(注)・原告の個人名は「*」で置き換えてあります。
・丸数字はカッコと数字に置き換えてあります。
平成五年(ワ) 第四八○七号 国際連合平和維持活動等に対する協力に関す
る法律に基づく自衛隊等の第二次カンボディア派
遣差止等請求事件
平成五年(行ウ)第一二四号 国際平和協力業務の中断撤収等請求事件
平成六年(行ウ)第二二号 PKO派兵違憲確認等請求事件
判 決
当事者の表示 別紙当事者目録のとおり
主 文
一 原告****、同***、同****、同****、同****及
ぴ同****の本件訴えのうち損害賠償請求に係る部分を除く訴えを
いずれも却下する。
二 右原告らのその余の請求及びその余の原告らの請求をいずれも棄却
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する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
事 実 及 び 理 由
第一 請求
一 平成五年(ワ)第四八○七号事件
(原告****及ぴ同***の請求)
1 被告は、国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律(以下「国連
平和協力法」という。)及ひカンボディア国際平和協力業務実施計面(以下
「本件実施計画」という。)に基づいて、自衛隊員及ぴ装備を、カンボディ
ア並びにその周辺の地域及び海域に派遣して、国際連合等による国際平和維
持活動等の活動を行ってはならない。
----------------------------------------------------------------02-------
2 被告が、国連平和協力法及び本件実施計画に基づき、国際連合等による国
際平和維持の活動を目的として、カンボディア並びにその周辺の地域及ぴ海
域に自衛隊を派遣したことは、憲法違反であることを確認する。
(原告ら全員の請求)
被告は、原告らそれぞれに対し、各金一万円を支払え。
二 平成五年(行ウ)第一二四号
(原告****及び同****の請求)
1 被告は、国連平和協力法及ぴ本件実施計画に基づいて、カンボディアに派
遣し、従事させている自衛隊及び自衛隊員の国際平和協力業務を中断し、か
つ自衛隊及ぴ自衛隊員を撤収させなけれぱならない。
2 被告が、国連平和協力法及ぴ本件実施計画に基づき、国際連合等による国
----------------------------------------------------------------03-----
際平和維持の活動を目的として、カンボディア並びにその周辺の地域及び海
域に自衛隊を派遣したことは、憲法違反であることを確認する。
(原告ら全員の請求)
被告は、原告らそれぞれに対し、各金一万円を支払え。
三 平成六年(行ウ)第二二号
(原告****及び同****の請求)
被告が、国連平和協力法及び本件実施計画に基づき、国際連合等による国際
平和維持の活動を目的として、カンボディア並びにその周辺の地域及び海域に
自衛隊を派遣したことは、憲法違反であることを確認する。
(原告ら全員の請求)
被告は、原告らそれぞれに対し、各金一万円を支払え。
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第二 事案の概要
一 本件は、被害が国連平和協力法及び本件実施計画に基づきカンボディア並び
にその周辺の地域及び海域に自衛隊を派遣したこと(以下「本件派遣」という。)
は違憲であるとする原告らが、本件派遣及びこれに伴う財政支出により、平和
的生存権、納税者基本権等の権利ないし法的利益を侵害されたとして、国家賠
償法一条一項に基づき、各自それぞれ一万円ずつの損害賠償を請求するととも
に、原告****、同***、同****、同****、同****及び同*
***(以下「原告**ら」という。)において、本件派遣が違憲であること
の確認(以下「本件違憲確認」という。)を、原告****、同***、同*
***及び同****において、被告が自衛隊及びその隊員をカンボディア等
に派遣(後紀第二次派遣)して国際連合平和維持活動(以下「国連平和維持活
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動」という。)等の活動を行ってはならないことあるいは既に派遣した自衛隊
及びその隊員による国際平和協力業務を中断して自衛隊及びその隊員を撤収さ
せること(以下「本件差止請求」という。)を求めた事案である。
二 本件派遣の経緯
1 被告は、カンボディアにおける国連平和維持活動に協力するため、国連平
和協力法に基づき、平成四年九月八日、カンボディア国際平和協力隊の設置
