(注1)ページ数の割降りは、紙の裏表を合わせて「1」と数え、
裏と表の間は "---------------------------" で示してあります。
(注2)原告および証言者の個人名は「*」で置き換えてあります。
平成三年(行ウ)第九○号 原告 阿 井 *** ほか二七六名 原告 国 平成三年九月一○日 被告指定代理人 芝 田 俊 文 ------------------------------------------------------------ 足 立 哲 中 本 尚 金 杉 憲 治 甲 村 範 明 岩 池 正 幸 束京地方裁判所民事第二部御中 答 弁 書 _____________1________________ 第一 請求の趣旨に対する答弁 一 本案前の答弁 1 本件訴えのうち請求の趣旨第一項の訴えを却下する 2 訴訟費用中前項の訴えに係る部分は原告らの負担とする との判決を求める。 二 本案の答弁 1 原告らの請求をいずれも棄却する 2 訴訟費用は原告らの負担とする との判決を求める。 なお、請求の趣旨第二項の請求について、仮執行の宣言を 付するのは相当でないが、仮にこれを付する場合には、担保 を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。 第二 本案前の答弁の理由 ------------------------------------------------------------ 本件訴えのうち請求の趣旨第一項の訴えは、「被告国は、海 上自衛隊の掃海母艦・掃海艇及び補給艦並びに自衛隊員をペル シャ湾に派遣してはならない。」というもの(以下、「請求の 趣旨一の訴え」という。)であるが、右訴え部分は、以下に述 べるとおり、不適法なものであるから、本案の審理に入るまで もなく、速やかに却下されるべきである。 一 原告らは、掃海部隊のペルシャ湾への派遣により原告らの 「平和的生存権」及び「納税者基本権」が侵害されるとし、 「平和的生存権」及び「納税者基本権」に基づいて派遣の差止 めを被告国に求めるものであって、その趣旨は、必ずしも判然 としないものの、いわゆる通常の民事上の請求として右のよう な不作為の給付請求権があると主張してこれを訴求するものと 解される。 _____________2________________ ところで、国が行政主体として権限の発動を行うためには、 行政機関が必要であり、この行政機関が一定の権限関係におい て組織され、これによって初めて行政主体としての活動が可能 となるものであるが、右訴えにおいては、そもそも、国のいか なる行政機関の権限行使が問題とされ、いかなる権限の行使の 差止めを求めているものであるのかが明らかでないが、その実 質は、一定の行政行為をすることを行政庁ないし行政機関に禁 止することを求める訴訟にほかならないものというべきである。 そうだとすると、原告らが行政訴訟の方法により何らかの請求 をすることができるかどうかはともかくとして、これを民事上 の差止め請求と構成した上、国を相手方として同内容の請求を することは不適法であるといわなければならない。 二 仮に、請求の趣旨一の訴えが民事上の請求として許容され得 ------------------------------------------------------------ るとしても、以下の理由により不適法といわなければならない。 原告らは、被告国に対し不作為を求めるものであるところ、 不作為を求める訴えは、その性質上常に将来の給付の訴えの性 質を有するものであり、将来の給付の訴えは、「予メ其ノ請求 ヲ為ス必要アル場合ニ限リ」(民事訴訟法二二六条)、これを 提起することができるものである。 ところで、請求の趣旨一の訴えに係る掃海部隊は、平成三年 四月二四日付けの「政府は、自衛隊法(昭和二九年法律第一六 五号)第九九条の規定に基づき、我が国船舶の航行の安全を確 保するために、ペルシャ湾における機雷の除去及びその処理を 行わせるため、海上自衛隊の掃海艇等をこの海域に派遣する。 」旨の安全保障会議決定及び閣議決定に基づいて、同月二六日 出港し、同年六月五日から掃海作業を開始している。 _____________3________________ したがって、派遣自体の差止めを求める請求の趣旨一の訴え は、その目的を失っていると同時に、あらかじめその請求をす る必要性もなくなったものであるから、訴えの利益を欠き、不 適法な訴えとして却下されるべきである。 第三 本案についての主張 原告らの請求は、実体法的にみても、以下のとおり、いずれ も主張自体理由がないから、何らの証拠調べを必要とせず、速 やかに棄却されるべきものである。 一 請求の趣旨一の訴えについて 請求の趣旨一の訴えが民事訴訟であるとするならば、原告ら が当該行為の差止めを求め得る私法上の権利(差止請求権)を 有していることが不可欠の前提となっていなければならない。 しかるに、原告らが差止請求権の法的根拠として主張している ------------------------------------------------------------ と思われる「平征的生存権」及び「納税者基本権」なるものに ついては、いずれもこれらを私法上の権利として認知した明文 の規定が存在しないばかりか、それ自体、差止めを求め得る排 他的権利性を何ら有しないものであるから、右請求は主張自体 失当というほかないものである。 すなわち、まず、原告らが本件差止め請求の法的根拠として 掲げる「平和的生存権」なるものは、その概念そのものが抽象 的かつ不明確であるばかりでなく、具体的な権利内容、根拠規 定、主体、成立要件、法律効果等のどの点をとってもみても一 義性にかけ、その外延を画することさえできない、極めてあい まいなものである。したがって、このような「平和的生存権」 なるものを排他性を有する私法上の権利であるとして権利性を 付与ずることは到底できないものといわなければならない。