(注)・上告人の個人名は「*」で置き換えてあります。
・丸付き数字は、括弧と数字に置き換えてあります。
平成十年(ネオ) 第八号事件
上 告 理 由 書
上 告 人 * * * *
被 上 告 人 国
右当事者間の平成九年(ネ)第三二号九〇億ドル支出違憲確認等請求事件についての
上告理由書は左記の通りである。
一九九八年五月十一日
上 告 人 * * * *
最高裁判所 御中
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記
第一章 はじめに−湾岸戦争加担は我が国の転換点であった
一、本件訴訟は、湾岸戦争に際して日本政府が戦争の一方当事者に巨額な戦費を拠出し、ペルシャ湾に自
衛隊の掃海部隊を派遣した行為が、戦争を放棄し恒久平和主義を基本原理とする日本国憲法に違反する
として、戦費拠出及び掃海部隊派遣行為の違憲・違法の確認と、政府の戦争加担による上告人の精神的
苦痛に対する損害賠償を請求するものである。
上告人は、訴状の冒頭に「原告は、恒久平和を希求して本訴を提起した」と述べた。まさに上告人は
主権者として日本国憲法が全世界の国民に保障した「平和のうちに生存する権利」の実現を求め、「政
府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにする」ため、本件訴訟を提起したのである。
しかし、一審判決も、原判決も上告人の請求を退けた。原判決及び一審判決が破棄されるべき理由は
後に詳述するが、裁判所が湾岸戦争に対する我が国政府の違憲行為を見過ごした結果、湾岸戦争以後、
我が国が日本国憲法の下で遵守してきた「国是」ともいうべき恒久平和主義、戦争放棄、軍隊を海外に
派遣しないという方針が次々と踏みにじられ、自衛隊が安易に海外に派遣され、世界的な軍隊縮小・軍
事費削減の潮流に反する動きが強まっている。
以下に、簡単に湾岸戦争以後の政治の動向を振り返り、湾岸戦争への加担が恒久平和主義を投げ捨て、
憲法を公然と踏みにじる政治へ転換したターニングポイントとなったことを論証する。日本がこのよう
な方向へ転換したことについて、裁判所は決して無関係ではないことを強調しておきたい。
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二、日本は、先の世界大戦において近隣諸国に対して数千万とも言われる人的被害を与え、計り知れない
物的損害を与えた。又、自国民に対しても極めて重大な被害を加えた。これこそ憲法前文に言う「戦争
の惨禍」である。
このような戦争の惨禍を引き起こしたことの反省の上に立って、現憲法が制定され、前文に「平和の
うちに生存する権利」が明記され、第九条で戦争が放棄され、戦力を保持しないことが規定された。
しかし、この憲法制定直後から憲法を「改正」して再軍備を図る動きができてきた。そして、ついに
米国占領下の一九五〇年、占領軍の命令により警察予備隊という軍隊が創設され、続いて一九五二年、
対日講和条約と同時に日米安保条約が締結された。同年、警察予備隊は保安隊に変えられた。
我が国は憲法制定後僅か数年で保安隊という名の軍隊を持ち、自らの意思で他国(米国)の軍隊を駐
留させる道を選んだ。
一九五四年には保安隊を更に自衛隊に組織替えし、陸・海・空の三軍からなるれっきとした軍隊を持
つ国家へと変貌した。
自衛隊及び日米安保条約(と米軍の駐留)が、日本国憲法と両立しないことは誰の目にも明らかであっ
た。
三、第二次世界大戦後の世界は、米国を中心とする西側陣営とソ連邦を中心とする東側陣営に分かれ対
していた。東西冷戦である。
東西冷戦の時代は長期間継続し、東西いずれの内部においても利害対立や分裂があった。それが戦後
世界の基本的構図であった。そして、日本は日米安保条約という軍事同盟により、否応なしに米国の世
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界戦略に組み込まれていた。
しかし日本国民は、憲法に違反する自衛隊という軍隊を全面的には認知せず、安保条約や米軍の駐留
についても批判的な立場をとる国民は多数存在した。
一九六〇年代、特に若者たちは自分たちの未来に「戦争」の不安を感じとり、「安保反対」の先頭に
なって闘ってきた。その中で多数の若者が精神的に、肉体的に傷ついたし、命さえ落とした。そのころ
私は何も考えない少女だった。そのことに今大きな責任を感じている。現在の平和憲法の状況を考え
ると若者たちの不安は正しかったのだ。私は「まだ間に合う」という気持ちで、憲法前文を、九条を守
り活かした生活を取り戻すために行動している。
日本政府は自衛隊の基本的性格を「専守防衛」と規定し、その正当化を図った。
専守防衛である以上、攻撃的兵器を持つ理由がなくなり、長距離爆撃機等は持たないことになる。当
然のことながら核兵器は持たないと宣言した。
核兵器に関しては、日本自らが持たないのみならず、安保条約に基づいて日本に駐留する米軍にも配
備させないこと、日本国内に持ち込ませないことを政府の方針とすると言わざるを得なかった。非核三
原則である。
自衛隊を海外に派遣しないことも確約した。軍事費が年々増大することを抑えるために、軍事予算(
防衛費と呼ぶ)については国民総生産(GNP)の一%以内に止めることにし、長年に亘って曲がりな
りにもこの制限は守られてきた。更に、日本国内で生産した武器の輸出もしないこととした(武器禁輸
の原則)。
政府は、集団的自衛権の行使は、憲法上は許されるが、政策判断として選択しない旨を幾度となく確
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認してきた。
これらの「方針」は、自衛隊及び日米安保条約・駐留米軍が憲法と抵触しているとの批判を避けるた
めに政府が取ってきた政策であり、国民の側からすれば自衛隊に対する歯止めであった。
しかし恒久平和主義の憲法を最初から守らず、活かさず進めてきた政治は米国が意図する軍備増強や
国連の平和維持活動(PKO活動)への自衛隊の参加(要するに海外派遣である)を実行することはあ
る程度押さえられようにみえたが、結果的には日本の再軍備をすすめることになった。
四、日米安保条約のもとで、日本国内の基地が戦争に使用されたことは否定できない。朝鮮戦争は、日本
が講和条約を締結する以前の占領下にあった時期であるが、米軍は日本国内の基地から朝鮮に出撃した
し、米軍の指揮の下で海上保安部の掃海艇が機雷掃海作業に従事した。
その後、ベトナム戦争時にも米海軍の艦船が国内の港から戦闘地域に向かったことがあり、軍事物資
が積み出されたり、破損した戦車等の修理がなされたこともあった。
一九八〇年代のイラン・イラク戦争の際、米国はペルシャ湾に敷設されたイランの機雷を除去するた
め、自衛隊の掃海部隊を派遣するよう強く要求したことがある。当時から自衛隊の掃海部隊の能力は世
界有数のものであったからである。また、このとき米国が派遣を求めた理由は、日本はペルシャ湾地域
から原油を輸入しているのであるから、ペルシャ湾における安全を確保するために掃海部隊を派遣する
べきであるというものであった。いずれも、湾岸戦争時に米国が日本に掃海部隊の派遣を要求した理由
と同じである。このときは、日本政府、特に当時の中曽根首相は派遣に積極的であったが、国民の反対
に会い結局派遣を断念した。
このように、辛うじて日本自身が直接、自らの意思で戦争に参加すること、戦争に国費を支出するこ
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とは避けてきた。憲法違反の自衛隊を持ち、憲法に違反する米軍駐留を認めながらも、政府は戦争に参
加すること、自衛隊を海外に派遣すること、他国の戦争に資金を提供することはできなかったのである。
しかし、湾岸戦争をきっかけに、戦後決して行わなかった戦争への資金提供、自衛隊の海外派遣が容
易に行われるようになってしまった。
ここにこそ、上告人が湾岸戦争への加担に異議を申し立て、政府の戦争加担行為の違憲性・違法性の
確認を求める実質的理由がある。
五、一九九〇年八月初めのイラクのクウェート侵攻から湾岸危機が始まり、翌年一月一七日に多国籍軍の
イラクに対する空爆が開始された。
一九八〇年後半、東欧において社会主義政権が次々に崩壊し、ついに一九八九年にはソ連邦が瓦解し
た。それまで、自衛隊は公言はしないけれども、ソ連を「仮想敵」として部隊を配置し、武器・装備を
そろえてきたのであるが、ソ連及び東欧諸国の崩壊により仮想敵国が消えてしまうという事態になり、
一九九〇年には、自衛隊の存在理由、少なくとも現状の規模を維持することに疑問が生じてきていた。
このような時期に勃発したのが、正に湾岸危機であり湾岸戦争であった。自衛隊にとって、そして政
府にとっては願ってもない事件の発生であった。日本から遠く離れた中東で起こった湾岸危機、そして
引き続く戦争を自衛隊維持の絶好の機会として利用したのである。
しかも、米国は国連安保理においてイラク非難決議をさせ、この決議を背景に日本に対して圧力をか
け、軍事的にも協力させようとした。
日本国内においては「世界の多数の国々がイラク制裁のために軍隊を出しているのに、日本だけが何
もしなくて良いのか」とか「何もしないのは一国平和主義だ」等の議論がなされ、ついに国際的に貢献
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するには戦費を負担することが重要であるとして、早くも一九九〇年八月及び九月には多国籍軍参加諸
国に二〇億ドルの資金拠出を決定し、周辺諸国にも合計二〇億ドルを提供することとした。
続いて、一九九一年三月になると、多国籍軍に九〇億ドルを提供することを決定した(なお、一九九
一年八月には九〇億ドル分につき為替変動による追加拠出をしている)。
