[市民平和訴訟の会・東京]PKO訴訟の経過
(注)・原告の個人名は「*」で置き換えてあります。
高飛車な訴訟指揮の中込裁判長
------第1回口頭弁論(1993年6月14日)報告
6月14日、私は複雑な気持ちで606号法廷にいた。第一次原告の私
(たち)の訴えの法廷がまだ開かれないうちに、第二次提訴の第一回口
頭弁論が始まろうとしているからだ。が、私は単に順序を言っているの
ではない。
自衛隊が出ていってしまう、何としても阻止したい!と、ぎりぎりと
はいえ海外派兵前に提訴したのに、その訴えは現在、最高裁にあがって
しまって不発とされた。この間に派兵が実現し、国際貢献の名のもとに
血も流されてしまったばかりか、現実に合わせるために・・・と改憲論
議まで持ち上がっている。
歴史はフィルムのように巻きもどしがきかない。この取返しようのな
い無念さをどうしてくれるんだ中込裁判長、と彼の出現を待った。
定刻よりやや遅れて席についた裁判長に、新聞のコピーを手にした池
田代理人が「回避勧告」についてやり始めた。裁判長は「本件に関係な
い」ととりあわない。くり返しに業を煮やした池田代理人が声を荒げて
迫ると、着席するように壇上で命じる。「私の発言を封じるということ
ですな」と気色ばむ池田代理人。これ以上やれば、裁判長は退廷を命じ
かねないとの判断からか、藤本代理人がやんわりと「予断と硬直した姿
勢で当たられると困るので、勧告したのだが、出席されているので回避
しないのはわかりました。だとしたら、柔軟で公正な訴訟指揮をしてほ
しい」と要望して場はおさまった。
荒井代理人から「提訴にあたって」、尾崎代理人が戦中の自分の体験
をふまえて、きちんとした憲法判断を求めたあと、福島代理人が「訴状」
の陳述を行った。
ここから原告の陳述となるのだが、**さん、**さん、**さん、
**さん、**さんの順に行われた内容は日常の活動をふまえた熟い思
いや誠実に生きてきた重みがじかに伝わるもので、拍手を呼んだ。拍手
は節度をはずれる程でないにもかかわらず、裁判長はいちいち執拗に制
止することをやめなかった。なかでも拍手が大きかったのは、池田代理
人の発言と呼応するような内容をもった****さんの陳述だ。その部
分を再現して、報告の終わりを飾ります。
「私はここで『司法及び行政の怠慢と思い上がり』について述べたい
と思います。本年4月20日の夕刊には、『東京地裁、命令取り消す・・
請求人数など勘違い・・』という記事がありました。記事中に『裁判所
が一度出した決定をすべて取り消すのは極めて異例だ』と書かれていま
すが、(中略)ここには、訴状を読まないで命令を出した『ずさんさ』
と指摘されるまで間違いに気づかなかった『思い上がり』があります。
私がこの場で述べたいのは、今回の裁判所の『ずさんさ』と『思い上
がり』は「PKO法」が「成立」するまでの経過と「成立」した後の対処
における『ずさんさ』と『思い上がり』とまことに似ているということ
です。
『国際貢献』が国会で論議され始めたのは、湾岸戦争以降です。(略)
この二年半、与党は自衛隊派遣を主張し続け、野党はそれに反対し続け
ただけで、かつて大東亜共栄圏の名のもとにアジア一帯に侵略していっ
た日本という国が『国際貢献』出来るのか、出来るとすればどういうか
たちでどういうやり方で出来るのかというような論議はされなかったよ
うに記憶します。(略)二年半も時間がありながらそれをしなかったの
は、要するに国会議員が国民をみくびっていたか、自分たちの地位にう
ぬぼれていたかに加えて、自己の職務に誠実でなかったからだと私は思
います。」
(1993.7.14「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo.8)
PKO法5原則・予算について釈明を求める
第2回口頭弁論報告(1993年7月28日)
第2回目の法廷で原告側の代理人が被告国側に対して「PKO法」に
よる自衛隊のカンボディア派遣に対する疑問点について求釈明書(
質問書)を提出しました。その内容は@「PKO法」の五原則(紛争当
事者の停戦合意、紛争当事者の受入れ同意、活動の中立、以上の条
件が崩れた場合の撤収、武器使用の制限(身体、生命の防衛に限る)
を中心にしもの、A自衛隊のカンボディアPKOヘの派遣経費く予算
に関するものについてです。今回の求釈明について解説を交えなが
ら簡単に紹介を致します。
@「PKO法」の五原則についての求釈明
「PKO法」による自衛隊の海外派遣が憲法第9条に抵触しない理由
を政府は「PKO法」による五原則を遵守しての派遣だからと説明して
いる。この説明に従えばPKO法五原則が守られなければ、自衛隊のカ
ンボディア派遣は憲法違反となる。この場合に「PKO法」五原則は国
際的に通用するものでなければならない。1992年9月、当時の渡辺
外務大臣は自衛隊をカンボディアに派遣するに当たり国連と「PKO
法」五原則を盛り込んだ協定書を取り交わすことを明言していた。
ところが国連と日本政府の間に協定書は存在せず、簡単な口上書を
取り交わしただけで、その内容も「PKO法」五原則について触れられ
ていない。そこで今回の求釈明では、次のような項目について被告
国側の回答を求めた。
(1)「PKO法」第3条第一項に規定されている「武力紛争の停止及
びこれを維持することの紛争当事者の合意」とあるが、ここに
いう武力紛争とは、国連における何に基づく規定なのか、また
武力紛争の停止とは、どのような具体的な態様を指すのか。そ
のメルクマールを示されたい。
(2)前項「武力紛争の停止及びこれを維持することの紛争当事者
間の合意」とあるが、この合憲とはどのような実態を指すのか。
また当該合意を具体的に確認する基準・方法は何か。
(3)カンボディアの場合、上記の「停止」と「合意」の存在を基
礎づける具体的な事実は何か。
(4)PKO法第6条第一項の「紛争当事者及び当該活動が行われてい
る地域に屈する国の当該業務の実施についての同意」とあるが、
ここでいう同意とは、具体的にどのような手段、方法で確認さ
れたのか。
この他に4項目(略)について釈明を国に求めています。
A自衛隊のカンボディアPKOへの派遣経費、予算に関するもの
政府が国民から徴収した税金を勝手使うことは憲法で禁じられて
います。国の予算は国会で審議され、議決されなければ国は支出で
きません。
自衛隊のカンボディアPKOへの派遣経費は各種資料から算出する
と1992年度に約75億円、1993年度29億2900万円とみられますが、
うち人件費の一部は国際平和協力手当てとして国連予算書に計上さ
れているものの。物件費については、その記載が見当たりません。
PKO予算を不計上にする国の行為は憲法の財政規定、財政法に触れ
る恐れがあります。そのため次のような項目について釈明を求め
ました。
(1)被告・国は、1992年度及び1993年度の首衛隊部隊派遣費用(
以下、「PKO費用」という)の細目と細目毎の具体的支出対象
を明らかにせよ。
(2)被告・国は、右各細目毎の具体的支出対象毎と支出金額を明
らかにせよ。
(3)被・国は、右各年度のPKO賛用を、国際協力本部から支出した
のか、防衛庁予算、あるいは他の予算から支出したのか。各年
度毎に明らかにせよ。
PKO法による自衛隊のカンボディア派遣が憲法に違反するという、
この裁判の根底にあるこれらの疑問点を国は誠実に答えるべきです。
私たちは国側からの誠意のある答弁を期待したいものです。
(1993.8.30.「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo.9)
第3回口頭弁論報告(1993年10月6日)
10月6日に行われた第3回口頭弁論のとりくみは東京地裁玄関前
での宣伝行動から始められました。宣伝カーでは木村さんが約1時
間にわたって「PKO法」の問題点や自らカンボジアを訪れた感想を
中心に訴え続けました。用意した1000枚のビラはその効果か全部撤
くことができました。
事前集会では口頭弁論の進め方の確認と原告陳述を予定していた
****さん、****さん、***さんの紹介があり、それぞれ
陳述したい要旨を説明されました。
予定の11時から口頭弁論は開始されましたが、ここでこれまでに
ない事態に直面しました。廷吏が多数配置されていたのです。なぜ
配置されたのかわかりませんがちょっと緊張しました。
口頭弁論はまず池田代理人が「PKO法に基づき自衛隊をカンボジ
アに派遣するために予算を支出することは、納税者である原告の権
利(納税者基本権)を侵害する。納税者は、憲法の適合するところ
にしたがって租税を徴収し使用することを国に要求する権利を有し
ている。」と納税者基本権の存在を主張しました。そのうえで「納
税者基本権を実質的に保障するためには、納税者が直接司法裁判所
に救済を求めることを認めなければならない。」と裁判所がこの事
件に積極的にとりくむように求めました。
藤田代理人は「平和的生存権」が具体的権利であって、裁判規範
性があると主張しました。そして、国が準備書面(一)で出してき
た判例についての反論を中心に述べました。
福島代理人は今回提出した書証について説明を加えました。
原告陳述をした****さんは湾岸戦争に始まり、国連平和協力
法案が提出された時に反対運勤に立ち上がったこと。その時市内に
張りめぐらした憲法前文を書いたポスターなど示しながら「PKO法」
違憲訴訟に加わった理由を
@税金を軍事費に使ってほしくない平和的生存権の侵害
G「PKO法」は憲法に違反していることを挙げました。
さらに自らカンボジアを訪問し、UNTACの2万の軍隊がもたらしたの
は社会的混乱であったこと。自衛隊の派兵に使った100億円は税金
の無駄遣いであることなどを述べ、カンボジアに行って確信したの
は「PKO法」の違憲性であると陳述しました。
報告集会ではこの日予定されていながら、裁判長が「時間がない」
と言って行われなかった第三次提訴に係わる部分について質問が多
く出されました。これには荒井代理人から詳しく説明が行われまし
た。そして、次回も傍聴席を埋めつくして私たちの裁判にしていく
ことを確認して散会しました。
(1993.11.27.「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo.10)
自衛隊の帰国で終わらせるわけにはいかない
第4回口頭弁論(1993年12月1日)
●この日、法廷には廷吏7、8人が待機していて異様な雰囲気。
う?これはなんだ?おどかしか?例の中込裁判長は、代理人の陳述
に拍手が起きたとたん、間髪を入れず「静かに!退廷させますよ!」
と昂ぶった声で叫び、立ち上がってそれに抗議した*さんを言葉通
り廷吏に命じて法廷から放り出してしまった。出されまいとして椅
子にしがみつく*さんの手をもぎ離し、4人の廷吏が手取り足取り
し廷外に連れ出していく、それを見て原告席にはムアーッと怒りが
立ちこめ、方々から抗議の声があがる。*さんは、口頭弁論はもち
ろん会の活動には遠く仙台から欠かさず駆けつけてこられる熱心な
原告で、反戦平和・反天皇制一途の牧師さんである。
このハプニングの後の原告2人(***さん、****さん)の
陳述は気迫と説得性にあふれるすばらしいものだった。(原告の陳
述は、いずれ記録集を出す予定)
●今回代理人として船尾弁護士が訴状の補足を陳述されました。要
点は次のとおりです。
(1)これまでは憲法学会でも国民世論でも「自衛隊は憲法違反の
存在」と広範に認められていたのが、湾岸戦争以後、政府は自衛隊
は違憲であるのか否かの選択から、派兵の是非の選択へと選択軸を
移行させてしまった。昨日までの選択の間題が、今日では既成事実
と化し、派兵そのものを拡大しようとする動きになっている。
(2)マスコミもこれに追随している今、当裁判所に求められている
のは、自衛隊を派兵することの歴史的・社会的意味を検証するだけ
でなく、日本国憲法の戦力不保持・非武装平和主義・9条を機軸と
する法の支配に基づいて自衛隊派兵が合憲か違憲かについて冷静な
司法判断を下すことである。
(3)ドイツでは基本法の改正をめぐる問題として明確に園民に提
起されているのに対し、日本では自衛隊と呼ばれる軍隊に対して憲
法による明確な認知もなく、国民的合意も曖昧なまま、ひたすら既
成事実を積み重ね、国連常任理事国入りをも目指すまでになってい
る。
(4)最後に奥平康弘教授の文章に引用されているロバート・べラ
ーの言を招介する。「アメリカの政治秩序には私たちの生活のあり
様をめぐって、より深い考え方をみんなで討論しあえる一つの競技
場が存在するのである。これは法の支配の元にある裁判所の中に置
かれている。」
(1994.1.25「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo.11)
第六回口頭弁論(更新弁論)報告(1994年4月21日)
午前8時半、日本山妙法寺の僧も来て、にぎやかなうちに千枚の
ビラをまききりました。
9時半からの事前集会(司会・杉山隆保さん)は、当初から違憲
訴訟に協力してくださった尾崎弁護士が4月8日に病没されたのを悼
んで、1分間の黙祷から始りました。
今回は、裁判所側が第2次、第3次提訴に対して結審を考えてい
るのでは、との弁護団の判断で、緊張した場面も想定していました
が、裁判長の交替で、更新弁論を行うことになりました。
「原告はしっかり闘う意志があるのか?」という不安感が弁護団
の中にはある、という原告のなかからの発言があって、弁護団と意
志の疎通をはかること、法廷対策会議にはなるべく多くの原告が出
席し、自由な発想からの発言や努力で、弁護団の専門家として見え
てくる手詰まり感の打開に協力しなければ、と話し合いました。
また、法廷対策では、裁判所に現地調査を要求してはどうか、原
告側も現地視察を積み重ね、つきつける必要がある、等の意見がだ
されました。
剣持団長からは、証人申請の手続や準備書面の提出、原告陳述も
しているいま、この東京地裁で原告証言が行われ、裁判所が実態審
理に入って証拠調査に踏み込ませることができるかが非常に重要で、
それが大阪・名古屋・広島などの裁判をも左右することになる、と
の話がありました。
■ 新裁判長を迎えて 11時入廷 ■
廷吏が7・8名となぜか多い。原告のJさんが、裁判官が出席する
前に法廷の様子をカメラにおさめておこうとした瞬間、廷吏にす
るどく阻止され、カメラを取り上げられ、Jさんも法廷外に出され
ようとしました。原告のKさんが「裁判官の許しを得て、法廷の場
を映すこともあるのに何だ」ということで一時騒然となりました。
佐藤久夫裁判長は、23期生、40代後半から中込裁判官と同じく
国労の裁判に関わっていた人物です。中込さんと違い、ソフトな
感じ。更新弁論は池田代理人から「この裁判の重要性について」、
藤田代理人から「権利問題について」、荒井代理人・福島代理人と
続いて行われました。核時代といわれる今日、戦争は人類の絶滅に
つながる、平和憲法を守り抜くことでその危機を切りぬけようと、
弁護団が英知をかたむけて弁論する激しい気迫が、この1時間に凝
縮されていました。
■ PKO参加五原則と国民の裁判所救済を求める権利について ■
荒井代理人
1979年、参議院本会議で「海外出動をなさざること」と議決
された。その趣旨は自衛隊が自衛の範囲を越えるからである。
PKO法は、参加五原則を担保に海外出動を合憲の範囲に辛くもと
どまれるとの立法趣旨であった。
憲法前文に「政府の行為で再び戦争の惨禍が起きることのないよ
うに決意」とあるが、政府とは、行政、立法、司法の三権で、立法
府が憲法の制約を越えた時に憲法の番人である司法がその法的なま
ちがいを明らかにすることである。
政府は、「本訴訟は不適法で審査の対象にならない」と言ってい
るが、それでは政府が戦力増強して戦争に入った場合、国民がそれ
に異議をとなえる権利が無いということになる。
平和を保証する9条は、人権保証である。故に国民は裁判によっ
て人権を守る権利がある。カンボジア派兵の自衛隊が果たして五原
則を守ったか、カンボジアでのPKO活動の実態を十分に審理して法
的判断を下すべきである。審理は裁判所だけがなし得る。
概略以上の如くですが、なお参加五原則が国際的に実効性あるも
のであったかの問題について論及していられました。
■ 最近のPKOの動きと本訴訟の意義 ■
福島代理人
本訴訟提起後も、国連モザンビーク活動の一環として自衛隊が派
遣され、さらに、現に紛争中の地域であるマケドニアへの派遣が検
討された。
日本政府は、国連安保理の常任理事国入りを目指し、このような
動きに出ている。常任理事国入りの条件である「軍事的貢献」を拡
大するため、参加五原則の空文化を推し進め、PKF凍結解除、さら
には改憲、武力行使を目的とする派兵、というコースを描いている