等に関する政令(平成四年政令第二九五号)及び本件実施計画(国際平和協
力業務を行うベき期間は平成四年九月一一日から平成五年一○月三一日まで
とされている。)について閣議決定を行い、カンボデイア国際平和協力隊を
設置し、これにより、停戦監視分野、文民警察分野及び選挙分野における国
際平和協力業務(選挙分野については平成五年四月二七日の閣議決定により
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追加)を行うとともに、自衛隊の部隊等により、道路の修理等の後方支緩分
野における国際平和協力業務を実施することとした(甲第四号証、第一三号
証)。
2 被告は、右各業務の実施にあたり、国連平和協力法及び本件実施計画に基
づき、平成四年九月から一○月にかけて、第一次停戦監視要員として自衛隊
員八名、道路、橋等の修理等の後方支授活動のため陸上自衛隊の第一次カン
ボディア派遣施設大隊(隊員六○○名〉をカンボデイアに派遣し(以下「第
一次派遣」という。)、次いで平成五年三月から四月にかけて、第二次停戦
監視要員として自衛隊員八名、陸上自衛隊の第二次カンボディア派遣施設大
隊(隊員六○○名)をカンボデイアに派遣した(以下「第二次派遣」という。)
ほか、右施設大隊による業務実施の支援等のために、海上自衛隊の輸送艦及
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び補給艦からなる海上輸送補給部隊並びに航空自衛隊の輸送機をカンボディ
アに派遺した(甲第一三号証、乙第一号証)。
三 本件派遺の違憲性に関する原告らの主張
1 憲法前文及び九条の趣旨
憲法は、その前文で「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのな
いやうにすることを決意し」て、戦争放棄・戦力の不保持を憲法の原点とし
て確定した(九条)。この憲法の非武装平和主義は、軍事組織・軍事要員の
保持を禁止しているものであり、まして軍隊である自衛隊を海外に派遣・派
兵することなどは想定もしておらず、国際貢献、国連協力を軍事力の行使や
軍事力ないし軍事要員の海外派遣という形態で行うことを許していないこと
は明白である。
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国連平和維持活動の一類型である平和維持軍は、自衛のため必要な場合及
び国連安保理の議決があれば自衛の場合に限定されることなく武力行使を認
められているのであって、このような平和維持軍の活動に日本が参加するこ
とは、自衛のためであれ一切の武力行使を禁止している憲法九条に反するも
のであり、政府の行為によって戦争あるいは武力紛争の惨禍に巻き込まれて
はならないとする憲法前文にも違反する。同じく停戦監視団も、その構成員
が軍事要員である以上、わが国がこれに要員を派遣することは憲法上認めら
れないし、停戦監視団が武装し武力行使を認められている場合には、憲法九
条の武力行使禁止条項にも違反することになる。
2 国連平和協力法の違憲性
国連平和協力法の制定手続には、参議院国際平和協力特別委員会における
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採決を欠く違法があり、同法は成立していないというぺきであるが、仮に一
応成立しているとしても、自衛隊の部隊等及び装備を海外に派遣して国連平
和維持活動に従事させることを内容とする同法は、前紀のとおり、憲法違反
の存在である自衛隊を海外に派遣するという二童の意味での憲法違反を犯す
ものであり、一切の武力行使を禁止した憲法九条に違反するとともに、自衛
隊の海外派遣や海外での武力行使について国会の承認を不要としている点で、
憲法の国民主権の原理に著しく反する違憲の法律てある。なお、仮に自衛隊
の存在自体について、政府見解のように自衛隊は自衛のための必要最小限度
の実力であり、自術のためにのみ用いられることにより合憲であるとの立場
をとったとしても、国連平和協力法は、自衛隊に自衛行動ではない軍事活動
を担わせ、海外に派遣するものであって、違憲であることは明白である。
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したがって、国連平和協力法は違憲の法律てあり、同法に基づいて行われ
た本件派遣は憲法に違反するものである。
3 本件派遣と参加五原則の不充足
(1) 参加五原則の意義
◎ 停戦の合意、A 紛争当事者の受入れの同意、◎ 国連平和維持活
動の中立の厳守、C 以上の@ないしGの原則のいずれかが満たされない
状況が生じたときの自衛隊の撤収、D 自衛のため必要最小限の武器使用
