[市民平和訴訟の会・東京]控訴審・準備書面(3)
[注]控訴人の名前は「*」で表してあります。
平成八年(行コ)第五九号
戦費支出違憲確認等請求控訴事件
控訴人 * * * * *
外一八六名
被控訴人 国
一九九七年五月二九日
控訴人ら訴訟代理人代表
弁護士 加 藤 朔 郎
東京高等裁判所
第四民事部 御中
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準 備 書 面(三)
一 憲法における裁判所の位置づけ
1 いうまでもなく、我が日本国憲法は基本的人権の尊重、国民主権、平和主義
(戦争放棄)を基本原理とし、このいずれかひとつでも変更することは、憲法
それ自体の同一性を失わしめるものであって、極めて厳格に規定された憲法改
正手続(日本国憲法九六条をもってしても改正することはできないものであ
る。
2 我が憲法は、右の基本原理をよりよく実現するため、国権を立法、司法、行
政の三権に分立させ、三権の抑制と均衡により、いずれかの国家機関が暴走す
ることをくい止めようとしているのである。ここにいう立法権は国会に(憲法
四一条)、司法権は最高裁判所を終審とする裁判所に(憲法七六条一項)、行
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政権は内閣に(憲法六五条)それぞれ属している。
3 ところで、立法権と行政権は、いわゆる政治部門として自働的に法を制定し、
国政について積極的に施策を行う、いわば積極的な機関であって、その時々の
民意を反映しつつ、機動的に活動することが期待されている。しかしながら、
民意の反映といっても、そこには多かれ少なかれ比喩的な要素があるのであっ
て、各国民一人一人の意思と全く同一であるということは、多様な意思主体と
しての国民の存在を前提とする代表民主制においては、物理的に不可能という
ほかはない。したがって、多数者の意思をもって民意とせざるを得ず、そのた
めに立法権及び行政権の活動は、民意と異なる意思をもった少数者の権利が侵
害される危険性を常にはらんでいることになる。
4 ここにおいて多数者の意思によっても侵害されたり奪われたりしない権利が
認識されることになる。多数者の意思とは、大勢の人間の意思ということでは
なく、「民意」を形成し、国家の意思そのものとされるものであり、国家の行
為を規定するものである。多数者の意思によっても奪われない権利は、裏返せ
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ば、国家がそうした個人の権利を侵害し奪うことを禁ずるものであって、これ
が基本的人権の保障の理念である。
5 この基本的人権の保障は、政治部門によっても尊重されなければならないも
のであるが、侵害の危険性は少数者にあってこそより切実なものであり、民意
そのものとは一応遮断された機関によってはじめて十分な保障が実現されるこ
とになる。その機関が司法権の属する裁判所であることはいうまでもない。
二 司法権の本質について
1 以上のような論理によれば、司法権の本質は基本的人権の保障を中心とする
私権の保護にこそあるのであって、憲法八一条によって裁判所に与えられた違
憲審査権は、私権保護に必要な範囲内でのみ行使されうるものであって、裁判
所は具体的争訟を離れて抽象的に憲法判断をすることはできないという考え方
が導かれることになる(付随的違憲審査制)。特にこの付随的違憲審査制は、
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我が憲法の母法ともいうべきアメリカ合衆国憲法のもとで採用されていること
もあって、我が国の裁判所も憲法制定後間もないころから右制度によるものと
している(最高裁判所昭和二七年一〇月八日判決民集六−九−七八三、いわゆ
る警察予備隊違憲訴訟最高裁判決)。
2 しかしながら、司法権の本質が右のように私権の保護にあるとしても、憲法
八一条が「一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決
定する権限」という広範かつ強力な違憲審査権を裁判所に与えたことは、憲法
秩序の維持もまた裁判所の極めて重要な役割として期待していることを端的に
示すものといわなければならない。政治部門の行き過ぎ、すなわち「民意を反
映した」国家の違憲行為について、裁判所こそが有権的に歯止めを掛けること
ができるのである。