のである。一且PKO法が成立するや、国会では憲法論議がなされなく
なったばかりか、政府により既成事実が着々と積み重ねられ、合憲
性の担保であったはずの参加五原則の廃棄が進行している。現在、
憲法的観点から、同法そのもの及び同法の適用の当否を問うという
作業を担えるのは、違憲審査権を有する司法をおいてほかにない。
本訴訟を審理する当法廷の責任は重大である。
■ 原告陳述・****さん ■
第四次原告として陳述をされた****さんは、湾岸戦争の報道
に強い疑問を持ち、自分の目で確かめようと、イラクヘ、そしてカ
ンボジヤへ行って実情を見聞してこられた方です。その貴重な体験
とカンボジヤの人々の言葉は、私たちにズシンと届いてきました。
(池田代理人の陳述は「弁護士さんとおしゃべり」と重なりますの
で割愛しました。また、藤田代理人の原稿は編集部の手違いで間に
合いませんでしたことをお詫びします。)
(1994.6.7.「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo.13)
□ カンボジアでPKOの実態を見た 第四次原告・**** □
あの6月15日、カンボジアに軍隊を出すという「PKO法」を止め
られなかった自分の無力と、市民の思いとは違う方向で政府が動い
てゆくことに、いっぱいの悔しさを味わいました。カンボジアの市
民にとって本当に自衛隊が必要なのか、自分の目で確かめにいこう
と、決心しました。それは、湾岸戦争後、イラクに救援隊として入
国して見た悲惨な現実と、米国よりに傾いたマスコミ報道の歪みを
しっかり体感したからでした。
カンボジアでは、内戦後の苦しみを引きずりながら、女性たちが
中心となり、復興しようという素晴らしい底力に目を見張る思いで
した。特に、自然と共存して農業を守り、マイペースでゆったりと
堅実に生きている姿がに印象的でした。老人や子供達がそれをしっ
かりと支えている様子に、日本人として、高度成長の裏で失われつ
つある人間性の大切さを教えられる思いでもありました。
その人々の生活を、UNTACが大幅に狂わせてしまっている現実を
見せられました。UNTACによって入ってきたドル経済が物価を上げ、
日常生活を脅かし、ホームレスの人々やプノンペンの物乞いの数を
増加させていました。また、UNTAC相手の出稼ぎの売春婦が増え続
けていて、日本の自衛隊目当ての高級売春婦がタイから入ってきて
いるという話も現地の方々から聞きました。
経済援助という名で各国が進出し、カンボジヤの人々が立ち上が
ろうとする前向きのエネルギーを、ドルというエサをぶら下げて各
国の利益に結び付け、方向違いのエネルギーに変えていくやり方に
憤りを感じました。
平和を求めるために、人の生命を殺す訓練をしている各国の軍隊
を使うことに、私は疑問を持ちます。カンボジヤの人々が生きるた
めに本当に必要なことは、その国の人々が決めることで、その国の
人々が後に自己管理の可能な支援をするべきではないでしょうか。
カンボジヤを去った自衛隊の人達に対して、市民たちの「自衛隊
がきれいな道路も持って帰ってしまったね。また、穴ぼこだらけの
道路に水溜まりが一杯だよ」という言葉を、私たちは忘れてはなら
ないのです。
(1994.6.7.「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo.13)
裁判長、争訟性などで”問いかけ”
第7回口頭弁論報告(1994年6月21日)
早朝からのビラまきのあと、10時、国が第6回口頭弁論で提出
した意見書では、「平和的生存権」「納税者基本権」は司法上保護
されるべき権利ないし、法的利益ではない、つまり、国民は平和の
うちに生きる権利や、税金を納めているからとて、使い方に意見を
いう権利はない、したがって証拠調べや、証人調べは不要だ、と言
っているにの対して、原告側は、裁判所に証人採用を要請するため
の署名活動を行ってきましたが、本日一応今日までの分、340名
の署名簿を、元山俊美氏を先頭に8名の原告が裁判所に提出しまし
た。ひき続き、第2次、第3次と署名薄を提出することを書記官に
申し入れました。今後とも多くの署名の協力を期待します。
11時、弁護人席を長老の後藤昌次郎弁護人をはじめ7名の弁護人
が席をうずめて法廷に緊張感が広がるなかで、国の意見書に対して、
準備書面(四)を用意した藤田正人代理人の陳述から始まりました。
その要点は次の通りです。
■ 代理人陳述 ■
1.原告申請人証の取関べの必要性
現在、平和的生存権及び納税者基本権を主要点にして、全国で約
十件以上の訴訟が継争中で、いずれも裁判所で証人調べが行われ
るか、今後の証人調べが予定されている。国が軍備に国費を支出し、
戦争に参加することに対して、平和に生きる権利の回復を求めるの
は、新しく目覚めた国民の人権として、市民の中に自覚が高まって
いる。裁定にあたり、市民社会の通念・状況を知るべく、市民や学
者の証人調べは裁判所の責務である。
2.平和的生存権の権利性、憲法平和主義の構造
憲法9条は、戦争、武力による威嚇、武力行使の3つを放棄して
いる。戦争放棄を定めた歴史は、国際的には、1792年「フランス
憲法」、1928年「不戦条約」があるが、これらは戦力行使の制限
をするもので、戦力の保持にまでは及ばない。日本国憲法9条2項
では、軍備廃止を宣言して、諸外国をこえ、日本国憲法の平和主義
は世界的な意義がある。
国は「平和的生存権」が抽象的かつ特定性に乏しいと主張するが、
要は権利内容の認定である。原告申請の証人の尋問を行うことが不
可欠である。
3.委員会決議不存在という暇疵の重大性
法案が委員会採決されていない場合、「審査を経て会議に付す」
という国会法の文言があるので本会議に上程できない。「PKO法」
が委員会で可決されなかったという事実を、原告翫正敏氏の証言
で明らかにするため証人採用を要請したが、国は司法権が法律制
定手続を審査できないという立場から証人不要と言う。これは、
30年前、改正警察法の会期延長の決議の不存在が争われた時の判
例を今回の「PKO法」自体の採決不存在問題にあてはめようとし
たので、問題が本質的に異なる上、その後立法過程の手続的正義
が重要視される今日、「PKO法」が「審査を経ない」で本会議に
上程されたという明白な暇疵を、証言を得て、積極的に審査する
責務が裁判所にある。
以上、15分に及ぶ代理人の陳述は国の憲法に対する考えの問題
点にするどく切り込んでいます。
■ 原告陳述 ■
原告・****さんは、「秘密法に反対する千葉県民の会」、反
原発、人権問題に取組む活動家。次に陳述の要点を記します。第2
次大戦中の日本軍の数々の罪行が解決されないままに事実を隠蔽し
た歴史教育の結果、民族差別は戦時中そのままに、チマ・チョゴリ
で通う在日朝鮮人子女への暴力となって現れています。
国際貢献は平和的手段でこそ行うべきです。自衛隊は憲法違反の
存在にも関わらず、防衛関係費6兆1千憶と世界第2位の軍事大国
であり、「PKO法」派兵の莫大な出費は国会審議もない不法な出費
です。この金は国民に返還されるべきです。
国は、国民に「納税者基本権」がないと放言しますが、国民は税
金の使い方にもの言う権利がないとは税法のどこにも書いてない。
国のこのような考え方は、権力をかさにきた江戸時代の感覚です。
国税、地方税合わせて年間百兆円の税金の使途が不透明で、国民に
は納得のゆかないものです。今の在り方は財政民主主義の点からは
憲法違反であり、民主主義への侮辱です。
憲法99条に「天皇とともに裁判官は憲法を尊重・遵守・擁護」の
義務があります。司法は権力に擦り奇ることなく、三権分立を守り、
裁判官は公僕としての誇りを持って正しい裁定を要請します。
前田さんの陳述におもわず同感の拍手が湧きますと、すかさず新
裁判長、「法廷は劇場ではないのですから拍手はやめましょう」と
言う。人間の素直な感情の表現も許さぬ構えのようです。
日本消費者連盟の運営委員長****さんは、平和・環境問題に
取組む運動家です。
「PKO法」成立反対運動のなかで、多くの仲間と出会い、勇気づ
けられましたが、戒厳令下のような中での「PKO法」の成立が、こ
れが民主主義日本の現実かと、日本の在り方に危機感が募っていま
す。湾岸戦争を契機に、国連は大国中心主義の戦争機関となってい
る。日本が自衛隊を海外に派兵することは二重の憲法違反。政府が
積極的に派兵を強行したのは、インドシナ半島の利権を得る為と言
われている。「PKO法」の雑則26条に「国以外のものに協力を求め
る事ができる」とあるのは、民間を動員できる体制で、一般人を戦
争に巻き込む法律なのに、関連の予算審議がない。
1931年関東軍参謀の謀略で、満州事変が起こる。その2年前から
国内の平和と自由民権を思考する人々へ激しい弾圧が始まる。こう
して侵略戦争に突入、同時に財閥が満州へ進出、戦争資金調逹のた
めに1940年勤労所得が源泉徴収となる。1946年平和憲法が公布さ
れ、長い日本の侵略戦争は終り、国民に平和な生活が帰って来る筈
でした。しかし、施行3年で、平和憲法はなし崩しに破られてゆく。
「PKO法」の補完として「自衛隊法100条の8」が提案されていま
すが、国際貢献、政治改革、国民福祉のための消費税問題などの言
葉で国民を籠絡して、日本はまた15年戦争の頃の悪夢へと逆行しよ
うとするのではないかと恐れます。
司法は権力に追従することなく国の良心としての立場を貫いて下
さい。裁判長、貴方に課せられた責任は非常に重いものです。
一同しんとして、この陳述を重く受け止めました。
(1994.9.8.「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo.14)
被告・国側が「乙1号証」を提出
第8回口頭弁論報告(1994年9月22日)
■ 事前集会 ■
早朝のビラまきをすませて、9時30分事前集会。司会は鈴村元一
さん。
本日の事前集会はルワンダ派兵に対する危機感もあって、多数の
出席者による真剣な討議でした。証人採用を裁判所に要請するため
の署名・1106名分を一応、9月12日裁判所に提出し、署名者に、
リーフレットとニュースを送りました。なお署名は続行します。ご
協力をおねがいします。
前回の口頭弁論で裁判官からカンボジア派遣違憲確認訴訟の争訟
性について質問があり、その準備書面を用意した福島武司弁護人か
ら説明がありました。
「平和的生存権と納税者基本権は憲法に守られた国民の主観的権
利であるという原告の主張に対して、国は、単なる事実の確認を求
めるだけで、現在はまだ国民の権利として認められず、法関係では
ないから訴えの利益がない。つまり、カンボジア派遣は原告に直接
的な利害関係がないから、個人の権利侵害にならないと裁判所に却
下を要求している。
ドイツには憲法判断のための裁判制度があるが、日本の場合は、
あくまで個人の権利救済のための裁判なのです。
そのため、原告が主張する平和的生存権及び納税者基本権が、主
観的権利であることを立証する学説に立っている証人の採用を裁判
所に要請している。
個々人に権利が認められて、はじめて問題の内容に切り込めるの
で、例えば、カンボジア派遣の違憲性又は参加五原則はカンボジア
で充足されていたか否か等の検討に入れる。平和的生存権が原告個
々人の主観的権利であるという立証がなされるためには裁判所が証
人を採用し、その証言の検討が必須要件である。争訟性も立証され
る。国は、法判断は裁判所の専権ゆえ証人証言は必要なしと反対し
ている。
カンボジア派遣が過去の事実の確認にすぎないならば過去の訴え
は裁判では救済されないが、その後引き続き「PKO法」に基づき、
次々と派兵をくり返している今日の状況の中でのカンボジア派兵の
憲法違反を裁判所で確認することで、今後自衛隊の海外派遣の反復
が抑止され、原告の権利侵害も防止される。個々の原告の主観的権
利の救済は、憲法の根本的価値である平和主義の貫徹で、原告の求
めているものは憲法秩序の貫徹なのであります。」
以上が説明の要点でした。
■ 国民はだまされっばなし ■
当日の陳述者の一人で「湾岸報道に偽りあり」の著者・****
さんからは次のような発言がありました。
「2年前宮沢首相は国際貢献を盾に『PKO法』を強引に成立、ポル
ポト派が兵を引かないままに派兵を強行した結果、2名の死者を出
している。名目だった地雷処理もしていない。唯一建設した道路も
穴だらけなのは私がみてきた。明石代表に聞いたが、1989年アメリ
カの湾岸政策が変った時点で日本の派兵はきまっていた。カンボジ
アは今一層内戦がひどくなっている。
ODA援助がふえているが、それは利権につながっている。派兵は、
日本資本がメコンデルタ開発の利権に割込むための先遣隊で、これ
は湾岸戦争以前からの計画で、本来のカンボジア派遣の意義は今着
々と進行している。そして巨額の税金が費われているのだ。このこ
とが裁判の争訟性につながらないか。」
訴訟団では、ルワンダへの自衛隊派遣に反対して抗議声明を村山
政権に出したが、当日の口頭弁論で、裁判所の憲法判断のない中で
起きた事件として、ルワンダへの自衛隊派道の違憲問題を告発する
ことになりました。
■ 法廷で ■
カンボジア派遣の違憲確認訴訟の争訟性についての裁判官の質問
に対する福島弁護人からの弁論があり、次に平和的生存権の主観的
権利を主張する憲法学者浦部法穂教授の証人採用を要請。
長野県飯田市から来た原告陳述の****さんは、元教師、現在
過労死問題の救援に取り組んでいる。
陳述書は7項目になっている。
戦争中受けた軍国主義教育によって正しい判断力を失ってゆく教
育の恐さについて言及、15年戦争の悲惨、平和憲法の重要性、この
憲法に守られて明治以来の侵略戦争から解放され、平和な50年の中
で焦土から目ざましい復興を果すことが出来たが、逆に軍拡競争の
中で疲弊してゆく大国の実状を説き、いま世界は平和と軍縮へ向け
て大きく進もうとしている、と語った。
1、軍国主義教育を受けた成長期時代
2、15年戦争と最も現実的な平和憲法
3、強引な教育の管理銃制
1977年『日の丸』『君が代』が『国旗・国歌』に変えられたの
は、防衛庁の強行であった、と強引な国家権力の押しつけを警
告
4、「PKO法」は違憲であり、人間の尊厳を破壊する
5、「PKO法」は15年戦争の反省の欠如
6、「PKO法」は人道援助を口実にした本絡的海外派兵の突破口
7、人間の尊厳実現と裁判官の憲法擁護義務「憲法99条の『裁判
官はこの憲法を尊重し擁護する義務を負ふ』の立場を貫き、公
平な判断を切望する「私達の後から来る者への最大の贈り物は、
平和的生存権を確立しておくことと、確信する」
という言葉で終る長文の陳述書は、紙幅の都合でその一部しか紹介
できませんが、誠に感銘深く聞いた。人類の幸せのために平和憲法
を固守する私達の願いが裁判官に理解されることを希望します。
原告の**さんからは、ルワンダの自衛隊派遣の違憲性について陳述し、
意見書は後から出すことにした。
裁判官が国の代理人に「今までどおり平和的生存権は裁判の利益
がないから却下ですか」と問うと、国の代理人は「いいえ、差止め
の対象PKOを欠くから却下を要求します」、裁判官「えっ」という
表情、「差止めの対象を欠くからですね」と念を押した。
被告・国側から「乙第一号証・カンボジア国際平和協力業務関連
の出国・帰国の概要」が提出された。
裁判官は「原告代理人は準備書面を当日前に出して下さい。検討
しますから」と原告側に要請した。
次回、第9回口頭弁論は11月22日午前11時からとなった。
■ 事後集会 ■
原告から「ルワンダ派兵の違憲問題を今の訴訟に追加出来ないで
しょうか」という問いには、「内容が同一でなければ追加は出来な
い」、今の派兵差止め請求の裁判も、帰ってきたから対象を欠く。
しかし原告には、権利侵害に対する損害賠償裁判が残っている。又
国が平和的生存権の権利に対して却下を求めず、実態審理に移って
いるが、原告が出している権利の審理は必要になる、と池田弁護士
の説明。
また、ルワンダ派兵については、外務省が先行し、自衛隊は危惧
している。専守防衛で隊員になっているのだから、家族にも納得出
来ないのではないか。違憲訴訟の存在を家族に知らせるとか、議論
をまき起こすために、新聞への投書も考えようなどの案が出ました。
来年「PKO法」成立3年目で「PKO法」見直しがあるが、私逹も
「PKO法」による再三の海外派兵を見すえて、議論の再構築と国際
社会への奇与等について、11月22日、口頭弁論のあと午後1時から
話し合いの会をもちます。多くの方の自由な発言を期待します。
(1994.11.4.「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo15)
次回、証人採用か、否かの決定?
