(注)ページ数の割降りは、紙の裏表を合わせて「1」と数え、
裏と表の間は "---------------------------" で示してあります。
事件番号 平成八年ネ第一六六一号 証人氏名 浅井 基文 控訴人ら代理人(中北) 本速記録末尾添付の「浅井基文経歴及び主要著作」を示す これは、先生がお作りいただいたものですね。 はい、そのとおりです。 このとおり間違いないでしょうか。 間違いありません。 大学の教官をされる以前、外交官として経歴が長かったということですね。 はい。 本日私の質問は、平和憲法について、特に海外派兵の禁止原則について最初 にお伺いし、そして自衛隊の海外派兵の経過とその問題点、そしてそのよう ------------------------------------------------------------ な日本の海外派兵と米国の軍事戦略との関連、そして更に国連PKO、特に カンボジアPKO参加の問題点、そして平和憲法から考えたあるべき日本の 平和貢献策について、その流れに即して順次お伺いしていきます。それで、 まず平和憲法の原則、その誕生の背景などについて、要点をお伺いしていき ますけれども、平和憲法が成立していった歴史的背景について、現在特に銘 記されるべき点があればどのような点であるか、おつしやっていただけます でしようか。 平和憲法に関しましては、国内におきまして、長い問、戦争被害国 日本としての受け止め方、もう二度と戦争に巻き込まれるのはごめ んだという受け止め方が多かったと思いますけれども、日本が小さ い国であったときはともかくとして、大国となった今の日本におき ましては、その平和憲法の特に第九条ですけれども、この第九条が 二度と加害国にならない、侵略国にならないということを国際的に _____________1________________ 誓ったという、その対外的なコミットメント、その面を重視する必 要が特にあるのではないかと思います。 そして、平和憲法の基本原則について、特に平和主義の本旨について、お述 べいただけますか、先生の著作、甲二一号証の「Q&A」の二一ページ、二 八ぺ−ジの部分も踏まえて、ご証言いただけますか。 この平和憲法第九条は、よく押しつけ憲法というふうに言われます けれども、しかし、その本来の趣旨は、当時日本を支配しておりま したマッカーサー元帥の発言において、非常に明確にされておりま す。その中で、マッカーサー・ノートというのがございまして、日 本国は戦争の加害国として、第九条を制定する際の指針として、「日 本は、自己の安全を保持するための手段としての戦争をも、放棄す る。日本は、その防衛と保証を、今や世界を動かしつっある崇高な 理念に委ねる」というふうに、明確に記しております。私はやはり ------------------------------------------------------------ このように侵略戦争を犯した日本が今後国際社会とどういうふうに かかわるべきかという点について、このマッカーサー・ノートが非 常に明確な方向性を示しているというふうに考えております。 それで、その平和主義の本旨、また平和憲法の基本原則から考えて、海外派 兵はいかがなものかという点について、同じく中二一号証の[新ガイドライ ンQ&A」の三二ベージの吉田首相答弁も含めて、ご証言いただけますでし ようか。 その点が特に重要な点だと、私は理解しております、現在の憲法を 審議いたしました帝国議会の一九四六年六月二八日における答弁に おきまして、当時の首相でありました吉田茂氏は、次のように発言 しております。「第九条は、直接には自衛権を否定はして居りませ ぬが、第九条第二項に於て一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、 自衛権の発動としての戦争も、又交戦権も放棄したものであります」 _____________2________________ と。そして、その次の発言が特に重要だと思うわけでありますが、 「従来近年の戦争は多く自衛権の名に於て戦われたのであります。 満州事変然り、大東亜戦争亦然りであります」と、このように明確 に述べておりまして、したがって、当時の吉田首相が、この第九条 におきましては、自衛権という名においても戦争ということはして はならないという認識、これを私たちも共有しておるわけでありま すけれども、その認識を非常にはっきり述べだということを確認す る必要があると思います。そして、特に私が強調いたしたいのは、 その後における歴代政府における解釈改憲というものでございます けれども、この解釈改憲は、年を経るにしたがって、吉田首相の当 時の発言から離れていくという形で行われていることを強調したい と思います。 それから、集団的自衛権、あるいは集団安全保障措置、これらは憲法上容認 ------------------------------------------------------------ されるのかどうかについての先生のご見解をお伺いしたいと思いますけれど も、甲第二八号証、「防衛ハンドブック」の四八七ページなどを参考にして、 見解を披瀝していただけますでしようか。 これは、私自身の見解と申しますよりも、実際に参議院の予算委員 会、平成二年一〇月二二日と記載されておりますが、この参議院の 予算委員会におきまして、当時の法制局長官でありました工藤さん が次のように答弁していることを読み上げる形で、お答えしたいと 思います。