市民平和訴訟・鹿児島:控訴審・準備書面(1)

(注)・控訴人の個人名は「*」で置き換えてあります。
   ・丸数字はカッコと数字に置き換えてあります。



平成九年〈ネ〉第三二号九○億ドル支出違憲確認等請求控訴事件
            控訴人   * * * *
            被控訴人  国
  準備書面一

一九九七年五月九日
           右控訴人   * * * *

福岡高等裁判所宮崎支部 御中

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       記

第一 はじめに

一、原判決は判決理由の「第一 本件違憲確認の訴えに対する判断」において、
 原告の訴えは過去の権利又は法律関係の存否について確認を求めるものであ
 り、本件違憲確認の訴えは、確認訴訟の訴えの利益を欠き不適法である、と
 述べている。
  しかしながら、被告である国が憲法九条違反の軍事行動をしたことは誰の
 目にも明らかである。にも拘わらず、国は今なお、そうした侵害行為が憲法
 違反であったとも、二度と再び同様の行為をしないとも、主権者である控訴
 人に表明していない。
  この判決は、そうした事実を全く無視し、一方的に国の主張に肩を持ち「
 もうあれは済んだことだ、水に流そう」と言うに等しい判断をしている。こ
 の点で判決は事実判断を誤っている。もし、この判決の言うとおり、控訴人
 の主張が通らないとしたら、国は憲法九条ばかりでなく、他の条項をも無視
 した勝手な行動を自由にすることができる。そしてその後は、すべて過去の
 ことだからとされ、主権者はそれに対して異議を唱える道を完全に閉ざされ、
 どんな優れた憲法も、空念仏に等しくなってしまう。つまり主権者は、誰一
 人として、政府の誤った行動に対して直接歯止めをかけることができなくな
 る。このままでは、太平洋戦争当時の轍を踏むことになると言えよう。

二、判決理由「第二 本件損害賠債請求に対する判断」で述べられている理由
 もまた憲法の解釈を誤っている。
  判決では、かなり遠慮がちに平和的生存権が存在することを認め、また、
 同時に、先の住専に対する政府の無茶苦茶な税金浪費政策を意識してか、納
 税者基本権についてもこれが存在していることを認めている。
  しかしながら、それにも拘わらず本件においては、これら両権利の侵害か
 あった事実を認めていない。判決では「憲法は、本来、国が国民に対し、国

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 民の人権、権利を保障し、もって個人の尊厳を守ることを目的とするもので
 あるから」とか、あるいは「国が国民に対する関係において、憲法上義務づ
 けられている平和を維持するということ」と言い、租税の使い方は政治的な
 問題であるとも言っている。これにも容認し難い大きな誤りがみられる。
  まず、この判決は右に引用した通り、はじめに国ありきの考え方にたって
 おり、それには納得できない。憲法は、主権者である私たち庶民が権力者(
 国)の暴走に歯止めをかけ、縛るためのものではなかったのか。判決の主張
 は、多分に国家主義的解釈が先行しており、これでは、主権在民のわが日本
 国憲法の大原則の一つが無視されたことになる。
  この判決がまかり通るとすれば、憲法九条など台なしで、骨抜きにされて
 しまい兼ねない。このままでは、平和を維持するためには武力行使もやむを
 得ない、また、そうすることは憲法九条に沿うものである、との主張を正当
 化し、支持することになってしまう。絶対的な平和主義でない限り、九条の
 価値はない。これに水をさすおそれが大きいこの判決はあきらかに誤ってい
 るというべきである。
  また、判決では、租税の使い方は政治的課題であるなどと言っている。一
 方で平和的生存権や納税者基本権を消極的とはいえ認めておきなから、それ
 に違反した事実に目をつむり、憲法判断を避け、裁判所の役割を放棄したの
 は、自らの存在価値を無にするに等しい。
  判決では、控訴人が遂一平和的生存権や納税者基本権の成立要件や主体等
 を明確にしたにも拘わらず、なおそれが明確でなく、その外延を画すること
 ができない曖味なものであってその侵害はあり得ないと言う。この主張は、
 一審で控訴人か提出した証拠や証人尋問の事実を無視しており、この点でも
 重大な事実誤認がある。
  また、判決では、被告国が九○億ドルもの大金を戦費として支出し、イラ
 クの民衆を殺したことによって生じた控訴人の良心の痛み、つまり良心の権
 利が侵害された事実をも認めなかった。自分の支払った税金は平和憲法の下、
 当然に武力行使とは、縁もゆかりもない絶対的な平和実現のために使われる
 ことを信じていたにも拘わらず、それが裏切られた場合、憲法違反だとして

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 主権者が国の違憲行為を直接追求できないことがあろうか。
  如何に今の日本国で多数決原理の働く代表民主制、議員内閣制が採用され
 ていることを認めたところで、原告の意に反して、自らの税金をもって人殺
 しに加担させられたことに基づく原告の良心の痛み苦しみを「受忍の限界内」
 であると言われても、こと人の命に関する重大問題であるから、人間として
 到底承服し難い。現実に、控訴人の金で人の血が流されたの
 である。その事実は、裁判官もビデオ検証で確認したはずである。
  そもそも、本件で問題にした九○億ドルの戦費支出については、国会の議
 決が優先・先行したものなどでは決してなく、時の大蔵大臣橋本龍太郎が米
 国政府のご機嫌とりのために、勝手に決めたことではなかったのか。
  そうした事実を無視した点においても、判決には説得力がない。
  また、判決では、原告のそうした苦しみから免れる方法まで示した。
  しかしながら、ここにも大きな誤りがみられる。控訴人の苦痛は、武力に
 より人を殺してしまったことに対する良心の痛みであるにも拘わらず、これ
 を解決するのに判決では、「自由な言論、政治的活動により、反対者が多数
 派を形成することによって克服することが期待されていることであり、しか
 も、それで足りる」と言っている。良心は人間なら誰しも持つ普遍的なもの
 である。裁判官は、これを政策論争と同列に扱っており、全く理由になって
 いない。裁判所には国家による憲法違反の殺人行為を裁く義務も権利も十分
 にあるはずである。それを忘れて、このような判決理由としたのは大きな誤
 りというべきである。

三、まとめ
  以上、控訴人の主張の要点を述べました。今後、控訴人の平和に生存する
 権利の侵害及び納税者基本権の侵害をも否定した原判決の誤りについて主張
 を展開します。裁判所は控訴人の今後行う主張に充分耳を傾け、憲法の番人
 としての司法の役割を忠実に実行されるように心からお願いします。
                                以上

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