第九回口頭弁論(1994年11月22日)
■ 事前集会 ■
8時半からの地裁前でのビラまきが予定どおり終わり、9時50分
ごろから東京弁護士会館101号室で事前集会が開かれました。司会
の鈴村さんを囲んで話し合いました。話題の中心は、11月17日に行
われた「千代田総行動」のことと、現在の状況をどう見るかについ
てでした。後半には福島、荒井、藤田の各代理人も顔をそろえられ、
当日の法廷について説明をいただきました。
千代田総行動については、別途に報告があると思いますので、そ
の詳しい内容は省略しますが、とくに外務省では、当初の予想をこ
えて、40分ぐらい事務官と話ができたとのことでした。しかし、外
交辞令よろしく、多くは責任回避の答弁に終始したようです。たと
えば、ルワンダ難民に関する、国連難民高等弁務官事務所からの日
本政府に対する要請書の要約は、要求があればお見せする、その他
の要求に対しても、できうるかぎり情報公開する、とのことです。
この「情報公開」を利用し、鋭い質問を出して、他では得られない
情報を入手し、それを広める、こういうことを繰り返していこうと
いうことになりました。
外務省も、国連がらみ、国際貢献問題で、ある意味では試練の時
期にあるわけで、我々の側の運動をどう強め広めていくかが問われ
る、ソマリアからのPKO撤退は言うまでもなく、ルワンダへの自衛
隊派遣が実質的に無意味であり、当地の状況は、まかりまちがえば
「第二のカンボジア」になる危険があるきびしいもので、我々の主
張が当をえたものであることが事実によって明らかになってきてい
る、などの意見が出され、あるいは、ボスニア・へルツェゴビナへ
の武器禁輸監視の解除問題や、クロアチア領内へのNATO空爆をどう
見るかという問いかけがされました。
当日の法廷について、荒井弁護士より、準備書面を二通裁判所に
既に提出しており、今日その口頭陳述を行うこと、原告石丸敏子さ
んの意見陳述を予定しているとの説明がありました。これに加えて、
カンボジアでの高田警視死亡に関して、その後明らかになった情報
を収集・整理して陳述することが予定されていましたが、今回は見
送るとのことでした。11時10分前に開会し、法廷に移動しました。
■ 法 廷 ■
いつもの606号法廷には、既に数人が直接来ておられました。例
によって、廷吏数人が入口に待機しています。もうすっかり顔なじ
みです。裁判長が変わってからは、思いなしか双方穏やかになった
ようです。開廷時には傍聴席に空席がありましたが、すぐ満席にな
りました。11時少しすぎて開廷、11時半には閉廷となるスピーディ
な法廷でしたが、内容はぎっしりつまっていました。
冒頭に、原告****さんが意見陳述されました。**さんは日
本ボランティア・センター(JVC)で働いておられ、仕事の関係で
1994年.1月にカンボジアに行き、現地の状況を自分の目で見てこ
られました。そこで強く感じたのは「カシボジアPKOは一体何だっ
たのか」という疑念です。プノンペンは一応安定し、建設・建築が
進んでいるが、それらは香港などからの外国質本によるもので、自
国の産業は育っておらず、貧富の差はどんどん広がっている、ほん
とうの国際頁献は、カンボジアの人々自身による復輿の進展を、現
地の二一ズにしたがって支援していくことにかかっている、そうい
う貢献のために日本政府が力をつくしてほしい、と訴えました。
次に福島弁護人は、「PKO法」が憲法に違反していないことの根
拠として、政府が掲げた参加五原則が、実際にくずれていたことが
当時既に明らかであったし、さらにまた現在の状況を見ると、それ
が改めてより鮮明に認められるとして、次のように主張しました。
当時、ポル・ポト派は武装解除を放棄し、正規軍との間での戦闘を
行い、停戦協定を無効にし、また選挙をボイコットしたが、現在で
は、94年7月に現政権はポル・ポト派を非合法化しその絶減をねら
っているし、ポル・ポト派は暫定政府樹立を宣言している。これら
からみても、「カンボジアPKO」が無意味であり、違憲であったこ
とが一層明白になった。
つづいて池田代理人は、被告・国側は、カンボジア国際平和協力
業務は終了し、協力隊員は帰国したというが、いつどこでどのよう
に任務を完了し帰国したかは明らかでない、国の提出した資料はあ
いまいで認否のしようがないと述べました。
具体的には、たとえば陸上自衛隊派遣部隊について、その部隊の
編成、人員、装備、施設の規模、出発場所、輪送手段、到着場所、
駐屯地、残置動産・不動産、帰国出発・到着の空港、時刻、人員な
どの項目が必要だと指摘しました。これに対して裁判長から、「今
の陳述は、被告側がもう少し詳しく書いてくれれば、原告側として
認否するつもりがあるということですね」という意向打診がありま
した。池田代理人は一呼吸おいて微笑し、「そういうことです」と
回答しました。
最後に藤田代理人から、次回に準備中の主張をしたいと要請し、
了解されました。次回を1995年1月25日11時からと決めて閉廷。
■ 報告集会 ■
東京弁護士会館講堂で11時30分すぎから12時まで、**んの司
会のもとで報告集会が開かれ、池田代理人の報告、**さんのあい
さつを中心に質疑応答、意見交換を行いました。
池田さんは、審理の進め方について裁判所と事前に話しあい、各
地の訴訟で証人が採用されていることを指摘して、ぜひ証人を採用
するよう要請したので、あるいは本日にそういう話が出るかもしれ
ないという期待はあったが今日はなかった、しかしその可能性はあ
る、という話をされました。95年は「おもしろい年」になりそうだ、
「減びいくものの最後のあがきの時代になった、大義我にあり」、
という先生の意気軒昂ぶりに盛んな拍手が起こりました。
**さんのNGOの日本ボランティア・センター(JVC)では緊急支
援はやめたとのことです。それではものごとが解決しないと思うか
らで、中に入って農村協力という形で支授を進めたい、自分たちの
立場を明らかにした上で、補助金でもODAでもなんでももらってや
っていきたい、もともと我々の出した税金なのだから、などと話さ
れました。
(1995.1.9.「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo.16)
「原告の思いと連動の成果」法廷に開花!
第10回口頭弁論報告(1995年1月25日)
■ 早朝宣伝行動と事前集会 ■
今朝は寒風が大威張りだ。ビラを持つ手も、手渡す指先も凍える。
東京地裁前はタスキ掛けの我々の他に、ゼッケン・鉢巻姿の労働組
合員が大勢いて、ビラを配っている。こんな光景が今日に限らず頻
繁に見られるのだろうか。何種類ものビラを毎度毎度受け取る側は、
読む為よりも、心優しく”出勤儀礼”と考え受け取るのでは・・・。
戦後50年、偉大なるマンネリに”ビラ撤き”と”署名運動”は連座
しないか。我々の有力な言論手段として、ビラの有効活用を見直す
必要は…等々、北風に背を向けつつ考える。こんな懐疑主義に関係
なく、原告5名が参加した宣伝行動は無事に終了。
9時45分ごろから事前集会が始められ、今日の法廷について杉山
事務局長から、(1)提出準備書面の趣旨説明を3人の弁護人が行う。
(2)原告陳述は元山副代表。(3)もし、本日結審を言い渡す場面があれ
ば、原告として即座に発言する(発言者を指名)などの説明がある。
**さんに”最初に一言”「中国戦線に従軍・……・」と経歴を
明確にしてから本論に入るのが効果的では、との意見があり、本人
も納得了承。
■ 法 廷 ■
第10回口頭弁論は、藤田弁護人の弁論から始まった。声が小さい、
法廷全体が静粛になり、聴き耳を立てる一一、心僧い話術だ。
◆自衛隊ザイール派遣と「PKO法」の違憲性
1.自衛隊ザイール派遣
(1)村山内閣は、1994年9月、「ルワンダ難民国際平和協力業務実
施計画」を閣議決定し、再び「PKO法」に基づき、陸上290名、
航空180名の自衛隊を海外に派遣した。
(2)アメリカ、フランス、ドイツ、イスラエルの軍隊が引き上げ
を確定した段階での派遣。
(3)この派遣で「PKO法」はカンボジア派遣で明らかになった事項
以外にも、多くの憲法違反を有していることが明らかになった。
2. 日本の主権行使としての自衛隊海外派遣
(1)「PKO法」の自衛隊海外派遣の性格。
・国連平和維持活動→行動に国連が責任。
・人道的国際救援→行動に日本政府が貢任。
(2)ルワンダ難民救援は、国連総会その他の機関の決議によるも
のですらなく、日本独自の判断という要素が強い。であるから、
自衛隊カンボジア派遣と比較しても、違憲性はより強度である。
3.「参加五原則」の不充足
(1)停戦合意・活動の中立性の不存在。
紛争当事国以外の国において行われる人道的な国際救援活動
への協力は、停戦合意が要求されない。これは、中立性も保ち
難く、中立性の原則をも欠く(ルワンダにおいては紛争当事者
の停戦合意は存在せず)。
(2)機関銃携行と「参加五原則」
機関銃、部隊装備の武器に分類され、自衛のための必要最少限
の武器使用に明白に違反する。
4.自衛隊による警備活動
咋年、11月3日の自動小銃で武装した自衛隊員22名が車輛4台
で緊急出動したのは、先述の閣議決定及び「PKO法」の任務外
の行為。
5.結語
上記2〜4の各行為がいずれも違憲、それを容認している「PKO
法」自体も違憲。よって、「PKO法」に基づいてなされたカン
ボジア派遣もまた違憲である。
次に荒井弁護人は、ほとんど原稿を目にすることもなく、語りかけるが
ごとく護々とした弁論で、裁判長も思わず頷いたかに見えた。
◆最近の報道にみる停戦合憲の事実関係
1.高田警部補殺害事件
これまで原告らは、この事件から参加五原
則が国際的な効力を有していないという実態を明らかにしてきた。
これは、わが国の報道や被告・国たる外務省の公式説明に基づき理
解していたことによっている。しかし、94年10月1日テレビ朝日の
「ザ・スクープ」が、より重要な事実を指摘した。
2.報道が明らかにする事実
これまで、高田警部補は身を伏せることも叶わず、無抵抗で防弾
チョッキも装着していない邦人警官が犠牲になったという印象がつ
くられてきた。しかし、テレビ報道によれば、高田警部補はオラン
ダ兵指揮官の乗る警護車に同乗しており、その車輛のなかから応戦
行為が行われていた。
3.真相の意味すること
高田警部補はオランダ兵のPKF活動と一体となって行動し、戦闘
行為に巻き込まれた。このことは、危険があるような活動はしない
という派遣の前提と大きな食い違いがある。また、停戦合意が当時
破局的な段階に達して、既に破綻していたことが改めて確認される。
4.真相を隠し続ける外務省
(1)国連PKOの部隊が襲われた事件に関して事故調査がすみやかに行
われ、調査報告書が作成された。
(2)国連は、取材に対して報告書は当然日本政府に送られたと応答、
ところが、信じ難いことに、外務省はそのような文書の受領な
しと回答。外務省の言う通りなら、参加国として抗議するのが
当然である。
(3)本年は「PKO法」見直しの年である。外務省をはじめとする被告
政府機関は、重大な事実を国民に率直に明らかにしようとせず
に、この見直しに一定の方向性を与えることに関心を示すのみ
である。本裁判ではそのようなことを決して許してはならず、
事実の究明が公正になされるべきである。
つづいて福島弁護人、正統派の堂々とした論陣をはった。
◆参加五原則の虚構性
1.日本政府は、参加五原則の歯止めが守られる限り「PKO法」に基
づく自衛隊海外派遺は違憲でないと主張。しかし、現実には派
遣先の現地において参加五原則をチエックする機関は、政府の
中に存在しない。カンボジア派遣においても、現地の情勢を参
加五原則に照らしてチエックすることは一切行われなかった。
2.94年11月17日に国際平和協力室・外務事務官広瀬誠氏は、原告
ら6名と会見した。席上、質問に答えて、外務省は派遣した自衛
隊の現地における行動を監督・チェックする機能はないと発言。
さらに、では参加五原則が守られなかったと我々が主張しても
反論の論拠はないですね、との問いに同意を示した。
3.以上のような政府当局者の発言は、政府は派遣先現地において、
参加五原則の充足の有無を確認する意志も能力もないことを
明からさまに表明したものである。
最後は原告、**さんの陳述。
”初めに一言”が**さんの戦争の惨禍にまつわる苦渋な記憶を
一挙に呼び覚ましたようだ。こみあげるものを抑えつつ、要所要所
で「裁判長!」と強い語調で語りかける迫真の陳述。
悲惨な体験を基に4点を主張
(1)国連のガリ事務総長が当面、PKOを断念したことは、武力による
平和の押し付けの破綻宣言であり、同時に日本の「PKO法」の破
綻でもある。
(2)国連の五大国の正義を、世界の正義として押し付けるのは誤りで
ある。
(3)平和は銃口からは生まれない。この認識は国際の場で検証された、
日本国憲法の先見性の立証である。
(4)平和的生存権は自然権であり国家主権に優先する。
当面の重要事項、証人採否は次回弁論の3月20日11時、の法廷で
決まることになった。
■ 第10回口頭弁論を終って ■
池田弁護人は、証人採用についての可能性を五分五分と分析して
いる。今回の準備書面にはいずれも、合宿の討論や千代田総行動