という、いわゆる参加五原則は、国連平和協力法において、国漣平和維持
活動のみならず、人道的な国際救援活動(同法三条二号)にも基本的に適
用されており、同法が憲法九条と抵触しないための最低限の借置として説
明されている。したがって、仮に国連平和協力法が違憲と認められないと
----------------------------------------------------------------11-----
きでも、本件派遣が参加五原則のいずれか一つでも充足していない場合に
は、本件派遣に同法を適用することは違憲であるといわなけれぱならない。
(二) カンボデイアの実情
平成三年一○月「カンボディア紛争の包括的な政治解決に関する協定」
(パリ和平協定)が成立し、国際連合カンボディア暫定行政機構(UNT
AC)が発足した。しかし、ポル・ポト派は、平成四年六月、パリ和平協
定で定められた武装解除の拒否をUNTACに通告して、プノンぺン政府
軍に対する武力攻勢を拡大し、プノンぺン政府軍の発表によれば、パリ協
定調印後一年を経過した平成四年一○月までに、既にポル・ポト派による
攻撃で死者一八三人、負傷者三五五人という犠牲者が生じたとされている。
国際連合のガリ事務総長も、平成四年七月一四日付けのUNTACに関す
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る第二次特別報告において、ポル・ポト派は未だに協定に従っていないな
どとポル・ポト派を非難し、国際連合安全保障理事会も、同年一○月一三
日に、ポル・ポト派に対する非難決議を採択した。
その後もポル・ポト派は、武力攻撃を拡大し続け、平成五年五月に行わ
れた総選挙もボイコットするに至った。
(三) 本件派遣と参加五原則
被告は、平成四年九月から一○月にかけて自衛隊の第一次派遣を、平成
五年三月から四月にかけて、その第二次派遣を実施したが、右のカンボデ
ィアの実情に照らせば、参加五原則のうち、◎の停戦の合意という状況は
みられず、また、Aの国連平和維持活動の受入れの同意も、ポル・ポト派
の武装解除拒否、総選挙への不参加の表明及びUNTACに対する武力攻
----------------------------------------------------------------13-----
撃等により実質上形骸化しており、◎の国連平和維持活動の中立性確保の
原則も失われていたといえる。したがって、本件派遣は、参加五原則を充
足せず、明らかに国連平和協力法に違反するものである。そして、参加五
原則は、国連平和協力法を辛うじて合憲的な存在に仕立てあげている基本
的な条件であると説明されていることからすれば、仮に国連平和協力法が
違憲でないとしても、参加五原則の遵守を欠いた状態での同法の適用は明
らかに違憲というほかなく、本件派遣はこの面からしても違憲である。
四 争点
1 本件差止請求の対象を欠くかどうか。
2 本件違憲確認の訴えは適法かどうか。
3 原告らが本件損害賠償請求において主張する被侵害利益ないし損害が認め
----------------------------------------------------------------14-----
られるかどうか。
五 争点に関する当事者の主張
1 争点1について
(一) 被告の主張
国連平和協力法及び本件実施計画に基づいてカンボディアに派遣された
自衛隊の部隊等は、既に日本に帰国し、カンボディア並びにその周辺の地
域及び海域で国際平和維持活動等を行っておらず、カンボディア国際平和
協力業務自体も既に終了している。したがって、原告****、同***、
同****及び同****の本件差止請求は、その対象を欠くものである。
(二) 原告****、同***、同****及び同****の主張
カンボディアに派遣された自衛隊がどのような経過でその業務を終了し、
----------------------------------------------------------------15-----
どのような経過で帰国することになり、いつ、どこに、どのようにして帰
国したのかが明らかにされていないから、自衛隊の部隊等が日本に帰国し
ているとの事実は知らない。
2 争点2について
(一) 被告の主張
(1) 本件違憲確認の訴えは、その請求の趣旨の文言自体に照らし、単なる
事実の確認を求めるものであり、現在の権利又は法律関係に係る訴えで
はないから、確認訴訟における対象適格性を欠くものとして不適法であ
る。
(2) 現行制度上、裁判所は、具体的な権利又は法律関係についての紛争を
離れて抽象的に処分等の合憲性を判断する権限を有しないところ(裁判
----------------------------------------------------------------16-----