工藤氏は三点指摘しておるわけでございまして、「まず、 武力行使の目的を持って武装した部隊、これを他国の領土、領海、 領空に派遣するという、いわゆる海外派兵を言っておりますが。こ の海外派兵は一般に自衛のための必要最小限度を超えるものだ、か ように観念できますので、憲法上許されない」ということが一点で あります。この認識が基礎になりまして、次の集団的自衛権の解釈 _____________3________________ になるわけでございますが、集団的自衛権は、「自国と密接な関係 にある外国、これに対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていな いにもかかわらず実力をもって阻止する権利、かように定義いたし ますと、我が国は国際法上こういう権利を持っていることは主権国 家という意味におきまして当然で ございます。けれども」、この 点ちょっと補足いたしますと、例えば国連加盟国としての日本は、 国連憲章五一条で認められている集団的自衛権を国際法上は持って いるということを、このくだりで言っているわけであります。「そ の権利を行使することは、先ほど出ました憲法九条のもとで許され ている我が国を防衛するため必要最小限度、こういうことの範囲を 超えるものであって憲法上許されない、これは従来の解釈だろうと 思います」と言っております。すなわち、集団的自衛権も憲法上認 められないということになります。それから、国連の平和維持活動 ------------------------------------------------------------ を行う従来のいわゆる国連軍と称されるものでありますが、「その 目的、任務が武力行使を伴うものであればこれに参加することは許 されない」、これも政府答弁でございます。それから更に、「任務 が我が国を防衛するものと言えないいわゆる国連憲章上の国連軍に 自衛隊を参加させること、これについては憲法上の問題が残る」、 このように工藤法制局長官は答弁しております。 それから次に、平和憲法が求める世界の平和と安全のための日本の貢献の方 法について、どのような原則が成立するのかについて、ご説明いただけます か。特に先ほどの甲二一号証「Q&A」の二〇ないし二八ページを参考に、 ご証言いただけますか。 実はこれもマッカーサーの言葉でございますけれども、先ほどこ紹 介いたしましたように、新しい憲法を作るに際して、マッカーサー ノートという形で、非軍事の日本という姿をマッカーサーは提起い _____________4________________ たしました、しかし、五〇年元旦、このころは米ソの冷戦が非常に 激化することがはっきりしていたときでございますけれども、その ときにマッカーサーは、年頭の辞というものを出しております。そ の中で、彼は次のように述べております。「この憲法の規定はたと えどのような理屈をならべようとも、相手側から仕掛けてきた攻撃 に対する自己防衛の侵しがたい権利を全然否定したものとは絶対に 解釈できない」ということで、彼は前のマッカーサー・ノートの趣 旨を否定したと、いったん見ることができます。しかし、同時に彼 は続けて、「それはまさに銃剣のために身をほろぼした国民が銃剣 によらぬ国際道義と国際正義の終局の権利を固く信じていることを 力強く示したものである」というふうに、はっきり述べております。 要するにマッカーサーは、憲法九条の趣旨が、戦争侵略国である日 本が銃剣によらぬ平和、道義に基づいて国作りをするべきであると ------------------------------------------------------------ いう趣旨であるということを、やはり理解していたということであ ります。ただし彼は続けて、「略奪をこととする国際的な盗賊団」、 これはまさに当時のソ連を意昧するわけですけれども、「今日のよ うに強欲と暴カで地上をはいかいしているかぎり、諸君のかかげる この理想も全世界から受け入れられるまでにはなおかなりの時間が かかる」というふうに続けているわけです。逆に申しますと、いま やソ連なき国際社会におきまして、略奪をこととする国際的な盗賊 団というものは皆無であるわけでございまして、このマッカーサー 発言を裏返して考えるだけでも、私たちは本当に非軍事の形による 日本の建国、日本を作っていくという考え方に戻るべきであるとい うことを申し上げたいということでございます。 次に、自衛隊海外派兵の経過とその中での問題点について、順次お伺いして いきます。まず、海外派兵の出発点となった状況について、ご説明いただけ _____________5________________ ますでしょうか。特に、甲二三号証「国際的常識と国内的常識」の一二九ぺ ージないし一四九ページにも書かれておりますが、これらを踏まえて、その 要点を、ご説明いただけますか。 実は、ごく簡単に申し上げたいと思いますけれども、国際連合は、 米ソ冷戦の時代には、ほとんど軍事的な機能を営むことができなか つたということがございます。国連憲章には、日本、イタリア、ド イツが第二次大戦を起こしたと、そしてそれらに対して国際連盟が 何もできなかったということの反省に基づいて、国際の平和に対し ての侵略などがある場合には国連軍をもって対抗するという規定を 設けたわけでございますが、その規定は、米ソ冷戦の下で実際に動 くことができなかったということがございます。