の成果が反映されている。原告の底力で実態審理のための証人採
用を実現しよう。
(1995.3.7.「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo.17)
いよいよ証拠調べへ
第1回は三木義一氏(納税者基本権、立命館大学教授)について
一第11回口頭弁論報告(1995年3月20日)
■ サリンに”足”を奪われた ■
8時半からの地裁前でのビラまきを、いつものように始めました。
その内容は、今日の法廷は実態審理に入れるかどうかのヤマ場を迎
えているので「証人採用か、否か?ぜひ、傍聴してください」と呼
びかけるとともに、「異議あり!自衛隊のゴラン高原派遣」と阻止
を主張するものです。
ところがこの最中に地下鉄サリン事件が発生し、上空にはへリコ
プターが飛び、迷彩服で防護マスクを着けた人たちが動きまわり、
被害を受けた人たちが救急車で運ばれたり・・。そうこうするうち、
「霞ケ関駅には停車させず、次駅まで通過させている」という情報
とともに地下鉄への階段出入口はシャッターで閉鎖されてしまいま
した。
この時点でも、被害があのように大規模とは知らず、予定時間い
っぱい道行く人たちにビラをまきつづけました。
交通事情が影響したのでしょう。東京弁護士会館での事前集会へ
の参加は少な目。「国会議事堂前駅から坂をおりてきたけど遠いわ
ね」とか「銀座駅から車を拾おうと思いながら拾えずに歩いてしま
った」とか、混乱の広さ大きさを知るにつけ、途中まできても帰っ
てしまう人もいるかもね・・と、傍聴席をうめきれるかどうか危惧
する声もでました。
司会の**さんを囲んで話合いました。気になるのはやはり、証
人採用か否か。杉山事務局長から報告はありましたが、荒井代理人
がみえたところで、3月15日の午後に裁判官と原告代理人と被告代
理人とでやりとりのあった内容から法廷を予測していただくと、
「感触として、今日結審ということはないでしょう。証人申請し
てあるうちの何名かを採用すること、次回に誰を呼ぶか、次回期日
を決めるだけだろうから、短時問で閉廷。でも裁判長の口から聞く
まではね」と実に慎重。
■ 前回法廷から今日まで ■
1.3月10日に千代田総行動の一環として原告・支援者十数名で裁判
所に証人採用を要請。
2.3月15日は午前中に原告4名で証人採用を求める個人。団体の署
名を裁判所に追加提出。
3.3月15日午後に行われた裁判所と原告代理人と被告代理人との訴
訟のつめの話合いには同席できなかったが原告3名が待機した。
法廷内だけでない、こうした行動が今日の証人採用を実現させた、
とまとめられた。
予測されるのは、学者証人2名。平和的生存権で浦部法穂さん、
納税者基本権で三木義一さんが採用されるだろう。次回は6月末か
7月とすれば、最悪事態に備えて考えていた原告本人尋問は、早く
て秋口からになるだろう。先送りになったとはいえ、本人尋問の原
告の準備をきちんとしないと・・と、話合いは先を見通してはずん
だ。なかで記憶に残ったのは、「国側の代理人は座っているだけで、
こちらの言い分について回答は書面でばかり。一言もしゃべりませ
んが、証人に対して反対尋問をするように求めることはできません
か」という原告の**さんの質問。国側代理人のダンマリを、原告
の多くが憤慨している代弁とも思えます。
が、荒井代理人の答えはこうでした。「反対尋問がないことは、基
本的にはいいことなんです。」小人数でじっくりと話合い、10時50
分ころ法廷にむかいました。
■ 国側代理人の反対尋問も ■
11時になっても空席が目立ちます。「原告代理人がまだ揃わない
ので、あと5分ほど待ちましょう。いいですね」と国側代理人の了
承をとると間もなく、池田代理人がかけつけて開廷。
着座した裁判長は、事前集会の予測通り、「被告・国は必要ない
というが、申請された証人のうち2名程度採用。浦部証人、三木証
人」という。正直いって、決定をみて一安心。
あと、事務的にやりとり一一
裁 判 長:「どちらの証人から?」
原告代理人:「浦部証人からと考えていましたが被災されているの
で、次回は三木証人で」
裁 判 長:「時間は?」
原告代理人:「一時間」
裁 判 長:「被告国の反対尋問は?」
被告代理人:「半分ほど」
では次回期日ということで、6月19日13時30分から15時までを決
めて閉廷となった。
■ 腹をすえてもう一ヤマ越えましょう ■
東京弁護士会館に戻って、事後集会を**さんの司会で12時まで。
口火は、毎回長野から参加の***さん。「裁判長のいった2名
程度という程度にこだわるわけですけれど、3名になる可能性は?」
と、思わず欲がでてしまった質問に、「詰めの話合いで強く迫った
すえの2名程度ですから、この程度で勘弁してくれということでし
ょう」という荒井代理人の答えに、全員爆笑。
「裁判所は門前払いしたいけど世論を気にしてそれはできない。
そこで学者証人を2名採用。上にはここまで踏んばっていると見せ、
原告たちには言い分を多少はきいているふりをする。各地の平和訴
訟などみても、そうしている。一つのパターンができた。でもこち
らは原告の中にエキスパートがいるから、原告の本人尋問で実態審
理まで内容的に踏みこんでいける」と、池田代理人のわかりやすい
解説に則って、
1.学者証人には、「PKO法」に即した内容で証言してもらいたい。
2.ビデオを法廷で映写・検証させたい。
3.高田警部補は『PKO死』でなく『PKF死』だ。
4.国連の調査報告書を入手、提出したい。
5.「PKO法」は見直しでなく廃案に。
6.広く呼びかけて、7・8シンポジウムを!!など、原告として法
廷づくりにどうかかわっていくかの希望や対策を話合いました。
「見直しの時期まで預張りたいと思ってやってきましたが、3年
間続けてこられました。論議は9月の臨時国会でされるでしょうが、
今後の法廷で影響力を発揮したい」と剣持代表が発言したあと、杉
山事務局長の7・8シンポジウムについての経過報告と訴え、原告の
**さんからの憲法グッズ展、原告**さんから5月9日11時からの
法廷傍聴の訴えなど、時間不足気味。
最後に司会の**さんが「証人は地方在住ですから、財政的にも
労力的にも負担が増えますがやりぬきましょう。本人尋問の侯補は
自選・他選とも次の法廷をめどに決めましょう」と事後集会をしめ
くくられました。
■ 霞ケ関へ討って出よう ■
証人採用はされましたが、ゴラン高原調査団派遣は目をはなせま
せん。「ゴラン高原の国連兵力引き離し監視軍(UNDOF)のコスト
フ総司令官が「国連が日本に派遣を頼んだわけではない」と明言し
た記事が載った2日後には「4月10一19日の日程で派遣することを正
式に決めた」と政府のやることは実に理解しがたい(94年3月26日、
3月29日付朝日新聞)。
座視したまま、既製事実の積み重ねを許してしまわないために、
昨年12月21日付の要請文の回答を首相官邸へ受けとりに再度でかけ
よう(「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo.16参照)。外務省へも、
やはり昨年11月17日に行ったように(No.16参照)、「国連からの
要請文書」の提出を求めに、討って出てはどうでしょう。
(1995.5.16.「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo18)
「司法は違法な税支出を監視出来る」
三木教授力強く証言--第12回口頭弁論報告(1995年6月19日)
1.宣伝活動
「PKO法」違憲訴訟を訴えるタスキを掛けて、当日12時より東京
地裁前で「是非、傍聴してください!…『「PKO法』違憲訴訟を…」
のビラを10人で約500枚配布する。受取りの反応は良い。これによ
って一人でも傍聴に来てくれ.れば良いが、皆慌しく通行中でその
期待はなかなかとは思いつつ、希望を持って闘っている姿を印象付
け、何かの機会に是非生かして欲しい。
なお、ハンドマイクを使用すればより宣伝効果があるかなと思いな
がら。
2.事前集会
(東京弁護士会館303号室にて、参加者15人、13時05分〜13時25分)
**事務局長の司会、「今日は大勢の参加者」と、明るい声でて
きぱきと進行する。先程のビラ撤き、シンポのチラシ「どこまで行
くの!?自衛隊」の活用と宣伝に付いて・…。「知人・友人に、自
宅の近辺で広げるように。私はそのようにやっているので、それぞ
れ工夫して効果的に」と、行動力抜群の枝さんより発言。なお、チ
ケットの前売り800円で宣伝中。本日の口頭弁論について、三木義
一証人は今、弁護団と打ち合わせ中。続いて****より三木さん
についての紹介と本日の証言内容の趣旨につき詳しく説明があり、
法廷に移動する。
3.「PKO法」違憲訴訟第12回口頭弁論
1995年6月19日東京地裁606号法廷で「PKO法」違憲訴訟第12回口
頭弁論が行われた。
(証言内容の概要)
原告代理人の福島代理人による三木義一証人(立命館大学法学部
教授)の証言内容の概要は次の通りである。
国家が違憲・違法な財政支出を行った場合に国民・納税者がその
是正を求めて司法的救済を受けることは現行法下で可能である。
財政の支出先が具体的に確定し、憲法上禁止されているものに支
出された場合、納税者の負担した税のうち、当該部分は憲法上の租
税としての性格を喪失する。従って、負担者にとっての権利侵害と
なり得る場合があり得る。
例えば、特定の宗教団体に補助金を支出した場合、租税名目で強
制的に徴収された税は信教の自由侵害となり、このような財政支出
による人権の侵害は司法救済が可能であり、その救済方法としては
損害賠償が最も適合的である。
◆法廷での証言 Q=福島代理人 A=三木証人
原告代理人の福島弁護士による原告側証人三木義一氏に対する尋
問が当日1時33分から始まった。まず三木証人の経歴・専門分野・
主要著作・現在の活動内容、大学・学会の所属、鑑定証人の経験な
どの尋問に「自筆の説明書通り」と型通りのやり取りの後、単刀直
入に本論に入る。
「仮に、憲法違反の財政支出がなされた場合に、納税者は法的な
救済を裁判所に対して求める余地があると考えるか」との尋問に、
「納税者に対して裁判所は法律的な救済をはかりうる余地は残され
ていると考えている。また議会制民主主義の活性化を促す意味でも
残されていると考えている」と明言。以下主な内容を記す。
Q: 被告国は、税の徴収と財政支出とは全く別の次元の問題である
と主張しており、法律的な救済の余地はないと主張しているが。
A: 確かに、課税処分と支出は一応遮断されていると考える。その
理由は、納税義務は税法により、予算は歳出歳入で構成されている
が、歳出についての国会での議決は「項」までで、もう少し細かく
は「目」でも、具体的な支出先を明らかにして議決されるわけでは
ないし、歳出予算は議決によって必ず支出しなければならないわけ
でもない。歳出予算の議決の法的効力は最高限度額を定めたにすぎ
ないので、それ以内なら支出しても構わない。
課税処分時にはまだ明確でない支出が、後に具体化したことを理
由に課税処分を取り消し得ることになると、課税徴収の現行法制度
に混乱を来し整合しない。歳入歳出分断論は現行法の下では解釈論
としては、やむを得ない。
財政支出が仮に違憲・違法であっても、それを理由に、遡って課
税処分の取消しを求めることはできないという限度では、歳入歳出
分断論は承認される。
所得税本税は、納税者が納付した税金がどの会計年度に属するか
は「国税収納金整理資金に関する法律」で規定されていて、納税義
務の成立時点で帰属年度が決定される。会計年度が終了しないと、
違憲な支出に何%使われたかは明確にできない。税制一般について
も、納税拒否を違憲な支出の割合に基づいて正確に行うことは出来
ないので、歳入歳出分断論にならざるを得ない。
Q: そうすると、納税者は違憲・違法な支出に対して法的な救済
を求めることができないとの結論になるのか。
A: いいえ、そうではなくて支出の違憲性・違法性により、課税
処分の取り消しを求めることは出来ないという意味で、歳入歳出分
断論の成立が直ちに納税者の司法救済は不可能であると言う事には
繋がらない。日本国憲法は国民に対して納税の義務を課し、他方そ
の税金をどのように使うか、大枠について憲法により制限を設けて
いる。憲法は、憲法が描いた枠内で国民に納税を義務付けているの
であり、租税支出がその憲法の枠を踏み外して使用された場合、例
えば憲法上禁止されている宗教団体に莫大な補助金を支出した場合、
「お布施」が租税の名目で強制的に徴収されたことになる。戦争に
使う費用についても同じである。
個々の納税者に対して、与える影響如何によっては権利侵害が生
じてくる。その場合には人権侵害に対する司法救済が現行の訴訟シ
ステムでも可能であり、救済方法としては損害賠償が適合的と考え
られる。
Q: そうすると歳入歳出分断論を前提にした課税処分の取り消し
は求められないとしても、損害賠償としての救済は認められ、それ
は国家賠償法に基づくものか。
A: はい。
Q: 国家賠償法の要件として公務員が行った違法行為の内容は何
か。
A: 憲法違反の支出がなされれば、当然、公務員が違法行為を行
った事になる。内閣がカンボジア派遣に相当の予備費を支出したと
