[市民平和訴訟の会・東京]最終準備書面:第一章
(注)原告及び証人の個人名は「*」で置き換えてあります。
丸付き数字はカッコと数字に置き換えてあります。
第一〇章 原告らの本件請求の法的根拠
第一 違憲ないし違法確認の訴えの適法性
一 原告らは本件訴訟において、「被告国において、一九九一年三月一二日湾岸
アラブ諸国協力理事会との間の交換公文に従って、同理事会に対して九〇億ド
ル(一兆一七〇〇億円)を支出したこと」と「被告国において、一九九一年四
月二四日付閣議決定及び安全保障会議決定に基づいて、陸上自衛隊の掃海母艦
・掃海艇及び補給艦並びに自衛隊員をペルシャ湾に派遣したこと」の違憲ない
し違法の確認を求めている。既に述べたとおり、原告らの平和的生存権及び納
税者基本権がこのような確認の利益を基礎づけるとの主張に基づくものである。
この原告の主張に対して被告は、このような訴えは、行政訴訟であればともか
くとして民事訴訟では認められるべきではないとの理由により、また右の訴え
は現在の権利または法律関係に係わる訴えでないから確認の利益を欠くとの理
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由により、いずれにしても不適法であるから却下すべきと主張している。しか
し、被告のこの主張は正しくない。
二 いうまでもなく憲法三二条は国民に裁判を受ける権利を保障している。原告
は既に本件訴訟の第一準備書面で、この国民の裁判を受ける権利の保障の観点
から前記九〇億ドルの支出と掃海艇等のペルシャ湾への派遣の差止を求める訴
えの適法性を主張した。その後、原告らを含む多くの国民の反対を押し切って、
国は九〇億ドルの支出と掃海艇等の派遣を強行したため、原告はやむなく請求
の趣旨を差止め請求から違憲ないし違法確認の訴えに変更したものである。こ
の原告らの違憲ないし違法確認の訴えを不適法として門前払いで却下すること
は、憲法三二条の裁判を受ける権利の保障の趣旨に反すると言わざるを得ない。
最高裁大法廷が、昭和五一年衆議院議員定数配分規定違憲訴訟判決の中で、
「およそ国民の基本的権利を侵害する国権行為に対しては、できるだけその是
正救済の途が開かれるべき」ことは「憲法上の要請」と判示していること、ま
た、大阪国際空港事件最高裁大法廷判決において、団藤重光裁判官が、「かり
に行政訴訟の途がないとはいえないとしても、本件のように被上告人らが民事
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訴訟の途を選んで訴求してきている以上、その適法性をなるべく肯定する方向
にむかって、解釈上、できるだけの考慮をするのが本来ではないか」と指摘し
ていることを、本件の訴訟関係者すべてが銘記すべきである。
第二 原告らの慰謝料の請求について
一 はじめに
慰謝料請求の根拠についての原告らの第一の主張は、被告らの行為によって
憲法によって保障されている原告らの平和的生存権並びに納税者基本権が侵害
されたという主張である。そして第二の主張は、仮に原告らが主張する平和的
生存権と納税者基本権が未だ憲法上の権利として保障されていると認められな
い場合でも、戦争に加担しないで平和に生きたいとの原告らの思い、人殺しに
加担したくないとの信念、自らが納めている税金を人を殺す戦費に使用させた
くないとの切実な願いなどは、原告らの人格的利益として法律上保護されてし
かるべきであるというものである。
原告の第一の主張である平和的生存権と納税者基本権が憲法上保障されてい
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る点については、既に詳しく述たところであるので、以下には主として右の原
告らの第二の主張について述べる。
二 個人の内心的感情と不法行為の被侵害利益
1 右に述べた原告らの戦争に加担しないで平和に生きたい、あるいは人殺しに
加担したくない、さらには自分が納めている税金を人を殺す戦費として使用さ
せたくないといった切実な願いは、個人の内心的感情に過ぎないから、不法行
為の被侵害利益として法的保護に値するものではないというのが被告の主張で
ある。
確かに、これまでの不法行為に関する裁判例の一般的な傾向からすると、一