これらの資金(周辺諸国への二〇億ドルを除く一一五億ドル)は、明らかに戦争に使用される資金、
戦費として拠出したのである。
日本国憲法は、戦費として使用される資金を国費から支出することを認めていない。この資金を日本
政府が使用するのか、他国が使用するのかにかかわらず、戦費の支出は憲法に違反すると言うしかない
のである。
政府は戦費の拠出だけに止まらず、自衛隊の海外派遣を企図した。すなわち、イラク周辺からの避難
民を輸送するという名目で自衛隊機を中東に派遣するために、自衛隊法一〇〇条の五についての特例政
令を制定した(一九九一年一月二九日公布)。この当時は、民間機による避難民の輸送が行われており、
自衛隊機を派遣する必要性がなかったのである。しかも自衛隊法一〇〇条の五は、もともと避難民等を
輸送するために自衛隊機を使用することを許す規定ではなく、国賓等を輸送する目的で自衛隊機を使用
するための規定である。極めて強引に、規定の趣旨をねじ曲げて政令を制定し自衛隊機を海外に派遣し
ようとしたものである。
そして、ついに一九九一年四月に入り、自衛隊の掃海部隊をペルシャ湾に派遣した。派遣の理由は「
ペルシャ湾における我が国船舶の航行の安全を確保するため」というものであったが、ペルシャ湾の掃
海予定水域には我が国船舶は存在しなかったのであり、掃海部隊派遣の理由にはなり得なかったのであ
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る。
掃海部隊派遣の根拠とされた自衛隊法九九条は戦場に於ける機雷除去作業を想定した規定ではなく、
日本周辺における機雷除去を前提とした規定である。
以上のとおり、自衛隊機の派遣及び掃海部隊の派遣は、自衛隊法を合憲と仮定したとしても、その合
法性を否定せざるをえないものであった。
湾岸危機及び湾岸戦争において日本政府がとった措置、すなわち戦費の拠出と自衛隊機派遣のための
特例政令に制定、掃海部隊派遣のいずれをとっても、法的には違憲・違法と言わざるを得ないことは、
政府がなりふり構わず、法的な適法性、整合性を無視して戦費拠出等を強行したことを示している。
この暴挙を容認することができないからこそ、上告人は本件訴訟を提起したのである。
六、湾岸戦争以後、政府は憲法に違反して、自衛隊を海外に派遣するための法律を制定し、次々に海外派
遣を行っている。
政府が自衛隊の海外派遣を行うための法案を提出したのは、湾岸危機の最中である一九九〇年一〇月
である。「国連平和協力法」案を国会に提出したが、国民の圧倒的な反対で同年一一月九日に廃案になっ
た。
そして、翌一九九一年九月には、「国連平和維持活動(PKO)等協力法」を提出し、一九九二年六
月強行採決により成立させた。この法律は国連が行う「平和維持活動」に自衛隊を参加させる根拠とな
るものであるが、国連の平和維持活動において武器を使用すること、戦闘を行う可能性があることは当
然のことである。海外で自衛隊が戦闘を行う可能性があることについて世論の反対が強かったため、政
府・与党は法律本文をそのままにしながら、附則でその部分の施行を凍結するという方法をとり、法律
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そのものは成立させた。政府と与党にとっては、法律さえ成立させておけば本文を施行する機会は必ず
来るという読みであろう。一歩づつ、確実に自衛隊の海外派遣の道筋を作っていくという戦略が明らか
である。
同年九月、自衛隊はこの法律に基づいてカンボジアに派遣された。続いて一九九三年五月には、アフ
リカのモザンビークに派遣され、同年九月にはザイール(ルワンダ)にも派遣された。
一九九四年七月、自民党と社会党、新党さきがけによる連立政権・村山内閣が誕生し、社会党所属の
村山首相は日米安保条約を堅持すること、自衛隊は合憲の存在であることを明言した。従来、憲法擁護
を主張して安保条約に反対し、自衛隊についても厳しい態度をとっトきた社会党の党首が安保堅持・自
衛隊容認に転換したことは衝撃的であった。
一九九四年一一月、自衛隊機による在外邦人救出を可能にする自衛隊法改正が行われた。かつての日
本は、在外邦人救出という名目で軍隊を他国に出動させ、実際には他国を侵略した過去がある。正に昔
通った道をたどりつつあるとの感を否めない。
一九九六年一月には、PKO協力法により中東・ゴラン高原に自衛隊が派遣され、この派遣は現在も
継続している。
一九九七年七月、カンボジアで内戦状態が発生し、カンボジア在住の外国人が同国を脱出する事態に
なった。内戦状態は短期間で収束したのであるが、政府は在外邦人救出という名目で、自衛隊機をカン
ボジアの隣国タイまで派遣した。自衛隊機を出発させた時は、すでにカンボジアの空港では民間航空機
が発着していたのであって、自衛隊機を派遣する必要は認められなかった。この派遣は自衛隊派遣の演
習あるいは実績作りの疑いが強いものである。
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以上、湾岸戦争以後の動きを簡単に見てきたが、この経過で明らかなように、湾岸戦争に戦費を拠出
し、掃海部隊を派遣したことを契機に、政府は「国際貢献論」を錦の御旗として、また在外邦人救出を
口実に自衛隊を積極的に海外に派遣している。自衛隊という軍隊の海外での活動に対する国民の拒絶反
応を和らげようとし、その実績を着々と挙げている。
しかし、これは、「いつか来た道」を再び歩もうとしているのではないか。かつてのごとく「在外邦
人救出」が侵略の第一歩になる恐れはあると思わざるを得ない。
七、我が国が侵略に対する反省を忘れ、国際貢献という美名の下で自衛隊の海外派遣を行っていることに
近隣諸国が警戒を強めている。アジアの諸国は、我が国が憲法で戦争を放棄しながら、自衛隊という強
大な軍隊を持っていることに多大な疑念を抱いている。我々国民も、政府が憲法を軽視し憲法よりも
安保条約を優先して、米国の言うなりとなり、米国の世界戦略に組み込まれていると考えざるをえない。
そして、憲法軽視というよりも憲法無視の政治がおこなわれることに裁判所も責任がないとは言えな
いと考える。湾岸戦争への戦費拠出・掃海部隊派遣という明々白々な憲法違反を咎めることなく、上告
人の請求を却下あるいは棄却したことが、消極的にとはいえ政府に手を貸したと言えるのではないか。
憲法に反する政治は一刻も早く是正されなければならない。
以下に、我が国が加担した湾岸戦争の実態を明らかにした上で、原判決が破棄されるべき理由を述べ
る。
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第二章 湾岸戦争の実態と九〇億ドル支出の違憲性
第一 湾岸戦争の実態
原判決は、「平和的生存権や納税者基本権を裁判規範性を有する具体的権利として、同権
利の侵害を理由に裁判所による損害賠償による救済を求めるには、その前提として、だれに
対するどのような事実があればその権利の侵害があったと言えるか(成立要件)、だれが損
害賠償を請求できるか(主体)が明確でなければならないところ、右にいう平和的生存権及
び納税者基本権は、そのいずれの点においても明確とはいい難く、その外延を画することの
できない曖昧なもので、損害賠償法上、救済の対象とし得べき現実的、個別的内容をもった
権利とは未だいえない」
しかし右判示は誤りである。
上告人は湾岸戦争における政府の行為によって無差別殺戮に協力させられた。日本国憲法
に保障されるべき殺さない権利が侵害されたと主張している。このような上告人の訴えの内
容から言うならば、何よりもまず、自分がどのような戦争に協力させられたのか、その戦争
の実態が法廷に明らかにされなければならないと、湾岸戦争のさなかの一九九〇年二月二日
から同八日までイラクに滞在していたアメリカの元司法長官ラム−ゼ・クラ−ク氏に同行し
たカメラチ−ムによって撮影サレタビデオテ−プの検証を実現したが、そのことが原判決に
活かされていない。湾岸戦争の実態を判断しないままで上告人の請求理由がないということ
は誤りである。
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そこで上告人は湾岸戦争の実態、性格、国際法的評価等について論証する。
一、戦力比較
1.米軍の戦力
多国籍軍の中核部隊米軍が湾岸戦争に投入した戦力は、次のとおりであった。
米軍の現役兵力数約二〇〇万人のうちその五分の一以上にあたる約四〇万人が湾岸戦
争に参加した。それとともに、右の現役兵とはべつに州兵、予備役兵の約一五万人が湾
岸地域に派遣された。結局、湾岸地域に派遣された米軍兵力は約五五万人に及ぶ。
しかも、米国は、最新のハイテク兵器や世界最高水準の強力な装備を投入した。海軍
は空母一二隻中八隻(うち二隻はイスラエル沖に待機)の空母戦闘群と最新鋭イージス
巡洋艦タイコンデロガ級一六隻中一一隻を投入している。空軍は戦術航空軍団が「見え
ない爆撃機」と言われるステルス攻撃機飛行隊五七機中四〇機投入、またF15E戦闘攻
撃機飛行隊を初めて投入した。陸軍は現役の機甲師団四個をすべて投入し、また一九二
発ミサイルへの同時迎撃能力を持ち、当時世界最優秀とされたパトリオット大隊を参加
させた。
海兵隊は師団及び航空団を各三個有するが、そのうちそれぞれ二個を投入した。
2.イラク軍の戦力
これに対し、イラク軍の戦力は、米軍に比べ、まるで戦争にならない、といわれるほ
ど圧倒的に劣勢であった。
イラクの兵力は、兵員約三〇万人、戦車四二〇〇両、砲三一〇〇門程度であった。し
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かも、イラクはイランとの戦争終結からいまだ二年しか経過しておらず、イラク軍の大