思われるが、これは財政中心国会主義に対する重大な侵害行為であ
る。予備費は憲法が例外的に認めた制度であるが議会の事前審議を
経ずに支出されるのでその支出は慎重でなければならない。憲法自
体が全く予見していなかったような戦争への資金の拠出を予備費と
いう項目で支出したことは、憲法を形骸化するものである。
Q: 違憲か否かは、違憲審査権に基づき裁判所が財政支出の憲法
適合性判断をするわけか。
A: はい。
Q: 違憲の財政支出は、個々の納税者に具体的な損害を生じ、形
式的には税であるが憲法の枠を越えたもので、実質的には別のもの
になるのか。
A: そのとうり。例えば特定の宗教を国家が援助した場合、軍事
費など違憲な支出をした場合、個々の納税者の良心には耐え難い精
神的苦痛が与えられてしまう。その場合には損害の問題が生じる。
Q: 個々の納税者の良心に耐え難い苦痛があったか否かは、事実
認定の問題か。
A: 裁判所が具体的に審査すべきで、その人のそれまでの生活史、
表明してきた,思想信条、憲法9条の平和主義に基づいた積極的な
平和活動などの事情を総合考慮すべきだ。
Q: 本件で、原告らの内には、PKO法に基づく自衛隊のカンボジア
派遣直前にこれを止めるように政府に文書で要求している人が多い
が、そういう文書を出したという事情も判断対象になるか。
A: 当然含まれる。その人が反対意見を表明したことのみではな
く、その人がどの様な信条を持って生活をしてきたかを総合的に判
断することになる。
Q: また、財政支出の違憲性が大きいほど、良心への苦痛も大き
いというような相関関係はあるか。
A: はい。
Q: 違憲な財政支出と、良心の耐え難い苦痛との間に、因果関係
はあるか。
A: 国家は普通税として徴収した租税について、国会の議決に基
づいて決められた支出項目に均等に案分して充当する義務を負って
いる。国家支出総額のうちに占める違憲な支出の割合分について、
納税者は同一割合で必ず負担していることを普通税という制度は意
味している。即ち、普通税は、違憲な支出の割合分について違憲支
出をしている。
以上から、違憲な財政支出と、良心の耐え難い苦痛との問に、因
果関係が認められ、国家賠償の要件が充足され、納税者は違憲な支
出に対する法的救済を受けられる事になる。
Q: 裁判所が、財政支出の合憲性を審査するのは、間接民主制を
前提とする財政民主主義にかえって反するということはないのか。
A: 確かに、原則として議会による政治的コントロールが重要で
あるが、この政治的コントロールを有効に機能させるためには、議
会で不承認の支出を行った責任者が政治的責任を取ることが必要で
あろう。しかし、予備費支出の不承認の事例を具体的に説明すると
・・。第114国会で予備費支出が3件も承認されなかったにも拘ら
ず、内閣は誰一人責任をとらず、その後の財政運用にも生かされて
いない、という意味で、ぞの機能は、極めて限定的な機能しか有し
ていない。
従ってこのように、政治的コントロールだけでは不十分の実状か
ら、それを補完するためには財政支出についても一定の司法コント
ロールを及ばし、内閣の自覚を促す必要がある。その場合、財政支
出は一度支出したものを無効にするわけにはいかないので、納税者
に対する損害賠償を認めるという形での間接的是正が最も適合的と
思われる。
なお、裁判所が財政の憲法違反の問題について、口を挟んだとし
ても、財政国会中心主義の原則、つまり、国会の権限を侵すことに
ならないし、この損害賠償は、予算議決権を持つ国会の権限を侵さ
ない範囲内での司法コントロールとして適切である。
Q: 違憲な財政支出に対して、納税者が法的救済を求められる権
利を、原告らは納税者基本権と表現していますが、損害賠償が認め
られるということは、そのような権利があるということか。
A: 納税者基本権は高く評価され、今後の司法の中で重要な意味
を持っている。現行システムの中での機能には論点もある。最終的
には主権者である納税者が決定し得るものであるが、私はこの権利
概念を使わなくても、通常の裁判所の救済の論理からしても、この
ような場合には司法救済が可能であると思う。
Q: 納税者が違憲な財政支出に対して異議を申し立て、法的救済
を裁判所に求められる事は、明治憲法下でも可能であったか。
A: 明治憲法下でも国民の納税義務が規定されているが、課税権
行使に対する制約としての納税者の権利は殆ど無かった。また、憲
法上、財政支出に対して結果を規制する規定が全くないこと、第63
条の永久税主義の規定により収入と支出の関係は完全に遮断されて
いた。日本国憲法は国民の納税義務と様々な人権保障を行っている。
支出についても積極的な人権保証など様々な規定を設けている。日
本国憲法における人権保障の各規定や財政支出に対する規定、永久
税主義を排除した全体的な構造から財政支出と税負担との間に関連
性がある事は明らかである。
Q: まとめて言えば、日本国憲法の下では、違憲な財政支出がな
された場合に、納税者は法的救済を裁判所に求められるということ
が、それによって、可能になったということか。
A: はい。
Q: 違憲な財政支出に対する、損害賠償訴訟が提起された場合、
裁判所の具体的事実審理の対象は何か。
A: 問題になっている財政支出が違憲と言えるか否か、違憲な支
出により個々の納税者、個々の原告の良心の自由を侵害するという
ような耐え難い苦痛が生じたか否かという事です。
Q: 財政支出の違憲性が強ければ強いほど苦痛もまた強くなると
いう相関関係もあるという事か。
A: はい。
Q: その両者を事実認定しなければ、裁判所としては終局判決に
至れないと理解していいか。
A: はい。是非、そのような方向で、当裁判所としても、事実審
理を行うよう期待したい。
◆被告代理人反対尋問 Q=国側・被告側代理人、A=三木証人
Q: 今日の証言は、いわゆる納税者基本権とは直接関係ないと考
えて良いか。
A: 有能な権利概念だが、この事件の場合にはそれを用いなくて
も通常の権利概念で良い。
Q: 今日の証言は従前から考えていたか。
A: 従来から関心を持って悩んでいたが、今回証人の機会を載い
たので、もう一度整理をした。
Q: これまでに、この考えを、どこかへ発表したことがあるか。
A: 私自身が原稿に書いた。
Q: 少なくとも専門学者達の中には出してあるか。
A: そういう所には出してある。
Q: 国家賠償請求が成立するには、国民の豊かな権利を侵害した
時と考える。国民のどんな権利を侵害した場合に請求できるか。
(以下略)
(被告代理人反対尋問はこの後、本日の証言内容と全く的はずれ
の「納税者基本権」に関わる尋問が続く。三木証人に軽くいなされ、
原告代理人にうっちゃられて終了。なお、福島・後藤両代理人より
確認の尋問あり)
裁 判 長◆ 次回は「浦部証人」で良いですね。2時間というこ
とでよいですか。
被告代理人◆ 予定の尋問事項が違ってきた場合には事前に尋問事
項の連絡を。
福島代理人◆ こちらはその様な理解はしていません。
裁 判 長◆ 次回の日程は10月20日13時30分から16時まで。
(14時40分終了)
4.報告集会
(東京弁護士会館101号室、参加者27人、15時04分〜16時05分)
杉山事務局長の司会、初めに福島代理人、三木証人より本日の口
頭弁論を振り返っての発言があり、続いて原告・参加者より活発な
質問、感想、意見があり、明るく元気な、和やかな集会となった。
福島代理人・…従前「納税者基本権」を掲げ、その概念から裁判
が出来るとの立場の証言を出して来た歴史があるが、今回は損害賠
償の問題ですから慰謝料の請求をどう理論形成ができるか、法律チ
ックな議論をした。裁判所を少しでも説得できるとの決意でやった。
反対尋問はチグハグで、最後に尋問事項と違うと文句言ってたが、
尋問事項はあっていましたので、念のため。(爆笑)
三木証人・…発言の機会を載き有難うございました。非常に難し
い問題で、今日どう述べるかずっと悩んでいまして一、納税者基本
権では裁判所に入らない。違った攻め方を考えた。3月から5月は他
からの原稿依頼を全部断って6月の今日のために準備をした。だか
ら原価は相当かかっている。諸外国では納税義務無い。差止めレべ
ルで、損害賠償でやっているのは日本位だ。どう主張するか悩んで、
今日の主張に行き着いた。「どこにも書いてない。初めての主張。
従来因果関係のところで普通税だ、所得税を納めた、しょうがない。
いやそうじゃないよ」ここが軸でした(拍手)。
(1995.9.6.「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo.19)
「平和的生存権」こそ全人類の願い
一法律論を超えた思想の広がり 浦部法穂・神戸大教授の証言一
第13回口頭弁論報告(1995年10月20日)
1995年10月20日、東京地裁606号法廷で第13回口頭弁論が開
かれました。提訴してから3年。やっと、2人目の学者証人として
浦部法穂・神戸大学教授の登場です。この間、モザンビークPKO、
ルワンダ難民救済と自衛隊の海外派遣は積み重ねられ、来年2月に
はゴラン高原への派遣まで決まってしまいました。
◆全人類が平和的生存権を侵されている◆
まず宣誓、浦部証人の経歴、専門分野、主要著作、大学、学部の
所属、鑑定証人の経験など型通りのやり取りのあと、福島代理人か
らの平和の意味内容、平和的生存権はなにに依るか、いかにして生
じたか、救済方法などについての質問に、浦部教授は次のように述
べられました。
日本国憲法は平和主義に貫かれています。単に戦争がない状態を
言うだけでなく、9条2項で戦力をもつことを禁じており、前文に
は、全世界の人類が貧困と飢餓からの自由を保障すると明記してあ
ります。平和的生存権とは、このような平和の内容が充たされる権
利です。憲法上の権利は13条で、最大の尊重を必要とするとあり、
その実現の方法は、司法的に限られるものではなく、立法・行政に
よっても可能です。被告国は、平和的生存権は抽象的、不明確とい
っているそうですが、それは国が一般的内容ととらえ、憲法に即し
ていないからです。基本的には憲法9条そのものが内容ですから、
具体的で明確です。前文の内容については、恐怖と欠乏からの自由
という表現と結びつければ世界人権宣言にうたわれていることと同
じです。
世界は不戦の方向へ進んでいますが、日本国憲法のように、戦力
不保持を明記したものはほかにありません。日本の侵略戦争に対す
る反省と被害国からの責任追及に加えて、アメリカは占領政策とし
て国体護持を認めたため、軍国主義の復活を危惧して、軍備を持た
せないことにした、その結果、法的に見て世界に例のない進歩的な
憲法になったのです。
このように見てくると、平和的生存権は、国民の一人一人に不利
益が生じたときに権利の侵害が起こるのではなく、国が戦争を起こ
すと、権利が侵され、国が武力を持つと国民の平和的生存権が侵さ
れ、日本国籍を持たない外国人にもその侵害は及ぶごとになります。
◆損害賠償、慰謝料請求より現状回復を◆
どんな時に裁判所に救済を求められるかというと、国が戦争をし
たり、軍備を持ったりしたら、理論上権利を侵害されたことになり
ますから、救済を求めることができます。具体的に言うと、現行制
度のうえでは差し止めを求めること、または損害賠償か、慰謝料請
求ができます。
権利侵害があった場合、本来はその救済または回復が主となるべ
きであるのに、現実には損害賠償によって権利の回復はなされない
ままになってしまう傾向にあります。しかしこれは、本末転倒で、
ドイツのように現状回復が主であるべきで、それができない時、損
害賠償をというのが正しい対処です。
カンボジア派兵による平和的生存権の侵害を訴えるこの裁判では、
以上のような論点から、国が行った実態をよく調ベ、自衛隊の活動
の実態を明らかにして違憲であることにより罰しなければなりませ
ん、と浦部教授は結ばれました。
ついで荒井代理人にかわっての、平和的生存権をめぐる判例、学
説などを略述します。
平和的生存権が認められた判例としては長沼ナイキ訴訟の一審に
言及しています。これは二審判決では、一審の認めた平和的生存権
の裁判規範性を否定、三審判決は、その裁判規範性に触れることな
く、原告の主張を退けました。軍事施設ができれば攻撃される可能
性があるとして、訴えの利益を求めたものでこれが唯一です。実際
に攻撃されたときには不利益が生じてしまい、それでは遅い、と平
和的生存権を認めたもので、種々な事例に当てはめ判断できます。
学説的には、平和的生存権を理念とするものや、独自の権利とす
るもの、独自の権利を束ねたものとするほか、先述した私のたつ立
場の四つに大別できると思います。
自衛隊のカンボジア派遣についての学会の定説は、平和憲法では
違憲の自衛隊が海外にいくのはいけない。仮りに自衛のための戦力
保持が認められたとしても、それは自衛権の範囲内、海外派兵は許
されない、でした。
◆法的論理を放棄せず、実態審理を望む◆
海外へは武力行使ではなく、国際貢献のためというが、自衛隊が
行かなくてもいい。阪神大震災の時にも自衛隊が出動して肯定的に
評価された面もあるが、あるものを使うのは当然。災害救助に自衛
隊しか派遣できないことこそ問題。