応は被告主張のように考えられないでもないが、これまでの判例をより慎重に
検討してみると、個人の内心的感情も不法行為の被侵害利益として認められ、
これに対する不法行為の成立が肯定される判決も出されていることに注目すべ
きである。今日の社会の発展とりわけ情報産業やマスコミ等が発達すればする
ほど、内心の静穏な感情を害されないで生きたいという国民の要請はより強く
求められる。個人の内心的感情を不法行為の被侵害利益として肯定する判決は、
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今日の現代社会における必然的な要請とも言えるのである。
本件の原告らの右のような願いが国賠法一条の被侵害利益として肯定される
かどうかも、右のような判例の発展を踏まえて検討されなければならない。こ
うした視点から、個人の内心的感情と不法行為の被侵害利益に関する判例、学
説の発展状況を以下に検討する。
2 「権利侵害」から「違法性」への進展並びに相関関係説
かって不法行為が成立するのは「他人の権利」を侵害することが要件であっ
て、「権利」を侵害しない限り不法行為は成立しないと考えられていたが、そ
の後の学説、判例の進展の中で、必ずしも「権利」と認められていないもので
あっても法律上保護されるべき利益を違法に侵害した場合には不法行為の成立
を認めるべきであるとの考えが定着したこと、そしてこれが、不法行為の成立
要件としての「権利侵害から違法性」への標語として指摘されてきたことは周
知のとおりである。
明治年代に作られた民法七〇九条は不法行為の成立要件として「故意又ハ過
失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者」と規定していたが、戦後の昭和二二年
に制定された国家賠償法第一条は、右の「権利侵害」の要件を捨てて「故意又
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は過失により違法に他人に損害を加えたとき」と定めたのも、右のような不法
行為法の発展に沿ったものである。
そして、更にどのような場合に「違法性」を認めるかの判断基準の確立が要
請され、この解釈基準として我妻栄教授によって提唱されたのが、いわゆる相
関関係説である。すなわち違法性が認められるかどうかは、被侵害利益の種類
と侵害行為の態様との両面の相関関係から考察すべきであり、被侵害利益が権
利として強固に確立したものを侵害する場合には、侵害行為の不法性が小さく
ても加害に違法性が認められるが、被侵害利益が余り強固なものとして確立し
ていない場合には侵害行為の不法性が相当に大きい場合に違法性を認めるとい
う考えである。
不法行為の成立要件が「権利侵害から違法性へ」と進展し、また、その判断
が右のように相関関係説に立つといっても、何をもって不法行為の被侵害利益
として法律上保護の対象とするかどうかは、当然社会の発展とともに変化をす
る。個人のどのような権利あるいは人格的利益が不法行為の被侵害利益として
認められるかどうか、とりわけ本件原告らが訴えている個人の内心的な感情が
不法行為の被侵害利益として認められるかどうかは、学説判例上も相当な変遷
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を重ねてきているのである。
3 精神的損害と法的保護に値する利益に関する学説
民法七一〇条は精神的損害に対する慰謝料を認める場合の被侵害利益として
「他人の身体、自由、名誉」の三つを規定しているが、これは主な法的利益を
例示的にあげているだけであるとするのが通説である。そして、学説では、こ
の点について、社会生活上受忍の限度を越えた精神的・肉体的苦痛を感受した
者、金銭で慰謝されるに値する程度に精神的利益を喪失した者は慰謝料を請求
できると説明したり(注釈民法(19)一九四頁)、民法七一〇条は広く人格権
を法的保護の対象にしており、この人格権には生命、身体、貞操、自由、名誉、
名誉感情、プライバシー、信用、生活の平穏、夫婦関係その他の身分関係に関
する権利が包含されると指摘するもの(四宮和夫「事務管理・不当利得・不法
行為」(中)三九六頁)がある。
また、プライバシーの権利を分類して、自己について情報をコントロールす
