・自衛隊機派遣は納税者基本権の侵害
 憲法の国家財政に関する各規定は、国民主権・恒久平和主義・基本的人権の保障という基本原理のもとにおける条項である。国は国民に課税したり徴収した税金を使用するにあたっては、厳格に憲法に適合する目的で課税し、使用する義務がある。一方、納税者(国民)は、憲法に適合するところに従って租税を徴収し使用することを国に要求する権利を保障されている。戦費を支出したり、自衛隊機を派遣することが憲法に違反すること、平和のうちに生存する権利・殺さない権利を侵害することは明らかであり、納税者は政府の違憲・違法な行為を差し止める権利を認められる。

5 政府の行為によって原告の被る損害
 原告らを含む日本国民は、既に述べた政府の違憲・違法な行為によって、その意に反して戦争に加担させられることに対する良心の呵責、戦争による環境汚染等によって原告自身の生命や身体が害されるという不安・恐怖を味あわされている。また、原告が拠出した税金が違憲・違法な目的に使用されることにより、財産的な損害も受ける。原告の蒙る損害は計り知れないが、その損害のうち原告一人あたり金一万円の慰謝料を請求することにする。

 以上のように、平和的生存権については特に「戦争に加担しない権利」「加害者にならない権利」「殺さない権利」を強調し、また「納税者基本権」を根拠としていることが特徴と言えるかもしれない。
 湾岸戦争が事実上停戦となり、九〇億ドルも既に支出されたと伝えられるが、提訴後も原告として訴訟に参加したいという人々がおられる。 今こそ、日本国憲法の理念を世界に向かって押し出すべき時期ではないだろうか。
 もちろん訴訟の前途には多くのハードルも予想される。原告団・弁護団は一体となって、各分野の専門家の協力もいただきながら、ハードルを乗り越えて前進しなければならない。最後までご支援をいただきたい。

 ところで、右に説明したように本件は行政訴訟ではなく民事訴訟として提起したのであるが、訴状提出の際には受付係が「民事事件として受け付けるか、行政事件として受け付けるかを行政部と協議している」として三〇分も待たされ、ようやく民事事件として受け付けられ、東京地裁民事第一三部が担当するということになった。
 ところが、提出後まもなく原告側の意見を聞くこともなく、本件は行政事件専門部(民事二部)に回付された。極めて異例であり、不明朗である。
 この回付がどこで、どのような根拠に基づいて決定されたのかの説明はない。我々は、東京地裁裁判官会議に対して回付をした根拠とその経緯の説明を求める質問書を提出した。
 さらに、民事二部からは「九〇億ドルの支出差止めを求める請求については九〇億ドルを訴額算定の基準とすち求であること、仮にこれを財産上の請求と見ても、民訴法及び民訴費用法にいう「訴額」が「原告において勝訴判決によって得ることのできる直接の経済的利益」を指す以上、これらの請求の訴額は算定不能とすべきであるとの見解のもとに印紙を貼用したのである。
 このような訴状提出前後の裁判所の態度は国民の裁判を受ける権利を軽視ないしは無視するものであり、審理に入る以前に裁判所を相手にした論争もしなければならなくなった。

 なお、同種の訴訟が広島・大阪・名古屋(慰謝料請求のみ)でも提起されている。各地の原告・弁護団とも交流し、協力しあって勝利を目指したい。


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