関西市民平和訴訟:控訴審判決・理由部分の解説

(注)原告個人名は「*」で置き換えてあります。

市民平和訴訟・関西 控訴審判決の理由(判断)部分


    理   由
一.違憲確認請求について
 控訴人らの本件違憲確認請求に関する訴えは、不適法として却下を免れないといわなけれぼならないが、その理由は、原判決八一頁末行から同八二頁二行目の「審理、判断されるのであるから、」までを次のとおり改めるほか、同八一頁五行目から同八六頁末行までのとおりであるから、  《9頁》
これを引用する。
□『・・しかし、控訴人らがその主張する損害の賠償を求めるためには、直接的に給付訴訟を提起すれば足りるのであり、現に控訴人らは、本訴において右諸権利の侵害を理由として国家賠償請求をも提起しているのであるから、・・』
■原判決改訂部分(比較のために事務局が挿入)
 『・・しかし、原告らは、右諸権利の侵害を理由とする国家賠償請求をも提起してお、右請求の当否を決める前提問題として、本件政令の制定公布等が違憲であるかどうかについても審理、判断されるのであるから、・・』

二.国家賠償請求について
1.争いのない事実
 原判決八七頁二行目から同頁四行目までのとおりであるから、これを引用する。
2.控訴人ら主張の各法的利益の侵害の有無
 本件政令の制定公布等がなされても、控訴人らの  《10頁》
右各法的利益は侵害されていないというベきであるが、その理由は、原判決九九頁一行目から同一〇〇頁六行目までを次のとおり改めるほか、同九二頁九行目から同一〇一頁五行目までのとおりであるから、これを引用する。
□『・・控訴人らは、控訴人ら各人が納付した租税が本件政令の制定公布等によって前湾岸戦争に関する費用に支出されたことにより、憲法一九条で保障された控訴人らの思想、良心の自由が侵害されて精神的苦痛を被ったと主張する。
 しかしながら、控訴人らを含む国民らから納付された税金の使途は、前記のとおり、主権者である国民の代表者  《11頁》
による国会の議決を経た予算によって決定されるのであって控訴人らの納付した税金が直接右費用に支出されたものでないから、控訴人らの納税と予算の執行としての右費用の支出との間に直接の具体的な関連性は存在しない。そうだとすると、右のとおりの予算から控訴人らの思想、良心と相容れない右費用に充てる支出がなされたとしても、そのことのゆえに控訴人らの思想、良心の自由を具体的、客観的に侵害したと認めること は到底できない。
 また、本件政令の制定公布等それ自体は、控訴人らに対して何らかの制約を及ぼすというものではないから、  《12頁》
控訴人らの思想、良心の自由を侵害するものでないことは明らかである。・・』
■原判決改訂部分(比較のために事務局が挿入)
 『・・原告らは、本件政令の制定公布等によって、原告らの思想良心の自由が侵害されたとも主張する。
 確かに、証拠(甲一二ないし二七、三六ないし六四、原告****本人、同***本人、同****本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、戦争体験、生活経験、信仰等を通じて平和主義ないし反戦思想を自己の世界観ないし信仰の内実として形成し、本件政令の制定公布等により、多かれ少なかれ右世界観ないし信仰に根ざす感情を傷つけられ、本件政令の制定公布等を座視することができない心情にあることが認められる。
 しかしながら、本件政令の制定公布等が憲法九条等に違反するとにわかに断じ得ないことは前判示のとおりである。また、本件政令の制定公布等それ自体は、原告らの各人に対し、何らかの作為または不作為を強いるというものではなく、直接に、原告らの思想良心に何らかの制約を及ぼすというものでもない。そして、原告らが加害行為と主張する本件政令の制定公布等の右のような性質、態様に照らすと、被侵害利益である思想良心の自由が憲法上重要な基本的人権であることを考慮しても、なお、これをもって直ちに原告らの思想良心の自由に対する具体的な侵害があったとまではこれを認めることができない。・・・・』