る利益のほかに、欲せざる刺激に因って心をかき乱されない利益(心の静穏の
プライバシー)をあげている学説もある(佐藤幸治「注釈日本国憲法」上二九
三頁)。
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こうした学説によれば、原告らが本件訴訟で訴えている前記のような個人と
しての内心的感情も、不法行為の被侵害利益として認められる余地は十分にあ
るといえよう。
4 精神的損害と法的利益についての判例の発展
(1) この論点に関するこれまでの判例の傾向は必ずしも単純ではないが、全体的
傾向としては個人の内心的感情を不法行為の被侵害利益として肯定する判決が
徐々に出されつつあるといえる。
いわゆるプライバシーの権利に関して人格的自律ないし私生活の平穏を維持
するという利益が法的保護に値する利益として認めた東京地裁昭和六二年一一
月二〇日判決(判例時報一二五八号)、自己の容貌、姿態をみだりに撮影され、
これを公表されないという法的利益として肖像権を認めた東京地裁昭和六二年
六月一五日判決(判例時報一二四三号)、そして氏名は人格権の一内容を構成
するとして氏名を正確に呼称される利益が不法行為法上の利益を受けることを
認めた最高裁第三小法廷昭和六三年二月一六日判決などが存在する。 しかし、
本件のような個人の内心の感情を不法行為の法的保護の利益として認める判決
が出されるのには、もう一歩の発展が必要であった。
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(2) この点に関し、宗教上の人格権として「静謐な宗教的感情の下で信仰生活を
送る利益」が不法行為の法的利益と認められるかどうかが問題とされたいわゆ
る自衛隊合祀拒否訴訟事件判決がある。この事件に関する裁判所の判断内容は、
本件の原告らの内心的感情が不法行為の被侵害利益となるかどうかを考える際
にも大いに参考になると思われる。
すなわち、右事件の最高裁昭和六三年六月一日大法廷判決の多数意見は、
「人が自己の信仰生活の静謐を他者の宗教上の行為によって害されたとして、
そのことに不快の感情をもち、そのようなことがないよう望むことのあるのは、
その心情として当然であるとしても、かかる宗教上の感情を被侵害利益として」
法的救済を求めることはできない、「宗教上の人格権であるとする静謐な宗教
的環境の下で信仰生活を送るべき利益なるものは、これを直ちに法的利益とし
て認めることができない」というものであった。
この多数意見に対して、伊藤正己裁判官は、「本件は、国の行為によって精
神的苦痛を受けたとして被上告人の提起する不法行為に基づく損害賠償請求訴
訟であり、のちにみるように信教の自由、政教分離の原則のごとき憲法上の争
点を含むものであるが、その争点は、不法行為責任の有無であり、結局被侵害
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利益と侵害行為の態様との相関関係において考察する必要のある問題である」
としたうえ、「私は、現代社会において、他者から自己の欲しない刺激によっ
て心を乱されない利益、いわば心の静穏の利益もまた、不法行為上、被侵害利
益となりうるものと認めてよいと考える。この利益が宗教上の人格権あるいは
宗教上のプライバシーということもできるが、それは呼称の問題である。これ
を憲法一三条によって基礎づけることもできなくはない。私は、そのような呼
称や憲法上の根拠はともかくとして、少なくとも、このような宗教上の静穏を
不法行為法上の法的利益として認めうれば足りると考える」との少数意見を付
している。そして、伊藤裁判官は、「被上告人がキリスト教信仰によって亡夫
を宗教的に取り扱おうとしているのに、合祀の結果その意に反して神社神道の
祭神として祀られ、鎮座祭への参拝を希望され、事実に反して被上告人の篤志
神楽料が奉納されたとして通知を受け、永代にわたって命日祭を遂行されると
いうのは、まさに宗教上の静穏を乱されるものであり、法的侵害があってもの
といわねばなら」ないと結論づけ、多数意見は適切でないとしたのであった。
右の最高裁多数意見は「静謐な宗教的環境の下で信仰生活を送るべき利益」