半はその消耗と疲弊から回復できないでいた。空軍は過去において航空兵力を攻撃的に
使用したことはなく弱体であった。電子装備はほとんど米国ものに比べ性能の劣るソ連
製で、しかも技術者は帰国し、スペア部品の入手経路は途絶えていた。また、防空戦闘
機は極めて限られた能力しかなかった。そして、通信傍受、信号傍受といった有効な情
報収集手段を確立し得ていなかった。こうしたことからも明らかなように、両軍には圧
倒的な戦力の差があり、戦う前から戦争の帰趨は明らかであった。
二、多国籍軍の戦闘行動
1.空爆━「砂漠の嵐」作戦
1 史上最大の空爆
現地時間一九九一年一月一七日午前三時、米戦闘機六六八機が七ヵ国からの支援機
を従えて、「史上最も激しい」と言われる空爆を開始した。バクダッド、バスラなど
がこの夜の攻撃目標であった。一四時間の間にのべ一〇〇〇回の出撃が行われ、海上
からも一〇〇発以上のトマホーク・ミサイルが発射された。戦争終了までに、多国籍
軍はのべ一一万機に及ぶ出撃機数を繰り出した。
出撃中の損害は、通常の戦闘訓練中の事故率と同程度のわずか三九機であった。こ
れはもはや戦争とさえ言えない一方的なものであった。
2 ピンポイント爆撃の虚構性
空爆当時、米国は、空爆を「ピンポイント爆撃」と称して、一般市民を巻き添えに
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しない正確な爆撃である旨を盛んに宣伝した。
しかし、事実は、発射された八万八千トンの爆弾のうち、誘導爆弾の割合は一〇パー
セント以下であり、その誘導爆弾も一五パーセントは目標をはずれ市民に多大な被害
を与えていたのである。一月二二日にはミルク工場への爆撃が行われた。また、バク
ダッドのアミリアの防空壕が爆撃され、約四〇〇人の主に女性と子供が死亡した。ま
た、ユーフラテス川橋梁を狙った英国空軍の誘導爆弾二発がレーダー誘導を離れ、住
宅地に落ち、住民及び住居に多大の損傷を与えた。さらに、多国籍軍のレーダー誘導
爆弾がファルジャ市の住宅地に当たり住民一三〇名が死亡したことが報じられている。
これらの民間施設への攻撃は氷山の一角に過ぎない。
2.地上戦の実態
1 イラク軍壊滅の目的
六週間にわたる爆撃により、イラクの前線への補給網は寸断破壊され、南部戦線へ
の物資補給の九〇パーセントが不可能になっていた。イラク軍は消耗し、死傷者も多
く、脱走者が頻発していた。イラク砲兵隊からの反撃は散発的で効果がなかった。部
隊の大半は統制が乱れ戦闘することができなくなっていた。最終的には八万人以上の
兵が捕虜になった。
二月二四日午前四時(現地時間)、「砂漠の剣」作戦と名付けられた地上戦が開始
された。しかし、地上戦が開始したその時すでにイラク軍はクウェート市から撤退を
始めていた。この作戦は、米海軍第二師団キーズ少将が「撤退をなるべく阻止し、イ
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ク軍装備をできるだけ破壊したい。撤退を止めたいのだ」と語っていることからも
明らかなように、イラク軍壊滅が目的だった。
2 「地獄へのハイウェイ」
二月二六日の夜、イラク軍はクウェート市から完全に撤退した。まさにその日、「
地獄へのハイウェイ」と呼ばれるようになる作戦行動が開始された。
海兵隊の航空機は、クウェート市を出たイラク軍用車両の、道路を横切る形で対装
甲車空雷を集中的に投下し、それらの装甲車両を停止させた。その結果、一マイル以
上にわたって装甲車がひしめきあい、二〇〇〇車両以上が数珠つなぎになっていた。
そして、多国籍軍のジェット機は立ち往生していた装甲車に繰り返し猛攻撃を加えた。
こうして、イラク戦車軍を徹底的に破壊した。
地上戦は一〇〇時間で終了したが、その間にイラク兵死者の半数近い五万人が死亡
した。
3 残虐かつ過剰な殺戮
地上戦において、イラク兵が米陸軍により生き埋めにされた。ある地域での戦闘で、
イラク兵八〇〇〇人のうち捕虜とされたのが二〇〇〇名のみで、残りの六〇〇〇名が
塹壕に生き埋めにされた、と報じられている。
また、停戦後の殺戮も存在する。停戦後の三月一日、イラク車両の大軍団からロケッ
ト数発の攻撃があったという名目で、五〇〇両以上のイラク車両が破壊され、二〇〇
〇人のイラク兵が死亡した。多国籍軍の被害は戦車及び装甲車両各一台が損傷をうけ、
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兵士一名がけがをしたに止まっていることからもみられるように、
過剰殺戮であった。
三、イラクの被害の実態
1.兵士の被害
イラク軍兵士の戦死者は一〇万人から一二万人、捕虜となった兵士の数は八万人から
一五万人と推計されている。
八年間にわたるイランとの戦争よりも湾岸戦争での死者の方が多数に上った。
2.市民の被害
イラク・クウェートに向けて一一万回の爆撃が行われ、広島型原爆七個分に相当する
八万八千トンの爆弾が投下された。市民と軍人をあわせ、イラクの一日当たりの死者及
び爆弾一トン当たりの死者はベトナム戦争に二倍以上になった。
爆撃によるイラク市民の死者は二万五〇〇〇人と推定される。しかも、爆撃による死
者の外、イラク都市部の市民生活の基盤が徹底的に破壊されたため、栄養不良や医療シ
ステムの崩壊による四月から七月の死亡者は四万人と報告されている。
空爆によって、交通、公衆衛生、通信という市民生活に密接した分野が徹底的に破壊
された。例えば、イラクの石油産業は五〇パーセントから一〇〇パーセント破壊された。
イラクの復興費用は二〇〇〇億ドルと言われている。
このような徹底破壊はイラクのクウェートからの撤退という目的達成の手段をはるか
に超えており、著しく過剰であった。
3.文化的損害
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イラクは人類最古の文明の発祥地であり、無数の考古学上重要な遺跡が存在していた。
また、バグダッドは二〇世紀におけるアラブの芸術・文化ルネッサンスの中心であった。
多国籍軍の攻撃により考古学遺跡が破壊され、二千年の昔から続いてきたイラクの文化
が灰塵と帰した。
4.環境破壊
米国政府は環境破壊の危険を知っていながら、平和的解決を目ざす交渉を放棄し、そ
の努力を妨害し、イラク空爆を開始し、環境保全に対する予防・管理措置をとらなかっ
た。ペルシャ湾へ流出した原油の量は、七五〇万バレルと考えられている。これにより、
ペルシャ湾はクウェート南部からサウジアラビア沿岸を経て、バーレーンまでが四〇〇
平方マイルの海域にわたり、原油に覆われた。その結果、二万羽の鳥が死に、サウジア
ラビア沿岸の浅瀬の海老養殖場も不毛になってしまった。また、海亀や海洋性哺乳動物
など多くの生物の生存が脅かされた。
また、多国籍軍はイラクの石油施設の多数を破壊した。その結果、油田地帯に大規模
な火災を生じた。これにより、イラン、トルコ、ブルガリア、ソ連南部、アフガニスタ
ン、パキスタン、インド・カシミールのヒマラヤ地方まで火炎の煙が広がり、黒い雨が
降り、農業も脅かされた。
第二 戦争の性格、目的
一、平和解決の可能性
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イラクのクウェート侵攻に関して、国連安保理で強制的な経済制裁に関して決議がなさ
れた。安保理決議六六一(九〇年八月六日)、決議六六五(同年八月二五日)、決議六七
〇(同年九月二五日)である。国連安保理決議の経済制裁は包括的かつ強制的で極めて強
力なもので、イラクに対するその効果は絶大であった。即ち、イランとの戦争後のイラク
の負債額は八八年で八〇〇億ドルであって、イラクは外貨収入の九八パーセントを石油輸
出で上げている。石油輸出を止めてしまえばイラクが干上がるのは目に見えていた。また、
食料の輸入率は約七〇パーセントにものぼっていた。しかも、イラクにとって、唯一の輸
送路はアンマン経由アカバで、これほど経済封鎖しやすい条件はなかった。
その結果、経済制裁は絶大な効果を上げていた。
米軍内部でも、経済制裁を続ければ湾岸危機は終了するという意見が有力であった。
クロウ前統合参謀本部議長はすくなくとも一年から一年半くらい経済制裁を継続すれば、
軍事的手段によらなくてもイラクをクウェ−トから撤退させることができると主張した。
なぜなら、経済制裁が継続されれば、食料や工業製品が供給されなくなるだけでなく、戦
争で使用する航空機やミサイルかどのハイテク製品を支える部品や潤滑油も不足してきて
イラクが戦争をする器材自体乏しくなり経済制裁だけで撤退せざるを得なくなるからであ
る、と主張していた。
クロウ前議長の前任者であるジョ−ンズ元統合参謀本部議長も同様の発言をし、シュレ
ジンジャ−元国防長官も同じような証言をした。軍事専門家ばかりでなく中東専門の元外
交官も多くが軍事的手段ではなく、経済制裁の継続によつて、イラクをクウェ−トから撤
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退させるべきであると主張した。戦争時に米軍の最高司令官であったパウエル統合参謀本部議長も経
済制裁を長期間継続すべきであるという意見であった。まれにみる政治的外交的連合が成立しイラク
が歴史上珍しいほど完全に孤立していること、経済制裁のためにイラクは輸入の九五パーセントと輸
出のほぼすべてが止まっているという情報を得ていたことがその理由だった。
多くの諸国も、経済制裁を続けながら、平和的解決をめざすべきであると主張し、この意見は国際
世論の支持を得ていた。
二、金で買われた「武力行使」決議
多国籍軍側諸国の最大の正当性の根拠は、『国連安保理決議がイラクに対する武力制裁を容認して
いる』というものであった。
