自衛隊カンポジア派兵訴訟(大阪訴訟)控訴審判決文

(注)控訴人の個人名は「*」で置き換えてあります。

平成一〇年一二月三日判決言渡
  平成八年(ネ)第一六六一号損害賠償請求控訴事件
  平成一〇年九月一日 口頭弁論終結

         判    決
                               控 訴 人         ****ほか一三八名
                                    右控訴人代理人弁護士  位田 浩ほか一七名

                                    被控訴人          国
                                      右代表者法務大臣    中村正三郎
                                      右被控訴人指定代理人 種村 好子ほか七名

          主    文

  一、本件控訴を棄却する。
  二、原審平成五年(ワ)第三二六一号事件の控訴人らが当審で追加した違憲確認請求
    に係る訴えを却下する。
  三、控訴費用は控訴人らの負担とする。

         事 実 及 び 理 由

第一、当事者の申立て
 一、控訴の趣旨
   l.原判決を取り消す。
   2.原審平成四年(ワ)第八〇六四号、同第八九三一号、同第九九七二号、平成五
    年(ワ)第三二六〇号事件の控訴人らによる請求滅縮及び原審平成五年(ワ)第
    三二六一号事件の控訴人らによる請求追加のうえ、
   (一)被控訴人が、国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律(以下「国
     連平和協力法」という。)に基づいて、自衛隊員をカンボジアに派遣したこと
     は、違憲であることを確認する。
   (二)被控訴人は、控訴人らそれぞれに対し、各一万円を支払え。
   3.訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
   4.右2(二)につき仮執行宣言。
 二、控訴の趣旨に対する答弁
   1.本件控訴を棄却する。
   2.控訴費用は控訴人らの負担とする。
   3.仮執行免脱宣言。
第二、事案の概要等
 一、本件は、控訴人らが、被控訴人に対し、国連平和協力法に基づき、被控訴人が自衛
  隊員をカンボジアに派遣したことが違憲であることの確認を求めるとともに、被控訴
  人による国運平和協力法に基づく自衛隊員のカンボジア派遣により、控訴人らの平和
  的生存権及び納税者基本権が侵害されたとして、国家賠償法一条一項に基づき損害賠
  償を請求している事案である。
 二、前提となる事実、争点及び争点についての当事者の主張は、次に加除、訂正するほ
  か、原判決「事実及び理由」中の第二の一及び二1ないし4記載のとおりであるから、
  同記載を引用する。(なお、原判決の訂正、加除部分のうち、7、8、11は当審にお
  いては控訴人となっていない原審原告の主張に係る部分の削除に関するものである。)
(原判決の訂正、加除)
  1.原判決一二頁三行目冒頭から同七行目末尾までを次のとおり改める。
   「 自衛隊員のカンボジア派遣により控訴人らの被った損害は、計り知れないほど
   大きいが、その内金として、控訴人らそれぞれにつき各一万円を請求する。」

  2.原判決六六頁四、五行目の「(パリ和平協定)」の次に「」」を加える。
  3.原判決八三頁一行目末尾の次に、改行のうえ、次のとおり加える。
   「 さらに九四年には、北朝鮮の「核疑惑」問題をめぐって朝鮮半島の軍事緊張が
   高まる中で、米軍への後方支援、海上封鎖への参加協力、そしてこうした軍事活動
   の国内基盤整備のための有事立法が必要であると、羽田政権の閣僚から声高に主張
   された。九六年四月には、日米安全保障共同宣言(いわゆる安保再定義)の日米合
   意が成立し、その具体化のため、日米両国政府は、九七年六月八日、日米防衛協力
   指針(ガイドライン)の見直しに向けた中間報告を公表した。右中間報告は、戦争
   を日米共同で遂行するための青写真を示したものであり、日米軍事協力をアジア・
   太平洋の日本周辺地域にまで拡げ、周辺有事に際して、捜索・救難活動、船舶の臨
   検、非戦闘員の退避活動のほか、米軍への支援策として、補給、武器・弾薬を含む
   輸送、機雷除去、軍事情報の提供、民間空港・港の使用など戦争参加・協力の項目
   が包括的に盛り込まれており、このような新ガイドラインに基づいた有事法制を立
   法することにより、自衛隊が周辺有事のために海外に派遣され、さらに戦争協力活
   動に従事する体制が構築されようとしている。」
  4.原判決八四頁七行目の「PKO参加の動熊」を「PKO参加の実熊」と訂正する。
  5.原判決八八頁一行目の「公正の原則の重視し」を「公正の原則を重視し」と訂正
   する。
  6.原判決一〇二頁一行目の「人格的生存」の次に「及び平和を求める幸福追求」を
   加える。
  7.原判決一〇三頁二行目冒頭から同一〇行目末尾までを削除する。
  8.原判決一〇三頁末行の「二」を「一」と、同一〇四頁七行目の「三」を「二」と、
   同一〇五頁五行目の「四」を「三」と各訂正する。
  9.原判決一〇五頁三行目の「再現のない」を「際限のない」と訂正する。
  10.原判決一〇五頁八行目の「民間」を「民間人」と訂正する。
  11.原判決一〇七頁一、二行目の「女性であり(永久、三輪、樽美ら)、」を「女牲
   である(三輪、樽美ら)。」と訂正し、同二行目の「小学校の教員や」から同七行
   目の「絶句させられてしまう(吉田)。」まで、同一〇八頁七行目の「謝罪と償い
   が」から同八行目の「同じく、」まで、同一〇九頁九行目の「合田、松谷、」を各
   削除し、同九行目の「原田ら」を「原田」と訂正し、同一〇行目の「現地の最大の
   被害者は」から同一一〇頁一行目の「(合田)、」までを削除し、同三、四行目の 
  「松谷、原田ら」を「原田」と訂正し、同四行目の「、死と隣合わせの」から同六
   行目の「重ね合わされてくること」まで、同七、八行目の「(松谷ら)」を各削除
   する。