は単なる宗教上の感情に過ぎないから、不法行為法上の法的利益とは認められ
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ないというものであって、本件訴訟での被告の主張と共通するといえる。これ
に対し、伊藤裁判官の「心の静穏の利益」を不法行為法上の被侵害利益として
肯定する指摘は、本件訴訟の原告らの主張と共通のものを含んでいる。
この昭和六三年の段階では、伊藤裁判官の見解は最高裁の多数意見とされな
いで結局少数意見のまま排斥されたが、その意見の内容は基本的に正当なもの
を含んでいたと原告は考える。
また、伊藤正己裁判官は、市営地下鉄の列車内における商業宣伝放送は違法
として損害賠償を求めた事件の判決の中で、「個人が他者から自己が欲しない
刺激によって心の静穏を乱さない利益を有しており、これを広い意味でのプラ
イバシーの権利と呼ぶことができると考えており、聞きたくない音を聞かされ
ることは、このような心の静穏を侵害することになると考える。このような利
益が法的に保護を受ける利益としてどの程度に強固なものかについては問題が
あるとしても、現代社会においてそれを法的な利益とみることを妨げないので
ある」と述べているのも参考になろう(最高裁第三小法廷昭和六三年一二月二
〇日判決の補足意見)。
(3) 最高裁の判例も時代の進展と共に発展することはいうまでもない。右の自衛
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隊合祀拒否事件で少数意見であった伊藤裁判官の意見は、その後の判例の発展
の中で最高裁の法廷意見となっていった。
人の内心の静穏な感情を法的利益として認めた最初の最高裁判決は、水俣病
患者認定の申請をした者が原告となり、熊本県に対し、長期間応答処分をしな
かったことは違法でありこれにより精神的苦痛を受けたとして慰謝料を請求し
た件に関する平成三年四月二六日の最高裁第二小法廷判決であった。
この判決には香川保一裁判官の詳細な反対意見が付されている。香川裁判官
の少数意見は、「民法において原審のいう『焦燥、不安の精神的苦痛を被るこ
とのない法的利益』なるものが不法行為による精神的損害賠償における侵害の
対象である法的利益として肯認されるかどうかを検討する」として、不法行為
法に関する解釈を詳細に展開した上、「そもそも『内心の静穏な感情』とはい
かなる内容、実質の感情を指摘するかが不明であり、結局『精神的苦痛を感じ
ていない状態の感情』としか捉えようがなく、このような感情なるものを法的
概念として堪えるものとは到底いえない」とするものであり、従来の伝統的解
釈論を基礎にし、また前記の自衛隊合祀事件判決の最高裁多数意見の系譜に連
なる考えを内容とするものであった。
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これに対し、多数意見は、まず不法行為法の一般論として、「一般的には、
各人の価値観が多様化し、精神的摩擦が様々な形で現れている現代社会におい
ては、各人が自己の行動について他者の社会的活動との調和を充分に図る必要
があるから、人が社会生活において他者から内心の静穏な感情を害され精神的
苦痛を受けることがあっても、一定の限度では甘受すべきものというべきでは
あるが、社会通念上その限度を超えるものについては人格的利益として法的に
保護すべき場合があり、それに対する侵害があれば、その侵害の態様、程度い
かんによっては、不法行為が成立する余地があると解すべきである」と判示し
た。そして、「認定申請者としての、早期の処分により水俣病にかかっている
疑いのままの不安定な地位から早期に解放されたいという期待、その期待の背
後にある申請者の焦燥、不安の気持を抱かされないという利益は、人としての
内心の静穏な感情を害されない利益として、これが不法行為法上の保護の対象
になり得るものと解するのが相当である」と結論づけたのであった。
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この事件の多数意見と香川裁判官の反対意見を対比すると、自衛隊合祀拒否
事件判決で少数意見であった伊藤裁判官の意見が多数意見として取り入れられ
ていることが容易に理解できよう。