3.以上によれば、その余を判断するまでもなく控訴人らの本件国家賠償請求は理由がない。
三.結 論
 以上の理由により、控訴人らの本件違憲確認請求に関する訴えは不適法として却下すべきであり、本件国家賠償請求は理由がないから棄却すべきであるから、これと同旨の原判決は相当である。
 したがって、控訴人の本件控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。  《13頁》
           大阪高等裁判所第四民事部
                     裁判長裁判官    武田多喜子
                        裁判官    礒尾  正
             裁判官見満正治は転補につき署名押印することができない。
                     裁判長裁判官    武田多喜子

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●原判決の「引用」部分(改訂部分は【】でかこむ。事務局)
 『・・八一頁五行目から同八六頁末行までの通りであるから、これを引用する・・』
  (控訴判決9頁)

 『・・・原告らは、本件政令の制定公布、九〇億ドルの支出及び自衛隊掃海部隊の派遣(以下「本件政令の制定公布等」という。)が違憲であることの確認を求め、その根拠として、本件政令の制定公布等によって原告らの「平和的生存権」「納税者基本権」及び「思想良心の自由」などの諸権利が侵害され、そのために原告らが被った精神的・財産的損害を慰謝、回復するための前提であり、給付命令を得るだけでは不十分だからであると主張する。
 【しかし、原告らは、右諸権利の侵害を理由とする国家賠償請求をも提起しており、右請求の当否を決める前提問題として、本件政令の制定公布等が違憲であるかどうかについても審理、判断されるのであるから、】あらためて右国家賠償請求とは別個に本件政令の制定公布等の違憲確認判決を求める利益はないものといわなければならない。もっとも、基本となる権利または法律関係から派生す可能性のある他の諸紛争を予防するという確認訴訟の本来の機能が期待できるような場合には、給付判決とは別に基本となる権利又は法律関係自体の確認を求める利益があるものと解されるが、本件全証拠及び弁論の全趣旨によっても、本件政令の制定公布等を原因として、そこから本件以外に他のどのような諸紛争が派生する可能性があるかについては、これを確定することができず、本件においては、確認判決を求める利益がないものというほかない。
 また、民事訴訟は、現在の法律上の紛争の解決・調整を図るものであるから、過去の事実または法律関係の確認は、即時確定の利益を欠くもので、原則として許されないものと解されるところ、本件違憲確認請求は、本件政令の制定公布等の違憲確認を求めるものであるから、過去の事実または法律関係の確認を求めるものというほかなく、したがって、この点からしても、確認の利益を欠くものといわなければならない。もっとも、過去の事実または法律関係の確認ではあっても、それが現に存する紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も有効かつ適切と認められるような場合には、確認の利益が認められるものと解されるが、本件全証拠及び弁論の全趣旨によっても、本件政令の制定公布等の違憲確認が、原告らが被ったと主張する精神的・財産的損害を慰謝、回復するための最も有効かつ適切な紛争解決手段とは認められない。
 なお、弁論の全趣旨によれば、原告らは現実的・具体的に生じた紛争の司法的解決のためというよりも、国民の一人として、自らの政治的信条を貫くために、本件政令の制定公布等そのものの違憲確認を求め、もって、わが国の外交・防衛政策の是正を求めようとしていることが認められるが、そのことの故に直ちに確認の利益があるものともいえず、結局のところ原告らの本件違憲確認請求は、事件・争訟性を欠くものであって、本件政令の制定公布等についての抽象的な違憲審査を求めるものというほかなく、確認の利益があるとはいえない。
 もっとも、当裁判所は、わが国の政策が適法に行われることにつき、原告らが国民の一人として何らかの一般的な利害関係を持つことまでも否定するものではない。しかし、これを理由として国民が国民としての資格で国策の是正を求めんとする形態の訴訟は、民衆訴訟として特に法律により裁判所にその出訴が認められているものに限られると解するのが相当であり、本件違憲確認請求のような出訴形態を認めた法律の規定は存在しないから、許されないものといわなければならない。
2.ところで、原告らは、本件違憲確認請求を主観訴訟としてのいわゆる基本権確認訴訟であると称し、裁判所は既存の訴訟法の枠にとらわれることなく、憲法で認められた基 本権の創造的救済を図らなければならないとも主張する。
  確かに、実定訴訟法は憲法の下位規範であり、また、国民の重要な基本的権利が侵害されているにもかかわらず、その救済手段が実定法上定められていない場合には、裁判所としても何らかの救済手段を考えるべきであると解する余地があり、原告らの右主張 は理論的には肯首し得ないわけではない。   しかし、だからといって、判決主文において本件政令の制定公布等が違憲であることを宣言しなければ、原告らの救済、すなわち、原告らの主張する前記損害の慰謝、回復が不可能であるとまでは認められないから、原告らの右主張は採用することができない。
  なお、原告らは、基本権確認訴訟も主観訴訟である以上、その要件の一つとして、基 本権的事件・争訟性、すなわち、憲法上の基本権に対する具体的な侵害が必要であると 主張しているところ、後記のとおり本件においては、「憲法上の基本権」に対する「具体的な侵害」があったとは到底認められないから、本件違憲確認請求を原告らの主張に 係る基本権確認訴訟として見たとしても、その適法要件を満たしているということはできない。
3 よって、本件違憲確認請求に係る訴えは、いずれも不適法なものとして却下すべである。  (86頁末行)