この違憲審査権の適正な運用なしには、我が国の三権分立のシステムは健全
に機能しなくなるとさえ言えるのである。
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三 裁判所が守ることのできる憲法秩序
1 ところで、冒頭に述べた日本国憲法の三つの基本原理のうち、果たして裁判
所はいかなる範囲でこれを維持することが可能であるのか。
2 まず基本的人権の問題は、それが個人の権利の問題として裁判上の争点とな
る可能性が高いので、付随的違憲審査制のもとでも審理の対象となり、裁判所
による司法的救済を通じて維持することが可能である。日本国憲法五〇年の歴
史において、数々の人権訴訟が提起され、人権侵害を違憲・違法とする判決が
積み上げられてきたことは、正にこのことを示している。
3 では国民主権についてはどうか。国民主権の問題は、議員定数配分違憲訴訟
などを通じて裁判上主張されることはあっても、いわば国の統治機構(制度)
に関する問題であり、個人の権利の問題とはなりにくい。その意味では、国民
主権という憲法秩序は裁判所によって維持される機会は少ないと言えよう。
4 それでは本件でも問題となっている平和主義についてはどうか。平和主義が
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裁判上争われた例は枚挙に暇がないが、多くは統治行為論、憲法判断回避準則
などの手法により、ほとんど憲法判断がなされていないのが現状である。少な
くとも最高裁判所のレベルでは、判断の対象となっておらず、その限りで裁判
所は平和主義という憲法秩序の維持を放棄しているといえる。これは憲法九条
の戦争放棄規定や戦力不保持規定に関するもののみならず、憲法前文に規定さ
れた平和的生存権が問題となる訴訟においても同様であった。
5 このように、これまでの裁判所の果たしてきた憲法秩序の維持は、もっぱら
基本的人権の保障という点に限られ、なかんずく平和主義については、平和的
生存権という基本的人権に関する場合でさえその判断を回避し続けてきたので
あり、憲法秩序維持について裁判所はほんのわずかな役割しか果たしてこなか
ったといっても過言ではない。
四 司法消極主義のもたらすもの
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1 先に述べたように、我が憲法は、裁判所に対して私権の保護ばかりでなく、
憲法秩序の維持をも期待しているのであるが、日本国憲法施行後の裁判所はで
きる限り憲法判断を回避しようとする司法消極主義の立場をとってきた。この
司法消極主義は、付随的違憲審査制の宿命ともいうべきものではあるが、それ
にとどまらず「民意を反映する」政治部門への謙譲という裁判所の姿勢にも根
ざしているといわざるを得ない。
2 もとより、司法権が民意を直接には反映しないことは、立法・行政との比較
において明らかというべきであろう。むしろ民意を一旦遮断することによって
公正な法的判断を行おうとするのであるから当然と言える(なお、陪審制や参
審制は司法権の担い手として職業裁判官のみならず民間人をも取り込むことに
より、裁判の公正を図ろうとするものであり、民意の反映とは別個のものであ
る。)。
3 しかしながら、右の意味での司法消極主義は、本質的に代表民主制の手続の
中で判断されることがふさわしい場合でなければならないのはもちろん、「謙
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譲の精神」による憲法判断回避が安易に行われるときには、結局司法による政
治部門の行為にたいする合憲のお墨付きを与えたに等しい結果を招くことにな
ることに注意しなければならない。すなわち、問題となっている憲法上の原則
について違憲の疑いがある場合でも、司法が民意を反映しない機関であるが故
に憲法判断をしないという態度をとるときには、その消極的態度が違憲の疑い
ある行為を追認することになるのである。しかも、その憲法上の原則が平和主
義のような基本原理に関するものであるときには、違憲の疑いある行為の追認
にとどまらず、憲法改正手続を持ってさえ変更の許されない原理を、それこそ
民意を反映しない裁判所の消極的判断によって変更してしまうことにさえなり
かねないのである。
4 付随的違憲審査制をとるアメリカ合衆国においては、現在も司法消極主義が
基調になっていることはやむを得ないとしても、近年は憲法上の争点の提起に