所法三条)、本件違憲確認の訴えは、抽象的に自衛隊をカンボディアに
派遣したことの違憲確認を求めるものであるから、司法審査の対象とな
り得ない不適法なものである。
(3) したがって、本件違憲確認の訴えは却下されるべきである。
(二) 原告**らの主張
(1) 本件違憲確認の訴えは、原告**らが有する主観的権利である平和的
生存権及び納税者基本権に基づき、本件派遣が原告**らの右権利を侵
害して違憲であることの確認を求めるものであって、単なる事実の確認
ではなく、権利又は法律関係に係る訴えであることは明らかである。ま
た、過去の法律関係の確認でも、それが現存する紛争の直接かつ抜本的
な解決のために適切かつ必要と認められるような場合には、確認の利益
----------------------------------------------------------------17-----
が認められるところ、本件においては、被告は、国連平和協力法に基づ
く自衛隊の海外派遣を今後も行う旨公言しており、原告**らの平和的
生存権及び納税者基本権は操り返し重大な侵書を受ける切迫した状況に
おかれているのであって、本件派遣の違憲確認によって、そのような自
衛隊の海外派遣の反覆が抑止され、原告**らの権利侵害が防止される
という直接かつ抜本的な解決が図られることになるといえるから、本件
違憲確認の訴えには、確認の利益がある。
(2) 原告**らは、平和的生存権及び納税者基本権を侵害した被告の具体
的行為の違憲確認を求めているものであり、具体的な権利又は法律関係
に紛争が生じていることは明らかであるから、本件違憲確認の訴えを抽
象的違憲確認の訴えと評価することはできない。
----------------------------------------------------------------18-----
3 争点3について
(一) 原告らの主張
(1) 平和的生存権の侵害を理由とする損害
憲法前文は、平和のうちに生存する権利の存在を確認し、これを受け
て、憲法九条は、平和について具体的に戦争の放棄、戦力の不保持及び
交戦権の否認を定めて、平和的生存権の具体的内容を規定し、これを日
本国民及びわが国の統治権の及ぶ範囲内にいる外国人に対し憲法上の権
利として保障している。このように平和的生存権は、憲法九条によって
具体的かつ明確な権利として保障されたものであり、裁判規範性を有す
るものといえるのてある。
したがって、被告が憲法九条に違反する行為を行った場合、それは国
----------------------------------------------------------------19-----
民等に対する関係で平和的生存権を侵害する行為となるものであり、各
国民等は、当然その権利の回復を求めて司法救済を求めることができる
のであり、右権利の侵害を理由とする損害賠償請求が認められることに
なる。
被告の行った国連平和協力法に基づく本件派遣は、憲法九条に違反す
る行為であり、これにより原告らは、それぞれ平和的生存権が侵害され、
損害を被ったものである。
(2) 納税者基本権の侵害を理由とする損害
憲法は財政民主主義の基本原則を定めており、また、憲法三○条、八
四条にいう「法律」とは憲法の諸条項に適合した法律をいうのであるか
ら、国の財政すなわち国民に対する課税及び国費の支出は、ともに憲法
----------------------------------------------------------------20-----
に適合するものでなけれぱならず、国民(納税者〉は、「憲法に適合す
るところに従って租税を徴収し使用することを国に要求する権利」、す
なわち納税者基本権を有するものである。
この納税者基本権は、憲法前文(国政が国民の厳粛な信託によるもの
てあること)及び憲法の基本原理の下における財政条項に根拠を有する
実定法上の権利であり、国が憲法規範に違反する租税の使用をした場合
は、納税者である国民は、納税者基本権の侵害を理由に損害賠償を求め
ることができる。
本件派遣は明らかに違憲な行為であり、被告は、このような違憲な行
為のために一○○億円以上といわれる巨額の財政支出を行ったもので、
もとよりこの財政支出自体も違憲な行為と評価されるべきであり、これ
----------------------------------------------------------------21----
により原告らは、それぞれ納税者基本権が侵害され、損害を被ったもの
である。
(3) 良心の自由の侵害を理由とする損害
憲法は、国民の納税義務を規定しているのであり、憲法で禁止された