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●原判決の「引用」部分(事務局)
 『・・原判決八七頁二行目から同頁四行目までのとおりであるから、これを引用する。・・』(控訴判決10頁)

 『・・1.本件政令が制定・公布されたこと、湾岸平和基金に対して九〇億ドルの支出が行われたこと、自衛隊の掃海部隊がペルシャ湾に派遣され、機雷除去等の掃海作業を行った ことについては当事者間に争いがない。・・』

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●原判決の「引用」部分(改訂部分は【】でかこむ。事務局)
 『・・原判決九二頁九行目から同一〇一頁五行目までのとうりであるから、これを引用する。・・》(控訴判決11頁)

『・・(一) 平和的生存権の侵害
 原告らは、本件政令の制定公布等によって、原告らの「平和的生存権」、すなわち、日本の市民が戦争やその危険性がない平和な状態で生きる  (92頁)
ことを国家に対して求める権利が侵害されたと主張する。
 確かに、憲法前文の規定する「平和のうちに生存する権利」は、あらゆる基本的人権の根底に存在する最も基礎的な権利であると解される。
 しかし、本来、憲法前文は、憲法の基本的精神や理念を表明したものであって、そこに表明されたところは、本文各条項を解釈する指針となり、また、その解釈を通じて本文各条頂の具体的な権利の内容となり得ることがあるとしても、それ自体が具体的権利ないし裁判規範として、国政を拘束したり、国民がそれに基づき、国に対して一定の裁判上の請求をなし得るというものではない。ことに、「平和のうちに生存する権利」という場合の「平和」とは、理念ないし目的としての抽象的概念であって、それを実現する手段、方法も、変転する複雑な国際政治情勢に応じて多岐、多様にわたり、明確に特定 (93頁)
することはできないのであるから、直接憲法前文からその具体的な意味・内容を引き出すことはできない。また、「平和のうちに生存する権利」が憲法一三条によって保障されていると解するとしても、憲法一三条からその具体的な意味・内容を直接に引き出すこともできない。
 このように、「平和のうちに生存する権利」は、具体的権利ないし裁判規範であるとは認められないから、右の「平和のうちに生存する権利」をもって、個々の国民が国に対して具体的措置を請求し得るそれ自体独立の権利であるということはできない。
  (二) 納税者基本権の侵害
 原告らは、本件政令の制定公布等によって、原告らの「納税者基本権」、すなわち、納税者が国に対し、憲法に適合するところに従って租税を  (94頁)
徴収し、使用することを国に要求する権利が侵害されたと主張する。
 ところで、憲法は、八三条において国会中心財政の基本原則を定め、八四条で租税法律主義を規定して右基本原則を収入面に具体化し、八五条で国費の支出に関する国会の統制権を認めることにより右基本原則を支出面に具体化しており、また、三〇条が国民は法律の定めるところにより納税の義務を負うと規定するのは、法律の根拠に基づくことなしには租税を賦課、徴収されないということを意味するものであり、その意味で財政立憲主義の一面を明らかにしたものに他ならない。これらの財政に関する憲法の諸規定を前提とすると、原告らが主張するとおり、国の財政、すなわち、国民に対する課税及び国費の支出はともに憲法に適合していなければならないということがいえるが、そこから、何故に、個々の納税者に「納税者基本権」、すなわち、  (95頁)
憲法に適合するところに従って租税を徴収し、使用することを国に要求する権利が認められることになるのかは明らかでない。むしろ、憲法においては、具体的な国費の支出について、全国民の代表機関である国会の審議等を通じて決せられるべきであるとの立場が取られているのであるから、個々の国民は、選挙権の行使ないしはその他の政治活動を通じて個々の国費支出のあり方について関与していくべきものと解される。