そういう時代が長 く続いたわけでございますけれども、八五年以降、特にゴルバチョ フ政権がソ連に登場しましてから、次第にソ連が変質し、しかもア ------------------------------------------------------------ メリカの政策に協調する体制が出戯来上がるようになったというこ とがございます。その結果、八年間続いたイランとイラクの戦争が 大国協調体制の圧力の下で終結したという経緯が、前史としてござ います。湾岸戦争のときには、まさにイラン・イラク戦争に対して 国際協調体制によって対処し得たという自信が、特にアメリカを中 心としてはっきり意識されまして、そのアメリカを中心とする五大 国協調体制によって、この湾岸戦争を遂行するというメカニズムが 出来上がっていったということであったと理解しております。 そうすると、湾岸危機、湾岸戦争の状況下で、アメリカは日本に対し、どの ような要求をしておったんでしようか。 このときには、湾津戦争が多国籍軍方式で戦われたということは周 知のところでありますが、その際・日本に対しては、アメリカはま ず最初に、金を出せという形で強い要求をしてきたということでご _____________6________________ ざいます。そして、その金というのは、まさに日本が一一〇億ドル という戦費をアメリカを中心とする多国籍軍に拠出したということ が、一つございます。それからもう一つ申し上げれば、戦争が終わ った後にアメリカは、日本の機雷を掃海する能力、これを非常に高 く評価しているわけでございますが、この能力を湾岸戦争の後始末 ということでも使えということで、機雷掃海艇の派遣に対しても強 い要求をしてきたということがございます。 そうした湾岸戦争における曰本の戦費支出の特っていた意味について、ご説 明いただけますか。 この戦費支出というのは、実は事実関係として申しますと、アメリ カが湾岸戦争で使った総額、これはアメリカの会計検査院の報告書 に出ておりますけれども、全部で六〇〇億ドルであったと書われて おります。そして、そのうちの四八〇億ドルが、日本、ドイツ、サ ------------------------------------------------------------ ウジアラビア、クウエートなどを中心とする同盟国、友好国によっ て賄われたというふうに言われております。先ほど私は、日本の戦 費拠出が一一〇億ドルだと申しましたけれども、この全体の六〇〇 億ドルのうちの四八○億ドルが、日本をはじめとする諸外国によつ て賄われたということは、アメリカ自身が湾岸戦争で使った費用は 一二〇億ドルということになりまして、ほぼ日本が出した一一〇億 ドルと匹敵するわけである。逆に言うと、日本はアメリカと同じだ けの金額を出して戦争遂行を可能にしたということが言えます。私 はこの一一〇億ドルというのは、私の理解というよりも、国際的に 確立している理解でございますけれども、この一一〇億ドルは、ア メリカが戦争を行うために使った費用、すなわち戦費でございまし て、こういう戦費による戦争参加、これも立派な集団的自衛権行使 の参加の一態様だと思います。確かに昔におきましては、戦費を出 _____________7________________ す国は、同時にその戦費でもって自国の軍隊を動かすということが 普通の形でありましたけれども、この湾岸戦争におきまして、初め て戦費と戦力の提供ということで分けられるという、そういう形が 始まったというふうに理解すベきであろうというふうに、私は思っ ております。 甲第二七号証の国際司法裁判所のアメリカのニカラグア・コントラ支援に関 する判決に対する解説書ですけれども、その国際司法裁判所の判決も加えて、 今の集団的自衛権の行使であるとおっしやられたところを説明していただけ ますか。 この国際司法裁判所の今引用された事件は、通常ニカラグア事件と いうふうに言われておりまして、一九八四年一一月二六日に国際司 法裁判所における判決が出されたものでございます。この事件は簡 単に申しますと、ニカラグアにおきまして内戦が起こりました。そ ------------------------------------------------------------ この内戦の当事者であるコントラという組織にアメリカが様々な援 肋を行ったという事件でございまして、そのアメリカの干渉に対し て、ニカラグアが、これは国際法違反であるという形で国際司法裁 判所に訴えた事件であります。アメリカは国際司法裁判所の管轄権 を拒否して、この裁判に参加いたしませんでしたけれども、国際司 法裁判所は、アメリカが前もって示していた管轄権受諾の範囲に入 るとして、アメリカ欠席のままで裁判を行い、判決を行いました。 そして、今のご質問に関して申しますと、この司法裁判所の判決に おきまして、圧倒的多数の意見で、アメリカの行為を不法行為と断 定したわけでございますけれども、この判決の中には、いわゆる軍 事力を直接行使する形だけではなくて、資金を提供するとか、ある いはコントラに対していろいろな指図をする、指揮をする、そうい うような形での行為も、いわゆる国際法違反として決めつけている。 _____________8________________ 決めつけているというか、判断している。