この事件についての判例解説をしている佐藤歳二調査官も、この判決につい
て、「人の『内心の静穏な感情』を法的利益として最高裁が認めたのは、本判
決が初めてということになろう」と指摘していることに注目すべきである(法
曹会編「最高裁判所判例解説平成三年民事編」三〇三頁参照)。
三 本件原告らの被侵害利益と不法行為の成否
1 既に述べたように、本件原告らは、戦争に加担しないで平和に生きたい、人
殺しには加担したくない、自分が納めた税金を人を殺す戦費に使用させたくな
い等の切実な想いを抱いていた。この原告たちの切実な願いは、政府による湾
岸戦争への九〇億ドル支出、ペルシャ湾への自衛隊掃海部隊の派遣によって無
惨にも踏みにじられたのであった。このため、やむなく原告らは本件の原告と
なって訴訟を提起したものである。
原告らの被侵害利益の具体的内容とこれに対する被告国の具体的な侵害行為
の実態は、当法廷で行われた原告本人尋問並びに毎回の法廷で原告らが口頭で
述べた陳述書の中によく表れている。裁判所は原告らのこの切実な訴えを正面
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から受けとめていただきたい。第五章と一部重複するが、敢えていとわず以下
に原告らの訴えの中から幾つかの事例を摘示したい。
(1) 長野県で中学教師をしている****原告は、「私は中学の教師として日本
国憲法の戦争放棄、日本は戦争で人を殺さず、殺されない、平和に生きる社会
を実現させることが私たちの進む道であり、人類の幸せなんだ、と説き、私自
身も『教え子を再び戦場に送らない』決意をしてきました。もし、これに反す
る様な考え、黙認、行為が有るとすれば、それは、教え子を裏切り、教師とし
て生きた自分自身の生涯の生き方を否定することになります。」と述べたうえ、
更に「仮に九〇億ドルが湾岸戦費の二〇%に当たるとした場合、報ぜられてい
る戦死者一七万人、戦後の死者八万人で二五万人の内五万人は日本が殺したこ
とになります。少なくとも殺人行為の手助けをした事になるのではないでしょ
うか。・・・世界に冠たる我が平和憲法に違反する戦費負担は到底容認できる
ものではありません。」と述べている(第三回口頭弁論)。
(2) 原告****は、「私たち国民は、人を殺したり苦しめたりするために税金
を払っているのではありません。税金は、国民が平和に生きるために使われる
べきものであります。そして、人は何処に生きていようとも、平和に生きる権
____________(239ページ)___________
利が保障されるべきである」と述べ、更に「私は湾岸戦争に関連して政府がと
ってきた措置及びその後の憲法をなし崩しにしようとする動きに対し、平和を
願う生身の人間として反対します。と同時に主権を持つ納税者として強く異議
申立をする」としている(第三回口頭弁論)
(3) 「殺したり、殺されたり、こんな恐ろしいことはもうやめよう、お互いに話
し合い助け合い、支えあって平和な世界を築いていこうと誓ったのが私たちの
平和憲法です。このような立派な憲法があるにかかわらず、日本国政府は九〇
億ドルもの莫大なお金、市民一人一人が一生懸命に働いたお金を、湾岸戦争と
いう恐ろしい人殺しのために支払っています。これは明らかに私たちの平和憲
法に反するものであり、憤慨に耐えません」(原告***の陳述、第四回口頭
弁論)。
(4) 広島で夫が被爆したという主婦の原告****は、「日本国憲法前文に続く
第九条は、こうした悲惨な戦争の体験を『二度と再び戦争によって殺されたく
ない、殺すこともしたくない、被害者にも加害者にもなりたくない』という日
本人の真実の心から生まれた誓いであり、祈りであったと思います。
・・・けれど私たちの平和への願いも空しく、日本政府は湾岸戦争の戦費とし
____________(240ページ)___________
て、納税者である私たちに何の断りもなく、九〇億ドルという巨額を国の予算
から支出し、イラクの民衆、わけても戦争の意志を持たない老人や子どもたち、
そしてただ平和に生きたいだけだと願った人々を殺すことに加担したのです。
再び加害に加担させられ、私の心は痛み続けています」と訴えた(第四回口頭
弁論)
(5) 湾岸戦争後にイラクを訪ねた原告****は、現地で自分が日本人だと分か