 なお、右の国民による間接民主主義的な統制を超えて、個々の国民が一般的に裁判所を通じで国費支出のあり方の是正を要求する権利が認められるかどうかは、わが国の国情に応じた立法政策の問題であると解されるところ、現時点では、そのような権利を国民に認めた法律の規定は何ら存在しない。
 右の点に関し、原告らは、国民の国に対する憲法上の権利に  (96頁)
ついて信託法上の法理を類推し、国民は、信託法上委託者ないし受益者が有する権利に類する権利を国に対して有するとも主張する。
 確かに、憲法前文にほ「信託」の文言が用いられてはいるが、これは国民が国政のあり方を最終的に決定する主権者であることを比喩的に表現したものにすぎず、これをもって信託法の規定を直裁に類推する根拠とすることは困難であり、結局、国民と国との間に信託法上の法理を類推することは、解釈論として採ることができないというほかはない。
 以上のとおり、原告らの主張する「納税者基本権」なるものは、何らかの具体的な実定法規なくして裁判上の請求を根拠付けるものといえず、また、不法行為法上あるいは国家賠償法上保護されるべき法律上の利益であると認めることもできない。  (97頁)
 なお、証人棟居快行は、「納税者基本権」を広義の「納税者基本権」すなわち合憲適法な財政運営がなされることに対して国民一般及び納税者が有する権利と、狭義の「納税者基本権」すなわち、自己の思想良心の自由に反して税金を使われない権利とに区別し、狭義のそれは思想良心の自由と同じく裁判上の保護を受けなければならない旨証言しているが、いわゆる「納税者基本権」をこのように二つの側面に区別しなければならない根拠は明らかでなく、また、狭義の「納税者基本権」とは具体的に何を意味するのかについても必ずしも明らかではなく、むしろ、証人棟居快行自身も半ば認めているように、思想良心の自由そのものと解する余地があり、右見解は当裁判術の採用するところではない。
(三) 思想良心の自由の侵害  (98頁)
 【原告らは、本件政令の制定公布等によって、原告らの思想良心の自由が侵害されたとも主張する。
 確かに、証拠(甲一二ないし二七、三六ないし六四、原告****本人、同***本人、同****本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、戦争体験、生活経験、信仰等を通じて平和主義ないし反戦思想を自己の世界観ないし信仰の内実として形成し、本件政令の制定公布等により、多かれ少なかれ右世界観ないし信仰に根ざす感情を傷つけられ、本件政令の制定公布等を座視することができない心情にあることが認められる。
 しかしながら、本件政令の制定公布等が憲法九条等に違反するとにわかに断じ得ないことは前判示のとおりである。また、本件政令の制定公布等それ自体は、原告らの各人に対し、何らかの作為または不作為を強いるという
  (99頁)
ものではなく、直接に、原告らの思想良心に何らかの制約を及ぼすというものでもない。そして、原告らが加害行為と主張する本件政令の制定公布等の右のような性質、態様に照らすと、被侵害利益である思想良心の自由が憲法上重要な基本的人権であることを考慮しても、なお、これをもって直ちに原告らの思想良心の自由に対する具体的な侵害があったとまではこれを認めることができない。】
 なお、証人棟居快行は、自己の人格の中心部分の最上位の行為規範という意味での世界観ないし信仰は、民主主義の政治過程における多数決原理で敗れた少数意見とは異なるのであるから、その救済のためには裁判上の保護を受ける必要があるなどと証言している。
 しかし、自己の人格の中心部分の最上位の行為規範という意味での世界観ないし信仰と民主主義の政治過程  (100頁)
における多数決原理で敗れた少数意見とを区別することは実際上困難である上に、たとえ原告らが自己の人格の中心部分の最上位の行為規範という意味での世界観ないし信仰に基づいて本件訴えを提起しているとしても、これに対して、被告が慰謝料の支払をもって報いなければならない理由がないことは、前記説示のとおりである。・・・』


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