戦争行為のための財政支出は、実質的には個々の国民が戦費負担金を強
制されたという性質を有することになるのであって、違憲な財政支出に
よって個々の納税者の良心に耐え難い程度の苦痛を与えた場合には、当
該納税者は、その財政支出により良心の自由を侵害されたことを理由に
損害賠償を求めることができるというべきである。
本件派遣が違憲である以上、そのための財政支出も当然に違憲である
から、各々これまでの人生において、過去の日本の侵略戦争を反省し、
----------------------------------------------------------------22-----
平和主義を自らの生きる指針にして積極的な平和活動を行ってきた原告
らとしては、右違憲の財政支出の原資を税という形式で負担させられた
ことにより「それぞれ良心の自由を侵害され、耐え難い苦痛を被り、精
神的損害を被ったものである
(二) 被告の主張
(1) 原告らが損害賠償請求の被侵害利益として主張する平和的生存権は、
その概念が抽象的かつ不明確であるばかりでなく、具体的な権利内容、
根拠規定、主体、成立要件、法律効果等のいずれをとってみても何ら明
確ではなく、その外延を画することさえてきない極めてあいまいなもの
である。もともと権利には極めて抽象的、一般的なものから、具体的、
個別的なものまで各種、各段階のものがあり、そのうち司法強制性にな
----------------------------------------------------------------23-----
じむのは具体的、個別的な権利であって、憲法前文で確認されている
「平和のうちに生存する権利」は、平和主義を人々の生存に結びつけて
説明するもので、これをもって裁判上の救済が得られる具体的権利とい
うことはできない。また、憲法九条は、憲法の基盤をなす平和主義の原
理を規範化したものであり、国の統治機構ないし統治活動についての基
本的政策を明らかにしたものであって、国民の私法上の権利義務と直接
に関係するものということはできない。
したがって、平和的生存権なるものが、排他性を有する私法上の権利
てあるとは到底認められず、これをもって不法行為の被侵害利益とする
こともできない。
(2) 納税者基本権なる概念は、平和的生存権にもまして不明確なもので、
----------------------------------------------------------------24-----
憲法その他にこれを明記した条文は存在せず、その概念、具体的な権利
内容、根拠規定、主体、成立要件、法律効果等のどれをとってみても何
ら明確でなく、その外延を画することさえできない極めてあいまいなも
のである。したがって、このような納税者基本権なるものもまた、排他
性を有する私法上の権利であるとすることはできない。
また、納税者から徴収された租税は、原則としてその使用目的を個別
的に特定することなく、国家財政の一般財源となるものであり、その監
督は、国民の代表者で構成される国会においてすることとされているの
であって、憲法上、国民の納税義務と国費の支出とは、直接的、具体的
な関連性を有しないのである。したがって、租税の用途と租税の徴収を
直接結びつけ、「憲法に適合するところに従って租税を徴収し使用する
----------------------------------------------------------------25-----
ことを国に要求する権利」を有し、これが私法上の権利であるとする原
告らの主張は、国家財政の財源の確保及びその支出の仕組みや国民によ
る監督方法について憲法の定める基本的制度に反するものであって、主
張自体失当である。
(3) 以上のとおり、原告らが損害賠償請求の被侵害利益として掲げる平和
的生存権ないし納税者基本権なるものは、いずれも私法上保護されるべ
き権利ないし法的利益と認める余地がないから、原告らの被告に対する
損害賠償請求は、主張自体失当というほかない。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
甲第一三号証、乙第一号証並びに弁論の全趣旨によれぱ、平成五年一○月こ
----------------------------------------------------------------26----
ろまでには、国連平和協力法及び本件実施計画に基づくカンボディア国際平和
協力業務は終了し、カンボディアに派遣されていた自衛隊員及び装備もわが国
に帰国しており、本件口頭弁論終結時においては、自衛隊及びその隊員がカン
ボディア並びにその周辺の地域及び海域において国際平和維持活動等の活動を