ると誰彼となく、「どうしてアメリカに原爆を落とされて爆撃の悲惨さを一番
分かっている筈の日本が、そのアメリカの爆撃のために九〇億ドルも支出でき
るのか」と聞かれたことを紹介したうえ、さらに「私のように、自分自身の戦
争体験のない者にとっては、イラクで見た爆撃の痕跡、イラクで聞いた戦争体
験は、言葉に言い表せないくらい衝撃的なものでした。
広島の何百倍に及ぶ爆弾がイラクに投下されたと聞きます。その爆弾の購入
には直接日本からのお金は使われていないといくら強弁されても、戦争の最中
に、戦争のための基金に巨額のお金を出していることは事実です。すべてが機
械化された現代の戦争では、誰が誰を殺害したなどと言う因果関係は立てにく
く、戦争に関与した双方の軍隊の全てが、戦闘行為、殺戮だと考えられます。
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その一方の行動にお金を拠出したことは、日本が戦争に、戦闘に、殺戮に加担
したことにほかなりません」(第四回口頭弁論)と述べている。
(6) 原告*****は、「私は『正義の戦争はない』と教えられて育ちました。
湾岸戦争が始まったとき、すぐに止めなければならないと思い、また日本政府
に戦争を止める役割を期待しました。ところが、当時の首相は早々と『確固た
る支持』を表明し、アメリカ政府に多額の援助を約束したのです。私はすっか
り混乱してしまいました。正義の戦争はないはず、日本は戦争をしないはず、
その日本が戦争を支持? では今まで教わってきたことは嘘だったのだろうか。
毎年八月一五日に黙祷して『繰り返しません』というその中味は『もう殺さな
い、殺させない』という意味ではなかっただろうか。」と述べ、この訴訟の原
告となった動機について、「戦争を支持し、軍資金を提供すること、明らかに
不戦の誓いを踏みにじった日本政府に対して、それを撤回させることは日本国
民の義務だと思ったのです。どうか日本政府に間違いを認めさせて下さい。憲
法九条の意味をわからせて下さい」と訴えている(第六回口頭弁論)。
(7) ニューヨークの国際戦争犯罪法廷に参加した原告******は、今回の
湾岸戦争が、多国籍軍によるイラク人に対する大量殺戮だったこと、また民間
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人や非戦闘員に対する殺戮など国際法に違反した犯罪行為であることが報告さ
れたことを紹介した上、「こうした多国籍軍の殺戮行為に日本政府は加担し、
私たちも加害者とされました。平和憲法が戦争放棄を謳い、武力行使も放棄し
ているいるのにかかわらず、国・政府は平和憲法、そして、私たちの戦争に反
対する立場、世界の人々の平和に生きる権利をふみにじったのです。私は、そ
のことをどうしても許すことができず、この訴訟で、千十七名の原告の一人と
して、国・政府を訴えています」と述べた(第六回口頭弁論)。
(8) 横浜で『ガンバレ!日本国憲法』という劇の上演活動に参加している原告
****は、若者が瞳を輝かせて憲法劇に参加する秘密は、何よりも、憲法そ
のものにあること、日本国憲法が崇高さと豊かさ、暖かさ、人間の魂を揺さぶ
る魅力を持っているからだと、実感させられてきたと述べ、その若者達の、
「自衛隊を国連軍に派遣するより、憲法九条を世界に広めた方が早く平和にな
るんじゃないか」「どうしてこんなすばらしいものを大人は守らないのか、大
切にしないのか」という鋭い問いかけに応えられるようにするためにこの訴訟
の原告になったと述べている。そして、「大量殺戮の戦争のために、過労死寸
前になりながら働いて払った税金が使われている、これを黙っていたら、戦争
____________(243ページ)___________
責任を回避できないだけでなく、人間としての生き方が問われると思うのです」
と訴えている(第七回口頭弁論)。
(9) 十五年戦争のさ中に基礎的教育を受けて育った原告****は、「日本政
府は私たちの税金で、アメリカ側に巨額の戦費まで拠出したのです。さらに政
府は、議会制民主主義を踏みにじる特例政令で自衛隊機派遣を決定、海上自衛
隊掃海部隊をペルシャ湾に派遣しました。機雷掃海が全くの軍事行動であった
