1.この訴訟において原告は,90億ドルの戦費支出と掃海部隊のペルシャ湾 への派遣という政府の行為は,湾岸戦争の一方の当事者に加担したことで あり,これらの行為によって原告らの平和的生存権と納税者基本権(ある いは戦争に加担したくないという思いや信念,税金を戦費に使用させたく ないという切実な願い)が違法に侵害され,重大な精神的苦痛を被ったと して原告一人当たり金1万円の慰謝料を請求しました.
2.しかし判決は,原告らが求めた請求のうち「90億ドルの戦費支出と掃海
部隊派遣の違憲・違法確認請求」を却下し,「原告一人当たり1万円の慰
謝料請求」は棄却しました(主文とある部分です).
判決がこのように判断した理由を述べているのが,「事実及び理由」の
第三,争点に対する判断の部分です.詳細は判決そのものを読んでいただ
くとして,判決内容をかい摘まんで説明します.
3.争点に対する判断の第1は,90憶ドル支出と掃海部隊派遣の違憲・違法
確認の請求についてです.
裁判所はまず,裁判所に与えられている司法権の性格から論じ始めます.
つまり,司法権はもともと具体的な法律的な紛争について裁判を行うこと
が許されるのであって,裁判所は抽象的に政府の行った行為の違憲・違法
につき判断することは原則として許されない.現行法のもとでは,政府の
国費支出等につき具体的な紛争を離れて憲法,法律に適合するかどうかを
判断するという制度は予定されておらず,平和的生存権と納税者基本権に
基づいて直接に違憲・違法確認請求ができるという見解を採用することは
できない.また,紛争の解決を目的とする訴訟制度からすると,過去の事
実の存否の確認は,現在の紛争の直接的かつ抜本的な解決手段として最も
有効適切と認められるときに限って許される.原告らは,平和的生存権等
が侵害されたとして違憲・違法確認の請求をするが,この請求は紛争の直
接的かつ抜本的解決のための最も有効適切であるとは言えない.政府の過
去の行為によって平和的生存権等が侵害されているというのであれぱ,損
害賠償請求をするべきである.違憲・違法の確認を求める利益(確認の利
益)がないから原告らの請求は不適法である.原告らの請求を行政訴訟と
解しても,法律上その様な訴訟を認める訴訟類型がないから不適法であ
り,違憲・違法の確認を求める請求は却下する.
4.平和的生存権に基づく慰謝料請求について
憲法前文が,「全世界の国民が平和のうちに生存する権利を有する」と
宣言していること,憲法9条が戦争を放棄し,戦力不保持及び交戦権の否
認を規定しており,恒久平和主義が憲法上極めて重要な理念であることは
いうまでもなく,日本国民が平和のうちに生存することは,その基本的人
権保障の基礎的な条件であって,憲法が全世界の国民について平和のうち
に生存する権利を確認し,それが実現されることを希求していることは明
らかであるとしながら,原告ら個々人がその侵害に対して不法行為に基づ
く救済を求める具体的な権利(損害賠償請求権)をもつとは言えないと判
断.「平和のうちに生存する権利」ということ自体から直ちに具体的な意
味内容が確定されるものではなく,それを実現する手段・方法が特定され
るわけでもないから,裁判規範となるべき個々の国民の権利として個別具
体的な内容を確定することは困難であり,憲法前文を根拠として,個々の
国民に対して平和的生存権という具体的権利ないし利益が保障されている
と解することはできない.
5.納税者基本権の侵害による慰謝料請求について
憲法の定める財政民主主義が国会の議決,国会の定める法律に基づくこ
とを要請する理由は,主権者たる国民が財政を監視し,言論表現の自由を
もって批判し,参政権を通して議会制民主主義の過程において是正を求め
ることが期待されているから,財政民主主義が単に国会による議決を経る
ことのみを内容とするものではないが,しかし原告ら個々人がその侵害に
対して不法行為に基づく救済を求めることのできる具体的権利ないし利益
を有するとは言えない.憲法の財政に関する諸規定は,国民は国会を通じ
て財政に関する主権を行使すべきであるという間接民主主義の制度を予定
しているのであって,国費の支出を伴う国のすべての施策について国民す
べてが納税者たる資格に基づいて直接にその是非を争うという制度ないし
は権利を予定し保障していると理解することはできない.
6.人格的利益の侵害による慰謝料請求について
原告らが慰謝料請求の根拠としている国家賠償法は,確立した権利に対
する国の侵害行為だけではなく,権利としては明確に確立されていなくと
も,法律上保護されるべき利益に対する侵害が違法であると認められれば
不法行為が成立する.そして,個人の内心的な感情もそれが害されること
による精神的苦務が社会通念上受忍すぺき限度を超える場合には,不法行
為が成立する余地がある.原告らが個人的な被害であると主張する精神的
苦痛について検討しても,原告らの生命,身体に対する侵害への恐怖と不
安が現実化したとは言えない.また,国家の政策決定と国民個々の判断が
一致しないということは民主国家においては当然であり,原告らが政策決
定を批判することは禁じられていない.そして,戦争に加担したくないと
いう思い,税金を戦費に使用させたくないという切実な願い等が侵害され
精神的苦痛を受けたとしても,それは国民一般に広く生ずる公憤ないし義
憤であって,救済を求めることができる利益ではない.原告らの精神的苦
痛が個人的な苦痛であるとすると,それは個人としての憤慨の情,不快感,
焦燥感,挫析感等であり,このような精神的苦痛は多数決原理を基礎とす
る決定に不可避的に伴うものであり,それを回復するには原告らの見解を
広めるための活動によってなされるべきであり,法的保護に値する利益と
は言えない.
以上のとおり,裁判所は原告らの慰謝料請求を根拠がないとして棄却し
ました.
7.いくつかの感想を述べます.
(1)原告らがあれだけ詳細に立証した湾岸戦争の本質,実態について全く
触れていません.そして政府が支出した90憶ドルの戦費がどのように使
用されたのか,掃海部隊の具体的行動についても明らかにしようとして
いません.これらにつき検討もしないで原告らの精神的苦痛がどのよう
なものであるかを理解することはできないといわなければなりません.
(2)安保の再定義,極東有事研究等が進められ,恒久平和主義の原理に対
する危機が言われ,また世界的に平和的生存権の重要性に対する認識が
深まっている現在,裁判所は平和及び平和的生存権について極めて浅薄
な考えしかもっていないことに失望しました.
(3)納税者基本権についても,税金の徴収と使用を分断するという旧来の
理論から一歩も出ていません.住専間題など,国民が税金の使い方につ
いて重大な疑問を提起して,発言し行動を始めている現状であるのに,
裁判所は鈍感としか言いようがありません.
(4)原告らの戦争に加担したくないという感情は「公憤・義憤」であって
請求を認めないとし,同時に「個人としての憤慨の情」としても請求を
認めないというのはどういうことなのでしょうか.