行っていないことが認められるから、本件差止請求に係る訴えは、その対象を
欠いており、不適法なものとしてこれを却下すべきである。
二 争点2について
1 確認の訴えは、判決をもって法律関係の存否を確定することがその法律関
係に関する法律上の紛争を解決し、当事者の法律上の地位の不安、危険を除
去するために必要かつ適切である場合に限って認められるものであるから、
何らの法律効果も伴わない単なる事実行為については、その法的効力を確認
----------------------------------------------------------------27-----
する法律上の利益はなく、その無効あるいは違憲であることの確認を求める
利益を欠くというベきである。
本件違憲確認は、本件派遣が違憲であることの確認を求めるというもので
あるが、原告**らが主張する本件派遣なるものは、被告が国際平和維持活
動を目的としてカンボディア並びにその周辺の地域及び海域に自衛隊を派遣
したという行為を意味するものであって、行政機関の行う何らかの法的効果
を伴う特定の行為をいうものでないことは、その主張の趣旨から明らかであ
るところ、被告が自衛隊を海外へ派遣したことは、単なる過去の事実にすぎ
ず、派遣という行為によって何らかの法律上の効果が形成されるものでない
ことは明らかであるから、このような単なる事実行為が違憲であることの確
認を求める訴えは、確認の利益を欠くというぺきである。
----------------------------------------------------------------28-----
2 原告**らは、本件派遣により原告**らの平和的生存権及び納税者基本
権が侵害されているから、その違憲確認を求めることは、単なる事実の確認
ではなく、権利又は法律関係に係る訴えである旨主張する。
しかし、原告**らが主張する権利侵害なるものは、本件派遣の法的な効
果といえないことはいうまでもなく、本件派遣が単なる事実行為にすぎない
ことを否定する理由となるものではないし、仮にそのような権利侵害がある
というのであれば、端的にその権利侵害の回復を求めるべきであって、その
原因である事実を対象としてその違憲確認を求めることは迂遠であり確認の
利益が存在しないというべきである。この点につき、原告**らは、本件派
遣の違憲確認によって、自衛隊の海外派遣の反覆が抑止され、原告**らの
権利侵害が防止されるという直接かつ抜本的な解決が図られるとして、確認
----------------------------------------------------------------29-----
の利益がある旨主張するが、将来における自衛隊の海外派遣と本件派遣との
間には直接の法的関係が存在せず、その主張する権利侵害の防止なるものは、
単なる事実上のものでしかなく、本件違憲確認をすることによって生じる法
的効果ではないから、そのような事実上の効果があり得ることをとらえて確
認の利益があるとすることはできない。
3 したがって、本件違憲確認の訴えは、確認の利益を欠く不適法なものとし
て却下を免れない。
三 争点3について
1 平和的生存権の侵害を理由とする損害について
憲法は、その前文において、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖
と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と
----------------------------------------------------------------30-----
謳っているが、「平和」とは理念ないし目的としての抽象的概念であり、右
の「平和のうちに生存する権利」ということ自体からは直ちに一定の具体的
な意味内容が確定されるものではない。原告らは、憲法九条が具体的に戦争
の放棄、戦力の不保持及び交戦権の否認を定めて、平和的生存権の具体的内
容を規定し、これを国民等に憲法上の権利として保障している旨主張するが、
憲法九条は、国家の統治機構ないし統治活動についての規範を定めたもので
あって、国民の私法上の権利を直接保障したものということはできず、同条
を根拠として平和的生存権という個々人の具体的な権利又は法的利益を導き
出すことはできない。結局、原告らの主張する平和的生存権なるものは、そ
の意味内容が明確でなく、個々の国民に対し、具体的な権利又は法的利益と
して保障されたものと解することはできないというべきである。
----------------------------------------------------------------31-----