(当審における控訴人らの新たな主張)
  控訴人らのうち、少なくとも一八名の者は自衛隊員のカンボジア派遣が行われた平成
 四年度と平成五年度に源泉徴収されて支払った国税たる所得税の額が具体的に明らかに
 なっている納税者である。
  控訴人らはこれらの控訴人ら各自が支払った所得税の全額が自衛隊員のカンボジア派
 遣費用にまわされたと主張するものではないが、少なくともその一部(国費に占める右
 費用の比率を控訴人らが支払った所得税に乗じた金額)が同費用に充てられてしまった
 ことだけは否定しようがない。
  国費の現実的負担者である納税者は、政府に対して、自己が負担した租税を憲法の各
 条項に従い使用するよう要求する権利あるいは国費支出の在り方の是正を求める権利を
 有するものである。
  自衛隊員のカンボジア派遣は、国際紛争解決のためにする国費支出を明確に禁止して
 いる憲法九条に違反しているから、控訴人ら納税者の拠出した財産を無駄使いしたこと
 に帰し、よって納税者の財産権を侵害し、かつ将来の税負担を増加させるものであり、
 とくに控訴人らのうち思想良心ないし宗教的信念として平和主義、非暴力主義をとるも
 のにとっては、自衛隊員を国際紛争地域に派遣し、控訴人らの負担金を支出したことは
 控訴人らを戦争行為に無理やり加担させたことに帰し、よって控訴人らの思想良心の自
 由ないし信教の自由を侵害したものであり、控訴人らのうち、少なくとも平成四年度及
 び平成五年度の納税者である右一八名の控訴人らが提起した本件各訴えは、法律上の争
 訟性があるから、原告適格が認められ、かつ損害賠償により法的保護を与えられるべき
 利益の侵害が生じている。