ところで、米国政府は、同決議が採択されるよう、公然と収賄・恐喝・圧力行使を行った。決議案
に賛成したエチオピアとザイールには新たな援助と世界銀行からの融資・IMFの融資増額が、コロ
ンビアには米国からの援助増額と軍事援助が与えられた。エジプトは計一四〇億ドルの債務を帳消し
にされた。逆に右決議に反対票を投じたイエメンは米国から年七〇〇〇万ドルの援助打ち切りを即座
に通告され、約九〇万人のイエメン人労働者がサウジから追放された。
もちろん、拒否権を持つ常任理事国のソ連と中国が最大の工作の対象となった。
ソ連は、一九九〇年、米国と始めとする西側諸国の経済援助を得なければ冬が越せない
ほどのたいへんな経済危機に陥っていた。結果として米国は産油国も含めて西側諸国から四〇億ドル
の経済援助を引き出してソ連に提供した。ソ連はその結果、一一月二九日の六七八安保理決議につい
て賛成にまわった。サウジアラビア及びクウェートなどの湾岸産油国がソ連に対して三〇億ドルの経
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済援助を決定したのは、右決議採択と同時であった。中国に対する説得工作も同様であった。中国は
八九年の天安門事件以来、世界的に批判にさらされ、米国を中心とする西側諸国から経済制裁措置を
取られていた。
米国は中国に対して安全保障理事会での態度如何では経済制裁措置を解除するという取引きを迫っ
た。米国は中国外相を安保理開催と結びつけてワシントンに公式招待し、その席上、中国との関係改
善の政策転換を告げると同時に、世界銀行を通じて一億一〇〇〇万ドルの借款を提供する約束をした。
こうした働きかけの結果、中国は決議採択で棄権した。
デクエヤル国連事務総長自身、九一年九月の事務総長年次報告のなかで戦争にいたる過程での安保
理の活動に疑問を呈し、「安保理事会が国家やその連合体に武力の行使を認めたことは国連憲章第四
二条を正確に遵守したものとはいえない」と述べているほどである。
三、米国の戦争目的
あくまで戦争に固執した米国の意図と目的はどこにあったのか。それはソ連の崩壊を米軍の中東常
駐の絶好の機会と考え、石油資源の支配による圧倒的な勢力を構築することであった。
米国の中東湾岸における戦争準備は、一九八〇年以来進められてきた。そのスタート台となったの
は、八〇年一月、当時のカーター大統領が創設したカーター・ドクトリンであった。カーター・ドク
トリンは「湾岸地域における紛争を米国の死活的利害に対する脅威と見なし、武力を含むあらゆる方
法で介入する」ことを米国の中東湾岸戦略の核心とした。そしてこの戦略にもとづき、中東湾岸へ緊
急に派遣する「緊急展開軍」を創設し、中東湾岸戦のための軍備増強を開始した。
緊急時の空輸作戦から海上輸送力の確保、軍需物資の湾岸地域への事前集積などの準備体制はもち
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ろん、湾岸での港湾条件の悪さを克服する独特の水陸両用車の大量建造や化学生物戦争用物資の調達、
化学戦準備医療施設や一万個以上の負傷者用ベットの確定などの厳密な戦争計画にもとづく戦争準備
を着々と進めていた。
このような態勢下にあった米中東軍にとって、クウェートへのイラク軍の侵攻を軍事力で排除する
ことは、創設以来の任務として与えられていたものといえる。
実際、湾岸戦争によって米国はサウジアラビア、クウェート、アラブ首長国連邦をその影響下にお
くことができた。この三ヶ国の石油埋蔵量は世界の四四パーセント、生産量はクウェートが軌道にの
ればOPEC(石油輸出国機構)の生産量の六〇パーセント以上におよぶ。またサダーム・フセイン
の軍事力をほとんど壊滅させ、イラクの経済基盤となる交通、電気、工業を破壊した結果、イラクは
今後数十年間、隣国への脅威を与えることはなくなった。イラクの軍事力を破壊することにより、米
国の利害に対する脅威は排除されたのである。そしてサウジアラビアなど三国の現政権が続く限り、
米国の湾岸での致命的利害は脅かされることはなくなった。
第三 湾岸戦争の国際法違反性
一、湾岸戦争の国際法違反性を判断すべき理由
戦争と平和にかかわる国際法の歴史は、戦争に駆り出され、戦争により殺される側の民衆の声が、
国家の戦争の自由を縛る歴史であった。
換言すれば、国際法は、国家間の関係を規制するものから、人類一人一人を平和に生きる権利を持
つ人間として尊重し、「人殺しに加担させられない社会」へ向けて、展開してきた。
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湾岸戦争における多国籍軍の戦争行動が国際法に違反しているかどうかを検証することは、日本の
戦争協力の法的評価を確定するうえで重要な意味をもっている。
二、安保理六七八決議の成立上の瑕疵
米国などは、多国籍軍の戦闘行動について、「武力行使容認決議」といわれる国連安保理決議第六
七八号に基づいて行われた戦争であって適法な行為であるとしているが、この決議の効力については
様々な問題がある。
1.まず決議成立に関する手続上の問題点がある。国連憲章第二七条第三項は国連安全保障理理事での
手続事項以外のすべての表決は、「常任理事国の同意投票を含む九理事国の賛成投票によって行わ
れる」と規定しているが、右決議の採択の際、常任理事国である中国が棄権しており、「棄権」が
「同意投票」ではない以上、右決議がその成立について、本条違反により無効である。
2.また、六七八決議は九〇年一一月二九日に、賛成一二、反対二、棄権一で『採択』されたが、こ
の『採択』を得るため、米国が常任理事国はもちろんのこと、すべての理事国をあるいは利益供与
をもって、あるいは援助打ち切りの恫喝をもって決議を「買い取った」ことは前述したとおりであ
る。従って、仮に形式的には六七八決議が有効であったとしても、その『採択』手続の実態を直視
すれば、むしろ決議の成立の有効性については重大な疑義があると言わざるを得ないのである。
三、戦争開始そのものの規制違反
1.国際法による戦争の法的規制の方法には、大きく分けて「戦争開始そのものを規制するもの」と、
戦争中における戦争方法を規制するもの(武力紛争法ないし国際人道法)がある。
湾岸戦争はまず、戦争開始そのものを規制する国際法に違反する。
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国連憲章は、第二条三項及び四項で国家の武力行使の原則的禁止を宣言している。その例外は、
国連憲章上、第四二条以下で定める国連自身が行う軍事的強制措置または第五一条で定める個別的
集団的自衛権の行使しかない。
2.では、安保理六七八号決議による本件武力行使が武力行使が許される場合にあたるか。
まず、安保理六七八決議に基づく本件武力行使を国連憲章第四二条に基づく国連自体の武力行使
とは考えられない。なぜなら、右安保理決議では国連憲章第四二条を根拠規定としていないし、国
連の武力行使のために設置されることになっている第四三条の軍事参謀委員会が設置されていない
からである。
また、本件武力行使は個別的集団的自衛権の発動とも考えることもできない。なぜなら、安保理
では侵略されたクウェートの自衛権の発動という議論は全くされていないからである。
3.六七八決議は内容上にも非常な問題点がある。国連憲章は六章で紛争の平和的解決を大原則とし
ており、非軍事的措置が不十分であるとき初めて軍事的措置に移行しうるとしている。
右決議が『採択』された当時イラクに対する経済制裁は有効に機能していたのであるから、非軍
事的措置では不十分という要件を満たしていないからである。
4.以上の点から、多国籍軍による本件武力行使は、国際法上開始を許されないものであることは明
白であり、これに加担した日本政府の行為もまた国際法上違法である。
四、多国籍軍による武力行使の武力紛争法違反
1.前述のように、武力紛争においては、紛争当事者が選ぶ戦闘の手段と方法も様々に規制されてい
る。
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戦闘の手段方法に関する一般原則として、軍事的必要を越えて不必要な苦痛を与える性質をもつ
兵器や戦闘方法が禁じた均衡性の原則が定立されている。「陸戦の法規慣例に関する条約」(以下
「ハーグ陸戦法規」)二三条及び、国際法武力紛争の犠牲者の保護に関する条約(以下「第一追加
議定書」という)三五条二項などが、この原則を定めている。また、戦闘員と非戦闘員、軍事目標
と被軍事目標は区別され、それぞれ後者は敵対行為の直接の影響から保護しなければならない、と
定めている。これは軍事目標主義と命名されている。ハーグ陸戦法規二五ないし二七条、「戦時海
軍力を以てする攻撃に関する条約」、第一追加議定書四一条、四八ないし六〇条、「戦時における
文民の保護に関する一九四九年八月一二日のジュネーブ条約」一四ないし一五条などがこの原則を
定めている。
2.ところが、前述したように米国の戦争目的は軍事力を壊滅し、イラクの国力を低下させることに
あり、クウェートからの撤退には不必要な大量破壊を繰り返したのである。
多国籍軍の武力行使は、均衡性の原則に違反し、軍事目標主義にも違反している。
また、多国籍軍は、イラクの核施設も攻撃している。これは、危険な威力を内在する工作物への
攻撃を禁じた第一追加議定第五六条に違反する。さらに、油田施設への攻撃は戦闘において長期的
かつ深刻な損害から自然環境を守るとする第一追加議定書第五五条違反である。
しかも、前述したいわゆる「地獄へのハイウェイ事件」の如き、イラク軍を封じ込め、猛攻劇に
よる徹底的な殺戮は投降兵や傷病兵など戦闘外にあるものに対する攻撃を禁じた第一追加議定書第
四一条の明白な違反である。