したがって、本件派遣により平和的生存権が侵害され損害を被ったとする
原告らの主張は失当である。
2 納税者基本権の侵害を理由とする損害について
原告らは、憲法に適合するところに従って租税を徴収し使用することを国
に要求する権利としていわゆる納税者基本権を有すると主張する。
しかし、憲法は、国民は法律の定めるところにより納税の義務を負うとし
(三○条)、新たに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は
法律の定める条件による(八四条)こととする一方、国の財政を処理する権
限は国会の議決に甚づいてこれを行使しなけれぱならないとして(八三条)、
国費の支出は予算の形式で国会の審議・議決を受けることを要求する(八五、
八六条〉など、国費の支出については、国民の代表者によって構成される国
----------------------------------------------------------------32-----
会における審議等を通じて国民の意思を反映させることを予定していること
が明らかであって、憲法が、納税者である個々の国民に対し、国費の支出に
ついて原告ら主張のような権利を付与ないし保障していると解すべき根拠は
見あたらないし、他に現行法制上、原告ら主張の納税者基本権なる権利ない
し法的利益を認めた規定は存在しない。
したがって、本件派遣のための財政支出により納税者基本権が侵害され損
害を被ったとする原告らの主張は失当である。
3 良心の自由の侵害を理由とする損害について
原告らは、本件派遣のための財政支出の原資を税という形式で負担させら
れたことにより、良心の自由を侵害され、精神的苦痛を被った旨主張する。
しかし、所得税等は、国の各般の需要に充てるため、具体的な支出目的を
----------------------------------------------------------------33-----
定めることなく国民各層から法令の定めに従い賦課、徴収される普通税であ
り、他方、右賦課、徴収された税金をどのように使用するかは、前記のとお
り、主権者である国民の代表者を通じて国会における予算審議を経て決定さ
れるもので、租税の賦課、徴収と予算に基づく国費の支出とは、その法的根
拠及び手続を異にすろ別個のものであり、原告らが納付した税金が本件派遣
のための費用に充てられているかを特定することは不可能であって、原告ら
の納税と本件派遣との間に直接的かつ具体的な結び付きは全く認められない
のである。したがって、被告が国民各層から賦課、徴収した税金の中から本
件派遣のための費用を支出したとしても、原告らの納税と本件派遣との間に
具体的、個別的な関連性が存在しているというわけではなく、原告らが、本
件派遣のための財政文出の負但を強いられたとか、本件派遣を支持し、これ
----------------------------------------------------------------34-----
に協力していると評価される余地は全くないのであるから、被告が本件派遣
のために国費を支出したからといって、原告らの良心の自由を侵害すること
になるものではないというべきである。原告らの主張は、結局のところ、税
金が自己の信条や政治的意見と異なる使途に使用されることに対する不満な
いし不快感をいうに帰するものであるが、それは多様な価値観、政治的意見
の存在を前提とする民主制国家においていわぱ不可避的に生ずるものといわ
ざるを得ず、そのような不満ないし不快感を抱くこととなったからといって、
これをもって良心の自由が害されたとか、不法行為法上保護されるべき利益
が害されたということができないことは明らかである。
したがって、本件派遣のための財政支出により良心の自由が侵害され精神
的苦痛を被ったとする原告らの主張も失当である。
----------------------------------------------------------------35-----
4 以上のとおり、原告らが主張する被侵害利益ないし損害はいずれもこれを
認めることができないから、その余の点について判断するまでもなく、原告
らの損害賠償請求は理由がないこととなる。
四 結論
よって、原告**らの本件訴えのうち損害賠償請求に係る部分を除く訴えは
いずれも不適法であるからこれを却下し、原告**ら及びその余の原告らの損
害賠償請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり
判決する。
東京地方裁判所民事第三部
裁 判 長 裁 判 官 佐 藤 久 夫
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