平和を築くために日本が行く必要があるのだとしたら、軍隊が行
くのではなく、事態の発生を末然に防ぐためにこそ活動すべきで、
事が起きてから行くのは、理論が逆立ちしている。
カンボジアに初めて海外派遣されたが、戦後50年問の日本の歴史
を見ると、憲法は平和主義に貫かれていても実態は程遠く、平和主
義に近づくのではなく、遠ざかる50年だった。
こうした現実をふまえて、9条について踏み込んだ判決を求めて
いる原告たちに、司法としては政治的にも対立がある問題なので、
腰がひけるのは心情的には分かるけれど、政治的に逃避せず法的論
点をはずさない司法判断をぜひともしていただきたい。憲法学者の
立場から申し上げ、期待していますと、一礼されました。
反対尋問はなく、原告証人の採用については10名の申請に対して
「とりあえず剣持証人一人採用」と裁判長。次回は1月23日に決ま
って開廷。
(1995.12.21.「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo.20)
今こそ問う 戦争の惨禍
1時間半に渡る本人尋問------剣持証言 part
第14回口頭弁論報告(1996年1月23日)
1996年1月23日、東京地裁606号室で原告本人尋問の1番手は
代表の****さん。代理人船尾氏から原告の経歴紹介が
ある。氏は現代科学のもつ種々の側面をテーマに、高度な
科学技術が兵器・戦争に利用された場合の巨大破壊とその
惨禍について二十数年の著作活動の中で多くの著作を発表
し、大阪市立大学で科学技術論の講義をしていた。以下本
人弁論より。
■ 違憲訴訟の原告になっだ理由 ■
原告になった動機は、日本政府が自衛隊をカンボジアの国連平和
維持活動(以後、UNTAC)に派遣するのは「国民が平和に生きる権
利」を確認している日本国憲法の前文および憲法9条に違反するか
らで、私の幼時体験と友人の体験談とを通して戦争の惨禍を語るこ
とで、憲法の理念の根幹を述べる。
44年11月から4カ月、4歳から5歳にかけての一冬の体験です。
45年東京の下町を一夜にして灰塵に帰し、9万5000人の死者を出し
た3月10日の大空襲。言問橋に避難の群衆が集まったとき、難民の
荷物に火が付き、燃え広がる橋上から隅田川に入水すると、火炎が
水上をなぶり耐えられず溺死者がたくさんでた。友人の話では、明
治座に逃げ込んだ3000人の群衆が閉じ込められて焼死、その中に私
の従姉16歳の女学生の死があった。当時殆どの家では父親が兵隊に
召集され、留守宅には老人と女・子供で、私の家も同様であった。
ある時は足の悪い祖父を残したまま近くの公園に逃げ込んだことも
ある。銃後の老人・病人を捨てざるをえない戦時下に、非戦闘員に
無残な空襲が夜毎続いた。小学生になった頃墨田公園全体が卒塔婆
の林であった。
私は東西ドイツの壁がなくなった後のベルリンで焼けただれた聖
マリアンヌ教会を見た。外国には戦火の記録が残されている。43−
45年ナチスドイツの頃に崩壊したミュンスター市の有り様が博物館
に展示されている。ケルンでは国連の爆撃で焼け崩れた写真の絵葉
書が売られている。イギリスのコヴェントリーには焼けたレンガの
壁が空襲の日を記載して市民の記録にしている。日本には空襲の跡
を記録するものがない。
戦後の日本には戦災を伝える姿勢がない。戦争の責任を曖昧にし
て戦前の体制を引き継いだ日本の政治の在り方が問われなければな
らない。政府は日本空襲の総指揮官カーチス・ルメー米空軍参謀に、
航空自衛隊に協力したという理由で勲一等を与えている。「政府の
行為により再び戦争の惨禍が起きることのないように決意し」の憲
法の前文を足蹴にするものだ。
■ 軍隊は住民を犠牲にする ■
現代の戦争では防空は成立しない。いかなる軍備でも空襲を防御
できないのが近代戦である。東京朝霞の陸上自衛隊基地に、低空域
を狙うホークミサイル部隊が配置されている。ミサイルが発射され
命中するしないにかかわらず周辺の密集住宅に落下し、犠牲者がで
ることは確実だ。
私は82−94年まで石垣島の空港の建設に反対する「八重山白保の
海を守る会」の会員で、沖縄の会の中心メンバーは60−80代。44年
日本陸軍の飛行場建設に動員されたうえ、農地を奪われ、物資の供
出まで命じられている。空襲が始まると住民をマラリヤ有病地に避
難させ、1万6844人のマラリヤ患者と3647人の死者を出し
た。これを戦争マラリヤと言う。白保の罹患者94%、死者169人
は、キニーネもなく治療も受けずに死亡した。彼らにとって空港建
設は悪夢なのだ。軍隊が住民を犠牲にするのは大戦末期の沖縄戦全
体に共通していた。軍人の死者9万人に対して沖縄住民の死者は
15万人であった。
下嶋哲朗というドキュメンタリー作家に『南風の吹く日 沖縄読
谷村集団自決』という著書がある。米軍が最初に上陸した沖縄本島
読谷村の住民139名は鍾乳洞のチピチリ壕に逃げ込んだが、米兵
上陸の3日目に集団自決した。肉親同士が互いに手をかけ合った悲
惨さは日本軍の誤った教育のためであった。この4坪ほどの壕の中
にその後40年間遺骨が散乱していたのを、知花昌一さんが集骨した
のだ。読谷村役場の玄関に、憲法9条が掲げてある。そうしなけれ
ば心の平衡が保てないのであろう。
敗戦後にも、米軍基地の拡張のため本島から裏石垣島の有病地区
に移住させられた住民のうち多くの人が死んでいる。
■ 侵略・派兵とは ■
44年夏インパール作戦に参加した日本の敗残兵が、焼き畑農業の
陸稲や雑穀が主食の20戸ほどの集落に入り、殆どの食料を徴発し
てしまい多く餓死者がでたという話を、その村落に87年に1週問ほ
ど滞在した時、長老から聞いた。ここの村民は日本ともタイ政府と
も関係がなく、自給自足で生活していた。突然現れた日本兵は強盗
でしかない。軍隊を他国に送るということは、軍隊の機構を維持す
るためだけでも、強奪、時によっては、強姦、虐殺も起こるのだ。
他国民にとっては恐ろしい武装集団でしかない。最近知ったことだ
が、2人のパプアニューギニア人が日本人のシスターに伴われて日
本の外務省に補償要求書を持ってきた。
44年、ティンプンケ村を占領した日本軍が村から離れて森の中で
生活していた村人を甘言を弄して呼び寄せ、100名の男子を殺害、
65名の女子をレイプ、強奪した。彼らにはなぜ殺害されるのか理解
できなかったが、オーストリア軍に協力したのではないかという疑
いを日本軍がもったためであった。当時少年だった2人の目撃者が
補償要求書を持って来日した。
過去を繰り返さぬために、その根源である軍隊をもたない、軍備
および交戦権を否認する憲法前文があると私は考えている。
91年、イラクが国連憲章に違反してクエートに侵入したのを理由
に、多国籍軍は「砂漠の嵐作戦」と名付けて大空襲を繰り返した。
非戦闘員の死者は25万人におよぶ。その戦費に1兆3000億円
を出費した日本は、再び戦争犯罪に手を貸したのである。
湾岸戦争の戦費負担の法的根拠について質問を受けた中山外相は
参議院予算委員会で「国連決議を受けてその実行性を確保するため
に」と答弁している。
イラク制裁の国連決議に法的根拠があるとしても、米・多国籍軍
の戦争行為を正当化するなら、この制裁措置は日本国憲法と真っ向
から対立する。
92年、ニューヨークで湾岸戦争を裁く「国際戦争犯罪法廷」を傍
聴した。告発人は元アメリカ司法長官ラムゼークラークである〔空
爆のイラクに入り、ハイテク兵器のもたらす戦争の惨禍を見て証言
者となり、ブッシュ大統領と政府軍首脳を「平和に対する犯罪、人
道に対する犯罪その他」として、国際戦争犯罪法廷に告発した。こ
のときクラーク氏と話す機会を得たが、彼は「日本には憲法9条が
あるから幸せだ。それによって政府を訴えることができる」と言っ
ていた。9条で訴訟しなれば絵に書いた餅に過ぎない。
私のUNTACへの自衛隊参加の疑問は、国連の行為が正義として是
認され、日本国憲法の原理を普遍化するためのものであるのかとい
うことである。
■ UNTACの自衛隊派遣で五原則は守れるか ■
日本には憲法上自衛隊を海外に派遣する法律がない。そのため政
府は「国際連合平和維持活動等に関する法律」を成立させ、武器使
用制眼の五原則を設けて憲法との矛盾を回避した。しかし武器便用
の規定は憲法との整合性を保つための内に向けた理屈に過ぎない。
PKOで五原則を守れるか、ぞれを担保し、訴追する機関が現実的には
ない。机上の空論に過ぎない。最近のPKO活動を現地で見るに、ユ
ーゴースラビア、ソマリアにおける武力行使、沖縄から湾岸戦争に
もソマリアにも出撃している日米協定の拡大解釈で、憲法9条が蔑
ろにされ、法規範が法治国として貶められている。
船尾代理人:具体的に口上書で五原則が確認されたか。
*****:確認されていない。
船尾代理人:実際口上書の交換はあったのか。
*****:外務大臣は包括的に文書を取り交わすと言ったが、
実現していない。口上書に五原則の枠組みはない。
派遣された自衛隊は慣行によりしUNTACに従う。
船尾代理人:国連と日本政府の間でなぜ五原則を認めさせること
ができないのか。
*****:UNTACは現在武力活動を是認している。湾岸戦争は
その典型だ。日本の五原則を認めることで、矛盾が
生じることを恐れたのだと思う。
裁判官は「原告は次回1時間続行します。あと9名の陳述申請が
あるが、他にも多くの事件が審理を待っている。9名全部を行うこ
とは他への公平を欠くことを理解されたい」といったが、重大な憲
法裁判に審理を尽くさないで、どんな判決を下せるのであろう。あ
くまで全員の審理を要求しなければならない。
本日の1時間30分におよぶ陳述は**氏の平和に対する信念を諄
々と説くもので、深い共感が法廷を圧した。本日傍聴席が満席でな
かったことは実に残念であり、多くの人に伝えるべき大切な問題が
山積していたのである。傍聴に参加できない原告のために、葉書を
用意して、裁判官に出す方法を検討中。
次回は4月23日、時刻と場所は同じ。
■ 報 告 集 会 ■
池田代理人から。
今日の陳述は実によく、船尾代理人と**氏の力量でした。あと
9名の陳述人が採用されるのは難しいと思う。
戦争の惨禍は回復不能だ。その被害は回復できないのだ。死者は
帰らないし、破壊された街は決して元に戻らない。政府が戦争を始
めようとしたとき、それを差し止めるのが9条の役剖なのだ。戦争
を起こしてしまってはもう9条の意味はない。湾岸戦争は間違いだ
と政府に確認させ、平和的生存権と納税者基本権の立揚から政府に
謝罪と賠償を求めなければならない。
今日の原告は一般市民の一人としてより、専門の研究家として、
学者の証言の意味があった。大阪の判決の例では、判例を認めてい
ないから証人採用は難しい。
**さんから、ゴラン高原への自衛隊派遣差止訴訟提訴について
の報告。
**さんから、「第二次世界大戦の跡を隠滅する努力を全国的に展
開している。後世に残さない努力を政府はしている。江戸博物館に
閉じ込めた東京空襲のことなど、呆れるほどのものであった。」
(まとめ:枝 光)
■ 現在申請している原告証人と証言内容(案) ■
・木村愛二一カンボジアPKOの狙いと;取材した結果としてのカン
ボジアPKOの実態。
・元山俊美一軍隊とは何か、自分自身(関東軍兵士)の体験を通
してPKO活動。
・梅 靖三一戦後責任を果たさずに「国際貢献」と言えるのか。
武力で地域紛争は解決できないこと。
・西野留美子一カンボジアへの自衛隊派遣により受けた精神的苦
痛。従軍慰安婦問題にとりくむ中で感じたこと。
そして現在も解決されていない戦後責任。
・野副達司一良心的軍事費拒否行動(納税者基本権の侵害)。
「国際貢献」は非軍事で行え。
・金子 勝一平和的生存権について。
・石丸敏子一カンボジアで見だPKO活動の実態。
・山田一彦一自衛隊そのものの性格、本質。「PKO法」参加五原則
及びUNTACの問題点。
・佐藤弓子一憲法の規定を超えて自衛隊がカンボジアに派遣された
こと。武器使用の拡大解釈。
「PKO法」の雑則による民間協力。
(1996.3.4.「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo.21)
法を踏みにじる軍隊の本質を迫及する
前回に続く本人尋問
一一第15回口頭弁論(1996年4月23日)
4月23日東京地裁で****氏が、前回に続いて陳述した。
■ 船屋弁護士の質問 ■
国連と日本政府との交換文書が参議院の委員会に提出されたとき、
参加五原則を遵守する取決めはなかった。五原則を認めることは集
団武力行使を認めている国連の方針を否定することになる。
五原則の中にある、武力行使と武器使用を分けることは可能か?
剣 持■ 現実的には不可能である。それは内に向けた言い訳に過
ぎない。
■ 武器使用に関する要領 ■
自衛隊が定めた「カンボジア国際平和協力業務に当たって武器の
使用に関する要領」
1.他に手段がない場合、最小限度に限る。
2.出来るだけ説得。
3.原則として、相手を撃つ前に威嚇射撃する。
4. 書刑法36条または37条の用件を満たす場合のみ危害を与えるこ
とが許される。
2の場合、説得すべきカンボジア語を話せる隊員が居るのか?
非現実的に過ぎる。
3の場合、相手は威嚇射撃と受け取るのか?
