[市民平和訴訟の会・東京]カンボジアPKO差止・違憲訴訟:判決アピール


      ア ピ ー ル
「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」に基づく
    自衛隊等のカンボジア派遣差止事件訴訟  第一審判決を受けて

 私たちが、訴訟を提起したのは五年前の一九九二年一○月一二日でした。その一年前に湾岸戦争が起こり、日本は戦費一二○億ドルを拠出しました。この湾岸戦争を契機に「国際貢献論」が振りまかれ、遂には九二年六月に国会で「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」が強行採決の上で制定されました。そして、憲法違反であるとの批判にさらされながらも、その最初の適用が自衛隊のカンボジア派遣でした。
 裁判所は憲法裁判に予断をもって臨み「司法消極主義」にさいなまれています。残念ながら、「PKO法」第一審判決は私たちの請求である------「PKO法」に基づく自衛隊派遣の差止と「PKO法」に基づいてカンボジアに自衛隊を派遣したことが憲法に違反することの確認については却下。原告に対する損害賠償として金一万円を支払うことについては棄却。訴訟費用を被告・国が負担することについては原原告らの負担とする−−でした。 判決では違憲判断を回避しました。私たちが一番求めていたのは自衛隊の海外派遣が憲法違反か否かという点であり、司法は正面から判断すべきであったと考えます。
 原告のみなさん、市民のみなさん。
 憲法を素直に読めば、日本政府は戦争を放棄し軍隊を持てません。ところが一九九○年代に入り、日本政府は湾岸戦争に戦費を拠出し、自衛隊・掃海部隊をペルシャ湾に派遣しました。 「PKO法」成立後、日本政府は自衛隊をカンボジアに送り、続いてアフリカ・モザンビーク、ルアンダ、そして中東・ゴラン高原に派遣してきました。  全国各地で、海外へ自衛隊を派遣する日本政府の行為に市民たちは違憲裁判を次々と提訴してきました。
 私たちは、第二次世界大戦後五○年にして、公然と憲法の平和主義を踏みにじる日本政府の行為を正そうと、強い怒りを込めて裁判所に訴えました。
 しかし、裁判所は日本政府の行為に対する違憲判断を避けて、自衛隊の海外派遣を差止める力になりませんでした。  私たちは、地上から戦火の消え、恒久の平和の築かれることを願い、裁判を続けま した。 戦後五○年間、一人の兵士も海外に送ることなく、世界中の国々との関係を平和に保ってきました。 それが、「PK0法」という合法的な姿を借りて軍隊を海外に展開するまでになりました。 この歴史の転機にあたり私たちは憲法の平和主義を守る自覚を深め、 平和に生きることが人間ひとりひとりの権利として確立するまで訴え続けていきます。
 最後に、私たちは憲法のかかげる平和の明りを消さないために同じ違憲訴訟である「ゴラン高原PKF違憲訴訟」ヘ参加することを呼びかけます。

一九九七年三月二六日
                         「PKO法」違憲訴訟の会