第三、当裁判所の判断
 一、当裁判所も、自衞隊員のカンボジア派遣の違憲確認を求める訴えは、不適法な訴え
  として却下すべきであり、国家賠償請求については、いずれも理由がないから棄却す
  べきであると判断するが、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決「事実及び
  理由」中の第三の二ないし五に説示のとおりであるから、同説示を引用する。
 1.原判決一五頁五行目末尾の次に、改行のうえ、次のとおり加える。
  「 また、控訴人らは、平和的生存権の具体的内容としての平和を求める幸福追求権
  が侵害された旨主張する。
   その主張の要旨は、右平和を求める幸福追求権とは、憲法が、確信的平和主義者で
  ある控訴人らに対し、憲法前文の「平和のうちに生存する権利」を具体化した憲法九
  条に規定された「戦争放棄」「戦力不保持」ないし「交戦権否定」という具体的な内
  容の「平和」を求める個別的かつ具体的な権利を、補充規定である憲法一三条の「幸
  福追求権」の定めに基づいて保障している権利であるところ、被控訴人による自衛隊
  員のカンボジア派遣によって控訴人らの個別的、具体的な権利としての右平和を求め
  る幸福追求権が侵害された、というものである。
   しかしながら、控訴人ら主張の右平和を求める幸福追求権も、平和という概念ない
  し理念が抽象的なものである以上、やはり一般的、抽象的な法益といわざるをえず、
  いまだ控訴人ら個々人が民事訴訟の方法によって具体的に法的保護を求めることので
  きる権利としての内容を有するものとはいえないし、またこれらの権利があるとして
  も個々の控訴人らにのみ固有の権利ではなく、国民全てに等しく関わる権利であって、
  控訴人らが、その主張のようにいずれも平和に関心を持ち平和のために活動してきた
  者であり、あるいは確信的平和主義者であることなどは肯定できるとしても、そのこ
  とは、右の結論に影響を与えるものではないから、結局、控訴人らの主張は理由がな
  い。
   ところで、控訴人らは、右の幸福追求権と並んで、納税者基本権を被控訴人による
  自衛隊員のカンボジア派遣によって侵害された具体的権利として主張しているところ、
  その納税者基本権の侵害を本件違憲確認請求に係る訴えにおける訴えの利益ないし当
  事者適格の根拠として主張するが、この主張は、一部新たな主張を含むので、後記5
  において判断する。」
 2.原判決一六頁二行目の「証人林茂夫、」の次に「当審証人浅井基文、」を加える。
 3.原判決一九頁末行の「人格的生存」の次に「及び平和を求める幸福追求」を、同二
  〇頁二行目の「人格的生存及び」の次に「平和を求める幸福追求ないし」を、同二〇
  頁末行の「人格的生存」の次に「及び平和を求める幸福追求」を各加える。
 4.原判決二一頁二一行目末尾の次に、改行のうえ、次のとおり加える。
  「 そして、このことは、控訴人らが自己の平和的生存権を侵害されたという認識・
  自覚をもち、かつ、侵害された権利を回復することを裁判上請求しているという点に
  おいて、国民一般と識別できる人格を有し、自衛隊員のカンボジア派遣によって他の
  人と識別できる特別の精神的苦痛を受けているとしても、その結論は左右されない。
   また、控訴人らは、損害賠償請求に関しても、前記と同様に、憲法前文の「平和の
  うちに生存する権利」を具体化した憲法九条に規定された「戦争放棄」、「戦力不保
  持」ないし「交戦権否定」という具体的な内容の「平和」を求める個別的かつ具体的
  な権利としての「幸福追求権」が補充規定である憲法一三条に基づいて保障されてい
  る旨主張し、被控訴人による自衛隊員のカンボジア派遣によって控訴人らの個別的、
  具体的な権利としての右平和を求める幸福追求権が侵害されて損害を被ったというの
  であるが、控訴人ら主張の右平和を求める幸福追求権も、一般的、抽象的な権利にと
  どまるものであって、いまだ民事訴訟の方法によって具体的に法的保護を求めること
  のできる権利としての内容を有するものとはいえず、かつまたこれらの権利があると
  しても、個々の控訴人らのみの固有の権利ではなく、国民全てに等しく関わる権利で
  あって、控訴人らが平和のための活動者であるとか、確信的平和主義者であることな
  どは、右の結論に影響を与えるものではないことは、前記説示のとおりであるから、
  結局、控訴人らの主張は理由がない。」