明確には言っておりませ んが、文理から申しますと、明らかにそういう金銭提供、それから 間接的な指揮、支援、そういうものも集団的自衛権に属するもので あるというふうに理解される、そういう判決であるというのが国際 法学者の多数の一致した意見であると、私は理解しております。 それから次に、ペルシャ湾への掃海艇の派遣とペルシャ湾の自衛隊の掃海活 動について、それがその後の日本の自衛隊の動きにどのような意味を持った か、及び掃海部隊の派遣の問題点について、ご証言いただけますでしようか。 これは裁判官もご記憶がおありだと思いますけれども、一九九〇年 八月の湾岸危機が勃発するまでは、日本国内におきましては、ほと んど日本の国際社会との軍事的なかかわりという問題が議論されな いままで推移していたという状況がございます。そういうところに 降って沸いたように起こったのが湾岸事件だったわけでありまして、 ------------------------------------------------------------ そしてその際にアメリカは、多国籍軍を組織すると共に、その軍に 参加し得ない、日本は憲法上当然参加できないわけでございますけ れども、その参加し得ない日本に対して、一一〇億ドルの戦費拠出、 そして戦争が終わった段階での掃海艇派遣ということを要求してき たということがございます。当時の記憶を確認しておきたいわけで すけれども、初めその問題が起きたころの世論調査、各新聞社が行 っております世論調査など見ましても、明らかに消極的な意見、要 するに、そういうことに参加すべきではない、戦費を拠出すべきで はないというような意見が非常に強かったということもありますし、 掃海艇派遣の前の段階で行われました各種世論調査におきましても、 掃海艇派遣に対しては反対であるという意見が強かったと思います。 しかし現実には、湾岸戦争が非常に短期間で圧倒的なアメリカの勝 利という形で終わったこと、それから掃海艇派遣によって戦争被害 _____________9________________ が生ずるという懸念も当時非常に強かったわけでございますけれど も、その懸念も現実のものにならなかったということがこざいまし て、この二つの事実が、やはり日本国民の戦争問題に対する受容度 と申しますか、関心の強さを急速に弱めた、逆に申しますと、この 程度なら大丈夫なのかというような安心感を国民の間に定着させて いった一つの大きな契機になっていったというふうに理解しており ます。 当時、この掃海部隊の派遣については、日本船の安全運行だとか、あるいは 戦争が終わった後の後始末だというようなことが、掃海部隊派遣の理由とし て政府側から説明がなされたわけですけれども、その辺は実態的にはどうだ ったんでしようか。 この点は、当時掃海艇派遣につきましては閣議決定が行われました けれども、その閣議決定の中でも、ちょっと手元に資料ございませ ------------------------------------------------------------ んので、正確な文書は申し上げられませんが、要するに、例えば付 近を航行する日本船舶の安全を確保するとか、あるいは当該地域に おける諸外国一般商船の航行の安全を確保するというような名目で、 派遣することが決定されたということになっていたと思います。と ころが、実際にどういうことであったかと申しますと、自衛隊の掃 海艇が活動した海域といいますのは、まさに対イラク戦争が行われ ていた戦闘区域と重複しているわけでございまして、それらの事実 というのは、私たちには一切明確に知らされなかった、一部の新聞 によって後になって分かったという経緯がございますけれども、も しあのときにイラクがその停戦を受け入れてたとしても、そういう ふうに入り込んでくるわけの分からないどこかの船に対して攻撃を 加えるというような可能性というのは、現実の可能性としても十分 考えられたわけであります。 _____________10________________ その後、PKO法が成立し、そしてPKO法に基づいてPKO参加などを理 由に海外派兵が続いていくわけですけれども、PKO法の下での派遣の形態 としては、どのようなものがあったのでしようか。 PKO法というのは略称でございまして、国際平和維持活動等に関 する法律と、もう少し長い名前だったと思いますけれども、この重 要なことは、国際平和維持活動等という、「等」という言葉が法律 のタイトルにも入っているということであります。その「等」とい うのは何を意味するかと申しますと、この法律、いわゆるPKO法 は、国連が行うPKO活動のみならず、いわゆる国際的人道救援活 動、そういうものも対象に含んでいるということが、PKO法の条 文の中を読んでいくことによって、やっと分かるということになっ ております。要するに、「等」という言葉によって、第二の形態の 活動も含まれているということが暗示されているというふうに申し ------------------------------------------------------------ 上げたいと思います。 今ご説明いただいた二つの派遣形態のうち、まずPKO派遣についての問題 点、特に武器使用の問題点などを明らかにしていただけますでしようか。 PKO法の武器使用というのは、後でも出てくると思いますけれど も一今回PKO法が改正されるということになりましたその最大の 問題点が、この武器使用というとこるに含まれております。実は政 府はこの武器使用に関しましては、九二年のPKO法の審議の段階 におきましては、非常に慎重な態度を取っておりました。