4、正当防衛の問題であるが、海外において自衛隊員の武器使
用に日本の刑法が適用される場が与えられるのか?非現実的な
規定だ。
■ PKO法施行令四条の規定について ■
この規定は派遣された自衛隊員に過用す。
次の場合、身分を失う四条の規定のうち2つを挙げる。
第二条、心身の故障のため職務の遂行に支障が起こった場合または
それに耐えない場合または長期の休養を必要とする場合。
第四条、水難、火災その他の災害により、生死不明または所在不明
となった場台
この場合のPKO法で言う業務とは、海外で行われるもので、規定
も海外業務である。この規定は戦闘行為、戦場を想定していると考
えられる。
カンボジアその他海外に派遣される隊員の家族との涙ながらの別
れの光景は、かつての戦地へ出征兵士を送る光景と重なるものがあ
る。
政府の言う建前とPKO業務の本来の意味との違いを強く感じてい
るのは、むしろ派遣される隊員と家族ではないのか。法律的な建前
をPKO法で規定しておき、本音との矛盾を、PKO法施行令を設定する
ことで埋めている。自衛隊法には「心身の故障」や「生死不明、所
在不明」によって隊員としての身分を失う規定はない。防衛出動拒
否などへの罰則は規定されている。
これらの問題点は、憲法から見ると、憲法の想定していない自衛
隊の存在、さらに自衛隊が想定しないPKO法と、それぞれの業務の
食い違いを無理につなぎ合わせた結果である。そしてその矛盾がど
のように現れるかを次に見る。
■ 高田晴行警部補被害事件 ■
93年4月カンボジア北西部のアンビルで、UNTACの車列を武装集団
が襲撃し、高田警部補が殺害され、数名の日本警官が重軽傷を負っ
た。この事件の詳細な報告が国連からきているのに、政府は公表し
ない。92年パリ和平協定の4派合意で武装解除が行われたが、ポル
ポト派が解除を拒否したため、停戦は実現しなかった。しかし日本
政府はポルポト派が和平協定を破棄していないので停戦合意は成立
していると強弁し、文民警察官と自衛隊員を派遣した。この時政府
は自衛隊が紛争に巻き込まれることを恐れて安全なタケオに彼らを
置き、文民警察官は紛争多発地帯に配置した。高田警部補はその犠
牲者と言える。文民警官の本来の任務は「警察行政業務の指導と監
視」であったが、現場では任務規定と異なり、警察業務であること
が拒否できない状況であった。車列を並べて進行中武装集団に突然
停車を命じられたが、後部座席にいたオランダのボーイ少佐が先に
発砲したので、武装集団は銃を乱射し、運転席にいた高田警部補が
標的になってしまったのである。いざとなれば、武器使用規定など
問題にならない修羅場が現出するということだ。
■ 自衛隊員「人間の楯」命令事件 ■
カンボジア憲法制定議会選挙の投票日が近づくにつれて治安が悪
化し、隊員は武器を携行、防弾チョッキ着用、宿営地に土嚢を積ん
で警戒した。この事態は、停戦の合意がなされていないことを示し
ている。日本人選挙監視要員保護のため「救急医療チーム」「偵察
チーム」を編成してパトロールを行うなど、「PKO」法にない業務
を行っていた。選挙2日前の5月20日に石下美夫隊長らに西元徹也陸
幕長からの書簡が読み上げられた。「選挙監視要員が襲われたら、
その場に隊員が入り、襲撃を受ける当事者になって、正当防衛の理
由で武器を使用せよ」と命令を出したことが朝日新聞に出て、物議
をかもした。
停戦のないままに派兵を強行した日本政府は「PKO法」違反を犯し、
憲法無視の派兵の無理が顕在化してくる。
■ 施設大隊が通こした交通事故事件 ■
92年10月30日、93年1月12日、同7月30日と隊員は3回の交通事故で、
カンボジア男性2人女性1人を死亡させ、1人重傷、4人に軽傷を負わせ
た。この事故加害は当然カンボジア国内法で処罰されるはずであるが、
カンボジア国内での自衛隊の法的地位が判然とせず曖味にされて、処
罰もなく、被害者は泣き寝入りのままで、加害者は日本に引き揚げて
きた。自衛隊はそこでは占領軍そのもではないか。昨年9月の沖縄の
米兵による少女暴行事件で、日米地位協定の見直しが問題になり、
日本国民の怒りが燃え上がったが、この交通事故も沖縄事件と変わ
りがないと見るべきではないか。
国連の平和維持活動は軍事活動であり、集団自衛権の発動と考え
られる。それに参加した自衛隊の矛盾が交通事故処理にも現れてい
る。
法律による規定とその運用に伴う現場での矛盾、それを埋めるた
めの法律条文の拡大解釈、さらには法律にないさまざまな任務の遂
行等の問題が多発する。
■ 自衛隊は外征軍に変義する ■
PKO法による自衛隊のUNTAC派遣のもらしたものは、自衛隊がこれ
までの国内活動を前提とした装備、運用を切り換えて、外征軍とし
ての装備制度をもつことになる。
先に示した武器使用基準は事実上の交戦規則である。交戦権を否
定した憲法に抵触するのを想定した派遣であった。
平和に生きる権利は戦争の災禍の中から得た私たちの明確な権利
である。私は小学生時代市川国府台の旧軍隊射撃場に住んでいた。
そこには強制連行でつれてこられた朝鮮人が住んでいた。平和憲法
を何となく意識したのはこのころから。アジア各国を巡り、日本軍
の起こした戦争の惨禍をつぶさに見てきた。謝罪しない限り日本に
将来はない。憲法九条があって、50年間軍隊を外国に出さなかった。
その立脚点が今ないがしろにされている。戦争が起きた場合その権
利はもう何人も回復できない。死者は蘇らない。平和に生きる権利
を保証している憲法を守るために私逹は裁判に提訴しているので、
裁判官はこの大切な権利にたいして明快な判断を下されたい。
1時間に及ぶ陳述は私たちの切望するものであり、思わず拍手を
したら、裁判官は「ここは神聖な裁判所です、拍手は止めて下さい。
次回は6月13日午後1時30分から。西野留美子さんの証言90分です。
被告代理人は反対のようですが、次々回に****氏の証言を許
可します。」
本日の**さんの証言は、「PKO法」と参加五原則の矛盾が余す
所なく剔抉されており、特に自衛隊が起こした交通事故における日
本側の処理たいして、沖縄の米兵による少女暴行事件と重ねて海外
派兵の矛盾と違憲性を論じたときには、裁判官の表情も強張り、緊
張を隠せなかった。
(1996.5.31.「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo.22)
第16回口頭弁論(1996年6月13日)報告
カンボジア調査の成果をいかんなく発揮
第2回原告証言が6月13日午後1時30分から東京地裁の606号法廷で
行われました。
当日の証言には西野留美子さんが予定されておりましたが、病気
のため、****さんが陳述しました。
本年4月25日から1週間、原告10名で、自衛隊がカンボジアで行っ
たUNTAC業務とは何だったかを問う調査に行きました。当日の鈴村
氏の証言はその報告でもあります。証言は荒井代理人の進行で行わ
れました。
■ カンボジア調査の目的 ■
(1) 自衛隊はカンボジアで何をなし得たか。
(2) 参加五原則を守れたか。
(3) 自衛隊の派遣の全経費105億円と、現地NGOの活動とを比較し
てどうだったのか。
■ 調査のきっかけ ■
1993年11月に政府が発表した「カンボジア国際平和協力業務の実
施結果」にたいして国会では殆ど討議がなされなかったし、また国
民に理解を得る努力もしなかった。派遣に当たって、国会が2分さ
れるほどの討議と国民のなかにも大きな議論があったにもかかわら
ず、無視されたことは、国民を蔑ろにするものとしか思われません。
そのうえ報告書には多くの疑惑もありました。さらに相次いで2回
の自衛隊の派遣を実施し、次に「PKO法」が発令されたときに決定
している3年目の見直しもすることなく「ゴラン(UNDOF)高原」へ
の派遣を定めたことは、既成事実を作って追認させ、自衛隊の活動
範囲を広げ、より軍事色の濃い行動形態になってゆくことを恐れさ
せるものです。
■ 調査の場所と当初の計画 ■
カンボジアの首都プノンペン、トティエ山、タケオ、カンポット、
シアヌークヴィル、2-、3-、4-号線国道の視察とバッタンバン、カ
ンポット州、アンビルを目指しましたが、現地外務省の指導による
と停戦の合意なく危険だからということで、カンポット、バッタン
バン、コンポントム州、2-、3-号国道の1部を中止しました。
■ トティエ山 ■
荒井:トティエ山に自衛隊が宿営したとありますが、調査しました
か。
**:トティエ山は首都から42・3kmの地点。UNTACから工事用の資
材が来なかったので、タケオの自衛隊員150名がここに派遣
され、採石に来ていました。赤土の低い山肌が乱雑に掘り返
されたあとがある。この赤土を道路の穴に埋めて、まず道を
平らにしてから舗装するのだそうです。防衛庁から治安が悪
いから急遽撤退するようにと指令があり、慌てて引き払った
らしい跡が乱雑に残っていました。カンボジアの治安が悪化
するなかで部隊を分散しておくのは危険との判断もあったと、
同大隊司令部の話。
■ 道路工事 ■
荒井:自衛隊派遣の自的の1つ、道路工事と橋の補修工事の状態に
ついてはどうか。
**:道路工事の予定は145kmを補修することになっていましたが、
55%弱の逹成率でした。しかも簡易舗装だったために自衛隊
が帰国後間もなく大破してしまい、現政府が本格的なアスフ
ァルト道路に舗装して今日に至っている。橋もその後政府が
補修しなおしている。第2次派遣隊の場合も予定区間66kmに
たいして、22kmと半分以下の補修でした。その上道路工事に
関しては、雨期に対する認識が甘く、路肩の排水溝を作らな
かったための崩壊でした。
荒井:道路工事について計画の半分も逹成できなかったのはなぜだ
ったのか。
**:(1)駐屯地を日本国内並の生活環境に整備するために、600人
中150人の工兵が駐屯地設営に常時従事。
(2)本部管理部門に250人が常駐。
(3)現場に出せるのは3個中隊210人で、そのうち採石に150人
の人員を差し引くと、道路補修の人員は60人しかいなかっ
た。加えて猛暑と資材不足、治安の悪化もあったが、「自
己完結」に執着しすぎず、職がなく困っている現地住民の
雇用を考えるべきでした。
■ タケオの駐屯地 ■
タケオの駐屯地はもと飛行場だった広大な地域で、荒涼としてい
る。入口には「日本施設大隊」の看板が今も残っている。2つの見
張塔も崩壊寸前ながら残っており、入るとすぐ300本近いコールタ
ールのドラム缶が野積みのまま放置されている。
■ 11億円の無駄遣い ■
自衛隊が帰国するに際して、プレハブ施設14棟、家具類、医療器
具、その他すべての不要機材(時価11億円相当)をタケオに寄贈す
ることが決まり、自衛隊は「混乱した地域の宿営地が、医療センタ
ーとして生まれ変わることに意味がある」と自画自賛し、カンボジ
ア暫定政府高官は「日本とカンボジアの友好のシンボルとして幅広
く活用していきたい」と、当時の読売新聞にも出ましたが、実情は
プレハプの建物が1棟だけ「地域開発センター」となっているが、
人影は管理人1人だけ。油がないから発電機は使えず、医療器具は
使用法が分からない。プレハブは通気性が悪くて利用できない、と
管理人がぼやいていました。土砂にまみれ、荒れ果てた廃棄物、11
億円の無駄遣いでしかなく、寄贈したのではなく遺棄したという感
じでした。こうしたお金をもっと有効に使えないのか、口ばかりの
キレイゴトで腹が立ちました。
■ 本来の業務変更について ■
第1回:92年12月、「輪送・保管業務」の追加。UNTACの指示施設
大隊がガーナ・フランスという他国部隊への輪送支援を実施
した。
第2回:93年2月、「医療支援」の追加。正規業務として他国のPKO
要員の診療が可能になった。
第3回:同年4月27日、「実施計画」の一部変更。@UNTAC選挙部門
への給食支援。A宿泊又は作業のため、同部門等への施設提
供等が施設大隊に求められる。
任務変更の結果、自衛隊部隊は、施設設営部隊から戦闘工兵へ、
さらには歩兵へと変身した。
・5月13日、工事現場の自衛隊員は実弾装填済みの小銃を持つ。
・戦闘装具の着用が義務づけられる--ヘルメット、小銃、合計12、
3kgを着用して、凍結されていた護衛任務についたのです。情報
パトロールもやっていました。
■ 96年度カンボジア国家予算の特徴 ■
プノンペン駐在の共同通信辰巳記者の報告では、34・9%前年は
38・9%が軍事費であったという。国民生産の年間1人当たり2万ド
ルを考えると、内戦のための負担は国民にとってあまりに重くのし
かかっている。
■ 政府の事前調宣報告の問題点 ■
92年6月にポル・ポト派が武装解除を拒否してから、UNTACは3派
に武器を返している。内戦状態が続いていて、第2段階はなかった。
パリ和平協定のプロセスはなかったと言える。選挙につれて不安な
状態が増大し、わずかな期間に多くの人が死亡している。選挙妨害
のため約200名の死者と誘拐184名そのうち何名かはUNTACの被害者
と公表されている。戦時以外の何物でもなかったのに、政府は真実
を伝えなかった。
今でも行ける地域は非常に限られている。92、93年頃の危険な状
態は想像にかたくないのです。JVCによれば、地雷被害者は1か月に
約300人、そのうち半数の人が死亡している。プノンペンの街角で
杖にすがって物乞いする被害者の姿はあまりに痛ましい。カンボジ
ア派兵の問題を考えて、100億の金を動かすのなら、1民族の和解に
向けて、地雷などの問題にこそ目を向けるべきではないか。
細かくよく調査してある今日の報告には非常な努力があったと思
います。誠に意義深いもので、派兵に対する攻府の姿勢が厳しく問
われるものでもあり、傍聴者が考えを新たにすることになると思い
ます。
(1996.8.20.「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo.23)
第17回口頭弁論(1996年9月26日)報告
第九条をふまえた施策こそ真の国際貢献
9月26日、東京地方裁判所周辺で第17回口頭弁論の前に、正午か
ら約1時間ビラまきをしました。「本日は”国際貢献”についての
証拠調べです」と傍聴を呼びかけた内容。原告には二ュースで知ら
せ、こうした街頭宣伝の甲斐もなく、13時30分から開廷された606
号法廷の傍聴席を埋めることはできませんでした。
型どおり、裁判長から大久保貞利さんの人定尋問、全員起立で宣
誓を終え、福島代理人の質問に答える形で証言が行なわれました。
一問一答が正確なのですが、煩雑になるので、ある程度まとめて、
大久保さんの証言を記述します。
■ この訴訟に加わった経緯 ■
私は本訴訟の第1次原告でしたが、印紙問題で却下されました。
大学生のころベトナム反戦運動、社会に出てからは労働組合の役員、
平和運動にも関わってきました。湾岸戦争では90億ドル支出が許せ
ず市民平和訴訟に、ゴラン高原への自衛隊派遣を見過ごすことがで
きず原告として参加しています。このように継続的に活動してきた
理由の一つとして、ソロモンで九死に一生を得て帰った父から戦争
の悲惨さを聞いたことをあげることができます。今回、カンボジア
の調査団に加わったのもそこにつながっていると思います。自衛隊
派遣で100億円の税金を使ったといわれていますが、現地で持続的
に活動しているNGOを通じた援助と比べ、どちらが日本国憲法にふ
さわしい国際貢献か確かめたかったのです。
■ 現地で受けた大まかな印象 ■
欧米では政府、企業、NGOが援助支援を行なっています。NGOは、
日本では非政府組織という訳語から反政府団体のような誤った印象
をもたれかねませんが、政府と対立する組織ではなく、政府援助で
は出来ない部分をNGOが担っていることを実感しました。NGOは非営
利組織と訳されますが、このほうが活動の内容は通じやすいと思い
ます。
名称についてはともかく、現地に行ってわかっことは、国連や日
本はお金は出しているが実務機関もスタッフもいない。実務をこな
すNGOこそが、カンボジアの自立に役立っているのを実見しました。
カンボジアは農業国で自給自足経済。食料は豊富にあり、住居は
簡素だが台風も地震もないので、雨さえ防げればそれで十分、機密
性の高い部屋にクーラーで快適な暮らし、などとは考えていません。
豊かさの基準は、各国それぞれにあることに思い至りました。
■ 現地で見聞きしたNGO活動 ■
SVA(曹洞宗国際ボランティア会)