裁 _____________4________________ 判例の上でも、「平和的生存権」なるものの権利性が繰り返し 明確に否定されてきたところであって(札幌高裁昭和五一年八 月五日判決・行裁例集二七巻八号一一七五ページ、水戸地裁昭 和五二年二月一七日判決・判例時報八四二号二ニページ、東京 高裁昭和五六年七月七日判決・判例時報一○○四号三ページ、 最高裁平成元年六月二○日第三小法廷判決・民集四三高裁平成元年六月 二○日第三小法廷判決は、「上告人らが平和主義ないし平和的 生存権として主張する平和とは、理念なし目的としての抽象的 概念であって、それ自体が独立して、具体的訴訟において私法 上の行為の効力の判断基準になるものとはいえず」と判示して ------------------------------------------------------------ おり、私法領域において平和的生存権なる概念の機能する余地 のないことを明らかにしたものである。)、もはや「平和的生 存権」の権利性を否定するのが、確定した判例であるといって も誤りではない。したがって、「平和的生存権」なるものが差 止請求の根拠たり得ないことは明らかであって、原告らの主張 は主張自体失当というほかないものである。 次に、原告らは本件差止め請求の法的根拠として「納税者基 本権」なるものを主張しているもののようであるが、これにつ いても、「平和的生存権」と同様、その概念、具体的な権利内 容、根拠規定、主体、成立要件、法律効果等のどの点をとって みても何ら明確ではなく、その外延を画することさえできない、 極めてあいまいなものであって、このような「納税者基本権」 なるものを排他性を有する私法上の権利であるとすることは到 _____________5________________ 底できないところである。原告らは、そのいうところの「納税 者基本権」は憲法の財政条項(同法三○条、八三条ないし九一 条)をもって基礎づけられる旨主張するようであるが、右原告 らの主張する憲法の各条項のうち、同法三○条・八四条は法律 の根拠に基づくことなしには、国家は租税を徴収することがで きず、国民は租税の納付を義務づけられることはないというこ とを規定したものにすぎず、同法八三条・八五条ないし八八条 は国の財政を処理する権限は国会の議決に基づくことを要する 旨規定しているものであって、いずれも、原告ら主張のような 「納税者基本権」なるものを規定したものでないことは明らか であるし、そのほか憲法秩序全体から考察してみても、現行法 の解釈上原告らの主張のごとき権利を導き出すことはできない。 結局、原告らの主張するところは、自己の主観的利益に何らの ------------------------------------------------------------ 係わりのない、国民一般ないしは納税者としての一般的な資格、 地位をもって権利と唱えるものにほかならない。このように、 「納税者基本権」なるものをもって、差止請求の根拠とする原 告らの主張は、何ら普遍性を有しない独自の理論に立脚するも のであって、それ自体失当というほかない。 二 請求の趣旨第二項の訴えについて 原告らは、被告が九○億ドルの支出を決定し、実施したこと により「平和的生存権」及び「納税者基本権」を侵害され、こ れによって精神的苦痛を被ったとして、被告に対し、原告一人 あたり各金一万円の慰謝料を請求している(以下、「請求の趣 旨二の訴え」という。)。 原告らの被告に対する右請求は国家賠償法一条一項に基づく ものと思われるが、最高裁判所昭和六○年二月二一日第一小 _____________6________________ 法廷判決(民集三九巻七号一五一ニページ)によれば、同法一 条一項にいう違法性とは「国又は公共団体の公権力の行使に当 たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に 違背」することをいうとされているところ、九○億ドル支出の 閣議決定は、内閣の内部的な意思決定にすぎないものであって、 その支出とともに直接国民に向けられた行為でないのであるか ら、そもそも本件九○億ドルの支出決定とその実施が各原告個 人との間で職務上の法的義務違背の問題となる余地はないとい うべきである。 また、原告らが被侵害利益として主張するところの「平和的 生存権」及び「納税者基本権」は、前述のとおり、いずれも極 めてあいまいなものであって、裁判上救済の対象とし得べき現 実的、個別的内容をもったものとはいえないから、これを私法 ------------------------------------------------------------ 上の権利保護の対象とすることができないことは自明というべ きである。 したがって、原告らの被告に対する慰謝料の損害賠償請求は、 九○億ドルの支出決定及びその実施が原告ら個人との間で国家 賠償法一条一項にいう違法とされる余地は全くなく、また原告 らが被侵害利益として掲げる「平和的生存権」及び「納税者基 本権」はいずれも私法上保護されるべき権利ないし法的利益と は認められないものであって、これらを被侵害利益とする原告 らの損害賠償請求は、主張自体失当というべきである。 第四 まとめ 以上述べたとおり、本件訴えのうち請求の趣旨一の訴えに係 る部分は不適法であり、仮に右訴えが不適法なものでないとし ても、右訴え及び請求の趣旨二の訴えは、いずれも主張自体失 _____________7________________ 当であって、証拠調べの必要は全く存しないのである。 よって、御庁において速やかに弁論を集結され、前記第一に おいて答弁したのと同趣旨の判決の言渡しをされることを希望 する次第である。 _____________8________________