3.そのうえ、このような武力行使は、イラクのクウェ−トからの撤退を目的とする六七八決議自体
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に違反する。右決議が目的とするところは、イラクのクウェ−トからの撤退及びクウェ−ト国民の
解放という点に尽きる。ところが、多国籍軍の武力行使は六七八決議の右目的に必要な範囲をはる
かに越えていることは、極めて明白である。
そもそも、イクラ本土への攻撃自体、右決議が容認しているとは到底考えられない。以上のよう
なに多国籍軍の武力行使は、六七八決議によって合法としうるものでは全くなく、国際法上の根拠
を全く欠いた違法な武力行使であること明らかである。
五、結論
以上にのべたように、多国籍軍の武力行使は国連憲章など国際法に違反する重大な違反行為である。
国際法に違反する多国籍軍の武力行使に加担した日本政府の行為も、国際法に違反していると評価さ
れることになる。
第三章 平和的生存権に関する憲法解釈の誤り
一、平和的生存権に関する原判決及び原判決がほぼ全面的に支持した一審判決(以下単に原判決と略す)
は憲法九条の解釈において、憲法九条に基づく国の憲法上の責務を認めながら、平和的生存権の具体的
権利性を否定することによって上告人の請求を棄却し、その理由として本件において上告人の権利侵害
の内容が確定できない、として上告人の権利性を否定した。
これは以下に検討するように憲法解釈を誤ったものである。
二、原判決は平和的生存権について、その前文における構成の仕方、及び、第九条、第九八条二項を関連
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させたうえで、
「右のような規定は、憲法が国民と国(公権力。以下同じ。)との関係において、国に対し、平和
の維持を国民に対する関係において義務づけていると解することができ、これを国民の側から言えば、
憲法上、国民は、国に対し、平和を維持するように要求することができる権利(これを、仮に、「平
和的生存権」と命名することもできよう。)があると表現することも、権利の意味を広く解する立場
からすると不可能ではない。(もっとも、同権利が原告主張のように、裁判規範性を有する具体的権
利といえるかどうかは、さらに検討を要するので後述する)」
と総論を明確に肯定した。
その上で、各論否定の理由を次のように論じている(なお、右裁判では納税者基本権をも根拠として
いるので、それに対する判断も同列に記載されている)。
「憲法上、国民が国に対する関係で、平和的生存権や納税者基本権を有するということは、同権利
が、民事裁判における不法行為に基づく損害賠償請求を可能ならしめる根拠となる裁判規範性を有す
る具体的権利としても首肯できることを直ちには意味しない。
なぜなら、前記のとおり、憲法は、本来国が国民に対し、国民の人権、権利を保障し、もって個人
の尊厳を守ることを目的とするものであるから、総論として、右二ならびに三にいう平和的生存権及
び納税者基本権が憲法上保障されていると解することには異論がないとしても、各論として、国が国
民に対する関係において、憲法上義務づけられている平和を維持するということ、及び憲法に適合す
るところに従って租税を徴収し、かつ、使用するということの具体的中身に何を盛り込むかは、もっ
とも重要な政治課題であって、各政党、各界において多様な考え方があり、一義的に明確なものとい
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えない(ある行為が一義的に明確なものといえない場合の国家賠償法上の問題点の指摘について、場
面は異なるが、最高裁昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁参照)こ
とは、戦後の歴史を紐解いても、また、国政選挙及び日々の政策課題を見ても明らかであるからであ
る。この理は、個人の尊厳を保障する上での必要不可欠な人格的利益を広く保障しようとする憲法一
三条の趣旨を参酌しても左右されない。
換言すれば、右にいう平和的生存権や納税者基本権を裁判規範性を有する具体的権利として、同権
利の侵害を理由に裁判所による損害賠償による救済を求めるには、その前提として、だれに対するど
のような事実があればその権利の侵害があったといえるか(成立要件)、だれに損害賠償を請求でき
るか(主体)が明確でなければならないところ、右にいう平和的生存権及び納税者基本権は、そのい
ずれの点においても明確とはいい難く、その外延(右にいう平和的生存権や納税者基本権という概念
を適用して損害賠償の有無を巡る法的紛争を解決すべき範囲)を画することができない曖昧なもので、
損害賠償法上救済の対象とし得べき現実的、個別的内容をもった権利とは未だいえないから、これを、
国家賠償法一条一項に基づき、損害賠償による法的保護を与えなければならない権利に当たると解す
ることはできず、同条項にいう損害が発生したということはできない。」
さらに、慰謝料請求権について、
「原告は、本件財政支出及び掃海艇等の派遣によって、原告の「加害者とならない権利」、「殺さ
ない権利」(戦争、人殺しに加担したくないとの良心や信念等)が侵害されたとも主張して、被告に
対し、慰謝料の支払いを請求するもので、さらに検討するに、多数決原理の働く代表民主制、議員内
閣制の下において、一般的に、国が決定した政策の施行には、反対意見者の存在が当然に予定されて
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いるから、その施行により、反対意見者が精神的苦痛を受けたとしても、それは、特定の個人が一般
的に受忍を予定されておらず、かつ、他の人と明確に識別可能な特別の精神的苦痛を受けたような特
段の事情がない限り、一般的に受忍を予定されている限度内のものに該当するというべく、その苦痛
を免れるためには、自由な言論、政治的活動により、反対者が多数派を形成することによって克服す
ることが期待されていることであり、しかも、それで足りると言うべきである。」 としている。
三、原判決の問題点は主に次の二点である。
1.第一に、平和的生存権の各論について「憲法上義務づけられている平和を維持するということ」「の
具体的中身に何を盛り込むかは、最も重要な政治課題であって」と述べ、したがって、「各政党、各界
において多様な考え方があり、一義的に明確なものといえない」と言う。
まず、「重要な政治課題」であることはそのとおりであるが、原判決は、そのことから「一義的に明
確ではない」と言う結論を導き出しているのは端的にいって誤魔化しである。憲法や法律の範囲内にあ
る政策の当否を問題にしているのではない。これは憲法解釈の誤りである。
2.第二点は、「自由な言論、政治的活動により、反対者が多数派を形成することによって克服すること
が期待されていることであり、しかも、それで足りると言うべきである」と述べている点である。
この問題は民主主義と司法審査の問題であるが、原判決の立場は前記「重要な政治課題」と同一面に
おいて位置づけられ、要するに、政策の当否の問題に貶めているが、むしろ、この問題は民主主義の機
能が働かない場合の基本権訴訟の妥当性の問題であることをここで指摘しておきたい。
原判決の積極的な側面は「特定の個人が一般的に受忍を予定されておらず、かつ、他の人と明確に識
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別可能な特別の精神的苦痛を受けたような特段の事情」を慰謝料請求権成立の可能性として言及したこ
とである。この点は憲法訴訟における議論を一歩前進させるものとして積極的な意義を有するものと考
える。
四、平和的生存権の具体的内容と政治課題
1.平和的生存権は白地規定ではない。
(1)原判決が、総論で肯定した平和的生存権について、その各論としての具体的内容が「最も重要な政
治課題で一義的でない」と言うのは誤りである。
(2)訴訟の対象物(本件では九〇億ドル支出及び掃海艇の派遣)が重要な政治課題であるというのは正
しいが、平和的生存権の「具体的内容」が政治課題によって初めて規定されるというのは誤りである。
平和的生存権の具体的内容は、まず、憲法規定によって観念的に定まっている。観念的というのは、
表現の自由をとってみても、社会における具体的事実が発生するまでは観念的というのと同じことで
である。
日本国憲法は平和的生存権を前文で述べているが、この前文だけであれば原判決の述べるとおりで
あろう。しかし、日本国憲法の特殊性は、そして、歴史的に画期的な特色はその第九条に存在してい
る。法はその全体を一体として理解するという当たり前の解釈論によっても、「前文」だけが他の規
定と切り離されて存在しているのではなく、また、「第九条」も前文と切り離されて存在しているわ
けではない。日本国憲法の規定している平和的存在権は、第九条に規定された「戦争放棄、戦力不保
持」による平和という内容に定まっている。
一般的に「平和を維持する」と規定しているのではない。一般的に「平和を維持する」だけであれ
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ば、原判決のように、あと具体的にどのように平和を維持するかは政策の多様性によるものであって、
これは確かに一義的であるはずがない。なぜなら、政策の問題であるからその時々で政策は変化する
し、極端な例では ―極端といっても歴史的には存在したように― 「平和をとなえて戦争もした」
のであって、その内容が特定されないというのはそのとおりであろう。
(3) しかし、日本国憲法は従来政策の問題(戦争と平和の問題は主権国家の専権)とされていたこの戦
争と平和の問題について、「戦争放棄・戦力不保持」をもって平和を維持するというその手段まで厳