要するに、 武器使用が武力行使に該当する、憲法の規定する武力行使に該当す るということがないようにと、そういうことに腐心した形跡がござ います。 甲第二六号証、「平和大国か軍事大国か」の一八0ぺージから二0一ページ を見てください。 _____________11________________ この武器使用に関しましては、簡単に申しますと、8本が海外で武 器を使用できるというのは、意法の禁じる武力行使にわたらない限 度においてであるというのが、当時の政府の解釈であったというこ とであります.したがいまして、九二年の国会審誰においては、私 は当時の国会における審議録を詳細に検討いたしましたので、非常 に明確に記憶しておりますけれども、当時PKO法における武器使 用というのは、飽くまで隊員及びその周囲にいる人が、自らの及び 周りの人たちの身体に危険が生まれた場合、それに対して国内の刑 法の緊急避難、正当防衛に該当するようなケースがあった場合には、 例外的に武器を使用することができるというふうに定めたものであ ります。当時の答弁の中には更に踏みこんだ答弁もございまして、 したがいまして、それを超える蔵器使用の場合には、国内刑法上で 言う過剰防衛に該当する場合もあり得るわけですから、帰国した後 ------------------------------------------------------------ に刑事訴追を受けることもあるというようね答弁もございましたし、 あるいは、これは飽くまで個人の緊急避難あるいは正当防衛として の使用であるということの趣旨から言って、それをPKOを束ねる 指揮官・あるいは司令官日本の自衛隊の指揮官が一斉に「撃ち方始 め」というようなことを言ったならば、それは武力行使に当たって しまうから、それはできないと、ただし、こういう場合は撃たない でおけという指示はできるというふうに答えております、要するに、 当時のPKO法における武器使用というのは、飽くまr立の立場を維持するという 原則を立てたわけであります。これは、国連憲章は基本的に主権独立 国家の対等、平等性、そしてそこから派生しますところの内政不干渉 原則を根本に置いております。従いまして、国際の平和を破壊するも のに対しては、国連軍を組織↓て破壊者を制裁するという規定は別途 あるわけでございますけれども、そういうような条項に訴えることは 当時の米ソの敵対状況の下では不可能であって、その不可能な情勢の 下で最大限考えられることは何かというと、PK〇三原則ということ になったということでございます。従いまして、PKOの紛争当事者 _____________32________________ の停戦合意、それからPKO受入れ同意、そしてそのPKOが紛争当 事者に対して中立を維持するということは、国連軍が現地側にも受け 入れられ、国際的にも認知される上での守らなければならない最も重 要な原則というふうに理解されるべきであろうと思います。 そのPK〇三原則が、冷戦後、変質していくということがあったのかどうか、 どのような方向で変質していったのか、どのような圧力が働いて変質していっ たのか、そのへんについて御説明いただけますか。 八五年以降、ソ連の変質、崩壊という大きな国際環境の変化の中で、 安全保障理事会が米ソ対決の場から五大国協調の場へと変わっていっ たということが、一番大きな変化としてあると思います。その結果、 国連憲章の規定にあることでございますけれども、国連のメンバー加 盟国は、安全保障理事会が決定したことは、そのまま受け入れるとい う、一〇〇パーセントの委任条項みたいな規定があります。従いまし ------------------------------------------------------------ て、安全保障理事会が決めたことは、そのまま国内的に言えば法律に なるというような規定があるわけであります。それを使いまして、ア メリカは九〇年代以降に起こりましたいろんな形の紛争に対処する上 で、アメリカが中心になって安全保障理事会決議を作って、それによ っていろいろな軍事介入をして、出る杭を打つ、或いは邪魔者を制裁 する、そういう方向を追求するようになったということだろうと思い ます。 変質した後のPKOに日本が協力していくということの問題点について、御指 摘いただけますか。 安全保障理事会がアメリカの指導の下に動くようになってから、PK 〇三原則を無視した形の国連の軍事機能が組織されるようになりまし た。特にソマリアに派遣されました国連平和強制部隊、或いはマケド ニアに派遣されました予防部隊、ハイチにも派遣されました多国籍軍、 _____________33________________ いろいろなものがございます。それらほすぺて安全保障理事会の決議 によってお墨付きを得ているとなります。しかし、その三者に共通し ているのは、いざ、軍事組織が対象とする、言わば脅威と見なす相手 側が逆らえぱ、それと戦争状態に入るということを想定しているわけ であります。従って、PK〇三原則の三項のいずれにも抵触する軍事 組織であるということであります。そして、これらのいずれも国連憲 章第七章が定めました国連軍という形を一切取っておりません。