ことは公表されませんでしたが、横須賀港から軍艦マーチも高らかに掃海部隊
を送りだしたことは、象徴的であったと思います。・・・平和は地上に生きる
万民の願いであり、権利であり、日本国憲法だけでなく、国連憲章もこれを保
障しています。私たちは被害者となることは勿論、加害者となる心の痛みにも
耐えられません。私は政府によって加害者とされ、平和に生きることを再び否
定されたのです。」と述べている(第八回口頭弁論)。
(10)以上に紹介したのは、本件訴訟での原告らの訴えのほんの一部だけであり、
他にも多くの原告らから、本人尋問により、また陳述書により切実な訴えがさ
れているが、紙数の関係でこれ以上の紹介は省略する。しかし、被爆者であり、
キリスト教を信仰する原告****が、第一九回口頭弁論期日の本人尋問の最
____________(244ページ)___________
後に、裁判官への訴えとして、次のように述べていることを最後に紹介してお
きたい。
「私は、広島のあの五〇年前の経験を通して、いわゆる戦争の悲惨さという
ものの極限を味わってきました。そして、その上に立って、決して戦争は繰り
返してはならないということを切実に考えて参りました。その思いが、その一
年後にできたあの私たちの平和憲法、特にあの前文と第九条に集約されて、私
自身のこの思いをこれに託され、そして、私自身の存在価値を表現していると
いうふうに思って参りました。しかし、この湾岸戦争への加担、国として、そ
してまた自分として、湾岸戦争に加担するということはこの憲法を踏みにじる
こと、ということは、同時に私の人生そのものを蹂躙したものであるというふ
うに考えたわけです。戦争を放棄したはずのわが国がついに戦争に加担したん
だと、参戦したんだと、このことは、五〇年前のあの被爆を体験した者として、
私の人生そのものを否定するにも等しく、その衝撃は私の心を深く傷つけたわ
けです。いま私と申しましたが、このことは同時に、多くの今生き残っている
被爆者の気持ちであるわけです。私はいろいろな偶然が重なって死なないで今
日まで生きてまいりました。その生き残った者の責務として、いま私はこの法
____________(245ページ)___________
廷で証言に立ったわけでございます。この私の証言は決して私一人だけのもの
ではなくて、あのとき、そしてその後無念の思いの中でなくなって行かれた三
〇万を越える被爆者に代わって申し上げていると言うことを申し上げたいと思
います。裁判官の皆さん、どうかこの亡くなっていかれた三〇数万の方々の声
に耳を傾けていただきたいと思います。法律家である以前に一人の人間として、
この思いを深く受けとめていただきたいと切にお願い致します。そして、裁判
官として公平な判決を是非お願いいたします」。
2 以上に紹介した、原告本人らの平和に生きたい、戦争に加担したくない、人
殺しに自分の税金を使わせたくないといった切実な願いは、原告らの人格的利
益として法律上保護に値する利益と認めることできると言うべきである。この
ことは、原告本人尋問並びに原告らの陳述書を読めば明らかであると考える。
こうした原告らの内心的感情を不法行為法上の被侵害利益として肯定するこ
とは、先に検討したいわゆる水俣病申請患者に対する損害賠償事件の最高裁第
二小法廷事件判決の射程距離内にあると原告は考える。
そして、本件加害行為の実態については、本件の九〇億ドルの湾岸基金へ
の拠出については主に第四章「わが国の戦争加担−九〇億ドルの支出」の項に
____________(246ページ)___________
おいて、そしてペルシャ湾への掃海部隊の派遣については第五章「湾岸危機と
湾岸戦争の経過」並びに第六章「わが国の戦争加担−掃海部隊の派遣」の項に
おいて詳しく述べたところから明らかなように、これらの行為が原告らの右に
述べた人格的利益を侵害し、原告らに多大な精神的損害を与えたことは明らか
と言うべきである。
したがって、この原告らの精神的損害に対する慰謝料として原告ら各自に
金一万円の支払が認容されることは当然といわなければならない。
____________(247ページ途中)_________
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