 5.(控訴人らの新たな主張に対する判断)
   控訴人らは、国費の現実的負担者である納税者は、政府に対して、納税者基本権に
  基づき自己が負担した租税を憲法の各条項に従い使用するよう要求する権利あるいは
  国費支出の在り方の是正を求める権利を有するとして、自衞隊員を国際紛争地域に派
  遣し、控訴人らの負担金を支出したことは控訴人らを戦争行為に無理やり加担させた
  ことに帰し、よって控訴人らの思想良心の自由ないし信教の自由を侵害したものであ
  り、少なくとも平成四年度及び平成五年度の具体的な納税額が明らかになっている納
  税者である一八名の控訴人らが提起した本件各請求に係る訴えは、法律上の争訟性が
  あるから、原告適格が認められ、かつ損害賠償により法的保護を与えられるべき利益
  の侵害が生じている旨主張する。
   しかし、まず、国民ないし納税者がその抽象的ないし一般的な地位に基づいて被控
  訴人に対して直接に訴訟の方法によって控訴人らのいう国税の使途について要求し、
  あるいは国費支出の是正を要求する手段はない。
   現行法制の下では、行政庁の行為の是正を求める訴訟類型として民衆訴訟が定めら
  れているが、それは、法律に定める場合に、法律に定める者に限って提起することが
  できるものであり(行政事件訴訟法四二条)、本件の違憲確認請求に係る訴えが民衆
  訴訟に当たるものでないことは明らかである。
   また、違憲確認請求に係る訴えについては、控訴人らが国費の現実的負担者である
  納税者としての財産的、精神的権利侵害等を主張するのであれば、その損害の回復に
  ついての給付訴訟を直接提起すべきものであって、その前提となる過去の事実行為
   (自衛隊員のカンボジア派遣)の違憲確認を別途に求める訴えの利益は存在しないか
  ら、右訴えは不適法なものとして却下せざるを得ない。
   結局、国民ないしは納税者としての地位に基づく違憲確認請求に係る訴えが不適法
  なものとして却下せざるを得ないことは右付加部分の説示及び前記引用した原判決の
  説示のとおりであるが、控訴人ら主張の平成四、五年度における所得税の具体的な納
  税額が明らかになっている一八名の控訴人らの訴えも、その控訴人ら個々の固有の具
  体的な権利に基づくものではなく、納税者一般の地位に基づく訴えであるというべき
  であるから、その訴えは右各説示のとおり不適法である。
   そして、控訴人らの本件各請求のうち、国家賠償請求については、国家賠償法一条
  一項によって保護される被侵害利益は国民の個々人が不法行為に基づく救済を求める
  ことのできる具体的な権利または利益でなければならないが、納税者である控訴人ら
  を含む国民から納付された税金の使途は全国民の代表機関である国会の審議等を通じ
  て決せられた予算によって決定され、したがって自衛隊員のカンボジア派遣費用につ
  いても右予算の執行として支出されるのであって、控訴人らの納付した税金が直接自
  衛隊員のカンボジア派遣の費用として支出されたものではなく、控訴人らの納税と予
  算の執行としての右費用の支出との間には直接の具体的な関連性が存するということ
  はできないから、国家賠償法一条一項によって保護される被侵害利益には当たらない。
   控訴人らの主張する右被侵害利益は、結局のところ、自衛隊員のカンボジア派遣に
  係る政府の政策決定ないしその実施により、その反対者の被る精神的負担ないし不利
  益をいうものであって、個々人の具体的権利ないし利益に関わらない国民一般ないし
  納税者一般の地位に基づく被侵害利益と同視し得るものであるというほかない。
   そして、このことは、平成四、五年度における所得税の具体的な納税額が明らかに
  なっている一八名の控訴人らについても同様であり、右一八名の控訴人らがその余の
  控訴人らないし納税者一般から明確に識別される具体的な権利ないし利益の侵害を被っ
  たということはできないところである。

二、結論
  憲法は、その前文において、日本国民は、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起る
 ことのないようにすることを決意し、恒久の平和を念願し、全世界の国民が、平和のう
 ちに生存する権利を有することを確認する旨を謳い、九条において、国権の発動たる戦
 争と武力による威嚇又は武力の行使を永久に放棄し、陸海空軍その他の戦力を保持せず、
 国の交戦権を認めない旨を明確に定めているところであり、本件におけるような問題に
 ついての政策決定及びその政策遂行のための国費の支出について政府が右憲法の理念な
 いし規定を誠実に遵守すべきことは当裁判所があらためて判断するまでもないが、右理
 念ないし規定自体は具体的権利を定めたものではなく、個々の国民がそれに基づいて被
 控訴人に対して具体的な裁判上の請求をすることができるというものではない。
  また、これらの条項に基づいて規定された平和的生存権ないし控訴人らのいう幸福追
 求権、あるいは納税者基本権も、結局のところ、理念ないし目的としての抽象的概念で
 あって、民事訴訟の方法によって具体的に法的保護を求めることのできる権利としての
 内容を有するものといい難いことは、右引用した原判決の説示及び本判決において付加
 した説示のとおりである。
  そして、右各説示によれば、控訴人らの本件各訴えのうち、違憲確認請求に係る訴え
 は不適法なものとして却下し、国家賠償請求は理由がないとして棄却した原判決は相当
 であり、控訴人らの本件控訴は理由がないから棄却することとし、当審で追加された原
 審平成五年(ワ)第三二六一号事件の控訴人らの違憲確認を求める訴えは不適法である
 から却下することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条、六五条
 に従い、主文のとおり判決する。

                       大阪高等裁判所第三民事部
                                   裁判長裁判官 岨 野 悌 介
                                         裁判官 古 川 行 男
                                         裁判官 杉 本 正 樹


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