なぜ ならば、国連軍は国連憲章の規定によりまして、安全保障理事会の指 揮の下に入るということになっておりますが、アメリカは国際的な軍 事行動を、常にアメリカの指揮権の下に動かすというところを非常に 重視しておりまして、従って国連に指揮権を委譲することは、一時ふ らついたことはございますが、今は全く考えていないということにな ります。従いまして、私が申し上げたいことは、狭義のPKO、三原 ------------------------------------------------------------ 則を守るPKOというものは、平和を維持する、停戦を維持する、そ してその間に何とか国際的な政治交捗で平和を実現するという時間稼 ぎをする意味で、それなりの機能を果してきていますし、今後も果た すであろうということは理解するわけでございますけれども、それ以 外の様々な形の軍事力行使は、非常に戦争になる可能性が大きいとい うこと、従ってそれは日本の憲法から言いますと、正に武力行使を内 包する軍事組織として入ることはできないということが一点でありま す。それから、PKOにつきましては、私は国際的な存在理由として は高く評価しております。しかし、このPKOも歴史的に見ますと、 何度も実際上は紛争当事国との戦争状態に陥る、戦争せざるを得ない 状況に入ることがしばしばございます。要するに、戦争とは無縁な軍 事組織ではないわけでございまして、明らかに、私が先ほど御紹介し ましたような政府答弁からしましても、PKOについても、憲法九条 _____________34________________ の禁ずる武力行使に該当するケースに当たる場合が多くある、いつそ ういうケースに該当するか分からないという意味におきましては、過 去におきまして戦争加害国として国際社会に対し二度と加害国の立場 には立たないという決意を表名した第九条の規定を拳々服膺する我が 国日本であるとするならば、私は国際的には有意義な役割を果たすP KOに関しても、日本が戦争責任を本当に真っ向から向かい合って清 算し、本当に平和な国家として生まれ変わったと国際社会が認知する までは、憲法九条に基づいてPKOにも参加しないということが、本 来の憲法の趣旨に合致すると思っております。 カンボジアPKOに日本が参加したことによって、その後の日本の国内情勢に どのような影響を及ぼしていったのか、その点についていかがでしょうか。 PKO法ができたのが九二年、そして、まもなくカンボジアに対して PKO派遣が言われました。そして、その祭に二八の日本人が犠性に ------------------------------------------------------------ なったということは、皆さんも御記憶にあると思います。私は当時、 いわゆるPKOは安全な活動ではないんだ、それは戦争と直接、結び ついた軍事行動なんだという認識が、痛ましい二人の犠牲を適じて国 民的に高まるのではないかということを期待したことがございます。 二人の方の死を犠牲にしないためにも、そういう世論が国内で起こる 事態を半ば予想し、半ば期待するということがございました。しかし 現実は、二人の死によって日本がPKOから戦線離脱するようでは国 際社会の物笑いになるという論理が勝ちを占めて、総局、日本はカン ボジアPKOの任務を最後まで行うということになりました。私が感 じたのは、平和主義ということを長年言ってきた日本人が、二人の方 の犠牲を前にしたときに、もう既に本来の平和主義、戦争に加担しな い、戦争の加害者にならないという問題意識からかなり隔たった、或 いは無関心になった状態になっているということを思い知らされたと _____________35________________ いうことがございます。一九九〇年以来の時の流れを見ておりますと ほぼ二年ごとに何か新しい、憲法解釈を歪める方向への動きが進行し ております。九〇年には湾岸危機が起こりました。九二年にはPK〇 法ができました。九四年には北朝鮮の核疑惑という問題を契機としま して、日本が戦争準備ができていないということで、ガイドラインの 元になる日米の軍事同盟強化の話合いが始まりました。その結果、九 六年四月一七日に日米安保共同宣言によってガイドライン見直しが合 意されました。そして、九八年、私たちは周辺事態法を目の前にして おります。昔は三〇年一昔と言いましたけれども、今は二年という短 い時間で物事が進んでいることを考えますと、じゃ、次の二〇〇〇年 には私たちはどういう事態に直面することになっているのかというこ とを、私は心が寒くなる思いで考えざるを得ません。本当にそのとき に憲法改定そのものが、政治の日程に上っていても驚いてはいけない ------------------------------------------------------------ なとすら思うような心境もございます。 こういった海外派兵を強めていく方向が更に拡大していくと、二一世紀におけ る世界の平和にどのような影響をもたらすのかについて、言及いただけますで しょうか。 クリントン政権は、特にアメリカの産業の強い分野におきましては、 国際経済を単一市場化するという政策を遂行しています。私どもは今 日、特に端的に金融ビッグバンの本格的到来という形で、去年以来、 連日のようにどこかの金融機関を巻き込んだ事件、不祥事の問題に目 を奪われるわけであります。今のような事態、アメリカの言うなりに なる日本経済、或いは日本という事態が進行致しますと、日本はその ままアメリカの属国以下の地位にまで行くということになると思いま す。