格に規定したものであって、平和的生存権は右手段によって維持される平和的生存権であるという内
容は観念的に定まっている。右以外のもっと広い平和的生存権は保障されていないと言うべきである。
抽象的な議論をするとすれば、「平和を維持する」という意味だけであるとすると、強力な武力を持っ
て、他国から攻撃を受ける可能性を一切遮断するという方法でも平和を維持することはできるであろ
うが、この方法による平和的生存権は保障されていない。むしろ、憲法はこの他国からの攻撃の問題
については「諸国民との協和による成果」をうたい、「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地
上から永遠に除去しようと努めている国際社会において名誉ある地位を占めたいと思ふ」と決意して、
第九八条二項で国際協調を規定することにより、戦争自体を防止する立場に立って他国からの武力に
よる攻撃を回避する方法をとっている。
(4) 以上から、平和的生存権をもって手段や方法を問題にしない単なる「平和を維持する国家の義務」
と規定した原判決は誤りである。
2.平和的生存権の具体的内容
(1)権利の内容は、法文規定ならびに立法事実からまずは観念的に定められる。憲法の平和的生存権は
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その「前文」と「第九条」の法文解釈と、憲法が生まれた段階における立法事実、つまり第二次世界
大戦の未曾有の破壊と犠牲という眼前の事実から、「戦争放棄・戦力不保持」以外には恒久的な平和
を維持することができないとの確信から規定されている。
(2)ここから、平和的生存権は「戦争放棄・戦力不保持による平和を保障される権利」と規定すること
ができる。右権利は全国民に保障されているという意味は、表現の自由が全国民に保障されていると
いうのと同じことである。
では、次に、右侵害はいかなる国家の行為によって侵害といえるかが問題となる。右に規定した平
和的生存権が侵害されたというためには「平和」が侵害されなければならないが、平和が権利として
保障されるという意味は、戦争になってしまえば保障されていないわけであるから、右にいう「平和
の侵害」とは「平和が侵害される現実的危険性」が含まれなければ意味がない。
(3)「平和が侵害される現実的危険性」は軍事行動がなされれば、現実に戦闘行為が発生しなくても、
軍事行動を可能にする戦費支出も、「現実的危険性」を発生させると言える。軍事行動は偶発的誘因
によっても戦闘行為に発展するという軍事行動自体の性格から右危険性を認定できるし、軍事行動は
それ自体として武力による威嚇であって、戦争放棄による平和を侵害しているからである。
(4)以上のことから、本件九〇億ドル支出及び掃海艇の行動は軍事行動であって、「平和が侵害される
現実的危険性」を発生させたのであるから、右に規定した平和的生存権を侵害している。
(5)次に、では「誰の平和的生存権」を侵害しているのかの問題に移る。
まず、抽象的には全国民の平和的生存権を侵害している。戦争と平和の問題は国家的行為であるか
ら、その侵害の及ぶ範囲は全国民に及ぶことはむしろ当然と言わねばならない。
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しかし、このことと現実に訴訟を提起しうる請求権として成立するかどうかは、また別の段階の議
論が必要である。権利として成立するというためには単に侵害が全国民に及ぶからといって全国民が
直ちに訴訟上の請求権を有するとはいいがたい。
平和的生存権は歴史的に新しい権利であり、憲法上の権利を有するのはまず日本国民であることは
明らかである。少なくとも具体的権利まで有しているのはまず日本国憲法の適用範囲内の国民・住民
といえるであろう。このような、全世界的な歴史的段階という中でみると、「平和的生存権」は生成
中の権利と意識される。
このような世界的な意味で歴史的段階にある権利については、意識において自覚されなければ生成
しない。百歩譲って、自覚されなくても客観的に権利は成立しているという言葉が事実であっても、
自覚されなければ法の場にあらわれ出ることはなく、「現象しない権利」ともいうべき不能な権利で
ある。
したがって、裁判上請求できる権利というかぎりは、自らの権利を侵害されたという認識・自覚を
もち、かつ、侵害された権利を回復することを主張する者にしか現実には権利として生成しない。
(6)以上の観点から原告適格の判断がなされるべきである。
従来から、本件訴訟人は、長年にわたって護憲運動に関わり、その活動に参加してきた者であって、
本件九〇億ドル支出及び掃海艇派遣により自らの権利が侵害されたことを自覚し、その回復を求める
者であることを主張してきた。
今この点を、前述してきた権利性と一致させて述べれば、正に上告人にこそ平和的生存権侵害によ
る権利回復を裁判上請求する資格を有するものということができる。上告人は国民一般ではない。国
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民一般と明確に識別できる人格を有しており、掃海艇派遣による精神的苦痛は「他の人と識別して」
特別の精神的苦痛をうけている者である。
原判決は「他の人と明確に識別可能な特別の精神的苦痛を受けたような特段の事情」をもって慰謝
料請求権成立の要素としているが、本件上告人は右用件を充足していると言うべきである。
五、平和的生存権の具体的権利ないし利益の内容について
原判決が個別的権利としての平和的生存権を認めないので、その反論のために、平和的生存権が多様
な具体性を持つことを次に明らかにする。
浦田賢治教授によれば、戦時、武力紛争が発生した時点と、そうでない平時とに分けて、平和的生存
権は権利、利益として具体的にどのような態様において侵害されるかについて次のとおり考察されてい
る。
(1) 戦時の場合は、具体的に戦争によって他人から自分が殺されない権利(生命に対する権利)、戦
争におい自分が人を殺さない権利(生命尊重に関する自由権)
(2) 平時の場合は、戦争において他人が人間を殺すことが許されてはならないとする道徳的要求(平
和を求める公的良心)、平和を求める言動が保障されるべきだという権利(表現行為の自由)
(3) 歴史的事例としては、市民的不服従の自由の権利、その具体的権利としての、兵役の拒否の権利
(憲法一八条、一九条)、軍事徴用(軍事収用)を拒否する権利(憲法二九条)、戦費の負担を拒
否する(憲法十三条、二九条、八五条)、抵抗権としての、軍事秘密の守秘義務違反行為(内部告
発行為)についての違法阻却の権利(憲法十一条、十二条)、軍事的公務の執行に対する抵抗行為
についての違法阻却の権利(憲法十一条、十二条)
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(4)平和的生存権の具体的利益は、平和を希求する特定の人々のための市民不服従の自由と抵抗権の行
使として享受することができる。これに連なる諸個人の平和的生存権の様々の具体的利益のなかの一
つとして、平和原則を侵害する公権力による特定の人々の精神的損害の補償などを平和的生存権の具
体的態様として示されている。
このような憲法解釈につき真摯の努力を重ねることによって、平和的生存権の多様な内容は充填さ
れ、具体的権利性を明らかにすることが可能なのである。
それを原判決のように、具体的権利性に関する憲法解釈上の検討をする意思を初めから放棄した上
で、平和的生存権は「権利を実現する手段や方法が多様であり特定されていない」から具体的権利性
を認められないと結論づける態度は、「憲法的」でもなければ「良心的」(憲法七六条三項)でもな
く、逆に反憲法的であり、非良心的である。
六、平和的生存権の憲法上の意義について
平和的生存権についての憲法的な考察態度を怠ると、必然的に原判決のように憲法解釈の誤りに陥るの
である。この誤りに陥らないためには、日本国憲法が、戦争に対する抑制機能のない明治憲法の基本的欠
陥の是正のために、平和的生存権の概念を導入した具体的な憲法的・法律的意義についての考察が不可欠
である。
この点につき、星野安三郎教授は次のように考察を進めるのである。
フランス革命人権宣言における近代国家の権利保障の人権は、自由権的基本権から社会権的生存権、そ
れから平和的生存権へと歴史的に発展し、日本国憲法は最後の平和的生存権を軸として存在する。この権
利は具体的には第九条の戦争放棄・軍備禁止によって保障される。なぜなら、戦争放棄・軍備禁止によっ
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て、国民は戦争目的や軍事目的のために、思想・良心・言論・表現・人身の由や財産権を制限侵害される
ことがなくなったからである。すなわち、兵役の義務・国防に協力する義務から解放され、人的力や物的
富のすべてを、自由で豊かで平和な社会を建設するためにだけ使用することを保障されたからである。平
和的生存権は具体的には兵役の義務を規定した明治憲法とそれに伴う軍事立法の廃止によって保障された。
すなわち、兵役法及び同施行規則・徴発令馬籍法・同施行規則・鉄道軍事供用令・国家総動員法・国民徴
用令・土地収用法(改正前)・国民体力法・防空法・軍機保護法・刑法(改正前)などの廃止または改正
によって、徴兵検査や戦争と軍隊に必要な体力向上のための体力検査を受けたり、家族や友人を戦場に送
るため役場に届出をしたり、持馬を軍馬として徴用されたり、土地や建物を接収されたり、軍事機密を守
るため言論出版・報道の自由を制限されることから解放されたのである。こうして戦争と圧制の恐怖から