ついての当事者適格を柔軟に認め、比較的積極的に憲法判断をする傾向がある
のは、付随的違憲審査制の憲法保障に対する無力さへの反省に基づいているの
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であって、他国にほとんど類を見ない平和憲法を持つ我が国にあっては、平和
憲法の形骸化こそ反省し、憲法判断が可能であれば積極的に判断をすることこ
そ、違憲審査権を含む司法権を信託された裁判所の国民に対する義務というよ
りほかない。
五 本訴訟の意義
1 本訴訟は、イラクと多国籍軍との間で戦われた湾岸戦争に際して、国が戦争
当事者の一方に九〇億ドルもの戦費を支出し、さらに戦場であるペルシャ湾に
自衛隊の掃海部隊を派遣しようとしたことについて、その差止めを求めて提起
されたものであり、その後、戦費支出と掃海部隊の派遣が現実に行われてしま
ったことにより、請求の趣旨を変更してはいるが、右の政府の行為が我が憲法、
そのうち特に平和主義という日本国憲法の基本原理に違反しているのか否かが
重大な争点にならざるを得ないことは明らかである。
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2 原判決は、こうした本訴訟の最大の争点についての判断を回避し、もっぱら
控訴人(原告)らの被侵害利益の法的性質論に終始し、結果的には控訴人(原
告)らの主張する利益は法的保護に値しないとして、訴え自体を却下したもの
である。この原判決の立場は、法的保護に値する利益の存在なしには裁判所は
憲法判断を含む実体判断をなさないとするものであって、憲法秩序の維持より
も私権の保護に重点を置く伝統的な付随的違憲審査制によった判断であると評
価できよう。
3 しかしながら、付随的違憲審査制とそれによる司法消極主義が憲法を骨抜き
にし、国家権力こそが憲法に縛られるべきであるという近代立憲主義の理念を
失わしめる危険があることは先に指摘したとおりである。もとより、私権の保
護に重点を置く司法権を前提にしても憲法保障が二の次であって構わないとい
うことはなく、憲法の基本原理が危機に瀕している状況で、それを「比較的」
積極的に判断することで私権がよりよく保護されるのであれば、裁判所は何も
司法消極主義の呪縛にとらわれるいわれはなく、むしろ必要以上に原則に徹し
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て憲法判断を回避するときには、もはや憲法の番人としての憲法上の地位を与
えられた裁判所の義務違反であるとさえ言わざるを得ない。
六 判断回避の回避を
原判決が「理念ないし目的としての抽象的概念であり、ひとり個人の内心にお
いて達成し得るものではなく、常に他者との関係を含めて初めて達成し得るもの
であり、これを達成する手段、方法も多様である」とした「平和」とは、積極的
に実現されるべきものとしての「平和」であったが、控訴人らがこの訴訟におい
て求め、裁判所にその保障を期待している「平和」とは、必ずしもそうした積極
的な平和ばかりなのではない。いかに多様な概念を含む可能性のあるものである
としても、非武装、交戦権放棄を宣言した我が日本国憲法のもとにあって、他国
を戦力でねじ伏せ自国の主義、主張、方針、利益等に従わせることが「平和」で
あると言うことは不可能であり、先の湾岸戦争とはそうしたものであったことは、
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本件提訴以来一貫して主張してきたところである。戦争をしない、戦争をくい止
める、戦争にお金を払わない、そうした消極的な平和さえ概念が不明確というの
であれば、日本国憲法が世界に誇る平和主義の理念は、それが基本理念でありな
がら、また、憲法改正手続をもってさえ変更できないものでありながら、時の政
府首脳の判断によってどうにでも左右され反故にされてしまって仕方のないもの
であることを、裁判所が宣言するようなものである。
いかにアメリカ型の司法権のあり方を採用しているとしても、我が国はそのア
メリカ合衆国にない平和憲法をもっていることに鑑みれば、本訴訟においては憲
法判断の回避こそ回避されなければならないのであって、そのような態度こそ憲
法施行五〇年を迎えた本年における裁判所に期待される姿勢であると、控訴人ら
は切に期待しているのである。
以 上
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