この団体は1979年に難民支援で出来、81年に友好団体となり、現
在のメンバーはほとんどの人が宗教人ではありません。日本では阪
神大震災でも活動しています。予算規模は5億7000万円。財源は外
務省の補助金、郵政省、事業活動や寄附金が大部分で、会費の占め
る割合は8%くらいです。
外務省を例にすれば、金はだすが活動のための手足がない。SVA
のメンバーがそのお金を使って職業訓練の支援、教育支援、文化支
援をしているのです。教育にはお金がかかり、時間も必要です。国
際機関のODAは10億ドル、そのうち教育に向けられるのは1億5000万
ドルで、日本政府は10万ドル支出しているだけです。建物を建てた
り橋を架けたりと目に見えるものを自国の企業に発注するという形
が多いのです。内戦が続いたので非識宇率が高く、教材も教具も不
足。5年制ですが義務教育でないうえ、子どもも働き手として必要
なので就学率は約5割。5年間通学し通すのも困難のようです。
プノンペン郊外のコンポンスヴァイ小学校は700人の生徒に教師
15人。校舎は6教室、2部制で12クラスが授業を受けており、あとの
2クラスは木陰で勉強していました。日本政府がお金をだして、も
う一棟建てるために住民参加で知恵も労力も提供させ、運営も自主
的にできるよう、ともに活動していました。
日本カンボジア友好職業訓練センターも見ました。これは同行し
た小菅さんが撮ったものです(と写真を示す)。ここは、職業訓練
所として実技を教育するとともにその技術を生かして機能させてい
ます。世界的に注目された今回のカンボジアでの選挙、そのポスタ
ーはここで印刷されたものです。スタッフ31名中、日本人は1人で
すが最終的には日本人ゼロの自立を目標にしています。カラー技術
はなかなかのもの、希望をもって働いているのがよくわかりました。
JVC(日本国際ボランティアセンター)
1986年にプノンペンに事務所を作り、現在世界7か国で活動して
います。乾期に備えての井戸掘り技術指導や低農薬の農業支援、売
春婦の更生や孤児の自立を支援する社会福祉関係、修理技術とそれ
を生かした工場運営の自動車学校など、その活動は多面的です。
このうち2つの自動車学校を見たので、申し述べます。内戦が続
き鉄道が発逹しない。頼るのは自動車だが道が悪いのですぐ故障す
る。運輸省の要請で、これを修理する技術者育成のためプノンペン
とシアヌークビルに学校ができました。授業料は無料。入学資格は
カンボジアでは高学歴の中学卒業者。日本人スタッフは1名、他は
カンボジア人。日本に留学したノプティブさんの存在がとても大き
いです。学校では修理実技の指導だけでなく熔接、組立、体育、英
語、憲法、就業後の生活態度についてまで、JVCで準備した800ペ一
ジにものぼる教科書を使って生徒は学習しています。この学校は若
者たちのあこがれで、競争率はプノンペンは5倍、シアヌークビル
の学校は2倍だそうです。
■ 渋井僧侶をウナロム寺院に訪問 ■
この方は1989年にカンボジア国籍となった日本人で、カンボジア
人と密着した生活をし尊敬されている僧侶です。国連ボランティア
の中田厚仁さんの葬儀を執行し、寺の境内には殉職記念碑が建てら
れていました。
自衛隊派遣について聞きますと、道路補修といっても穴があれば
埋め、ローラーをかけただけなので、雨期になればデコボコになっ
てしまう。タケオに基地を作ったので、作業地まで時間がかかり無
駄だった。停戦は当時もなかったし今もない。自衛隊は安全な所に
おり、文民警察官が危険な場所にまわされて死者をだした。大変な
物量作戦だったが成果はなかった。カンボジア人にとって自立につ
ながるもの以外は物乞い援助で害になる。援助金がワイロに使われ
たり、インフレを招き生活破壊につながった、と批判的意見が答え
としてかえってきました。
■ 現地調査をふまえて ■
名目は国際貢献でしたが、カンボジアにとってということは二の
次で、九条をもつ国としてそれまで出来なかった海外派兵をしてし
まった。先進国的生活をカンボジア人に与えるという発想は思いあ
がりでしかなく、NGOの予算規模と比べれば自衛隊派遣の費用100億
円は明らかに無駄遣いでした。第二次世界大戦の敗戦が九条を作り
ました。対外的施策にこれを絶対にふまえるべきです。タケオは昔、
日本軍の飛行場があった所。そこに自衛隊という名の日本軍を見て、
カンボジアの人はどう感じたでしょう。九条を生かす形(武力部門
でない)の国際貢献も出来たのに、日本政府が正反対のことをして
しまったことを私は実に残念に思います。
■ 最終盤/控訴の声もチラホラ ■
被告・国の代理人からの反対尋問はありませんでした。次回は最
終準備書面の提出と原告の意見陳述を12月13日午後1時30分からと
決め閉廷となりました。法廷内で回覧されたメモに従って、事後弁
護士会館地下の「太平」へ。原告と代理人20名ほどが集まり、少量
のビールで滑らかになった舌で、証言の感想、最終盤に向けての意
見交換があり、湯河原での原告・代理人の合宿参加者確認のあと散
会となりました。
(1996.11.21.「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo.24)
内容豊富な最終準備書面 迫力ある弁論を展開
最終弁論/東京地裁606号法廷(1996年12月13日)
提訴以来4年2か月、裁判を維持してきた、私たちの訴訟は、昨年
12月13日に結審しました。法廷はいつもの東京地裁606号法廷でし
た。
最終準備書面は6章、93ぺ一ジにわたる大部なもので、訴状にた
ちかえり、採用された学者証人・原告本人証人らの意見を採用し、
裁判中に進行した原告らをとりまく状況の深刻化、政府報告書と実
態との相違、核兵器使用に関する国際司法裁判所の例をあげ、司法
のあるべき姿など、多岐にわたり説得力のある内容です。
前半の1時間で、池田、船尾、荒井、藤田、福島の各代理人が担
当の各章の要点を弁論、最後に後藤代理人が所信を披露され、後半
の30分は枝さん、元山さんが戦争中の銃後・従軍の体験、カンボジ
ア現地調査で得た知見から、平和憲法下での国際貢献はいかにある
べきか、日々実感する過去へ引き戻されていく危惧を強く訴え、公
正な判決を切望する内容の意見陳述をされました。
■ 第1 日本の司法の憲法判断回避傾向の基本的な誤り ■
代理人 池田 眞規
政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように決
意した国民により制定された憲法の平和原則が、カンボジアへの自
衛隊の派遣という政府の違憲行為で否定されて、受けた精神的苦痛
の損害賠償を求めるのを本訴訟は目的としている。
今までの九条関連訴訟への司法の対応を検討すると、まず米ソ対
立時代には「ソ連脅威論」のもとに自衛隊が米軍の補完部隊として
生成発展した自衛隊は戦力ではないとか、行動の範囲は日本の領空
内と限定されていた。この時代の第一審で政府側の敗訴したものに、
板付基地(1956年2月13日、福岡地裁)、砂川刑特法(59年3月30日、
東京地裁=統治行為論)、新島ミサイル基地(66年4月27日、東京
地裁〉、恵庭事件(67年3月29日、札幌地裁)、長沼ミサイル基地
(73年9月7日、札幌地裁)、小西反戦自衛官事件(75年2月22日)
等がある。自衛隊並びに駐留米軍に九条を適用して合憲との判決を
したことは一度もない。上告審で憲法判断を回避しているから政府
側が勝訴している。
米ソ和解時代になると「ソ連脅威論」にかわり「国際貢献」とい
う自衛隊合憲論が登場した。国会での十分な憲法議論もなされずに
自衛隊海外派遣や湾岸戦争への戦費支出が行われた。
核兵器使用について国際司法裁判所は保有国の判断回避の要請を
拒んで裁判官の良心に従って「核兵器の使用と威嚇は国際法違反」
とした。日本の裁判所は違憲という問題を政治的として回避した為
に、わが国では違憲状態が存続してきた。それは司法の政治的行為
である。
■ 第2 国際連合平和維持活動等に対する協力に関する ■
法律に基づく自衛隊の海外派遣・派兵の違憲性
代理人 船尾 徹
自衛隊の存在根拠であった「ソ連脅威論」はソ連の崩壊によって
消えて、「国際貢献」という海外派遣がもくろまれた。「PKO法」
はその為につくられた。これは「多国籍軍」への自衛隊参加の可能
性さえみせている。憲法は、二度の大戦の反省による戦争は犯罪で
あり違法であるという国際的潮流の中で生まれた。だから国連加盟
にあたっても軍事的協力は負担しないと申請している(1952年6月)
PKOは、国連憲章上明確な条文上の根拠はない。
軍事要員により構成される平和維持軍に、軍事要員である自衛隊
員を派遣・参加させることは、非武装平和主義をとる日本国憲法は
認めていない。平和維持軍は自衛のため必要な場合及び、国連安保
理の議決があれば自衛の場合に限定されることなく武力行使を認め
られている。このような平和維持軍の活動に日本が参加することは
憲法上不可能なことである。
停戦監視団も構成員が軍事要員である以上、軍事要員を派遣する
ことは平和維持軍の場合と同様に憲法上認められない。停戦監視団
が武装し武力行使を認められている場合には、憲法上の武力行使禁
止条項にも違反する。
カンボジアの自衛隊派遣は、軍事力によらない国際貢献について
十分な論議をしないままに「はじめに自衛隊派遣ありき」であった。
国連のPKOとも違う「PKO法」は、参加五原則でコントロールできな
い。
■ 第3 参加五原則を蹂躙するカンボジアPKOの違憲性 ■
代理人 荒井 新二
「PKO法」は武力行使を行う事態を想定しているからこそ自衛隊
のみの参加としている。自己防衛のための「武器使用」は憲法で禁
止されている「武力行使」に当たらないという政府見解(91年9月
27日)は詭弁だ。「武器使用のない武力行使」などありえないとは
剣持証言にある。「PKO法」は平和維持軍への自衛隊参加について
国会の承認を通過していない。シビリアンコントロールなどどこに
もない。
「PKO法」は衆議院を92年6月15日に通ったとされるが、衆議院国
際平和協力特別委員会での採決そのものが存在せず、立法上重大な
欠陥をもったものであった。「PKO法」を是が非でも合憲化しよう
とする、参加五原則を導入し、三党合意をてこにして、強行採決が
はかられた。
その二日前には肝心のポルポト派の武装解除が拒否さていた。カ
ンボジアの平和プログラムは、1.難民の帰還、2.内戦各派の武装解
除、3.制憲議会への選挙の三段階に分けられる。したがって、第二
段階の成否こそパリ和平協定の合意履行を保障する最大の鍵であっ
た。
日本政府は、プノンペン周辺での限定的調査結果を現地報告とし
て提出、「合意はみたされている」とした(7月15日)。
この状況下、92年10月13日、名古屋小牧基地から自衛隊376人が出
発した。その前日、本件原告134名は派遣差し止め等を求める第一次
訴訟をおこした。国連のポルポト非難決議は隊員出発の日に出ている。
93年1月にはポト派と政府軍との内に軍事衝突が再開した。国道4
号線には、鈴村証人が最近目撃したように、保塁があり銃座が残さ
れている。この為、本来の目的とされた道路の補修などは鈴村証人
にもあるように半分位で、選挙支援に武装したパトロールの実施が
された。
原告らは自衛隊の第二次派遣の中止を求めて第二次提訴を93年3
月18日に起こした。
高田警部補殺害事件。文民警察官であった高田氏がPKFに極めて
近い業務をし、「PKO法」にも規定されていない業務のため停戦合
意の不存在により殺害されている。95年11月20日の東京新聞のスク
ープ記事によると、西元徹也幕僚長が隊員に武器使用を指示した。
この内部文書は5月20日に現地に届いた。直後、93年5月25日原告ら
は第三次提訴をした。この原告らの行為は隊員に犠牲が出たり、軍
事的行動による加害者にならないことを求めた人道的かつ道義的な
ものである。
■ 第4 平和的生存権の裁判規範性 ■
代理人 藤田 正人
まず浦部法穂証人による証拠調べの結果を整理すると「その概念
がきわめてあいまい」とする被告の主張に合理性のないことは明白。
前文と九条から「平和」とは、「恐怖と欠乏」からの自由をも含ん
だ概念。即ち戦争のない状態、軍備のない状態のみならず、貧困、
飢餓等からも免かれるという意味での平和を含んだ概念としての規
定されている。きわめて具体的。
平和的生存権は、前文にある通り、憲法が保障している。
憲法上の権利の実現は司法的救済ばかりか立法、行政によっても
実現が予定される(13条)。
自衛隊の海外派兵は、九条の解釈上自衛のために隊があるとして
も、海外まで出たのは九条違反であり、平和的生存権の侵害である。
被告の反論がない以上このことは争わない趣旨である。裁判所には
法的な憲法判断を期待する。
■ 第5 違憲違法な財政支出に対する国家賠償請求 ■
■ 第6「国際貢献」論のまやかしとあるべき援助の姿 ■
代理人 福島 武司
大久保証言によると、道路補修は何の役にも立っていない。自衛
隊はタケオに固定され百億もの税金を使ったが派遣に実績を作った
だけ。
NGOはカンボジアの再建のための人材育成を課題としている。日
本の政府は教育分野の援助はあまりしていないが、SVA(曹洞宗国
際ボランティア会)は印刷所での技術教育や、学校などに支援活動
をしている。この年間予算は5億円余であり、日本国際ボランティ
アセンタ一(JVC〉は年間4億余円で農村開発支援、自動車技術学校、
社会福祉センターなどを支援している。これらの活動と予算と自衛
隊の場合をくらべるといかに税金がムダに使われたかわかる。
カンボジアへの自衛隊の派遣そのものが違憲であるが百億以上も
の財政支出も違憲である。三木義一証人によると、税金は憲法の枠
内でしか使えない。公権力の行使をする公務員は損害を与えたら賠
償しなけれぱならない。自衛隊の海外派遣は納税者の良心に苦痛を
与えた。
■ 裁判官は良心にもとづいた判決を出すように ■
代理人 後藤 昌次郎
法律は政治の中から国民の代表である国会議員の多数決という、
フィクションで決まる。日本は法治国家であり、法治主義は客観的
に適用される。政府は力と数の理論。裁判所は道理と事実から判断
すべきである。その唯一国家として大事な任務である当たり前のこ
とをあえて言う。
■ 原 告 陳 述 ■
☆ 軍隊と性暴力
10歳で満州事変、統制経済下で物資が乏しく、隣組は思想統制に
協力して、戦争に加担する苦しい日常でした。夫の戦争体験記『敗
北の道』に非人間的なありさまが書かれています。
戦争遂行をめざす、思想統制強化のため捏造された横浜事件の被
告の一人で、義兄の親友、関口元さんは拷問にも友人を裏切らず、
体も精神もずたずたにされ再起不能となりました。15年戦争の後の
平和憲法の制定のうれしさ。しかし、朝鮮戦争を期に再軍備がなし
くずしにすすめられ、世界第二の軍事大国としてアジアの脅威にな
ろうとしています。その中でのカンボジア自衛隊派遣です。「国際
貢献」を問う旅に加わって、UNTACの性暴力の実状を知りました。
「女性開発協会」のセレイ・パルさんによると仕事をエサに連れ出
された被害は跡をたたない。混血の孤児もうまれています。兵士の
買春行為によるエイズ感染もふえて、自衛隊員の中にも感染者が居
ます。それにくらべ、NGOは障害者や孤児などの福祉センターの支
援をしている。その他現地の人のため心温まる援助を数億円で果た
している。
☆ 武器使用は戦争そのもの
私は関東軍の元兵士。中国に5年6か月、捕虜酷使の日本軍が敗戦
で捕虜となり、皆が二度と戦争は御免だと言いました。これこそ平
和的生存権そのものです(戦争終結後故郷に帰り平和憲法に出会い
ました)。
その憲法は「PKO法」や「安保再定義」の中で満身創痍の「大窮
状」の状態です。
自衛隊のカンボジア派遣の強行は国際武力貢献として国の政策の
聖域です。ザイール、モザンビーク、と武器の携帯を一般化し、ゴ
ラン高原の兵力引離し軍への参加をしています。
政府はPKO法見直し報告書の中で「武器の使用を容認する」とし
ています。これは憲法9条の見直しに通じます。これは戦争の自由
化です。戦争は「限界のない暴力の行使」と言われます。世界の加
害者になる恐れがあります。
憲法が裁判所の前で「行き倒れ」ないように。
時間的には多少オーバー気味の迫力ある法廷は、次回3月12日午
前11時30分に判決言渡しが決まり閉廷しました。
(1996.1.20.「PKO法」違憲訴訟の会ニュースNo.25)