「手抜き」判決を乗り越える
弁護士 加藤朔郎
一九九一年の湾岸戦争の際、日本政府が多国籍軍に対して九〇億ドルもの戦費を拠出し、掃海部隊を派遣したことにつき、一一〇〇名を越える多数の市民が戦費拠出と掃海部隊派遣の違憲であることの確認と、一人当たり一万円の慰謝料の支払いを求めていた「市民平和訴訟」につき、七月一五日、東京高等裁判所第四民事部は請求をすべて却下・棄却する判決を下した。この判決は、東京地裁の一審判決(一九九六年五月一〇日)の理由を引用しているだけのものであり、高裁としての判断をしていない正に「手抜き」判決そのものである。
原告らは湾岸戦争に加担することは、憲法が全世界の国民に保障している平和的生存権を侵害し、納税者基本権(政府は憲法に合致する目的にのみ税金を使うことができ、憲法違反の目的に税金を使うことは許されない、違憲の目的に税金が支出されようとしたきは国民は支出を差し止める権利をもつ)を侵害することであると主張したのであるが、東京地裁も東京高裁もこれらの基本的人権を具体性がないとか、認めるべき規定がないという理由で切り捨てた。また、湾岸戦争が米国によって仕組まれた戦争であったこと、非戦闘員に対する無差別爆撃等国際法にも違反した戦争であったことなど、湾岸戦争がいかなる戦争であったかという実態には完全に目をふさいでいる。政府の戦争加担行為の違憲性が争われているのに、戦争の実態と日本政府が拠出した戦費がどのような使途に使われたかについて証拠調べをしないで適正な判決はできないはずであるという原告らの主張を無視してなされた点も強く批判したい。
ところで、判決の「結論」については大いに不満であるが、この訴訟は裁判運動としては成果があったと自負している。
本訴訟の原告らは一九九一年三月の提訴以来、「法廷を学習の場に」するという方針をとり、一審では二〇回の口頭弁論を行わせ、計七名の証人・原告本人の尋問、湾岸戦争下のイラクの状況を撮影したラムゼー・クラーク氏のビデオの法廷における再生(大型スクリーンを使用して裁判官を含む全員でビデオ内容を検証)を実現させた。使用された法廷は東京高裁で最大の一〇一号又は一〇四号法廷であり、毎回約一〇〇名の原告と傍聴人でほぼ満員であった。二〇回の口頭弁論の度に、必ず数名の原告本人が戦争加担に反対しこの訴訟に参加した理由を述べた。ある原告は中国大陸における兵士としての戦争体験から戦争を放棄した憲法を守ることの大切さを語り、他の原告は広島での被爆体験から戦争加担は許し難いこと、自らの支払った税金が戦争に使われることについての苦痛を語った。意見陳述をした原告は延べ数十名に及んだ。いずれの意見も、熱意と誠実さと迫力がこもっていたので、傍聴席からは思わず拍手が起き、裁判官が制止できないという場面がしばしばあった。
原告側は、民事訴訟法の原則に則り、準備書面を陳述するにも、必ず口頭で要旨を説明することとしていた。この方式は一定の時間を要するので裁判所は好まないが、法律の規定通りにやりたいと言えば裁判所は拒否できないのである。原告本人の意見陳述を毎回実行できたのも、原告の誠実さと熱意が裁判所に理解されたからでる。
特筆すべきこととして、この訴訟では口頭弁論の回を重ねても原告の法廷出席者と傍聴者の数が減らず、次々と新しい参加者が現れて、原告としての様々な活動に参加し裁判の準備に協力したことである。裁判闘争が長引くとえてして参加者の減少に悩むものであるが、この事件では全く反対であった。
湾岸戦争への戦費支出、そして自衛隊掃海部隊の海外派遣という現憲法下での初めての事態について、裁判所は原告らの訴えに正面から答えることを拒否したが、原告らはこの訴訟に参加したことによって得た成果を確認し、「手抜き」判決を乗り越えて今後も戦争参加につながるあらゆる動きに反対していくことを決意している。