しかも、その日本が、軍事同盟という点でもアメリカの言うなり になる、日本全土がアメリカの基地になる、そういう国に変化してい _____________36________________ こうとしているということだと思います。本来であれば、大国である 日本が、そういうアメリカのわがままさをチェックしなければいけな い、またチエックする能力を持っていると思うんですが、それをむざ むざとアメリカの言うなりになって、世界に対して加害者として立ち 向かっていくという方向性を一心不乱に追求していくという事態であ ろうとも思います。このままで事態が進展して行きますと、二一世紀 は、アメリカが国際社会に対して、経済的にも軍事的にも威を張ると いう体制、それに対して日本が全面的に付き従っていく体制というこ とで、実は非常に不安定な、戦争が頻発してもおかしくないような世 紀を迎えることになってしまうのではないかと懸念しております。 そうした動きが強まる中で、平和憲法を持つ日本としては、どのような努力を 世界に対してなすべきか、その点を述べていただけますか。 私は数年前から力説しているところでございますけど、私は、平和憲 ------------------------------------------------------------ 法かあるから憲法を守るべきだという立場での平和論を言っているつ もりはございません。私は、外務省に二五年間勤務しておりまして、 やはり国際社会、国際政治における国家という要素が果たす役割は非 常に大きなものがあると認識しておりますし、その状況は二一世紀に 入っても基本的には変わらないであろうと考えます。そのことは、特 に国際政治、経済、軍事という国際関係における三つの大分野におき ましては、特にその状況は変わらないであろうと思っています。そこ で申し上げたいことは、今の日本は、一九四七年の日本国憲法ができ たときとは全く違うということであります。当時は小国であった日本 従って小国の日本が何をしゃべっても何を力んでも、大した効果を上 げることはできませんでしたし、反響を引き起こすこともできなかっ たと思いますが、今の日本はアメリカに次ぐ、バブルがはじけて、よ れよれになっているとは言え、国際的に言えば第二位の世界大国であ _____________37________________ ることはだれもが認めるところであります。従って、その大国日本が、 本気になって自分の頭で考え、口でしゃべり、足で行動するという独 立主権国家として生まれ変わることによって、一つには、アメリカ支 配の形での国際経済体制の再編という動きをチェックするということ にも大きな役割を果たすことができると思いますし、軍事面で言えば、 ガイドライン、有事法制という体制に対して、これは国際平和に資す るゆえんではないと言うことによって、アメリカに対してもっと別な 方法で、非軍事の方法で、国際社会の平和と繁栄に貢献すべきだとい うふうに正面切ってものを申す国家に生まれ変わることによって、国 際情勢に対して巨大な影響力を及ぼすことができる国家になっている というふうに思います。従いまして、私は先ほどマッカーサーの発言 を引用致しましたけれども、私の趣旨は、大国の日本が全く国際社会 において無力であるということは、国際的にはだれも考えていないこ ------------------------------------------------------------ とであって、ただ、これは政治家のある意味で正しい表現であります が、平和ぼけした日本人のみが気がついていないことでありますけれ ども、日本は本当に国際社会の動向、帰趨に決定的な影響力を与える 国家になっているということを、私たちは心から自覚すべきではない かと、そういう自覚する日本がまなじりを決して国際平和と反映のた めに貢献する、アメリカに対しても言うとおりにならない国家になる ことが、私は本当に日本として進むべき道であろうと思います。結論 的に言えば、そういう日本がよるべき指針として何に根拠を置こうか と思うときに、もちろん、新しい理念を作り出してそれに依拠するこ とも考えることはできますが、私たちは幸いなことに、平和憲法とい う形で、既存のものの中に私たちのよるべき理念的根拠を持っている ということを自覚すべきではないかと思います。 本件裁判は、PKOに参加した、そこで様々な行動をしたことの違憲確認及び _____________38________________ そのことによって市民の平和的生存権が侵害されたということで訴訟を起こし ているわけですが、最後に裁判所に期待されていることについて、証人のお気 持ちを述べていただけますか。 今の周辺事態法、ガイドラインまで来ている、まだこれかららいろい ろなことが起こり得ることでございますけれども、そういう解釈改憲 に基づく様々な立法の動きの出発点になったのが、一九九二年のPK O法であったと、それに基づくカンボジアPKO派遣であったと理解 しております。私たち日本人は、既成事実に弱い、いったんできてし まったらもう動かせないものと考えがちである、それがために、九〇 年、九二年、九四年、九六年、九八年と今日まで進んできてしまった ということであります。