免れて「平和に生きる権利」が保障された。現に戦争はなくても、絶えず戦争の脅威におびえ、それに備
えて不気味なサイレンの下、防空演習を強制されるところに平和な生活はない。自国が戦場にならなくて
も、他国の戦場に自分の夫や恋人が兵隊としてつれて行かれる心配が絶えずあるところに平和な生活はな
い。演習場などのために農地が接収されるという不安があるところには平和な生活はない。したがって、
こうした不安や恐怖から解放されて平和な生活を確保するためには、自国が関係する国際紛争を解決する
手段としてはもちろん、自国の関係しない国際紛争にも戦争や武力によって解決することを放棄せねばな
らず、そのために一切の軍備を禁止せねばならなくなるのである。
一九七七年に発表された星野安三郎教授の右のような平和的生存権の憲法上の具体的な意義と豊富な検
証は、平和的生存権の内容の豊かさを生活のなかで具体的に実感することができるのである。
このなかで特に注目すべきことは、平和な生活を確保するためには、「自国の関係しない国際紛争にも
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戦争や武力によって解決することを放棄せねばならず、そのために一切の軍備を禁止せねばならなくなる」
と言及されている部分である。
右論文を執筆した一九七七年当時において、中東地域で発生した米国(多国籍軍)とイラクとの戦争に
日本政府が協力して米国のために戦費を支出し掃海艇を派遣することなど夢にも予想されなかった時代に
おいて、あたかもこれを予見していたかのごとく、星野教授はすでに「自国の関係しない国際紛争にも戦
争や武力によって解決することを放棄しなければならない」と、平和的生存権に基づき指摘している先見
性に注目しなければならない。真摯に日本国憲法の平和主義の原則の実効性について研究し続けた研究者
としては、民衆は「平和を欲しがり」、権力者は「戦争をしたがる」という人類社会の不変の鉄則を的確
に見抜いていたのである。すなわち、憲法九条において戦争放棄・戦力不保持を規定していても、権力者
はやがてこの規定をかいくぐり、他国の戦争に関与するであろうことを予見して、それは絶対に許されな
いことを「平和に生きる権利」の立場に立って、根拠づけているのである。
このように平和的生存権の権利性の内容は極めて豊富であり、戦争の連続であった人類史のなかで国際
紛争を武力で解決しないという歴史的段階に進むための重要な法的手段としての権利として、平和的生存
権は憲法上その実効性が確保されるように要請されているのである。
第四章 納税者基本権について
原判決と原判決が一審判決は、納税者基本権について、次のように判断した。
「国民(納税者。以下同じ)と国との関係において、単に国民の納税者義務を定めただけでなく、国に
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対し、租税を、憲法に適合するところに従ってのみ徴収し、かつ、使用すべきことを義務づけていると解
することができ、これを国民の側からいえば、憲法上、国民は、国に対し、租税を、憲法に適合するとこ
ろに従ってのみ徴収し、かつ、使用するように要求する権利(これを、仮に、「納税者基本権」と命名す
ることもできよう。)があるというべきである」と一審は、はっきりと納税者基本権を認めている。そし
て原判決は「…………いうべきである。」を「………表現することも、権利の意味を広く解する立場から
すると不可能ではない。」と一審よりやや消極的な判断をした。
右判断は、憲法の基本原理である諸規程から導き出されるきわめて常識的な見解である。憲法違反の使
用のために徴税することが許されるべきではないことは当然であり、また国民の権利保障と立憲主義基本
原理とする憲法からすれば、国民は国に対し、自ら支払った税金を憲法違反の目的に使用しないよう要求
する権利があるとの解釈は、きわめて普遍的なかつまっとうな解釈である。こうした解釈が定着していく
ことが、憲法政治の健全な発展に資することになる。税金の徴収と使用をめぐる国と国民とのこのような
基本関係を確認した。
しかし原判決は結論的には「総論として、国民の平和的生存権及び納税者基本権が憲法上保障されてい
ると解することは異論がないとしても、各論として、国が国民に対する関係において、憲法上義務づけら
れている平和を維持するということ、及び憲法に適合するところに従って租税を徴収、かつ、使用すると
いうことの具体的中身に何を盛り込むかは、最も重要な政治課題であって、各政党、各界において多様な
考え方があり、一義的に明確なものといえないことは、戦後の歴史を紐解いても、また、国勢選挙及び日々
の政治課題を見ても明らかであるからである。」として上告人の裁判規範性を有する具体的権利として認
めない判断をした。
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原判決の憲法解釈の誤りについて第三章で明らかにしたとおりである。また裁判規範性については次に
述べる。
第五章 上告人の精神的苦痛は法的保護に値する利益である
原判決及び一審判決は、平和的生存権と納税者基本権の権利性を総論として認めた。しかし裁判規範性
を否定した。これらの権利が実定法上の権利として確立されたと言えないとしても、それだけで被上告人
国の不法行為が成立しないと即断することはできない。これらが法律上保護されるべき利益として、これ
を侵害した場合には不法行為法上の損害賠償の対象とされるか否かを検討しなければならない。
しかし、原判決及び一審判決は、国の湾岸戦争加担行為(戦費の負担と掃海部隊の派遣)により上告人
が被った極めて重大な精神的苦痛を「公憤ないし義憤である」として損害賠償を認めなかった。これは国
家賠償法第一条第一項の解釈を誤ったものであり、判決に影響を及ぼすことが明らかである。
一、国家賠償法第一条第一項の「違法に他人に損害を加えたとき」の意義
1.権利侵害から違法性へ
国家賠償法は、民法第七〇九条の特別法として昭和二二年に制定された。民法第七〇九条は不法行為
の要件を「故意又は過失により他人の権利を侵害したる者」と規定している。かつて判例は、「権利」
を侵害しない限り不法行為は成立しないと解していたが、大正末期の「大学湯事件」判決において、
大審院は法律上保護される利益であれば、その「侵害に対し不法行為に基づく救済を与えるべきである」
とした。この判決を嚆矢として判例は、法律上保護すべき利益の侵害に不法行為の成立を認め、学説も
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これを承認して不法行為の成立要件を「権利侵害」から「違法性」と解して今日に至っている。
そして、昭和二二年に制定された国賠法は右のような判例・学説の見解を受け入れ損害賠償の成立要
件として「権利侵害」の要件を捨て「故意又は過失により違法に他人に損害を加えたとき」という言葉
で表現したのである。
2.違法性の判断基準(相関関係説)
不法行為の成立要件が「権利侵害」から「違法性」へと変わり、どのような場合に「違法性」が認め
られるのかが次の課題となる。この点については、「相関関係説」が判例・学説で承認されている。つ
まり、違法性の有無の判断は、被侵害利益の種類と侵害行為の態様との両者の相関関係において考察す
べきであるとするものである。
被侵害利益が強固なものであれば、侵害行為の不法性が小さくても加害行為に違法性があることにな
り、被侵害利益があまり強固なものでない場合は、侵害行為の不法性が相当大きくなければ加害行為に
違法性が認められないということである。
本件で問題とされている平和的生存権と納税者基本権の内実である戦争に加担しないで平和に生きた
いという上告人の思い、人殺しには加担したくないという信念、自分の納めた税金を人を殺すための戦
費に使用することを絶対に拒否したいとの切実な願いなどは、これらが平和的生存権、納税者基本権と
して憲法上保障されているかどうかとは別に、不法行為上の被侵害利益として保護するに値する利益た
り得るかどうかを検討しなければならない。それとともに、これを侵害する国の侵害行為がいかなる態
様のものであったかを詳しく検討し、その上で不法行為が成立するか否かを総合的に検討しなければな
らないのである。
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3.国の侵害行為の態様
上告人が国の侵害行為として主張したのは、戦費として使用されることが明らかな九〇億ドルの多国
籍軍への拠出と自衛隊掃海部隊のペルシャ湾への派遣である。
第二章において詳述したとおり、我が国が戦費を負担し掃海部隊を派遣した湾岸戦争が、その手続に
おいても戦闘行動そのものも国際法に違反していることは明らかであり、またこのような戦争に加担し
たことは戦争を放棄し恒久平和主義を基本原理とする憲法に違反することは明白である。
しかし、原判決及び一審判決はこれについての判断を一切していない。
4.法的保護に値する被侵害利益
上告人の「戦争に加担しないで平和に生きたいという思い」「人殺しに加担したくないと言う信念」
「自分の納めた税金を人を殺すための戦費に使用することを絶対に拒否したいとの切実な願い」が、法
的保護に値するか否かを検討するにあたり、従来どのような権利、利益が不法行為法上の保護に値する
ものとして認められてきたかを見てみることとする。特に本件との関連では人格権あるいは人格的利益
名誉・名誉感情等が保護されるべきであるかが参考になる。
上告人が侵害されたとする右の思いや信念、願いは上告人の内心の感情であるが、これが国の戦争加
担行為により侵害され、極めて大きな精神的苦痛を与えられたと主張するものである。
原判決は上告人のこれらの内心的感情、精神的苦痛は保護するに値しないとしたが、この判断は次に述
べるとおり誤りである。
(1) 自衛官合祀訴訟事件の最高裁大法廷判決(昭和六三年六月一日)において、多数意見は「人が自己
の信仰生活の静謐を他者の宗教上の行為によって害されたとし、そのことに不快の感情をもち、その
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ようなことがないよう望むことのあるのは、その心情として当然であるとしても、かかる宗教上の感
情を被侵害利益として」法的救済を求めることはできない、「原審が宗教上の人格権であるとする静
謐な宗教的環境の下で信仰生活を送るべき利益なるものは、これを直ちに法的利益として認めること
ができない性質のものである」とした。
しかし、伊藤正巳裁判官は「本件は、国の行為によって精神的苦痛を受けたとして被上告人の提起
する不法行為に基づく損害賠償請求訴訟であり、のちにみるように信教の自由、政教分離のごとき憲
法上の論点を含むものであるが、その争点は、不法行為責任の有無であり、結局、被侵害利益と侵害
行為の相関関係に於いて絞殺する必要のある問題であると言わなければならない」としたうえ、「私
は、現代社会において、他者から自己の欲しない刺激によって心を乱されない利益、いわば心の静穏
もまた、不法行為法上、被侵害利益となりうるものと認めてよいと考える。この利益が宗教上の人格
権あるいは宗教上のプライバシーということもできるが、それは呼称の問題である。これを憲法一三
条によって基礎づけることもできなくはない。私は、そのような呼称や憲法上の根拠はともかくとし
て、少なくとも、このような宗教上の心の静穏を不法行為法上の法的利益として認めれば足りると考
える」とする少数意見を付している。そして更に「被上告人がキリスト教信仰によって亡夫を宗教的
に取り扱おうとしているのに、合祀の結果その意に反して神社神道の祭神として祀られ、鎮座祭への
参拝を希望され、事実に反して被上告人の篤志により神楽料が奉納されたとして通知を受け、永代に
わたって命日祭を斉行されるというのは、まさに宗教上の心の静穏を乱されるものであり、法的利益
の侵害があったものといわねばならず、県護国神社への合祀は、被上告人に対し、せいぞい不快の感
情を与えるものにとどまるもので法的な利益の侵害がったとは認められないとするのは適切でない」
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とした。
不法行為法の観点からすると、多数意見よりも伊藤裁判官の少数意見の方が説得的である。
(2) 次に、水俣病患者のいわゆる「お待たせ訴訟事件」につき最高裁第二小法廷判決(平成三年四月二六
日)は、この伊藤裁判官の考えを多数意見として認めた。
すなわち「早期の処分により水俣病にかかっている疑いのまま不安定な地位から早期に解放されたい
という期待、その期待の背後にある申請者の焦燥感、不安の気持ちを抱かされないという利益は、内
心の静穏な感情を害されない利益として、これが不法行為法上の保護の対象になりうるものと解する
のが相当」と判示した。
「内心の静穏な感情を害されない利益」を法的保護に値する利益として認めたものであり、人の「内
心の静穏な感情」を法的利益として最高裁が認めたのは本判決が初めてである。
二、上告人が被った精神的苦痛
1.原判決が引用する一審判決は、「なるほど、原告*****、原告****、原告****の各本人
尋問の結果、甲い号証として提出された原告らの陳述書等及び弁論の全趣旨によれば、原告らの戦争に
加担しないで平和に生きたいという思い、人殺しに加担したくないとの信念、自己の納める税金を戦費
に使用させたくないとの願いが切実なものであることが認められる」と述べ、上告人の思い、信念、願
いが切実であることを認めている。
上告人の右のような思い、信念、願いは、一朝一夕に形成されたものではなく、各上告人の戦争体験
を初めとする人生そのものから生み出されたものであり、日本国憲法の平和主義原則、戦争放棄、戦力
不保持の宣言を自らの生き方の規範としているからこそ切実なのである。上告人は、憲法を擁護するこ
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と、特に憲法の基本原理である平和主義を自ら守るとともに、政府が憲法違反行為をしないよう監視し、
これを守らせることが主権者の義務であると自覚しているのである。
上告人は正に「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚
するのであって、平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと
決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永久に除去しようと努めてい
る国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う」という憲法前文第二段の宣言を実行している人々
である。
2.原判決は、「・・・人が社会生活を営む以上、内心的な感情が刺激され、葛藤を生じ、これが害され
たとして不快感、焦燥感等の一種の精神的苦痛を感じること自体は避けがたいことであるから、内心的
感情を害されることによる精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えたと評価されるためには、一
定の特殊な地位にあること等によって通常の社会生活の中では生じ得ないような深刻な不快感、焦燥感
等が生ずるなどすることが必要であると解すべきである」という。
原判決がいう「一定の特殊な地位」とはいかなる意味であろうか。これは、具体的事案により決定さ
れるべきものであると考える。つまり、いかなる行為によっていかなる人物の、どのような内心的感情
が害されたかを評価・判断すべきである。
3.本件で問題としているのは、政府の戦争加担行為である。第二章で詳述したとおり、政府が加担した
湾岸戦争は不正義の戦争であり、国際法に違反する戦争であった。そして、戦費負担は憲法違反である
ことが明白である。自衛隊の掃海部隊のペルシャ湾への派遣も、自衛隊の海外派遣は絶対的に禁止され
ているとしていた政府自らの憲法解釈を敢えて曲げてなされたものである。このように、政府の行為の
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憲法違反性は極めて重大であった。
しかも戦争の実態が明らかになるに従って、「戦争」という名の一方的破壊と殺戮であったことが暴
露されたのであるから、上告人の不安感、焦燥感は並大抵のものではなかった。
上告人は前述したとおり、それぞれの体験、人生の中で戦争に加担しないで平和のうちに生活したい、
自分の納めた税金を戦争のために使わせたくない、人殺しに手を貸したくないという様々な思いや願い
あるいは信念を持っている人々である。そして上告人は、個人として思うだけではなく、憲法の平和原
則を守り政府にも守らせるという「公的良心」ともいうべき内心的感情を有しているのである。それだ
からこそ、政府が憲法に違反する行為にでたとき、それを座視するのではなく敢然と訴訟という具体的
行動にでたのである。このような上告人にとって、政府の戦争加担行為により内心の静穏な感情が正面
から侵害され、自己の存在自体が否定されたように感じられたのであった。
したがって、上告人は湾岸戦争加担行為との関係に於いては、「一定の特殊な地位」にあったと言
えるのであり、政府の戦争加担行為による内心的感情の侵害の程度は、通常の社会生活では生じ得ない
ような深刻なものであり、社会通念上受忍限度を超えたというべきである。
4.ところが原判決(一審判決)は前記文言に続けて「そうした思い等がいかに強く、切実なものであっ
たとしても、これによって社会通念上受忍すべき限度が左右されるものではない」として、せっかく切
実であると認めた上告人の思い等をあっさり否定してしまうのである。
結局のところ、原判決は上告人の精神的苦痛を極めて表面的にしか理解していないのである。
三、不法行為の成立要件である違法性については、侵害行為の態様と被侵害利益の両面の相関関係を審理
し判断すべきであるが、原判決は侵害行為、すなわち湾岸戦争への加担の真相(拠出した戦費がいかな
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る使途に使用されたのか、掃海作業はどのようになされたのか)、そして湾岸戦争とはいかなる戦争であっ
たかについて実態を見ようとせず、上告人の「平和のうちに生きたいという思い」「人殺しに加担したく
ないという信念」「自己の納めた税金を戦争のために使わせたくないという願い」が侵害されたとしても、
それは社会通念上受忍限度を超えたとはいえないと判断したが、これは国賠法第一条第一項の解釈を誤っ
たものであり、是正されるべきである。
第六章 結論
以上のとおり上告人の上告理由を述べたが、第一章及び第二章で指摘したように、政府が不正義の湾岸戦
争に加担し、その後も憲法を無視して自衛隊を海外に派遣し続けていることについて、裁判所も責任なしと
しない。
上告人は主権者として、政府の憲法違反行為を是正する活動を進めるが、裁判所は憲法により付与された
権限を誰にはばかることなく行使して、速やかに憲法違反を憲法違反と断言し、憲法違反行為が再び行われ
ることのないようにすべきである。
最高裁判所に与えられている権限は極めて強大である。上告人は最高裁判所に期待して上告したものであ
り、上告人の期待に背かぬ判決をなすよう重ねて要請する。
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