しかし、それが正しい方向を向いているなら ぱ、或いは物事の考えようもあるかもしれませんが、明らかに日本は 国際社会に対して、そして私たち自身に対して、災難と不幸をもたら ------------------------------------------------------------ す方向性を目指しているということがはっきりしている以上、やはり 私たちは既成事実に屈伏することではなくて、既成事典の原点になっ たカンボジア派兵、PKO派兵の根拠になったPKO法について、裁 判所がこれは違憲であるということを明確に判示してくださることが 非常に重要な意味を持つのではないかと思います。PKO法が違憲で あるということが判示されれば、PKO法に基づいて進行したその後 の法律、現実的な状況が、すべて原点に戻って問い直されるというこ とを意味するからであります。是非ともPKO法について正面から見 直し、その違憲性を明確に判示してくださることをお願いしたいと思 います。 控訴人ら代理人(加島) 予算のことをお聞きしたいんですが、甲第三〇号証、三条の一、二、三の項 の活動は、日本政府が行うものですね。 _____________39________________ そのとおりです。 日本政府が米軍に協力するために行う、これらの活動の費用については、この 法案には触れられていないんですが、だれが負担することになるんでしょうか。 当然、日本国政府が負担するということだと思います。 いったん負担した後、米軍との関係で清算するとか、返還を求めるということ はあり得るんでしょうか。 これは日本の活動ということでやることでございますから、そういう ことは考えていない規定だと私は理解しております。 周辺事態措置法案に関連して、特別の目的税、例えば日米安保目的税とか、周 辺事態措置目的税といった目的税の新設は、議論されておりませんね。 私の理解している限りでは、されていないはずであります。 そうしますと、これらの法案に基づく活動がなされたとき、或いはなされるた めの諸費用は、すベて一般会計予算の中に計上されるんですね。 ------------------------------------------------------------ 従来の防衛庁の予算からの仕組みから言いますと、そうなると思いま す。 目的税もないし、従来の予算の仕組みに従うとすれば ここにおります原告ら を含めて、納税者が支払う普通税としての所得税等から支出されてしまうこと になりますね。 所得税のほかに、間接税の税率をアップするとか、いろんな方法も考 えられると思います。 つまり、こういった新ガイドラインに基づく、周辺事態措置法案に基づく諸活 動によって、国民の税負担が増加することが考えられるわけですね。 これは当然、考えられると思います。 新しい分野の活動が、従来の活動に加わってきているという以上、そうならざ るを得ないと理解してよろしいでしょうね。 ガイドラインに基づきまして、例えば外国から発射されるミサイルに _____________40________________ 対して迎撃するシステムを開発するために、確か来年度には一億円か 二億円の予算が新たに計上されるということも聞いております。今、 名護で問題になっております海上ヘリポート基地建設も、我が国の予 算で全額賄うということが了解されておりますから、これらのために も新たな予算措置が必要になってくると、すべて新しい予算措置が必 要になってくると思います。 (以上 菅納真理子) 大阪高等裁判所 裁判所速記官 川上 昌 恵(印) 裁判所速記官 菅納 真里子(印) _____________41________________浅井基文経歴及び主要著作
一、 経歴 昭和一六年 七月三日 愛知県に生まれる 昭和三八年 三月 東京大学法学部中退 昭和三八年 四月 外務省入省 昭和三八年〜六三年 外務省勤務 *中国関係職歴 昭和三八年〜四〇年 台湾にて中国語露学研究 昭和四〇年〜四一年 米国ハーバード大学にて中国問題研修 昭和四一年〜四三年 外務省中国課勤務 昭和四八年〜五〇年 在ソ連日本大使館勤務 −中ソ関係・アジア問 題担当− 昭和五〇年〜五二年 外務省調査部、勤務 −アジアを含む国際問題全 般の分析事務− 昭和五五年〜五八年 在中国日本大使館勤務・政治部参事官 昭和五八年〜六〇年 外務省アジア局中国課長 昭和六〇年〜六一年 外務省アジア局地域政策謀長 昭和六三年 文部省出向{東京大学教養学部教授) 平成 二年 外務省退職、日本大学法学部教授 平成 四年 明治学院大学国際学部教授(現職) 二、主要著作 1、著書 『日本外交 −反省と転換−』 岩波新書 一九八九年 『外交官』 講談社新書 一九九一年 『どこへ行く日本』 かもがわプックレット 一九九一年 『新しい世界秩序と国連』 岩波セミナーブックス 一九九一年 『「国際貢献」と日本』 岩波ジュニア新書 一九九二年 『国家と国境』 ほるぷ出版 一九九二年 『私の平和外交論』 新日本出版社 一九九二年 『新保守主義』 柏書房 一九九三年 『「国連中心主義」と日本国憲法』 岩波ブックレット 一九九三年 『国際的常識と国内的常識』 柏書房 一九九四年 『大国日本の選択』 労働旬報杜 一九九五年 『非核の日本・無核の世界』 労働旬報社 一九九六年 『平和大国か軍事大国か』 近代文芸社 一九九七年 『新ガイドラインQ&A』 青木書店 一九九七年 『茶の間で語り合う新ガイドライン』 かもがわブックレット 一九九 八年 2、論文等 雑誌『中国語』(内山書店)で九〇年四月号から現在までのほぼ毎号で、 中国にかかわる問題で小論文の連載を継続中
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